はてなキーワード: 逆立ちとは
あー、韓国って色々と国を挙げて振興策は取ってるけど、コンテンツ個別を「安く」売るために補助金とか出してるわけじゃないよ。
韓国コンテンツが安いのは、単純に市場評価としてそういう値段しか付かないってのと、本当にコストが安いってのと、2つが原因。これはドラマもそうだけど韓国製MMOなんかもそんな感じだし、コンテンツ産業に限らず多くの産業で共通してる。携帯電話にしても液晶ディスプレイにしても同じ。
悪いから安いってのはともかく、原価が安いってのはコスト構造が違うんだよね。いや人件費そのものも違うんだけど、制作会社レベルで言うと日本と韓国の人件費の差って同レベルの人を集めて作ったら1.5~2倍ってとこ。ところが、実は日本の制作会社はこれでも搾取されてる方で、原価全体で見ると上位会社が持って行ってる分がしゃれにならなくてコスト差はもっと広がる。このコスト構造じゃ「韓国人でも作れる」ようなコンテンツはそりゃ韓国の方が圧倒的に強いよ。安いもん。安さは正義。この戦況だと日本が戦えるのは「韓国人では逆立ちしても作れないような作品を大コスト投じて作る」場合だけになる。
こういうのってどの産業でも同じようなジレンマに陥ってるんだけど、日本はどういう身の振り方をするか考えて行かないといけない。つまり、ローエンドまで幅広く日本でカバーする代わりにローエンドは韓国人との人件費競争を受け入れるのか(どちらにしても搾取構造はある程度変えないといけないが)、高付加価値のハイエンドをひたすら追求して「韓国人では絶対作れない商品」だけで戦うのか。これはもうどの産業でもそう。でもぶっちゃけるとさ、規模的に前者が圧倒的に大きいんで前者で戦うしかないんだよね。
何が不満なのか、ちょっと良く分からなかった。仕事なら期待されるラインまではきっちり仕上げるってのは、学歴に関わらず当然のことだよね。もちろん、それが出来る人間をそういう職責のあるポジションに置いておく、ということは組織作りをする人の責任だけど。
想像するに、自分のスキルと、配置されたポジションの職責が合ってない、そのことを理解してもらえない、って不満が大きそうだと感じたんだけど。上司が何やってるかわからないとか、大卒は固くないのがいいとか、それは二次的なことなんじゃない? 派生した問題の方に気を取られてぐるぐるしてるような印象を受けた。
もうひとつ気になったのはここ。単に言葉が足らないだけかもしれないけど。
その知識で周りがもっとうまく回るようになれば・・・って感じ。
これは逆立ちしてるんじゃないかな。現場にいるなら、知識は道具だろ。まず現場をうまく回すのに何が必要なのかを見極めて、もし必要なものがソフトウェア工学の最新の知見なら、それを使えばいい。そうでない可能性も、たくさんある。
ソフトウェア工学の知見の応用が足りてないんだ、使えばもっとうまく回るはずだ、とあなたは思っているかもしれないが、そう言えるのはあなたが既にソフトウェア工学の知見を使ってきちんとした成果を出した経験がある場合だけだ。実績が無いのなら、残念ながら、具体的な成果をまず積み上げて、「こいつが言うなら良いものなんだろう」という信頼を得てゆくしかない。もしかすると前職でそういう経験があるのかもしれないけど、技術ってのは誰が何のために使うかも重要だから。チームが違えば最適な工学的手法も違ってくるんで、「今のチームに、これが必要」と説得出来なりゃ意味がない。
これが意味を持つかどうかわからんけど、自分は博士卒で、開発系の会社やってる。部下がこういうことを言ってきたら、とりあえず問題を切り分けるようにアドバイスするかな、と思ったんで書いてみた。
あー、あと、会社を回すには実にいろいろと面倒でどうでもいいような雑事があって、でもそれを誰かがやらないと回らなくなるんだな。あなたから見てどうでもいいような仕事をしている人がいるかもしれないけれど、その人がいなかったら、あなたがどうでもいい面倒な雑事をしなくちゃならなくなる。まあわかってるかもしれないけど、一応頭に置いといて。
自分の性癖が特殊で理解されないことに一定の優越を覚えるのは青春時代の普遍的な志向の一つだが、24になっても未だ同志を得ない自分の性癖は恐らく変わっているのだと思う。私はスカンクが好きだ。臭い液をぶっかけられて悶え苦しみ、吐き散らして尚臭味の取れない強烈な奴を想像し、一人でマスを掻くのが好きだ。
おならフェチだのスカトロだのには息子がなかなか反応しない。屁だ、臭いものだと思い込めばやってやれなくもないが、どうもしっくりこない。スカンク娘というジャンルには若干反応するものもあれど、それもやはりスカンクの模倣として捉えて初めて自分の裡に興奮を引き起こす。気づいたのは小学生の頃だったが、未だ人に打ち明けられずにいる。到底理解され得ぬ性癖であることは承知で、周りのギラギラした男達のAV談義に水をさす気にもなれなかったから。
想像であることが大きな価値を生んでいる。別段、アメリカに渡って本物のスカンクの悪臭を味わいたい訳ではない。体験してみればか細い妄想が瓦解しかねないし、もしかしたら妄想に色を添える事象になるかもしれないけれど、思考の対岸の、触れ得ぬ聖域から臭ってきてほしいと思うのだ。妄撮も、本番なしの風俗も、パンチラも、いずれも巧妙に向こう岸を見遣って悦に至るものだろう。そのくらいは分かる。本物との邂逅など野暮なものだ。
人並みの恋愛をしてみても、当然至る性行為に当たってみても、スカンクの幻影が消えない。正面切って女性と、あるいは男性と向かい合ってみれば忽ちコンプレックスも氷解し、真っ当な人間になれるものだと信じたこともあった。しかし現実は、後背位で動く女や男の尻の穴からスカンクの臭腺を想起し、そこから殆ど擬似的に放たれるメチルメルカプタンに悶絶する自分を以て性的興奮を起こらしめるばかりで、事が終わって彼女や彼の頭を撫でていても恐らく人と自分の思うことは違うのだという乾いた絶望感に襲われるほかなかった。
