はてなキーワード: 的を得とは
まぁそういう人は「ぐぐれる人に聞こう」ってなるじゃない。
そこそこ的を得た検索結果をまんべんなく出してたら、「あいつに聞けばいいや」ってなるじゃない。
その結果、いつもメールとか電話が着信しっぱなしになるじゃない。
ちょっとデザインかじってたりweb作れたりすると、「簡単でいいから作ってよ」って人が寄ってくるじゃない。
「今時web作るのってタダでできることばっかりなんだから、全部無料で作ってよ。メシおごるから」とか言うじゃない。
「結婚式のウエルカムボード作って〜」「そういうの得意なんだよね?」とか言うじゃない。
さらにPCを自分の興味範囲で自作してたり、不具合の対応に慣れたりしてると、
「なんもしてないのに壊れたからなおして」っていう人が出てくるじゃない。
1日かけて普通に動くレベルまで調整して返したら「ありがとー、ごはんおごるわ」とか言うじゃない。
そういうのがエスカレートして、
とか言ってくるじゃない。
知らないって言ったら「調べて」って言うじゃない。ヘラヘラしながら。
試しに「それしたらなんかくれんの」って聞いたら「なんかおごる」とか言うじゃない。
なんで「なんかおごるから万引きの仕方教えてー」と言えるのかと考えたはじめたら悲しくなった。
次々と他愛もなく浴びせられる要求に、善意が枯渇していくのを感じた。
氾濫している情報から適切な情報を届けることに対して「タダでできそうラッキー」とか「安く買いたたける」としか考えていない人が、大勢いたんです。
感謝の言葉と「なんかおごる」程度の謝礼で、私に「都合のいい秘書になれ」「万引きをしろ」と簡単に言う人が、大勢いたんです。
これは5年前の話ですが、それ以来PCを介した情報を誰かに気軽に届けることに対し、身構えて知らない振りをすることが多くなりました。
私は未だに「ぐぐれない」人がたくさんいて、少しでも「なんかおごったらやってくれそうな人」を見つけたらそういう人達がダッシュで突っ込んでくるような気がしてならない。
http://news.livedoor.com/article/detail/5973806/
から、たどり着いた元の書籍に対するアマゾンレビューへのコメントを増田に書く。
私は若者ですが周りを見てもみんなある程度満足していると感じます。
越後屋政治、高齢者の搾取、国債など心配事が多いのは知っていますが、
絶望というよりは、興味がない人の方が多いと思います。話が深く難しすぎます。
自分は今NYに留学していますが、それは日本に絶望したからではなく、
日本の良い面を探したり、また客観的に見つめ直そうという立場からです。
それに加え、世界経済の中心地で資本主義に乗っ取った社会改善のきっかけを探したいと思っています。
その意味でこの本の著者の意見はかなり的を得ていると感じました。
書いた目的は「子ども目線で見ただけの主婦の世界の一面だけを捉えて、安易な判断される主婦の皆さんも大変だなぁ」という上から目線です。
私は元増田のお母さんを存じ上げている訳ではないと思いますので、実際にその通りの方なのかもしれませんがね。
そうでない人もいるよ。主婦にも色んな人がいるんだよと、元増田個人にではなく、記事に目を通す人達に向けても言ってみたかっただけです。
(元増田が読解力があり、誠実なレスポンスを寄越す人であろう事を見越したという打算もあります)
こういう人いるいると思う反面、自分もその中にひっくるめられているのかなと思うと、カチンと来る事もあります。
主婦叩きや女性叩きの場は、一方的に言われっぱなしのことが多いので、公開の場所で笑い者にされているクラスタとして自分も扱われているのだろうなという無力感はあります。
私は違う。確かに。
http://anond.hatelabo.jp/20110422235719
ブコメで「エヴァに呪われている」とか「エヴァ脳の恐怖」とか「エヴァをアニメの物差しにしている」といったコメントを見て、なるほど的を得ているなと。
そして残念ながらid:kyo_ju、ネタじゃない。マジで書いた内容なんだ…orz
てか自分でもマジでエヴァ脳だと思う。じゃなきゃ増田で書かない。
俺がこんなコメントを普通のブログに投稿してる奴をみたら、とりあえず全力で叩く。
何でだ?
