はてなキーワード: 背表紙とは
課内の仕事が忙しくなってきたので、お手伝いしてくれる人を雇うことにしました。
1名募集の枠に20人近くの応募者が集まり、書類選考である程度数を絞った後、面接を行ない採用者を決定。
そこまでの流れはおかしくない。
良く分からないのは、不採用の方の履歴書は返送する前に、コピーすること。
「決裁に必要だからね」
「決裁が終わったらこのファイルに綴っておいてねー」
上司から手渡された背表紙曰く、『※個人情報※ アルバイト募集 1年保存』
はいおかしくないですかー。何でお断りした方の履歴書を1年も保存するの。
千歩譲って、決裁に回すまでならまだ何とかぎりぎり分からなくもない(やはり分からないかもしれない)
どうして1年保存する?しかもそのことを不採用者には一切知らせない。
何が一番おかしいかって、こういういい加減で不可解なことをやっているのが、普段から個人情報保護を叫んでいる役所だからだよ。
ファイルはただ、1年保存される。おそらく、誰も悪用しない。
さらに忙しくなって、また何人かアルバイトを募集するかもしれない。
しかし、その際にコピーした履歴書を活用するということはまずありえない。個人情報は破棄したことになっているから。
もうこれ以上活用の機会がないのに、ただ1年保存するという行為がどうしても理解できなかった。
ネットで書評めぐりをしていたら、とあるブログにたどり着いた。
そのブログでは、表紙と背表紙と裏表紙が全部見えるように真ん中から開いて広げてテーブルに置いて撮った写真を載せていた。
その本は表紙のイラストに惹かれて、図書館で借りてきたというようなことが書いてあったが、ハードカバーの単行本で、かなり力を入れて広げないと手を放した状態で平たく置くことはできない。
ハードカバーの本(特に厚めの本なんか)は開きすぎるとのりがとれてページが落ちる原因になったり、背表紙が折れ曲がってしまったりすることもある。
私が本好きで、本を汚したりしないように人一倍気を遣う性格だからかな。
自分で買った本なら誰も文句を言わないかもしれないけど、雑誌じゃないんだし、しかも図書館から借りた本を、ブログに写真を載せるためとはいえそういう風に雑に扱ってほしくないなあ、と思った。
・水が飲みたいと、戸口を叩いていた女は言った。もう随分と何も飲食していないのだという。こちらと人里離れた山小屋住まいだから、人に分け与えるほどの食料など持ち合わせていない。女が水だけを要求してくれてありがたかった。真夜中の真っ暗闇の森のど真ん中で、ごくごくと喉を鳴らした女はにっこり微笑み礼を言うと、そのまま闇の中に溶けていった。夏虫が鳴いている。べったりと背筋に汗をかいてしまっていた。
・犬を殺してしまったんだそうだ。泣きじゃくる歳の離れた弟は、どれだけあやそうとも泣き止む気配を見せなかった。埒が明かない。疲れてきたので背伸びをした。一体何があったんだ。何度も答えが返ってこなかった問いをもう一度口にしていた。眦を二三度拭ってから、しゃっくりと一度、それからようやく弟はもごもごと何かを言い始めた。溜息が出る。面倒くさいと空を見上げたら快晴だった。
・生え育った手のひらの上で、少女は胡坐をかいていた。しばらく経つと親指と人差し指の間から足を投げ出してぷらぷらさせ、またしばらく経つと今度はやわらかく曲がった中指に背を預けて瞼を閉じた。荒涼とした周囲には、乾いた風鳴りばかりが響いている。手羽のように尖った枝先を細々と伸ばす枯れ木が、もぞもぞと幹を揺らしていた。少女は本を読んでいる。ハードカバーの、分厚い本だった。背表紙には解読不明な文字が並んでいる。無論、それは中身にしても同じで、少女は意味のわからない記号の羅列を熱心に、ときには嬉々として読み続けていた。やがてひとつの章を読み終えた。重たい本を閉じ、胸の上に置く。再び目を閉じた。てのひらがぐしゃりと少女を潰した。
・その日、少年は無闇に声が大きかった。話している相手が顔をしかめてしまうほど大音量で、叫ぶようにして会話をしていた。また、少年はどうやらこちらの言葉が理解できていないようでもあった。どれだけ文章を変えてどうなったのかと訊ねてみても、ずっと同じ事ばかりを、昨日変な夢を見たんだ、としか口にしなかった。やがて、ある医者が少年に適切な診断を下した。いわく、今少年の耳には大量の音食い虫が潜んでいて、そのせいで耳が聞こえなくなってしまっているのだと。ためしに小型カメラで少年の耳の穴をのぞいてみれば、モニタリングしているテレビに黒光りする無数の蠢きを確認することができた。音食い虫を殺すためには、完全なる静寂を用意しなければならない。医者に言われると、少年を気の毒に思っていた人々は一様に口をつぐんだ。物音ひとつ立てないように、彫像のように固まった。車も動かさない。電気を使うものは全て電源を落としてしまった。少年は石の世界でひとりぼっちになった。
