はてなキーワード: ダンピングとは
価格決定権を出版社がカルテルで維持できないってのが最大の問題だと思うんだよね。
今までがいかに出版社にとって「恵まれた」環境であったのかがわかる。
小売店としてはまともな作品がまともな価格で、まともな数、リスクなく販売できる。
編集者は、作家と編集者の協力体制で作品を作っていくことができる。作者の数だけ編集も存在できる。
作家としてはまともな作家は、作品を書いてるだけでメシが食える。
(漫画家はぎりぎりの人も多いらしいけど、それでもアシスタントに金払ってなお、作品に専念できる)
それぞれ不満もあったろうけれど、とてもとてもいい環境だった。
電子書籍になったら、多分全部崩れる。 特定のタイプの人間しか生き残れなくなる。
特にitune storeやAndroid shopでの電子書籍での売り方を見てたら、こんなんで勝負できるか、と思ってしまう。
まず小売が死んじゃう。
今のところ、電子書籍がすごく安く提供されてるけどこれができる人って限られる。編集なんて尚更。
1「よく売れた本」「少なくとも紙で元がとれた本」でさらに利益を上積みしようというバックエンドのケース
もしドラの電子書籍版とか、女医セックスとか。ある程度価格を強めに設定できるけどそれでも書籍の半額以下。
2 無名な人や、バックエンド商品を持ってる人が無料に近いダンピング価格で客をつかむケース。
最初から自分の本をフロントエンドと位置づけていて、安くても自分の本を手にとってもらって次回作以降に続けようとしてる。
フォレ○ト出版なんかで書いてた著者は、もともと本なんてただの客寄せです、って感じなのでどんどんこのパターン遣うんだろうけどね。
3 まともな価格で売れるのは、高田純次などの有名人が手慰み的にやってる場合。これだってバカ売れしたのはダンピングのおかげ。
平安時代じゃあるまいし、吉田兼好とか紫式部みたいな、宮廷生活で生活が保障されている人以外は本かけませんってんじゃ困る。
4 作者自身のキャラクターが受けるなど、作品以外の商品展開が可能な場合
今はまだないけど、AKBのメンツが本を書くのもよし、ラノベがキャラクターアプリ販売とかと連携するもよし。
っていうか基本的に、なんかとのタイアップが前提であったり、「合同企画本」みたいなのがワラワラ出てくる気がするんだよね・・・。
ネットだと「小説家になろう」とか、ケータイ小説だと無数のサイトが展開されたみたいに
基本無料で読み放題のサイトがまぁスマホ最適化された形で提供化されるんだろうなぁ。
そんで人気が出たやつだけパッケージ化されて売れる、と。
ただこれだとバカ売れ作品ってのはそうそうでないと思う。 あと「王様ゲーム」糞すぎ氏ね。
1から5のドこに編集が生きる道があるんだろう。5をパッケージ化するところくらい?
編集さんってどういう所で頑張ってたんだろう。編集者ってどのくらい必要なんだろう。
「修正が聞かない本というパッケージ」において、ミスなく作品を世に送り出すため?
問題があったら後から直せばいいって考えたら、パッケージそのものに価値が認められないなら、
まともな作家がまともな価格で、かつ電子書籍ならではのギミックを搭載してチャレンジしたケースだと村上龍があるけど、
同じ価格だったら本のほうがよく売れた、というのも興味深いところだよね。
いやまぁ全部音楽業界ですでに言われてることだから今更感はあるけれど、
音楽は急激な変化に耐え切れず「今までだったらやっていけた層」が駆逐されて、
そこをAKB48やテレビ番組やアニメプロデュースのユニットが吸収しちゃってるってのがなんだか悲しいなーと思うのね。
というわけで結論なし。ここまで書いてるうちに出版するってどういうことなんだろうってことを全く知らないことに気づいた。
特に「編集者の仕事って何だろう」ってのが気になってきた。あれこれ読みます。
http://anond.hatelabo.jp/20111223110147
今でもごく一握りなのかもしれないけれど、すくなくとも数字的にみれば約3万人の作家がいるわけよね。多いと思うんだ。多すぎる。
「多すぎる作家の中で食っていける作家が一握り」というよりも、私が強調したいのは「現在食っていけている作家が十分すぎるほど多い」ということ。
これが、電子書籍の世界では今よりもっともっと減って必要最低限を下回るのでは、私が考えるような「あんまりイラない」作家しか残らなくなるのでは、と要らぬ危惧をしてみました。
「残業は好きでやってるわけじゃない」はおそらく半分うそ。ノー残業デーとかあっても、
なんだかんだと、「帰れない理由」を作りだしてみんな残るもの。
だから、「猫も杓子も禁止」ってやって無い袖は振れない状況をつくってやんなきゃダメ。
お金がなければある範囲で何とかしようとするだろ?時間だっておんなじなんだよ。
「残業しないと終わらないから仕方ないじゃない」って言ってる人の何割かはコスト意識がないんだと思う。
経営者ならともかく、あんたが残ることで割高な人件費が発生しているわけだよね?
