はてなキーワード: 民主主義とは
テレビでの受けが悪くてもネット戦略駆使すれば若年層からの支持を集めることだってできるのも示されたし、
あれだけ全面的に共産党が出てきて学生運動やっても3位につけたことで、
共産党アレルギーも一時期ほどではなくなっているのも分かったし、
度を過ぎたアンフェや反ワクに善戦を許さない程度には有権者に分別があるのも分かったし、
後は当落に関わらず全員の公職選挙法に反した行為に対して公平かつ適正に落とし前をつけさせれば、
まぁ最後が絶対に実現しないので、結局、おうんち民主主義以上にはなれないんだけどな。
おうんちですわー。
私は、単なる会社員であり、自分と自分の身の回りの人の幸せを一番大切に思っている。それ以外のことは正直どうでもいい。
なので、立候補なぞする気はまったくないし、しようと思ったことは一度たりともない。また、完全な無党派である。
なぜなら、マニフェストとか、理念とか、想いとか、それ以前に、お前に投票しても絶対勝てないだろう、という気持ちになるからだ。
日本の選挙で勝つにはどうしたらよいかを全く理解せずに、当たって砕けている候補者があまりにも多すぎる。
日本の選挙についてすでにわかっていること、あるいはわかってきたこと。
・新自由主義的・自己責任的な価値観が今の日本では多数であり、その前提に沿わない政治家が選挙に勝つことは一部の例外を除いて難しい。
・つまりイデオロギー的にはネオリベラリズムの価値観が薄く広く浸透しており、政治家は自身が政治家であり続けるためには、建前上はその前提に立つ必要がある。
・多くの無党派層の人間は政治には関心がないが、経済と自らのお金の損得には極めて具体的な関心を寄せている。
・政治に関心がない、選挙に行かない人が多いのは、その結果が自らの損得にどう影響するのかを具体的に実感できないことに起因する。
・有権者は自らの損得に関わらない多少の悪に対して、目をつぶることはいとも容易に行う。
・政治家の具体的な実務能力を図る指標は存在しないが、その実務能力は経験や実績によって担保される、と多くの人は考えている。
・特定の世代以上の旧来メディア型の人間は、もはや何を言われても旧来的な政党組織の枠組みでしか投票を行おうとはしない。
・逆に特定の世代以下の人間の多くは、もはや旧来的な政党組織に対して何も信用をしていない。
そのうえで、一人の若者が、自分とその周りの人たちだけの幸せを追い求めるのではなく、都道府県レベルの自治体もしくは日本という国自体を良くしていきたいと考えて、
民主主義という枠組みの中で選挙に勝利し、政治家になることを志した場合に、取るべき手段を考えてみよう。
・イデオロギーとしては、新自由主義の前提に立ち、過度な再分配を控える立場を取るべきである。
・強みは経済にするべきであり、その経済に対する知見や能力を具体的に指し示すビジネスの経歴を有するべきである。
・貧乏でない、子どものいない、病気でない、マイノリティでない、困っていない、そんな人にどんなメリットをもたらすことができるのかを示すべきである。
・小さくても何らかの政治関係の経験を積み、経歴としてアピールことで、抽象的な実務能力を想起させるべきである。
・特定の世代以上の年齢の人が名前を聞いて安心できる政党組織からの後押しを掲げるべきである。
・そのうえで、政党政治とは明確に異なることを指し示し、特定世代以下の年齢の人が既存政治とは異なるという印象を抱くように仕向けるべきである。
だが、それだけでは十分ではない。これはあくまでも投票するときの最後の選択肢に残った場合に、上記であればあるだけ優位なだけであり、
そもそも最後の選択肢に残るかどうか、という点については、上記の要素は全く関係がない。
最後の選択肢に残るためには、最低限でも名前を見て顔が想起できるレベルの知名度が必要で、
さらにいえば政治家や選挙と聞いて顔が想起できるレベルであることが望ましい。
加えて、直感的に投票の選択肢に入れてもいいかなと思えるレベルの好感度が必要となる。
知名度を上げるためには、様々なメディアで有権者に対する情報接点を作り出すことしか方法がなく、
それを意図的に行うとすれば非常に多くのお金がかかることが推測される。
知名度と好感度をトレードオフにすることは基本的には意味がないのでやってはいけない。数多の泡沫候補がそのことを全く理解していない。
重要なのは、知名度であり、知名度は極端な話を言えば金で買えるものである。
新自由主義は多くの富める者を生み出した。
