はてなキーワード: 関西弁とは
なんJ民のものやけど、ステマ騒動におけるなんJ民の反応・動きを軽くまとめたやで~~
ちなみに2chで他に掛け持ちしてる板は、プロ野球板だけやで~
まとめブログは昨年前半くらいまではよく見てたけど、それ以降はイマイチ見てないんよ
「マジでデモしてる奴らの列にいきなり紛れ込んだ阿波おどりの集団」くらいの認識でOK。
なんJ内でまともにこの問題を議論しようとする人は、相当真面目な人か、vipやニュー速などとの掛け持ちの人だと思う。
野球以外の真面目なことに興味ない、もともと移民なので板の運営などに興味がない、などが理由か。
他の板への侵略も基本的にはネタ。
ひたすら100エーカーの森の畜生どもを相手にホームランを打ちまくる恵体剛打プニキのゲームに熱中。
(なんJの公式ソング(?)が恋愛サーキュレーションであり、柏原の好きな女性がこの歌を歌う花澤香菜であることから)
なんJにも「ステマ」なる言葉が蔓延するが、ネタとしか思っていない。
意味を知らないなんJ民は、「ステマ」を何故か「ステロイドマートン」の略語と捉えてしまい、主に謎の解説者の新たな批判対象となってしまった。
このころ、ニュー速民が嫌儲に移住、アフィブロガーたち、まとめサイトのネタが切れる。
1月7日、ネタ切れとなったハム速がなんJのスレをまとめる。*4
1月10日、アフィブロガーが、なんJで転載を狙ったスレを立てるも、見抜かれ荒らされる。*5
もともとなんJには政治ニュースなどのスレはあまり立たず、立ってもスレタイや本文などがなんJ語で書かれているため、なんJ民には一発で見抜かれるのである。
ただのお祭り騒ぎかアフィブログからに対する報復かわからないが、他の板への侵略を始める。
まず、ブログ板を侵略。理由は「ブログって逆から読んだらグローブやから」「守備力があがるから」。
過疎になっているニュー速も侵略。「ニュー速っていまは旧速って言われてるんやろ?ちゃう、旧速やなくて球速や!野球にはグローブだけやなくて球も必要なんや!」
「ニュー速って今は空き地なんやろ?空き地で野球して何が悪いんや!」と主張。
ちなみになんJ民が侵略を行う際には、もともといた板住民に対して、「なんでも実況Jリーグから来ました」と主張。
これらの侵略はなんj民そのものというより、なんjと他の板の掛け持ちの犯行という説もある。
書くのめんどくさいので、詳細は、なんJ用語集の福貫の項目、自演スレ立て 以降を見てください。
ステマ騒動・他の板への侵略に飽きてしまったなんJ民。なんJは、昨年末までと同じような雰囲気に戻りつつある。
ただ、以前からも叩かれ気味であった自分語りスレ、vip臭いスレがますます叩かれるようになったり、
なんJ内の方言である猛虎弁(関西弁とはことなる)を使う人が増えたり、少し排他的になった、気がする。
だがおそらく、本格的な野球シーズン(2月1日のキャンプイン)が始めれば、なんJも通常運行すると思われる。
なんJの排他性と不真面目さによって、なんJは他の板から侵略をうけなかったと思うで。
ちなみに、この記事は酒飲みながら書いたったわ~
なんかちゃうところあったらいつでも言ってやー
はてなにもあんまり慣れてないから、はてな記法を見て、見やすく編集します。
http://blog.livedoor.jp/yakiusoku/archives/53354661.html
http://blog.livedoor.jp/g_ogasawara/archives/5644012.html
http://wikiwiki.jp/domingo/?%A5%B9%A5%C6%A5%DE
http://hamusoku.com/archives/6570458.html(アフィブログです)
http://anond.hatelabo.jp/20111028114752
理屈を受け入れて言わなきゃいいのに
それからphaという方からは、メールしても全くお返事ありません。
賢明なのか、かえって墓穴を掘っているのかはわかりません。
書かれて気に入らなくても、他の人が対処してくれて自分は部下がやったことですから~みたいにしれしれしていられる身分なのだろうか?