だったらそもそもそんな儲かんない仕事を発生させてる時点でそれはむしろ会社の害なんじゃないの?
逆に「残業代なんかもらってないから!」ってのもそれはそれで、人件費に対するダンピング行為なわけで、今度は社会への害だよ。
残業見越してスケジュール立てるとか論外だし、定時に仕事を終われないというのは時間を守れなかったって言う自覚は必要だと思う。
17:30までにお届けしますっていってんのに、21:00に荷物が届く運送はおかしいだろ?
ここまで書いておいてちょっと違うのは、残業がなくなれってわけじゃないんだ。定時後は自分の仕事をしたいんだよ。
有給とるために前倒しで進めたい仕事とかさ、ルーチンでまわしてる仕事のほかに、仕事を生み出すための仕込みとかさ、
どーしても終わんなかった自分の仕事を邪魔されずにやるとかさ、そういう時間に当てたいの。
要するに、ソーシャルがうんたらかんたらという話は所詮は一過性のブームで、そのうちゲーム専用機への回帰が始まるよって話。
でもって、アプリケーション開発の中でもゲームソフト開発はかなり特殊なので、一朝一夕でどうにかなるわけじゃないから、この業界でゲームで真剣に生き残りたければ今のうちに準備しといた方がいいよ、みたいな。
つまりスマフォは、「いつでも遊べる」というカードのみで、今後ゲーム専用機と戦い続けなければならないことになる。携帯ゲーム専用機に関してはそれさえもカードとしては強力とは言いがたい。
しかしそんな不毛な戦いを挑むゲームソフトメーカーなど現れないだろうから、ゲーム専用機とは別のカテゴリの娯楽として存在することになるだろう。それは既存のゲーム専用機の領域を「多少は」食うだろうが、果物にたとえるならば皮の部分程度で、芯に到達することはないはずだ。
AppleにとってもGoogleにとっても、ゲーム機能は自社製品を普及させるための付加価値の一部でしかない。だから万が一ゲーム部分と他の付加価値が競合する事態になった場合、前者を優先することは絶対にありえない。対するゲーム専用機メーカーは、自社製品をゲーム機として普及させるためにあらゆる選択肢を模索するだろう。高価すぎるという批判に対応するためにPS2ソフトの互換機能をオミットしたPS3の例や、販売不振を挽回すべく発売からわずか半年で1万円の値下げ(実質4割引)を実行したニンテンドー3DSといった事例もある。
そもそも、「何でも出来る」がうたい文句のハードやOSが、ゲーム専用機にゲーム分野で太刀打ちできるはずがない。
それは「何でも出来る」はずのWindowsのゲーム分野で主導的なポジションを作り上げながら、その市場の小ささゆえにわざわざゲーム機を発売したマイクロソフトが証明してくれている。
WindowsがインストールされているPCなど、世界中に何億台、下手をすれば十億台以上は存在しているはずなのに、ゲームソフトの売上や販売本数ではゲーム機に完全に負けてしまっているのだから。
これらが今後のスマートフォンにも当てはまることは自明だろう。
といったものがある。
http://anond.hatelabo.jp/20111029232710
の続きね。結構気になっている人が多いのだなと思ったので、さらに追加解説を。
最初に書いておくと、Amazonはアコギだけど、ユーザーには(短期的に)歓迎される可能性が高い。
それ故に対応を間違えると、日本の電子書店は太刀打ちできずに壊滅するだろう、
それはAmazonが世界最大級の小売りで十分利益を上げているからだ、という話。
(あくまでも友人が出版社につとめていてその話を聞いた中から)さらに説明しようと思う。
迷惑かからないようにぼかして書いてあるし、版面権や絶版、DRMや市ヶ谷方面の話題は煩雑すぎるので割愛している。
一ツ橋が出版社の全てみたいな話をするな!とか気になる人も居ると思うけれども、大枠で読んで欲しい。
(それに、これがググらずに判る人は、たぶん説明は不要で十分判ってると思うので)
最初に「経費圧縮による分は、安く出来るはずだ」というところから。
取り分は、作者(10%)→出版社(60%)→取次(8%)→書店(22%)→読者
例えば講談社がOnline書店を新たに作ったとして、取り扱いの本が講談社だけなら、取次8%分は削れる。
なぜなら、取次とは「多数の出版社と多数の書店を繋ぐ役割」だから。
ここで「多数の出版社と、講談社Onlineを繋ぐ役割」だと、0%ではできない。
そして、経費が削れても、利益を上乗せする方向にいっちゃいけないって事はない。
「ネットでの課金徴収、データ管理やバックアップにサーバ管理で、コレぐらいの値付けはしても使ってもらえるだろう」
という見込みがあってやってしまっても悪くはない。
それは「そこは消費者に還元しろよ」という感情はわかるけれども、商売としては別。
元々「電子出版なら安くなるはず」と圧力のある状況で売っても、一冊あたりの利益は薄い。
すると、その面倒なところ(他の出版社への声かけ、販売対応、サーバ管理等々)を、既存出版の割合でやってくれるなら、ギリギリなくはないかな、
といくつかの出版社は考えてもおかしくない、というのが前回のお話。
まずは、お金の流れの一般論として再販制度の仕組みについて触れておこう。
(矢印がお金の流れ、その逆向きが本の流れ)
判り難いので、具体例で列挙すると以下のような感じになる。
(出版の70%は作者の10%含み。本屋群の78%は、本屋の取り分の22%を引いたもの)
これに月末締めの翌月払い、条件返本相殺締日とかが絡むけども、胃が痛くなるので割愛した。
……ついてきているだろうか?
