はてなキーワード: 品質とは
SE歴6年目。
ソフトウェア品質管理から基幹系業務アプリケーション開発に移り3年、
いまだにプログラミングの面白さが分からない。
COBOLだのperlだのrubyだの、必要に応じて言語を変えてはシステムを作ったり、
永遠とストアドを組み続けたり、それなりに開発業務には携わってきたと思う。
でも得意な言語は?と聞かれたらこれと言って無い。
参考書を買うものの読み切るのは1割程度しかない。それも読むだけ。
買う理由も「覚えないとヤバイ」というプレッシャーで買うばかりだ。
たまに凄いWebサービスに出会うと興奮して、こういうサービス作りたいな、と考えが巡り
先駆けて開発環境を構築したりするけど、構築した時点で満足してその情熱も1日で冷めてしまう。
IT技術には興味はあるが、細部の技術に触れると途端にめんどくさくなる。
この業界、向いてないんだろうか。
それにこの業界に携わり続けたいという気持ちも全くない。
現在28歳。
これから何処に向かっていいのか分からなくなってきた。
最近の小糸製作所や、トヨタのリコールの話しを聞くと不安になる。
手を抜いてやらなかっただけなのか、それともやろうと思ってもできなかったからごまかしたのか。
その区別があやしくなってきている。
十分に儲かってたから製品に反映できてたんだとおもう。
http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20100208/p1
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207
アフリカ大陸在住中(2年と半年)の身としてちょっと記録を残しておきたい。
論を構築するほどには、まだ深く関われていないので、雑が気程度として以下にメモを。
ただし、あるように「アフリカ」と一括りにするのは無理がありすぎる。
東西南北・中央で事情が全然違うし、各ブロック内でも国によって全く違う。
もっというと、国の中でも事情が全然違う。
ということで、私がいる国の特定地域の事情における日々雑感程度、ということで失礼。
彼らの言葉も借りながら、書いて言ってみよう。
なんとかして行きたい、と思う人は多い。あるいは、ヨーロッパの生活スタイルを自国で手に入れたい、と思っている人も多い。
というか、両方併せて大半がそう。
大体何処でもヨーロッパの衛星放送を観る事ができるので、そこから垣間見る、生活スタイルに憧れている。
なんとか同じ物を手に入れたい、という気持ちはもの凄く強い。
ヨーロッパと同じ生活をできないなんて、不公平だ!
ずるい!ダメだ!許せない!
と声高に叫んでみたりする。
それは、憧れの裏返しなのかもしれない。
良く文句言ってる。みんな。「大臣はあのプロジェクトで、不当な利益を得ている」なんて新聞報道はザラ。
でも、文句言っている自分も、取引の場では袖の下もらっていたりする。
狡いことは許せない。でも、自分が狡いのは全くもってOK。
こちらも人を使って仕事をしている以上、生産性の高い人間の給与が高くなるのは必定。
でも、
それに、あの人と私は、同じ大学の同じコースを同じように出ていて、同じインターンも経験しました。
だから、あの人の方が、私より給料が高いのは不公平です。
という人も多数。
でも、こちらとしては、同じ資料を一日で仕上げる人と、一週間かける人に、同じ給料は払えない。
不公平が嫌だ。
だから、ヨーロッパに行きたい。あそこは、文明が栄えていて、全てが公平なはずだ。
だから、テレビで見ているような生活ができるんだ。そう、公平なはずのヨーロッパに行けば、無条件であの生活が手に入る!
...........と短絡的に思い込み、ヨーロッパに不法入国、というパターンは少なくない。
あいつらが、全部搾取したんだ。
だから、俺たちは今こんなに貧乏で、テレビで見るような生活は出来ないんだ。
と、威勢のいい台詞は帰ってくる。
でも、ヨーロッパの業者が理詰めで説明すると、色を無くして全て言いなり。
あれだけ反対していた日本人の説明と、違うところは何処にも無いのに。
ともあれ、プライドは高い。
だから、俺たちは凄い。アジア人なんかよりもずっと優秀だ。
アフリカに国はたくさんあるけれど、その中でも俺たちが一番だ。
隣の国?観光客は多く来ているみたいだけど、大したことないよ。
プライドばっかり高いけど、中身と根性のひねくれ曲がった最低の国だよね!