と思ってしまっても仕方ないのでは?
別の人間だから、独自の判断でやっていて、そこまで管理できない、という立場を取ってるんだろうけど、自分のところへの書き込みで知り合いがこの人を庇って、あたんするような事をしてきているのに、何もなし というのもちょっと不自然な感じもするんだが・・・
本人は極力めんどくさい事には関わりたくなくて、周囲の攻撃性があり余ってるような人におまかせしているのかもしれない。
ええと、中々探せないが、似非原と言う人は、 phaの日記に 「カス」と書き込みした人に はてなスターで「カス」と返していたりした。 どこのブクマだったか 今 探してる
そこまで、結束が固いのか、お思い込みが激しいのか、何かあるんだろうなあ
こういうの、2chとよく似てるなと思う。
白人が生み出した科学技術や社会制度、思想、価値観は人類すべてにとって普遍的に価値を持つものだった。
「価値があると誰もが認めるはずだ」と信じてもらえるに足りるものを生み出すものであった。
白人文明が最も人類にとって普遍的に価値ある概念を提供したからであり、
今回はたまたまその中で最も貢献度合いが高かった国が英米だったからである。
実際問題非英語ネイティブといっても、欧州言語母語話者にとっては英語は方言のようなものなのだから、
日本国内で次は大阪が首都になるから関西弁が共通語になる程度の感覚だろう。
また古代日本も中国から文字や箸や仏教や儒教や暦が伝来するまでは文明のない未開のクニだった。
現在の日本語がカナ含めすべて中国由来の文字によって書かれているのは中国によって文明化されたことの結果である。
今の英語世界共通語化はこれまで存在したいかなる人種差別や民族差別をも上回る人類最大の差別だと思っているが、
これは英米人が人類に「金を稼がせる手段」となる文明を与えたことへの対価なのだろうと考えると仕方がないと悟るようになった。
1
デカルトっているじゃん?
カルト教団? お前が通ってるあれ?
違うよあれは世界基督教統○神霊協会って言って、各人が愛による家庭完成をめざし、性の乱れを憂い、サタンの血統から生まれた我々が血統転換による神の子の血統への復帰をめざし、来たるべき地上天国のために、日本の美女たちが朝鮮半島の貧しい農民に次々と嫁いで行って…。
どうでもいいよ!デカルトの話じゃねえのかよ
ああそうだった。「我思うゆえに我あり」って言った人。
なんか聞いたことあるね。何人?
で、そのフランス人がどしたの?
「我思うゆえに我あり」ってどういう意味だと思う?
知らね
ちょっとはやる気出せよ!
あー。だから…。私は考えているから私はいるのですね。私がいるのは、私が考えているからこそなのですね。だから、物を考えてない奴は存在しないも同然なのですね。私たち人間にとって、考えることがとても大切で、みんな、もっと考えなきゃダメだよ、ってそういうお説教たれた人?
それ誤解。「人生において思索が大切」とかそういう話じゃない。俺も中学のころはそう誤解してたけどね。
じゃあどういう意味なんだよ。
まずね、デカルトは学問を始める上で、確実な知識を求めたんだ。せっかく知識を得ても、それがほんとなのか怪しかったら、信頼できないでしょ。
まあそうだな。
そんで絶対確実な真理を探し始めた。
うん。
「いまおれはキーボードを打ってる」、これは確実な知識だろうか。
確実なんじゃねえの、実際打ってるし。
うーん、まあ、それは確かにな。
もっと確実な知識はあるだろうか。
1+1=2とかは? 確実じゃん
確かに確実そう。でも、おれたちって計算を間違えることあるよね?
いやまあ。そりゃあるけど、1+1=2は間違わねえよ
でも万が一ってこともある。それに、なんかお前が悪霊にとりつかれてて、「けっけっけ、あのバカの思考回路をいじくって、1+1=2を正しいと思い込ませてやろう」と思われてたらどうすんだよ
悪霊とかアリなの? じゃあどうしようもねえよ。いくら確実だと思っても、「それも悪霊に思い込まされてるだけかも」って言われたら終わりじゃん。
お前に凡夫とか言われたくないけどな。でも凡夫じゃなかったら終わらないのかよ。
そこでまさにデカルト登場。すごいこと言うよ! これからすごいこと言うよ!
