はてなキーワード: ユニセックスとは
自動車産業が抱える問題って、現在の日本の置かれた状況を象徴するものだよなぁ、と思い、少し掘り下げて考えてみた。「推測」と書いたのは、バックデータ・統計資料にわざわざ時間をかけてあたる暇はないので、状況証拠だけで考えていくということだ。暇な人、もしくは自動車産業関係者のマーケターの方、もしくはマクロ経済の専門家様、データを元にこの推測、といいますか仮説を検証してみてくださいませ。
「自動車の国内市場規模は縮小の一途。特に若者がクルマに興味を持ってくれない。」というのが、業界的に広く共有された悩みのよう。その典型的な事象の捉え方が痛いニュースのこの記事。
痛いニュース(ノ∀`) : “若者、車離れ” 日本国内で車売れない…トヨタ、本気でアイデア募集 - ライブドアブログ
この2ちゃんねるまとめブログで、板の題材として選ばれている記事がこれ。
国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集 (1/2) : J-CASTニュース
ま、痛いニュースとJ-CASTなので、、、、、でも、こういうメディアって、一般的な状況の捉えられ方やルサンチマン的なストレスを推し量るには本当に都合がいい。でもJ-CASTの元記事にはファクトデータも載っている。ちょっと引用してみると、
国内での販売は2年連続の減少だ。ダイハツ工業、日野自動車を含めたトヨタグループ販売は前期比同4%減の227万台と、米国販売との差が広がる一方だ。国内市場全体の落ち込みより減少幅が小さかったため、トヨタのシェア(軽自動車除く)は過去最高の45.8%まで上昇したが、トヨタ車単独で11万台の減では、シェア上昇も手離しで喜べない。
国内の自動車需要(全需)は、2006年度の軽を除いた日本国内の新車販売は前年度比8.3%減の358万台と、29年ぶりの低水準だ。登録車市場の低迷の原因としては、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている影響とされてきた。しかし、軽を加えても同4.1%減の561万台であり、国内市場全体が収縮していることが鮮明になっている。
要は、
ってこと。ちなみにこの元記事は1997年という4年前のもの。
で、その対策として当時のトヨタは、
トヨタは06年末に社内横断的なチームを立ち上げ、国内低迷脱却のアイデアを懸命に探り始めた。
対策チームは、自動車という商品の枠内だけで解答は出さず、地域や社会全体の問題の中で消費を喚起する自動車を改めて模索している。携帯電話などの情報関連の支出が増えた若者の「車離れ」や、少子化による若年人口の減少による市場構造の変化を深刻に受け止め、車が売れなくなった構造要因に真剣に目を向けざるを得ない。地域ごとの特性や家庭の年代構成、消費者の行動なども踏まえて自動車市場全体を抜本的に洗い直そうというものだ。
少子化対策は政府でも有効策を打ち出せていない難題中の難問だ。それでも、トヨタの渡辺捷昭社長は「国内市場を活性化するためには、何よりも市場創造型のいい商品を投入することだ。地域の活性化を含めて、いろんな手を打っていきたい」と、社内チームの試みに大きな期待を寄せている。
というわけで、「国内市場をどうにか活性化させるための手を打ちたいと考え、具体的なアクションを起こしている」というメッセージを打ち出したわけですね。
それに対して2ちゃんねる側の反応はだいたい2分されていて、
となっている。
で、このあと2010年になってどうなったかというと、、、、市場動向、トヨタの対応、そしてネット民wの反応がツンダオワタ情報にまとめられている。(本当は産経新聞の元記事URLを引きたかったのだが、既に削除済み。というわけで、元記事の存在証明はないところはご容赦を。(だから、論文とかでは、データとしては使えないなぁ、、、増田で使うのが精一杯。)
豊田社長「マスコミは若者の車離れと言うが、離れているのは私達メーカーではないのか」 - ツンダオワタ情報
まずはトヨタがどのような手を売ったのかというと、、
トヨタは今年1月に「スポーツ車両統括部」を立ち上げ、スポーツカーの企画や開発に関する最終権限を経営陣から現場に移譲。スポーツカーの復活とともに、走る楽しみを演出する複数の
プロジェクトが始動している。足回りの良さにこだわった特別仕様車を相次ぎ発売。4人乗りで世界最小の「iQ」6速MT搭載限定車は予約開始から1週間で完売。
9月3日。強い日差しの下、静岡県小山町の富士スピードウェイで、1台のスポーツカーが強烈なエンジン音を響かせていた。12月から世界限定500台で販売が予定されている高級
スポーツカー「レクサスLFA」(価格3750万円)。報道関係者らを対象にした試乗会が行われていた。LFAの最高時速は325キロだが、この日は1周4.5キロのコースを約2分で駆け抜けた。「ハンドルを握ったときにドキドキ、ワクワクするクルマをつくりたい」自らレースにも参戦する豊田社長は常にこう言い続けてきた。
つまり、
のようにスポーツカーに活路を見出そうとしているよう。
でも、その結果は、、、、「文中の」ファクトデータを洗ってみると、、
クルマが売れない。昨年の国内新車販売台数は約460万台と、ピーク時(平成2年)の6割程度にまで縮小している。景気低迷が一因だが、一般的には若者のクルマ離れが最大の理由とされている。調査によると、大学生の「興味ある製品」でクルマは17位(20年度)と、40~50歳代が大学生だった当時の7位から大きく後退している。
要は、
ということ。ただし、MTのiQは限定台数を売り尽くしたし、Wikipediaの記述を見るかぎり、LFXもきちんと台数は捌けているよう。要は、「作ったクルマはちゃんと売れたけど、市場全体の構造を変えるまでに至っていない」ってことですね。それに対するネット民wの反応は、1997年の痛いニュースから、全く変わっていないというのも面白いところだ。
結局のところ、市場の縮小は人口減少トレンド下では不可避。でも、せめて若年層にクルマを運転する楽しみを知ってもらい、高付加価値のクルマを継続して買ってもらえるようにすることで、市場構造の問題を少しでも緩和したい、っていうところだと思われます。少なくとも、ここまでに取り上げた情報ソースからすると、、、、ですが。
まず、「若者」という括りに対してツッコミがあるというのは、甘んじて受け入れよう。というか、全面的に納得せざるを得ない。で、話を単純化するために、母集団を「大学生」という括りに絞ってみることにする。大学進学率が上昇し、それによって「大学生」という母集団の性質が変化したという点については、「なぜ大学進学率が50%を超えたのか? -大学進学人口と大学数との関連-」という小樽商科大学の学報掲載記事をご覧いただければ一目瞭然。(ああ、やっと真っ当なデータリソースを挙げることができた、、、ホッ。)