と、ここの人たちは言う。
ちなみに、近隣国には休暇を利用して二カ国ほど旅行に行ったのだけど、全く同じような台詞が帰ってきた。
政府高官が中国との友好関係をアピールすると、「あいつら、絶対金をもらってるからそんなこと言うんだ」という。
日本製品は凄い。
品質100%だ。で、なんでもくれる。兎に角くれる。(恵んで)くれる。
...............そうだった昔は。
最近は全然親切じゃない。
何もくれない。ちょっと大きな家に住んで、車も買って、一年に2ヶ月くらい休みたいだけなのに、日本人は何もしてくれない。
おまけに、最近の日本製品は高いばっかり。品質も性能も中国製と変わらない。
もう、日本は凄くない。昔凄かっただけだ。
そうさ、結局俺たちの方が凄いんだ!
だから、俺たちアフリカの民のために、日本人は泥水を嘗めて、汗水垂らして働きやがれ!
それについて、曰く。
私たちは、そういった組織運営や社会システムの作り方を全然教わらなかった。
だから何も出来ないんだ。街にゴミがあふれているのはそのせいだ!
ヨーロッパは何も教えてくれなかったんだ!
そうだ、俺たちはナンバーワンなのに、出来ないのはそういうことだ!
俺たちには凄い能力があるんだ!だけど何もくれないし、教えてくれないのが悪いんだ!
だから、日本人、クレ!
仕事で失敗したのは、あなたが仕事の仕方を一から百まで教えてくれないから。
今日遅刻をしたのは、寝坊をしてしまった可哀想な私のことを、道行く車の誰もがピックアップして連れてきてくれなかったからです。
私が採用されなかったのは、他に採用された人が何か狡いことをしたから。
日本人は豊かだから、私に物を恵んでくれて当然。恵まないあなたは悪い人。
本当に豊かな人は、物を盗まれたって、「施しを与えた」とむしろ喜ぶはず。だから、盗んだ私は悪くなくて、盗まれた事を怒るあなたのほうが悪い。
街がゴミで汚いのは、教育を受けていない人たちが散らかすからで、教育を受けた私はそんなことはしない。だから私のせいじゃない。
私は教育を受けています。教育を受けた人は街のゴミ掃除なんかしません。だから、私が道に投げたゴミをひろうのは、学歴の無い彼らの仕事です。彼らが自分たちの仕事を怠けているだけなのです。
そんな、無教育・無教養の人が多いのは、ヨーロッパが愚民政策をしたから。私は悪くない。悪いのはヨーロッパ。
この決済は私の権限ではない。私の上司の権限だ。だから、決済遅れは私のせいじゃない。私の上司に直接聞かなかった、あなたが悪い。
私と同じ学歴・資格なのに、彼と給与に差を付けるあなたは、とっても悪い人だ!
私に仕事をさせようなんて、とんでもない!おかげでプライドを傷づけられて精神的被害をこうむった!精神被害は仕事をさせた、あなたのせいだ!
この事業が期日に終わらなければ、それだけ私は長い間給料を貰える。なのに、急いで片付けようとする日本人、あんたは私の仕事を奪う悪い人だ!
