はてなキーワード: テキストサイトとは
http://anond.hatelabo.jp/20111123182926
いや、三行要約ではないが、30秒で要点だけを伝える技術とかは仕事では必要だよ。
まぁそれはそうと、あなたのいうことはもっともだと思う。昔のテキストサイト時代を知らんのかよーって言いたくなったね。なんであれを三行要約しようと思ったのか、そしてそれを歓迎してる人がいるのかはあなたの説明を聞いた上でも、やっぱり納得出来ないけれども。無駄の楽しみ方としてもちょっとどうかと思った。
※ここで言う「ガキ」とは,成年になっても思考が「ガキ」である者も含める
犯罪自慢に限らず,Twitterでなんでも『自慢』する人がいるが,
いざそのツイートがRTされたり引用されたりすると途端に焦って削除する馬鹿が相次いでいる.
お前のその自慢話は,誰に向けて呟いたものなのだ.
Twitterは世界を股に架けているオープンコミュニティだ.
世界中の不特定多数の人物から覗かれる場で,拡散させて欲しくない情報は控えるべきだ.
何故、Twitterでやる必要があるのか.単に流行に乗っているだけだとしたら,それは過ちだ.
ブログやSNSなど,他に代用できるテキストサイトは幾らでもあるだろう.
社会経験,あるいはブログ経験の無い者が,いきなりTwitterを触るのは危険である.
経験を持つ者は,迂闊なツイートを行わない.ネット社会の目を知っているからなのだ.
特に社会人の場合は,社内の人間が偶然目にすることもある.有り得ないと思われる偶然も,起こることは起こるのだ.
前々からリアルの延長線上だったと思う。自分はテキストサイト隆盛期のちょっと前ぐらいからしか知らないけど、それでもリアルの延長線上だったと感じた。ユーザーが少なめでリアルとのつながりが希薄だったっていうのはあっても。
人が増えれば場所が変わっていくのは世の常だし、自分の望む場所じゃなくなったからって、元増田のためにネットがあるわけでもない。
ネットに逃げ込むっていうのは、特別なことじゃない。自分の居心地のいい場所に逃げ込むっていうのと同じことだ。
それが人によっては女装バーになったり、ボランティアサークルだったり、自分の部屋だったり、の、違いであって。
逆にネット環境が整った分、今の子供は恵まれてる気もする。ネットを利用できるから。
ネットはツールだから、それを利用して何かしたいことをするっていうのが容易くなった。
知りたい情報を把握するのが楽になった。
把握するのが楽になれば、行動にも幅が出る。いろんな選択肢が見えてくる。
お望みのところに逃げたいのであれば、探すことだって可能だし、逃げ方を考えるヒントはそこここに散らばってる。
状況が変わったことは不幸かもしれない。でも、だからってどうしたいのさ?再度状況を戻すことは不可能だし、自分の希望を叶えるのは自分だろ?天から降ってくるなんてないよ。天から降ってくるのはラピュタだけだよ。
定義としてはこんな感じ。
行動がリアルにフィードバックされるならHNでも実名界の住人(例えばpixivの絵師やニコニコの動画投稿者)で、実名でも中身が伴わず炎上でアクセスを稼ぐしか能がない人間は匿名界の住人。
既になっているという突っ込みもありそうだけど、それ以上に「日本のネットでは実名なんて流行らない」という声が大きいと思う。
匿名界からは既に自ら価値ある情報を作る能力のある人が失せつつある(自ら文章を書くテキストサイトの血脈が絶え、2chまとめブログが隆盛していることがその最もたる証)。
実名界からネタを引っ張り、他人の作り上げたものを無断転載したり、記事を悪意的に捻じ曲げて拡散して小銭稼ぎする程度しかできていない今、いつか実名界側から拒絶される日が来ると思う。
実名ネット社会が可視化され、非実名ネット社会、匿名界全てが2ちゃんねると同等の、アングラで低湿なコミュニティだとみなされる日が。
2000年代のテキストサイトはまだ自ら価値ある文章を作り上げていたために、その後ライターへと転進する道もあったが、今の匿名界ではいくら努力して上り詰めてもPV乞食以上のものにはなれなさそう。
ネットがネットとして魅力があった時代が終わり、リアルのサブセットに過ぎなくなったとき、誇れるリアルを持てない人間は、他人の足を引っ張ることに生き甲斐を見出すスラム住人に成り下がるような気がする。
同じ人が両方に属しててもいいだろ。
説明不足だったけど、実名界と匿名界とは住人が分かれるわけじゃなくて、「自己の価値を高める場」と「掃き溜め」とが完全に分断すること。
twitterでは価値のあるものを作り、ポジティブな意見に評価する一方で、2chでは何も作り出さず、無断転載だけして、ネガティブに貶すという使い分けは今でもあると思う。これが加速するとどうなるか?