であれば、「大学生」よりも、より限定した形で母集団を設定しなければ、まともな時系列比較ができない、ということになる。でも、そんな統計はまともに存在しないだろうなぁ、、、、ということで、ここからは、私の実感という超主観的な状況証拠を絡めてで話を進めたい。私は30代半ばで、某都心から50kmくらいにある某大学を職場とする人間だ。で、自分の周りがみんな全くクルマに興味がないかというと、そんなことはない。R32スカイラインをシートを始めとしてひたすら改造しながら乗っている先輩、フランス製オープンカーに乗る後輩、馬鹿でかいアメリカ製SUVで駅まで送ってくれた後輩、、、、普通にいる。しかし、キャンパスの周りが整備され、駐車場の確保が難しくなったなどの事情もあるのだろうが、昔はその存在を確認できた30万円で買った中古車で大学に通い、金はなくともバス/電車という公共交通機関の利用を忌避するタイプの層は、ほとんど見ることができない。つまり、エンスー、とまではいわないかもいれないが、クルマに対しそれなりのお金を費やししている層は昔も今も、少数ながら存在していて、がんばってクルマに乗ろうという層がいなくなったということになるだろう。
30万円の中古車というと、当時の車種で具体的に言えば、10年オチのファミリアハッチバックとか、カローラⅡとかですな。当然乗り心地は良くないし、内装はパットしないし、、、でも、なぜわざわざそんなクルマを乗り回していたかというと、一番大きな理由は「クルマが無ければ不便だった」ということではないかと思うのですよ。この15年ほどで、私鉄や地下鉄の延長、新規路線開業は相次いだし、JRも湘南新宿ラインなどの直通電車をバンバン投入した。職場近辺は、15年ほど前までは、各駅停車しか止まらない私鉄の駅までバスで15分。都心に行くには2時間じゃ利かないという状況だった。かつ周囲には自動車工場と関連施設、更には清掃工場とかしかない、街だったわけで、、、、そりゃ、がんばってバイトして、クルマ買うよなぁ。逆に言えば、今となっては、無理してバイトしなきゃ手に入らないならクルマなんて買わずに、大学が斡旋してくれるUQ Wimaxのルータでも買って、電車の中で課題をこなしている方がよっぽど効率的だ。
これと同じ状況が広く各大学で生じている。また、首都圏・関西圏のいたる大学で、文系を中心に、バブル期に都心から30〜50km圏に新たに取得した土地に移転させた学部を、都心部の本部キャンパスに戻すというプロジェクトが進められている。というわけで、大学生の多くがクルマに乗らなくなるのは必然、というべき状況なのだ。
"Fun to Drive"というのは80年代〜90年代(だったかな?)にトヨタが掲げていたコーポレートスローガン、というかキャッチコピー。今あらためて読んでみると、いいキャッチコピーだなぁと。クルマを運転するのはやっぱり楽しいと思う。車高の低い、重心の位置が決まっているクルマって、運転技術が下手な人間でも、走らせるとむちゃくちゃ楽しい。(助手席に乗る人はたまったものじゃないわけだけれど、、、)研究者の職場というのは、普通のホワイトカラーと比べて圧倒的に交通の不便な場所に設置されていることが多い。大学しかり、企業や行政立の研究所しかり。将来的にそういった職場で、ある程度の期間働くことになったとしても、個人的にはクルマで通勤するのはできるだけ避けたいと思う。だって、遅刻の心配しながら朝必死に高速を飛ばしたり、長時間デスクワークした疲れた体で夜道を長時間かけて走って帰宅なんてしたくないじゃあないですか。しかも、クルマに乗っている限り、酒が飲めないというオチまでついてくる。正直、Fun to Driveを実感するきっかけが、自分に巡ってくる機会なんてめったにない。
タイトな仕事に従事する層が通勤でFun to Driveを感じるというのはかなり厳しい。逆に言えば、サボってもいい授業を沢山履修していたり、帰り道にドライブデートする機会が多い学生というのは、Fun to Driveを感じるのにものすごく最適化された生活をしているのだろう。もちろん、クルマで通うことが正当化されるような大学に通っている場合に限るわけだけれど、、、、
それ以外では、「もともと自宅に乗っていて楽しいタイプのクルマがあって」「工場勤務で工場隣接の寮に住んでいるから平日は閉じ込められている。近所にろくに店もないから、週末はクルマで遠出するのが趣味。店がないということは、そもそも他にお金の使い道もないし、、、」という人くらいなのではないかと思いますよ。
まあそれでも、ものづくりニッポンの文化として、モータリゼーションは浸透し続けるべきだし、それは可能だとおっしゃる向きもあるだろう。であれば、自動車文化先進国といわれるヨーロッパの状況を見てみたい。
ヨーロッパに行くと、日本ではあまりお目にかかれないブランドのクルマをよく見かける。SKODA、SEAT、そして90年代には多少日本にも乗っている人がいたけれど、、、的なOPEL、LANCIAなどもまだまだ現役だ。注目したいのはSKODAとSEAT。この2つのブランドはAudi同様VOLKS WAGENの一ブランドなのである。SKODAはもともとチェコ、SEATはスペインのメーカー。それぞれVWによって買収され、現在は中〜低価格帯のラインナップを担っている。逆にVWの高級ラインがAudi。VWは、ヨーロッパで最も販売台数が多い自動車メーカーだ。ACEA - European Automobile Manufacturers' Associationの、Year 2011 by manufacturer and by vehicle category (Enlarged Europe) <※注1:エクセルファイルへのリンクです, 注2:1月〜8月までの数値>によると、メーカーとしてのシェアは23.2%。で、問題は23.2%の内訳だ。VWブランドは全体の12.3%。高級ラインのAudiは全体の5.0%、SEATが2.3%、SKODAが3.6%である。VWはフェートンやトゥアレグなどの高級車(というか、実質中身はAudi A8・Q7ね、、、)はあれど、代数的にはごく一部だろうから、23.2%のうち、15%くらいはBセグメント以下の中小型車と推測できる。そしてVWグループの低価格帯のクルマにスポーツカーは極少数だし、Golfにしても他の車種にしても、ホットバージョンのグレードは売上のほんの少しだろう。