差し引きで見てみよう。
ほぼノーリスクで作者は100万円を手にするのに対して、本屋は頑張って110万、出版社も250万。
クリエイターに対する印税10%が低すぎると思っている人は、少しだけで良い。お金の流れを追って欲しい。
(ただ、返本率は、実際には4割程度だろう)
また、取次の集金機能にも着目して欲しい。
配本流通集金と、色々やってるのが取り次ぎだ。
さあ、管理も煩雑、処理も大変、もはや本が札束に見えてくると言う悲惨な状況下の中、Amazonが提示したのが55%という数字だ。
さて、例のリーク記事のAmazonが提示した契約書とされている部分、実はあの式にはちょっとしたポイントがある。
Amazonは当月中の各本件電子書籍の顧客による購入の完了につき、希望小売価格から以下に定める金額を差し引いた正味価格を出版社に対して支払うものとする。
先ほどの金額の流れを見た後だと、気がつくことがないだろうか?
そう、これは「出版社に対してAmazonが支払う金額」についての式なのだ。
具体的に見てみよう。
1500円のハードカバーを、出版社が「電子版だから、じゃあ1000円にするよ」と希望小売価格を決めたとする。
Amazon.com でのKindle版の価格から鑑みるに、おそらく、500円で売るだろう。つまり50%OFFだ。
すると、希望小売価格 1000円x55%=550円を差し引いた金額、450円をAmazonが出版社に支払う事になる。
希望小売価格は出版社が決められるが、紙の本より高くは出来ない。
そして、Amazonは希望小売価格から55%を引いた額を出版社に払えば良い。
50%OFFで売れば、Amazonの儲けは、一冊あたり5%になる。
どういうことになるか、火を見るよりも明らかだろう。
Kindleが8000円、Kindle Touchが1万円ぐらいで発売されてしまったら、どうなるだろうか。
紙の本には手に取れる書き込みできる、そして所有する喜びがある。
しかし、紙の本 1500円 vs kindle本 500円 ならどちらを選ぶだろうか。
10冊買えば本体代の元がとれると思った時に、Kindleデバイスを買わない自信があるだろうか。
Kindleデバイスを売る為だとか、ロングテールで値下げせずとも良い本から利益を回収する為だとか、色んな理由があるだろう。
でもきっとAmazonは、市場で無視できないサイズとなって十分利益が回収できるようになるまで、じっくりゆっくり粘り強く低調に成長を続けるだろう。
なぜなら、オンライン小売の巨人は、他で利益を出せば良いからだ。
もちろん出版社は、1500円の本を、他の電子書店には1000円で卸して、Amazonには1500円で卸すことだって出来る。
忘れてならないのは、Amazonは1500円x45%=675円を出版社に払うことだ。
他の電子書店は、1000円で卸された本から20%だけとって800円払うこともできる。売れればだが。
そして、Amazon対抗のためだけに他の電子書店に750円で卸したとして、電子書店側も決意の10%として675円を出版社に払っても良い。
1万冊売って75万円利益の電子書店、しかも様々なフォーマットでデバイスも様々で、本当に継続できるだろうか。
読者が安い本を買うことは止められない。非難も当然出来ない。
安いKindle版を出さずに独自の電子書籍を出す出版社に、文句を言わないだけの理性があるだろうか。
そして、(アメリカのペーパーバックがでかくて重いという理由があるにせよ)電子版が紙の本を売り上げを上回る世界で、
Amazonを無視して自己流を貫く事での機会損失を、オーナーや株主は許容できるだろうか。
流石にアマゾン、(アメリカ市場からの推測でしかないが)相当にえげつないことをする。
出版社は、既存の電子書店に卸してもAmazonに卸してもそう代わりはないが、消費者は安い方から買う。
そして、Amazonは限界まで値引きをして売るだろう。ダンピングにならないように5%程度の利益を抑えた上で。
黒船Amazonが、日本の電子書店と違う点は、既に成功したネット上の小売業者である点だ。
赤字をものともせず待ち続けられるのは、アメリカの市場で証明済みだ。
商売なんだからきちんと儲けてくれよ、金なら払うから経費圧縮分は利益にしてくれよ、
そう消費者が言ってくれないことは判ってる。
でも、電子書籍は安くて当たり前、デジタルなんだから薄利多売で消費者に還元してくれ、
そういう意見一辺倒だと、現状ではAmazonは無視できる存在ではない。
そしてこれは、Amazonの用意したハードルを乗り越えて契約できる出版社が増えれば増えるほど、
赤本といえば大学の過去問集として受験生のバイブルとなっているので知らない人はいないだろう。
