はてなキーワード: アスリートとは
開催できると思ってるの?とか。
オリンピックのことなんて考えている場合じゃないんじゃないの?とか。
開催ありきになってない?とか。
欧米では冷めた目で見ている。とか。
開催に反対する意見がやたら目につく。
でも、健康が最優先だから、さらに延期でも仕方ない。最悪中止になっても仕方ない。
って、私は別に委員でも議員でもない一市民だから無責任に意見を言ってもいるだけ。
オリンピック委員会が、やる前提で動いていることは、何で批判されるんだろう?
やる前提で準備しなきゃ間に合わないでしょ。
準備する人とは別に、開催の是非を本気で考えなきゃいけないチームが別であるべき。それだけの話。
本気でやる前提で動いても、最終的に開催できなくなるかもしれないが、それは仕方ない。大損害は仕方なくないけど仕方ないとしか言いようがない。
今、オリンピックを開催する(ための準備をする)ことを批判している人は、そもそも平常でも、(ロス五輪以降の)オリンピックは商業主義に汚染されている!オリンピックはやるべきでない!とか言ってそうなイメージ。
松岡修造とか、吉田沙保里とか、アスリート出身で、オリンピック開催してほしい(と思っていそうな)人たちがオリンピック開催について反対するなら、その意見は素直に聞けそうな気がする。
「中国武漢で最初に発見されたウィルス/病気」を『中国ウィルス』や『武漢肺炎』と呼ぶと差別を招くからダメというなら、イギリスや南アフリカで発見された変異株にも地名を付けるべきじゃない。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/C4Dbeginner/status/1372706755218575370
yabusaki もし凶悪な日本株ウイルスができて世界中で日本人に対するヘイトクライムが起きたときにこの発言を蒸し返されたらやばそう
その通り。東京オリンピックに集まった世界のアスリートたちの頑強なボディの中で全世界のウィルスが蠱毒して最強最悪の変異株が誕生したとしても『東京株』とか『オリンピック株』とか呼ぶべきじゃない。
もう少し仔細な話をすると、2chというか、オタクな界隈で「擬人化=モノや概念の美少女化」というふうに通じる時期があった。今はもっと多様と言っていいだろう。
当時流行っていたのは、覚えている限りだと、下妻市のシモンちゃん、びんちょうたん、当時ネコミミ新幹線として話題を呼んだファステックたんなど…
書いてて思い出したが、当時はやたら「たん」付けが流行っていた。
そうした後、擬人化たん白書なる書籍が販売されたりと、擬人化界隈は小さな広がりを見せていた。
商業化という面では、エロゲの題材のほかに、鉄道むすめなどある程度成功しているものもあるが、明確に大規模なマーチャンダイズが行われたのはおそらく、ヘタリアが契機のように思う。
AKB48やアイドルマスターがおよそ2005年、ヘタリアはおよそ2006年。この辺りで、通信デバイスの進化と趣味の個立化によって「キャラがいればいるほど、一人以上の推しがつく」時代に入る。
擬人化においてヘタリアがもたらしたもう一つの意義は「語らざる背景」にある。
これはこの後の擬人化のビッグマーケットである「艦これ」、「とうらぶ」などに通ずるが、単なるモノの擬人化に対して、「国」「艦艇」「刀剣」には、その名の由来となる歴史(背景)が付随することとなった。
これにより「最初のキャラ造形とその後の保守さえ矛盾なく頑張れば、残りのキャラの(膨大な)コンテクストは各自で拾ってくる」という、実に効率的かつ大胆大規模な商品が生まれることとなった。
上手いやり方なのだ。例えばネットで流行ったMeたんのキャラなどは、どこまで行ってもスーパーフリーズ現象ぐらいなものだ。他は同人で膨らませるしかない。
だが、のちに「ナマモノ」とも言われるこれらは、取扱注意がある反面、物語は湧いて出てくる。
しかも種類が多い。莫大な数だ。四十七士や48人どころではない。
かくして大量消費社会にあって物語を湯水のように消費するマーケットができた。
かつてあった擬人化たん白書を今作るなら、野球名鑑やタレント名鑑の厚さを超えてしまうだろう。そんな歴史をひたすら消費してきた。
そこにまた新たなナマモノ消費がやってきた。
ウマ娘だ。
やっとウマ娘の話だ。
それを、おそらくは初っ端から、しくじっていた。
もちろん実際にどういうやりとりがあったかは想像するしか無いが、企画先行で、根回しが足りていなかった(ないし認識が甘かった)可能性はある。
それはそれとして、プロジェクトとしては続行となり、擬人化が好きな筆者としては、新たな商品にワクワクした。
ギリギリオグリキャップはしらず、マキバオーを読んでこなかった筆者は、それでもディープインパクトとハルウララ、そして何故かテイエムプリキュアは知っていた(確かエリ女で二着だった年で、知人が名前買いしていた)
せっかくの競馬擬人化ながら、当世最強の名高いディープインパクトが、噂ではトラブルで出せなさそうという話は、ちょっと残念ではあったが、
その後jraの2011-2013の激アツcmを見てからは全く気にならないどころか、その辺りはドンピシャで出てくる娘が多く、期待は高まった。
その後この期待は乱高下することになる。延期の発表、アイマスの有名Pの参加、その脱退、コンテンツ広報であるぱかチューブの勃興と黄昏、カンリニンチャンの失踪…
それでもウマ娘を待ったのは、擬人化コンテンツが好きで、一期のアニメが良かったからに他ならない。
この頃には、ウマ娘を契機として今の競馬を追うようになっていた。
