はてなキーワード: 怒濤とは
タイトルまんまです。
しばらく前、久しぶりに中学生の弟に会ってびっくりした。
彼は、テレビの音楽番組やYou Tube に上がっている音楽をICレコーダーで録音して、レコーダーにイヤホンを突っ込んで聴いている。
なんでびっくりしたかって、その少し前に、私は弟にiPodnanoをプレゼントしていたのだ。
「iPodは? 使わないの?」
「だってめんどくさいんだもん。」
弟の話をまとめると、こうだ。
つまり、iPodで音楽を買うにはiTunes がいる。iTunesにCDを取り込み、それをまたiPodに同期するのは、弟にとってはややハードルが高いらしい。
ではiTunesストアで直接音楽を買うのはどうかと言うと、クレジットカードが必要だ。
弟は未成年なので親の出番ということになるが、私の親は老齢なこともあり、そもそもPCでクレジットカードを登録することに抵抗を感じていて、許可が出ない。
ではiTunesカードを使うか、となると、これもまた結構面倒くさい。一度やったことがあるが、私でも面倒くさいな、と思った。
そんなわけでiPodnanoは彼にとってあまり便利な道具ではないのだ。でも、音楽は聴きたい。
(ポータブルCDプレーヤーとかもあるよ、とは言ってみたけれど、そもそも「CDで音楽を聴く」という概念が彼の周りの中学生では絶滅していて、反応はよくなかった。)
私は一応「お金を使ってCD買ったりしないと、アーティストも活動できないんだよ」などという話をもぞもぞとしてみたが、言ったそばから怒濤のように後悔が押し寄せてきた。
だって、音楽が好きなら、一番手っ取り早い手段で聴きたいに決まっていて、そこに「子供にとって簡単にお金を払えて、音楽を聴ける仕組み」が無いほうが圧倒的に問題だと思ったからだ。
私が小学生のとき、お小遣いの中からなんとか小銭を捻出して、CD屋さんにCD(8cmシングルだった)を買いに行き、そして聴いた。
手持ちのCDがたまっていくのはとても楽しかったし、その後私は音楽大好き野郎になって、思春期の熱は冷めたものの、今でも相変わらず音楽がないと生きていけない。
CDで買うこともあれば、iTunesストアで買うこともある。でも、それもおそらく、子供の頃に「音楽を買う習慣」があったからだ。
子供時代にコンテンツを買う習慣がなかった者が、大人になってお金を手に入れたからといって、そこにお金を使うかというと甚だ疑問である。
私はCDという形態そのものに拘るつもりは全然ない。データでの流通で良いと思っている。
ただとにかく「子供が簡単に、音楽を買えて、聴ける」仕組みを作ることが非常に大事なのではないかなぁ。
■追記
弟は、パソコンは使うけれども、ネットを見るくらい。(決して賢くはないけれど、学校の試験の点数はそこそこ良い。)
あと、メアドを持ってない。携帯を持ってないし、パソコンでのメアドも持ってない。となると、親のメールアドレスを使うことになるけれども、親がPCに弱いため、これがまたハードルが高い。
■さらに追記
私は体調わる子さんが嫌いだった。
イケハヤを彷彿とさせる釣り記事と、ロジックの浅さ(ただ、後述するようにわる子さんは天才であるため、おそらくわざとツッコミどころを残している。そこはイケハヤと違う。イケハヤは素だ。)
読んでいないと思われるアフィリンクを貼り、はてなユーザーをディスり、PVを荒稼ぎする。
その狡猾とも言える姿勢と、話題をかっさらう才能が眩しくて、苦手だった。
わる子さんの記事はツッコミどころが多い。
ツッコミどころを残して、寄ってきた魚に釣り糸を引っ掛ける天才的なテクニックは、多くの読者を巻き込んだ。
炎上させた後に、謝る気のない(ように見える)弁解記事を貼ることもこれまで何度も繰り返してきた。
それもまた、PVを稼いでいる。すなわち、金を稼いでいる。
上の「釣り解説」の記事の人が「天才」と形容するように、わる子さんは類まれな才能と情熱と狡猾さを持ち合わせた、言ってみればブログ界のスティーブ・ジョブズと言っても過言ではない逸材だ。毒リンゴである。
とにかく、PVを集める術を知り尽くしている。そして、PVを金に換える方法も。
気付いているだろうか?
わる子さんが以前、ホリエモンに@takapon_jp付きで、「堀江さんに抱かれたい」とツイートした。
ツイッターの基本戦術、有名人を引っ掛けて自分のブログにアクセスを流入させる作戦である。
そういうのを見るたびに、その才能と、そのあざとさに、嫉妬にも似た感情を覚えた。
そして、その才能の全てをアフィリエイト(金儲け)に向けているというところが、またすごいところだと思う。
そんなわけで、私はわる子さんが苦手だった。
悪感情を持っていたといってもいい。
しかし、嫌いなものを見てしまうように、わる子さんのブログを覗いていたら、こんな記事を見つけてしまった。
訪問!はてな東京オフィスにいる人達が、想像してたのと違った。
これは、うかつだった。
この記事の下の方の自画撮り写真を見て、わる子さんへの悪感情は吹き飛んでしまったのだ。
そう、わる子は、色白美女だったのだ。
これがブスだったら、拙者もわる子を叩きたいところだが、この麗しい唇でブスなわけがない。
そして、美女を叩けるわけないじゃないか。
というわけで、拙者は今日から体調わる子の毒吐きブログを応援します。
はてブで叩かれても、負けないでください。復活を期待しています。
あと、早く顔出しお願いします。
http://anond.hatelabo.jp/20130912211917 を書いたものです。
さきほどは感覚のみでソ以降の盛り上がりを書きましたが、今度は理屈でせめて行きます。
さて、まず、「ドーはドーナツーのードー」をドのパート、「レーはレモンのレー」をレのパート、というように、「ドレミファソラシ」のパートに分割します。あまった「さあ歌いましょう」は「仕上げのパート」とでもしておきましょう。
では、まずはドのパートから見てみます。ドのパートのメロディは「ドーレミードミードーミー」ですね。一見してわかるように、「ドレミ」という、隣接する3つの音だけで構成されています。
次に、レのパートを見てみましょう。レのパートのメロディは「レーミファファミレファー」です。これも、「レミファ」という隣接する3つの音で構成されています。ドのパートで使われていた3つの音の「お隣」を使っているわけですね。