・タバコが好きで好きでたまらなくて、とうとう調理して食べるようになった。目玉焼きに降りかけてみたり、炊きたてのご飯に混ぜ込んでみた。どれもこれもそれなりにうまかったのだが、一番気に入ったのが煮出しタバコであった。お茶のように、珈琲のように、タバコの葉に熱湯を注いで飲むのである。これがなかなかに効いた。苦味で舌は麻痺し、喉は痺れ、胃は爛れていくかのようだった。鼻腔に強烈なにおいが通り抜け、あやうく気を失いかけた。最高に気持ちが良かった。よく臨死体験をしたなどという者がいるが、そう言った人たちもこの快楽を味わっていたのではないだろうかと思った。そしてそうなのだとすれば、彼らはあまりにも意地汚い人間であるように思えた。このような快楽を経験しておきながら、それをわが身ひとつだけの実体験に留めておこうなどという考えが理解できない。どうして周囲に広めようとしないのだろうか。共有してこその財ではないか。憤然とした気持ちでタバコをばらし、粉末を茶漉しにあけた。熱湯を注ぐ。芳醇な香りをいっぱいに吸い込んでから、一息に飲み込んだ。
・割れたコップに男が映った。散り散りになった破片のひとつひとつに、そいつはにやにや顔で写りこんでいた。君も変なヤツだね。そいつが話しかけてくる。わざわざガラスのコップを七つも割ってさ。一体何がしたかったんだい。思いっきり叩きつける訳でもなく、あくまで自然に割れたように見せかけるのには随分と苦労したんじゃないのかい。そのとおりだ。全てのガラスを同じ場所で、誰が見ても不自然と映らないように割り続けてきたのだ。投げつける訳でもなく、高いところから落とすのでもなく、持ち寄ったガラスをことごとくその場で割り続けたのだった。わからないね。君はいったい何がしたかったんだい。そうにやにや顔が言うので、お前には関係ないと答えてやった。だからさっさと消えやがれ。魂が消えるように、ぽつりぽつりとにやにや顔は消えていった。ガラスの破片の中に溶けていった。本当に君も変なヤツだね。そう言って最後までにやにやしていたそいつは消滅した。逆剥けた大地に囲まれて、素足のまま歩き出す。
・びっくりした。そしたら、右目と舌べらが落っこちてしまった。とんでもない痛みを感じながら、真っ赤に染まっていく地面に晒された右目と舌ベラを見下ろす。さっきまで、右手で押さえている窪みにはまっていたはずの球体はぼんやりと視線を上げてきていて、指の間から、そしてぽかんと開けた口から鮮血を滴らせているわたしを観察しているようだった。観察。そうだ、わたしは観察をしていたのだった。その最中に悲しくなって、怒りっぽくなって、しばらく気分が落ち込んで、最後にびっくりしてしまった。びっくりしてしまったから、右目と舌ベラを落っことしてしまった。参った。全部わたしの問題だ。とにかくいまは右目を拾ってはめよう。そして舌も口に含んでいよう。思い左手を伸ばそうとしたらばしゃんと音がした。左手も落ちてしまった。肩からどんちゃんと。ぶしゅうっと壮大な音を立てて血が噴き出し始める。どうにかしなくちゃ。あせればあせるほど頭は混乱していく。もうあたりは一面に血の海だった。血の池地獄って、一体誰の血の中を泳いでいるんだろう。白血球とか赤血球とか、そういったものにとっては毎日が血の池地獄なんじゃないだろうか。考えていたら、膝から下が潰れてしまった。血に倒れこむ。頬を強打して顔をしかめてから、右目が私を観察していることに気がついた。
意味はものとものと間に成り立つ関係のことだから、要素は2個あればいい。どういうものが2個あればいいのかというと、包含図考えてみたときに、「A」と「Aを含むようなB」
「末期患者」に含まれてる「かっこよく死にたい人」にとっての自殺の是非 とかそんな感じ
Aを含むようなBをあらかじめ仮定しているっていうのがAが意味を持つための条件かな
こういう言葉の論理を集合論に持っていって延々考えた人はバートランド・ラッセルとか、悩みそのものは宗教の聖典とか、キルケゴールの「死に至る病」とか
これはタイトルからしてそのまんまだけど、哲学者っていうか岩波文庫の青(岩波文庫の哲学書は背表紙のラベルが青い)は大概そんなんだったな
とりあえずラッセル?既知だったら恐縮です。
http://anond.hatelabo.jp/20090606035828