最近暇が出来たので、図書館を巡ってスカンクに関する文献を蒐集するようになった。コピーを取り、スキャンをし、ネットでは得られないスカンクの臭液に関する情報を集め、タグ付けをし、一日の終わりにそれらを眺めてマスを掻くようになった。少年時代に何度もお世話になった動物のひみつ新訂版の擬人化されたスカンクや、シートン動物記のスカンクの社交術に記載されたメリアム氏の少年時代の経験(臭液をまともに顔にかけられた話)やコンウェー氏の元に来た少年が臭液を嗅いで失神した話や、学研の知育ずかんのなぜなぜどうぶつととり(つづき)にある、「スカンクのおならはほんとうにくさいの」というページにあった親向けの解説など、忘れもしない文字列とイラストが起こす興奮は得も言われぬものだった。
17の頃から、臭いということそのものへの興奮を見出すことで、一般的な性指向に自信を帰依させたいと願うように成り、その試みは半分成功し、人にはにおいフェチなのだと言い張ることが出来、それは自尊心を保つのにたいそう役立った。しかし現実はそのまま放っておいてはくれず、においフェチとしての自分が確たるものとして存在するに従って、呼応するようにスカンクの臭液への憧れはいっそう激しさを増していった。
ネットで自由に情報を収集出来るようになったことは、自分の性癖を満たす有用な道具を自身に与えると同時に、自分の肩身狭さを客観的な指標として与える恐怖そのものでもあった。例えば英語にある程度堪能になったことでJustin CourterのSKUNKに出会えたし、勿論YouTubeは海外のテレビ番組からスカンクの動く姿を、臭液の噴射する様を、噴射された人間が悶え苦しむ姿も現実の物として与えてくれた。ここに至っても自分の求めるものは仮想的なスカンクの臭液であり、現実の臭いという具体的な形を伴った物として自身が体感したいとは思えず、ある日はそれを矛盾として捉え自身を苛み、またある日はそれを合理として捉え自身を確固足らしめた。
そんな中、どうやら匂いを体感出来るスピーカーやプリンターのような機器がその内出るかもしれないという情報を目にし、ひどく困惑することとなった。紛れもなく現実の臭いでありながら、メディアを通して体感する擬似的な臭いに対し、自身の立つべきポジションが、自身を納得させる論法が分からなくなったのだ。体験してみて判断すればいい、行動してみて思考すればいいという言葉は的を射ていない。ひどく感覚的な、あるいは妄想的な、仮想の情熱にその端を発する私の性癖は、いつの間にか、体験したときに終わり、触れてしまえば崩れ落ち、嗅いでみれば全滅的な嘔吐感を催す、ある種自身の終焉として認識されるようになっていたから、そのような装置があってはならない、あっても普及してはならない、嗅いでやるものかと、先の見えぬ義務感を私の中に植え付けた。
スカンクは臭い。おならと呼ばれる物はガスではなく液体。臭いの主成分たるメチルメルカプタンは都市ガスの匂いづけに用いられる物質。臭腺から噴射される液体はたんぱく質と結合しやすく、目に入ると一時的な失明を引き起こし、その臭いは風向きによっては1km四方前後に届く。マダラスカンクは逆立ちをし、そのディスプレイが成功しなければ両足を下ろし、臭液を敵の顔目掛け、機関銃の掃射のように左右へ少しブレさせながら噴射する。
これらのいずれもが、私の息子をいきり立たせ、射精に至らせ、日常生活と人格形成に支障をきたす。自分に子どもが出来ても、あらゆる方法を以てこの性癖が受け継がれることを防ぎたい。自身のように、そういった話を完全にシャットアウトされ、無菌室のような環境で育てられるようにするでもなく、潤沢にそういった図書を部屋に据えるでもなく、極めて自然に。自分の子どもには普通であってほしいと願う親の気持ちを、こうした角度からも汲み取れるのだなとふと思い至った。
少し前まで、日々震災情報や原発情報を読んでは鬱々としていました。特に原発関連はつい気になってしまい必要以上に情報を追ってしまった感があります。東北地方では何万人も亡くなっているというのに、原発や電力の話ばかりに気を取られている己の卑小さに、ただ恥じ入るばかりです。そろそろ気持ちの整理をつけて自分の胸中に溜め込んだモヤモヤを成仏させるために駄文を書き連ねることにしました。
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放射性物質について。
放射性物質が汚染したものは何だったのでしょうか。今後の影響も考えると、物理的な汚染もさることながら風評被害の問題のほうが大きいような印象さえ抱いています。
少し観念的な話なのですが・・・。人は主観的な世界に生きており、その外に出ることは出来ません。真に客観的な世界などというのは存在しないのです。「私」が住んでいる世界は「私」の脳によって理解されているのですから、「私」の外の世界は実は「私」の脳の中に入っているのです。「私」と「あなた」は別の世界に住んでいます。
放射性物質が汚染したのは空気や水や土壌だけではありません。むしろ、人の脳に形成された主観的な世界を汚染したと感じています。呪いや憑き物と同じです。放射性物質は「情報」を媒介して飛散し、人の脳に入り込んだのです。そういう意味で、「放射能」というよりも「放射脳」と呼ぶべきかもしれません。
卑近な例えで適切か分かりませんが、放射能はゴキブリみたいなものではないでしょうか。たいていの人はゴキブリに対して大なり小なり嫌悪感を抱いています。実害以上の嫌悪感を抱いているように思います。そういう嫌悪感に対して、「ゴキブリが発見された状況から推察して今夜の夕飯に使う食材を這い回った可能性は0.1%以下である」という専門家の意見が嫌悪感解消に役立つものでしょうか。ゴキブリが生理的に受け付けない人はこう言うでしょう。「そういう問題じゃない」と。
ゴキブリが出たレストランは評判が落ちるでしょう。例えゴキブリが食材の上を這いまわったわけではないと説明されても、もう二度と行きたくないと思う人は一定数いるでしょう。それを風評被害と呼ぶ人はいない気がします。