うるせえよ。早く言えよ。
「疑いだしたらキリない。わしはフランス人や、でも、そう思ってるだけかもしれん。わしはイスに座っている…、と思ってるだけかもしれん。あれもこれも、そう思ってるだけかもしれへんのや…。いや、待てよ。確かに、わしは色々なこと考えて、真実やと思とるけど、それは真実やなく、そう思ってるだけかもしれん。しかしどうや、そう思ってること自体は、よう疑わんのとちゃうか。わしは思ってる…、と、思ってるだけかもしれん。…それ、思ってんのやないか!」
うーん。
どうだ!
関西弁分かりづらいわ。
つまり、俺の信じてる内容は全部「そう思ってるだけかも」って疑えるけど、そのとき「そう思ってる」こと自体は疑えないんじゃね?、確実なんじゃね、ってことだよ。
ふーん。
どうすか?
どうだかねえ。怪しいねえ。だってさあ、悪霊が出るレベルだろ。悪霊が出なきゃ、色々考えられたけど、悪霊が出ちゃったらなあ。
おまえの中で悪霊をどんだけ評価してんのか知らないけどな。
悪霊つったら無敵だからな。例えば、デカルトがいま実際は何も思ってないのに、「俺、いま○○のこと思ってる」って思い込ませるようなこと、悪霊ならできるだろ。
いや、できるか?
できるだろ
逆ならできるよ。デカルトは今、本当は色々と思ってるんだけど、悪霊に騙されて、「あー俺いま何も思ってないわー。信じがたいほど何も思ってないわー。無だわー。」って思ってる状態。だけど、この反対は無理じゃないか?
いや、ほんとは何も思ってないのに、悪霊に騙されて、「あーいま俺色々思ってるわー。頭フル回転だわー」って思い込んでることはありうるだろ。
だからそこでさあ、結局「思い込んでる」わけじゃん。思ってるんだよ。
ああ、そうか。
こういうわけで、「思ってることは確実だ!疑いえない!」。これがデカルトの発見。
なるほど。でもさあ、それ「我思う、ゆえに我あり」と違くない? 「我思う」が確実な真理と分かったって話なんだから、「我思う」だけ言えばいいんじゃねえの?
まあ一理ある。「我思う、ゆえに我あり」については、当時ガッサンディが「三段論法じゃねえか!」つって批判したんだけど、「ゆえに」とか言ってたら推論と解釈されても当然だしな。
うむ。
まあだけど、その「我思う、ゆえに我あり」は以上のようなことが言いたい言葉なんすよ。
分かったよ。それで?
実は、デカルトよりも前、アウグスティヌスというキリスト教哲学者が…、
あっ、ちょっと今日お母さんの誕生日だからケーキ買いに行かなきゃ。じゃあな。
良い子かよ!!