自分なりに考えてみたんだが、エヴァに前のめりで楽しんでた人達、というか後ろに引いて見ることが出来なかった人達は、
エヴァが終わった後の娯楽としてそれぞれ別個の道に進んで行ったかと思う。
まずアニメという枠に傾倒する道。
アニメは当時の世相を反映してか「自分探し」のような内容か、あるいは「萌え」に特化した内容ばかりだった。
自分探し的な部分は十分エヴァで堪能したし、萌えは視聴者が勝手に後付けするものであって主食として作者が提供するものじゃないものと考えているので無理だった。
SFは─漫画だろうと小説だろうと、作者の設定自慢ばかりで人の営みが希薄なのが多かった。「イカにSの面白さを最大化するか?」が最大の関心事になっている世界だった。
Fだけでいいから人間ドラマが欲しくてSFの道には進まなかった。
※その中で何故か『BLAME!』だけは面白いと思ってた。我ながらかなり謎。
「設定?誰がんなもん語るか。察しろ。」というスタンスがよかったのかも知れない。
あるいは設定の説明がない分、人間(と愉快なクリーチャー達)の営みに思考が集中できたせいかも知れない。
自分は娯楽なしで生きられるような人間ではない。おそらくは他の人もそうだと思う。
大人になって仕事や家事に忙殺されても、アウトドアや人付き合い以外の何かしらの娯楽を大なり小なり楽しんでるんじゃないか。
人によって、それが映画だったり、ドラマだったり、推理モノだったり、歴史モノだったりすると思う。
自分は「エヴァの次の娯楽」として、最終的に「古いモノ」を選んだ。
小説に手をだし、散々色々な誇大広告に騙された結果、最低10年以上「これは良い」と語られる小説は、少なくとも個人の趣味で好き嫌いはあっても外れはないことに気づいたからだ。
そしてこの単純な法則が、小説という枠だけでなく他の枠にも当てはまることを知った。
「古いモノ」を楽しむコツとして、「その当時の世相や時代背景を同時に知る」ということ。
今ではやや物足りない部分があったとしても、当時としては革新的な技術や手法、あるいは独自の視点が盛り込まれていたために長らく語り草になることが多い。
それと同時に他人の解釈をガン無視すること。例えるなら、どれだけ権威ある人が「このキャラはツンデレだから萌え」と言っても自分が「ツインテールだから萌えであってツンデレなのはどうでもいい」なら自分の直感に従って楽しむこと。
こんな風に古いモノ、かつ娯楽として時代の振り落としを生き抜いたモノを、自由気ままなオレオレ解釈で楽しみ、アニメを見なくなった結果、自分はアニメの物差しはエヴァとジブリと千年女優だけになったorz
敢えて弁明、というか開き直らせていただければ…
だって仕方ないじゃん!1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?
けどその1割弱を探すためだけにアニメの世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!
アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿の後継者気取りしてばっかじゃん!
そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲスな気概を持って挑めよ!>ヤマカン、細田
特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!
「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!
00年代はまだブロードウェイ- ミュージカルの方が観客を呼ぶためのモノ作りをしてるよ…
例えば「Wicked」はファンタジーで低年齢児を釣り、女の友情で少女を釣り、あげくに社会派的要素で親を釣り上げる万能釣り竿だよ。
「Next to Normal」なんて狂気の中から家族愛を導き出すーそれも母親が主役でーっていう化け物ミュージカルだよ。
ミュージカルってさ、親しみが無い人には「子供が見るモノ」あるいは「軽いモノ」ってイメージがあるんだ。
酷いと「演劇と歌が同居する必要性がないんじゃねーの?」って言われる始末www
まぁ当然だよね。舞台としては戯曲という枠が、歌劇としてはオペラという枠が、ダンスはバレエという枠が、技巧も歴史も名作も持ってる。
けどミュージカルが子供やミュージカル自体にマニアックな人ばかり相手にしてたってお金にならない。
彼らが飯を食っていくためにミュージカルという枠のファンを増やすしか無かった。
かと言って技巧だけで挑めば間違いなく他の枠に負ける。
だから彼らはあらゆるものを取り入れ名作を作り上げた。
例えば古典の悲劇の恋愛をベースに、彼らの身近にあるダンスや風俗、そして身近にありすぎるマイノリティへの差別問題を注入したWSSとかね。
そういったことを繰り返し繰り返し続けた結果、今のブロードウェイミュージカルの地位が出来上がった。
アニメを作ってる側の人からも、「売れない、売れない」という声ばかり聞こえた。
