はてなキーワード: 品質とは
雪崩は、たった一粒の小石によって引き起こされることもある。
1月21日、ケンブリッジ大学の数学者 Timothy Gowers が、
長年に渡ってエルゼビア社の論文誌をボイコットしている理由について、ブログに書いた。
オランダに本社を置く同社は、一流誌 Cell や Lancet をはじめとする定期刊行誌を2000誌所有している。
ノーベル賞の数学版とされるフィールズ賞を受賞した Gowers 博士は、この状況を望ましくないと考え、
今回のブログ記事が他の学者もボイコットに参加するきっかけになれば、と望んでいた。
実際、それが起こった。
Gowers のブログに感化されて、数学者 Tyler Neylon がオンライン署名サイトを設置し、
そのサイトを通じて研究者2700人以上(訳注:日本語訳執筆時点では5300人以上)が署名し、
自分の研究をエルゼビアの論文誌に投稿せず、エルゼビアに投稿された論文を査読せず、エルゼビアの編集作業にも協力しない、と誓約した。
その数は、数学者の表現を借りるならば、指数的に増大している。
実効性をともなっていくとすれば、大出版社にとってこれは、革命をつきつけられたようなものである。
Gowers 博士による非難は3点に集約される。
第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。
第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。
第三点として、公的資金による研究に対して政府がフリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。
エルゼビア側によれば、これは誤解を招く言い方だと言う。
2010年には、20億ポンドの収益に対して7億2400万ポンド(11億6000万ドル)の利益を得た。利益率は36%。
しかし、同社の Director of global academic relations の Nick Fowler は、
購読料水準は業界の平均であり、ここ数年の値上げ幅は他社より低いとしている。
Fowler 博士によれば、人もうらやむエルゼビアの利益率は、同社の効率的な経営の結果以外のなにものでもないという。
Neylon 博士による動議は、より広い文脈での学者と出版社の衝突の表れのひとつと見ることができる。
その衝突は、オンライン出版の台頭によって、ますます鮮やかに描き出されてきた。
学者は情報の自由と流動性に重きを置く文化に属しており(そもそも論文の査読と編集を無償で行っており)、
出版社は情報へのアクセスに課金して利益を最大化しようとする組織であり、
同時に権威ある論文誌の(すべてではないにしろ)ほとんどを掌握しているからである。
一触即発の状況は長年続いていた。
2006年には、 エルゼビアが出版する数学論文誌 Topology の編集委員会の全員が、アクセスの囲い込みと料金高騰への懸念を表明して辞任した。
ドイツの出版社シュプリンガーによる論文誌 K-theory の編集委員会は2007年に解散した。
多くの人は、ことが荒立てられるまでにこれほど長くかかったことに驚いている。
出版社をそのサイクルから追い出すことができる環境は十分に整っていた。
実際、商業出版の代替物をつくろうとする動きは何度か起こった。
コーネル大学のウェブサイト arXiv (X はカイの音のギリシャ文字を模しており、「アーカイブ」と発音される)は1991年にできた。
研究者は、まだ論文誌で出版されていない物理学の論文をそこに投稿することができ、
Public Library of Science (PLoS) は2000年にできた。
そこでは生物学と医学の分野でフリーの論文誌が7誌出版されている。
こうした動きへの熱意があったにも関わらず、伝統的な出版社の支配が続いたことには理由がある。
arXiv の論文は、公開後に容赦ない批判にさらされることは確かなものの、投稿前に正式なピアレビューは行われない。
PLoS は一部を寄付金でまかないながらも、論文1件あたり2900ドルの掲載料を課す。
これは著者の負担となり、金策に悩む大学にとっては無視できない金額である。
少なくなりつつあるとはいえ、電子版のみの出版に対する偏見もある。
こうしたことが重要なのは、大学と個々の研究者が、出版した論文の数と掲載された論文誌の名声に応じて評価されるからだ。
ともすれば新しい道具に挑戦することが期待される若手研究者は、その前に既存の権威ある論文誌で出版しなければならない。
さもなければ、発言力もなく昇進もない。
そして、新しい論文の運命を決める力のほとんどが権威の高い論文誌にあるために、「権威」の定義は少しずつしか変わらない。
商業出版社は、たとえば読者ではなく著者から料金をとるなどといったオープンアクセスのアイデアを試そうとしている。
しかしボイコットが広まっていけば、ことは急激に進展する可能性もある。
けっきょくのところ、学者が出版社を必要としている以上に、出版社には学者が必要なのである。
突然失脚する直前まで、えてして体制側は無敵に見えるものだ。
来たる学術の春にはご用心を。
http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース
http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書
始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!