実名界はより価値のある場になり、匿名界はさらに価値のない場所になっていく。
排除なんてするまでもなく、無価値で見向きもされなくなると思う。
両方に属せる人はそれでも救われる。リアルに拠り所がない人間は、無価値化した掃き溜めで生きていくしかないんじゃないだろうか。10年後にはそういう時代が来ると思う。
お前の言う「実名」と過去に主にマスメディア出身者がネットで主張していた「実名」ってのは全く違うぞ。
お前の主張では名前はweb上での言動、表現物に紐付ける識別子だが
過去主張された「実名」はマスメディアで認知されている通称は認めるが原則は戸籍上の名前って意味だぞ。
雑多に考えごとをアウトプットしたせいで突っ込みどころ満載で悪いけど、たしかに実名界匿名界って区分はあまりよくなかった。
ただ既に直接「戸籍名」は使わなくても、「識別子」を「戸籍名」と紐付けしている(そして晒されてしまう)人は増えてる。
言いたかったのは「匿名の人間に人生を暴かれる恐怖があるから名前を隠そう」という今の常識が終わり、「実名を出して活動した方がメリットがある」というパラダイムシフトが起きたら…という話。
「識別子」で活動してる人間はそこに経験値が蓄積されるし、もともと実名社会で影響力を持っている人間は匿名社会でも通用するけど、匿名社会だけで生きた人間はずっとLv1のままだよね、っていう。
まとめブログが隆盛って言っても、元の文章を書いている人は確かに存在しているわけよ。しかも匿名で。「匿名界からは既に自ら価値ある情報を作る能力のある人が失せつつある」はどうだろう。
まとめブログが転載している元の情報のうち、価値のあるものはほとんどが既に「識別子」で公開されてるものだと思う。
ニュース記事やpixiv、雑誌を無断転載したネタ、twitterの揉め事、海外の優れた考察なんかに対して、「匿名」の住人があれこれ突っ込んでいるだけ。
既に「匿名」にて意見を表明したり、作品を発表するメリットはない。影響力の発揮という点でもtwitterの拡散能力などに劣っていくだろうし、何よりネガティブだったり、多ID工作で誘導できたり問題が多すぎる。
ただその問題の多さは、雑誌やpixivの無断転載を「2chからの転載」とソースロンダリングしたり、罵倒や個人攻撃を「匿名社会の世論」とすることで免責するメリットでもあり、そのためだけに活用されていると俺は思っている。
自分の観測領域だけでモノ語りすぎじゃねえの?2ちゃんねらーにだってモノ作り出す奴もいるし、Twitterだって引用なのに自分の発言のごとくツイートしてふぉぼられるような奴もいるし。
狭い観測範囲で語ってるのは否定しないが、2chにもモノを作る人はいないと思っていない。大体、匿名ダイアリーに書くのが好きな人間にその感情が理解できないわけがない。
ただやがて減少傾向になっていくと思う。
理由は2点。まず人は批評に耐えられるほど強くあれない。まして匿名で罵詈雑言を受けてしまうと創作意欲が失せてしまうだろうし、調子に乗った「お客様」発言を咎める人間もいない。
「修正が遅いから、他の誰かが互換ソフトを作ってもいい」そんな何気ない一言がMMDを開発終了に向かわせたように。