ああいうスレで「>1で氏にますたwwww」みたいな事をやってる奴らっていうのは三木道三の事をヒットチャートくらいでしか知る気はないってだけなんだけど、じゃあモトマスダだって自分が興味関心のない話題、例えば、ガンダムの型番とか、AKB48の現役全メンバーの名前を挙げろとか、夏への扉の背表紙に書かれたSF番号を答えろとか、ウメダモチオが飼ってる犬の名前とか、ダンコーガイが取締役やってた会社の名前とか、マイルスデイビスがブルーノートレーベルで出しているアルバムタイトルと、セッションメンバーはとか、そういう事に何も見ないで回答出来るのかと小一時間問いたい。問い詰めたい。
自分が好きな事を、他人も同じように知っているなんていう事のほうが少ない。「うはwwwマジ氏らねえwww余裕で氏ねるwww」と言う人のほうが圧倒的多数なんだよ。そしてそういう事を言っている人というのはからかっているのでもなんでもなくて「知らない」という事実を口にしているだけなんだ。
そこに「からかっている」という眼差しを感じ取った瞬間に、モトマスダは「マイノリティとしての屈辱」を勝手に創出し、そして勝手に傷付いているに過ぎない。逆に言うならば、もし「うはwwwマジ知らないww」という言葉が傷付ける事を目的に発せられたのだとしても「無知だという事を言いたいのですね、わかります」という態度で受け流してしまえば良いだけの事でしかない。マジョリティであるという事が正しさの証明になるわけではない。どんなに多くの人が「知らない」と言おうとモトマスダの中にある「三木道三が好き。彼は偉大だ」という気持ちに変わりはないだろう?だとしたら「知らない」という彼らとあなたは全く別の文化に住んでいるという事が証明されたに過ぎないではないか。
「からかわれた」とう心理は、マジョリティ・マイノリティの問題に収斂していく。多くの人が「知らない」と言ったに過ぎない事を「からかい」だと感じるのは「知らない=メジャーではないものは存在自体が恥ずかしい」という文脈の上に成立するのであるのだが、そうした事を明示されてもいないのに「感じ取る」のは、モトマスダの中にも同様に「知らない=メジャーではないものは存在自体が恥ずかしい」という感覚が存在しているからではないだろうか。
カバーの背表紙がズレてるのが許せないたちなので、4~5冊一度に手に取り、チェックする。
全部ズレていれば、さらに残りの中からチェック、これを繰り返す。
最終的に許容範囲のものがあれば、それをのけておいて、選ばなかった本をもとに戻す。
もちろん元の通りきれいに並べ積み上げる。手にとって背表紙を眺めるだけなので汚すこともない。
1軒目の本屋で背表紙が全部ずれている場合(マンガで時々ある)は、別の本屋に行く。
20年以上この方法を取っている。別に本を汚してはいない。丁寧に扱っている。
同じ行為を別の人がやっていたとしても、気にならない。
他人が触った本を買うのが嫌か?そもそも本は店頭に並ぶ前に多くの人の手が触れているはずだが。
書店が好きになった。立ち読みしながらフラフラ歩いているだけで何時間も潰してしまう。立ち読みといってもほとんどはパラパラと目次や解説に目を通すだけ。一冊あたりではコンビニでのジャンプ立ち読みの方が時間がかかるくらいだ。それでも書店内の放浪は楽しい。並んでいる背表紙を眺めるだけでも、相当に異質な文化が頭に流れ込んでくる。まるで異国を旅してるようだ。自分が興味を持つジャンルのかなりの部分はこうした書店放浪がきっかけだったと思う。こういった好奇心を刺激される快楽はソーシャルブックマークなんかの比ではない。
こういう楽しさをもっと味わいたくて本の買い方を買えてみた。まず大きなBookoffの100円コーナーに行く。そして少しでも興味を持った本はかたっぱしからカゴに入れて買っていく。重要なのは買うことをためらわないこと。amazonの欲しいものリストに登録する感覚、あるいははてなでブックマークする感覚でどんどんカゴに投げ入れる。五千円札が一枚あれば重くて持ちきれないほどになっても足りるだろう。
それを家に持って帰って本棚にならべる。順番とか何も考えずにそのままブチ込む。そしてひたすら積む。もちろんすぐに読んでもいいが、あまりにいろいろなジャンルの本のため、そしてあまりに数が膨大なためにすぐに読む気にはなれないだろう。むしろすぐ読むのはもったいないと思う。こうしてできあがった未整理の積読本棚を使えば、書店でフラフラ歩きながら気の赴くままに本をとる、そんな気ままな読書が家でもできるのだ。
その日の僕は人と会う予定があったので、仕事を早めに切り上げ、珍しく定時を少し過ぎた頃に、まだ残業をしている者が目立つオフィスを後にした。
