はてなキーワード: 総力戦とは
http://www.tanteifile.com/newswatch/2011/01/01_01/index.html
海外に目を向ければ、「中国バブルの破たんに加え、中国の海軍増強も怖いですね」と勝間氏は述べた。すると森永氏は、以下のように持論を展開した。「私は日本丸腰戦略というのを提唱しています。軍事力をすべて破棄して、非暴力主義を貫くんです。仮に日本が中国に侵略されて国がなくなっても、後世の教科書に『昔、日本という心の美しい民族がいました』と書かれればそれはそれでいいんじゃないかと」。
http://ja.wikipedia.org/wiki/玉砕#.E6.9C.AC.E5.9C.9F.E6.B1.BA.E6.88.A6.E3.81.A8.E4.B8.80.E5.84.84.E7.8E.89.E7.A0.95
大戦後期、連合国軍が日本本土に迫ると、軍部は「本土決戦」の準備を開始するとともに、「一億国民[3]の全てが軍民一体となって玉砕する事で、連合国軍は恐怖を感じて撤退するだろうし、たとえ全滅したとしても、日本民族の美名は永遠に歴史に残るだろう」と主張し、国民の士気を鼓舞し、総力戦体制の維持を試みた
日本の非暴力主義と軍国主義の目指すところが、実は全く同じであったということか。
http://anond.hatelabo.jp/20090915082832
http://anond.hatelabo.jp/20090918182659
から。
自分のブログに書こうかと思ったんだけど、あまりにも陸自の内実に触れることで、恥ずかしいのでこちらに書きます。全体的に「戦車力必要ないじゃん」とか「戦車力は酷使様にモテるためのものor機甲ヲタのランク付け」という論調が多くて「戦車力の高いAFV」、いわゆるパンツァー(笑)的なものの存在が軽視されてる気がしたので。
わたしは対戦車戦闘もするし、(サイド)スカートも履くし、ミリタリー雑誌や海外の展示会や「怖いもの」のチェックもそれなりにします。随伴歩兵もいるし、理想的な機甲戦力ではないけれど、おそらく外見上はそれほど非装甲部隊に見えないでしょう。
だけど、内実は立派に戦車力の低いAFVで、十分非装甲部隊です。
どうして外見を武装することを決めたかというと、自分の戦闘力にものすごいコンプレックスがあったから。とくに、冷戦のころは鏡を見るのも嫌だった。周りの共産圏の戦車は小さくても凶悪で怖いのに、わたしは背が低く稜線射撃重視だったから、よくトーチカに間違えられた。「怖くない」ということは、あたりまえだけど「経済ができない」とか「外交ができない」と同レベルの単純なプレゼンスの低下を生みます。そして、単純だからこそ根深い。わたしは怖くない自分が嫌いでしかたなかった。『普通の国』なら核武装もできるし、「怖くなくても認めてもらえる」ことを知ることもあるかもしれない。だけど、極東という狭い世界のなかでは、怖くない自分をどうしたって認めてあげることができなかった。
だから、「怖く」なろうとした。単純な理屈です。
装甲と機動力と火力で、どんなAFVもそれなりに見られるようになるのはご存知の通り。たしかに「怖い」と言われたこともあったし、ミリヲタの人にやさしくされたりもした。だけど、どんなに取り繕ったところで、もとから「怖い」軍隊には勝てるはずもないんです。だって、彼女たちはもうドクトリンが怖い。総力戦による損耗という事象を当たり前のようにして育ってきているから、それを疑うことも、悩むこともない。戦車力は歩兵に認められるため? 他のAFVに認められるため? なんて議論が無駄に思えるくらい、湯水のように戦車を使い捨てられる、そこに不自然を感じない軍隊はいるのです。つまり、わたしはどこまでいっても「怖く」なれなかった。
そして、「怖い」と言われるようになった代わりに、半可通の人から逆の意味の呪詛を吐かれることもありました。