もう1点。マイノリティを排除したがる今の2chの風潮。大多数が「嫌い」「オワコン」だと主張したモノに対しては言わせておくしかない。擁護すると「社員だ」「工作だ」などとレッテルを貼られるのがオチだ。
「自分の好きなモノを貶す人間は許せない」ならまだ分かるが、「自分の嫌いなモノを持ち上げる人間も許せない」という人間が非常に増えたんじゃないかな(これも観測範囲の問題だと言われそうだが)。
粘着質な少数に嫌われてしまうと何をやっても叩かれてしまうフィールドで作品を発表する価値はないし、作品を発表する人たちは現実側に軸足を置く人間のみ相手にするようになっていくと思う。
そういう例として、非モテタイムズ暴言事件におけるソラノートや、キメこな騒動におけるカオスラウンジがある。彼らは匿名側の非難を受け続けているが、それを無視して現実側で活動を続けようとしている。
そしてその結果、どうなるかはまだ分からない。ただ、俺には何も―匿名の住人が渇望するような因果応報は―起こらないんじゃないかという予感がある。
個人的にこの2つの事件が、匿名側の影響力が失墜し、実名側の発言力こそがモノを言うようになる第一歩なんじゃないかと思っている。(もっと以前からあったのかもしれない。炎上には大して興味がないので引き出しがない)
やがて現実に影響を及ぼせなくなった匿名側はより弱い人間を狙い、学生のショボい罪を粗探しし糾弾し、個人情報を祭り上げて鬱憤を晴らすような集団になるんじゃないかなとも。
テキストサイト時代やブログ時代は情報を発信する人間はウェブマスターに限られ、彼ら同士のガチンコタイマンバトルが基本だった。
twitterは信教の異なる人間をブロックして切断することが容易になったので、そうしたタイマンバトルはほぼ見なくなった。
全ての人間が情報を発信できるようになったが、彼らは平等ではなく教祖(いわゆる旧来のウェブマスター)と信者(いわゆる旧来の読者が可視化された存在)とに大分される。
小さな歪み、小競り合いがなくなったかわりに、クラスタ=信仰同士の大きな歪みが生まれだした。小さなカルト宗教が乱立しているような状態。
教祖が異端者に攻撃するとフォロワーの信者たちが無慈悲な追加攻撃を加え、個人レベルの相手ならたちまち潰されネットの藻屑となる。個人で教祖に噛み付くのは自殺行為。
そして教祖クラス同士の戦いが起きることもあるが、基本的に決着がつかない。
教祖に付き従う狂信者たちは、いくら教祖の誤りを論理的に正されたところで、今まで作り上げてきたコミュニティを捨ててまで信教を変えることはできないから。
そういうところも実に宗教に良く似ている。
旧来宗教ではお布施により巨大な寺院を建てることで権威の象徴としたが、ネット時代の宗教は可視化された信者数、フォロワー数それ自体が教祖に権威を与えるため搾取構造はない。
また切断操作きたー
風俗嬢サイトの方が医者クラスタより低俗で客層が悪い、と思ってるんだろうけど、
インターネットにおけるコミュニケーションの流れとして、テキストサイト→ブログ→ミニブログという短文化と、文字チャット→音声チャット→ビデオチャットというオーディオビジュアル化があると思うんだ。
で、考えた。
twitterの音声版、動画版とでも言えばいいだろうか、短い音声、短い動画を簡単にアップロードできて、それがタイムライン上に流れるっていうサービスはどうだろうか?
