「東京府」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 東京府とは

2017-09-02

大正9年→大正12年で朝鮮人超増えてる

https://anond.hatelabo.jp/20170901172529

もしこの古賀議員の指摘や前提自体瑕疵があれば、

私よりずっとこのような事件に詳しい2氏ならば「6000人にはこんなにしっかりとした根拠がありますー! バーカバーカ!」と

嬉々としてソースを突きつけ本筋の反論をするはず。

が、それをせずに迂回した。

これはたしかにダセエ。ダセエのでブコメで端的に指摘しておいた(b:id:ss-vt)。で、ここでも書いてみる。

すでにBuzzfeedでも報じられているように、古賀議員都議会において、大正9年国勢調査をひいて関東地方朝鮮人人口の少なさを指摘している。

が、この当時朝鮮人内地への渡航は急増していたのである大正9年国勢調査では、内地朝鮮人の総人口は40,755人。いっぽう同年12月現在内務省警保局による調査統計では30,189人となっているが(多くの要因で数字に大きな差がある)、内務省統計を年次ごとに追うと大正10年38,651人、11年59,722人、震災の起きた大正12年末には80,415人に至っている。これには朝鮮植民地化に伴う小作農の貧窮化や、第一次世界大戦後の好況に伴う内地工業化都市化の進展、また大正11年末の渡航自由化大正8年以降、三・一独立運動の影響で朝鮮人内地渡航制限されていたが、企業日本人よりも安価労働力として朝鮮人を求めた)など、複数の要因が影響している。

さて古賀議員の挙げた大正9年国勢調査に立ち戻ろう。

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  2,485人、

埼玉県  78人、

千葉県  40人、

神奈川県 782人、

合計3,385人。

震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/society/14990

から大正12年の数字引用して、古賀議員発言形式に合わせると、以下のようになる。

国籍民籍別人口のうちの朝鮮人人口について、

東京府  8,567人、

埼玉県  311人、

千葉県  317人、

神奈川県 3,645人、

合計12,840人。

工業化都市化の進展」に伴って多くの朝鮮人労働力としてやってきたため、東京神奈川といった都市部工業地帯に集中しているわけだが(横浜での虐殺目撃証言の多さにも反映している)、少なくともこの時点で、

6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい

とは言えなくなる。

また自分が直接参照した一次資料として、国立国会図書館デジタルコレクションに所蔵されている『在京朝鮮人労働者の現状』(東京府学務部社会課、1929年http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1445292 には、大正12年の「在京朝鮮人労働者」は5,347人と記されており(警視庁調べ)、アジア歴史資料センター所蔵の『在京朝鮮人状況』(朝鮮総督府警務局東京出張員、1924年5月http://www.jacar.archives.go.jp/das/image/B03041602800 によれば、「八月末震災直前の見込綜数は八千人を超へ」ていたという。

繰り返しになるが、とりあえずこのあたりで「6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい」とは言えないことをご理解いただけるだろうか?

ちなみに6,000という数字の具体的な出所は、震災直後に在京朝鮮人迫害事実調査会が独自調査を行い、上海大韓民国臨時政府機関誌独立新聞』に12月5日付けで発表された数字6,661人。この調査10月末までの中間報告では2,613人という数字が出ていて(当時東京で催された経過報告会でも発表された)、その後さら神奈川県遺体発見できなかったおよそ1,800人などが追加されている。シノドス山田名誉教授は「追加合計数根拠今日解明することはできない」としていて、その点ではたしかに6,000人という数字根拠は薄いのだが、同時に帝国政府がマトモな調査を行わなかったことにより、これをデタラメであると断ずる根拠もまた乏しい(はからずも、秦郁彦が『当時ロクに調査せず公文書終戦時に焼きまくった以上、30万人に代わる数字日本から出すのは無理』と嘆いた南京事件と似ている)。少なくとも犠牲者数のもっとも大きな数として採用せざるを得ないわけである

内閣府ホームページで公開されている、災害教訓の継承に関する専門調査会による報告書 http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/19_chap4-2.pdf

殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセントにあたり、人的損失の原因として軽視できない。

という書き方になっているのは、そうした事情によるだろう。

追記

b:id:y-wood 8500人のうち6000人殺せるのか、すげー。『「6000人という数字は当時の関東朝鮮人人口より大きい」とは言えない』

揶揄のたぐいだとは思うけど念のため。

「6000人」というのは虐殺犠牲者の総数である東京府朝鮮人人口比較するのは不当。ついでに、古賀議員が何故か東京神奈川千葉埼玉限定しているのもいささか不当で(たとえば群馬でも、自警団警察署を襲撃して朝鮮人17人を殺害した藤岡事件などが起きている)、山田名誉教授シノドス記事によれば茨城群馬栃木を加えた関東地方1府6県の大正12朝鮮人人口は14,144人となっている。

また、山田名誉教授の著書内容の、内閣府報告書コラム殺害事件検証http://www.bousai.go.jp/kyoiku/kyokun/kyoukunnokeishou/rep/1923_kanto_daishinsai_2/pdf/22_column8.pdf から孫引きになるが、例の「6,661人」のベースとなった在京朝鮮人側の調査では、東京府犠牲者数はおよそ1,000〜1,400人。最終的に『独立新聞』に掲載された数は1,781人となっている。

y-wood氏の言葉を借りるなら

「8500人のうち1800人殺せるのか、すげー」

となるが、現実味は如何?

b:id:fu-wa 戦争知らないんだろうなあ。戦車でダーってやっても6000人殺すのってものすごく大変なんだよ。

ルワンダではそれこそカマとか棍棒とかのたぐいで、およそ100日で50万〜100万人が殺害されている。こうした事態と「戦争」を比較するのは不当。まして、繰り返しになるが「6000人」は関東地方1府6県の総数である。「戦争」を持ち出すなら、せめて戦域や作戦継続期間が同程度に及んだ戦闘でなければならない(それでも戦闘員vs戦闘員では不当だが)。

2017-07-31

オリンピック都市開催だぞ

オリンピックは国ではなく、都市主催する行事だ。そこを勘違いしている人が多すぎる。

そういう点で、東京都というのは微妙だ。

1940年に開催されるはずだった東京大会は、東京府東京市開催都市だったが、

1964年大会ではすでに東京市消滅していたので、東京都が開催「都市」扱いだったが本来趣旨からは外れているだろう。

それに対して、ワールドカップは国単位で行われる。サッカーロシア大会がまもなく開かれる。

しかし、1980年オリンピックソビエト連邦大会ではなく、モスクワ大会だし、1972年ミュンヘン大会西ドイツ大会ではない。

そう、ミュンヘン大会では選手村テロ集団に襲撃されるという悲劇があった。

念のため付け加えておくが、1968年メキシコ大会メキシコシティーメキシコ市で行われたか国名ではない。

最近オールジャパンで」という紋切り型常套句を耳にするが、一都市行事勝手国家レベル行事格上げするのは勘違いもはなはだしい。

たかだかオールウキョウで」くらいの遠慮が必要だ。

ちなみに、ワールドカップではなぜかイギリスイングランドウェールズスコットランド北アイルランドが別々に出場するが、

オリンピックでは「グレートブリテン」として出場する。

あと入場式直前になって国名表記問題ボイコットする例が何度もあった。

2017-04-25

[] 全国菓子大博覧会

全国菓子大博覧会(ぜんこくかしだいはくらんかい)は日本地方博覧会ひとつで、和菓子を中心に、洋菓子スナック菓子等も

含めた日本最大の菓子業界の展示会である。全国菓子工業組合連合会(全菓連)などが主催している。

略称は全菓博(ぜんかはく)、菓子博

  

1911年明治44年)、東京府東京市赤坂区溜池町(現・東京都港区赤坂)で、第1回「帝国菓子飴大品評会」が行われたのが始まり

されている。第3回から第9回までは「全国菓子飴大品評会」、第10から全国菓子大博覧会」の名称使用している。

開催間隔は不定期であり、第二次世界大戦から戦後占領期にかけて13年余りの中断期もあった。

開催地は、日本国内および日本統治時代朝鮮で、各都市持ち回りとなっている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E5%9B%BD%E8%8F%93%E5%AD%90%E5%A4%A7%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A