さて、ではミのパートを見てみましょう。「ミーファソーミソーミーソー」です。もういいですね、ここでは「ミファソ」という隣接する3つの音で構成されています。さて、ミのパートには、さらに特筆すべき部分があります。実は、この「ミーファソーミソーミーソー」というメロディは、ドのパートを「平行移動」させたものになっています。頭の中でまずドのパートを鍵盤で弾いてみてください。このとき、「ド」は親指で弾きましょう。さて、それでは今度は「ミ」の鍵盤に親指を置いて、ミのパートを弾いてみましょう。指使いが完全に一緒だったことがわかると思います。かんたんに言えば、「ミのパートはドのパートをみっつ上に移動させたもの」なのです。
そしてファのパートです。ファのパートは「ファーソララソファラー」ですね。これはさっきと同様に、レのパートをみっつ上に移動させたものです。
さて、ということは、ドからファまでのパートは、じつは「ドとレのパート」と「ミとファのパート」に分解できることになります。「ドとレのパート」をみっつ上に移動させると「ミとファのパート」が作れるわけですね。
こういうふうに、似たようなメロディーを音の高さやリズムを少し変えて(今回はリズムは変わってませんが)繰り返すことを、「モティーフの展開」などといったりします。「ひとかたまりのフレーズ」のことを「モティーフ」と呼ぶわけですね。モティーフを展開することで作曲を行うことはとても一般的です。すごく有名なところだと、ベートーベンの交響曲第五番(よく運命って呼ばれてるやつ)です。最初の「ジャジャジャジャーーーン」がモティーフです。「同じ高さの音が3回、それに続けてそれよりも低い音が1回」というモティーフですね。「運命」を頭の中でならしてみてください。「ジャジャジャジャーーーン ジャジャジャジャーーーン」。音の高さを変えて展開していますね。そのあと、「たたらた、たたらた、たたらた〜」「たたらた、たたらた、たたたら〜」と曲は展開していくわけですが、よく見てみるとこの「たたらた、たたらた、たたらた〜」の部分、「たたらた」が「同じ高さの音が3回、それに続けてそれよりも低い音が1回」となっています。ここも実は「ジャジャジャジャーーーン」のモティーフ展開だったんですね。音の高さとリズムを変えただけで曲の雰囲気を操る、お手本のようなモティーフ展開になっているのが見て取れるでしょう。
そう、「運命」も「ドレミの歌」も、やってること自体はかわらないのです!!!
さて、ドレミの歌に戻りましょう。「ドとレのパート」(モティーフと呼ぶには少し長過ぎるけど)を展開して、「ミとファのパート」が作られていました。同じ形のメロディを繰り返しているため、とても安定感がある一方、「みっつ上」に持ち上げられることによって、少しずつ緊張感も高まっていますね。ここまでが「だんだん不穏なものを感じはじめる」前半パートです。
さて、問題の「ソ以降」を考えてみましょう。
ソのパートは「ソードレミファソラー」です。今までのパートでは「ドレミ」とか「レミファ」とか、隣接する3つの音しか使われていなかった(=最大でも2つ隣までしか音が飛ばなかった)のに対して、怒濤の「ソからド」への急降下です。と思いや、「ドレミファソラー」と、一気に「ラ」まで駆け上がります。今までのパートでは3つの隣接する音しか使われていなかったのが、急に6つの音が使われています。落差、倍です。しかも今までは狭い範囲をちまちま動いていたメロディーでしたが、今回はその6つの広い範囲を「一気に駆け上がる」というメロディーです。これで盛り上がるなというほうが無理でしょう。
そしてラのパートです。ラのパートは 、ただでさえ盛り上がるソのパートのフレーズを1つ上に展開して畳み掛けます。
シのパートでさらに、ラのパートを1つ上に展開してダメ押しです。
まとめます。ド、レ、ミ、ファのパートは、「隣接する3つの音」だけを使ってメロディーが作られていました。しかし、ソ、ラ、シ、のパートではそのルールを外れ、「隣接する6つの音」を使ってメロディーが作られています。これが、「音域から見たときのソ以降の盛り上がりの秘密」です。
では今度は「パターンから見たソ以降の盛り上がりの秘密」を暴きましょう。前半は、「ドとレ」「ミとファ」のパートをセットにすると、同形のメロディが見えてきました。これは言い方を変えると、「1つのパターンを消費するのに、2パートかかっている」ということです。一方、ソ、ラ、シのパートはパート単体で同形のメロディを成しています。言い方を変えれば、「1つのパターンを1つのパートで消費できる」わけですね。これにより、「短期間に同じパターンが何度もせめて来る!!」みたいな感じになるわけです。これが「パターンから見たソ以降の盛り上がりの秘密」です。
ドレミの歌、丁寧に見てみると、ドからファまでは一定のルールで盛り上がって行き、ソからはそのルールよりもさらに盛り上がるためのルールを新規に採用して一気に盛り上げる仕組みが隠されているのです。そりゃ「ドレミの歌のソ以降の盛り上がりは異常」にもなりますね。
余談ですが、感覚で書けば8行で終わるものが、理屈で書くとこれだけ長くなってしまいます。これは逆に言えば、人間の感覚というのがファジーである一方でものすごい情報量を一気に処理しているとても優れたものであることを示唆してるとも言えるんじゃないかな〜なんてことを考えてしまいそうですね。
怒濤のような感情の流れをいかにフタして心中穏やかに保つかが多くの女性の死中に活を求める心境なんです。
常に都合の良いレッテルを求めているからマルチ商法に引っかかりやすいとも言えます。
安心立命な生活が第一ですから稼ぎのいい旦那に規制するのも自然な姿です。
特筆すべきは理屈に拘泥せずに柔軟に居直ることができることです。男性は論理的な拘りが強すぎるのです。
女性は感情的拘りの度合いはさまざまですが男性は一様に論理に拘っています。それが災厄をまねくとも知らずに。
冷静に考えるとロリコン漫画やアニメなんてとんでもない文化ですよ。それが論理武装されて正当化されているのが今の日本です。
別にロリコンが居ようが増えようが知ったことではないし、ロリコン文化を規制するのは表現の自由を奪うという意見にも一理あります。
いや、話題になっているなんてもんじゃない。すでに1000ブクマを超えた。
高木浩光による怒濤の講演「ゲーム業界におけるプライバシー保護」がすごいことに - GIGAZINE
確かに、この記事は面白い。私も読んで非常に興味深く感じた。セキュリティ、個人情報保護、私も仕事で関わったりする分野だ、興味を持たない方がおかしい。
高木浩光の口上は軽妙だ。それでいて、本質を深くえぐっている。彼の今まで積み上げた知識と技能、そして人を揺さぶる説得力が発揮されている。