一方、スポーツブランド、エンスーな人御用達ブランドはというと、、、ALFA ROMEOで1.0%、PORSCHEで0.3%。ボンドカーASTON MARTINもヨーロッパでは8ヶ月間で1,664台(0.0180630955651735%)しか売れていない。(これだけ売れれば十分か、、、?)ちなみにみんな大好きフェラーリは、FIATグループの中でもその他扱いされていて、数値が出されていない。っていうか、その程度のもの。ヨーロッパは階級社会が未だに色濃く残る社会なので、先祖代々馬車に乗っているような人たちが、相変わらず週末の嗜みとしてポルシェやフェラーリ、はたまたブガッティやランボルギーニなどのカロッツェリアがリリースする少数生産の高級車に乗っているのだろう。ということは、ですよ。日本においてエンスー車のみをひたすら取り上げていたCar GraphicやNaviのような雑誌がそこそこ売れ、地方自治体立の図書館に配架され、なおかつテレビ朝日系で番組まであったというのは、どう考えてもおかしい事態、なわけですね。
というと、やっぱり車の運転が「好き」っていう人はそんなにいるように思えない。バック・トゥ・ザ・フューチャーの時代から、若者の憧れはSUVだったし、トヨタがアメリカの若年層を攻略するために導入したサイオンだって、ラインナップはxB(日本名Bb)、xD(日本名ist)だし。アメリカ市場といえば、、、のホンダの戦略車種だって、ELEMENTやCR-VにMDX。ようは、SUVをカリフォルニアサーフカルチャーに振るか、ニューヨークのヒップホップカルチャーに振るか、はたまた高級志向に走るかしか、手はなかったわけで、、、、
経済成長期というのは、来年は今年よりも所得が増える人が沢山いるという状態のことだ。経済的に余裕が出来てくると、多くの人間が考えるのは生活の質的向上を図ろうというものだ。その結果、未知の様々な趣味にお金と時間を突っ込んで見ることとなる(これ、現在の中国沿海部がちょうどそういう状態)。そういった状況下で、日本のメーカーはレビン/トレノ、MR-2、CR-X、ユーノスロードスター、FTOなど低価格でかなり走りが楽しめるスポーツカーを量産してしまうことに成功してしまう。ミドシップのツーシーターが200万円台前半とか、V−Tecエンジンを積んだ2ドアホットハッチが100万円台、車の歴史から見たら、おかしいだろう!ということですよ。更にホンダビートやダイハツカプチーノ、極めつけはマツダAutozam AZ-1。軽自動車なのに、ミドシップでガルウィング。とんでもなさすぎる、、、、
で、いろいろ手を出してみるものの、そこそこ収入が安定する頃には、自分の趣味や可処分所得に見合った趣味だけに落ち着いていく。ま、もともとクルマで女の子にもてようと思えば、そこそこの外車や国産車でもレクサスになるだろう。中途半端に月3万円のローンとほぼ同額の維持費をクルマに突っ込むくらいなら、3万円を衣服費に使い、残り3万円でデートに誘う店のグレードを上げた方がよっぽどモテるだろう。結局日本という市場は、相も変わらず500万円オーバーのクルマを買い続けてくれる一部の層と、下駄として使うための安くて丈夫なクルマを選ぶ層(しかも、子育て期限定でワンボックスを買う層も多いと見た、っていうか00年代前半は、2シーター乗っていた人が、パパになってSTEPWGNやセレナに乗り換えを余儀なくされるというパターンが本当に多かったのですよ)と、クルマなんてそもそもいらないっていう多くの層によって形成されることとなる。下駄クルマは利益率は低いし、韓国・中国勢がブランド力を向上させていけば、取って代わられる事態も当然ありうる(それを日本にやられた先例がアメリカだ)。国内市場で利益をあげ続けようと思うならば、高級車のシェアを取りに行くしかない。そういう意味でトヨタはLexusを止める訳にはいかないし、他社は実質国内市場はあきらめかけているんじゃない、、、としか思えない。高級車ラインを展開できなければ、日本は欧州・アジア向けモデルを導入するone of themの市場という前提で戦略を立てざるを得ない(実際、日産、ホンダ、マツダなんかはまさしくこの戦略をとってる。マーチが全量アジアからの輸入になるなんてね、、、、)。
で、以下のURLから1本のテレビCMをご覧頂きたい。トヨタグループの一員であるダイハツの企業CMだ。
テレビCM 企業CM「日本のどこかで 新しい町」篇【ダイハツ】
このCMの読み解きは、あくまでも僕の憶測にしか過ぎないのであしからず。
都会でクリエイティブ(たぶん美容師とか、ショップ店員とかかな?)な仕事をしていた瑛太が、突如田舎にIターン(Uターン、じゃないだろうなぁ、、、)して、ガテン系(工務店)の仕事を始める。そこで、これまで乗っていたアメ車のシボレー・カマロを第三のエコカーであるダイハツの軽(ミラ・イース)に変える。生活の変化と平行して、地元の郵便局員である吹石一恵との関係が始まり、、、、というストーリーなわけだけど、設定の1つ1つに企業戦略として重要な意味合いが込められていると思うのだ。(あくまでも推測だけど、、、)
都心にはダイハツが売り込む市場など、商用車以外に大して存在しない(それでも、乳幼児を抱えるお母さんが、電車に乗れなくなったから必要に迫られて車を買うというケースは結構ある(タントのCMを参照。それにしてもダイハツのCMは、意図がすっきりはっきりして清々しいほど。マーケ的お手本ですね。)。だから、当然第一次・第二次産業(の生産部門)が経済の中心であるエリア、もっとわかりやすく言い換えると、でっかいイオンモールが唯一のデートコースという地域が、ダイハツ(とかスズキとか)の主戦場となる。
そういったエリアは、都心とは異なる理由で市場の縮小が進んでいる。まずもって、人口減少トレンドがものすごく強いということ。都心の場合出生率は下がっても、人口流入が大きいので若年層人口の減少トレンドはかなり緩和されている(というか、江東区とか、横浜市なんかは、保育園入園の待機児童問題がぜんぜん解決されないままで、、、、)。でも、地方は加速度がついて若年人口が減っているというのがまず前提となる。
その上に自動車市場を冷やす意外な要因というのが、実はイオンモールの進出ではないのかな、と個人的には睨んでいる。こう書くと、「イオンモールこそが、駅前商店街衰退の最大の要因で、だからみんなクルマを保有せざるをえないのじゃないか」というツッコミがきそうだが、たぶん逆じゃないかな、と。地方の駅前商店街なんて、もともと若年層が楽しめる娯楽や、ファッションを提供する機能を持っていなかった。だから、暇な若者に出来る時間つぶしって、女の子を誘ってドライブくらいしかなかったわけだ。例えば、90年代にものすごく売れたホンダ・S-MX は、フルフラットシートにできるだけでなく、ご丁寧にティッシュボックスまで備え付けてある。わかりやすくニーズのど真ん中をついていたわけだ。