放射能がゴキブリのような嫌悪感を抱かせるものであるということは、事実として受け入れるしかありません。ゴキブリを必要以上に嫌悪するヤツは馬鹿だと罵ったところでレストランに客は戻ってこないと思うのです。こういった人々の嫌悪感というものを事実としてまず受け入れるところから、いわゆる「風評被害」対策の第一歩が始まるのかもしれません。・・・と思ったところで具体策など思いつくはずもなく、ただただ心を痛めるしかできない自分に無力感を感じます。
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「安心」や「信頼」について。
原発に対して安心していることと信頼することは全く異なる心理状態だと私は思います。安心とは、そもそも危険性に対して無関心であるということです。安全なのか危険なのか考えてもいない状態です。対して信頼するということは、危険性に対する情報を咀嚼した上で大丈夫であると判断する積極的な行為です。つまり、人の抱く心理状態は次の3つに分類されるのではないでしょうか:1.安心している、2.不安だが信頼している、3.不安でかつ不信感も抱いている。
もう私たちは安心することは出来なくなりました。つまり原発の危険性に対して無関心でいることは出来なくなりました。国や電力会社は逆立ちしたって市民を安心させることはもう出来ません。どんなに頑張ったところで、不安は拭えないが信頼してもらう、という状態を目指すことしか出来ません。
しかし、しばしば「不安を煽る」情報を隠蔽することによって市民を「安心させ」ようとする動きが見受けられます。これは悪手であると私は思います。安心するどころか、信頼を失う一方だと考えます。情報隠蔽は不信を煽ります。
原発の近くに住まう全ての住民は不安であり、かつ不信感を抱いていることと思います。しかし、原発を巡る議論がどんな結論に行き着くにせよ、今日本中で稼動している原発を即時運転停止することは非現実的だと思います。せめて信頼を回復するような真摯な動きが出てくることを祈ります。
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原発というのは、なんだか妖しい魅力を備えているような気がします。
原発は「科学技術」の結晶というイメージがあるように思います。私は科学と技術はまるで異なるものだと思っていますから、これを合成した科学技術という言葉も実に変だと思います。しかし何故だか、原発に対するイメージは「科学技術」という変な言葉の持つイメージとダブるのです。
原発が利用している核反応は、サイエンスとしてはとうの昔に終わった分野であろうと思います。私には物理学の知識はありませんから実際どうなのか知りませんが、実際に現象が発電所に応用される段階まで来ているわけですから既にエンジニアリングのフェーズに入っているわけで、サイエンスとしては既に終わっているのだろうと予想しています。しかしながら核反応というのは日常生活で触れる現象ではないだけに、サイエンスの側面から関心を抱く人が一定数いると見受けられます。
しかし原発は間違いなくエンジニアリングの観点で検証されるべきものです。例えば以前もんじゅが起こした事故では、冷却管に突き出した温度計が疲労破壊で破損しました。これを聞いて工学部を出た者なら誰もが思い当たるのがカルマン渦です。しかし、カルマン渦なら流れの方向に対して垂直な方向に振動するはずですが、疲労破壊の破断面の観察からは流れと同じ方向に振動していたことが指摘されています。そして、流体力学の観点からもレイノルズ数など特定の条件下では縦方向に振動する場合があることが分かっています。(←記憶があやふやで自信がありませんが、ググッたら同様の内容が見つかったので多分間違ってないと思います。)つまりこの事故は、材料力学と振動工学と流体力学の3つが関係した容易ならざる現象であったことになります。このようにエンジニアリングの問題とは複数の分野が高度に絡み合ったものとなります。
エンジニアリングでは、こういった問題をひとつひとつ潰していく地道な努力が求められます。科学的に見て原理的に可能だから出来るというものではありません。タコマ橋やコメットの連続墜落事故などの事例からも分かるように、数々の失敗を繰り返さないと設計というのは成熟しないのだと思います。非破壊検査なども必要でしょうし、地味で泥臭くて厄介なエンジニアリング上の問題というのは必ずあるものと予想しています。
にもかかわらず、経済や金融の人が原理となるサイエンスを少しかじっただけで専門家であるような言動を繰り返していることに、違和感を感じずにはいられません。原子力発電というのは、どうも科学的な原理を理解しただけで全体を理解したような錯覚に陥る、妖しい魅力があるのかもしれません。その妖しい魅力が国家予算も惹きつけてきたのではないかと邪推もしてしまいます。なんとも不思議に私には感じられます。
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「人災」について。
東京電力や保安院には苛立ちを感じていました。ふと気づいたのですが、あれは「私」の姿だったのかもしれません。私は彼らの会見を通じて私自身を見せられ、苛立っていたのかもしれません。そんな思いが頭をよぎりました。
彼らは発電所やそこで起きている「事象」についてよく理解しているようには見えませんでした。突然の事故に慌てふためき、パニックになり、右往左往して要領を得ない報告を繰り返していました。危機対応の訓練や準備が出来ていたようには到底思えません。どうせ事故は起きないだろうとタカをくくっていたことが透けて見えます。