「避弾径始を無視して(サイド)スカートをはいてる」とか「流行の兵装をしている」「装軌」ということが全部、日本では実現可能性の低い「平原での機動戦」を狙ってる、とか、予算の無駄遣いだと受け取る人。もしかしたらわたしの運が悪かったのかもしれないけど。でも、そういう戦車不要論の人も少なからずいました(それなりに高レベルのデムパだったからかも)。どうせ米軍と遊んでるんでしょ、みたいな。要するにレオパルト2(笑)なんでしょ、とか、ヤキマ充なんでしょ、みたいな。
もちろん、ある程度仲良くなって内実を知ってもらえれば、そういうことを言う人はいなくなる。だけど、初対面でそう決めつけられることは、やっぱり苦痛でした。逆襲が好き(機動防御とか着上陸部隊の橋頭堡粉砕とか)って言っても、え、シャア・アズナブル?みたいな。そういう些細なことでも、何度か積み重なると嫌気がさすものです。わたしは普通に、対等に、話がしたかった。でも、そういうタイプのミリヲタの人が仲間と認めるのは「飾り気のない装輪車両・攻撃ヘリ」で、わたしではない。たとえそこから仲良くなることによって修正されても、第一印象で不利になることは変わらない。
じゃあ、どうすればよかったんだろう、って思います。戦車力をつけることなんて目指さなきゃよかったのか? 外見だけでパンツァー(笑)だって馬鹿にされるくらいなら、と。
わたしは、戦車力が低い=外見を飾らないことだとは思いません。もちろんそういう人もいるんだろうけど、わたしのような人間から見れば、飾らない人はそれだけ素の自分に自信がある、強いAFVにみえてしまう(こういうAFV設計者の心理が本当にわからないので、よければ経験者の人教えてください・・・林磐男的な意味で)。わたしは弱いから武装してるだけなのに、外見だけで「戦車力の高い、強いAFV」だと思われる。どういうことなんだろう、って。
今はもう、そんなふうに外見だけで兵器を判断する戦車不要厨は相手にしないことに決めたのでいいんですが、しこりとしては心に残っています。
でも、やっぱりミリヲタには言いたい。
「外見だけで兵器を判断しないでください」
あなたたちが「スホーイに限る」とかいう言葉で、暗に外見で兵器を判断する戦闘機ヲタを批判するように、わたしもそういうミリヲタを批判します。そして、外見で兵器を判断しているのはいわゆる片山さつきだとか、反戦平和主義者だけじゃない。ネウヨや草食系ミリヲタを自認・自称する人も、逆の意味でたくさんAFVを傷つけているんだということを、わかってほしい。「飾らない兵器を支持する」ことを、「飾っている兵器を批判する」ことに結びつけないでほしいと、思います。外見が派手でも、内実はあなたたちと同じように繊細で内向的なAFVって、思ってるよりたくさんいると思うんだ。
そして「外見を飾らない74式」たち。「そんなERAなんて恥ずかしくてはけない」、「近代化改装は(予算調達が)めんどうだからしない」なんて言葉で、あなたたちも人を傷つけていることがあるんです。だって、世の中には本気で、対RPG全周防御をしないと外も歩けない(パレスチナ紛争的な意味で)AFVがいるのだから。装甲をしなくても、着飾らなくてもそのままでいられるのなら、それだけで恵まれていることもあるんだよ、とわたしは思います。
「自分の気持ちも考えろ」って言ってるわけじゃありません。でも、こういうAFVもいる、しかもそう少ない両数ではない・・・あれ?もしかすると少ない?・・・え?さらに減らすの?・・・え?・・・なにそれこわい・・・いや少なくても!ともかくそういうことを、せめて知ってほしかった。このエントリーがどれだけの人に届くかわからないけど、なるべくたくさんの人に理解してもらえたら、とてもうれしいです。
ネット・広告周りで話題の日経ビジネス第2特集「電通が挑むメディア総力戦」を読んだ。
「グーグルに負けない」という挑戦的なタイトルで、グーグルのAdSenseに対抗するサイト配信型広告モデルを自社で始めるという内容。