1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。
これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。
入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。
共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。
極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。
入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。
報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。
既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。
6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。
どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。
6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。
これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・
これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。
もうね、
TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。
大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。
人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。
開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。
例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。
開発も同じなんだよ、本質的にはね。
でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。
売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。
でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。
それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。
これは間違いない。
このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。
このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。
時間ができたら後で読む
http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm
実際の業務の内容がある
http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ
ソフトウェア開発プロジェクト(一定規模以上)がトラブルが起こって納期までに終わりそうにない、赤字が出てでも終わらせないと困る時の別解
色々な方法があるんだけど、その中でもなぜかこういう方法をとるところが案外少ないように思われるので…。この方法はもちろん万能じゃないので、「こんな欠点がある」って突っ込みはいっぱいあるでしょうが、「いついかなる時でも使えない」話ではないレベルです。
・増員する、ただし、雑用係専用部隊を大幅に。
→業務メインをやる人が増えるとコミュニケーションコストが増大してかえって遅延する現象は散見されますので、そういうコストが相対的に起きにくい仕事になるべく人を投入するという発想です。
ただ、これは、「低時給バイトさん」「事務職」ではだめです(チームの中にそういう人を入れるのはいい場合も多々ありますが、「低時給バイトさん」「事務職」ばかりを多数入れてもソフトウェア開発では大抵困ります。つまり、PG/SEレベルの、ソフトウェア開発の一般常識のある単価の高い人を敢えて雑用や事務に投入するんです。これの一つのデメリットはSE/PGにそんな仕事をさせるとモチベーションが下がって当然なので、長期には向きません。プロジェクトが長いなら少しずつメンバーを入れ替えながらがベターかと。
例)「このデータ加工しといて」と振ってExcelベース(関数とかVBAは使えてよ)なりスクリプト言語なりで加工する人
例)コピーを頼まれたらそれに徹する人 …ここだけ見ると単価高い人をそんな仕事に、と思うかもしれませんが、変にチームに投入して遅延を拡大させるのとどっちがいいんですかって話ですよ。
議事メモではなく議事録が必要なら、録音してテープ起こしするのの草稿を別の人がやる(ここ例えメインの仕事に入ってなくともSE/PGかどうかで品質が随分違う。もっというと、草稿の草稿は音声認識ソフトにやらせる手もある 録音レベルが悪いときついけど)…これは普通のプロジェクトでやってもまずコスト的に割が合わないでしょう。あくまでここに書いているのはすべて「赤字が出てでも早く終わらせる」みたいな特殊な状況なのでやってみるといい場合があるんじゃないの、というお話です。
例)必ずしも雑用ではないが、特にキーマンには秘書をつけてしまえ。その人のスケジュール管理から色々とね。秘書検定もってるエンジニアとかいたら最高ですが(どんだけおるんや) この人に用事があるんだけど今取り込み中…みたいな時って用事がすんでからタイムリーにってなかなかいかないんですよね。秘書がいたらなんとかできませんかね?
人を横断して作業効率化を図れる書類の自動化とか可能なら専任作ってExcel VBAでもスクリプト言語でもなんでもいいので作ってしまえ。
・アメニティの充実を図る。
機材のせいでボトルネックになってませんか?PCの性能は大丈夫ですか?ディスプレイは大きいですか?プリンタやコピー機の数は足りてますか?プリンタやコピー機の速度は十分ですか?カラー印刷出来ますか?ファイル共有サーバが遅かったりしませんか? ※PCを変更すると環境移行コストはかかりますが、一時的なものです。
事務専門でも出来る所では「コピー用紙がなくなってから補充までにタイムラグとかないですよね」とか
ポットに沸かしたお湯が空っぽとかないですよね? …まぁこれはエンジニアじゃない人に任せてもいい領域。
ホワイトボードに書いたものを電子データでPCに送れるとかいまどき常識ですよね?丁寧に書いてあったらOCRも可能ですよね?
経費で、高いのでいいからうまい弁当をオフィス配達してしまえ ※税金の問題等色々あるし、自分で選んだり外食に行く方が効率上がる人もいるので全員ってわけにはいかないんですけど。希望者だけでも。
赤字覚悟で増員してるのに、人を増やしたけど「予算がないからPCにいいのが調達できなくって」って話は実在するようですが、何かおかしくないですか?
1人月60万とか100万とか何人も入れるのに。会計上の問題とか壁があるので表面的な金額では決められないんですけど、でもおかしくないですか?