そうすれば本物の呟き、ざわめきとなる。
まあ、動画は無理でも音声は今の段階でも出来そう。
音声認識での入力と、タイムラインの読み上げさえクライアントソフトで出来ればtwitter本体はそのままでも移行可能だ。
ハッシュタグが使えないとか、細々した不便はあるかもしれないけど、音声入力と手書き入力とキーボード入力のハイブリッド式ならそういうことも可能だし、なによりgoogleのリアルタイム検索の精度が上がればタグなんてなくとも話題の共有は容易くなるだろう。
音声入力がまだ見通しが立たないけれども、そんなことを言ったら10年前にskypeみたいな高品質のビデオチャットが出来るとは夢にも思わなかったわけで。
いい年したオッサンが、まだ中学生のガキに言い負かされるんだよ。んで、一回形勢が傾くとギャラリーが一斉に突貫して
ボッコボコにしてくれるのね。まとめサイトとかから大量のアクセスが流れ込んでシバキ倒してくれる。
議論の過程も逐一ログが残るから、今の増田や2chみたいな混戦にはならず年齢がどうだろうが肩書きがどうだろうが
弁が立つ方が勝ったんだよね。懐かしい。
んで、その当時「脳死」とか「脳腐」とか素敵な認定をされてベッコベコにされてるような人って
十歳くらいの早熟な子なら、そこらのオッサンをねじふせるくらい普通にやるのがネットだからなぁ。
テレビで電子書籍について報道していたので、またいろいろグダグダと書いちゃうぞ~。
という軽いノリで。酒飲みながら。
今まで散々それに該当する商品は世に出ていたと思う。
分岐はあるけど文字であり小説でありエレクトロである点を考えると
小説をPDFにしてダウンロード販売していたサイトだってある。ボイルドエッグとか。滝本竜彦は元気かな。
でも、そういう一連の流れは無視されて、
キンドルやipadと連動する書籍のみが、『電子書籍』として認知され、
『黒船』として恐れられている。
その違いは一体何なのか。
いろいろ考えたけど、最終的にはやっぱり『形』かな、と。
考えてみれば、『本』は非常に優れた形状と質量を持っている。
どこへでも持ち運びできるし、いろんな体勢で文字を読むことが出来る。
寝転がりながら。椅子に座りながら。飯を食いながらでも読める。右手に箸。左手に本。
ハードカバーでは多少きついけど。
これまでの『電子』な『書籍』は、その点を考慮していなかった。
ゲーム機やパソコンなどといった端末で再生され、可搬性や可読性については議論さえされていなかった。
それがキンドルの登場で変わったのだ。端末自体が変わったのだ。
そしてipad。そして、さまざまなメーカがipadを真似し始めている。
これは凄いことになりますよ。出版社さんは覚悟したほうがいいですよ。
「ネット上の動画展開はまだまだ先のこと」と思っていたらYouTubeの登場で慌てふためいた
こういうパラダイムシフトは、マジで予期しなかった時期にいっきに来ますよ。
音楽業界は、もはや目も当てられない。もっとも~、これはこれで面白いけ・ど・ね!(ファッキュー!)
まぁでも、パラダイムシフト自体が悪いことではないですからね。
むしろ、新しい文学の可能性も否定できないわけですよ。
文学の可能性というか、文字の可能性ですね。
『文字の可能性』と聞いて思い出すのは、やっぱり2001年に起きたテキストサイトブームですかね。
あれは面白かったわけですよ!あれだって一種の電子書籍なわけですよ!(酔いが回ってきた)
文字ポイントを拡大して、オチが放たれる。文字の色を変える!
空白でページをスクロールさせて中身を稼ぐという手法は、有名人のブログで定着しましたけどね、
ありゃあひどいもんですよ。辻ちゃんがテレビ番組で『スペースをあけてページに
内容があるように見せかける』というのをやっていましたけどね、ありゃあひどい。
やっぱりある程度の文章の量は必要なわけですよ!
やっぱり精度の高い文章を読むと興奮するわけですよ!
でもま、電子書籍なら電子書籍ならではの、『演出』というのも欲しいわけですよ!
たとえば、音楽が流れるとか。挿絵が美麗なアニメーションで表示されるとか。
何か、村上龍が作った電子書籍は、著名な方の音楽が流れるらしいですよ?