用事を済ませて相手をターミナル駅で見送った後、その足で向かったのは駅近くにある大型書店。このターミナル駅は職場と自宅の通勤途中にあるため、仕事から早く上がれた日には、国内最大の売り場面積を誇るというこの有名書店に寄ってから帰ることが多い。
基本的にインドア派な上、最近は本や漫画もネットで買うことが多くなってしまった僕だが、リアル書店でじっくりと本を漁って買うのもやはり楽しいものだ。
いつものようにお決まりのルートで上の階から棚を巡り、最後に地下フロアへ辿り着いた時には、既に僕の手には2冊の青い背表紙のハヤカワ文庫があった。この店舗は地下1階全てが漫画エリアになっており、おかげで毎回このフロアを出た時には買う荷物が増えていることが多く、それゆえ僕は巡回ルートの最後に設定している。
エスカレータで地下フロアに降り立ち、いつものように新刊棚の前で商品を物色していると、僕の名を呼ぶ女性の声が耳に届いた。
「――さん?」
振り返った先に、見覚えのある顔があった。
「あ……お疲れ様です」
「お疲れ様です。偶然ですね」
セルフレームの眼鏡越しに微笑みが向けられた。長身に黒のパンツスーツを纏ったその姿は、心なしか普段よりも雰囲気が柔らかい。そういえば、この人は自分より年下の人間にも常に敬語だ。
そしてこの接点も少ない相手を前にして僕がとっさに取った行動は、きっと本職のマジシャンも舌を巻くほどのさりげなさで、手に取っていた単行本の中でカバー絵が最も無難なものを一番上に置き換えることだった。この瞬間の指先には間違いなく神が宿っていたと断言する。
「漫画読むんですか?」
窺うような彼女の視線が僕の手元へ移動する。セーフ。
既に5、6冊ほど手に取っていたが、幸いにも見られて致命的な作品を選んでいなかった自分を褒めてやりたい。いや、そんな作品はそうそうないのだが。
「まあ、好きなんで。……チーフも買い物ですか」
何気ない会話を投げつつ、この場から可及的速やかに立ち去るために足を出口へ向けようとすると、彼女は隠していた後ろ手を前に出し、やや頬を染めて恥ずかしそうに声を出した。
「ん……私も好きなんですよ……漫画」
そう言った彼女の手には、『月刊アフタヌーン』が抱えられていた。新人賞の受賞作をまとめた別冊付録が括られている。
「あ、それ買ってるんですか?」ばか。立ち去るんじゃなかったのか。
「はい……今月号買い忘れてて」
違う部署とはいえ同じ職場の人間と遭遇して気まずいのだろうか、目を合わせてはくれない。
一概に漫画好きといえども、その好みは千差万別だ。
ファンタジーやスポーツ、ラブコメ、SFなどジャンルは無数にあり、またカテゴリーも単に少年漫画や少女漫画、青年漫画だけではない。もはや1人で網羅するには不可能な上、それゆえに好みが大きく被る相手と出会うのは稀なことを僕は知っていた。
だから期待はしない。彼女は単に漫画も読む人というだけだろう。自分のように部屋が本と漫画で埋まっているような人間ではあるまい。しかしそれでもどんな作品を読むのかは気になる。ある程度探るくらいは構わないか。
思考がそこまで流れた時、彼女の目が僕の手元を見つめ続けていることに気がついた。うかつ。
「……結構、好み、合いそうですね」
「あー、……被ってますか」
「うん、私も新刊買ってかなきゃ」
そう言って彼女も新刊棚から単行本を何冊か抜き出した。確かに手に取った作品が僕とかなり被っている。
意外だったので少し興味が湧いたが、あまりこんな場所で話し込まれるのも悪いだろうと思い、去ることにした。
「じゃ……」
「えーと、あの、この後なんですけど」
「はい?」
「――時間空いてますか?」
彼女が上目遣いでそうつぶやいた15分後、僕らはなぜか近くの居酒屋で向かい合って座っていた。
席に着くなり案内してくれた店員に「とりあえず生中2つ」と慣れた口調で注文した彼女の姿は新鮮だった。
「あ、ビールでよかったですか? ていうか、お酒、大丈夫ですよね?」
店員が去ってから、「そういえば」というような顔で訊いてきた彼女に、僕は苦笑した。
「いまさらな質問ですよね。まあ大丈夫ですけど」
「そうですね。仕事の付き合いで多少は飲みますけど、普段は飲みません」
「自宅とかでも?」彼女は少し驚いたような顔をした。
「ええ、独りでは飲みませんね」
そう答えると、彼女はやや気まずそうに視線を逸らし「ふーん」と呟いた。
「すいません……私は結構お酒が好きで……飲むんです」
「みたいですね。そんな噂を聞いたことがあります」
以前社内の誰かが話していた記憶がうっすらと浮かんだ。