そして、それはそのまま私自身に跳ね返ってくるのです。私は原子力発電について何も知りませんでした。朧気ながら東京はリスクを地方に押し付けているらしいとは知っていましたが、結局のところ電気なんてスイッチを入れれば点くものという程度の認識しかありませんでした。事故が起こって初めて実態を知り、事の深刻さに絶句し、国や東電を罵ることで自身の罪を免れようと必死なのです。
彼らはごく普通の人間だと思います。平均的な人間と比べて著しく能力が劣る人たちではありません。著しく欲深い人間でも、著しく悪い人間でもないように思います。陰謀論のような話で総括しようとすると、問題の焦点を掴み損ねるような気がしています。むしろ、ごく普通の、ごく平均的に善良でごく平均的に俗悪な人達が引き起こした結果であるように思います。
今問われているのは、原発の「技術」ではないように思います。原発の「運用」であり、それを担う人間です。原発の設計が問題なのではないのです。原発を運用する人間組織の設計が問題だと思うのです。
原発は技術的に安全だから安全、という主張はあまりにも人間というものを知らなすぎると思います。私が生きてきたたかだか三十数年の間にも、技術的に安全なものが幾つも事故を起こしてきました。電車、エレベータ、回転扉、ジェットコースター、と枚挙に暇がありません。そのたびにマスコミが組織の腐敗を暴き立て、私たち市民はそれを糾弾して溜飲を下げ、そして忘れていきました。これと同じことが東京電力や原発問題でも繰り返されるのでしょうか。それとも今度こそ私たちは歴史に学ぶことが出来るのでしょうか。
地震や津波は天災だが原発事故は人災だ、という意見をあちこちで見ました。確かにそうかもしれません。しかし人災だからといって犯人探しをして糾弾して終わりでは、同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。責任者個人の人格や属性に原因を求めると今後の対応を誤ります。地球を裁判にかけても地震は無くならないように、責任者個人を糾弾したところで今後の人災防止にはつながらないと思うのです。それよりも人間という生き物の行動パターンや組織の力学などを冷静に分析し、この再発を防ぐような運用体制を設計するべきではないでしょうか。
例えば、原子炉は仮に圧力容器が破損したとしても格納容器で放射性物質の漏洩を防ぐという設計になっていました。運営組織も同様に考えて、電力会社の運営が機能不全に陥った場合に備えて、有事の際には別の組織が指揮系統を引き継ぐような仕組みを予め用意しておく案はどうでしょうか。そもそも平常業務と危機対応では求められるスキルが全く異なるように思えますので、有事の際に別の指揮系統を用意しておくのが合理的に感じます。
また、電力会社は民間企業で営利団体ですから、安全対策にコストを掛けることにインセンティブが働きにくいという問題があります。ですので、電気代の一部(数%?)を「原発管理費」のような項目で積み立てるという案はどうでしょうか。マンションの管理費と似たような扱いです。地域住民もその管理費の用途の決定に参加できる仕組みとし、使途明細は公表を義務付ける必要があります。
情報開示の点では、モニタリングポストやそれに準ずる測定器をもっと設置するべきと思いました。情報の透明性を確保するためにモニタリングポストは電力会社とは別の団体(例えば地域住民が構成する団体)で管理されるものとし、常に現在の測定値をリアルタイムでウェブに掲載するような仕組みが必要なのではないでしょうか。
原子力安全・保安院が経産省の管轄にあることも疑問です。経済と産業の発展を目的とする経産省は、安全を監視する役割にはそぐわないように思います。そもそも原発を推進している経産省が安全管理も行うというのは、アクセルとブレーキを同じ組織がやっていることになるわけで、無理があるように思えます。例えば災害対策を専門に扱う省庁を一つ設けて、そこが原子力の安全性を監視するのはどうでしょうか。災害時は各省庁に横断的な指揮系統が求められますから、そういった役割を果たす省庁があるほうが危機管理もスムーズではないかと思います。
以上は所詮ド素人の浅知恵に過ぎません。プロが見れば馬鹿馬鹿しいと一笑に付すような考えかもしれません。あるいは、とうの昔に指摘されていることなのかもしれません。とにかく私が思うのは、今後の議論を技術的な設計に終始するのではなく、あるいは原発賛成と反対で二極に分かれて不毛な争いを繰り返すのではなく、こういった運営体制も大いに議論し改善していく必要があるのではないかということです。原発の推進派と反対派がいたずらに衝突し疲弊するのではなく、こういった建設的な議論が行われていくことを切に願っています。
千葉県内の、特に教育熱心でも何でもない普通の公立小学校から、
北海道の、札幌市内の特に荒れているわけでもない普通の公立小学校に転校した私が思ったこと。
北海道の子たちは、優しくて面白いけど、ものすごく怠惰だった。
千葉の小学校で並だった私の成績は、北海道の小学校では「すごく頭がいい」扱い。
千葉と比べて授業がかなり遅れているので、二度習うことなんて出来て当たり前だった。
何の努力もしていないのに、頭のいい人というポジションになってしまった。
そして運動。私は千葉の小学校では下から数えて何番かってくらい鈍くさい方で、
鉄棒も縄跳びも逆立ちも必死で練習して何とか付いていっている状態、まさに「自他ともに認める運動音痴」って感じだったんだけど、
北海道では「一見のろくさそうに見えて意外とデキる奴」みたいな扱いになってた。
千葉で皆が当たり前に出来ていたはやぶさ(二重あや)が、北海道では「出来たら神」。
しかも私ごときがリレーの選手に選ばれた。調子に乗るなんてことは出来なくて、もはや恐怖だった。
保護者会に参加した母も、他の保護者を見ていて危機感を抱いた。
北海道はシングルマザーが多い。母はそれまでシングルマザーを特別視する風潮について嫌悪感を持ち、
偏見や蔑視を無くすべきだと強く思っていたらしいけど、保護者会で話しているうちに、
彼女たちの子供への関心の薄さに愕然となって、見方が変わったらしい。