けど自分からしたら、なんでアニメを作ってる人は「今、テレビの前にいない人」を捕まえようとしないんだろうと思ってた。
筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。
これだけでも十分面白いモノが出きるのに。
「守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。
「魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。
けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろうなぁ…
まどまぎの脚本の人は「ロボットものを書きたい」って言ってるらしいから、おそらくロボットを書くのに夢中になって客席を見なくなるか、大向うの客席しか見なくなる。
そうすると悲劇が好き過ぎる人みたいだし、シェイクスピアを消化しないままシェイクスピアの再発明を得意気にしちゃったりするんだろうなぁ…
かといって他のアニメの作り手は、まどまぎのパラメーターだけみてメソッドを見ず、もっと酷いものを作るんだろうし…
「処女厨がウザい・怖い」的な発言をよく作り手側のコメントで見かけるけど、
なら小デュマみたく処女厨を逆手にとって、ビッチであることが生きるために必然である椿姫を処女厨の目の前に置いて、
「それでもお前らこいつを罵れる?」といけしゃあしゃあと言ってのけるような人は今までいなかったし…
RADWIMPS、相対性理論、神聖かまってちゃん、世界の終わり、androp、amazarashi、The Mirrazといった、『語るように歌う』ロックバンドが最近勢いを増している。
彼らの大きな特徴は、その歌唱法にある。
従来のヒップホップのラップでは、声にドスを効かせたり、『Yo!』『Check It Out!』といったヒップホップではお馴染みのキーワードを口にしたり、語尾でキッチリと韻を踏んだりするが、彼らの歌唱法はそれとはかなり異なる。
ヒップホップのラップほどに声を作らず、日常会話のように、朗読のように歌詞を口にする。そのままでは朗読になってしまうので、テンポを上げて、跳ねるようなリズムを取り入れている。そこに少しメロディラインを混ぜたような歌い方。これまでの音楽にはない、独特のグルーブが感じられて、新鮮味がある。
歌詞の内容も、従来のヒップホップやJ-POP、ロックバンドと比べると一風変わっている。
従来のヒップホップの大きなテーマは『自分を誇る』ことであり、歌詞の内容も、自分のラップのスキルの凄さを自慢したり、気に入らないラッパーをDisったりといった、アウトローの雰囲気を感じられる歌詞が多かった。
それとは別にJ-POPでは『恋愛』や『前向きに生きていくこと』が比較的多く歌われる。これはヒップホップが台頭して、ラップをJ-POPに取り入れるようになってからも変わっていない。ケツメイシ、GREEN、FUNKY MONKEY BABYS、遊助、ヒルクライムなどが代表的だ。J-POPでのラップは、ヒップホップほど相手を威嚇しないようにはなったものの、依然としてヒップホップ的フックの雰囲気(『Yo!』といった掛け声)は残っている。
それらと比べると、『語るように歌う』系のロックバンドの歌は、あまりに歌う内容が違いすぎる。
彼らが歌う内容で多いのは『次元の捉え方』『記号・数式』『あの世・死生観』『死にたい』『言葉遊び』『ポストモダン』などであり、そこには従来歌われていたテーマは微塵も感じられない。歌詞はひねくれているのにメロディやキャッチーで親しみやすいから、そのギャップに困惑してしまう人も多いだろう。
それともう一つ重要なのは、ヒップホップ性を意図的に排除しているということだ。彼らはヒップホップ的なフックを全く使わない。DJもターンテーブルのスクラッチ音も入れない。歌詞の内容も自分を全く自慢しない。むしろメンヘル的なイメージさえ感じられる。アウトロー性もほとんどなく、ヒップホップを象徴するアクセサリーやファッション・アートワークも用いない。その徹底的な姿勢は、まるでヒップホップから『語るような歌い方』を奪い取ろうとする姿勢さえ感じる。そういった意味では、ヒップホップへのアンチテーゼとも言えなくない。ヒップホッパーも、この現象には困惑しているだろう。
これらの歌い方をするバンドを『念仏系』と呼ぶ人がいたが、案外的を得ているかもしれない。
この歌唱法を広めたのはRADWIMPSだが、結局のところこの歌唱法は時代が要請したものだったのだろう。価値観の反転、雇用制度の崩壊、複雑化した世界――そういった時代を表現するためには、従来の歌唱法だけでは足りなかったのだ。今後この歌唱法がどのようになっていくかは分からないが、僕としては静かに見守っていく次第である。
そうです。
別れるかどうかより以前に悩んでいるんです。
盛りあがっていてもそれは演奏が素晴らしいからなのか、どうなのか
音楽には詳しくないのでわかりません。
そう思っていただけることで救われます。
彼がバンドの話をする度、無視することもできず
一瞬悩んで
「ふーん、すごいね」
オリジナル曲ができた
だから、何?