あ、上記のようなことを実際にやって酷い目にあったエピソードがあったら教えてください。「うまくいかない場面」なんて当然いくらでもあると思うので。
これは、「事務職リーマンがwebサービスを作ってみた話」のトラックバックに対するトラックバックです。
もちろん、この手のアルゴリズム処理に「完璧」は存在しません。
ですが、拾った結果の品質を数百個ばかり、サンプリングで調査した範囲では、商品サイズを拾える商品のうち、9割を大きく超える率で、正しいサイズを拾えていますので、
もちろん、検索できる商品数が尋常じゃないので、サイズ抽出をミスっていそうな商品を狙い撃ちで探すと、結構見つかったりはしますが。
ちなみに、上記の「商品サイズを拾える商品」という表現には、レトリックがありまして、結構、楽天ではサイズが画像のみで記載されている商品もありまして、そういうものは、当然、検索できない商品となっています。
まあ、これは仕方が無いところです。
サイズは、正しくサイズを拾えるよう、複数の書き方パターンでサイズ候補を抽出しています。
おおまかには、
・幅×奥行×高さ(単位センチ)・・・・・・XX × YY × ZZ
の2パターンで、このパターンを軸に、さまざまな派生に対処しています。
この派生(というかノイズ要因)が滅茶苦茶いろいろなパターンであって、相当手を焼きました。
実はこれも、簡単そうに見えて、結構、面倒なところでした。
・サイズ記載部分から遠く離れた部分に(単位:ミリ)とか書いてある場合がある
など、さまざまなパターンがあり、結局、サイズ記載箇所の前後を見て、距離などから重み付けを調整して、サイズ単位を拾っています。
また、そもそもサイズ単位が記載されていない(意外とよくある)場合は、サイズ値の大きさを見て推定したり、(例えば、家具カテゴリのサイズ表記に小数点があれば、それはきっと、ミリではなくセンチだろう、など。)全く見当が付かん、というときには、決めで処理したり、仕方なくあきらめたり・・・といった処理をしています。
サイズを拾うだけでは、梱包サイズとか、引き出し内寸とか、ノイズが多いので、これらは、重み付けを行い、一番重み付けが高いものを外寸サイズとして拾っています。
この辺の重み付けは、ある程度、作りこんでいますが、もちろん、完全ではないので、今後のブラッシュアップが必要な部分です。
こちらは、型番等で誤反応を起こしやすい、W/D/Hでの記載サイズのレーティングを少し下げて対処しているのですが、初めのほうにトラックバックを頂いた方もご指摘されているとおり、それでもある程度引っかかっちゃいます。
タイトル中の型番を検索外すとかの手も無くはないのですが、型番って意外と本文中にも多くて、例えばテレビ台とかで、本文中にテレビ型番をズラズラ列挙されて、それが反応した時もあります。
一応、異常値についてはレーティングを下げたり、サイズ数値取れずで処理はしています・・・みたいなところではありますが、検討すべき改善箇所です。
ex)「幅800×奥行400×高さ100センチ」の棚・・・など。
こちらは、最終的なサイズ数字を見て、「サイズ単位の書き間違い・拾い誤り推定」の判定を入れておりまして、判定に抵触したサイズについては、正しいと思われる単位に変更・救済しております。
もちろん、フォローにも限界があったり、フォローを行って二重遭難する場合もあるんですが、検証してみたところ、ほんのわずかな二重遭難よりも、誤り救済を行ったほうがはるかに結果がよかったので、処理を入れてます。
ただ、結論から言うと、サイズ情報に対する、楽天市場側の動きはほとんど無いと読んでおります。
なぜなら、圧倒的にニーズが高く、ハードルも低いと思われる、送料込み価格検索すら、彼らは実現できてないからです。
恐らく、楽天側では、出店側に登録させる情報を、いじりたくないと思っているのではないでしょうか。
しかも、サイズ情報は、楽天が扱っているほとんどのジャンルの商品にとっては、それほど重要性の高くない情報です。
ごく一部のジャンル向け以外は重要性の高くない追加の登録情報なんて、楽天はあまり実装したくはないのではないでしょうか。
・・・と、そういう読みをしてますし、さらに、読みが外れて楽天が対応を行ったとしても、別に私は片手間でやっているだけなので、それほどペナルティが大きい訳ではありません。
以上、カグサイズのページ処理の内容部分の説明でした。
それではー。
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「これくらいの品質なら、日本人じゃなくても、熱心な外国人の方がマシだなあ。彼らは低賃金でもやる気あるし」
とか思われないように気を付けてね。
正社員にしない限り、まじめに働かないよ。
決して不まじめな態度をするわけじゃなくて、ぎりぎり文句を言われない最低のラインを狙ってサボるよ。
正社員雇用よりも、契約社員や派遣社員のほうがコスト面でメリットがあるとか思っている経営者には、残念ながらそうは問屋がおろさないと示すよ。
我々は、こんな不当な扱いをされてまで、会社に忠誠など示さない。