でも、音楽やアニメーションも、出来れば文学的な演出がいいですな。
心に染みるようなやつをね、僕は望んでいるわけなんですよ。
『私小説』は、『エンターテインメント小説』とは違って、やっぱり心の中で反響するような文字列であって欲しいわけなんですよ。
だったら、その電子的な演出にも、私小説性、心の中で反響するような演出が宿っていて欲しいわけなんですよ。
エンターテインメントな映画と違って。
文学性というのはバズワードだと思うけど、でも、それでも、僕は『文学性』を求む!
『エンターテインメント』という言葉自体に『マジョリティを拒絶する』という意味が宿っているような気がしてつらい。
そろそろ終わろうか。グダグダと書き綴っちゃって、ごめんね。ごめんね。
酔っ払っていてごめんね。
ついったーに飽きた・・・
飽きた?いやなんか違うけど、書きたくなくなってしまった。
始めたのは数年前、まだtwitterがこんなにも流行ってなかった。
はじめはやり方がわからなく、つまらなくて、放置していた。
去年から少し変ってしまった。自分のwebで追ってる人をフォローしてから、どんどんフォローが増えた。
その時、人と関わるのがすごく楽しいと思った。リプライしてリプライを返してくれたら、すごく嬉しい。
また返してくれなかったら、ちょっと寂しかった。
変に関わりすぎてリムーブされたりもした。自分としては関わっていたかったのに残念である。
相手との距離感って大事だと思った。まだ上から目線な物腰で自分からはそんなつもりはないのに、
別のフォロワーの人に指摘されたりもした。
自分は構ってちゃんかもしれない。ちやほやされる人たちを見て、良いなぁ。
自分も話しかけてくれたり、興味持ってくれる人がいてくれたら良いなぁ。そんな風に感じていた。
光る人はいる。例え文字でも面白い人はたくさんいた。こんなにも120文字で面白くさせるってすごい。
また同じように不愉快に感じる人もいた。しかし、少し関わった人もいるので自分からリムーブすることは出来なかった。
決断力がない。
色々フォローも増やしてしまって、言葉だけのやり取りだけなのに、良いなぁと思う異性にも出会ったりした。
ついったー始めるまで思わなかったけど、緩いつながりでしかもリアルタイムでつぶやかれるこの「twitter」は怖い。
自分の考えてしまっていることをどんどん嘆いてしまっている。楽しいことならまだいいけれど、辛いことや疲れたことなど。
どんどんネガティブな人になってしまってしまう。
自分がホームページを作ったら、必ず自分のページは綺麗な言葉で表現したいと思っている。
それが、ついったーではどんどん汚い言葉を吐き、皆に迷惑なんだろうかと疑心暗鬼もする。
やり始める前に自分のことをちゃんと管理しておくべきだった。例えば、ネガティブ発言はどこか手帳やメモ帳にも書いたり、
公に見せないでおくべきでだった。
そんなこなんで今、自分はあまり書きたくなくなってしまった。
ですが、ついったーを通して話したり、出会った人もいるので、良いツールなんだと思う。
今はROM専でたまに書き込む程度に押さえてる。
自分にはこのような匿名サービスや匿名掲示板を見てるほうが良いのかもしれない。
■追記
改行がうまくいかず、変な見せ方をしてしまった。
*1テキストサイト ブログ mixi twitter 歴史は繰り返す
そうだな。多分新しいツールが出てきても、同じように思うんだろうな。
*2こういう書いてる側自身が自分の気持ちの掴み所を分かってない文章。くだらない自己啓示本みたいで気味が悪い。
*3構成がまずい=各部分の話の量のバランスと、その具体性(詳細)のバランスが悪いので、論点が曖昧に見えて結局何が言いたかったんだろうと思った。具体的には、前半部分のはじめたきっかけの話は、辞めた理由を熱く語るエントリなんだからそこまで量や詳細は必要ないのかな。逆に本論になるHPは綺麗にあるべきだ。とか、周りに迷惑を懸けてしまったと思う疑心暗鬼の心の動きや変化を、詳細に語るべきなのかな。