「噂って……いや、いいです。聞きたくないです」恥ずかしいのか、突き出した片手で視線を遮る。
「そうじゃなくて、誘っちゃって悪かったかなーと思って」
ばつが悪そうな顔をされたので、慌てて否定した。
「いや、誘われる分には全然構わないんですよ。別にお酒が嫌いってわけじゃないので」
「では、お疲れ様でした」ジョッキを掲げる。
「お疲れ様でしたー」彼女はそう一礼しながらジョッキを合わせると、威勢のいい飲みっぷりを見せた。
最初の一口を楽しみつつ、僕は幸せそうな彼女の顔を眺めていた。本当にお酒が好きそうだ。
ここで、僕は先程から気になっていたことに話題を振った。
「僕は自宅に帰る途中なのでたまに寄るんですが、チーフもよく来るんですか?」
「そんな頻繁にじゃないですけど。普段は最寄りの書店が多いかな」
お通しに箸を付けつつ、彼女はちらりとこちらを窺うと視線を逸らし、ぶっきらぼうに問いかけてきた。
それから漫画とアニメと小説について、互いの嗜好を探り合い、適度に熱く、適度にぬるく語っていたら時間は瞬く間に過ぎ去った。
そして心地良い気分の中、僕らは解散した。
終電の吊り革にぶら下がりながら、詰め込まれた人の熱気とアルコールの酩酊感に心地よく揺れていた僕は、ここでようやく、女性と2人で飲んだのは人生で初めてだと気付いた。
あまりにも女性に縁の無さ過ぎる僕を見て、きっと神様が気を利かせてくれたに違いない。まさかここまで語れる人がいたとは。
http://anond.hatelabo.jp/20090928051522
俺の場合は、気持ち良く本を読む行為の中に、
ページめくりが快適だとか、勝手にパラパラと広がったりしないとか、
そういうのが割りと大事なところを占めてるので、
裏返しに置いたりはあんまりしないなぁ。
他人の本を読む時も同じようにしてる。
自分がまた読む時にそうなっていて欲しくないのと、
他人の本を「現状と違う状態にしてしまう」可能性が大きいので。
友人に、本の根本というか、一番背表紙よりの部分を強く持って、
読後には本がまるで我修院達也の眉毛みたいになってしまうのがいるなぁ。
クセのようで注意してもすぐに再発しちゃうので、本棚を移動した。
そうしたら、幼稚園年長さんぐらいの女の子と、よく言えばぽっちゃり型の、悪く言えばおデブのお母さんが来ていて「たのしい幼稚園」みたいな、その医院においてある雑誌をみてたんです。
そんで、そこに載ってるプリキュアだか、しゅごキャラだかのお食事マナーみたいなページ観ながら話してたんです。「わたしコレー!」「ケーキ好きー!」「ママはどれ好きー?」とかテンション高めで。微笑ましい感じで。
そのうち、その雑誌に飽きたのか別の雑誌を本棚に取りに行ってたんです。
で、「ママもご本読むー?」とか言って、その本棚にあるセレブっぽい雑誌(背表紙とかしっかりした立つヤツ。家庭画報とかみたいな)を順番に「これー?これー?」みたいな感じでお母さんに見せてくれてるんです。
お母さんもちょっと娘が騒がしいのを気にしてるのか「ママ、その雑誌でいいから。こっち来て座ってて。」っておとなしくさせようとしてたんですが、そしたら女の子がその雑誌って言われた雑誌の表紙のスマートな女性を見て、さっきまでと同じテンションで
「でも、ママと全然ちがうよー!!」って
失礼かと思ったけどマスク越しにフイタ。
だんなさまは涼宮ハルヒのほにゃほにゃという本をたくさん持っている。読んだ後に本棚に戻さず、そこらに散らかすので、私が本棚に戻している。
その本には巻数が書かれていないので、左端に戻すようにしていたけど、その並びを見て「順番通りじゃない」とぶーたれられることがしばしばあった。その度ちょっと途方に暮れた。
さっき、Wikipedia あたりから情報を引っ張って、本の巻数をマジックで書いておけばいいんじゃないかとひらめいた。それで、とりあえず本を一冊取って、どの辺に書こうかと背表紙を眺めていたら、背表紙の上の方にちっちゃく巻数っぽいものが書かれている事に気付いた。なんでこんな控えめなのこのひと。それはそれとして、マジック持ってくる前に気付けてラッキーだった。
そんなこんなで我が家では無事涼宮さんが順番通りに並ぶようになったけど、同じ事で悩んでいる人がいるかもしれないと思ったので、増田に書き留めた。
『ベストセラーでもない2年前の文芸書』、なんて、そりゃそこらの『町の本屋さん』に置いてあるわけない。
そもそも『町の本屋さん』は、コミックス・雑誌・文庫に比べて文芸書の占める割合自体が少ないんだから。
しかもその本、2年経っても文庫落ちにもなっていないんでしょう?