まさか2018JCを目の前で見る日が来ようとは思わなかったが。
この時点では、擬人化コンテンツとしてのウマ娘を待ち続けていた。
だから、ゲーム内容はそんなに気にしてなかったのだ。多少面白ければよい。第一「クオリティアップのための延期」はあまり良い予兆では無い。まず安全にリリースをして欲しい。擬人化コンテンツの消費がしたい。
そういう思いだった。
2020年度。
コロナ禍吹き荒れる競馬界でいくつかの奇跡が起きた。キセキはあまりいい成績ではなかったが。
ディープインパクト以来の無敗の三冠馬・英雄の子コントレイル、史上初の傷なきトリプルティアラ・神威の子デアリングタクト、そして全ての記録を過去にせん勢いで疾る灼熱の少女・平成最後のアイドルホース、アーモンドアイ。
この三帝が一堂に会するJCは、今後100年は見ないだろう。
障害戦線では、老いて尚壮健な黄金の血統・オジュウチョウサンが記録を打ち立てていた。
カンリニンチャンが帰ってきたのだ。
この時点でも、ウマ娘は、擬人化コンテンツとアイドル要素の融合ぐらいに思っていた。
それは、最初の開発からは感じられなかった点でもあり、しかし競馬そのものを擬人化の範としたときに不可欠な要素だった。
そしてそれは、二期のアニメを経て、GIRLS'LEGEND Uで高らかに掲示された。
顔のいい女の子たちが、頑張るぞーってなしかめつらで、とっとこターフを走る光景は、ついに裏切られた。
相手を食い殺さんばかりの気迫、道々宿敵をねめあげる眼差し、食いしばられる歯、揺れる大地、高速で過ぎゆく背景。
それでも、レースを通して、シナリオを通して、曲を通して、「勝つことの意義」に魂を宿そうという意図が受け取れる。
そして、それを説得させるだけのゲーム映像技術を持ってきたのには舌を巻いた。
そうして、競馬そのものを追体験するようなゲームの熱が、今日このように広がって行くようなことは、全く予想しなかった。
ウマ娘で言えば、前評判のいいサイゲ屋のパンケーキを注文したら、ちょっと作り直すと言われたのだ。
焦がしたのかな?トラブったような音も聞こえた。まぁ食えるのが出ればいいや。変なものは出るまい。
そうして出てきたものが、行列ができるレベルの至高のパンケーキだったのだ。
魂消る。そりゃ魂消るさ。
ウマ娘がリリースされてまだ一ヶ月も過ぎていないが、自分の中では、このような擬人化史が去来していった。
ウマ娘を通しての競走馬の育成シミュレーションとしては、おおよそパワプロのようなシステムなので、こういうシステムが苦にならない人には向いている。あれもアスリート育成だしな。
その上で、シナリオ内で、史実の競走馬についてくる物語がなかなかどうして、熱い。
歴史を超えるリベンジなどというのは艦これに引けを取らない熱さである。
艦これとの比較として、お祈りゲーであることは同じであるが、大艦隊のうち6艦艇を率いるため育成が平らであるのに対して、ウマ娘は一アスリートを根から育てることとなり、まさに密である。一頭との濃密な関係が、レース本線を熱くする。
かつ、この娘たちが今「生きて」いて夢を「夢のまま終わ」らせないチャンスがある。
別にアスリートがいようが、いやアスリートの前でもファミとリベラルは中止しろと言えるよ。
アスリートの目の前でいえる?
⇒いくらでもいえる 大声で叫んでやる
「お前のせいで俺の好きなものが奪われた」と言われたらどう返すの?
⇒「五輪のせいで俺の大好きなアニメが放映されない どうするんだ!」と返してやる
⇒お前らが代表になったことで代表になれなかった人たちの人生狂わせてるけど責任とれんの?
中止のメリットある?
またスキャンダルが出た。
いろいろあるたびに「オリンピック中止!」の声を見る。
いつも思うがこの人たちはオリンピックを目指すアスリート達の前でも同じことが言えるのだろうか。
自分は近い友人に目指していた人がいるため(選考からもれた)各スキャンダルに批判的ではあるが中止しろとは言えない。
よくフェミさんがオタコンテンツの批判する時「嫌なら見なきゃいい」ていうじゃん。
中止を声高に叫ぶ人はそれを目指すアスリートの人から「お前のせいで俺の好きなものが奪われた」と言われたらどう返すの?
アスリートの人たちはオリンピックの成績次第でスポンサーがついたりとか人生変わることが容易に考えられるけど責任とれんの?なんか代案あんの?
中止のメリットなんかある?
「みんなに夢を与えられたら」みたいにいくけどお前そんなこと考えて競技してねえだろ
他人を押しのけてでも良い成績を残そうとしてそれでトップになれたんだろ
だったらそれでいいじゃん
だいたい、なんか心身ともに充実してるはずのアスリートのみんなちゃん、森に文句言ってました?
多様性を尊重するのがオリンピズムだぞ、って言ってた割に声上げた奴いました?
いや居たけどそれがめちゃくちゃ目立つくらいに黙り込んでた連中が圧倒的でしたよね?
為末大学がちょろっと物申したら「よく言ったー!!!!!」って喝采されてましたよね?
なんつうのかな?
黙り込んで逃げる奴はどこにでもいるんだけど、増田もブクマカも世間も「叩きやすい黙り込んでる奴」を選んでぶっ叩いてるよね。
オリンピズムとかの精神をまず尊重すべきはそれの言い出しっぺであり、それで飯食ってるアスリート周りだと思うんだけど。
そいつらアスリート連中に対しては「言いにくいよね分かるよ」とムーブかましつつ、その周辺のオリンピックあんま関係ねえただのおっさんには「声を上げなければお前らも共犯! ジャッポス!」って・・・
控えめに言ってころしたいんですけど。