まあね、曖昧に書くのが結構好きだから、具体的に書いてしまうと自分を知ってる人が読めば誰かわかってしまうからね。
読んでる側に伝わるかわからないな。別に自己啓発してないけどなw 3の人、ご指摘ありがとう。文章よくわからなかったと思うけど、
*本論になるHPは綺麗にあるべきだ。とか
ここ本論じゃないですよw 自分の言いたいのは単にツール(ついったー)の使いようってことかな。
ちゃんと書くと自分のサイトって家みたいなモノじゃないですか。そこを良く見せたい場合、デザインや文章で見せたい。
自分ルールってわけです。そりゃ、自分のサイトだからどんな言葉を書こうと自由ですが、
なるべく人が見てイヤにならない言葉を書きたわけです。
*周りに迷惑を懸けてしまったと思う疑心暗鬼の心の動きや変化
詳しく書いてしまうことはあまりしないけれど、自分はかまって欲しいんだと思う。ちやほやされたい。
だからついったー上でかまってほしいことを書いてしまう時があり、それに心配する人が何人か表れた時、
嬉しい反面、書くべきじゃなかったなと思うときがあるわけです。
掲示板とtwitterとの違いは、昔の「テキストサイトかブログか」論に似てる気がする。
個人のテキストサイトと比べツールや外部サービスと連携しやすかった。更新をチェックしやすかった。
twitterも同じではないだろうか。
>仕事でツィッターをしている
>定点観測するため。
>数時間すれば、注目すべきつぶやきは「はてなブックマーク」にアップロードされる
>Google検索でも、ほぼリアルタイムにツィッターを拾える
これこそまさに、twitterの利点。
個人の掲示板は、ここまで(常連さん以外の新規客に)定点観測してもらえるだろうか?
個人の掲示板は、ツールや外部サービスとここまで連携できるだろうか?
もちろん、個人のテキストサイトがブログに「別宅」を作ったときと同様、
どちらかの更新が滞ることになるとは思うけれど
10年くらい、ネット眺めて遊んできた。
はじめて2ちゃんねるを覗いた時はドキドキした。
面白いテキストサイトに憧れて自分もウェブ日記始めて三日坊主に終わってみたり、タイムラグのひどいチャットルームで知らない人と喋ってみたりした。
ネットに夢中になって朝になってしまうことも何度もあった。
ブログは何回開設したかわからない。はじめてトラックバックを受けた時は嬉しかったな。
数年前くらいまで、インターネットが楽しいなんて言ったらオタク扱いになって嫌われるかもしれない…と思って話題に出さないようにしてた。
でも気が付いたら誰でも当たり前に使うもので、むしろ使えないほうが駄目という風になった。
技術はどんどん進んでいって、いろんなサイトはすごく綺麗でかっこよくていろんなことができて、もう本当すごいとしか言えない。
でも、昔みたいにドキドキすることはあまりなくなった。
きっと頭のいい人たちは高いレベルで使いこなして、あいかわらず刺激的ななにかをつくりあげているのだろう。
ついていけなくなった私が落ちこぼれなのだ。さみしいけど、仕方ない。
私は私に相応しい、また別のおもしろいものを見つけるしかない。
今度は、誰かのつくるものに便乗するだけじゃなくて、誰かをすこしでも良い気持ちにできるようななにかを生み出す側になりたい。
ウェブを通していろいろな人々が、たくさんのことを与えてくれた。助けてくれた。
ここでこっそり、お礼を言わせてください。ありがとうございます。
最近のニュースまとめブログのなりふり構わないウケ狙い合戦というか、もう「嘘でもガセでもねつ造でも何でもいいから面白いニュースを」って姿勢はいい加減にどこかで歯止めが必要だと思う今日この頃。