つまり、売れなかった本、なんだよ。
売れない本をいつまでも棚に置いておいたら、背表紙が焼けたりなんかしてますます売れなくなるし、返品だって受けてもらえなくなるじゃない。
元増田が買いに出かけた本だって、2年前の新刊時には1冊くらい入荷したのかもしれない。
でも、毎日どんどん新しい本は出版されていて、どんどん新しい本が入荷する。
「ああ、これ置いてるけど売れないなぁ」って言う本は返品するに決まってるじゃない。
HDDにだって容量があるでしょ?
容量がいっぱいになってきたら、新しくまっさらなHDDを取り付けるか、中に入ってるファイルのどれかを削除していくしかないわけで。
だけど本屋さんにとって新しいHDDを取り付けること(=棚を増やす、店舗スペースを広げる)は難しいわけだから、中の不要ファイル(=売れない本)を削除していくんだよ。
その『不要ファイル』の中に、元増田が読みたかった『ベストセラーでもない2年前の文芸書』も入ってただけの話。
セカチューだって文庫くらいは置いてる書店多いだろうけど(実際、スーパー内にある本屋だってセカチューの文庫は置いてる)、四六判のほうは置いてない。
文庫落ちしてれば、よほどの変わり者以外はだいたい文庫を買うからだよ。
美しい国、は、そもそもが文春新書なんだから『町の本屋さん』に期待しちゃ駄目。新書関係は、町の本屋さんは数置きたくない(あんまり売れないから)し、場所を取るだけもったいないんだから。
『町の本屋さん』の良さって、「この本が欲しい」って心に決めて買いに行くことじゃなく、ふらふらと店内を巡りながら読んだことのない作家の本をぱら見して「あ、面白そう。買ってみよう」って出会いがあることじゃないのかな。
大きいチェーン系の書店は落ち着かないし・・・。
元増田です。
続きって言っても、もう他の増田たちが色々言ってくれてしまったw
俺が学べたのは、
・お役所系は本当に理不尽に嫌われていること
(地元商店街で「税の無料相談会」の会場設営をしたときに向かいの店のオッサンがいいがかりをつけてきて…
世話役をしてくださった人が、「ああいう人は何をやってもとにかく反発するんですよ」と言ってたのがをかしかった)
・雑用(確定申告の用紙を折って封筒につめる・倉庫のファイル背表紙の見出し作りなど)をアウトソーシングすることは有効
・そんな雑用でも「ありがとう。大分わかりやすくなったよ」と口で褒めてくれると嬉しいこと
くらいだよー。
あとは世の中ややこしい人が沢山いるってことかなw
中学生にとってはトライやるも部活選びと同じ、やってみるまで中身のわからない水物だ。
せめて春と秋の2タームに分けて、2箇所くらい経験させてやるほうがいい。「とんかつ永田園」に行った友達は楽しそうだったしな。
b:id:kamfer、すまないが君の期待に応えられなかった。
いや、朝書いた当時は、最後まで書いたら君にブクマしてもらえると思ってたんだ・・・
しかし大分君の嗜好がわかってきた気がするよ。
平成9年から営業していた川崎ルフロン9Fの紀伊國屋書店が1月31日をもって閉店していた。
オレが生涯でもっとも多くの本に親しんだ場所。オレの貴重な「思考する場」の一つだった。
*はてな「思考する場」とは 時に壮大な妄想にふけったり、記憶のあれこれを整理したりするところ。
主にお風呂場やトイレなどで、作家にとってなくてはならない場所。
だがオレは一昨日(2月18日)まで紀伊國屋が閉店していたことに気づかなかった。
今でも信じられない。
*はてな「一昨日のオレ」 4日ぶりに外に出た
なんでイエローサブマリン(9Fにあるディープな玩具屋)に行ったときに気づかなかった?
そこに紀伊國屋の閉店を告知するかんばんが立っていたはずだ
だがオレは読まなかった
まさかあそこにあんな重要なことが書いてあったなんて・・・。
オレの大好きなライトノベル、「キノの旅」や「しにがみのバラッド」、「とらドラ!」「狼と香辛料」と出会ったのもここだった。
最後に買った本は「狼と香辛料 VI」と「GLITTER」かな?