しかし近年は大学も競争に晒されている時代、人気のない大学では赤本が廃刊になった例も珍しくないようだ。
進学校出身で東京で私立大学を受けた人は「赤本は学部ごとに買う」というのは常識だろう。私もそうだった。
「○○大学の赤本」として一冊にすべて収録されているものがほとんどだ。もちろん価格帯は同じままである。
これは不人気校のダンピングだと考えられる。いわゆる「福袋商法」だ。
そこまでしないと売れないのである。
早稲田大学 慶応義塾大学 上智大学 明治大学 青山大学 立教大学 中央大学 法政大学 日本大学 学習院大学 成蹊大学 成城大学
驚くことに一学部ごとに赤本が出されているのは上記の大学だけであった。
早慶上智、マーチ(日大を加えたNMARCH、学習院を加えたGMARCH含む)、良家御用達として有名な成蹊・成城など「名門大学」だけが意地を見せている。
関西の名門とされる各大学でさえも軒並み「福袋」で叩き売りしている現状で、これらの大学には今後のリーディングユニバーシティーとして大学淘汰の時代を代表する存在となってもらいたい。
http://anond.hatelabo.jp/20110816014625 を書いた増田だよ。
昔は書いたような会社にいたけど、今はまともなところにいる。
ブラックの時は、タイムカードを定時でおしてから残業があたりまえだった。そしてひたすら効率化されない仕事、無駄な仕事している古い社員、何をやるにもガタガタになった残骸との後方互換性。枯れた安定したものをやってるなら全然いいんだけど、そうじゃなくて、長年のスパゲッティが降り積もった突付いたら倒れるような残骸の山を引き摺ってるから。だからなおさら新しいことをやるリスクが高く改善できないという悪循環だったな。
今まともなところにいて満足してるけど、ここが広い意味でベンチャーに近い会社で、会社に入れる人間をバイトのスタッフ含めてかなり慎重に選んでいるというのはあると思う。誰かがネックになってやり方を変えられないということが殆ど無い。まるで別世界だ。
そりゃだれだって万能ではないから、誰かの言うことを僕が理解できなかったり、僕のいうアイデアを誰かが理解できないこともあるけど、「それでもとりあえずそれをやってみよう、やれば良さがわかるかもしれない」という雰囲気が会社にあって、多少のリスクは折り込めるフットワークの軽さがある。皆得意なことは違うし、だれが何を得意なのかわかっていて、自分のできない事を他人ができるのを嫉妬するような人もいない。
とまあ僕の現状はさておき、色々ブコメを読んで最後に思い浮かんだのは "世の中の仕事の絶対量に対して人が多すぎるのか" という疑問だ。
既存の仕事を水増しするような "仕事を増やす仕事" は労働力の単価を下げるしかなくなる。縦割りの中で、その悪循環の一部分しか見えていないと、限定された範囲では利益を伴った仕事が増えているように見える。でも全体では労働力の単価が下がっているだけなんだよね。
今の会社で「こういう新しいアイデアがあってマネタイズもできそうなんだけどちょっと人足りなくね?」ということはあるけど、既存の仕事を水増しする "仕事を増やす仕事" とは全く別のものだ。水増しではなく利益と需要が伴った仕事が新たに生まれる、そういうのがもっと増えていかないと "世の中の仕事の絶対量に対して人が多すぎる" 状態はいつまでたっても改善されないのだろう。
んー、僕は経済についてはうといし、いい意味でも悪い意味でも技術者畑の人間だから、見当違いのことを言っているかもしれない。
それでもなんとなく、"利益と需要が伴った仕事を生み出せる" 会社がホワイトで、"既存の仕事を水増しするしかない" 会社がブラックだというのはわかる。生み出せない限り、技術によって既存の仕事は減って行き、人はあぶれ労働力のダンピングをするしかなくなる。
ブコメに "ラッダイト" という言葉があって色々調べてみた。ネオ・ラッダイト運動か。今の社会全体がゆるやかにそういう過程にいるのかもしれないね。そこからあぶれる人たちをどうするかだよな。
「自分の子どもや親戚に、自分の勤めている会社を勧められるか?」
この質問の答えを考えた時、答えは明らかにNOだ。
を書いた元増田だが、話が発散するので書かなかったけど、もう一つ言っておきたいことがある。
「善良で空気の読める人たちがブラック企業をつくる」ってことだ。
ブラック企業をつくるのは、
・私利私欲を肥やしたいおっさん
・話の全く通じない上司
だけではない。こういういかにも悪そうな連中がブラック化の原因ならば解決は見えている。
近づかない、関わらなければ良い。(仕事上、そうはいかない人ごめん!)