だが、本稿では、そんなことはどうでもいい。本当に問題になるのは以下の記事だ。
まぁ、要するに、GIGAZINEが開発者や有識者によるCEDECの有料講演をほぼテープ起こしのような形で記事にした、ということの問題だ。
問題は二つある。一つは、そもそも有料であるものを丸コピの形で無料の媒体に掲載すること、第二に限定された聴衆に向けたセンシティブな内容を公知してしまうことだ。
これらは下記のtweetで言われているように、まさに「焼き畑」だ。GIGAZINEのやり方はあまりにえげつない。
だが、問題と言うべきか、課題というべきか、気になることはもう一つある。
rootsy ギガジンの取材方法が低モラルでエチケット違反で乱暴者なのは議論の余地がない。一方でアウトプットのほうを観ると、この「アンチ・エディット」とでも言うべき手法に否定しがたい魅力があるんだよね。
記事の量の増加に対してコストが低く、編集されていない素材を荒っぽく提示でき、それをやるGIGAZINEのやり方は、あまりに乱暴だ。しかし、同時に魅力的である。
また、唐木氏は指摘する。編集の手が入った記事が胡散臭く見られ、読者に懐疑を向けられることだ。実際に編集の手が入っていないからこそ信頼され、そして受け入れられるという状況があることは誰も否定できない。
さて、ここで一介のオッサン読者の立場に戻ろう。オッサン読者の私は、この記事を初めて見たときどうしたのか。
ああ、確かに読んだ。読んだが、半分ぐらいで一旦読むのをやめた。
なぜか? それは、あまりにこの記事が面白く、真実味にあふれているにもかかわらず、あまりにも冗長で、あまりに要点がつかめず、あまりにかったるかったからだ。
オッサンの私は、この記事を一気呵成に読み込むだけの集中力が、もはや無い。いや、無いことはな無いのだろうが、そこまで気力が続かない。
私を含めて、少なくない人は時間に追われている。それだけじゃない。年々衰える集中力と根気を苦々しく思っている。
私は定期購読のニューズウィークを読み続けるだけで苦労を感じている。はてなブックマークをチェックしても、話題を集めている記事をちょこちょこ読む程度が関の山だ。
そんな私は、そしてたぶん私と同じようなオッサンは、エディトリアルなものを求めている。あるいはキュレーションとも言っていい。
世界はあまりに複雑である。今話題の領土問題を見てみよう。きっとネットには、下手をすると現実世界にも、複雑怪奇な解釈と、実効性があるのか無いのかわからない善後策が2chやはてな、アメブロにテレビの門外漢のコメンテーターから垂れ流されている
そんな世界で妥当な判断を得ようとするのは困難極まりない。しかし、エディタはこれを整理してくれる(こともある)。
生の情報は危険である。もちろん、生でしか手にはらないものもある。しかし、オッサンに生は、もう体に悪い。
そこでエディタが登場する。エディタは完璧ではないにせよ、まぁ、妥当なものは出来上がる。
私はエディタを信じたい。
村田の導入は表面→本性で、終盤の主人公の導入は本性→表面だと思う。
修復不可能な家族はやっぱり修復不可能。
最後に娘の前で「生きるって痛いんだよ」と残し首を切って絶命する。
その直後、娘は父が死んだことをあざ笑い喜ぶ。
主人公の思いが全く届かず家族が崩壊したままなことを象徴していた。
終盤、主人公は狂気と残虐性を持って、
表面上は理想の家庭を築こうとする。
方法を問わずそれを実現させようと動いてしまったのだと思う。
仲の良い幸せな家庭、その象徴というのが
主人公にとっては一家揃っての食事(もちろん携帯もなし)であり、
子どもの理解と妻との愛がそこになければいけなかったのだろう。
妻を乱暴し、問題を言わせ、暴力で打ち消す。
手段が省略され主人公の目的と結果だけが残り、表面上の解決が得られる。
主人公が起こす極端な行動は
理想を実現させるために積極的に動くことのなかった過去の反動であり、
方法を問わずに行われたその結果は表面的には主人公の望むものに近い。
一般市民の代表である主人公は、怪物である村田に振り回される存在であった。
が、決意からか、主人公は村田を殺害し、自らが怪物へと進化する。
願望が狂気を呼び怪物を生んだ。
怪物を否定し何も救いを生まないことを言い、
どこまでも観客を突き放す。まさに傑作。
初めは一目惚れだった。
周りが見えない俺はいつものごとく暴走してて、やっぱり相手に引かれてた。
あーあ、またやっちゃったなーとか反省する暇もなく過ぎていく毎日。
きっと『過去にあんなことあったよねー」とか笑い合える日が来るんだろうけど、その人の傍には俺はいないんだと思った。
でも俺は諦めなかった。
顔を合わせる日には必ず下らない事で笑わせられるようにして、でもそれ以上近づこうとはしなかった。
その時はこの人には彼氏がいる事は知っていて、その相手もなんとなくわかっていた。
だからこそ、それ以上近づきたくなかったし、相手もそれを望んでいると思っていた。
みんなでカラオケに行った。
頭ごなしに否定から入る頭の悪い上司と、キレ者だけどあんまり信用できない先輩と、俺と、貴方と。
他の女の子の話をしてくる先輩にすごく焦ったり、自分の持ち得る中で最高の18番を歌いきり、そしてそれとなく、貴方が俺を見ている事を意識しつつ。
もうその頃には貴方を好きになっていたんだと思う。
ふざけていたけども、だけども本気だったあの言葉。
貴方に惹かれている俺はふざけていたけども、本気だった。
今までは言わないような言葉を言い、今までなかったメールを沢山した。
弱い俺は電話で、会って話したかったけど、それでもメールだけでも嬉しかった。
少し馬鹿な俺は背の低い人は髪を少し明るい栗色にして、ゆるくパーマをかけ、上の方でツインテールにしてくれる人が予々現れてくれないかと思っていた。
貴方が美容室に行くというので、ならば背の低い貴方はまさに俺の理想だと本気で信じていた俺は、熱くその思いを語った。馬鹿だと思ってくれて良かった。
そして貴方は俺の理想になった。
正直びっくりした。ショートにもしたいと言っていたし、髪が明るいのは嫌だとも言った。あまり期待していなかった。
けれども次に会った貴方は俺の理想で、しかもそれが似合っていて、貴方は少し恥ずかしそうにしていた。
その時、今まで隠していた気持ちが顔を出した瞬間だった。
頬を赤らめた俺のメールと貴方に恋をしている事に気がついた事務所。
まったくもって、貴女の髪型はけしからんくらい俺の理想でどストライクだったので、ついそれをメールで言ってしまった。