もちろん、全てのシングルマザーがそういう人とは限らないけどね。
母の「なんかここゆるいよね、首都圏に戻った時きついんじゃない?」というような言葉もあって、
そのとき家族ぐるみで仲良くしてた子と一緒に塾に通い始めたんだけど、
その後北海道から都内の小学校に転校したとき、やっぱり成績は下がっていた。
金持ちやら教育ママやらが多いエリアでもない、特徴といったら商店街が活発なくらいの、普通のエリア。
あと、北海道で仲良くしてた男友達のお兄さんが、名古屋の中学校が合わなくて鬱状態になって引きこもってた。
生まれてから中1まで北海道→父の転勤で家族全員名古屋に引っ越し→小学生低学年だった弟は適応できたが、兄は鬱状態に
→父だけ名古屋に残し、母子三人で北海道に帰って来た、っていう家族。
小学校より中学校のほうが北海道と他県とのギャップもおおきいだろうし、適応するのが辛くて当然だろうと思った。
y=|x^2-4|(x≧-2) を式1F1(x) そうでない方を式2F2(x)とします。
まず、図形が 左側の ぼっこんお山の下に、電車がシュッポーするのか、上空を線がバビューンと飛んでいくのか?を決めないと お絵かきが出来ないので。
y=|x^2-4|(x≧-2) を受け x<=2 以下で 合体する 究極合身ポイントがあるか、探します。
X<4の場合 この図形は y=-x^2+4 と同じ図形だから、ぼっこんお山になります。
この式は -x^2+4 = a(x+2) >> x^2 +ax +2a-4 = x^2 +ax +2(a-2) = (x+2)(x+(a-2))
+2が一つ目の 交点の回答なので x=a-2 がもうひとつの合体するポイントHになります。いやーんH。
このHが x<=2 に存在すればいいので S(a)=2>=a-2 4>=a a<=4 という事で aが4以下かどうかによりぼっこん合体か、べっこん合体かが決まります。
かりに、仮に簡単な方からべっこん合体としたばあい、||の部分に交点はないので線分 y = a(x+2) が-2,Hまでで作る三角形から、丸い部分と、三日月の部分を引けばいいので、結局 -x^2+4の面積をまるごと引けばいいことになるので、 バンパイアハンターヘルシングリーダーに敬意を表して、積分記号をインテグラルとすると インテグラル(f2(x))- インテグラル(f1(x))(範囲-2H(読み方はふたりエッチの範囲))になります。 展開するのめんどいのでこれ以上は次のレスで。
逆に ぼっこん合体の場合は線分F2(x)が作る面積から、右側の三日月を引くのは同じですが、左側はy=0の台地と線分F2 ,F1が作る図形の方をF1から引かないといけません。これがめんどい。逆立ちの逆立ちだから、しんどい。ぐるぐる、でんぐり、ばびゅーん。ってしないと、出てこない。
というわけで、休み時間もなくなった社会人なので、また、あとでーーー。合体Hの面積を求めて、ヘルシングに入団しちゃうぞーーー
※どうでもいいけど、こういうふうに回答を書かれても、式があってれば採点してくれるんだろうか・・・
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110218-OYT1T01037.htm
県警の不祥事で事情聴取後に車を横転させてアクロバティック自殺。どういう運転技術だよ。
いつもの
・自動車事故で胸部大動脈損傷したあと5キロほど車を運転して、橋の
・400kgの重りを自分で身体に縛り付けて海に飛び込んだ高校生
・時速80キロで、ガードレールとガードレールのわずかな隙間を
タイヤ痕ひとつ残さない絶妙な運転テクニックですり抜けて50m下
・ロープを首に巻いて空中浮揚し門扉にひっかかったタクシー運転手
・証拠品の銃を奪い取って別の袋から再装填しわざわざ離して自分の
胸に発射、ただちに飛び散った血をふき取って取調室を掃除、この間5秒。
・逆立ちしてマンションの窓際まで、指でひきずった跡をつけながら歩行、
足から逆エルードして手すりにぶら下がり、空中で方向転換して50cmの
・わざわざ動脈と反対側の手や腕の甲を切って自殺しようとするも未遂、
自分で自分の背中に針金でおもりを結びつけて川にうつぶせになり死亡
・火の気のない玄関で人体発火現象を起こして、燃え尽きるまで気管に
http://d.hatena.ne.jp/font-da/20101227/1293419254
こんなことを書いているから無理もないけど、少しは調べたほうがいいよ。
BLと少女向け漫画が規制の標的になったとか書いてあるけど、今まで漫画の性表現で盛んに批判されてきた漫画はそれじゃない。今までは少年漫画での性表現は女性差別として盛んに主張してきたんだが、それに比べて女向け漫画はフェミニストたちはスルーしてきたからね。BLは同性同士だからいいやということで、特にスルーされてきた。
少女向け漫画が規制の標的になったのは、今まで男向け漫画ばかりを標的にして実際に性表現を少なくさせてきたのだから、今度は女向け漫画にも批判が向かったというだけのこと。BLは同性同士だからといって、どきつい性表現を未成年が買うのも何ら問題なかったからね。BLのどきつい性表現は成人向けに当たるものでもスルーしてきた。
標的になったと言っても、今までの男向け漫画のようには批判されてないよ。女向け漫画は「女性の性の自由なんちゃらー」とかがあるからね。
女向け漫画ばかり批判して!男向け漫画も批判しろ!とか言ってるのは、それをやったら、女向け漫画の性表現は少なくしないといけなくなるよ。それくらいに、女向け漫画の性表現はスルーしてきたし、男向け漫画の性表現ばかり標的にしてきたからね。
こんなことも分からないで、漫画のことに口出しして「女だけが標的!」とか見えない敵叩きの藁人形が入ってきたら、困ったことになるね。
だから、常に「一つ前よりも良くなる」事を求める。