<つづく>
きっかけは些細なことで、本屋で大阪弁について書かれた本を立ち読みしてたら、大阪出身である著者は若い頃東京の大学に入ったとき東京の言葉が気持ち悪くて全く馴染めなかった、みたいなことが書かれていたこと。「東京の言葉が『標準』で関西弁はじめ地方の言葉は『訛り』」みたいな感覚が当たり前だったから新鮮だったし、興味を惹かれた。
それ以来東京弁という言葉についてなるべく先入観抜きで考えるようになったんだけど、いつの間にか「東京弁ってなんか田舎臭くないか!?」という疑念が膨らんできた。反対に関西弁にはなんだか都会的な雰囲気を感じるようになってきた。
なぜそう感じるのか、その理由について自分なりの仮説を書いてみたい。
関西弁は基本的に、その時代時代の都(平城京とか平安京とか)の言葉が周辺に伝播するかたちで形成されたものだと思われる。当時は大都市というのは首都ぐらいしかない。つまり都市の強い影響の下で形成されてきた唯一の日本語なのではないか。
言葉は常に変化するものだけど、都では代々都市で暮らしている人たちの生活感覚の中から生まれる、都市生活者の感覚にマッチした表現が定着していくし、そうでない表現はすたれていく。たとえば、人口密度の高い都会ではコミュニケーションにトゲがない方が都合がよい。だから言葉のサウンドが柔らかくなる。東日本でいうところの「じゃ」「だ」のような音は関西では子音や濁音が省略されて「や」になっているし、東で「〜っつって(と言って)」「買った」というところを西では「〜ゆうて」「こうた」というように、やはり子音や促音が避けられ、半母音や長母音になる傾向がある。この方が音の響きとして角が取れているし、反対に関東弁や東北弁はゴツゴツしていてがさつな印象を与える。
あと、直截的に表現せず、遠回しに伝えるやり方(「ぶぶ漬け」が実話かどうかはおいといて、ああいう話はその象徴だと思う)が発達するのも同じ理由かも。村上春樹(関西人)が雑誌のインタビューで「関西の人は十言いたいことがあったら五、六ぐらいだけ口にするけど、東京の人はそうじゃないからはじめはびっくりして、なんだここは、とおもった」と言っていた。
で、一旦「東京弁が標準」っていう思い込みがなくなって、「東京弁というのは単なる関東方言のひとつで、言葉それ自体に都市性が含まれてる日本語は関西弁くらいしかない」ぐらいの認識になると、「おめーふざけんじゃねーよ」「これまじすげーじゃん」とかいう東京風の言い回しがやたらダサく田舎臭く聞こえてきて困る。でも東京にしか暮らした事がないから東京弁喋るしかない。
では、世界最大の大都市であった江戸の言葉もなんらかの「都市生活的要素」を含んでるかというと、結果としてそうなったとは思えない。江戸の言葉がそうなったのは、逆説的だけど江戸が世界最大の大都市だったからだと思う。京都が中世の都市なら江戸はまあ近代都市というか、地方から人が流入して人口が爆発的に増えた。つまり、都市生活者が新しい表現を生み出し、その表現が定着して行くよりも遥かに速い勢いで、地方の農村から人が移住して来てめいめいが地元の言葉を持ち込んだので、結果として都市的な性質を獲得する事はなかった。そしてその流れは東京遷都と高度成長でさらに加速された。東北関東甲信越から農家の次男坊三男坊が大挙して上京してきたから。
東京は物質的には巨大都市だけど、言葉の文化でいうと「巨大な農村」なのかなと、そんなことを思うようになった。だから関西人がテレビで無理して東京弁喋ってるの見ると、なんだか妙な気分になる。わざわざそんな田舎臭い言葉、使わなくても。
掲示板への書き込みあたりを想定してるんであれば、あれは関西人同士の親しい場面で関西弁の書き言葉(といっても話し言葉的場面だけど)を使う人が、
そうでない場面でもそのまま使ってるだけだと思うけど
書き言葉では使わないよ。
関西弁はイントネーションの言語だから、書き言葉でやるとめちゃくちゃ違和感が出る。
読むのはもちろん、書くときでさえゲシュタルト崩壊してくるから、上手く書けない。
やっぱりなんか強い自意識が働く場面だと思うけど。
それがないのが今の問題なんだわな。
ガチ方言で自然に「~だべさ」とか「~じゃき」とか言ってる場合は全く問題ない。