外にタバコを吸いに出ていた俺は、まぁいつもの軽口だと思ってくれる、そう信じて事務所に戻った。
けれども事務所に戻ったら貴女しかいなくて、ドアを開けて目が合った瞬間、貴女は顔を赤らめて目を逸らした。もうやられていた。
MessengerのIDを手に入れた俺はさながらきびだんごを与えられた桃太郎のごとく、無敵の気分だった。
ほぼ毎日仕事が終わってから1時、2時くらいまで話した。もう何を話したか全部覚えていられないくらい話した。
根がネガティブで、弱くてくそったれな俺は貴女によく励まされた。
3人で秋葉原に行く事になった。傍から見たらとても変な3人組だったと思う。
メイドカフェに初めて行って、萌え燃えキュンキュンとか言った。少し恥ずかしかった。
貴女は少し無防備な所があって、車が来ている時に思わず手を引いて歩いた。ドキドキした。
二人でご飯を食べに行った。
元々出不精だけど、幸いデートできる所は知っていたので、近場だからとか言っておきながら考えうる限りで最高の所に連れて行った。
貴女は彼氏がこういう所には連れてきてくれないと言っていたので、むかついたけど、どこか優越感があった。
滝が流れてるお店なんて初めてとか言ってはしゃいだ貴女の笑顔とその横顔はとても可愛かった。
貴女に思いを伝える決心をした。
正直辛かった。彼氏は直属の上司だけど、年は一つしか離れていなくて、家に泊まりに行ったりする仲だった。
ただの上司という訳ではなく、俺の中ではもはや仲の良い友達で、仕事が出来る上司はとても好きだった。男友達として。勘違いするなよ。
すごく悩んだ。あまり考えないようにしていたのに、眠れない日々が続いて精神的にも、体力的にも参っていた。
貴女に会いたいと言ってしまったあの日。
もうどこかおかしくなっていた俺は今まで愚痴る事は合ってもそれを貴女の負担とならないように笑い話にする努力をしていたのに、その日、ただ「会いたい」とだけメールしてしまった。
どうかしてる、こんな事を言ったら心配するし、何より感づかれてしまう。それだけはないように好きな人はいる事は言ってもそれを気づかせないようにしてきた努力が水の泡になってしまう。
次の日、貴女はとても俺の事を気遣ってくれていた。
そして想いを告げた。
もう無理だった。何もかもが辛かった。貴女の笑顔は俺を無敵のヒーローにするし、彼氏と飯を食っている時はさながら閻魔大王の裁定を待つ極悪人のような気分だった。
仕事はもはや忙しさを口実にした逃げでしかなく、それ以上に俺を頼りに来てくれる客は甘いお菓子のようだった。
全てが壊れる前に貴女に想いを告げた。
俺を好きだと、そう最後に言った貴女。
夜中に呼び出した貴女は部屋着でチャーミングで、色っぽかった。多分一生ないであろう、釈迦のごとく俺は平静を保った。下半身は無情にも反応していたが。くそったれめ。
100%伝えきるには朝まで短すぎるし、けれどもこの想いを伝えたい俺は言葉を選んで告白した。
ふられると分かっていた。そしてそうなった。けれども最後に貴女は俺の事を好きだと言った。
ふられて、もう終わったんだと。そう心に言い聞かせて、少し時間はかかるけども、また友達に戻ろうと。そう思った。
でもそんな事を聞いたらもう俺は引き下がれなかった。年齢の事もある。彼氏の事もある。まわりの人達、親、友達、俺。
その時の俺はもうその彼氏と縁を切り、仕事を止め、夢が遠ざかるとしても、貴女とこれからの人生を歩もうと思い、貴女に俺の熱い想いを聞かせた。
けれども弱い俺は先輩を切れなかった。
お人好しではないけれども、仲の良い友達を切れる程、俺は大人じゃなかった。強い人間でもなかった。
時間が欲しいと言った貴女は眠い目とあくびを携えて帰り、俺は貴女と先輩の間で揺れていた。覚悟を決めたつもりだったのに、どうしてか。
もう仕事を辞めたけども、仲の良い先輩と会って、意味もない虚栄心を張った。馬鹿みたいだと思った。結局切る事ができなかった。
そして呼び出されたついこの前。
いつも通りを意識していた俺はとても上手く演じられていたと思う。ピエロとしての俺を。
中々本題に入らない貴女のその心の弱さが逆に俺の慰めとなった。吐き気がするくらい楽しかった。
そして、貴女は俺とは居られない、けれども傍に居てほしいといった。まったくもって、くそったれで、残酷で、甘くて、奇麗な世界なんだろうと思った。
ふられたとしても、もうここまで近づいてしまったら貴女と彼氏の関係にしこりを残してしまった。貴女とは居てはいけないと思った。
そうして小雨の中、歩いて帰ろうとしたら貴女は俺の腕を掴んで送っていくと言った。辛くて、嬉しくて、キスをしたいと思った。
でも、それは叶わなくて、強引に貴女を連れ去ると、その唇を奪って全てを台無しにすると、そう言っても貴女は俺の腕を離さなかった。
もう貴女を突き放すしかないと思った。
まったくもって、俺は子供だった。それ以外の手段が思いつかなかった。今となっては対応方法なんていくらでもあったとそう思えるが、しかしそれしかなかった。
そしてもう嫌だと言って貴女の手を振り払った俺は貴女のその悲しそうな目と顔がこれから一生夢に出てくるんだと思った。
貴女は俺との関係を0にしたくない、友達でいようと言った。その優しさと残酷さが俺を追いつめた。
そして、全てが終わった。
この内容より短いし、ちょっと違う事や、書いてない事もあるけれど、夜中の2時から書いて、3時半に送ったメールは、人生で一番良い時間だった。
周りの人に迷惑をかける事はわかっていた。仕事から、彼氏から、貴女から逃げると決めていたけども、その時だけはとても穏やかな気持ちになれた。
けれども貴女に伝えきれてない事がある。逃げ出した俺はもう貴女に言う資格がないから、ここに書き留めます。俺の気持ちに嘘は無かった。それだけを信じて。
貴女がこれから歩む人は愚直で、不器用で、ちょっと不義理な所があるけれど、きっと貴女を不幸にはしません。
これからまた寂しい想いをする事もあると思います。また俺みたいなやつと友達になるかもしれません。
けれども貴女はもっと強くなりなさい。貴女のその寂しさを貴女の伴侶に託しなさい。
貴女が持つ寂しさは誰しもが持っています。そしてそれをぶつける方法は誰しもが悩んでいます。
しかし、それを恐れてはいけません。きっと貴女の事を愛している伴侶はそれを不器用なりに受け止めてくれます。
貴女を泣かせた俺はもう傍にいる資格はないけれど、それでも。それでも。
それでも貴女の事が好きでした。
どうか、幸せに。
PS.