と、ここまで書いてきて思った。
外からネットを通じて日本を見ていると、随分こんな言説が目につくような気がするよ。
勿論、上に書いた事を、僕が住んでいる地域の人たち全員が言っているわけではないし、ネットで流れている言説が日本の全てではないのも分かっている。
でも、日本にもアフリカにも、同じような考え方や行動パターンの人たちが目につくところに、相当数いるということに確かなのかもしれない。
だとして、今の日本はいろんなストックを持っているけれど、そのストックを消費しきってしまったときはどうなるんだろう。
案外、今のアフリカ諸国は、そう遠くない将来の日本の姿なのかもしれない、などと思ってみた。
もっと書きたいけど、あんまり書くと特定されそう。なので、この辺で。
(てか、知ってる人の目にとまったらもうバレバレかもだけど)
「プログラマという職業は『ふつう』の人には厳しくないか」というエントリーにまつわる、様々な反響を見てふと思うことがあったので、匿名で書いてみようと思う。
プログラマーという仕事は、普通の仕事と大きく異なる部分がある。成果物であるプログラムの品質は、労働時間に必ずしも比例しない。長く時間をかけたとしても、駄目なプログラムは役に立たない。
業界の一部で横行している、無駄なロジックを何度も書くと言った行為は本来評価すべきではない。バグの巣窟になりやすい、コピーアンドペーストなんて論外だ。本来、プログラマーに求められるのは怠惰さともいえる。オブジェクト指向にせよ、いかに同じロジックを書かないかという目的もある。
むしろ、短期間に集中して無駄の少ない簡潔なロジックを書くことが求められるべきだろう。長時間の労働はプログラムの質を低下させる。長時間やったほうが効率が上がるというプログラマーは、本当に集中して仕事をしていない。個人差はあるだろうが、本気で仕事をしてれば、10時間もやっていれば疲れが出てくる。納期前日はともかく、平常は無理をしても全体的なパフォーマンスが落ちる。
労働としては、コピーライターに近いと思う。こんな少ない文字数の文章に、いくら払っているかと思われるだろうが、労働の質が異なるのだ。品質の高いプログラムを書くためには、技術情報収集をしたり、風呂に入ってぼんやり考えたりといった、「仕込み」が効いてくる。この仕込みが最終的な成果物につながる。
しかしながら、こういったプログラマーの仕事は一般的な労働の尺度では理解しづらいだろう。自分がある程度プログラムを書いたいた人間は、ある程度理解できるだろう。しかしプログラミング経験の浅いプログラマーはそれを理解できない。上流SEと称して、発注伝票を切ることしかスキルの無い連中は、そういった感じではないだろうか。
さらにいえば、体育会系の人間にはそのあたりが理解できない。体育会系といってもイチローや中村俊介のような卓越したスキルを持つわけでもなく、絶対服従と忍耐力だけしか能の無い連中だ。彼らは、成果物イコール労働時間と考える。だからプログラマーが「怠惰」であることが許せない。彼らが評価するのは労働時間だ。
僕は、体育会系で有名な大手元請けのプロパーとして働いていた。そこで働いているうちに、仕事のスタイルに疑問を持つようになった。そういった疑問や無力感が重なっていき、精神を病み、今でも後遺症に悩まされている。幸いにも生活保護を受けられているのがせめてもの救いだ。
日本の情報産業はもう駄目だと思っている。中国、インド、韓国はもちろん他の新興国にも追い抜かれる可能性があると考えている。僕の見てきた限りでは、業界の病巣は根が深い。個人的にはプログラマーがゼネストでもして、たちの悪い元請けを一社潰すくらいのショック療法を行わないと、状況は変わらないと考えている。
ttp://blog.goo.ne.jp/mit_sloan/e/41dc6ca48ed580acf561f25ad690a6b9
例えば、ホンダなどが公差をちゃんと狭く設定してるのに、トヨタは甘く設定。