それはふつーに聞けるし、各地の方言って素敵だと思う。
大学でいろんな地方の言葉とイントネーションに接して、すごく魅力的だと思った。
そういうのとは明らかに違う、
気色悪い自意識と下流臭が匂ってきて聴いた瞬間にゾーッと鳥肌が立つ。
明らかにあんまり程度や学歴がよろしくない人に「だべ」使用者が多い気もするので
http://anond.hatelabo.jp/20110722111751
xsinon
それを言うなら東京人が時たま使う変なイントネーションの関西弁の方が気色悪いんだけど
2011/07/22
「それをいうなら~の方が」じゃなくて
それとこれは全く同じ問題。
全電源喪失が発生してから、東電が炉心溶融を(可能性があるではなく、ほぼ間違いないという形で)認めたのが5/12だったが、3/11の夜の時点でわかっていたはずではないかという話です。私は、分かっていたと思いますね。
はあ…、さよでっか。素人さんの考えはることは難しおますな。私にはようわかりまへんわ(エセ京都弁)。
余りに脱力したんで関西弁のまま書かせてもらうけど、そんなん当たり前ですやん。よろしいか?3月12日、保安院は原子力安全・保安院は、福島第一原発1号機で炉心溶融が進んでいる可能性が高いと発表してます。んで、5月12日だかその時の発表は、水位計を直して、それで水位がぜんぜんあかんいうことも確認できたから「これはメルトダウンや」いうて断定したわけですやんか。要するに「裏付け」が取れたから断定したわけやし、逆にそれまで断定してへんかったんは「裏付け」が取れてへんかったからやし。
そない言うんやったら、古い例で申し訳ないけど、地下鉄サリン事件かて、犯人がオウムなんは強制捜査始まった当日か翌日に化学薬品が大量に見つかった時点でもうほぼ真っ黒やろ。せやけど警察が「犯人はオウムや」いうて断定したんはもうちょっと経ってからや。あれも警察が「隠蔽」しとったんか、いうことになるわね。はっきり言うたら「いちゃもん」ですわ、そんなもん。
そんなん推進派に聞いたら、「死者の数数えてごらん」言われるんがオチやで。「安全」の一番大事な基準が「死者の数」やいうのは異論ないよね?あかんの?それやったら「原発推進派は命を軽視しとる」とか言いなさんなよ。
ナイーブ系反原発派のあかんところはそうやってダブスタ使い分けて常に原発に一番不利な基準を持ち出すところや。あるいはトンデモ論持ち出して健康被害を水増しするところや。だから説得力ない、いうことを理解せんとね。
推進派が嘘をつきましたか?否。と言いきるのは極端ですよ。地元民を前にして「絶対安全」と言った人もなかにはいるんじゃないでしょうか。
「おるんやないか」ってそらあんたの憶測やんか。「あいつらの中に悪い奴おるんちゃうか、だからあいつら悪い奴や」なんて、相手がショッカーやったらそら言うてもええかもわからんけど、生身の人間相手にそういうこと言う奴って信用できんわ。
畑違いとはいえ、俺が技術屋として一番嫌いなんがこの手のナイーブ議論や。火付けたら吹っ飛ぶような危ないもんを燃料にした乗り物が道を埋め尽くしてて、実際それで毎年何千人と人が死んでても絶対「ガソリンなんて人間には扱えへん」なんて絶対言わんくせに。要は「ようわからんもんは怖い」だけやろうに。
「理系」の頭のいい方たちがこれまでやってきた原子力発電が、いざ事故が起きて、建屋が吹き飛んでからは、ああ、果たしてどういうアイデアでこの事態を収拾してくれるんだろうね、文系のオレには想像もつかないやと思いきや、ヘリから海水ぶっかけるだの、おがくずと新聞氏と水溶性ポリマーで汚染水を止めるだの(これは海外のネットユーザから、かぶと虫でも飼うつもりか、髪の毛でも入れて詰まらせたらどうだと揶揄されましたね)もう次から次へとアホくさくみえる案を繰りだしてくるんでガックリきたわけで。なんだ。口ほどにもない奴らだな。そんな程度の技術力で火遊びやっていたのか。もう玩具ぜーんぶ取り上げだ。という気分でしょうかね。
あんたに限らず「理系」いうところにやたらと噛みついてくれる人がようさんいてるけど、「理系」の何が気に食わんのよ、ほんま。理系はあんたの親の敵かいな?