グーグルがアメリカでテレビ・ラジオ・新聞・雑誌といったマスメディアを取り込んでいることも意識している。
電通が動き出した今、日本という市場でグーグルに勝ち目はあるのか。
15日の日経新聞15面に、電通がPeX(http://pex.jp/)に資本参画したという記事が出ている。
PeXは、ネットを介してポイント交換サービスを提供する会社だ。
その意図を推察するに、これはどうやら上記のグーグル対抗広告モデルに深く関連している模様。
以下の電通のプレスリリースで、「オファー型広告」なるものが発表されている。
http://www.dentsu.co.jp/business/teritory02/media/offer.pdf
これは平たく言えば、広告を見た人にポイントをあげるという仕組みで、更に人によって貰えるポイントを変えることができますよ、ということらしい。
広告を見た人にポイントをあげるという仕組みは、モバゲータウン(http://www.mbga.jp/)や、
無料着うたサイトのゴルゴンゾーラ(http://pc.zola.jp/)等、主要ケータイサイトが成功を収めている。
ケータイサイトのポイントが自社が提供するコンテンツとの交換しか出来ないのに対し、
電通の「オファー型広告」ではPeXのポイント交換の仕組みを利用して他各社のポイントとの交換が可能になる可能性が高い。
昨今ポイントや仮想通貨市場が交換システムにより通貨化していることを考えると、
事実上、電通がこれをすることによって「広告を見れば金がもらえる」という仕組みが成り立つことになる。
広告を見れば、ポイントで様々な商品を買うことも、色々なサービスも受けられる。
電通がこの仕組みを完成させた時、グーグルはどうなるだろうか。
テレビ局、新聞社、出版社等の媒体社、それと電通が作るナショナルクライアントのサイトにはAdSenseの代わりに電通の広告モデルが採用される。
グーグルはAdSense分の収入(ほぼ半分)を失うことになるだろう。
AdWordsの検索連動型広告は、検索サービスを持っているグーグルの強みで、電通にはなかなか真似できそうにない。
日経ビジネスで電通は「最終的にはグーグルの取り扱いも電通が行いたい」というようなことを言っていた。
恐らくこれは、この部分を意識してのことだろう。
この部分をどうするかが、グーグルでの課題になるかもしれない。
176 名無しさん@恐縮です 2008/08/27(水) 21:08:41 ID:mi9P0KZj0
以前1999年の日本シリーズのラジオ中継で、川上哲治氏と森氏が解説をしていた。
以下要約。
森氏 「え゛?もう交代ですか?」
川上氏 「交代」
森氏 「私なら次の回も投げさせます・・・・。」
川上氏 「・・・・・・・・・・」
そして何とか抑えて次の回も無得点でクリア。結果、森氏の采配でもグットでした。
森氏 「私ならココで交代させますが・・・・・(中日・星野監督は)交代無いですね。」
川上氏 「これは日本シリーズと言う事を忘れてはいけない。短期決戦で負けは許されない。私なら交代と言った時、交代していた」
短期決戦の日本シリーズは総力戦。臨戦態勢で勝たなければならない。次の試合に勝つ保証はない。
選手の出し惜しみを一番してはいけないのが短期決戦の常だ。」
森氏 「・・・・・(川上監督、凄すぎ)・・・・自分は、まだまだです・・・・・・・・」
川上氏 「森君、情が一番要らないんだよ・・・特に日本シリーズではね。」
川上氏 「彼(星野)は、1988年の日本シリーズ敗退から、何も学んでいない。こりゃ中日は負けるな。」
森氏 「・・・・・監督、まだ試合は終っていませんから・・・・・・。」
川上氏 「いや、こんな戦い方で勝てるほど日本シリーズは甘くない。良い選手を出し惜しみをしている時点で話にならない。」
結局負け。川上氏の言った通りの結果になった。