会社のために働いているふりをしながら、わからないように裏でこっそり業務を混乱させて遅延させてやる。
ちょっとした疑心暗鬼やすれ違いでプロジェクトを頓挫させてやる。
正社員にしない限り、まじめに働かないよ。
一致団結したから。明言はしていないけど目と目で通じ合ってるから。非正規雇用社員だと仕事が進まないってことを示してあげるよ。
方で定められた報酬を受け取るけど、会社全体の利益なんてクソ食らえ。
言われた作業はこなすよ。ぎりぎりの低品質で。その傍らで全体の業務を妨害してやる。
自分はこんなにタブを開いているが読んでいるのだろうか、全て読む必要があるのだろうか、したいことはなんだったんだろうか。
はてブやツイッターを見ながらタブでどんどん開いていき、読むのがめんどくさくなったらブクマをはる。なんのための情報集めだったんだろうか。
有益な情報がたくさん見つけられて、興奮する瞬間もある。
『有益な情報』、特に『ライフハック』と呼ばれるものは”方法論”で、”こうすればうまくいく”とか”これはよんどくべき、やっておくべき”だとか。
そんなこんなで、情報を集めたあと、実際に自分の行動を選択する瞬間がやってくる。
現実に活かす時だ。この時を待っていた。
有益な情報の中から『選択』をする。全てをやる時間はないし、それぞれの情報には齟齬が生じる。そこで取捨選択が必要になってくる。
このときに無意識なうちに心がけてしまうのが、『一番公平で』、『一番万人に通用しそうな』、正しく一番『合理的な』方法や情報はどれであるか。
ここで変なのが、はなっから『自分』が存在しないということである。合理的というのはいかに自分を消すかということであり、万人に通用するような一般則をみいだすかである。自分という文脈を完全に無視している。ある意味自分を否定することから始まる。
もう一つおかしなことがある。選んでいる自分自身は『合理的』・『無私的』かもしれないが、その情報は論理の飛躍があるかもしれないし、誰かの主観が凝り固まったものかもしれない。
ここで言いたいのが、論理の飛躍や、主観の凝り固まりが情報の質を著しく損なうものであるかといえばそうでもない。
むしろ、強烈に面白いと思われる物、人、情報は往々にしてなんらかの論理の飛躍、論理では説明できないなにかを内包している。
面白いというのは価値である。絶対である。面白さ=品質である。
しかし、面白い情報を集めることに意味があるのだろうか。それらを厳選して、凝縮して、合理的に、無私的に。
集めている段階から自分を殺しているのだから、自分の血にも肉にもならないし、なったとしても魅力的ではない。つまり面白くない。
情報の質はそれぞれ高いかもしれないが、それが脈絡なく量となって降りかかって来る頃には無価値となる。
結局人が求めているのは成長と共感である。自分自身の成長を感じる、か、自分自身と照らし合わせる、の2択である。
その情報が嘘かホントか、合理的か非合理的か、が問題になる情報は少ないし、そもそもインターネットという媒体にはそぐわない。
嘘でもいい。自分にフィードバックがあれば。自分にフィードバックを求めるためには、インターネットの中に自分を置かなければならない。虚構の固まりの中に。
発しなければ、返ってこない。今受け取っているものはその他大勢に発せられた無価値なものである。孤独を催させ、自分を否定するだけのものである。
ライフログとしてのインターネット。情報を体験に変えるものと信じて。
いつも何気なく、インターネットを見ていたブラウザ、Internet Explorer。Safari。どれもただブラウズ=閲覧という意味を越えている。
もともとそうなのかもしれない。自分自身が入っていかなければならないのかもしれない。インターネット探検家として。
インターネット探検家。私自身、いつもそうありたいと思っています。
そして今、卒業して新たな人生を踏み出すあなた方にもそうあってほしい。
ありがとうございました。
原文:The Un-Internet by Dave Winer
こう書くのは初めてじゃない……
毎回全部書き下ろす必要はないわけで、
もはや様式美になってきた感がある。
何回繰りかえしたかとかは置いておいて、
さあ、もう一回はじめようか。
問題は「コントロール」、これに尽きる。
どういうわけか、IT企業の重役はこれを欲しがるんだけれども、
1994年、この繰り返す世界の年代記を書き始めたばかりの私はこう言った。
「私たちよりもユーザーがまた一枚上手だった。
この業界ではだいたい15年周期くらいでこういうことが起こる。
私たちが足元を見失って、ユーザーが反乱して、新しいソフトウェアビジネスが降臨する。」
そこではこうも言っている。
「ユーザーは一度コントロールを手にしたら、二度と返してくれない」。
御存じの通り、いまそれがTwitterコミュニティで起こっている。
コントロールを欲しがるというのは、別にああいった企業の重役の倫理観のせいじゃない。
短期的にはそれが最善のやりかただからだ。
ありうる道は、ユーザーに手綱をうまくかけられるか、競争に負けるかしかない。