それが、イオンモールができることで状況は一変する。シネコンやタイトーとかセガとかの大規模ゲーセンやROUND1で時間は潰せるし、服を買うのも、ワールドやイトキン、オンワードといったアパレル大手のちょっと低価格ラインのショップ、レディースならば宮崎あおいがCMしてるEarth music & ecologyとか、OZOC、Melroseとか。メンズならTK Takeo Kikuchiとか。ユニセックス&チャイルドで、UNIQLOに満足しない層のために、GAPとか、無印とか、COMME CA ISMとかも入っている。ABCマートがあれば、靴も含めてそんなにダサくない、というか都心で売っているものと遜色のないものが揃ってしまう。そりゃ、裏原宿のテイストは無理だけど、池袋マルイやサンシャインシティくらいのレベルは買えてしまう。片道30分でイオンモールにつけるのであれば、その短い時間にお金をかけるよりも、一日中過ごすイオンモールの中でお金を使ったほうが楽しいわけだ。つまり、人口が少ないだけでなく、残っている若者にもクルマに必要以上にお金をつぎ込むインセンティブがもはや存在しないということだ。
じゃあ、粛々とシュリンクする市場規模に対応するだけの資源投下をすべきか、、、というとそうは問屋がおろさない。それができない要因、それは地方に数多く存在する独立資本の販売店フランチャイジーだ。バブル崩壊後、自動車メーカーはそれぞれ、ドラスティックに販売網ネットワークを整理した。今となっては複数の販売チャネルを運営しているのは、実質的にはトヨタだけになってしまった。ただし、トヨタ・日産・三菱といったメーカーの場合、販社は一部自らが出資している法人が大半であり、スムーズに(とはいかないまでも、どうにか)店舗網の縮小、合併を進めることができた。ところが、ダイハツ、スズキ、スバル、ホンダ(の旧プリモ店)は、三丁目の夕日に出てくるような個人経営の自動車整備業にフランチャイジーとして販売を委託するという形態の店舗を数多く抱える。販売店網が密だということは、アフターサービス・メンテナンスの質を向上させることにつながる。アフターサービス・メンテナンスはアフターマーケットという業界用語があるくらい、利益率の高い市場なので、各社力を入れているわけだが、サービス水準を高めるためには、各店舗の士気が高められていることが重要だ。
販社としては、生涯価値の高い顧客、つまり長くお金を落とし続けてくれる顧客を捕まえたいというニーズを持っている。となると、地方にやってきた若年層というのが、一番欲しい顧客のプロファイルとなる。地方にやってきて、工務店という地域密着な仕事をし、地元の(たぶん)特定郵便局の職員とつきあって結婚して、、、というのは、まさしく地方の販売店にとって喉から手が出るほど欲しい顧客像だといえるだろう。こういう層に向けて、ストレートに刺さるCM、というのは、ミラ・イースの本当の想定顧客かどうかは関係ない。(実際、イースの車種CMは、ブルース・ウィリスを起用してダジャレを言わせているわけだから、瑛太のようなプロフィール、ではないことは明白。)「企業CM」して瑛太と吹石一恵が出演するCMを放映するということは、メッセージのターゲットは販売店フランチャイジーなのではないかな、と。
小見出しで結論は言い切っちゃいましたが、基本はこれ。自動車メーカーもボードメンバーや車種開発部門は既にわかっていてやっているはず。じゃなきゃ、瑛太が乗るクルマはミラ・イースにならないし、マツダのスカイアクティブテクノロジ搭載車やホンダのハイブリッド車に国内独自モデルが1つもない、なんて事にもならないはず。
ところが、販売部門、とくに販社といっしょにプロモーション計画を取りまとめる部門は、国内は縮小均衡で粛々とやっていく、なんてことは口が裂けても言えないはず。なので、国内販社向けマーケティング担当者が考えるべきは、シュリンクする市場環境下で、世界共通モデルをいかに低コストでローカライズして、他者のシェアを奪うのか、しかないのが現状なのだと思いますよ。正直、ね。
付き合っている女性が酒の席で「私避妊したことないよー。」と発言。2人飲みというわけでなく、男女数人いるときの話だ。未成年ならまだしも、彼女は30前半でそれなりに経験豊富なお方なので、正直引いた。『そんな言葉を聞いて喜ぶ男なんざ女遊びが好きなやつしかいないのでは。都合のいい女としてちやほやされても正妻には選ばれにくそう。』なんてことを考えた。
「避妊したことない」は、簡単に自分の魅力を下げることが出来るユニセックスなマジックワードだと思っていた。一般的にはどうだろう。20代前半の自分には計り知れないのかとか、その発言は好きでないと告げたほうがいいのだろうかとか、なんかもう無理なんじゃないかとか、でも好きだよなとか、彼女のその他の欠点とかが、頭の中をぐるぐるぐるぐる。僕はまた眠れなくなった。
こんにちは。結局ekkenさんはあとでマスをかいたのか気になりますが、当然かいたでしょう。僕もかいてねます。では今週の推奨コメントです。
ekkenさんの「脅迫者を擁護するekkenヒドイっ!」というユニセックスぽい発言が最高にクール。そして続けざまに「脅迫行為については触れなかっただけ」とハイブロウな言い訳を披露する。この連続コンボで読者のボルテージは既に最高潮。あの時は「不快感を表明されただけで閉鎖かよ」なんてワイルドに言い放ってくれたのに。あなた最高にステキだったのに。カマっぽいのなんてあたしだけで十分だわ。
ここからekkenさんはmatasaburoさんの元記事を読み直してみる。そしてkuwaなんちゃらへの憤りを再確認。あれこの人憤ってたのね。ブコメからはぜんぜん読み取れなかったわ。そしてお義理程度のmatasaburoさんへの同情が続くが、「それほど重要なものとして扱われていない」とかいって誤読した自分の自尊心への配慮を忘れていない。自殺者数が上昇する昨今、この自己愛は自殺抑止の重要な鍵と捉えるべきか。
次にmatasaburoさんの最後の挨拶を引用するが、どう読んでも恐れてるのは「不快」じゃなくて「強い怒り」だろというツッコミを入れるのは野暮というもの。そしてこの誤読から「誰一人として不快に感じないなんてことはありえない」なんてああそうつなげたかったのね的なひねりを見せるが、転換部だけ面白くてその後が手抜きに感じるのは昨今の政治事情を暗示しているのだろう。
追記:
matasaburoさんごめん。
あなたやっぱ天才です。
>便器にこびりついたクソをもう掃除しなくてすむ方法
ティッシュは多めにした方が良い、デカクソはぺーパーを引きずり落とす可能性がある。
あと小便でこびり付きクソを打ち落とした時には、なぜか「やったぜ感」がある。つまらんが。
最近では、妻子持ち、彼女もちの男性は「座りション」を強制されているそうだ。
「立ちション」スタイルは、くだらんが個人的に「男のプライド」に関わることだと思うので、拒否したい。
だが、旦那や彼氏の、「散らばり小便しずく」どころか「便器こびりつきクソ」まで掃除させてるとなると、女性側の主張は分からんでもない。
男性は「散らばり小便しずく」をトイレットペーパーでさっとふき、それを便器において「便器こびりつきクソ」を防止する「男のマナー」を徹底することで、
「男の立ちション」を堅持していって欲しいと思う。
なぜなら、このまま男女共用座りションが定着すれば、「掃除がしやすい便座固定式便器」がでて、小便器なども無くなってしまうかもしれない。
オレはこの先も立って小便がしたい。膀胱が圧迫されて小便が出にくいってのもあるが、座ってする小便に「排泄の欲求」を満たす事ができないのだ。
ユニセックスの時代に、立ちションスタイルが「男のプライド」といってもクソみたいな事かもしれないが、男自身の小さな工夫と行動で何とかできると思う。
「男のプライド」は、女の労力で支えられる世の中ではなくなったのだから。
多分あの人らは性別とか超越してる。
■GEEKな小物が大好き。
キモかわいいを通り過ぎて、グロいぐらいなものが好き。
■遠まわしな言い方が好き。
つらつらと根拠を述べるのがすき。
「一言で言うとこういうこと?」「ああ、そうとも言うね」みたいな会話が多い。
■基本的に自虐的だが、周りのことはもっと低く見ている。
本人は自虐的なネタのつもりなのに、自慢にしか聞こえない事が多い。
■ネットでの一人称は「オレ、ボク」だが、リアルではきちんと女の子風
ネット上ではユニセックスを気取る(だが女性であるという事はアピールする)
だがリアルでは違うんだぜ、みたいなギャップを目指す。多くは失敗している。
私の旦那は女装子です。
そのことは結婚前から知っていました。いや、正確に言うと、知らなかったけど違和感がありませんでした。もともと顔立ちがたいへん可愛らしく、背もそれほど高くない華奢な骨格。私服はスカートこそはかないもののとてもユニセックスで、実際女性に間違われることも日常茶飯事でした。
私はそんな彼とまるで姉妹のように仲良くなり、やがて付き合うようになりました。その時の私にとって、彼と一緒にいることがとても自然なことだと感じたからです。それが恋愛感情だったのかどうか、今となってはわかりません。
風変わりな彼を、でも、私はちょっと自慢に思っていたのです。決して男らしい人ではない。でも、男だからって彼を好きになったんじゃない。私はそういう垣根を越えて彼を愛している。…そんな風に、思っていたのかもしれません。
そうして年齢的なものもあり、私と彼は結婚しました。彼は変わらず可愛らしく、姉のように母のように私を慕ってきました。私も自分なりにかいがいしく彼を支え、2人の生活はとても楽しいものでした。
ある日、彼が言いました。
「子供が欲しいね。」
私も答えました。
「そうだね。」
でもそこで、私は想像することができませんでした。私と彼の間に子供がいる風景を。幼子に向かって彼を指し「ほら、パパだよ」と呼びかける姿を。
ようやく気づいたのです。結婚とは、「父」と「母」になる可能性をもたらすものなのだと。最初から「子供は要らない」と明確な意図がある場合は別として、自分と共に「父」となってくれる人を伴侶として選ばなければいけないのだということを。
私の中の「父」のイメージは、男らしく、いざという時に身体を張って妻と子供を守れる強さを持った人。子育てによってその強さを得るのでしょうが、可愛らしい妹であり娘である彼は、あまりにそのイメージからかけ離れていました。
自分があまりにも典型的な「男親」を求めていることにショックを受けましたが、気づいてしまって以来、彼との将来を考えることができなくなりました。彼の長所であった女性らしさがすべて、伴侶としての欠点にしか見えなくなってしまいました。
彼は何も変わっていない。それは悪いことじゃない。自分の事が何も見えていなかった私が悪いんです。結婚とは何か、そこに自分が何を求めているのか、真剣に考えないまま前に進んでしまった私が。
http://anond.hatelabo.jp/20071215015206
えー。これなんですが。まず、ごめんなさい。これ、以下二つの点が知りたくて投入した、ちょっとした実験でした。
1)文体で性別を暗示できるのか。
あのエントリーでは、「わたし」あるいは「私」という主語を不規則に使ったわけですが、相手のことを書くときも、「彼」ではなく「あの人」という曖昧な表現に止め、最後まで自分の性別を明示しませんでした。その結果、4人中2人の方が筆者を女性だと思ったという点。
この主語はユニセックスなものだと思っていたのですが、ああいうコンテクストで使うと女性を印象づける、という点。恐らく、男性はあんなグダグダした文章を書かないという先入観があったのではないかと予想されますが、筆者が男性だという可能性を指摘しなかった点は興味深いです。
2)文章のどこまでを読むのか。
あのエントリーは、よく読むと完全に自己完結した独り言になっています。つまり、本人の結論は既に出ています。この部分。
> …今回は気持ちをぐっと抑えて、告らない。死ぬまで黙っていよう。…
言及してくれた4人のうち、2人がこの結論を読み逃していると思われます。つまり、あの長さのエントリーになると、最後まで読み切るひとはほとんどいない、ということを暗示しています。わかりやすく書きたければ長文エントリーは有効ではない、ということですね。
また、結論を書いた後にその内容をぼかすような内容を加えると、結論の印象を完全に打ち消すことが出来るという点。これは非常に興味深かったです。
結論を最後に持ってくるという、日本語文の伝統的な書き方も有効ではないということを暗示しているように思います。やはり、結論は最初に書くべきだと思いました。
…というわけで。あらゆる意味で、この方の反応が最も的確でした。
http://anond.hatelabo.jp/20071215024908
> ってかまじめに答えていいの?コレ…w
それに気づいたアナタは素敵ですw
なんですけど。
芸能界の中じゃそんなに顔が特別いいわけでもないので、変わりものキャラというか、ニッチ狙いというか、まあそういう路線で行こうって思ってたんです。付加価値つけていこうと。
私はそもそも隠れオタで、中学一年の頃同人誌出した事も有るしコスプレもしたので、じゃオタアイドルで、って思ってたら、先越されちゃって。
で、じゃあ、父の趣味である鉄道からとって鉄道系アイドルで、って思って更に知識仕入れてたらこれも先越されちゃって。
で、じゃあ、私昔から麻雀が大好きで、近代麻雀を購読してるんで、そっち系で、って思って麻雀の腕磨いてたらそれも先越されちゃって。
もう、「要領悪いアイドル」ってのはどう?wとか自虐的に事務所の人と話してるような状態です。
皆さん、何かいいニッチなもの、ないでしょうか。
ちょうど父はミリオタでもあるので、とりあえず今戦車の本読んで勉強している所ですが流石にミリオタはどうなんだろうという気もしないでもなく……
うーん。
なんだか最近って、どんどん世の中ユニセックスになってて、「女の子がこんなものを?!」みたいなギャップがなかなか作りづらくて困ります。結構どんなジャンルでも今やたいてい女性の方がいらっしゃるのでものめずらしさを演出するのが大変です。
整形の二文字がつい頭をよぎる……
うぅーん。
俺のことなんだがさ
自分で言うのもアレだが、自分の顔は整ってるし、芸能人やどっかのNo.1ホストだと勘違いされることも多い(後者は微妙だが…)
昔趣味でバンドをやってた時は何故か美形キャラをやらされていた
ちょっとユニセックスな服を着ていると殆どの場合女性に間違われる
年齢は普通の人生を送っていればそろそろ社会人生活に慣れたくらいの年齢だけれど、童顔なのか10代に間違われたりする
しかし非モテである
今まで彼女が全然いないとかいうことはないが、どっちかといえばモテない方だろう
あまり異性に興味がないというのもあるだろうが、自分から告白したこともない
今まで付き合った人は全部向こう側からだ
しかし大抵の場合、ちょっと仲良くなっても付き合う前で離れていく
俺の内面がでているんだと思う
まだ10代の頃は美少女ゲームに結構ハマってたこともあるし、テレ東の夕方やってるやつは毎回ビデオに録っていたし(当時はVHSだったんだよ)、深夜のアニメも眠いのを我慢しながら見ていた
そんな訳で必要がない時は家から出ない生活をしていた
そのせいか、あまりコミュニケーションが得意ではない
だから話題がないのだ
女に政治の話をしても、哲学の話をしてもウケが悪いのは分かってるから
俺の人生の汚点というか、これも非モテの原因の一つでもあると思うのは進路だった
高校受験の時、自分の都道府県内で1番の進学校に合格し、そこに通っていた
しかし高校に行ってからヲタク人生を突っ走り、勉強などテスト前でもしなくなっていた
将来の事を考えると嫌になったが、大学に行く気も起きなかった
当たり前だが、学年で大学進学しなかったのは俺だけだった
両親は2人とも優秀だったので散々罵倒された
その時代は自分の中での暗黒時代だった
詳しくは語りたくないが、ヲタ趣味も捨てたし、自分の時間もないしで酷かった
今は普通の社会人として生きているが、その時代に比べて随分と楽だなぁと感じる
とにかく週休2日が嬉しい
そして祝祭日も休みだ
福利厚生もあるし
残業は月に1時間もない
ていうか皆無
上の方が残業させない方針だからね
それどころか平日も残業ないから定時がきたら自分の時間だ
当然、外になど出ない
出るとしたらアキバくらいか
いや、服は好きだからそれなりに外に出るかな
逆ナンもあるし、ユニセックスな服の時は男にナンパされたり、怪しい誘いもあったりするが、全て無視している
何だかんだで俺は非モテというものを満喫している
自分の趣味に自分の時間全てを使えるからだ
「○○の△△クンに似てるぅ♪」
みたいな感じのことをよく言われてきた
大抵は俺がどこかでキレて別れてきたが、一人の時間も楽しいから全然後悔していない
映画化も決まり、友人が口を揃えて面白いというので読んでみた。初の奈須きのこ。
驚くぐらい面白くなかった。これは確かに同人小説だ。オナニー文だ。人を楽しませようという意識が微塵も感じられない。
説明が長すぎるという感想をいくつか読んだが、逆だ。必要な説明がまるでない。特に人物を表現する描写が少なすぎる。これでまず初読みの読者は振り落とされるだろう。表紙を描いている武内氏のファンやアニメ・ゲーム等に慣れ親しんでいる人間でないと、和服の上に皮のジャンパーをはおるユニセックスな美女というものを、この文章だけではまず頭の中で構築できない。俺の想像力が貧困なのは認めるが、それ以前の問題だ。想像させる材料がない。最初から、ファンでないと読めないのだ。
そう友人に伝えると、
「これを読み辛いという奴は普段から文章を読んでない証拠」
「式はまったく新しいヒロイン像」
アホか。それも逆だ。俺自身はクソのような文章しか書けないが、素晴らしい文章・難解な文章はたくさん読んできている。この世にはこれ以上に面白く難解で、かつ読みやすい本なんていくらでもある。その上で、わざわざこの本を読むメリットが見当たらないと言っているのだ。語彙力の問題じゃねえ。お前らこそ、俺の知ってる限りエロゲの文章とラノベしか読んでねーだろが。その中では難解で斬新の部類に入るだろうが、これが文章の最高位とは井の中の蛙も甚だしい。最初からこう言え。
「これを読み辛いという奴は普段から【奈須氏の】文章を読んでない証拠」
俺は奈須氏のファンではないから、わざわざ氏に親切な読み方をする気にはなれない。
これは読者を選ぶ作品だ。読者に奈須作品の事前知識と武内絵変換機能を求めている。氏の他作品を読んでから読んだ方がいいというのなら、「月姫 番外編」とでもつけておいてくれ。帯にでっかく「奈須きのこファンしか楽しめません」と書いておいてくれ。単独の講談社ノベルスのような顔をして全国の書店で売らないでくれ。そうしたらこんなイライラした気持ちにはならなかった。
俺は小説というものにエンタテイメント性を求めている。「楽しい」「悲しい」「ムカつく」どれでもいい。その話に共感して、なんらかのカタルシスを得たい。そういう意味では、この本は俺には合わなかった。友人が好きなものを好きになれなかったのは非常に残念だ。
オンナノコの身体に憧れる
元記事http://anond.hatelabo.jp/20070121141154の人です
http://anond.hatelabo.jp/20070121175142
エスニックな感じにすると、服装の性差が薄まるかな
そうかな?エスニックな服ってどこに置いてるんでしょうか?
http://anond.hatelabo.jp/20070121200625
中国拳法をやりなさい
ある程度しなやかになるから
( ´_ゝ`)
魂はみんな両性具有だから
http://anond.hatelabo.jp/20070121200915
失われた半身を、他人に求めるのか、自分の中に見出すのか、の違い。
お互いに、それぞれが求めているものは本当は自分の中にあって、
相手にはそれの影を投影しているだけなんだ、ということを
分かり合って愛し合えたら、男と女は魂の友になれるんじゃないか。
そうなることを妨げている原因で最大のものは、
胎児の一番初期は女性であって途中で男性に分化していくらしいですが
http://anond.hatelabo.jp/20070121233946
んで俺の場合何を考えてるのか考えたら、表題のとおり「男性性に魅力を感じない」って意識に到着した。
男らしい男になりたいなんてまったく思わない
俺は中性にもまた魅力を感じないので(男性よりはマシだが)、どうしようか思案中。
結局素直に自分の性のロールに魅力を感じない人はどのようなものを指向しようかで苦悩するもんなんですね。
http://anond.hatelabo.jp/20070122023418
自分は女で、女の体の方が絶対的に好きだけど、
それは自分の体である必要はなくて、
見る、愛でる対象としてある方がいいな。
だから男に生まれたかったと思うことがある。
男として触ってみたい。
こんなこと匿名でしか書けないけど
自分の体は綺麗な方だと思う。
この体が、自分の彼女のだったら最高なのに。
だからって同性愛者ではないんだけどね。
女性でも女の子の姿大好きって人はいますよ(性的な対象じゃなくて鑑賞?の対象として)
自己愛ですか。それは俺にもありますね。
もう一人、異性の自分がいたらとか思ったりしますよ。
http://anond.hatelabo.jp/20070122034922
「男が着ていてもおかしくはない中性的な服装」
これ十代の頃悩んで色々試して見たし、そういう人達って溢れてると思うけど…自分に言わせてもらえれば、やっぱり顔がかなり中世的でないと、中世的な服装は客観的に見て「おかしい」が結論。
メンズは基本的に男らしく見せるデザインになってるし、レディースは女性らしく見せるデザインになっている。
周りから見て、男性が過剰に女性らしく見せようとするのは、割と「あれ?」って感じになると思う。
そらー失敗したらただのイタイ人になるからね。慎重さも必要ですね。
自分の顔は女性らしさも含んでるけど、やはり髭が生えることがネックですな。
http://anond.hatelabo.jp/20070122064258
ユニセックスな服と言ったら、やっぱりフラボアかな。もともとユニセックスな服で展開していて、メンズとレディースの違いが少ないです。それとメンズならサイズが一つ小さいのを選ぶとかね。体の丸みを強調出来る感じで、ユニセックス感アップ。
レディースもののブラウスとかなら結構普通に着れてしまうし、一部の人は既にやっているので、こちらもおすすめ。パンツのほうも、レディースものの綺麗なラインが好きで、レディースを穿いている人とか、レディースじゃないとサイズがダメな人とかもいるから、結構ガシガシ穿いていったらいいんじゃないかな。単純にレディースのシルエットが好きって言う人も多いし。ついでに言うと、パンツはブーツカットだとよりフェミニンです。
あと、あえてフリル付きまくりのシャツもいいかも。古くさい中世の貴族っぽい感じ(もしくは一昔前のいいとこのぼっちゃん)を出しつつ、遊ぶ感じか。少し、男系のアイテムを混ぜないと絶対おかしくなるので要注意ですけど。
ユニセックスを目指すなら、案外古着屋がいいかもしれないです。古着屋に置いてあるレディースのあまりフェミニンじゃないのが狙い目。そりゃワンピースを着るのは厳しいもんね。でもGジャンとか、その他ジャケット類はイケるかと。
自分も同じ方向(男の子だけど、服でかわいいを違和感無く追求する、かな)で頑張っているので。この方面の有名人と言ったら、うーん所謂、男性向けファッション誌の読者モデルの中に居そうです。有名人ではないけど。それと、ボーイッシュなファッションの女性とか?
参考にさせてもらいます。確かに解決編かもしれませんね。
何かほかの人は、概念的なところに色々言っているので、自分は即物的に行きます。だから解決編。
最初に自分のスペック。男性。顔は童顔。ノーマルか、ゲイか、バイなのかは未だ自分でも不明。悩みどころです。多分ノーマルではない。マッチョに魅力を感じないし、女の子のポジションに憧れることはしょっちゅう。身体には恐らく憧れてない。少年美を追求しているのかも。少女漫画的ですが。
というけで、ユニセックスな服と言ったら、やっぱりフラボアかな。もともとユニセックスな服で展開していて、メンズとレディースの違いが少ないです。それとメンズならサイズが一つ小さいのを選ぶとかね。体の丸みを強調出来る感じで、ユニセックス感アップ。ただし、体が筋肉質でゴツい人はアレですが。
次、レディースもののブラウスとかなら結構普通に着れてしまうし、一部の人は既にやっているので、こちらもおすすめ。パンツのほうも、レディースものの綺麗なラインが好きで、レディースを穿いている人とか、レディースじゃないとサイズがダメな人とかもいるから、結構ガシガシ穿いていったらいいんじゃないかな。単純にレディースのシルエットが好きって言う人も多いし。ついでに言うと、パンツはブーツカットだとよりフェミニンです。
あと、あえてフリル付きまくりのシャツもいいかも。古くさい中世の貴族っぽい感じ(もしくは一昔前のいいとこのぼっちゃん)を出しつつ、遊ぶ感じか。少し、男系のアイテムを混ぜないと絶対おかしくなるので要注意ですけど。
で、スカートですが。スカートはまだまだ厳しい。男性にスカートが似合わないと感じるのは、単純に男性の足が女性より太くて、ゴツいために、女性向けに作られたスカートには合わないから。だから男性向けのスカートを作ってしまうか、どこかが作るのを待ちましょう。スコットランドとかでは、男性がスカート履いているけど、あーいうのはどうなんだろう?今の時代の日本の感覚には合わないのかな?自分は穿かされた事あるけど似合わなかった。
実は男性向けのスカートって一時期ブームって程のブームじゃないけど、流行った事があったんだよね。その時は、デニムの上に、カーキ色のスカートを合わせるって感じで、なんか美容師みたいな感じになってたな。とりあえず男性のスカートが模索されてたことはありました。多分2004年ぐらいだと思う。興味があったらファッション誌のバックナンバーで確かめてください。
えーと、長くなってきましたが、ユニセックスを目指すなら、案外古着屋がいいかもしれないです。古着屋に置いてあるレディースのあまりフェミニンじゃないのが狙い目。そりゃワンピースを着るのは厳しいもんね。でもGジャンとか、その他ジャケット類はイケるかと。
というわけで微妙に役立ちそうにないアドバイスでしたが、頑張ってください。自分も同じ方向(男の子だけど、服でかわいいを違和感無く追求する、かな)で頑張っているので。この方面の有名人と言ったら、うーん所謂、男性向けファッション誌の読者モデルの中に居そうです。有名人ではないけど。それと、ボーイッシュなファッションの女性とか?いや、あまり参考にならないかな。こちらは微妙ですね。
でもそんなこととは別の話として、オンナノコのしなやかな、(または華奢な)身体には憧れるのだ。
できればその姿を得たいと思う。
こういう思いが根底にあるので、どうにも男性らしい姿にはいささか抵抗がある。
最近は男にも随分と女性的なものが認められ、また容姿というのならホスト系やジャニ系なども公に見受けられるようになった。
ただ俺が求めるものはどうにもこういう系統ではない気がする。
別に俺は女性の身体について甘い期待・願望だけを抱いているわけではない。
むしろ女性の身体の不便さや危険さについてもそれなりには承知しているわけであるのでそこを含めて手放しで賞賛しようと思わない
http://anond.hatelabo.jp/20070121145500
ちょっとだけ見たことあります。面白いのがないからすぐ去りましたが。
このへん完全に同意。引用してない部分はあんまり共感しなかったので省いた。
補足するなら、性転換とか女性ホルモン注入とか裏技使ってもそれはしょせん裏技であり、正規の女性ではないと考えている。性別を変更したいんじゃなくて、生まれ変わりたいのほうが近いというか。
んで俺の場合何を考えてるのか考えたら、表題のとおり「男性性に魅力を感じない」って意識に到着した。昨今の女尊男卑ムードに影響されてるのかもしれないが、とにかく男らしい男になりたいなんてまったく思わないし、避けられるなら全力で避ける。
とはいっても男である以上男として生きていかざるを得ないし、俺の意識の縛りによって今から女になることは不可能だ。不幸になるための思想に自ら呪縛されてるかと思うと意味がわからないので女の子になりたい。
元記事の人はユニセックス・中性を志向することにしたようだが、俺は中性にもまた魅力を感じないので(男性よりはマシだが)、どうしようか思案中。
あんまり関係ないと思うが、第三の性(だったけ。自信ない)第二の性で「女は女に生まれてくるのではない。女に成るのだ」って印象的なフレーズがある。じゃあもちろんのこと「男に生まれてなお女に成るのだ」ともいえるはず。肉体と精神の不一致を指摘してるわけなんだから。その際のボトルネックは当然肉体で、手術や薬物によって女のようなものになったって海賊版である意識は払拭できない。悩ましくも妬ましい。
あと元の記事のはてなブックマークのタグクラウドのいちばんでかかったやつが「ジェンダー」だったけど、ジェンダー関係ない気もする。
ボーヴォワールからそう言うのはちょっと厳しくないかい?
そうなのか。フレーズだけ再利用しちまった。指摘ありがと。
別に性同一障害があるわけでもないし、もし俺が女だったとして俺は女性のライフワークではやっていけないだろう。
怠惰で機能美ばかりを追求してしまう俺は化粧やファッションにそこまで時間をかけようとは思わないだろうし、井戸端会議のようなものにどこまで参加しようと思うか分からん。過去の俺なら会話に明確な目的を求めていたから、会話のプロセスそのものが目的というのには到底耐えられなかったに違いない。
おそらく俺が女なら不美人になっていたことだろう。
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でもそんなこととは別の話として、オンナノコのしなやかな、(または華奢な)身体には憧れるのだ。
できればその姿を得たいと思う。
こういう思いが根底にあるので、どうにも男性らしい姿にはいささか抵抗がある。
だから俺の場合、おそらく筋肉質を目指そうとしても失敗する。
女性の衣服には可愛いとか、インスピレーションをかき立てるようなものが多分にあるが。
そんなわけで、マンガとかも少女マンガの方にはまってたのもそういう背景からかもしれない。
とは言え、男として生まれてきた以上は、男として生きるつもりだ。
男である俺には男性ホルモンが流れてるし、そのおかげで髭は生えるし体毛は濃くなる。
女性的な美から遠ざかっていくのは事実だ。身体の働きの自然な流れだ。
女性ホルモンを打ったりして身体と経済に負担をかけてまで無理に自然な流れに反しようとは思わない。
そして男は女には美しさでは敵うことなどできないのだ。
元々自然界的には男なんて女を守る盾の役割だ。そこにあるのは機能美と実用性であり、容姿なんてものは本来専門外のことだ。
((または自分が強いと言うことを一目で証せられる姿が求められる))
ただここでこんなことを書いてるのは、己の理想の肉体について再確認するためと、今後、俺がどんなライフサイクルで、どんな姿を目標に描いたらいいのかを考察するためである。
最近は男にも随分と女性的なものが認められ、また容姿というのならホスト系やジャニ系なども公に見受けられるようになった。
ただ俺が求めるものはどうにもこういう系統ではない気がする。
結局ジャニだろがホストだろが俺から見たら男というロールに変わりはない。
より中性的なものが望ましい。
まずしなやかさ、これはおそらく外せまい。柔軟性は日々のトレーニングで身につけることとする。
従って、一応は筋トレはするが、それは柔軟性を身につけることが重点である。
関連して健全さもより高めねばならぬ。
ランニングなどを毎日行い、新陳代謝を活発に保っておくべきだ。
服装に関して。
今まで服装に拘らなかった。
理由は気に入るものがなかったから何でも良かったのである(あと金銭面)
より魅力的に、より中性的なものがいい。
ただ、いきなり女性用の服を着けるのはちょいと抵抗がある(第一店頭で買うことができない。はずくて)。
だから、「男が着ていてもおかしくはない中性的な服装」が目標だが、果たしてそんなものはどこにあるのだろうか?
調査が必要である。
あと、このことに関する当面の課題としては、目標となる人物を早めに設定しておくことである。
いったい今、ここで俺が言ってるようなコンセプトにマッチするような人物が有名人などでいるだろうか?
ご存じの方は一方をください。
以上、俺は女性の身体・女性の美に憧れる、なりたいとさえ思うが、内面は男、肉体的にも男なので、男として中性的な路線で行くことにした。
ユニセックス路線とでも言えばいいか。
この広いネットの中、俺のような人(性同一障害ではないが、かといって自分の性に求められるイメージに抵抗を持つ人)は是非参考にしてもらいたい。
あとこのような俺みたいな人が集まってるようなコミュニティを知ってる方がいれば紹介してください。
でも一応念のため断っておきますが俺はゲイやバイじゃないです。ちゃいます。否定しときます(まぁファッションくらいは参考にさせてもらうかもしれませんが)
追記:別に俺は女性の身体について甘い期待・願望だけを抱いているわけではない。
むしろ女性の身体の不便さや危険さについてもそれなりには承知しているわけであるのでそこを含めて手放しで賞賛しようと思わない(むしろ女性が大変だと分かってるからこそ俺は男として生きる道を選んだと考えることもできる)。