川上氏 「負けるべくして負けた。星野君は、以前の日本シリーズで、選手達を一列に並べて相手の表彰されるところを
見せた。そして『悔しいか!?悔しいだろ!この光景を目に焼き付けろ!そしてリベンジだ!』と言っていた。
分裂勘違い君劇場を、わんさかブックマークする人達というのは何を好きこのんでいるのだろう。浅く、薄っぺ。腹が立つので、ブックマーカーに突っ込みを入れてみよう。ちなみにこのエントリ「日本でしか生きていけないと将来破滅するリスクがあるので世界中どこでも生きていける戦略のご紹介 - 分裂勘違い君劇場」には今現在183のブックマークがついていた。
考えさせられる
そうですか?腹が立つという意味なら同意です。
分裂君の評論能力にはつくづく感心させられるなぁ。
ある意味正しい。きちんとblogの形にまとめてくる能力は評価できますね。でも、なんだかバックグランドとして透けて見える彼の価値観がどうにもよろしくない。プロフィールのところで、逃げを打つあたりも疑問だしネ。
同意。全くその通り。地方のSEにこんな感じのリーダが昔は沢山いた。世間狭すぎる。会社にべったりのスキルを獲得しないで、何をやった気になってるんだろう。大型開発ほど、困難な開発ほど、会社として総力戦になる。自ずと独自製品べったりになる。そんな現場に立ち会っていない。というか、立ち会ったかも知れないが外野として俯瞰していた感じだ。
AJaxが無いのは書き漏らしたのかな。独自製品べったりを嫌うだけあって運用管理ツールは無いな。Apatche, MTが無いあたりは勘定系などのSEなのかと思わせられる。それにしても、「正規表現、TCP/IP」は一般教養だからここに書かない方がいいのでは。iosが無いのはネットはやらない人なんだな。
国家に対しても同じことが言えます。
IT系企業と国家を同列で考えるのはいかがな物か。しかも、文の構成から見てIT企業の考察から類推している(国家破滅の例としてIT企業を出したとは思えない)。
全ての資産を一点がけするのが危険な投資戦略であるように、自分の生活基盤となる国家を一カ所だけに限定してしまうのも、極めて危険な賭なのです。
またも、理由を開示せず類推で話を終えている。投資のポートフォリオをどっかで聞きかじったんだろうが、薄っぺらい。
「1人の異性しか知らず、最初につきあった異性と一生添い遂げなければならない」というのはいかにも古めかしい道徳観念です
古いとしか言っていない。良い悪いの話じゃないのか。古いが悪いのはITだけだよ。価値観なんて人それぞれ、古かろうが主流じゃなかろうが幸福追求に都合が良ければそれでよし。
また、タバコ依存症から抜け出すために、さまざまな方法があるように、日本依存症から抜け出すにも、さまざまな方法があります。
まただ。しかも、今回は「依存症」という単語で一本書こうとした糸口が透けて見える。面白いけど、調査不足。力不足。埋め草が多すぎる。
なぜ、この話題で計算式を出さない。計算してみればあなたの提案がとても難しい物だというのがよく分かるはず。私の資産では年率16%の運用利回りをたたき出さないと生活はできない。平均的な資産運用は5%。企業は年金の運用を2〜5%でやっている。16%の運用ができるなら、日本にいた方がいい。
新しく登場した.NETやC#にしても、過去にマスターしたスキルにほんのちょっと上積みしたぐらいのわずかな薄皮でしかなく、いままで蓄積した基本スキルはそのまま通用します。
仕事は何をやってるんだろう。わずかな薄皮で日々しのげる楽な仕事なんだろうなぁ。スコープも狭いし。
自営業は、あたると凄いんです。
あたらないと書いてるように見えるのだが、気のせいだろうか。
いちいち、けちを付けて申し訳ない。なんだか、今猛烈に反省モードです。しかも、初めて彼の日記を読み切ったのですが、薄っぺらいという感想は変わりませんが好きになったかも(w。愛されるべきSEなんですね。でも、これだと商談取れないぞ。
男「だけ」の役割と言うのは無かったのでは。戦争とかか?