だけど身の回りをみると、こんなわかりやすい連中、はっきり言って少数派ではないだろうか?
私利私欲を肥やすことに一生懸命な部長とか、見たことあるだろうか? 俺は正直ない。
なのにこんなに日本中にブラック企業が溢れ帰っているのはなぜだろうか?
それは、いち平社員である我々がブラック企業化の根本原因であり、日本中そんな連中で溢れているからだ。
突然メールで仕事がふられても、すぐやっとかなきゃ忘れるからといって、メインタスクを中断してまで対応する。
上司から「悪いけどこれやっといて」と言われたら、「いいですよ」なんて気軽に返答する。
気がつけば、夕飯を食うタイミングを逸して、空調の切られた熱帯雨林のような居室でパソコンを叩いている。
仕事の進みが悪ければ「すみません、休日出勤させてください」って謝りながら申請しに行く。
みんな引き受けすぎているんだ。
基本的に頼み頼まれたら断らない。丸抱えする。
できなければ、一人で悩み、自分の能力が低いせいだと絶望する(特に若いやつは)。
これは上司だって同じだ。上司の上司に対して「できない」なんて言えない。
「いいですよ」なんて気軽に答えて、部下に仕事をふると「いいですよ」なんて答えてもらえる。
悪いなと思いつつも、できるって言ってるんだからやらせてみるか、と思っているはずだ。
こうやって善良な人々は、抱える荷物の大きさに疑問を持ちながらも
「仕方ないよな」って具合に荷物を増やしていく。
人事からコンプライアンスだ、なんて言われれば遵守を証明する書類を書き、
情報部から情報セキリティの審査だ、なんて言われれば、セキリティソフトでPCを使いづらくし、
知財から特許ノルマだと言われれば、絶対使えないだろう特許でもなんとかひねり出し、
エンジニアなのに、肝心の技術開発の使う時間がガシガシ削られる。
その技術開発も納期が厳しく、ほとんど最小限の手間でやっている状態だ。試行錯誤なんて夢のまた夢だ。
おかしいな、と日々感じている。
けれど、みんな我慢しているから俺も我慢しないと。
と日本人の9割は考えているんじゃないか? 我慢大会の参加率9割だ。
みんな空気を読んで、休みたいのに休まず、誰かの期待に応えようと健気に仕事をする。
……これがブラック化だ。
悪いやつはそんなにいないんだ。
でも俺らはシステマティックに、実に見事に会社をブラック化しているのだ。
総務だって知財だって上司だって鬼じゃない。人件費をけちって人を増やせないのではない。
上司の上司の期待に応えるために、人件費の増額を打診できないのだ。
無理そうなんだけどなんとかやりくりしてみよう! と無限の努力を試みているだけだ。
無限の努力を示してくれる善良な人々が、悪意なきダンピングを9割の参加率で行っている。
今、自分が置かれている会社なり立場というものが、やがて自分の子どもに引き継がれるとしたらどうだろうか?
日が変わらなければ帰ってこれない会社で働いてもらいたいだろうか?
夕食を一緒に食べない日が家族が当たり前で良いだろうか?
善良な私たちの子どもは、親の世代が我慢したのだから私たちも我慢しないと! とブラックシステムの歯車になってしまわないだろうか?