その中には、もはやどう放蕩しても使い切れない金を持ちながら、日本という国の未来に対して、何らかの政治的な働きかけを行いたいと考える者がいるかもしれない。
そういう人を探し出し、実際に会い、話し、説得し、協力を取り付け、金を引き出すことができるならば。動かした金で知名度を引き上げる手段はいくらでもあるだろう。
都知事選の結果、10代20代で最も支持されていたのが石丸伸二だったようだ。全体でも2位につけた。
その結果、Xの「有識者」たちが、騒ぐ。石丸が若者に人気な理由が分からないだの、ミーハーな若者が騙されてるだの、ポピュリズムだの、民主主義の崩壊だの、わんやわんやと騒いでいて辟易した。
その多くは「自分の判断力は優れているので石丸の碌でもなさを見抜くことができる。見抜けなかった奴は救いようのないバカだ」と言いたいのだろう。
本当に分かっていないのか、なぜ石丸が支持されているのか。
本当に分からないなら教えてやるよ。破壊だよ、破壊。若者が望んでいるのは。
石丸風に言うと「政治屋の一掃」だろう。今の腐った政治に心底嫌気が差している。政治家というものをまるで信用していない、そもそも「政治」が嫌いな世代。そんな「選挙なんて行ってもどうせ何も変わらない」と思っていた若者が、安芸高田市での顛末を見て何を思ったか。「この人なら現状を変えてくれるかもしれない」そう思ったはずだ。
確かに短絡的な解ではあるかもしれない。歳食って丸くなった人間ほど、そう思うものだ。
しかし、若者の感じる閉塞感を軽視し過ぎではないだろうか。もはや、こんな問題だらけで窮屈な政治システムは一回壊してしまった方がマシだと心底思ってるんだよ。本気で。
そして若者たちの手で、より良い形でまた創り直せばいい。破壊と創造。
そもそも、「若者の選挙離れ」に苦言を呈してきた人間がこの結果をとやかく言う事自体おかしい。若者が選挙行った結果、石丸が支持された。それが若者の民意だろう。その結果が気に食わないからと言って「民主主義の崩壊」を叫ぶのは、理屈がおかしい。若者の声を聞こうぜ。
まあつまるところ、多くの人間は自分の価値観に反するものを糾弾し、排斥することしかできないのだろう。
今回の件で再認識したことがある。世代間の溝は埋まらない。上の世代は下の世代の考えを理解しようとせず、人生経験が足りないバカだと断じ、悦に浸るのみ。下の世代は上の世代を軽率に「老害」と呼び、敵視する。
そもそも民主主義の理念は「みんなが主権者になって、みんなで政治を決める」というもののハズ・・・
それにも関わらず、政治の話をすると「政治の話はやめろ!」って怒られる
これで民主主義できるか?笑
某オタク議員が冷静な批評ツイートしてるのを見ると乾いた笑いしかでてこない。
そりゃ勝者の側に立つ人間ならなんとでも言って良いし、きっと支持者も喜んで同調してくれますよ。
まあ負けた側の僻みなんであなたの方が正しいのは変わりありません。どうぞオタクの皆様に正しい民主主義をご高説賜ってください。
1.罵倒型
都民がアホ!愚民!有権者は全員壺!東京はネトウヨ!等ひたすら遠吠え
2.捨て台詞型
れんほー落選すら読めなかったくせに、これで東京は終わった、民主主義は壺に支配されるだろう等と予言
3.知らん型
受かると思ってた奴なんかいたの?最初から勝ち目無かったろ、とヌケヌケとしらばっくれ
4.セラピー型
れんほーのおかげで選挙が盛り上がった、出た意義はあった、よくやってくれたよ、と自分に言い聞かせる
5.勝利宣言型
れんほーは電通や壺、マスコミに負けただけ、真の勝者はれんほーだ!と言い張る
6.発狂型
壺が投票箱をすり替えたから負けた!選管が統一に乗っ取られてる!マスコミもグル!とデムパ
れんほーの本命は衆院鞍替えだから都知事選は勝つつもりない、と本心は期待してるのに負け確時の置き言い訳
8.逃避型
ひまそらーwwwどうすんのこれ?wれんほー?うるせえ、今はひまそらなんだお
存在していてはいけない、いますぐ消し去るべきゴミだったんだね。
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ジョーカー議員の事を投票日当日になって知ったけど、彼の活動と活動目的は素晴らしいものだった。称賛するべきものだよ、これは。
「勝たなきゃ意味がない」って活動とは、最初から活動が違う。 売名でもない。 いや、売名ではあるけど、目的はもっと選挙に興味を持ってもらう事。
そんなの免罪符じゃねぇ! ってはてなのゴミクズどもは言うけどさ。 民主主義ってこーゆー事で。 あたまの悪い層があたまの悪い候補に入れて、惑わされるのが素晴らしいんだよ?