でもトヨタに使ってもらうために、公差の数分の一におさめるから、納めてるものはホンダより品質が高かったりする。
トヨタの製品設計は、この「言われてる公差より高品質」に頼った設計になっている、
と言う話は、友人で部品メーカーにつとめてる人に昔聞いた話だが、
この記事を書くに当たって検索したら、2ちゃんねるなどでも「公差より圧倒的にいい品質のものを作るのは当然」という圧力がかかる、という愚痴を書いてる人がちらほらいた。
アップルが再び負ける日
ttp://www.atmarkit.co.jp/news/analysis/201001/29/apple.html
私が主にソフトウェア開発に従事していた1990年代半ばという時代において、Appleのプラットフォーム向けの製品開発は、苦労の割に報われないプロジェクトだった。販売本数が少なく、日本のアップルはちゃらちゃらしたマーケッター的兄ちゃんで構成されているので、技術サポートはアメリカ丸投げで貧弱。その反面、濃いユーザーからの要望は高く、品質チェックでの手は抜けなかったからである。
定年を廃して賃金を上げたら業績が伸びた
ttp://jbpress.ismedia.jp/articles/-/2622
そのような高待遇で定年制度を廃止した同社によると、その効果は3つある。
まず、同社の社員は60歳過ぎたあたりが一番生産性が高いのだそうだ。それは損益計算書にしっかりと表れていて、定年制度を廃止してから、平均年齢と人件費が上がるたびに会社の業績は上がっている。人件費の伸び以上に利益が伸びているというのだ。
また、同じ人が長期間勤めてくれるのは中小企業にとっては技術開発の根本を支える土台でもある。大企業はシステマティックに技術開発できるが、中小企業のレベルではそれができないため、同じ人がずっといてくれることで技術が保たれる、と松浦氏は語る。
実際に親子2代にわたって同社に勤めている社員もいるそうだ。
そして、もう1つの効果は、そういう人が落ち着いて仕事をすると下の世代も落ち着いて仕事ができるようになることである。実際に、定年がなくなったことで、それまで「定年前」の年齢だった人が急に勉強を始め、品質ISO(国際標準化機構)の審査員の資格を取得した人もいるそうだ。
そして、そうした熱心さが下の世代にも伝わり、40代、30代の世代にも良い効果を与えているということである。
インドや中国の技術者 これはアメリカでも良いけど の技術者が 日本の技術者よりもスキルが高いというのは誤り。
単に単価が安いだけ。
それこそ、経済がグローバル化しているので、トップレベルの技術者は、どの国でも高給取りだし、高技能。日本人プログラマーでも有名な人はいるし。
ただ、中から下にかけては
大学出れば就職できるだろうと適当に学んだ大学生サラリーマンプログラマと
生きていくために必死で、サバイバルでプログラムを学ばざるを得なかったプログラマでは、そりゃぁ、ガッツが違うな。
当然人口が多いから、淘汰されやすいし。
とはいえ、安かろうで発注すれば、痛い目を見るのは日本も、中国インドも、アメリカも同じ。
っていうと、なんか、表をイメージするひとが多いけど・・・
検査技術が必要だから。定期的に検査して、品質チェックできないなら、しらないところに発注するべきじゃないね。
品質チェックできても、バグであると技術的に相手を論破できないなら、これまた、外国に発注するべきじゃないね。
大変なんだよ、中規模以上のソフトは
SIだと、どんだけだろうな、試験項目w
癒着の極みだからなぁ。
この道数十年の下請けのベテランさんを、新卒がマネージしているさまを大企業で目の当たりにしてきたけど
そりゃぁ、なんというか。ベテランさんも、そうでない下請さんも
『品質の良いもの』を作ろうとはおもわねーよなぁ。
一番ひどいのは、動かないとは思っていたけど、下請けだから、いわれたとおりに作ったら、やっぱり動かなかった
ってケースだなぁ。