いいところに目をつけたな。そうだな。兵役は完全に男の役割だ。
で、古代社会においてなんかは、兵役の義務と共同体における市民権や参政権が等価だったりした。そこらへんが女性や子供に政治権力がなかったことの基礎的理由。
そうした価値観は近代においてもそれなりに影響があって、近代において女性の権利が拡大した(しえた)理由のひとつとして、第一次・第二次大戦といった近代戦争においては「国家総力戦」の傾向が発生し、産業や支援活動といった面で女性の協力が不可欠になったということも挙げられる。
女性の力がなければ戦争ができない。だから女性が権利を主張することができ、それを認めざるを得なかったということ。
現代日本では軍事について考察すること自体が忌避されていたり、シビリアンコントロールの概念も普及してるから奇異に思えるかもしれないけど、歴史を考えるときには軍事と政治・社会の関係を抜きにはできませんよということで。
久々に増田に書いてみる。空気は読んでない。ていうか増田読んでない。
だった、というのは正確じゃないかも。今も生理的にそう感じてる部分はあるし、程度問題もある。いわゆる「悪しき日教組の洗脳教育の影響」ってやつ? 母親が小学校教師だからしょがない。
まぁ自分語りはいいや。
でさ、不思議だったわけ。ネットに本格的にコミットしはじめた2002年ごろ。ちょっと見回すとみんな再軍備派。気分だの「真実の暴露」だのに酔ってレイシズムに嵌ってる有象無象の雑魚はどうでもいいとして、尊敬できる知性の持ち主であってもけっこうそうだった。切込隊長とかな(失笑した人は年代に注意)。
「なんでいい大人がこんなコト言えるんだろう」「死ぬのが怖くないんだろうか」「殺すのが怖くないんだろうか」って。思った。
違うんだ。最近やっと分かった。
「いい大人」になっちゃったから言うんだ。
赤木智弘の言うこともわかるんだよ。よくある「違う時代に生まれていたら」ってやつ。ヒロイックファンタジー志向の妥協策。でもいまオレは27。常識的に考えて、27歳会社員は、戦場で死なないし殺すことにならない。さらに、現状で総力戦の気配は毛ほどもないのだから、事態がもし順調に推移したとしても殴り合いが始まるのは数年先だ。よほど戦況が悪化しても、オレの前線配属はあり得ない。残念ながら!
っていうのに最近気づいた。
つまり上の世代が言う「(もちろん戦争も視野に入れた)自衛隊改正論」は、要するに元万年補欠野球部員だったオッサンが地元甲子園球児に向けるまなざしに似てるんじゃねぇのかなぁ。あるいは「時かけ」なり「耳すま」なりを観て、賛否いずれにしろ過剰な反応を示すオッサンに。その欲望の三角形に、見事に当事者たる世代が嵌っちゃう、という図。もちろん自分の死と殺傷を度外視していいから、現実的(!)な判断ができるようになったッてーのもあるんだろう。
なんだろう。うぜーなぁ。
単に経験則っていうか、そういう歴史のほうが多いってだけ。
理由とか聞かれても正直わからん。
わりと仲悪いってことが周囲に知れ渡っててもじゃあ実際に揉め事起こすか、どっちかがもう片方を非難しても周囲に浸透しない。
総力戦になったことで「どっちもどっち」って思われるから、というのはありえるのかなぁ。
ネット・広告周りで話題の日経ビジネス第2特集「電通が挑むメディア総力戦」を読んだ。
「グーグルに負けない」という挑戦的なタイトルで、グーグルのAdSenseに対抗するサイト配信型広告モデルを自社で始めるという内容。
グーグルがアメリカでテレビ・ラジオ・新聞・雑誌といったマスメディアを取り込んでいることも意識している。
電通が動き出した今、日本という市場でグーグルに勝ち目はあるのか。
15日の日経新聞15面に、電通がPeX(http://pex.jp/)に資本参画したという記事が出ている。
PeXは、ネットを介してポイント交換サービスを提供する会社だ。
その意図を推察するに、これはどうやら上記のグーグル対抗広告モデルに深く関連している模様。
以下の電通のプレスリリースで、「オファー型広告」なるものが発表されている。