嘘ニュースだろうと大幅にねつ造したニュースであろうと「ウチは2chから引っ張って来てるだけなので」みたいな姿勢で誤報であることに対することに何の呵責もないように見えるし、さんざん罵倒コメントしてる奴も「むしろこっちも誤報に騙された側だ」くらいのつもりでいる。
(つーかテレビや新聞でねつ造や嘘ニュースが流れたら、たとえ下請けの製作部署が作ったニュースでもみんな親元に「謝罪だ!謝罪はまだか!」ってあんだけ圧をかけるのに自分達の時だけにべもない態度ってどうよ。ってのも思うけど。)
あんまりBPOみたいなのも好きじゃないんだけど、ネット版BPOみたいな組織がいい加減に必要なのかもしれない、とさえ思う。
大体あの手のサイトはアフィやってるからアフィ登録する際に何かしらの審査団体への登録も義務化して、あまりに悪質な記事の掲載や編集が続けば警告や停止もあり得るって事にして。
嘘ニュースがやりたかったら加入しなければいい(アフィ含めて)。こうするだけで多分「単なるアクセス稼ぎ目的の嘘ニュース」の類は相当なんとかできるんじゃなかろうか。
思えば一昔前のテキストサイト全盛の頃はそれぞれ書き手の文才で競ってたじゃない。それと比べると今の風潮ってあんまりにもゲスいというか、レベルが低いよなって思う。
そんだけインターネットに人が流れて、人の形をした化け物の類も集まって来てるんだろうけど。なんだかなーって感じ。
「ずっと思っていたのに書けないでいた。」を書いた元増田です。たくさんのブクマコメントやトラックバックをいただき、書いてよかったと思えました。
私が当時書いていた文章について疑問に思われた方もいらっしゃったようなのですが、本当に特筆すべきことがないような何の変哲もない日記だったのです。当然、(例の彼も含めて)誰かを陥れるような事を書いた覚えもありません。彼に「汚染」発言をされる5年くらい前からテキストサイトやチャットに触れていたので、ネットで言葉をやり取りするときに起きる問題は理解していたつもりです。少なくとも彼よりは。
数名の方が指摘してくださったように、あれはきっと彼の束縛だったのでしょうね。私が彼よりも知っている事があると、機嫌が悪くなる人でした。私が提案をすると、指図するなと逆上する人でした。「当時の」と書いた通り、今は彼とは離れています。彼をどうにもできず、そのまま離れてしまいましたが、私が書く事をやめたくなかったように、私が彼を変えることも絶対無理だったんです。
最近彼がツイッターで仕事中にも愚痴を書いているらしいと聞いて自分のトラウマがばからしくなってきました。悩み続けていた時間を返してくれとか少しだけ思ってしまいました。でももうそんな事言ってたって仕方ないんです。ここで頑張れそうな気持ちです。本当にありがとうございました。
ごめんなさい、最初に書いたメールは原文のままではまずいと思い、保身を考え誤魔化しました。
そして、会ったこともない人に被害者面されていらいらしています。
私は脳死で、これから書くことは、私にとっては歪んだストレス発散であり、自傷行為です。
「誤魔化したこと」
腐女子というのは、色んなことを誤魔化せてとても便利な言葉ですね。腐女子という言葉を使えば自分の出自を隠せますから。そして、私はこの言葉を使って自分が本当に後悔していることを誤魔化しました。
外見や服装にもコンプレックスをもっていますが、本当に後悔しているのはもっと薄汚いことです。
テキストサイト時代はインターネット黎明期であり、いい年した大人も若者もみんな匿名での人間関係構築にとまどっていました。
しかし、私たち同人世界を経験している女性は違いました。オンリー後のお茶会や文通の経験は、インターネットでの人間関係で充分応用できるものであり、女性であればちやほやされる風潮もあいまって、同人世界の感覚を武器に素敵な青春を過ごした人を私は何人かしっています。