そうかといえば、2-3人月程度のPJだけど、マネージメントに手がまわらないから、+2-3して丸投げしたら
納品日までは、問題ない順調っていわれ続けて、いざ納品日に、すみません。できていません。ほとんど・・・
みたいな、会社もあるしなぁ・・・大手でも・・・。
まぁ、大手の良いところは、そういう時にでも、ちゃんとフォローさせられることではあるんだが・・・
ブランド品をかなり安く購入できる機会が増えた。
ユナイテッドアローズ、ビームス、ジャーナルスタンダード、ジーディーシー、エックスガールが安く購入できる。
景気低迷とデフレの影響だと思うのだが、
wikipediaによると
>>ブランドとは「焼印をつけること」を意味する brander というノルウェーの古ノルド語から派生したものであるといわれている。
とのこと。
つまり、家畜に印を付けて、「この製品はうちの農場で作ったモノだ」と
品質の良さをアピールするためのものだと思う。
つまり、信用力に由来する価値だ。
私が思うに、
消費者が「これが良いモノだ」と保証されているモノを買う『安心感』
と
普通のモノより高いものを持っている『優位性』『自慢』『自己顕示力』
によっている気がする。
外面を着飾ることにより
「あの人は、それだけのモノを購入するだけの能力がある」
富裕層が購入する商品を、低下層の人が購入できると、富裕層の自己顕示力が弱まる。
だがら、アウトレットモールやネット上で購入できるブランド品には、
一流ブランドが出品しない。
あくまで、二流ブランドなのだ。
この考え方が、これまでの常だった。
不況のあおりをまともに受けている。
現金が欲しくて仕方ない。
短期間で現金を手にするためには、
目先の在庫をさばくしかない。
でも、それをやってしまうと、
ブランドメーカーは、将来的に自分の首を絞めてしまうことになるのだ。
しかし、海外では、すでに、その禁断の箱に手を出してしまっている。
■GILT
http://www.beyondtherack.com/
ヒット商品が生み出されると、ものすごく売れる。
だが、ネットは違う。
簡単に国境を越えてしまうのだ。
今月の22日に日本でも一流ブランド品を格安で購入できるサイトがオープンするらしい。
■ブランディシモ
将来、ブランド品って無くなるのかもしれない。
いや、無くなるのではなく、
それをインターネットを使って情報共有し、購入に繋がるという、
こういう時代が終わったのかもしれない。
▲ 何をすればいいのか分からないときは以下のようにせよ
1/印刷用紙の裏紙(A4サイズ)とボールペン1本を持ち書き物机へ移動します(物が置いてなく十分なスペースがある机がオススメ)
2/提出物が最低限の品質を満たしているといえる条件を列挙します
3/最低限の品質を満たすためにやらなければならないことを思いつくままに列挙します
4/列挙した作業を残り時間と今いる場所、今使える道具・資源を勘案して、最短時間で効率良く成し遂げられる順番に並べ替えます(できるかぎり頭を使わない作業から始めるのがコツ)
6/顔を洗いにいきます。必要に応じて髪を整えます
7/「がんばれ、がんばれ、私!!」と自分を応援して
8/おもむろに作業リストの一番上から思考を停止して、片付けていきます
9/作業が終わったら、作業リスト上の完了作業を色ペンでぬりつぶしてやります
10/作業リストが終わるまで、これを続けます。
参考:
誰かを愛するとは自分の資源を投入してその人の人生に責任を負うことである。
資源には限りがあるので全員を愛することはできない。
誰か一人を選んで愛するしかない。
すべての人を愛するとは、そのうち誰か一人に責任を問われたときに
「他の恋人に資源を割いているので君に割く余裕がない」という言い訳が成り立つということであり、
全員に対してその言い訳を成立させる状況をつくっているという点で、
誰も愛していないと等価なのである。
誰か一人を選んで付き合うから、責任が担保される。