立ち読みだけじゃなくて買っとけばよかった
約10年か、もっと昔からあった気がするよ
最近、忙しくて、そして嫌なことばかり続いて、部屋にひきこもってばかりだったのがいけなかった・・・。
ひきこもってなかったら、もっと早く閉店に気づいていたのに
もっとながく紀伊國屋にいれたのに・・・
紀伊國屋がなくなったなんて信じられない
そうやって買ってもらった本の数々が本棚からこちらを見ている
川崎駅前もずいぶん変わった。ラゾーナ川崎が駅前を大きく変えた
現在「あなたのウェアハウス」がたっている場所にあった、いつ潰れてもおかしくなかったコジマがあっただけだ
*はてな「川崎のあなたのウェアハウス」とは コジマの跡地に建てられた廃墟ふうの大型ゲームセンター。
子どもは入れない。かんばんの女の子が何気に可愛い。店内は中国!
*はてな 「オレの記憶力」 川崎駅前の錆びてボロボロになったナショナルの乾電池の自販機はいまどこにあるの?
わすれがちだが、ラオックスだってあったんだぜ
現在のウェアハウスの前にある大通りの坂道をまっすぐ行くとそこには桃源郷がある。
そして親子は道をまっすぐ進み川崎温泉(そんなような名前の銭湯)を目指す
オレの記憶の中には陸橋をくだってまっすぐいった先には銭湯がある。
細かい道は忘れたが、とにかくあの坂の先をまっすぐいった先には銭湯がある!
一昨日、親父とケンカした。
ケンカといってもオレが一方的に殴っただけだが…。
オレはおもむろに近くにあった椅子を持ち上げた、そのとき親父は自分に椅子が投げつけられるんだと思ったみたいで
その時の恐怖に歪む親父の表情が頭から離れない・・・。
そんなオレも今月20歳になった
飲んだくれになった親父とはもう全てが合わない
<< 川崎温泉にもいつの間にかたどり着けなくなっていた >>
昔はあんなすごいのじゃなくて
モザイク式のかんばんだった。
モザイクでピンとくるかなぁ?
サイコロみたいのが壁に埋まっていて
まるでルービックキューブの面をそろえるように四角いドットがカクカク動いてかんばんが変化する
「カッ!カッ!カッ!カッ!」
「・・・」
「カッ!カッ!カッ!カッ!」
一定のリズムで、お決まりの音とともに、今日の天気とか競馬情報とかを表示するんだ。
ドットがいくつか欠けててね。そこだけ動かないんだ
エスカレータを下っていくうちにかんばんが角度的に見えにくくなって、緑色とかオレンジ色が目立つんだ
「カッカッカッカッ」というかんばんが変わるときに発する音
いまでも鮮明に思い出せる
<<< 昔の川崎駅前といえば西武百貨店とさいか屋のツートップ >>>
ドリキャスもってなかったけど、買いそうになった。あれ、限定版のパッケージめっちゃでかいんだよなぁ
たぶん今でも売れ残ってると思うわ
紀伊國屋がなくなったおかげで、ますますあのビルに行く理由もなくなった
1Fから4Fのヨドバシにはこれからも行くだろうが、それより上の階はFrancfrancに行くぐらいか・・・
紀伊國屋がなくなったおかげで、ますますあのビルに行く理由もなくなった
オレにとっての今のさいか屋のようにあのビルにも行かなくなっていくだろう
エスカレーターのところにあるキティちゃんのポップコーン製造機で何回つくったことか
オレは塩だが、弟はバターなんだよな
最後にさいか屋におとずれたときにはまだあったキティちゃんのポップコーン製造機ははたしてまだあるのか...
もっとローカルネタになるとヌマヤの屋上のゲームセンターでオレは常連だった
じいちゃんと週に2回以上、遊びにいったよ
アフターバーナーをやりまくった(一回50円)
あれは、なぜか最後までクリアするとコンテニュー用に投入しておいた50円がどっかいっちゃうん・・・だ。
*はてな 「ヌマヤ」とは 今では普通の服屋。当時は玩具屋もあった。じいちゃんと出かけたときの昼飯はいつもヌマヤのラーメンである。
現在のCDショップは、少し前までは大人向けホビーショップで、その昔は普通の玩具屋だった。
子どもだったオレには、そのディープ感がある品揃えには満足できず
もう一つの玩具屋によく行っていたよ
一時期、その玩具屋の前にプラモ屋までできた。すぐになくなって服屋にかわった。
スカイパークという屋外の遊び場もいつの間にかなくなってたなぁ
滑り台付きジャングルジムを何個もひっぱってきてつなげて
よく要塞とかつくったなぁ(はた迷惑なこどもだ!)