私はどう反応すればいいんだろう、
でもライブに呼ばれて行ったって仲のいい友達ばかりだから終始私は一人にされます。
隙間に埃がたまるし
掃除機のヘッドも入らない。
弦に少し物が触れるだけで文句を言われて…
じゃあなんでこんな狭い部屋に何本も置いてるんだ
彼は今頃出番のはずです。
すごくどうでもいい。
意味作用をもたらしているわけで、らが抜けていようが「チョベリバ」だろうが
言語ってのは基本的に伝わっていればオールオーケーなので、そこにはそもそも正しいとか間違いとかって概念がないです。
言語学には「正」とか「誤」って無いんですよ。伝わってるってことはラングが作用してるね!ってことで。
んで、「日本語学的に」という話になると、「そもそも日本語とは何か」という話になり
国語学者たちが連綿と作り上げて来た「聖典」を参照するしかないわけで、となると「的を得る」は誤用だね。
という話になります。
あー、昔過ぎてわからんすけど
弓道用語なので、 日々の鍛錬により、息を吸って吐くが如く平常心で正鵠を得るのが普通で、心を見だすと、正鵠を失ってしまう。つまり、失うほうが非日常という感じじゃないのかなぁ?。
そこから転じて、正鵠を失う=本道から外れて、乱れて、要領を得ない。
という感じでしょ?
正鵠なんて、偶然当たるようなものじゃないんだから・・・ 偶然あたったを、正鵠を得たといかどうか?というのは微妙ではあるので、
的を射た= 的に向かって狙って矢を放っているよね。というのは正解だと思うし
正鵠を得てはいないけど、的には当たってる。そこまで間違っている意味でもないということで、 的を得た というのも 間違いではないんじゃない?
俺横増田なんだよ。元の議論も俺はあんたに賛同しないけど。まぁ、そっちは関係ない。
言語ってのは変化するものだから。だから、「正」とか「誤」っていうタームは
んで、国語学っていうのは『国』って語が入るとおり、教育やアカデミズムと結びついた権威の学問で。
その土俵に乗っかってしまった以上、聖典批評と呼ばれるジャンルが適用されちゃうんだよね。
「ああ、バカかなんか変なこだわりを持ってるバカかどっちかだな」と俺は思う。
そしてまぁ、他の文章を読んで凡そそれは間違ってないな、と確認できた。
そんな感じ。
そーゆーのって権威で決定付けられるもので、語彙に於ける聖典ってのは辞書だから。
今のところは誤用だし、誤用だってことがすっかり周知されてるからやっぱ誤用だよね。
なるほど。自分が知らなかったからベイズ推定して周知されていないと結論づけたのか。
まあそれを抜きにしても
「◆「当を得る(道理にかなっている)」との混同で、「的を得る」とするのは誤り。」
(人を馬鹿と悪罵しておいて 「的を得る|的を射る」 の誤用の件で「当を得る」を持ち出すのはちょっといただけないよなあ。こんなんじゃもとの話でどっちが日本語読み違えてんだか自分で証明しているようなもんじゃないか。あれ、そういうオチかもしかして。あ、上に書いたベイズ推定ってのは昨日の増田でちょっと話題になってたから使ってみただけだからね。)
まあどっちにせよ僕の勝ちだろうから君の潔い退歩に感心するけど、「的を得る」に突っかかっちゃたのは残念極まりないね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/的を得る
http://d.hatena.ne.jp/keyword/Ū%A4%F2%C6%C0
ちなみに、文化庁による平成15年度「国語に関する世論調査」によれば、54.3%もの人が「的を得る」という間違った表現を用いるという結果が出ている。これは正しい表現である「的を射る」の38.8%より高い。
日本語の誤用というのは基本的に慣習によって決まる。今や「的を得る」というのは過半数に支持された言葉遣いなんだよ。
ましてそうでなかったとしても、「誤用ではない」という説もきちんと存在する(そういうのに関心があれば普通ここまで辿るものだが)のだから、
(たしかこれってNHKの保守的なことばおじさんすら言及するほどの有名なものだったと思うんだがなあ。僕はいったいどんな人と相手にしているんだろう。まさか馬鹿って罵っておいて自分が馬鹿でした、なんて炎上増田を展開するとも思えないし。まあいいか。何が「馬鹿」かも説明できず、何が「ちげーよw」なのかも説明できないんだろうから。きっと脊髄反射で書いちゃって今頃枕バタバタしてるんだろうからな。ここはこちらが寛容になって認めるようにしなきゃ。)
横だけど、的を射る自体が、正鵠を得るの誤用なんじゃね?