それが嫌ならば、やり方を変えないといけないだろう。
そしてやっかいなことに、今の俺らはバブリーな時代ではなく
人口が減って経済活動が縮小していくような閉塞感のある先進社会に生きている。
バブリーな頃はあらゆる矛盾や我慢が、お金の力によって解消されてきた面がある。
英国の暴動ではないが、閉塞感のある社会ではそういった矛盾が一気に顕在化し、俺らをさらに苦しめかねない。
やり方を変えないといけないと書いたが、滅私奉公しても給料上がんない、あんまり景気の良い時代じゃないよねってことも念頭にやり方を考えないと。
というわけで、結果的には買収されなくてよかったんじゃないでしょーか
というケースもあるかもね。
まあ、これらは結果的に実現しなかったわけだけど、たまーにブコメで見る「ライブドアに買収されとけば良かった」とか言ってる人は、現実見ましょうね^^
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011070800798
韓国が日本よりも出生率が低かったのは知っていたが、台湾も低い、というのは
不勉強ながら知らなかった。
で、調べてみると、シンガポールも香港も、軒並み出生率が低い。
要は、東アジア地域で、一人当たりGDPが「先進国並」とされる地域は、
軒並み出生率が1.0程度、ということになっている。
これは、「東アジア型経済発展モデルが、出生率とは共存できない」ということを示しているのだろうか?
出生率が低い、というのは、長期的にはその国の経済の足を引っ張ることになるが、
短期的には「従属人口比率が低い」ので、経済的にはプラスに働く。
勿論、各国政府も少子化を座視することはできず、シンガポールなどは
高学歴者に対し国営お見合いサービスを提供する、なんて話もあるが、
結果として「出生率が1.0程度に低位推移していることが、現在の経済発展に貢献」していることになる。
これは、東アジアの「国家競争」「都市間競争」に巻き込まれる日本には、著しく不利だ。
言ってみれば、他国が「出生率を切り下げダンピング」して競争に挑んでいるので、
日本だけ「自国は長期的視座で出生率切り上げを図る」とすると、競争から脱落するからだ。
まあ、東京都市圏は、必死になって、この「出生率切り下げダンピング競争」に加わっているのだが、
その対価として東京都市圏単体では「出生率=1.0程度」とダンピングしている。
日本の地方部が、競争から脱落し掛かっているかわりに、出生率を1.5程度に保っているのが実情。
各国とも、「出生率回復」に表向きは躍起になっているのだろうが、
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110707/221347/?P=1
を見ると、年金制度自体が、高齢者層に不利、若年層に有利に設計されているらしい。
となると、日本のように「年金財政破綻を回避しなければ」という少子化対策インセンティブは
働きにくいことになる。
※もともと、内需で産業が成り立つだけの人口を国内に有していない。
となると、日本のように「国内人口が減少すると、内需が先細りになって、産業にダメージ」という
問題意識も働きにくくなる。
「将来底辺労働力が不足するのなら、移民労働力を確保すればいい」という割り切り判断も、あるのかもしれない。
国内には「労働力の量」より「労働力の質」を求めるつもりなら、
「少数の子弟に英才教育を施す」という少数精鋭主義でいい、少子化でも問題なし、となる。
一方の日本は、年金制度が高齢者有利、内需依存企業が多い、底辺労働力型、という「三重苦」状態。
これでは、「出生率を切り上げざるを得ない」ので、「東アジア出生率ダンピング競争」に敗退する。
「各国ともに、出生率切り上げで協調しましょう」と圧力を掛けていく、という必要があるのではないか?
欧米だと「異性のパートナーがいなければ不自然」で、かつ「異性パートナーは自分で見つける」
という価値観があるのに対し、
東アジアでは「異性パートナーはお見合いや一族長老が見つける」という規範がかつては存在したのに、
それが経済成長で崩壊し、かつ「パートナー不在を異端視しない寛容な社会規範」があるから、という気もする。
あるいは、東アジアビジネスモデルは「極端な学歴主義」なので、教育できる子供数は1人でアップアップ、ということも
影響しているのかもしれない。
駐車場の整理係を日本人がやっている素晴らしさがわかりますか? 「120万人の移民」に脅えるドイツの実情
| 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/4642
これについて
ちょっと突っ込みたい。
移民が駐車場の整理係をしていて悪いことはない、ダメなのは単純労働者を食えなくすることだ。
2011/05/13
人気1位のコメント。
実に良識的で、一見正しい。
パーツごとに読めば正しい。
それは当然だ。
この良識性、「外国人差別しません」「職業選択の自由尊重」のタダシサは揺るがしがたいものがある。
が。
「移民ならば労働力の買い叩きに応えられるから」に他ならない。
生活保護受給者以下の生活に耐えても、
移民を増やし、
単純労働者は全体に確実に今よりずっと「食えなく」なっている。
この自明の繋がりを無視して
「移民がどんな職についても悪くない」「差別反対」なんて断片的レベルに落とし込んで話を誤魔化す。
これは欺瞞としか言いようが無い。
aozora21さんも、この人に星をつけてる人も、欺瞞に気づかないような知性の人ではないと思うので、
これは意図的な不誠実だ。
単純労働者を保護したいなら、飽和している労働力をさらに輸入するような無計画なことを控えるのが一番良い。
hobbling
低機能とか移民を差別する国に優秀な移民は絶対来ません。移民を奴隷ではなく共に生きる同朋として日本人と同じ権利を与えるのなら移民賛成。
2011/05/13
☆はひとつだが、
”一見いいこと言ってるけど意味不明”コメントの良い例なので挙げる。
「高機能」な移民にとっては良い職場で、むしろ能力を精査してくれないほうが困る筈だ。
つまり、この人の指摘は本件からずれている上に間違っている。
(ずれていようが間違っていようが「差別反対」調であれば星を受けるのははてなの悪い点)
日本人と同じ扱い・同じ給与を与えるなら大量移民は日本に必要ない。
charliecgo 差別
この名前からしてドイツへの移民らしき筆者がトルコ系移民を差別する構図がたまらんですな。名誉白人?