その当時の私は、そういう女性をずるくて汚い人間と思っていました。そう思って、色んなことに背を向けて生きていたら、いつの間にかずれていました。どんなにお洒落を勉強して、外見を人並みに近づけても、大切な時期に自分の世界に篭って人並みに経験すべきことをしなかったせいで、どんなに今頑張っても人並みのことができません。どっかずれています。苦しいです。
もし今、街で男性の集団のなかに一人女性がいて楽しそうにしている光景をみて、複雑な思いを抱いている若い子がいたら、もっとずるくなっていいんだよ、と言ってあげたいです。よく探せば、外見が可愛くなくても、服が垢抜けてなくても、女の子であるだけで大切にしてもらえる場所があります。そこでは貴女がこれから生きていくうえで大切なことを教えてくれます。
私にとっては、801ちゃんというキャラクターは腐女子ではありません。同人世界で学んだ距離感を駆使して、男性にちやほやされ、素敵な青春をすごし、幸せな結婚をした、私があのときもっと素直になっていれば実現していたかもしれない理想の存在です。歪んだ薄汚い想いを私は勝手に投影しています。
私は二次元のチベ君と801ちゃんに、テキスト世代を過ごした人間の理想の恋愛像を勝手に抱いてます。
でも、三次元のチベ君と801ちゃんには憧れません。確かに声優さんに会えたり、テニミュのキャストに会えたりするのは羨ましいです。
でも、代償が大きすぎます。
生まれてこの方隠してきた自分のオタク趣味嗜好を、おもしろおかしく恋人に描かれ、それでお金を稼いでもらってご飯を食べていくというのは、私には耐えられません。
リスカサイトや鬱サイトが今ほど市民権を得ておらず迫害されていた時代を経験しているのに、それでお金を稼いでもらってご飯を食べていくというのは、私には耐えられません。
ネトヲチに自サイトを晒されアクセス数が跳ね上がっただけで怖かったのに、ご飯を食べていくためとはいえ、生きている間一生インターネットであることないことを不特定多数に言われ続けるなんて、私には耐えられません。
そうしたことを、全て覚悟のうえ割り切って過ごされている801ちゃんは本当に大変でしょうし、辛いでしょう。大丈夫です、漫画で描かれている幸せな生活が全てとは思っていませんよ。
私はみんなが思っている以上に3次元の801ちゃんの辛さや苦しみについて真剣に考えています。誰がなんと言おうと私は3次元の801ちゃんを女性として尊敬します。
だからこそ、2次元の801ちゃんとチベ君にしか、憧れません。
「驚いたこと」
今回twitterで801ちゃんご本人が、私宛のメッセージを書いていただいたうえアドレスまで貼っていただき驚きました。
雑誌に対談記事がのり、ドラマCDの収録に立会い、もはや一般人といえない存在で、私にとって801ちゃんは2.5次元の存在です。
小野大輔さんは私が匿名はてなに文章を書いてもメッセージをくれません。2.5次元ですから
瀬戸丸も私が匿名はてなに文書を書いてもメッセージをくれません。2.5次元ですから。
でも、801ちゃんは2.5次元の存在なのに私にメッセージをくれました。
この世界に長くいれば、私も貴女も大なり小なり2.5次元の方の人生を狂わせているじゃないですか。ましてや貴女は、2.5次元の方に人生を狂わせる筆頭であるテニミュファンを自称されていますよね。どういう存在が2.5次元として扱われ、2.5次元の存在がどう振舞えばいいか当然わかっていますよね。
にも関わらず、ご自分は2.5次元であることを否定されるのは、ちょっと都合がよすぎませんか。
大丈夫、貴女の周りで素敵な友達がたくさんいて、電話をしたりお茶したりご飯したりした時に愚痴を言えば慰めてくれます。801ちゃんの名前を名乗って誰もがみれるところで、無理に3次元の振りをしなくても生きていけます。
だから、2.5次元の分際で3次元の私にメッセージを送れると思うな。
歪んでいて、脳死な私の自己満足な長い文章におつきあいくださりどうもありがとうございました。