諦められずに強引に連れて行ってくれたら、なんて最後に言うのはずるいと思うんだ。
逃げ出した俺はその資格はないけど、それでも貴女の所に行きたくなるじゃない。
まったくもって、貴女は小悪魔そのものだ。
忘れもしない今年の5月18日。武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。普段から心底思ってはいた。「いつ死んでも仕方ない」とはいえあまりに突然だった。
確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。
宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。病状は確実に進行する日々だった。
一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、「ちゃんと死ぬための用意」にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。
手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。「はぁ…やっと死ねる」なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。
ということで早速腹はきまった。私は自宅で死にたい。周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。
妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。「死ぬってのも悪くないかもな」理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。ただ、一つだけどうしても気に入らない。「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。死ぬのもツライよ。断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。私が暮らしているあの家へ。
少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。
さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。ところが。肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。ありゃ?ある意味、こう思った。「死にそびれたか(笑)」その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。
生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。
死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。
出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。自分の生きた世界を愛している。そう思えることそのものが幸せだ。
私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。いま死について思うのはこういうこと。「残念としかいいようがないな」本当に。
しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。両親とマッドハウス丸山さんだ。今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。許しを乞いたいような気持ちだった。
自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。「すいません、こんな姿になってしまいました…」丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいになった。怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。
一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。けれど少しは理解もしてやって欲しい。だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。
私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、「大丈夫。なんとでもするから心配ない」とのこと。泣けた。もう号泣。これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。今回も同じだ。私も進歩がない。丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。
両親に告げるのは本当に切なかった。本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。
それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。一大決心をして親に会うことにした。両親だって会いたがっていた。しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。私は本当に幸せだった。ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」何も言えなかった。
両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。
ありがとう、お父さん、お母さん。二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。
両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。
最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。「私、最後までちゃんと伴走するからね」その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。「私の妻はすごいぞ」今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。
気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。深く深く感謝いたしております。
そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。何から何まで、本当に世話になった。で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。心から頼む。
さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。
じゃ、お先に。
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http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565
無断転載しました。ごめんなさい。
然連絡してきたかと思えば、こっちの都合も考えずにマシンガントークかまして己がいかに一途に私を思ってきたか仲が良かったかといった風な思い出を語り出して止まらない幼なじみの子がいる。
うーん…。
アクティブで可愛くて、私をどんどん引っ張っていって新しいコトを教えてくれた子だったけど……。
息をするように嘘をつき、人のものは借りて返さない子だった
そんな思い出が、
「懐かしさ」を凌駕するんだなあ……。
昔したことについて怒濤の勢いで謝られたんだけど、
正直何故いまそんなことを言い出したのか
理由が分からなくて恐い。
彼女が昔のことを色々覚えているように、私も色々覚えているんだよ。
私の中では辛い過去で、もういいよって思っているところが、
彼女にとっては彼女中心の悲劇の過去or感動の過去みたいになっててさ(例え彼女が自分が悪者だと自覚していても)
さ…。
私は貴方の過去話のダシですか。
って気分になってしまう。
最悪最低の想像。
病気故に私にすがりついてきた。
ただの自己中のきまぐれ。
私をはめようとして、寄りを戻そうとしている
あるいは、本気で昔のように仲良くしたいと思っている(でもそれは私からお断りしたい)
構造改革論者がなぜ支持を失ったのか、彼ら自身未だに認識していないのね。
移民受け入れ、是非を論ずる段階ではない:日経ビジネスオンライン
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090914/204683/
だから、日本でも少子高齢化対策はそれなりに必要なんだけれども、アジアの人々をどう受け入れるかを議論すべきです。グローバル化によって、資本や技術、人が国境を越えて既に動き始めているのですから。
アジアに向かって、「日本に来て、自由に働いて良いですよ」と言えば、怒濤のように押し寄せてくるでしょう。それに背を向けて、東アジア共同体もなにもないだろうと思います。国民的なレベルで議論して、それでいこうと思えるビジョンをどうやって作っていくかが、大きな課題です。
これ読んだら、「鉱山開発にインディオ酷使したら人口激減したけど、インディオの生活を改善して人口の回復を図るなどと言う面倒なことはやらないで、手っ取り早くアフリカから奴隷を輸入しました」という中南米の歴史を思い起こした。少子高齢化対策がまともになされていない現時点でこんな発言をすれば、いまいる日本人は死に絶えても別にかまいませんと言っていると有権者に受け取られても仕方ないでしょ。日本人はそもそも雑種なんだから、今更純血主義を唱えるのはナンセンスと思っている私でさえそう見えてしまうんだから、有権者の支持を失うのは当たり前。ちょっとは自分達の発言がどのように受け取られるかきちんと考えたら。第一、在日問題さえまだ解決できていないでしょ。現状認識の甘さをここまで見せつけられると、実務者能力を疑われても仕方がない。
去年社畜よろしく会社から酷使され滅私奉公してた為、最近流行っている芸人が全く分からない状態。ふとそんな自分に嫌気が差し、元の自分を取り戻すべく正月の怒濤のようなお笑い番組ラッシュを見ていたんだけど、自分は老化が進み過ぎたのかお笑いが理解出来なくなったんじゃないかって位得るものなく流して見ていた。だけどそいつ等がダルい感じで見てた画面に現れた時何かがひっかかった。やたら腰が低くて手が早い丁寧な口調の短気な男とやたら居丈高で勘違いしてる男が、ほとんど展開しない話を延々と話続けるだけなのに声を立てて笑っていた。見なくなったM-1の準優勝者なのも年明け知った。
そこから文明の利器Youtubeをチェック。番組表もチェック。
年も同じで思いっきり親近感が湧いた所でmixiのコミュをチェックしてみた。
いやーmixi怖い。
中学生位だったらともかく、イイ年の大人が
というの、なんとかならん?