2011/05/13
相手の名前に目をつけながら「差別」しか言わずに言い分を封殺しようとする。
複雑さに欠け、論ずるに及ばない。
私に言わせればこの人の物言いからも濃厚な差別の匂いがするが。
(「この苗字は在日だろw」で済ませて言い分に取り合わないようなやり口と同一なのは誰の目にも明らかだ。)
hatoken
2011/05/13
こういう同類も多数。
ほかにもゴロゴロいる、職業や経歴や年齢や女性であることに汚い侮蔑を剥き出しにしながら彼女の「差別」を非難する人達は全員脳の病院にいけ。
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1と2は「話をそらして反撃したい」という、所作の共通点がある。
さらに言えば、そういう所作を選んだ動機も共通しているように見える。
つまりこの人達は
社会で影響力のある悪辣な移民推進論者とは別の、もう一方の移民推進論者なのだ。
後者の彼等は、前者のように「移民を奴隷扱いしたい」という邪悪な考えは持たない。
儲けの代わりの動機はイデオロギーであり、
「差別反対」
という概念が彼らを突き動かしている。
イデオロギーは自由だが、
彼等がその実現のために大量移民推進を選ぶのは非常に無責任で短絡的と言わざるを得ない。
「移民の奴隷労働、労働力の買い叩き、先住単純労働者の搾取激化、社会保障払底、
という必ず起こる弱者直撃の悲惨に、気付いていながら知らん振りしているからだ。
そのあなた達が、自分の頭の中のイデオロギー(というより趣味だなこんなの)のために
移民や社会的に弱い労働者を奴隷労働地獄に叩き落す、社会を混乱させて市民に苦しみを味合わせる、一部の資本家だけ栄える、
なんて現実を招来してよいのか。
引き連れる頭数はわかりやすいチカラになると思うけど。
なると「思うけど」ってなんで?
それってスカウトしてきた人間の評価にはなるかもしれないけど、現場で指揮する人間の評価にはならないよ。
だいたい使えない奴がいくらいても足かせになるばかりでしょ。
誰が評価するの?評価するのは誰?
専門知識があって、仕事の段取りもずっと手際の良い人を呼ぶなら、
もはや有償ボランティアって何のためにいるの?
専門家を束ねる司令塔。
引き連れる頭数はわかりやすいチカラになると思うけど。
誰が評価するの?評価するのは誰?
自分達より有能な上にハイパーダンピングする上に引き抜き不能という、極悪ライバルになるような。
専門知識があって、仕事の段取りもずっと手際の良い人を呼ぶなら、
もはや有償ボランティアって何のためにいるの?
別に有償ボランティアが必要とされている現場はいくらでもあるんだから
一ヶ所丸ごと抱え込んでゆっくりうまい汁を吸うゆとりなんてないんじゃない?