若いころの起業家としての私であれば、そのくらいのことはわかっていたんだろうと言われるかもしれないけれども、そうじゃなかった。
簡単にコピーできるものをどうやって商売にしていいか、分からなかった。
だから、詳しくない人にはコピーできないようにするためのコントロールの方法を編み出した。
すると、私たちのソフトウェアをコピーするためのソフトウェアの市場ができあがった。
けっきょくの問題は、ユーザーは私たちの意図に反することをやろうとする人なのかどうか、ということだった。
ユーザーの皆さんは誇りのある人たちだった。
だから私もするだろうことをした。
200ドルはするそのディスクをハサミで真っ二つにしたものを入れた封筒が、次々に送られてきた。
そうやって欲しいものを手に入れた。
私はようやく、いつもこうなるんだということを思い知らされた。
今回は、Appleがユーザーをコントロールしようとする勢力の親分だ。
ユーザーを守るというAppleの説明は、ある程度までは正しい。
iPadにソフトウェアをダウンロードするとき、害が起こさないということはかなりの程度、信頼できる。
そこまでで済むんだったら、私は何も言わない。
済むはずがない。
相手には、どのソフトウェアが自分のプラットフォームで出まわってもいいかを決める権力がある。
そうなれば、言論も規制されるのは避けようがない。
その意味で、iPadプラットフォームはディズニーランドのようなものじゃないだろうか。
ディズニーランドやPixarの映画にないようなものは、そこにもない。
悲しいのは、Appleが若い世代に対する悪い見本になってしまっていることだ。
若い世代というのは、Appleみたいに「ユーザーエクスペリエンス」をコントロールしたがってそうな、
TwitterやTumblrといった、比較的小さな会社のことだ。
彼らは、自由市場の不確実さよりも自分たちの品質管理のセンスのほうが優れていると思っている。
Twitterでは、Twitterがパートナーとして指定したところのコンテンツしか表示できない。
誰にも見えないようにされている。
Tumblrはあるブラウザアドオンをおすすめしないと言い出した。
これを問題にするのはきっと、それなりの数のユーザーが使いたがったからこそだろう。
この決定は開発者だけじゃなくてユーザーまでも巻き込むことになる。
ユーザーを「教育」しなければならなくなる、というのが問題だと彼らは認めた。
あれ? これって聞き覚えがあるような………
ということで、最後には逆の結果に落ち着くだろう。
そうならなきゃならない、
ということを、インターネットが教えてくれた。
1970年代、それはまだインターネットとは呼ばれていなかった。
その単純さと、コントロールされていないところが好きだった。
あれを載せてはいけない、これは載せてもいい、と命令する人はいなかった。
インターネットが育った周りの環境、つまりメインフレームの世界では、壁はものすごく大きかった。
個人はコンピュータを持てない。
それからループが回るたび、IT業界が持ってくるコントロールを解毒するというのが、インターネットの役割だった。
でも最後には、私たちは壁を乗り越える。
そうするとまた次の壁がやってくる。
成り上がったプラットフォームが数の力で支配しようとする。
そしてまた、おなじ過ちを犯す。
そして、おそらくいつも、インターネットが勝つ。
若い地方公務員は大変だろうねぇ。
元々公務員ってのは「正社員」の中ではあまり高給な方ではないし、一昔前なら比較的バカでも公務員になれたから相応以上の給料もあっただろうけど、今だと競争率高すぎて結構学歴的に高い奴じゃないと入れないからかなり割に合わない仕事だと思う。年配の公務員は年功序列と共済年金でウハウハなんだろうけどね。
てかむしろ君なんで公務員になんてなろうと思ったのw
他でも書いたけど公務員人件費の問題って公務員が「さぼっている」のではなくて、公務員が馬車馬のように働かされてるのに不毛な制度が多すぎるというのが問題で、ここで公務員という人間を叩き出すと話がおかしくなるんだよね。
制度を整頓して簡略化して公務員の仕事を減らして最終的に公務員を減らそうというのが本来正しい道筋であるはずが、話が公務員に対する憎悪にすり替わっているせいで「制度を整頓して簡略化して公務員の仕事を減らし……」→「は?公務員に楽させろとかあり得ん。もっと働かせろ」みたいなバカな議論になって不毛な制度を増やしつつ人は逆に減らして公共サービスの品質が更に低下するというスパイラル。
誰が悪いかって公務員という人間が悪いわけじゃない。肥大化した制度が悪いんだ。で、何故制度が肥大化したのかって言ったら、みんなで選んだ政治家の皆さんが場当たり的に制度をどんどん増やして複雑化させるバカだったからに他ならない。
質が高い低いっていうけど、べつにたとえば、どこぞのソーシャルゲームだって 5年10年すれば 画質は上がっていくだろうに。
その時にPhotoshopが売れなくなるってことはないと思うが?逆にPhotoshopはどんどん高品質化していくんじゃないか?