なんか一人盛り上がりすぎてて最後に「旦那がウザイ」とか書かれると
この人にとってオードリーの人達ってのは現実じゃない世界の人なのかなあ
ジャニーズは全然好きじゃないんだけど同じノリのジャニ好きいるし、
ビジュアル系バンドの追っかけやアイドルの親衛隊(懐かしい言葉)とかもそうだし
なんていうかテレビに出ている人に対する好きの表現が
「抱きしめちゃいたい」とか
「結婚したい」
に繋がるのか、わからない。
多分自分は同じジムとか駅のホームとかに好きな芸能人が現れても一瞥して知らない人だから話しかけもしないだろうし、一個人としてみたらカメラの廻ってない時のその人を知らないから恋愛の対象とか考えもつかない。
カメラの廻ってない所で話してみたい、っていう気持ちは少しはあるけれど、そんな人は日本中たくさん居るし、そこまで話してみたいかという、別に、という感じ。
http://anond.hatelabo.jp/20081106005405
エヴァ。
1軒目,13000円で当たらず。
店がイベント時は,ホルコン使うと有名で
隣が全回転や格納庫出すという当たり台だったので撤退。
2軒目。あんまり客がいないのを不安に思いつつ。
1台打って回らなかったので隣に移動。
打ってると移動した台に人が座り即当たる…orz
くやしさをかみしめながら7000円で
その時短中に初号機F型を外すが,シンジ疑似3が来て引き戻し&確変
そこから4連,レリエル突発などを見る。
時短抜けて120くらいで次回予告!「奇跡の価値は」で単柄テンパイ。
当たったっしょー。と見たら,予想通り当たったが単発。
全回転はなかったものの,二号機格納庫などが見れた。
さらに9連の時短抜けて120回くらいで
使徒予告「サファクエル(初号機リーチのやつ)」が来て,あ,けっこう熱いかも。
って思ってたら,初号機格納庫キタコレ!!
それから3連。
2箱半飲ませて,換金して+45000円でした。
最近,調子いいぜ。
買ったお金でリトルビッグプラネットのDS3同梱版買った。(最後の1個だった)
「じゃーな」とか書いといて追記書きに来るのは激しく格好悪いけど、こういう書き散らし方したら伝わらない人も多いだろうなと思って見てみたら、やっぱりその通りだったので少しだけ。
はてなのコミュニティだけが悪い訳じゃないし、ブログや日記、ソーシャルブックマークというメディアの特性もあるんだけど、それでもここにどっぷり浸かってたら「口だけ」になる、と危機感を感じたことは事実だ。そこをもう少しだけ詳しく書いてみる。
はてな界隈やホテントリから見える人は本当に頭のいい人が多い。そしてその界隈で飛び交っている情報量も多い。そこにどっぷり浸かっていると、自分も色々な方向から物が見えて色んな物を見通せるようになりたいと願うし実際に少しずつなっていくだろう。自分の意見を書けばはてブやトラバを通して反応があり、それなりに満足する。充足する。しかし後に続かない。結果だけを見てみれば、大量の情報と、実際に行動を起こすことと比べればほんのわずかな成長と、あとは自己顕示欲を満足させただけになっている。
また情報が多すぎることも問題の一つだ。昔のホテントリでも似たような記事があったが、新しい情報やサービスなどが怒濤のように押し寄せてきて一人の人間には処理しきれない。結果、その情報などをスクラップするだけで事を為した気がして終わってしまう。
一言で言えば、はてなには「頭でっかち」になり易い環境が揃いすぎている。
大概の人はそれでも自分を律して、地に足を付けながら自分のペースで情報を処理していくのかも知れない。私だけがそう言う流されやすい人間なのかも知れない。でも同じ人が居るなら気付いて欲しい。
この3連休は所用があって旅行などに行けなかったのだが、その代わりに幾つかやろうと思ってやってなかったことを実行した。
良くあるモノを捨てる、というのを実行した。
前々から気になっていたライブラリを使って幾つかの実験をしてみた。
とある物の性能表がはっきりしてないと思っていたので徹底的に調べた。
そして、これらをやる際に検索したりして一番役立った情報元が所属するところにアウトプットした。
顕名のブログで「発信」するより匿名で「情報提供」する方が後に続く人に役立つならそうしよう。自己顕示欲は満たされないかもしれない。でも後に続く人により役立つのであれば、その方が価値はあるだろう。そして私の身に残る物もその方が大きいだろう。
それが今の私の考え方だ。
概要は以下
http://www.paradisearmy.com/doujin/pasok7_ken.htm
「賢者タイム」 とは、男性が 「オナニー」 を終えて (射精終了、いわゆる「抜いた後」)、それまでのめくるめく興奮のるつぼ、怒濤の感情の爆発から一転、冷静で沈着で脱力もした状態、魂の抜け殻のようになったその時間のことです。 「聖人タイム」、あるいは 「スーパー賢者タイム」「ハイパー賢者タイム」「賢者モード」「賢者状態」 などとも呼びます。
それまではオカズとなる 「18禁」 な H雑誌や動画、妄想などで、はちきれんばかりになった股間と脳みそが、「その瞬間」 からすうっと潮が引くかのように落ち着いて、若干の「やっちまった…」みたいな後悔をしつつ、出したものの処理をする数分間でしょうか。 とりわけ直後からの1分間はあらゆる煩悩が完全に浄化され、まるで悟りを開ききった仏様のような無欲無我の境地に達しているといっても過言ではありません。
それまで愛しくてたまらなかったエロ本や動画が急にどうでもよくなったり興味が失せたりするのもこの瞬間で、まぁ実際に相手のいるセックスならパートナーに配慮したりもしますし、雑誌や 「同人誌」 なんかは手元に残ったりもしますが、パソコンの動画や画像なんかは、「もうこれでやることはないだろう…消すか」なんて消したり、ネットサーフィンで掘り当てたサイトのブックマークをせずにブラウザを閉じたりします。 とりわけその動画や画像が過激で変態的でドロドロぐちょぐちょなものであればあるほど、事後はうっとうしく感じたり、時には嫌悪感すら覚えたりするものです。
特に三段目の部分。事後にファイルをわざわざ削除するという発想がよく分からない。それこそPC内のファイルは本やビデオテープ、DVDと違って物理的な実体を持たないんだから、ファイル自体を目に付かない場所に移動させておけば何の不都合も無いのに。何故わざわざ削除しようとするのだろうか?ファイルを削除するという事は、そのファイルが二度と手に入らないリスクを冒すことでもあり、将来再入手する際に前回と同等に近いコスト(時間的、金銭的)を支払う事を意味しているわけだが、そういう事すらもどうでも良くなるくらいに「悟りを開」いてしまうものなのか?