2016-06-24

http://anond.hatelabo.jp/20160624093853

いや、3親等内の方がきついよ。3親等内なら、曾祖父母が全員東京都東京府江戸まれでないと駄目だし、自分東京まれでも、弟が地方で生まれたらアウト。妹が地方に嫁いで甥がそちらで生まれただけで地方に引っ越さなければならない。そうやって、兄弟が少しでも地方に出れば、強制的に追い出されるようになったら、かなり東京も空くだろうね。そもそも政治家東京に住めなくなるね。

2015-05-18

大阪都構想の対案

東京府構想。

大阪市解体するのではなく東京都こそ解体するべき。

世界中どこを見ても首都だけこんなに過密になってる国なんてない。

ツッコミあったけど、先進国限定ね。土民国家がどんなバカやってるかなんて知らん)

毎日満員電車に乗って出勤しないといけないのは東京が過密すぎるからだ。

そしてなぜ東京が過密すぎるかというと、インフラ整備の遅れから東京以外にまともに住める土地がないからだ。

要するに、過去20年におよぶデフレの原因である公共投資悪玉論のせいだ。

大阪東京なんて直線距離で400kmだぞ。

もしも日本アウトバーンみたいな、時速200kmで飛ばせる高速道路があれば2時間だ。

余裕で日帰りできるわ。

日本先進国経済大国だという幻想を捨てろ。

一人頭GDPは20位あたりをうろちょろしてるし、まだまだインフラ発展途上国並みなんだよ。

発展途上国から、まともに住める土地が少ないんだ。

ガンガンインフラ投資を進めて、その上で東京解体するべき。

今と利便性が変わらないように交通網を整備し、東京解体する。

そうすりゃ通勤時間帯にベビーカーたたむたたまない、なんてクッソどうでもいい、貧乏臭い話で論争する必要もなくなるぞ。

東京都解体して、とりあえず東京にある官庁だけでも大阪に持ってきたらいいんじゃないか?

テロ対策としても有効だろ。

そしたら官庁に出入りしてる企業もついでに大阪に来るかもしれないし。

でも、どうせ車で2時間なら、そもまま東京に居るかもな。

同じように大阪から東京に引っ越すまでもなく、東京仕事できるようになるから大阪も発展するだろ。

少なくとも、今満員電車で1時間かけて都心に出勤してる奴は、大阪引っ越してきてもおかしくないわ。

東京一極集中が完全に崩れて、大阪と2分するようになったら現状から比べたらウハウハってなもんだろ。

2014-10-04

従軍慰安婦”の給料を同時期の公務員比較する理由

強制連行だったのかどうかという話はここでは置いておくが、強制連行だったにせよ自由意志での志願だったにせよ『無給ではなく、給料が出ていた』という事実については衆目一致するところである

ではその給料はどの程度のものだったのか、という比較についてよく用いられるのは小学校教師か巡査初任給である

「なぜ公務員とばかり比較するのか不明である」と某所で書かれていた(そして実は、その『某所』がどこか忘れた)ので、その理由を書こう。

1.当時の日本で最も多いのは農民自営業者である、が……

 農民自営業者収入というのは天候や景気による変動が相当に多い上、必要経費などについて家内で処理される部分が多く、実態が把握しづらい。これは現在でも同じである

そういう理由で、『当時の一般的農民収入比較』というのは難しいのだ。出来れば、『毎月決まった給料を受け取る人』が良い。

2.”大卒”の価値が違う

 じゃあ大卒サラリーマン比較すればいいか、と言うとそれも違う。いやまあ、現在経済情勢で大卒正社員になれる人は少数で非正規雇用の方が多いだろう、という話は抜きにしてもだ。

人口の5割弱が大学に進学する現在と、人口の5%しか高等教育機関に進学していない戦前(旧制高校[現在大学前半の2年間]、実業専門学校などを含む)では

大卒サラリーマン価値比較にならない。戦前大卒というのは多くが公務員(現在の一種に相当するあたり)への就職が中心で、残りも三井三菱などの財閥本社に勤務するような、本当のエリートだった。

3.『定額の給料で働く人』『戦前でも戦後でも、相当の人数が必要だった職』は何か?