いま、その手のものが売れているのは、フィーチャーフォンという画質とCPUのバランスに合わせているからで
あと、質っていうのは、作り手から見る質のパラメーターと買い手からみた質は違うから、そういう意味では古典みたいに、必要とする人がいなくなった質は滅びるだろうけど、必要とする人がいる分野で質が上がらないということは無いと思うよ。競争原理的に。
君の親も、君をそんな出来損ないに生んだ覚えはないはずだ。
私が出来損ないじゃないなら、出来損ないじゃない男の精子で孕むことにします^^
「見合った男」が出来そこないなら、私は産みません^^
試験工程が始まり、新規参画メンバーに、ドキュメント与えて試験やらせても得られるアウトプットは、所詮ドキュメント通りにできているかが確認できるレベル。
リリース後にぼろぼろの品質の状態で、なんで試験でちゃんと見つけられないだと言われたとしても、設計通りのものが作成されているにすぎない。
試験メンバーに対して要件/仕様の説明/プロジェクトの前提条件の暗黙知を共有させる準備期間が必要であるはずだが、
そんな意識はまわりにない
組織のプロジェクトの共有意識のなさ、ソフトウェア全体に対してどうあるべきかを考える人が誰もいない状態に対して誰も疑問に感じない。
感じているかもしれないが、各論ばかり論じてお茶を濁している。
開発ツールによってプロジェクトの生産性向上をもくろんでいるはずが、開発ツールの設計が全く生産的でない。
バグ票も、試験の前提条件/試験方法/期待値も記載されず、ただ事象だけ書かれている。
それに対しても開発チームの回答も改修したレベルの記載で、原因/対応/横並びもなく、
開発チームの回答に対してプロジェクト全体として妥当であるかの判断も誰もしない
組織の人員配置/プロジェクトのあり方の不備をただ個人に押し付ける
ただただばからしい
何が凄いかはおいておいてもさ
たいてい、凄いプログラマーって呼ばれる人たちはさ
何でも自分で調べて、ネットになければ実験して、成功するまでいろいろなコードを書いていく奴らのことだよね。
コードの行数なんてその結果にすぎなくて、実験の過程で消えて行ったり、描き直されたコードなんてその何倍もあるわけだ。
凄いのはそのチャレンジャースピリットと、諦めなかった不屈の闘志の方だよね。現場やってると思うのは。
で、そういう現場知ってると、それって必要?とかは思うよ。
毎日毎晩遅くまで、徒労を繰り返してようやく1機能作っても、ワンノブゼムでわからないお客様はわからないよね。
とんでもなく苦労したコードでも、できて当たり前、みたいに何も知らないで言う人もたくさんいる。
何が言いたいかというと、そういうプログラマーとしての凄さを考えるくらいなら、適当な所でやめて、適切な品質で切り上げて
ぼちぼちの物をボチボチで売ったほうが人としてしあわせになれるよね。
つまり、凄いプログラマーというのは、人として間違ってる。というところにたどり着き、仕事はぼちぼちのサラリーマンで生きていけばいという事になり
プロフェッショナルであれば正々堂々と記事を書けばはてブがつくのかもしれないが、
自分が書ける範囲ではてブがつきやすい記事というのはこれしかない。
難しすぎず、かといってよみ飛ばして終わりというのでもなく、
少しだけ頭の体操になったり、その話題について他のやつと話題を共有できることが期待できるような話。
ニュースサイト管理人は、幅広い話題の中からそういう記事を選び、集めてきて読者に提供する。
自分が書くよりも、他の人が書いた良い素材を集めて、それをそのまんま提供するほうが価値が高い。
私は一般人のくせに、ニュース管理人みたいな努力をするのが嫌だ。
ゲームやラノベネタ、健康や勉強ネタ、ニュースネタなんかが作りやすい。
そうやって、自分の考えたネタで、はてブの人が遊んでくれているのを見ると嬉しいとか思ってた。
実際はニュースサイトの「恣意性」と、ブロガーの「品質保証に責任をとらない」の悪いところどりしてただけなのにね。
今日いきなり飽きた。ふと学校についてのネタを書いてて急に醒めてしまった。
なにやってんだ俺。これ高校時代にやってたことの延長じゃねーか。
あの時も、一生懸命ネタ集めて、誇張して、クラス限定での盛り上がりを演出とか頑張ってた。
朝の授業始まる前とか中途半端な空き時間とか、暇を持て余してる時はそれで相手してもらえたけど、
部活とか友達どうして遊ぶ輪に入れなくて、ぼっちだったじゃん。
俺の努力ってその場で消費されて、全然積み上がらなかったじゃん。
友達がいなくて、クラスで居場所が欲しくて、イジメられたくなくて、
それでヘラヘラしながら必死に話題作ってそれだけ終わったあの頃から何も進歩してねーじゃん。
何も築けてない。何も積み上がってない。相手の役にも立ってない。ただ時間つぶしになっただけだ。
もうやめる。絶対やめるんだ。
自分ために時間使って、はてなじゃなくてリアル側で友達の役に立てるような人間になるんだ。
ちゃんとした自分を積み上げるんだ。
言い方変えれば海外では2万で生きて行けるわけで・・・生活水準考えても日本は物価が高すぎる。
だから、(いくらでも同品質で安いものがあるわけで) 税金を上げれば上げるほど、国民が安いものを探して 結果 国産から輸入品へとシフトしていく。
たとえば、消費税を30%にしたら。いままで2000円の米?を買っていたそうが1600円とか1400円の米にシフトする。(米でなくてもジーンズでも)
結果GDPが押し下がる。