「賢者タイム」に共感する男性諸氏の意見を乞いたい。ちなみに俺も男。基本的に拾った画像、動画の類はよほど不快なもの(グロや極端にマニアックな嗜好のもの)以外は削除した覚えが無い。
やっちまった。日本で聖火リレーが行われた日、中国人の友達とチベット問題についてやり合ってしまった。
本音を言えば、彼女とはチベット問題について語りたくなかった。「中国を悪く言う人は誰であれ許さない」っていうくらい、愛国心の強い人だって分かっていたから。
彼女は25歳、中国で二番目に良い大学を卒業し、ケンブリッジ大学の修士を終えた、言ってみれば秀才だ。
ちなみに自分は29歳。女。一応日本で修士は取ったけど、いまは無職w
その日はお互いにイギリスを発つ直前、最後に一回会おうということで一緒にパブに行った。実は、ちょっとお互いの雰囲気が悪くなっているのを修復する為にも会いたかった。ワインを飲んでいい気分で楽しく話しているうちに、彼女が切り出した。
彼女:今オリンピックの聖火リレーでロンドンとかパリで妨害を受けているのを知ってるよね?本当にむかつく。スポーツと政治を混ぜるべきじゃない。知ってる?第一次世界大戦中だって、オリンピックは開催されたんだよ
私:うーん、モスクワオリンピックだってボイコットあったし、そもそもオリンピックがそんなに神聖なものだとも思わない。
後はもう、怒濤のやり合い。私も彼女もいったん議論が始まったら後には引かない性質なのでノンストップで1時間半ほどやり合った。ちなみに西洋のマスメディア批判・それを鵜呑みにする西洋人の批判・正義に見せかけたアメリカの乗っ取り陰謀というのはもうデフォルトで刷り込まれてた。もう中国人のテンプレ通りの論理の展開ですね。
彼女:法輪功なんて中国じゃあ非科学的で馬鹿にされている。あれを信じている人は本当に愚か。
彼女:中国は広いし、衝突があるのはしょうがないよ。他の国にだってこういう衝突はいくらでもあるのになぜ中国ばかり批判されるのはおかしい。第一、ほとんど全ての、99.9999999999999パーセントの中国人が政府に満足しているし。
私:大部分の人間が幸せだからって、少数派の声が無視されていい訳じゃない。それが民主主義の考え方だよ。中国が西洋と並ぶような国になりたいならそれは避けては通れないよ。
彼女:でも人権侵害だとか宗教の迫害だとかありえないし聞いた事がないよ。
私:チベットでダライラマの写真が持てないとか聞いたよ。それはどうなの?
彼女:中国では宗教の自由は保障されている。仏教徒はたくさんいるし、なにより私の姉はクリスチャンだもん。何を信じようが自由はある。とにかく、人権侵害なんてないし、街は平和。嘘だと思えば中国に来てみれば良いよ。
私:でもツーリストか行ける場所なんて裕福な場所に決まってるし、短期間の滞在で何かが分かるとも思えないよ。
彼女:政府が情報を統制しているから知らないだけだとか言うかもしれないけど、弾圧だとか酷い人権侵害が実際に起きているのなら中国に居たら絶対に耳に入るはずだよ。おかしいよ。今まで中国に居てそんなこと聞いた事ないもの。
私:(‥絶句。なんで断言できるんだ。自分で中国は広いっていったじゃないか。)とにかくテロ行為をするんでもないのに反政府的だってだけで刑務所に入れられるのはおかしいよ。
彼女:彼らだって権力が欲しいだけだよ。思想を表明しただけとか言われているけど本当に何をやったのかなんて分からないよ
私:‥‥‥‥‥‥。
彼女:情報統制だって、私が中国に居たときには全然そんな事されているように感じなかった。
私:それはあなたが、検閲の対象になるようなチベットとかそういう事柄について興味が無いからだよ。
彼女:政府が賄賂だとか癒着だとか、悪い事をやっているのは知っている。それでも私は政府が好きだ。反政府の人間は本当に許せない。
私:どうしてそんなに許せないの?暴力的でない限り思想を表明する自由は奪われるべきじゃないよ。
彼女:法輪功もダライラマも反政府の人間も、結局権力を求めて人々を操作しているだけだよ。
私:‥‥‥。ダライラマは独立を求めないって言ってたじゃん。たとえもし、権力を求めているのだとしても、それは今中国政府がやっていることと同じじゃないの?権力を維持する為に、人を操作する。権力を奪われたくないからってそれを鎮圧するのはおかしい。健康的な国じゃない。
彼女:一党独裁が良くないのは知っている。ただそれを変えるのは少しずつでなくちゃいけない。今急激に変化させたら中国の経済が駄目になってしまうもん。チベットの問題のために経済を犠牲にしていいとは思わない。
彼女:チベットはより豊かなアメリカと繋がりたいだけ。 正直言って、中国はまだ貧しい。子供が貧乏な国をいやがって、より豊かな親を望むのと一緒。それだけ。 知ってる?政府はチベットを金銭的に補助しているんだよ。鉄道だって作ったし、教育だって優遇している。
私:経済的に優遇しているのは知ってるよ。でも彼らが求めているのは経済的な幸せじゃないから、問題なんじゃないの? 彼らが欲しいのは人権だとか宗教の自由じゃないの?だから問題なんじゃないの?
彼女:とにかく私は反政府主義者は大嫌い。政府が嫌なら他の国でも行けば良いよ。その自由はあるもの。
私:なんでそんな理由で自分の国を、土地を捨てなくちゃ行けないわけ?なんでチベット人がインドに行かなくちゃいけないわけ?
彼女:あなたは自分の国が切り離されるわけじゃないから私の気持ちがわからないんだよ!