はてな 「スカイパーク」とは 正しくはスカイコートであり、現在もしっかりと川崎Be、5Fに存在する遊具施設である。
駅ビルに買い物に来たママさんたちはここに子どもたちをあずけ、買い物や社交にはげむ
今では駅ビルの5Fは文房具屋によるだけ
6Fの有隣堂に寄るためのただの通過点になってしまった。
P.S. 楽器屋はいつまでもそこにあってください。友だちがこの前ハーモニカを買いました。
それほど、川崎駅前周辺はオレの生活の一部、テリトリーだったってわけよ
神さまもしっかりと見ているようだ。東口が廃れる番がやってきたのだ。
オレは記憶を文章にすると、忘れる癖がある。昔の駅前の雰囲気や思い出も、そう遠くない未来に忘れてしまうことだろう
<<<で、昨日、スーパー「しりげや」というのが気になって>>>
「かんなぎ」というマンガが読みたくなったんですね。そいで川崎中の本屋をまわったんですよ(ラゾーナを除く)
*はてな 「しりげや」とは スーパー「しりげや」のテーマも歌えます!
どこにも売ってないっす
そもそもコミックREXのコーナーが見つからない
4巻は売ってるのに!!
これが紀伊國屋だったら話は違った
オレは紀伊國屋書店でのREXの位置は把握している
明日、おとなしく川崎のアニメイトで「かんなぎ」を一巻から買いに行こう。
友だちがバイトしてて行きにくいんだ。
え?ラゾーナには行かないのか?って
オレの親父はラゾーナで働いてるん だ。
WEB本棚みたいなのを妄想してみる。会社別、作者・アーチスト別、カテゴリ別、作品名順、人気順、なんらかの方法で、画面内にところせましと本や漫画、CDの背表紙が並ぶ。マウスを持って行くとその表表紙と詳細情報が表示される。拡大や縮小もできる。引いて見れば超巨大な棚が見える。カテゴリ別にして、好きな作品の隣の本を手に取ってみるのもいい、アーチスト別にしてまだ買っていないアルバムを見てみるのもいい。人気商品、お薦め商品はところどころで表表紙が見えている。そこから手にとってみるのもいい。ジャケ表示モードにすると、表表紙やジャケが隙間なく一覧になって表示される。そこからジャケ買いをしてもいい。
別の観点でいうと、検索結果が冗長なのだ。Amazonにせよはてなにせよ、検索結果がダラダラと冗長。もっとコンパクトに名前と画像だけを大量に表示、とかでもいいんじゃなかろーか。昔のはてなキーワード検索結果みたいに、1画面で名前だけ大量に並んでてもいいと思う。
赤いレンガ造りの暖炉のそばで考える。たくさんの書物から得たものは自分にとってプラスであったかと。
薪をくべ火を絶やさないようにしながら考える。一般化のそれは自分にも当てはまるものなのかと。
ガラスで閉じられた書架に並ぶ書物の色鮮やかな背表紙を見ながら考える。全てを手に入れても命尽きたら全てが無意味ではないかと。
三日月の光が差し込む窓の外を見ながら考える。生涯孤独であったがこの生き方で良かったのだろうかと。
青春時代と世で言われる、実感できる人とできない人がいるその時代は本当にあるのだろうかとコーヒーを飲みながら考える。
間違った生き方をしてきたのだろうか?いや、今さら振り返っても仕方ないことだ。誰かが正解を知っている訳でもない。
気持ちがなぜだか沈む。何もかも自分一人でこなせる。料理、洗濯も問題なくこなせる。・・この生き方も正解の一つだ。間違いない。・・と思いたい。
我が道をゆくと決意した十代半ば。自己のアイデンティを保つ為に自分の意見を押し通し生きてきた。これは間違いだったと今更ながら思う。なぜだかそう思う。
身内ともそういえばもう何年も会っていない。誰かの十三回忌も執り行われたんだろう、きっと。周りがどんどん旅立ってしまうのでもう覚える気もしない。
気が動転しそうなくらいの孤独感が襲ってきた。もう慣れたこと・・と言いたい所だがそれでもきついことには変わりはない。
まだ克服する手段は見つかっていない。その場凌ぎでもいいのかもしれないが完全な予防策が欲しい。
気にしなければいいのかもしれない、こんなこと。だが細かいことを考えてしまう性分なのでどうしようもないと半ば諦めも入った気持ちでここにいる。
ガラスのようなものか、所詮人の心は。簡単に壊れて簡単には戻れず、擦れて見えなかったり時には中身が丸見えだったり。
みんな生き方や思想は違うけれど求めるものは幸福。答えは簡単なのになぜこんなにもたどり着くのが大変なんだろうか。果てしない。