そのことが、メーカーのAndroid移行が進んでいる一つの原因なんだよね。既に、メーカー内製のコードはメンテ不能の状態に陥っている。しかし、過去に搭載した機能(フィーチャー)の維持は絶対だから、機能追加の度に死人が出るスパゲッティコードを捨てられない。…なんてことを、もう何年もやっている。
で、そんなコードの上にフルブラウザ追加だ、タッチUI搭載だ、ソーシャルサービス対応だ、なんてのはどう逆立ちしたって無理に決まっている。今のメーカーには、Android採用以外に選択肢はないんだよ。
「日本のものづくり」なんて、とっくの昔に終わっている。iPhoneやらAndroidやらの躍進は、ついにそのことを隠せなくなったことの現われに過ぎない。
平野綾にしても、今の例えで言われた霊夢にしても、健全な女性だったらその年だったら経験のひとつやふたつあっても当然でしょ、としか思わない。なかったらなかったで妄想のネタになるけど。
http://twitter.com/tsukimibaagaaaa/status/20316066099
アニメのキャラ演じてる、CD持ってる、ライブに参加する、握手するぐらいしか接触がないだろうオタどもが、なんで平野綾の恋愛に口出しできるのかがよくわからん。顧客欲求にしても過剰請求だろ。
………
アイドルっていう仕事、商売をわかってない人多いんだなあ。そういう問題じゃないんだよ。
アイドルは男女交際禁止とは昔から言われてたし、そう言いながらみんな実際には交際してたわけだけど、それは絶対表に漏らさなかった。
「アイドルは夢を売ってる」みたいなことはもうあまり言われなくなったけど、基本にあるビジネスモデルは昔から変わってないんだよ。
しかし今夜の平野綾を巡る騒ぎはいったいなんなんだろうかなと。別に自分がつきあったり結婚できる可能性なんて無きに等しい相手が、どんな恋愛遍歴重ねようといいじゃないか。いいキャラクターでいい演技をして楽しませてくれさえすれば……という俺はマイノリティなんだろうか。
平野綾グータン事件であちこちが炎上してて笑ったww 別に普通の女の子なら恋くらいするだろうに、なにも発狂しなくても・・・w
何と言うか、ど〜でもええわ‼誰が恋愛しようが自由だし勝手やんけ‼本当、ヲタって奴ァロクでもないわ‼RT@conan015 RT @2chradio: (24res/h) 平野綾がテレビで恋バナ解禁で、ファンのキモヲタが怒り狂い殺人予告! http://bit.ly/dBE8X8”
酒の所為で、グータンヌーボ見る前に寝てしまう。なんか実況まとめ見ると平野綾オタが死亡してたが、あんだけ可愛い子なんだからそら男と付き合ってるわ!!どんだけ夢想家が多いのか。カイジの一条の『ところがどっこい、これが現実です!』のAAが貼られててその通りだなーと思ったw
平野綾が過去の交際うんたらって、別にいいじゃないか。誰だって自分の恋愛くらい話す権利くらいあるでしょうに…。これ、あれだよね、某実況者のときもそうだったけど、自らのイメージや理想像に沿わない行動をすると「あなたはそんな人じゃない!ひどい!私の○○を返して」みたいな言論になるのかな
アイドル・声優ヲタは何か色々妄想しすぎだよ。平野綾だって普通にそこらにいるかんじの女の子なんだから恋愛のひとつやふたつやみっつや・・・してるだろう! なんでしてないとか思うんだろうねぇ。だから嫌いなんだよねぇ
平野綾の件、別に付き合ったって、恋愛したって、いいんじゃないの。なんでそれで問題になるかわからない。発狂してるやつバカじゃないのか。 [8/7:淀川花火オフ|8/8:みのりん河口湖|8/9:LiSA京都]
別に声優が付き合っていたっていいじゃないか。そこまで怒る理由が分からない…:平野綾がテレビで恋バナ解禁でファンが怒り狂い殺人予告! Wikipediaに「死ね死ね~」とイタズラ書きまで - ガジェット通信 http://bit.ly
平野綾の暴露話なんてあったのね。しかし、あんな綺麗な人が恋愛経験無しだと本気で思ってた人がいるのかー。何かびっくりするな。
平野綾さんのファンの一部さすがに気持ち悪いな。可愛いからファンになったんでしょうに、その人に恋愛経験ないと思う?ファンってのはそんなことで揺らぐのか、って聞きたい。
グータンヌーボに出た平野綾さんが今、全力で叩かれているらしい。 別に彼氏いてもいいじゃねえかよw 北乃きいの件にしろ、一部の熱狂的なファンは頭おかしい過ぎる。芸能人の仕事と私生活を一緒に考えるのはなんだかなぁー
グータン見ればよかったー。平野綾は好きでもないけど、ちょっと好きになった。22歳で恋愛したこと無い方がドン引きだよ。皆のレポじゃわからんから、ちゃんと見たい。
ニュースで見たけど、どうやら平野綾さんが出演したテレビ番組で、自分の恋に関しての話をしたら、激怒したファンが出たそうな。あのな...声優さんも人の子だぞ。恋して結婚するのは普通のことだろ?こんなことを祝う気が無く、ただ激怒しかできないヤツは真のファンとは言えないと思うぞ。
「声優の平野綾さん、恋愛話を暴露」しただけで,なんかよくわからんが,キモオタがギャーギャー言ってる.ヒトが恋愛しようがパコろうが自由だろうに(´ε`;)
平野綾問題。オレも「グータンヌーボ」見たけど、なにが問題でも??北乃きいちゃんの一件でもそうだが、オトコはだいたい異性に幻想を抱きすぎ。ましてやテメエの彼女でもないオンナが私生活でなにしてようが関係ないじゃん。
声オタ必死wwww過去の恋愛に文句付けんなよwwwwあのルックスで彼氏いたことないって方が変って分かるだろww @平野綾がテレビで恋バナ解禁! ファンが怒り狂い殺人予告まで? http://getnews.jp/archives/70924 #getnews
平野綾の恋愛遍歴に驚いてる人は現実を見せられて愕然なんだろーなぁ。でもあれぐらいのルックスなら普通にあるような感じだと思うけどなぁ。
平野綾が恋愛について語ったから切れるとかマジバカじゃないのか。考えてみろ、人と付き合った事もないような声優が、アニメでもそういう演技が出来るのかを。そもそもが人前でキスしてる写真を撮られたとかじゃないんだから、良いじゃないか。そもそも、あの番組で恋バナしないわけにはいかないよ。
なんか平野綾がどうのこうのというツイートに前提としてあるべきの彼女がアイドル声優だったという事実が全く考慮されてないものばかりで萎えるなあ。アイドルは演じるものであって偶像なのに
で、平野綾が現実にアクセスできる相手だったら、マジかよ…死ねよデコビッチ、とか言いつつ昼休みの寝たフリに戻ればいいんだが、実際は平野綾にアクセスするためには金が必要。変な言い方だが「信じて」払ってきた金を裏切られることになる。
というわけで平野綾騒動は、失恋、すなわち恋愛状態を維持するのに必要だった金、そして代償としての物語を裏切られたことになる訳だ。暴動だって起こるだろ。
参考になるかどうか分からないけど。
多分、上(目標)を見た方が良いと思う。
文章の話になるけど。
まず、自分の好きな作家や目標とする作家の良いところを見つける。(全然作風が違う人でも良いので)。多分、それが自分の目指すべき方向性のヒントなんだと思う。自分が良いと思った作品には、この人には出来て、自分では逆立ちしたって出来ない表現(描写)があったり、逆に自分だったらこう表現するのにとか、もっとうまく表現できるとかそういう部分も見えてくると思う(もちろん、実際書いて(描いて)みて、想像と違っていたり、想像通りだったりして、修正していく)。異差が個性であるとするならば、そういう作業を続けることによって、自分だけにしかできない表現に近づいてくるんではないかと思う。絵も似たような物じゃないかな。違うといわれればそれまでだけど。
Twitterで女子高生であることをアピールし、ネットアイドルを自称している奴がいる。Twitterというサーカスで、裸で逆立ちしているのだ。それに群がるキモオタ共が観客だ。虫唾が走る。反吐が出る。
女子高生である事以外に何も価値を持たず(それすら価値と呼べるのか不明であるが、一部の人達にとってはそのようだ)、何も生み出していない人間がどうしてこのネットと言う空間で皆に存在を認められ、受け入れられるんだ。俺なんかどこにも居場所が無いのに。
彼女は現実で居場所を持たない。だから、仮想現実で道化ることで必死に居場所を確保しているのだ。哀れですらある。
だがしかし君、分かっているのか?自分が何をしているのか。売春より酷い。
そうだ。君の事だよ。君はおそらくここを見てはいないだろうが、一つだけ忠告しておこう。
一度失ったらもう取り返せないものなのだよ、ココロというのは。それだけは覚えておきたまえ。
『最高の人生の見つけ方』という映画がある。
老人二人が余命半年と宣告され、死ぬまでにやりたいことをやりつくそうとする映画だ。
映画そのものの出来は普通で語りにくいが、彼らの行動は見習える点が多かった。
彼らのやったことはスカイダイビング、ピラミッド見物、スーパーカーでぶっ飛ばす。
「やりたいことがみつからない」と自分探しちゃう専門学生と違って、どこまでも単純だ。
「このCDはどこにしまおう?という身も蓋もない思考が、ドロドロと煮詰まり悪臭を放つ心を洗い流すのだ。
そこで自分が何をしたいのかわからないという人にアドバイスがある。
具体的で徹底的にくだらないが、今までやったことのないやりたいことを追求してはどうか?
ちょっとでも興味を持ったらすぐ実行してみるのだ。
男性ならパフェを食べたことのない人が多い。一度くらい食べてもいいかな、と思う人も多いだろう。
ここで自分が少しでもパフェを気にしてると気づいたら、即ファミレスへ行って人生初のパフェを食べるのだ。
他にもエロ小説の音読、バレエを観る、くさやを食べる、夢日記をつける、逆立ちの練習をする、自分の趣味とは真逆のファションをする、
リットル千円の高級ミネラルウォーターを飲んでみる、下着を履かずに街を歩いてみる、サンマをさかなクンのようにまる齧りする、
激痛足つぼマッサージに行く、中東人とスカイプする、名もしらぬバンドのライブへ行く、アナルを開発する、レジの店員にありがとうと言ってみる
だんだん自分には全く縁のない世界ということで、あえてやってみたくなるようになり楽しい。
こういうくだらない興味をすくい上げてやることでしか、自分が何をやりたいかという問題には答えられないのだ。
さあ、君もアナニーをしよう。
最強のデスクトップを作るためにはどうすればよいのか考えた
最強のデスクトップなのだからどんなこともできる
viを立ち上げrc.confを煙に巻きmaster.passwdを666にする。
syslogdが呆然としながら見てくるが最強のデスクトップなので気にしない
messagesに潜りこみ「幸せだから!幸せだから!」とロギング
syslogdは無言でそのまま落ちる
だがまだ最強のデスクトップには不十分
次はAfterStepをJobs, Jobsと叫びながらインストール
WindowMakerの設定をしている最中だったが最強のデスクトップなので無視
半裸で逆立ちをしながら
シス管は大泣きで退散
確実に最強のデスクトップに近づく
shで/binに飛び込みtcshをrmしshutdown -rをかける
俺は泣いた
この文章は俺の遺書として残したいと思う。あくまでも、私のゲーマーとしてのアイデンティティを自ら葬り去った事を宣言するものである。間違っても生物学的な死を予告するものではない事を念のため宣言しておく。
買ってしまったわけだ。PS3を。もうダメだ。これを買わずしてゲーム好きを自称するのはもう不可能だ。そして先週、箱○を知人に譲り渡した。発売日に購入し、3度故障した歴戦の猛者ではあるが、さすがにそんな物に金を取るわけにもいかず、ソフトのみを1本500円で5本分買い取ってもらった。残る22本はタダでもいいと言ったのだが断られたのでゲオに売ってきた。俺の約4年の歴史は、たった一人の福沢諭吉と数人の野口英世になって帰ってきた。
そしてMGS4、龍が如く(見参と3)、白騎士物語、グランツーリスモ、アンチャーテッド(旧作の方)、ガンダム戦記、デモンズソウル、キルゾーン2、戦場のヴァルキュリア、PS3版のTOVをまとめて買ってきた。アンチャーテッドとデモンズソウルをやりながら涙が出た。何度も何度もつぶやいた。「どうして箱○で出なかったんだ」と。
俺たちは特別な存在のはずだった。隠れたエリートであるはずだった。いずれ日本でも広まるであろう箱○をいち早く入手している、慧眼の持ち主として大衆を導く存在になるはずだった。2007年から昨年末にかけてそんな気運は確実に高まっていた。アイマスも出た。エースコンバット6も出た。塊魂も出た。RPGだって、ロスオデも出た。TOVも出た。インアンも出た。ラスレムも出た。SO4も発表された。WiiPS3何する物ぞ!そんな声はあちこちで聞かれていたんだ。
しかし、しかしだ。今はどうだ?最後に週販1万台を越えたのはいつだった?思い出せない。思い出せない。週販3~4,000台が続き、引退しかかってるPS2に追い抜かれるのを戦々恐々としていた日々すら過去のことになってしまった。もう、面白いソフトが一杯あるんだからそれでいいじゃないか、これからもそんなソフトがきっと供給されるから問題無いさ。自分自身に言い聞かせ続け、卑屈になっている事すら自覚できないまま、時間だけがズルズルと過ぎ去っていった。
そして今年の春、TOVがPS3にも出るという衝撃情報がネットを駆け巡る。一連のRPG連続発売の中で、TOVだけは自信を持って人に勧められる出来だったのに。そして新情報が出てくる度に力が抜けていった。様々な情報から、「PS3版=箱○版+α」ではなく「箱○版=PS3版-α」だという事を思い知った。「ああ箱○版は、それを楽しんだ俺達は、PS3版のための踏み台だったんだな…」。そしてSO4もインターナショナル版が発表。アルトネリコ3まで出るらしい。「面白いソフトはこれからも出続ける」という希望も打ち砕かれた。
MGS4はいつまで経っても箱○で出ないし、龍が如くシリーズも実質PS3独占状態。箱○版FF13も結局日本でだけ発売されずじまい。最近は新作発売予定を見るのも苦痛になってきた。最後の希望だった東京ゲームショーでも新作情報ゼロ。ぶっちゃけ洋ゲー専用機。しかも殆どがPS3とのマルチ。一体どうしろと。俺ら日本のファンにどうやって箱○を応援しろと?こないだ1万円も値下げしたんだぜ?アーケードは19,800円。DSiと900円しか違わないんだぜ?エリートは3万円。PS3と殆ど同じ値段だぜ?畜生買えよお前ら。どうして買わないんだよ。くそが。死ね。誰というわけではないがとにかく死ね。俺も死ね。
まるでインパール作戦だ。俺たちはその最前線に放り込まれた兵士達だ。補給はとっくに途絶え、手持ちのラインナップだけで戦い続けろと命令されたに等しい。対するPS3は補給は十分だ。多くは箱○版も出るマルチプラットホームタイトルだが、日本では実質PS3独占と大して変わらない。そして正真正銘の「PS3独占タイトル」も増え始めた。クリスマスシーズンにFF13。SO4は年明けて2月、GT5も来春らしい。龍が如く4、ゴッドオブウォー3やFF14だってその頃に発売日くらいは決定してるだろう。他にも何か色々と新作やシリーズ物の続編が出ようとしている。それはまるで、一昨年から昨年にかけて箱○が仕掛けた大攻勢さながらだ。しかし俺たちにはなすすべがない。周囲がPS3を買っていくのを、かつての同志達がPS3に寝返っていくのを、我々は指をくわえて見ているしかないんだ。そんな中、逆立ちしたって「箱○の方が面白いよ!」とは言えない。言えるはずがない。もういやだ。知るか。ばーかばーか。
上様が選ぶ「愛用のエネマ(刀の柄)がツバまで余裕で飲み込めるようになったことに対する台詞」ベスト10
十位 「余はなんと器が大きすぎる男よ・・・」
九位 「ぱっくんぽっけ!(wanpaku小僧!?)』
八位 「これでは刀の鞘がいらんではないか」
七位 「爺! 薔薇をもってこい! 余のアナルを花瓶にしてくれ!」
五位 「さすが余のアナルだ。飲み込みが早い」
四位 「ここまで来たら医療保険降りるんじゃないか?」
三位 「ワピコだよ~ん」
二位 「欲望のレベル上げれば ちょっとやそっとじゃ 満たせないけれど・・・」
一位 「ブラックホールの効果は場に存在するモンスターカードを全て破壊する」
※なお「もうアナルと呼ぶのも惜しい。イグドラシルと呼べ!」は翌日お触れが出て江戸中が混乱したため、小判の金含有量を減らして町民を黙らせることに成功したので集計外とさせて頂きました。ご了承ください
特にアフリカへの武器輸出が激増、反対にロシアの武器輸出は大幅減。
武器輸出ビジネスは中国の得意芸。紛争地への武器輸出は国連で禁止されている筈だが、そんなこと構ったことではない。
中国最大の国有武器輸出企業は「南方集団」(CSIGC)で、第一四半期の武器輸出は57億ドル、前年同期比で8・4%の増大を示した。
詳しい武器体系の中味は分からないが、軍用車両や発電機などがあげられているという(ジェイムズタウン財団発行『チャイナ・ブリーフ』、09年5月27日号)。
中国南方集団はじつは国務院直営企業で、98年におよそ64社の軍事産業と13の武器開発研究所を統合するかたちで整理統合された。
日本にあてはめれば、首相官邸が軍事産業企業を直営し、外国に首相が営業に出かけて大量の注文をとってくるという政治軍事一体ビジネス。あからさまに中国的な会社だ。
国営企業とはいえ、CSIGCそのものは11・6%の株式を保有し、残り50%は「北方集団」(NORINCO)と「北方工業フィナンス」(NORFICO)が持つ。
さて同報告に拠れば、アフリカ紛争地域への武器輸出が圧倒的に増大しており、中国は替わりに石油、ガス、レア・メタル、ならびにケニアとは漁業権を交換している、という。ザンビアは武器と引き替えに銅鉱山開発権を与えた。