そもそも、射るのは本質的には 弓を射るであって身体の字があるように、自分から放つ物という字だよねぇ。的は身体の側から、向こうに放てないから、字の成り立ちからはその意味は遠いと思うよ。的に当たるのも射るであるとするのは、ちょっと後世なんじゃね?しらんけど。
それに、日本語の問題だとしても、読み違いをしているのはおそらく君だ。
「Facebookだろうとノーベル平和賞だろうと高卒ならDQNでクズなんだって。」
高卒という集合のなかであれば、Facebookだろうとノーベル平和賞だろうと関係なく、DQNでクズだというわけだ。
つまり、高卒という集合とノーベル平和賞受賞者の集合の共通部分を考える。
それに含まれる人は高卒であり、ノーベル平和賞受賞者であるわけだ。
さて君は、彼の言う所のノイズは、クズと同義だ、とみなしているんだったよね?
だけど僕が見るところ彼の主張は、「ノイズ(集合の外れ値)も、クズ(おそらく、高卒と等しい)であることに変わりはない」というように見える。
僕と君の意見は矛盾しているようだが、どちらが的を得ているだろうか。どちらも見当違いかもしれない。
そもそも、「ちげーよw」とは何が違っていたのだろう。
何の何が、何の何と違うのか。
おっぱぶびろんびろーんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
交代で守っていくぜフラッシュアンドフラーッシュwwwwwwwwwwwwwwwww
返すだけなら無限大だぜwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
気持ちいいほど見違えたこの世界。
理想を履き違えたその極端にあるものこそ至高。
最高なリ・キャパシティ。
どんな問題!!お前は約束を破った・・
ぴんぽーん君にアンジャッシュ!
似たもの同士で一度寝ましょうかwwwwwwwwwwww
なかなか的を得ていると思うのよ
種の保存のためにね。
次はどこへ向かう?喋れば利口になっちゃう
そして幸せはやってくる。構うことはねぇよwwwwwwwww
いろんなそれが崩れ始めるwwwwwwwww
そんなくだらんこと言ってる俺には生きてる意味もないってか?はっはーwwwwwwwwwwwwwwwww
巨大な隕石が降ってくるよ!
このままだと地球が温暖化して寒冷化してもとに戻っちゃって大変なことになるよ!
ぴんぽーん正解はジャカフスタマンでしたーwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
びろりろりーんwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
はっけよーいwwwwwwwwwwww残ったwwwwwwwwwwwwwwwwww残ったwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ここまで草を生やしてると緑化運動になるね。
地球温暖化防止だよね。最高。
最高だっぜえええええええええええええええええ
あっひゃああああああああああああああああああああああ
楽しいぜぇええええええええええええええええええええええええ
あっひゃっひゃwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
カモングッデイwwwwwwwwwwwwwwwグッデイ~ヘ(´ー`*) カモーンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ジャンピングフライングダッシュ。面白さが輪を書いて不思議な気持ちにさせる。
今が大きく時間をかけて、空へ、舞い上がる。
理解できないほどのパワーが見てくれだけの世界を作り始める。
仕方ない、果てを目指して天を登る。
闇へと消えていった雫。涙に変わっていく
本文でも若干記述を加えましたが、付き合うようになってから店に行ったことはなし。
デートも大体は、ローカル飯屋で食事するだけだから、自分が金を払った場合でも、ほとんどただみたいな金額だ。
それでいて、させてくれることはさせてくれていた。
一度、彼女が急病で倒れたときに真っ先に声がかかったのも自分だった。
どう考えても、今までの付き合いに商売上の魂胆は見出せない。
だからこそ、なぜこんな態度をとりながら、関係を切ることは望んでいないのか?
これがさっぱり分からない。
何かの目的(例えば結婚など)でキープしたいだけなら、もっとうまくやると思うし。
まあ今週1週間は、連絡を取らず、悶々とすることにします。