 となると、事務方ではなく現業公務員適当になってくる。それも、福祉国家化に伴って増えたような職ではなく、本当に近代国家ならある程度の人数を必要とするような職は何か?

となると……。結論としてはやはり、「小学校教師」もしくは「巡査」になる。何せ全国にたくさんの人数が必要なので『エリートしか採用しません』では人数不足になるから

社会でも『平均よりは若干上かもしれないが、エリートとまでは行かない』位置づけになるという点で戦前でも戦後でもおおむね共通している。なお、戦前日本小学校進学率は日露戦争後の1907年には99%となっている。

(ちなみに戦前小学校教師になる方法制度に多少の変遷はあるが、おおむね尋常小学校→高等小学校師範学校という進学ルートになる)

まあ、軍票で払われていて戦後紙くずになったとかそういう部分は別として、『額面を比較する上では』公務員比較するのはある程度妥当だ。

4.実際に換算してみた

http://chigasakiws.web.fc2.com/ima-ikura.html

http://www.geocities.jp/wiz_emerald/bukka.top.htm

上記リンクの上によると、昭和6年には小学校教員初任給50円であったという。現在だと地方による差もあるがおおむね22万円だろうから、とりあえず昭和初期の1円=現在の5000円として換算してみると

[サービス関係]

散髪代:40銭(2000円) 週刊朝日12銭(600円) 山手線の初乗り:5銭(250円) 地下鉄上野浅草10銭(500円) ハガキ:1銭5厘(75円) 新聞定期購読一月:1円(5000円) 上野動物園:大人10銭(500円)、子供5銭(250円)

[食品]

三等米を一斗(≒15kg):45銭(2250円) 盛りそば1杯:10銭(500円) 二等酒を一升(1.8L):1円80銭(9000円) 小麦粉100匁(375g):7銭(350円) 赤味噌100匁:7銭(350円)

[家賃宿泊]

東京での4畳半一間+2食付きの下宿代:16円50銭(82,500円)  東京府による簡易住宅(6畳間+4.5畳間の2間)の家賃:6円~9円50銭(30,000~47,500円)  湘南旅館宿泊料・1泊2食:5円~10円(25,000円~50,000円)

宿泊費と酒は高いが家賃は安い目。あとは現代の我々と比べても、数割はともかく桁が違うような誤差にはなっていないと思う。

2014-07-29

日本大都市制度まとめ

特例市

指定要件人口20万以上

八戸市川口市沼津市明石市鳥取市佐世保市など40市

中核市

指定要件人口が30万以上

旭川市郡山市船橋市豊橋市姫路市福山市高松市久留米市など43市

政令指定都市

指定要件人口が50万以上(実際は100万規模で指定、近年の指定は合併特例で70万以上)

横浜市大阪市名古屋市神戸市京都市など20

特別区

東京府東京市合併により誕生
(昨今「都制」を声高に主張する勢力があるが、そもそも戦時下の暫定制度である。それゆえ、確かにその強権的手法には親和的かもしれない)

東京23区

大都会

指定要件大都会としての風格を備えること
その自他共に認める大都会な様から自然発生的に生まれたもの尊称であり蔑称でもある

岡山市

2014-06-05

http://anond.hatelabo.jp/20140605123517

そう朱引線。

それ言うと、両国含めて、隅田川東側になるとすでに微妙

スカイツリーも昔の区切りだと武蔵国ギリギリのはず。少し外せば葛飾じゃないのか。

明治維新ときに、東京府ではなく品川県だった品川イメージの高さには嫉妬する。

小菅県だった柴又もうまく寅さんイメージアップしたなと思う。

俺も同じ小菅県。ようするに俺の地元イメージアップできなかったので田舎のまま残ったという俺の嫉妬の話。

話のスケールが小さいね、すまん。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん