はてなキーワード: ヤンキーとは
その人のキャラクター的には許せる話だし、
ただ、正直、「好きすぎてフザケてんのかな」と思ったことがあった。
でも、最近。
奈良県とかのほうに住んでいる人がワイワイと話すゲーム実況動画を見ている。
声フェチなところがあり、少しハマってしまった。いや、ハマってしまっている。
「うせやん!」
「うーわ、あっかん」
「あっれーおっかしいなあ」
「くるんちゃうん?!」
「ワァー!スゴイヤン!」
「なんでやねん!」
時々口調が荒いし、ヤンキーかな?と思うこともあるけれど
愛あってのことかと思えてしまう。ええやん?
ええやん?とかスゴイヤン!とか
なんだかうつってしまった。良く聞くと真似たくなる本性だろうか?
会社の人が和歌山系なのもあって、エセ関西弁とか使ったらヤバイ。
頑張って標準語言わないとな。
最高の職場や。
食うのも困る、自家用車も持ってないような本当の貧困家庭なら税金投入して子育て支援してやってくれと思うけどさ。
若いヤンキー家庭に多いパターンで、500万以上するヴェルファイアやアフォードに乗って、毎月数万円もスマホに金かけて、それで安アパートに住んで「子供に教育する金はない」ってさ、それ金が無いんじゃなくて、使い道を間違ってるだけでしょ。教育に使いたくないだけでしょ。
うちは地方都市で夫婦二人ともフルタイム共働きで年収2000万(片方は一般事務で500だけど片方が勤務医で1500ある)だけど、
車は10年落ちで四隅こすってドアも凹んでるヴィッツと、子供が生まれてから保育園への送迎用に追加で買った新車90万円のアルトだよ。
スマホは二人とも格安SIMで、スマホゲーなんてしてる暇はないし、youtubeやニコニコは家のWIFIで見てるよ。二人で月3000円もかかってない。
旅行だって子供が生まれてからは全く行ってない。車で1~2時間の公園や動物園に行くくらいだ。
とにかく将来の子供の学費と、自分たちの老後のために貯金してるよ。
それでヤンキー家庭は若いうちは刹那な享楽に浪費して貯金なんてせず、年とって若いときのように肉体労働で大きく稼げなくなったら、生活保護に頼るんでしょ。それも酒浴びるように飲んでパチンコに通いながらさ。
たまったもんじゃねえよ。
中学の時にいいよってくる男はヤンキーばかりで、かっこよくて性格よくて金持ちで頭がいい男は地元の公立中学になんかいない。
ヤンキーの親は貧乏で本を買ってあげられなくてテレビやネットばかり見せているから子供もアホになる。
性欲の塊のサルに言い寄られて拒み続けられるほど強くないから、そのうち孕んでデキ婚してしまう。
誰が悪いの?
その時、自分が1番モテていた高校1年生の時の写真が出てきた。
今ではすっかり30後半の初期型オッサンだが、当時は少女漫画に出てくるようなショタタイプのキャラのような感じだった。
これが昔の自分だったなんてとても信じられないなと、写真を眺めながら溜息を吐きながら次の写真を見ると黒髪がヤンキー特有の金髪になっていた。
なぜ黒髪をやめたのか。その写真を見た瞬間に封印された忌まわしい記憶が蘇った。
当時実家の近くにみーさん(仮名)と呼ばれる独身のおばさんがいて、共働きで忙しった両親はそのみーさんを完全に信用していて僕の面倒を頼んでいた。
僕もみーさんも信用していた。
お察しの通り、高校1年生の僕はみーさんに襲われたのだ。
といっても無理矢理ディープキスされただけで済んだ。
みーさんは、
「〇〇君が誘ってくるのがわるい!そんなにかわいいのが悪い!」
中でも「その黒髪が非常に最高」と叫んでいたのが本当に怖かった。
薄暗い部屋の中叫ぶみーさんの後ろには仏間があって、きっとご両親であろう仏壇があった。
僕は殺されると思って靴も履かずに外へ出たが車に跳ねられた。
当然警察沙汰になり、僕が退院する頃にはみーさんは消えていた。
僕は退院後髪の毛を染めて少し荒れて、少しして元に戻り大学へ進学しサラリーマンになった。
かなり久しぶりに鮮明に思い出してみたが、今考えるとみーさん結構美人だったからあのまま初体験を済ませても良かったのではと冗談交じりに考えるまで回復したが、それでも嫌な記憶ではある。
黒髪というのは、大人の身勝手な妄想を投影させてしまうものなのかもしれない。
なんてね。
他の人たちも楽しんでいるかな、って思ってプレイ動画を探してみたわけ。
そしたらVTuberが何人かプレイしているので、それを何本か見てみたのよ。
月ノ美兎っての?人気のVっぽいから見てみたんだけど、口調が完全にヤンキーやん。
黒髪で丁寧語つかって清楚装っているけど、態度はヤンキーそのものなのよ。
そしてそれを楽しむ視聴者。褒めたり煽ったりしながらキャッキャやってるわけさ。
でもやってるのはヤンキーの集団のそれじゃねって思ったわけよ。
コミュニティの中でワイワイやる、
自分の崇拝する神(この場合はVの者)を批判されたら、劣化のごとく怒ってカチコミする。
別にVの話だけじゃなくて、声優オタが声優のアカウントや関係ないところに突撃リプライしたり、
自分の好きなエロ絵が批判されたら「表現の自由だ!」の一点張りで、自分のことを正当化するし。
なんかそういうオタクを名乗る奴に限って「俺はヤンキーや一般人と違ってわきまえたオタクであり、そして被害者です」みたいな感じのやつ多いのよ。
思うわけさ。
口ではイジメ反対とか俺たちはイジメの被害者だみたいなことを言うオタクたち。
彼らが望んでいるのは、いじめのない世界じゃなくて、別の誰かをイジメることができる世界だったんじゃないかって。
その別の誰かが「アニメをしらないニワカ」だったり「エロ絵を批判してくるうざいフェミニスト」だったんじゃないのかと。
イジメの無い世界を目指す為には、ダイバーシティとか多様性に対する許容が求められるわけで、
相手のことを知り、自分のことを知り、自分と他人の境界線をはっきりして、尊重しあう態度が求められると思うのよ。
でもイキるオタクは、自分は被害者だと言い続け、他の人のことを考えず自分が大好きなエロ絵をリツイートして、
アニメの人気を自分の手柄のように誇りだして、他人にマウントとってイジメるわけよ。
要するに不勉強なのよ。
暗い気持ちになるよね。
最近、教え子に薄っぺらい人生だなって言われて狼狽えている増田を読んだ。
僕も時々「自分の人生はなんて薄っぺらいんだ」と自己嫌悪になることがあって考えこんだ。
まず、薄っぺらい人を探そうとした。
喫茶店で新聞を読みながらモーニングを食べる冴えないオッサン? 奥さんに家を追い出されて来たのかもしれない、ひとり身なのかもしれない。それなりに修羅場を潜り抜けてきたのかもしれない。窓際かもしれない。人生の意味について悩んでいるかもしれない、いないかもしれない。
コンビニですれ違ったヤンキー? 僕の知らない苦労があるだろうし、喜びもあるだろう。クルマも服もセンスは違うけど、きっと違う世界で同じ時間を生きてるんだよ。
引きこもりの人? 実家暮らしの苦労は絶えないだろう。未来に不安も感じるだろう。時間の流れも感じるだろう。引きこもり者の配信を見たら実母とバトルが始まってみている僕の心拍数が上がった。いったいどこが薄っぺらいと言えるか。
次に、薄っぺらくない人を探そうとした。
インドに行ってバックパッカーになればいいのか、アニメを見てひとりでキャンプを始めればいいのか、脳梗塞で半身不随になればいいのか、若年性アルツハイマーの親を抱えて介護で絶望すればいいのか、沢山お金を稼いだらいいのか、ツイッターで100億円配ればいいのか、映画スターに、漫才師に、落語家に、パイロットになればいいのか。
どうやら、どれも当てはまりそうにない。