つまり異常に高い物価水準が、発展途上国に近づくまでは物価下降の圧力が強いわけで、かなり何をしても無駄な状況。
打破する手段は単純に、今高すぎるバブル組以上の給与水準や年金などの引き下げなどに始まって家賃など 物価下降にあわせて水準を下げていく話と
生産性を向上して、発展途上国より生産性を上回らせて給与水準を引き上げる話だけど
どっちも今の日本人には難しいだろうね
西洋学問に汚染されたイカレタ経済学者のいうこと聞いてると、そのうち水道局まで民営化されそうな気がするので独り言を残しておこうと思う。
彼らは口癖のようにいつもこう言う。
「市場の競争原理を利用して、より質の高い水を低コストで利用者にお届けする」
そして、彼らの言うとおりにこの何十年間やってきた結果、起きたことは
・寡占による価格の上昇
とかそういうことが起こった。
もちろん、公共サービスを民営化したら、その事業において利益は残るようになった。だが、それはその事業においてのみの金銭的成功である。社会全体としては大きな遺恨を残すことになる。
例えば、イギリスは水道局の民営化によって 多大な利益を多国籍企業にもたらした。しかし、利益を出すのに、まず大量の人員を削減しなければならず、配管の資材や工事のコストも最大限に抑えられた。一見、聞こえが良いが、イギリスではコストカットによって水漏れ工事が多発し、全体の約40%以上の水が漏洩して失われている言われている。しかも、彼らはコストを最優先する生き物なので、新たに水資源を確保する工事コストとブッ壊れた配管をなおす工事コスト、どちらが安いかを見積もって とりかかる。その為、前者が安い場合は、大事な水資源の破壊を引き起こす。さらに、水質汚染まで深刻化し、イギリスではまともな水道水が供給されていない。
それだけではない。工事する業者は一番いところが選定される為、今まで受注していた地元密着型の企業は選ばれず、大手外資本がそれに参入することになる。これも競争原理が働いている。だが、これによって地方の雇用は激減、治安は荒れ放題、結果 雇用促進や治安維持費などの歳出が増大し、それが財源を圧迫する始末
こうした、社会全体としてはデメリットの方が大きいものを「コウリツカ」の名の下に弱者切捨てを行うのが今の時代の「グローバルスタンダート(笑」というわけだ。最近ではコイズミさんとかタケナカさんとかノダさんとかハシシタさかが有名。そして、それを後押しする知識人のなんと多いこと。ウンコ投げつけてやりたい気分ですわ、マジで
・文章が打ちづらくない?
ただし、Androidはソフトウェアキーボードの実装が機種依存だから
打ちにくい 機種も存在している。打ちにくい機種は本当に打ちにくい。
ただ、AndroidはDPIもフォントも機種依存だから見辛い端末はみずらい
・スクロールやらクリックやら、マウス操作にあたる操作が面倒じゃない?
クソな端末は本当にクソ
古いやつはガラケーのほうが早い。
結論から英馬、ガリガリ打ち込む作業についてはノートPCのほうが断然いいけど
スマホユーザーの大半は電車の中でちょっと読むとかだろうから、問題ないだろ。
ただ、最新のどっかのスマホがバグだして販売中止?になってるみたいだけど
そんな感じで端末によってキーボードも液晶の品質も結構色々違う。スマホとおもって買うと有名メーカーでも
痛い目見ることがある。
いつ終わるか分からない作業というのは精神的にも肉体的にも辛いものです。
最悪の場合、時間切れ(あなたが諦めて「もう帰っていい」と言い出す)まで少しでもラクをしようと手を抜き、予定していたノルマが達成されない可能性もあります。
効率よく終わらせるモチベーションを上げるためにも、作業全体の量は必ず明確にしましょう。もちろん、後からそれを増やしたり減らしたりしてはいけません。あなたの信頼にも深刻な悪影響を及ぼします。
これを大ざっぱにしてしまうと、部下は少しでもラクをするために段々とやり方が雑になっていきます。最低限の品質が保証されるやり方をきちんと指定しましょう。最初の1回くらいはあなたが実際にやってみせるのもアリです。
最初は、指定したやり方を部下に理解させるためです。口頭で指示するだけで100%完璧に理解するという事はあり得ないと考えましょう。
中盤は、手を抜いたりダラけたりしてないかどうか、指定した手順が形骸化していないかをチェックする意義があります。進捗状況の確認も忘れずに。
最後は、あなたの登場によって作業に終わりが近い事を部下に示し、緊張感を与えラストスパートをかけさせる意義があります。あなたに余裕があるなら手伝ってもいいでしょう。部下との連帯感を育む良い機会にもなります。そしてあなた自らが作業の完了を宣言する事で仕事に最後のメリハリを与えます。
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2011年ボジョレーヌーボーキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!! : 2のまとめRより。
95年「ここ数年で一番出来が良い」
96年「10年に1度の逸品」
98年「10年に1度の当たり年」
99年「品質は昨年より良い」
00年「出来は上々で申し分の無い仕上がり」
01年「ここ10年で最高」
04年「香りが強く中々の出来栄え」
05年「ここ数年で最高」
06年「昨年同様良い出来栄え」
07年「柔らかく果実味が豊かで上質な味わい」
08年「豊かな果実味と程よい酸味が調和した味」