途中彼女もそうとう感情的になり、論理がめちゃくちゃな所もあった。でもその分本音も聞けたと思う。特に経済云々のところはとくにそうだし、私もそういう気持ちが中国人にあることは納得出来る。
彼女は、私の反論について答えられない時はとにかく,「ほとんど100パーセントの中国人は政府に満足している、そして反政府主義者は許せない」と繰り返した。
とにかく、彼女の盲目的すぎる政府への愛、にとにかく違和感を覚えた。なんだ、この忠誠心。海外在住のエリート、頭は切れるし、もちろん英語の情報も理解出来る、なのにどうして中国政府の言い分だけを受け入れる?本当に中国での情報統制が完璧で、海外に出て来てから周りで言われる中国の実情と、自分が生まれ育つうちに聞いてきた理想の中国政府像がかけ離れすぎていて受け入れられないのか。そうかもしれない。ちなみに彼女はイギリスに来て私に教わるまで、北朝鮮が「ああいう」国だと知らなかったらしい。おそろしや中国の情報統制。
チベットとアメリカの事について親子の例を出していたのは彼女自身だが、もしかすると、彼女ら若い世代の中国人は政府に対して親に対するような忠誠心を持っているのかもしれない、と思った。親が幾ら悪い事をしようが、それに対して反抗するのは許せない。だって親だもの、ってことなのか。それって儒教教育のせい?好景気しか経験してないから批判的な目が育ってない?
なんだろう。日本みたいな国で育ったせいか、もちろん自分の国は好きだけど政府についてはちょっと批判的なスタンスでいるくらいの方が国としては健康的なんじゃないかと思っちゃっている。そんな自分にとっては,彼女の盲目さは異常。彼女と同世代の中国人がみんなこんな感じなのかと思って、正直気持ちが暗くなった。
そして当方(WEBデザイナー)のところへ相談にきた彼女いわく
「私もあなたみたいにホームページをつくる仕事がしたいんだけど
どの資格をとればなれるの?」
うーーーん。
持ってるからって就職が有利になるという話も聞いたことがないかなぁ、
ところで、ホームページって今まで作ったことある?
と、聞いてみた。以下「」内が友人発言、-部分が私の発言。
「ブログはやってるよ」
「デザインはしょっちゅう変えてるよー。いろいろ増えるし」
「ケータイだよ。家にPCないし。だからパソコンも買おうと思ってー。
「30万かな。パートだし子持ちだし、いろいろきついんだよ(笑)」
「ほかの人のブログ見るくらいかなあ」
・・・以上会話・・・
ちなみになぜその職業を目指そうと思ったかというと
「いろんな仕事してる人を見てあなたの仕事が一番面白そうだし、
楽そうだったから」
だそうだ。
いや……それは趣味の延長で楽しんでる部分もあるけどさ。
私とは別の苦労をしているあなたに愚痴吐いたりしないけどさ。
ちょっと凹んだ。
初心者コースにぶっこまれたら1年くらいじゃまったくものにならないことを説明し
とりあえず予算30万じゃ無理だとは言ったが、
「貸してくれ」「教えてくれ」がはじまりそうだったので
そんな時間はないといってかわしたが
(子供連れて休みの日に自宅襲撃されるのだけは勘弁してください)
かといって独学でできるほどのバイタリティもなさそうだし、どうなるかな……
「何がなんだかわからない怪しい職業」だの
親戚には「絵も書けないのに何がデザイナーだ」と言われたっけ。
一瞬で消えてしまう、「虚業」だとは思いますがね。
楽しくやってるんでいいですけどね。ちょっと疲れたよパトラッシュ。
元増田です。
あれからいろいろ考えてるうちに、彼氏さんからの怒濤のメール攻撃があって、打ち抜かれてぼろぼろ。
もうすこし匿名ダイアリー使わせてください。でもグチにならないようにするぞ!
判ったことがある。
いつも”いいよいいよ俺が出すから”と、デート時の食事代を主に支払っていてくれた彼氏さん。
それは”出してあげたい”っていう気持ちより、”こんだけ出してやってる俺”って気持ちだったんじゃないかと思う。
私が半分渡したりしても、断固として拒否した。
ときに割り勘の時があったが、彼氏さん曰く”そういうとき無意識に無言になってるの気づかないの?”とのこと。・・・いや、出してもらうときも無言だけど。。(最後にお礼は言うけど)。
割り勘の時はたいていむこうが何か心に不満を持っているときだ。だからよけいに無言なんじゃないかとも思ってみる。
実は先日の旅行前もモメゴトがあった。旅行のほんとに直前だった。”(某アミューズメントパーク)のチケットは各自Loppiで買おう”と言われた。仲直りしかけで、まだ心に何かを抱えているのが判った。
私が彼氏さんにとって期待はずれのことをしたとき、彼氏さんは”あんなに金かけてやったのにそれかよ”と思ったのだろう。
手作りのマーブルチョコチーズケーキとフロランタン。あんまり甘くない物がいいと言ってたなー、とじっくり探し、1週間前には予行演習もし、ラッピングも好みに合わせて。
しかし私のしたことは”自分が主役”の自己満足なんだそうだ。そう言われてしまったら手作りチョコって何なんだろ・・・。
ゴディバより予算かかってるんですが(←ああ私も心がケチになっている)。
友達には言うまいと思っていた。こんなくだらないことで相談するのは申し訳ない。しかしどうにもならなくなって彼氏さんと共通の友人夫婦に電話をした。
彼氏さんはこの友人夫婦に話されるのを好まない。私は彼氏さんのブログで世界中に文句を発信されてるけど(笑)。前の喧嘩で、ついったーでネガティブなことを書くことすら否定されたので、私はこの匿名ダイアリーにすがったのだ。
友人夫婦に話されるのがイヤってことは、自分の意見に自信がないからなんじゃないかな?と思うんだけど。
友人
”心がケチならすべてがケチになるよ。そしてその攻撃を受けた○○ちゃん(=私)も心がケチになってしまうのよ。ウチのだんなはお金にケチだけど心はケチじゃないよ。あ、たまにケチだけど(笑)。
○○ちゃん、ちゃんと怒ってること伝えなきゃ。文句言われたことに説明で返しても、言い訳としか思われないよ”
私
”だって同じように「距離を置きましょう」ってヤケで返したら、学がないというか・・・(むにゃむにゃ)”
友人
私
”はっ!!!”
友人の言葉で我に返った。
この週末は、自分を見つめ直そう。