しっかり考えて、まともな候補に票をいれる、まともな人間だけが政治に参加することは、民主主義の理想かもしれないし、定義に含まれる事ではないけど、
あと、学歴詐称じゃなきゃジョーカー議員は京大卒なので、やっぱりはてなに巣食ってる生きる価値も無さそうなゴミどもとは違うよね。 ちゃんとエリートよ。
なんか知らんけど、上から目線でバカな候補者をバカにする声ばっかり、はてなでは見受けられるけど、バカはまさしくお前らだわ!! と、バカな俺が親切に教えてやるよ。
「投票率を上げる」 これを真面目に考えたら、真面目なアプローチは基本終わってんだよ。 興味持ってない一般人を釣るにはもう「なんか面白そう」とか、そーゆーのしか無いわけ。
しらんけど。小池とか蓮舫とかは王道なんだろ? 王道がもうコレ以上投票率を挙げられないなら、あとはどこの層から引っ張ってくるか?なんてわかってんじゃん。
東京はエリートの街だけど、昔から下町があって、 今は世界一危険な都市、歌舞伎町もあって、バカとクズと底辺と犯罪者の街でもあるわけだよ。
なんでお行儀の良い候補しか許さないのさ(つーか、小池とか蓮舫とかが、お行儀の良いマトモな候補か?とも思うけど)
バカでクズなはてな民に合わせて、俺もこうやって汚い言葉でわざと増田を書いてるけどさ。
ジャンル違う層に政治を届けるなら、ジャンル違う事をするしか無いんだって。
ふざけてるように見えても、彼は真面目だし、尊敬できる。(都知事になってほしいって意味でもなく、友だちになりたいって意味でも無いぞ?)
すくなくとも、俺みたいなバカには響いた。
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そういう1国民の立派な行動を、ただた単に茶化し、お祭り候補、バカがまた出てきた、程度の扱いをして偏向報道で封殺し、まともに取り上げもしないマスゴミこそは、
今すぐ全員ガザいって平和活動するべき存在だと思いました。まる。
まぁ、マスゴミとは関係ない層にアピールしてるから、別にマスゴミはどうでもいいと言えばいいんだろうけど、やっぱバカが一番多く見てるメディアだと思うからね、未だに。
ちゃんとバカな議員はバカな有権者にアプローチできるようにしておくべきだと思うよ。
それが役目。役目を果たさない、果たせないなら存在を許すべきではない。それは犯罪的行為といえるから。
バカは政治に参加するな!っていうクズの意見は聞く価値は無いけど。
高偏差値の人達は気付いていないかも知れないけどね、世の中は大半がバカなんですよ。人間の言葉で話せて生活を送れるくらいには賢いよ。だからチンパンジーや犬よりは賢い。なんだけど驚くほどバカ。そんな人達が大量にいるということをね、忘れてはならない。石丸や蓮舫に入れる人達は知恵遅れと思うでしょ?知恵遅れなんだよ。知恵遅れがあれだけいるの。小池に入れてる人も知恵遅れ。人間社会は知恵遅れが支えている。民主主義とはそういうもの。
「民主主義は死んだ」とか「民主主義は死んで蘇る」とかネタツイートでバズってる人を見ると、こうやって民主主義というクソデカ主語は腐っていくんだなという感想しか無い。
外ヅラだけキレイでも中身が食い荒らされてるかもしれないのに、そこはみんな徹底してガン無視してる。あるいは生存バイアスじゃないけど外ヅラだけ見て中身も大丈夫とか思ってるやつ。
政治に関心を持たなくても生きていける、意識しなくても別に問題無い、政治に意識を向けることすら嫌悪感を覚える、そんな人間が多ければ多いほど、政治を一生懸命に頑張ってる人にとっては好き勝手出来る働きやすい土壌になる。外ヅラだけ綺麗にしておけば愚かな民は「民主主義はまだ生きてるキャッキャ」と飽きるまでオモチャにして放り出してくれる。
異議あり!選挙は通常、民主主義の制度で行われるものであり、君主制の王を直接交代させる手段ではありません。選挙によって交代するのは一般的に首相や大統領などの公職者です。
確かに、民主主義にはある種の宗教的な要素が絡んでるってのは一部で理解できるっすね。政治っていうもの自体、やはり人々の共通の信念や価値観を基盤にして動いてるっすから。まつりごとって言葉も、元々は宗教的な儀式や祭りと密接に関係してるっす。
フランス革命の時の「至高存在」っていう人口神なんかも、結局は新たな秩序を正当化するために使われた概念っす。そういう「神聖なるもの」を持ち出して、既存の権威を覆し、新しい権威を正当化したわけっすね。
民主主義や選挙そのものも、ある意味で「聖性」を帯びていると考える人が少なくないっす。「人民の意思」によって選ばれるリーダーが正統性を持つっていう考え方自体、ある種の宗教的な信仰みたいなもんっすよ。
とはいえ、全部がそういう宗教的な要素で説明できるわけじゃないっす。ただ、一部の側面としては確かにその通りかもしれんっすね。民主主義も、完全に合理的なシステムというよりは、人々の信仰や期待が絡む複雑なものっす。