09年「50年に1度の出来栄え」
11年「50年に1度の出来」
これを出来の良い順に並べる、というのに挑戦してみる。
まず目につくのが「○年に一度」という表現。例えば11年の「50年に1度の出来」だが、これを過去50年で最高とするのは早計。そもそも同種の短評が、ここに上げた17例の中に5例ある。同じような「○年に一度」の中では数字が大きいほど出来がよいとみるだけに留めるのがいいだろう。
よってその5例については以下の様になる。
ちなみに評価が同等の場合は、醸造技術の進歩なども考慮して年度が古い方を上とした。
さらにこれらの5例との比較が明示されているものをピックアップしてみる。
99年は98年より上ということであるが、これが09年や11年同等の50年に一度、あるいはそれ以上の出来であるならば、「昨年より良い」などという評価でお茶を濁すとは思えないので、それよりは下にするのが妥当だろう。「09年と同等」と評価された10年については先述した通り、同等評価なら古い方が上の原則を適用し、出た暫定ランキングが以下。
次に注目したいのが、05年の「ここ数年で最高」ここ数年というのが過去何年なのかが曖昧だが、前年よりいいだけなのであれば99年のように、「昨年より良い」でいいはずなので、少なくとも過去2年よりも上と解釈すべきだ。すると100年に一度であった03年を上回る。翌06年も05年と同様に良いということなので、これも03年よりは上とする。よってここまでで
ここからが若干難しくなるのがだが、まずは
について考えてみる。
96、98年の評価は「10年に1度」級であるが、最初に言った通り「このレベルのものはここ10年なかった」などと読むべきではない。だが、97年については96年よりは上でなければならない。99年とどちらが上なのかについてはひとまず保留。
次に
95年「ここ数年で一番出来が良い」
だが、1976以来の出来である97年よりは下であるのは間違いないのだが、「10年に一度」である96年と比較してどうなのか。統計的に解釈すれば「10年に一度」というのは「全ての年に序列をつけたならば上位10%に入るであろう」とも読めるのだが、95年以前がどうであったのかが分からないのでどうにも判断のしようがない。単位が違うので比較するのは少々乱暴ではあるが、「数年」よりは「10年」ということで、96年より下とする。
まだランキングされずに残っているのは
00年「出来は上々で申し分の無い仕上がり」
01年「ここ10年で最高」
04年「香りが強く中々の出来栄え」
07年「柔らかく果実味が豊かで上質な味わい」
02年 > 01年であることに異論を挟む必要はないだろう。さらに01年が「ここ10年で最高」であることから、99年以下に入るはずはない。99年の一つ上は11年の「50年に1度の出来」である。どちらを上とするか。最近10年の内、「50年に一度」以上の評価が5回も出現するあたり、この評価の尺度の信ぴょう性にはいささか疑問があるのだが、「ここ10年で最高」程度が「50年に一度」を上回るというのも考えにくいので、それよりは下とする。したがって、ランキングは以下のようなものとなった。
残ってしまった4年度については、恐らく「大した出来ではないが今年の特徴は〇〇である」ということを、ぼやかしたものであろう。よって、95年以下で、順位については飲む人のお好みで、とするのが妥当ではないか。
保留にしたままの97年と99年であるが、50年、100年に一度の出来がここ十年で5度も出現するほど醸造技術は年々進歩しているのだろうということで、とりあえず99年を上とする。
越えられない壁(以下は順不同)
1.マナーに異常に厳しいが、融通が利かずユーモアがない(ジョークやいたずらをしないけど、靴を並べないと怒る)
確かに。自分はそうでないつもり。
2.自分の気持ちに素直じゃない。損得で行動する(いつも本当の気持ちで行動しない)
自分でも、自分の気持がわからない。言い換えれば、素直な行動が思いつかないので、行動のしようがない。
3.自分が成功しないんじゃなくて、他人が成功するのが悔しい(成功している人の悪口をいう。でも悪いことや失敗している人の悪口はいわない)
4.ブランド物など他人と比べる、相対的な方法でしか幸せを計れない(私の国では考えられないくらいみんなブランドものを持っている!)
人間だれしも。日本人に限らない。はず。ただブランド志向は日本人特有かも。でも、ブランドはブランドたる品質があるから。
5.差別はないけど、いい人でも仲間はずれにしたりいじめたりする(みんなだれかのことが嫌いなのかな。怒っている。)
人間だれしも。日本人に限らない。はず。ただ同調圧力は明らかに強い。
6.おいしい食べ物でも文句を言う(なんで?おいしいのにといつも思っている。日本人はとにかく文句をいうが何もしない!)
確かに。褒め方を知らない人が多いし、文句をつけることがカッコイイと思われている。
7.感情表現が変(愛してるというと軽いといわれるがほんとなのに。私や私の外国人の友達もよく軽いといわれる)
確かに。お世辞が蔓延しすぎたツケかも。
8.性別の特徴をみとめない(男は強くて、女は弱い。そういうことをいうと怒る。でも女は男より綺麗でしょ?)
そうかなあ。
9.英語が話せない(日本人は小学校から勉強している?私は日本語が2年ではなせる)
ペーパーテスト特化の教育体制。話す訓練はしていないに等しい。日本語だけでもほとんど不自由しないという事情もある。