正にそういう弊害をなくすために有償ボランティアがいるんだと思うけど。
なんだ
「じゃない?」とか「だと思うけど。」とか
コンサル名義で別法人を使用してSNSの「お小遣い稼ぎしちゃおう」系のコミュニティから集めた若い労働力を【過剰ダンピング】
更に、マッチポンプ系の違法ギリギリ超グレー行為の見本市のような数々の【仕事】
行為自体は実際に星の数程いる弱小クソ広告代理店や出会い系・ペニオク・ギャンブル情報会社達と変わらない。
でも、そいつら同様に日本のネットの影に隠れた商行為ならまだ問題にせんよ。
ドロッドロのコールタールのような行為と行動で金を稼いでいるくせに自分らは真っ白い商売してますっ☆
再分配は「金持ちから税金を取る」ことが大前提としてあるわけだが、
権威のない国家が税金を取ろうとしても、金持ちは納得するんだろうか。
「多額の収入がありながら自国に税金を納めないとは、この非国民が!」とか、
「同じ国民が困っているなら、国民として助けあう義務があるだろう」というロジック以外に、
個人が自由に国籍を選択できたり、二重国籍が容認されるようになると、
金持ちは税金の安い国を選ぶようになるから、税金のダンピング競争になってしまう。
再分配を重視するなら、金持ちが逃げないように国籍の移動を制限すべきだ。
または金持ちをナショナリズムで洗脳して、外国に行く気をなくさせるか。
それか、一定額以上税金を納めた人は特別扱いするべきだな。
勲章を与えたり、特別な敬称をつけたり、昔の貴族や今の皇族のような扱いをすべきだ。
http://bizmakoto.jp/bizid/articles/1101/20/news001.html
そもそも教育コンサルが自分の本を売るための広告記事だって点はおいといて。
まずまず出来るってレベルの社員の場合、そこそここなすのを前提に現状維持を目指すか、
ジョブホップすること前提でモリモリ頑張るか、よほど恵まれた労働環境にいるのでもなければ
どっちかしかないだろ。組織を動かす巨大な慣性を、一社員がどうにかできるわけもなし。
あと、日航の解雇反対訴訟辺りを引き金に解雇規制が緩和されたら、成果の出ないダメ社員も
ソリティア社員もモリモリ首切られるだろう。そしてミドルクラス以下の労働力はダンピングされ、
現状維持するだけでも必死でスキルアップしなきゃ転落してくだけだろうし。
中学まではそれなりに裕福な生活してたんだ。
でも家業がつぶれて親父自殺、結婚寸前だった姉貴はそのせいで結婚流れた。
実家も会社名義だったから手放して、2DKのアパートに引っ越した。
姉貴は俺よりも裕福な期間が長くて大学卒業まで本当にお嬢様育ちだった。
その姉貴もすげー辛かったはずなのに働いて俺の学費出してくれてた。
絶対元の生活に戻ろうと決心した。
でも、マックやコンビニのバイトの時給なんて700円とかで全然足りないんだわ。
だからババア相手に売春しながら金溜めて自分でビジネスすることにしたんだよ。
ビジネスのイロハを覚えて20歳の誕生日に当時流行ってたWEB系の会社を起業。
はっきり言ってダンピングしながら仕事取りまくって、学費と生活費をまかなった。
在学中に国際発表2回、査読論文を1stで1本。共著だと14本ある。
学会でスカウトしてきた某企業に入社した。会社は他人に売った。
自分の給料削ってでも良いエンジニア集めてたから業績も良かった。
1年目に会社売った金で一度手放した実家を買い戻した。空き家になってて修復に結構かかった。
2年目に税金でヤバいことになったけど、色々と裏技を使って乗り切り、しかも姉貴がすげーいい人と結婚した。式代は俺が出した。
3年目に姪っ子ができた。母親が孫出来てめっちゃ喜んでた。姉夫婦から死んだ親父の代わりにって頼まれて俺が名前つけた。
4年目は同期で最速のマネージャーに昇進、配属がUSになって1年海外勤務。インド人相手に格闘してた。
5年目の今年で年収1000万超えた。
年に2回、夏休みとクリスマス休暇に俺の金で姉貴家族と母親を昔親父がしてくれたように海外旅行に連れてってやれるようになった。
今年も今日の夕方の便でハワイ行くんだよ。母親と姉貴にエステとか贅沢させてやるんだ。
なのに昨日、研究室の同窓会に久々に顔を出したときに2次会で同級生に言われた言葉で腸が煮えくりかえってる。
『お前は勝ち組で甘い汁吸って良いよな』
『金あんでしょ?奢ってよ。』
周りもそんな雰囲気になってなんか、金出さない俺が悪いみたいにみんな言うんだ。
なんもしないで研究室のコネで日立とか入ったのはどこのどいつだよ?
ヤメとけって言ったのに自称ベンチャーの零細企業に入ったのはどこのどいつだ?
なんで俺が面倒見なきゃならないの?
当然の結果だろ?
なんで金出さない俺が悪いみたいなことになってんの?
そもそも俺自身は金なんてホトンド持ってねえんだよ。
持ってるわけないじゃん。
俺が稼いだ金は全部、家族のために使ったの。
お前らに使う金は1円も無いの。
ああ、なるほど。
ジャンクフード、人件費ダンピングしたチェーン店の売り物程度の価値しかなく、
築地、まさにグルメの極北、「文学」の頂点を極めた崇高なもので、批判の余地はない
ということで、価値観が対照的で相いれず、というわけだ。
僕の考えだと、あなたのような権威主義的人物は、作品の評価など実はどうでも良く、ありがたいものを自分の周りに侍らせていて安心、いわばブランドのようにしか見ていないケースが多いゆえ、同意しかねる。
あなたの中で漱石>春樹という序列があったとして、その価値観を他人が共有してないことに、納得がいかないわけだ。