というのは、一人だけであればその人を守るだけの資源が担保されているからである。
すべての人に資源を割くという実行不可能な義務を履行することにはもはや責任を要求できない。
そして伴侶とは世間への人質でもある。
変なことをしたらこの人を失うという足かせ。
そして伴侶を得るだけの実力があるということの世間に対する品質保証。
他人に自分の品質保証をしてもらうには、やはり専属的に付き合ってもらう方が、
すべての人と適当に浅く付き合うより、かえって効率が良いのである。
友人が暴力団の幹部になっているらしい。
そんな噂を聞いた時、驚きはしたものの大きな違和感は感じなかった。むしろ、友人らしい、とさえ思った事を覚えている。
友人は同じゼミ、同じ寮の仲間だった。
我々が四苦八苦する様を尻目に、どんな難問も常識という枠をするりと飛び越え、時にはテクストを凌駕する華麗な解を、その類まれなる才を見せ付けていた。
天才、その言葉は友人にこそ相応しい。誰もがそれを認め、尊敬の念を抱いた。
また友人は、一人のただの若者でもあった。
お気に入りのバンドの一つの曲の在り方について議論を戦わせ、貧乏に喘ぐ痩せっぽちの姿であり、失恋に苦しむ姿をさらす、一人の学生であった。
そして季節が過ぎ、研究を続ける事を薦める周囲の声とは裏腹に、友人は卒業と同時に単身日本を旅立った。
私は一般企業に就職し、初めて出会う社会の波をただ、無我夢中で漕いでいた。
季節の節目には、友人から時候の手紙と、その時に滞在している国の食材が少し、決まって送られてきた。
何年かが経ち仕事というものが分かり始め、周囲がようやく見えてきた頃、友人から旅先で出会った女性と結婚したという手紙が届いた。
友人が帰国したという噂を聞いた時、私は入れ違いに海外赴任となり、再会は少し先の話になってしまった。
私が日本に戻って数週間後、友人から連絡があった。食事に行かないかと。
暴力団の幹部になっているらしい。その時既に噂は聞いていた。しかしそんな事はどうでもよかった。ただ、友人に会いたかった。
場所は都内の高級インド料理店。
学生時代、我々が若者の好む高カロリー低品質な食事をしている姿を見て、よくもまあそんな物が食べられるな、とガリガリの体で毒づいていた事を思い出し、笑みがこぼれた。
友人は一人、部下を連れて来ていた。
「気が合うと思うよ。」
友人らしい素っ気無い紹介を受けた彼は、歳は恐らく我々と変わらないが一見して叩き上げらしく、その筋を思わせる風貌だったが、瞳の奥に朴訥とした光があり私を安心させた。
そして、友人の紹介通り、彼とは音楽の趣味が非常に近く、あっという間に打ち解けた。
友人は残念ながら独身に戻っていた。しかし、それもあってかこの日の3人は学生のようにはしゃぎ、笑い、酒に酔い、楽しんだ。
彼とは連絡先を交換し、私は次に何か良いイベントがある時に3人で行く所を想像していた。
一ヶ月後、友人から連絡があった。
彼が金を持ち逃げしたらしい。かなりの金額だった。万が一迷惑がかかるといけないから、もし彼から連絡があっても無視をするように、と。
少し驚いたが、今は大きなプロジェクトの渦中でプライベートのコール自体ほとんど無視をせざるを得ない状況にあり、恐らく問題ない、そう伝えた。そしてそれは事実だった。
友人の言葉にリアリティを感じられない程のスケジュールに忙殺されていた。
ようやく落ち着いた頃、友人の言葉を噛み締めていた。
やはり、私とは違う世界に生きているのか。
少し友人を裏切るような気持ちはあったが、私は彼の事が気になっていた。交換した連絡先に電話をかける。
その時、彼が話していた事を思い出した。
「携帯電話の番号を変えなければいけない時があるんです…この業界。たまにそれで怒られたりします。でも、友達だけは別です、変える時は必ず忘れずに連絡しますから!」
…彼はひょっとして…いや、恐らく…死んでいるのではないだろうか…
あれからまた時間が過ぎた。
友人からの連絡は途絶えた。
今では私にも部下がいる。部下というものは、可愛い。