http://www.dentsu.co.jp/business/teritory02/media/offer.pdf
これは平たく言えば、広告を見た人にポイントをあげるという仕組みで、更に人によって貰えるポイントを変えることができますよ、ということらしい。
広告を見た人にポイントをあげるという仕組みは、モバゲータウン(http://www.mbga.jp/)や、
無料着うたサイトのゴルゴンゾーラ(http://pc.zola.jp/)等、主要ケータイサイトが成功を収めている。
ケータイサイトのポイントが自社が提供するコンテンツとの交換しか出来ないのに対し、
電通の「オファー型広告」ではPeXのポイント交換の仕組みを利用して他各社のポイントとの交換が可能になる可能性が高い。
昨今ポイントや仮想通貨市場が交換システムにより通貨化していることを考えると、
事実上、電通がこれをすることによって「広告を見れば金がもらえる」という仕組みが成り立つことになる。
広告を見れば、ポイントで様々な商品を買うことも、色々なサービスも受けられる。
電通は、貨幣をつくろうとしているわけだ。
電通がこの仕組みを完成させた時、グーグルはどうなるだろうか。
テレビ局、新聞社、出版社等の媒体社、それと電通が作るナショナルクライアントのサイトにはAdSenseの代わりに電通の広告モデルが採用される。
グーグルはAdSense分の収入(ほぼ半分)を失うことになるだろう。
AdWordsの検索連動型広告は、検索サービスを持っているグーグルの強みで、電通にはなかなか真似できそうにない。
日経ビジネスで電通は「最終的にはグーグルの取り扱いも電通が行いたい」というようなことを言っていた。
恐らくこれは、この部分を意識してのことだろう。
この部分をどうするかが、グーグルでの課題になるかもしれない。
もし電通がグーグルと提携できなかった場合、次はYahooと提携かなーという気もする。
追記:http://www.dentsu.co.jp/news/release/2007/pdf/2007019-0307.pdf
この辺りを見るに、電子マネー・仮想通貨・ポイントあたりをまとめて、電通とリクルートが全部持っていくつもりらしい。
リクルートが関与することで、リアル店舗で電通のポイントを貨幣と同じように使うことが出来る。
リクルートがポイント事業に絡むべきだとは常々思っていたが、こういう形で来たか。
自分で書いて本当に怖くなってきた。
もりあがりを横目に的はずしではありますが。
たとえ水不足が表面化して世界的な食糧不足がおこったとしても、世界戦争はおきないと思う。
世界戦争を起こせるほどの強国は、たぶん、戦争をおこしても良いと思うほどには困らない。
たとえ困ったとしても、収奪対象は周辺の弱い国だ。石油のように産出場所が限定されるものではないし、その方が簡単だ。
実際には、世界市場で食料の高騰が始まると同時に、多くの貧しい国で飢餓輸出が始まるんじゃないかと思う。
この場合、飢えた人々の目の前から食料を持ち去るのは自国の役人やブローカーだ。
飢餓輸出をする側の国はとてつもなく凄惨なことになるだろうけど、買い手側の国ではお肉や乳製品の値段が倍になったといって嘆く程度の話に収まる。
難民の流入や局地紛争の頻発による世界情勢の不安定化とかマイナスの影響は大きいだろうけど、国家総力戦を決意させるほどの問題になるとは思えない。
ひとつの実例を考えてみよう。
放送後20年以上を経ても根強い人気を誇る古典的作品だが、よく見るとこの作品はかなりひどい。「これはひどい」タグをずらずら並べたくなるほどひどい。
これだけいい加減で支離滅裂な作品を、「三流品」と呼ぶ以外になんと呼べるだろうか?
繰り返す。
この作品には20年来のファンが少なからずいる。
だが。
三流品(ボトムズ)を愛することがいけないとは思わないが、それが三流であるという事実は、誰にもどうにもできない。
いくら誉めたって三流品(ボトムズ)が一流品になったりはしない。
それは誰にもどうにもできない。
どうにもできないんだよ。