出来は悪く、生意気な口を利き、時には尻拭いもしてやらなければならない。それでも、部下というものは、可愛い。
同じ戦場を戦う仲間、時には家族以上の絆がそこにはある。
若くして、部下を断罪しなくてはならなかった友人。それも、通常ではないやり方で。
そして、それは同時に私を含む「一般社会」を切り捨てる事を意味していた。
友人の職業は他人の苦しみの上に成り立っているものかもしれない。
それでも私はまだ、友人が生きていて、この町のどこかで出会える事を、強く望んでいる。
有効か無効かでいえば、無効な研究なんて1つもないが、
1.費用対効果があるか? すでに十分な品質が取れている分野の品質向上には意味が薄い。(無いとは言わない)
2.目的に対してより費用対効果が高い代替研究がないか?(ADSL(銅線による高帯域伝送) vs 光ファイバー)ではADSLの代替技術として光ファイバーが優れている。
3.目的を長距離伝送ADSLから、短距離PLCへ技術展開する場合はちゃんと目的を変えて議論すべき。
という話。
元増田です。
ちょっと元の日記が乱暴な書き方になって誤解を招いてる部分もあってすいません。
みなさんの色んな意見が聞けて何よりです。
あと、付け加えておくと、ファッションて自己主張ってのもあると思うんで、
自分としてはあまりにも量産されまくってるものは着たくない、というのがあります。(世に言う中二病)
でも実際のところ自分はとんでもないブランド狂いでもなく、ただユニクロは・・・というのが自分の中での
品質の話ですが、他の方の言うとおり、単価が大きいものになってくればくるほど、差が出てくると思うし、
実際ユニクロじゃあ売ってない性能のものも多い。
冬場だと本当に軽くて高品質のダウンジャケットとか、ゴアテックスとか、pertexとか、no windとか色んないい素材があるわけです。
やっぱりそういうものはそれなりに値段が張るわけで。
そういう素材でできてる多少デザイン性があるものを見ちゃうと、それを買って長持ちさせたほうがいいという結論に達しました。(実際長持ちするし)
DVD画質に満足できない視聴者観点からみた俺としては、BDに移行するのはいいことだ。プレイヤーないけどw
高画質化にあわせるためには、描く絵も大きくしないといけないのだろうか。
全てのTVアニメを劇場アニメレベルで作るなんて、正直なところ無謀すぎる。
(劇場アニメはその大画面に耐えられるよう、TVアニメよりも大きな紙に作画されている。)
BDに対応した絵作りをしていく上でのハードルはいくつかある。
1.作業量が増える
絵が大きくなればそれだけ作画作業量も増える。
2.制作期間の確保
作画作業量が増えれば、作画期間もより長く確保しなくてはならない。
3.収入面の確保
1カットあたりの単価が変わらないまま作業量が増えれば、実質アニメーターの年収は減る。
4.アニメーター人員の確保
大変な仕事をして年収が下がる、そんな仕事をやりたがる人はいない。
今でさえ生活がカツカツな人ばかりなのだ。
作監をやる人となるとなお難しい。
5.作画品質の劣化
アニメーター人員の確保が難しい以上、新人などに仕事が振られる可能性が高くなる。
1の「作画量」増やさないままで、どうにかしていこうという所に落ち着いているのがTVアニメの現状。
または、制作期間の確保と収入面の確保が出来れば、こちらもクリアーできる。
ただ人員の確保がどうしても難しいので、どの会社もできるというわけではない。
そして、劇場アニメばかりが作られてTVアニメが減っていくというのは、恐らく望まれている形ではない。
BD化の流れの中で、やはりどうにかよりよいものを作って行きたい、良い物を提供したいとは思う。
そのための試行錯誤は作画打ち合わせで行なっていくのだけれど…現状では3Dを増やしたり、とかかなぁ。
作画を自動でパス化するツールで全て加工して作ってみる、とかどうかな?
いや、全く上手く機能する自信ないけど。