言うたやん、この事故は「理系」いうか技術屋のせいやない、いうて。実際、福島第二とかと同じようにしてりゃ防げたんやから。地震が来たらどないなるか、いう予測も「原子力村」の技術屋はやっとったがな。その対策をやらせへんかったんは東電の経営やら保安院やら、要するに文系の人間ばっかりやないか。技術屋がこしらえた事故処理用ロボットも電力会社と政治家の天下り団体がよってたかってお蔵入りにしてしもた。
そうやって両手を縛られとって、技術的に鮮やかに解決なんてできるわけないやろ。科学技術は魔法とちゃう。きちんと準備と研究開発を積み重ねてれば多少のことはできるかもわからんけど、咄嗟になんか起こったところにあり合わせのものでどないかせえ言われたらローテクでなんとかせなしゃあないやないか。一刻も早く汚染水止めたいならおがくずだろうが新聞紙だろうがダメモトであるもん流してみなしゃあないやないか。それにヘリで水かけえ言うたんは確か文系の政治家やぞ。なんで全部技術屋のせいになんねん。
「文系」の人間のやることって大抵そうや。そうやって「理系」の人間の両手を縛っておいて、いざとなったら「理系」を最前線に送り込んで責任おしつける。何様なんあんたら?何が「その程度の技術力」や。何が「火遊び」や。何が「玩具」や。無能な経営者や役人のケツ拭かせといてどんな上から目線や。なめるんもほどほどにしときや。
よう言うわ。ネットぐぐってみい。騙されとるアホがなんぼでもおるわ。それに広瀬は温暖化陰謀論だのユダヤ陰謀論だのも書いとるがあれはええんか?特にユダヤ陰謀論。「だまされようがありません」「問題ありません」いうてサイモン・ヴィーゼンタールセンター行って言うてみいや。言えるもんなら。
最近では、原発に関する書籍もかなりたくさん出揃ってきましたので、それらも新聞、テレビ、ネットとはまた違った情報が得られて面白いですよ。
専門書でも買わん限りろくな本殆どあれへんがな。大抵の本には「デマ」と間違いだらけの「知識」しか書いてへんがな。有益な「情報」なんぞどこにもない。あんなん読むんは単なる時間の無駄や。
注:加筆修正しました
最近商業BL作品ばっかり読んでるから、たまにはネットで同人作品も読もうかなと思い立って、某ジャンルのサーチから二次創作サイト巡りをしていたときのこと。リンクを辿っていった先に、管理人が韓国人であることを明記しているBL小説サイトがあった。日本語ネイティブじゃないとこれはムリだろと思わせる豊かな語彙の小説や日記・掲示板の内容から判断するに留学生やニューカマーなどではなくて、日本で生まれ育った在日韓国人の方であるようだった。
なんかね、これちょっとびっくりしたんですよ。在日の人もBL書くんだなぁって。
いや、こんなにもアニメや漫画の氾濫する日本社会で生きている以上、日本人だろうが外国人だろうがオタク趣味に染まる人は染まるのが当然だろうし、中にはヤオイや二次創作に興味を持って腐女子や腐男子になる在日コリアンがいるってのも理性では理解しているんだけど。実際目にしてみると、なんかこう、感慨深いものがありましてね。
そうかー、在日のBL好きってのもやっぱりいるもんなんだなー、っていうか他にもいるけど明かしてないんだろうなー、としみじみしてたんですが、途中でふと思い出した。あれ、ちょっと待てよ?よく考えてみれば、数少ないながら今までにも在日韓国人が登場するBLがあったりするし、在日朝鮮人のBL作家というのもいたりするんじゃないの?そういえば私、そういうの読んだことあったような……、と。
というわけで、今回はBLと在日と私というテーマで今まで読んだ作品を振り返ってみようと思う。長いよー。私が以下で言及している作品には18禁のものもありますのでお気をつけください。
倉科るりというペンネームで、商業誌からBLを出版している小説家がいる。正確にはいた、と言うべきかもしれない。著作の中には絶版になっているものも多く、また1996年の『王様の夏休み』を最後に10年以上発刊はしていないようだから。公式サイトにも「倉科るりの商業活動は諸々の事情から不可能だと思います。時間がないのです。」と書いてあるので、今後も商業誌でBL作品を発表する可能性は限りなく低いと思う。
けれど、在日とBLというテーマを語るなら、彼女を外すことはできない。
実はこの作家さんは、コバルト文庫で金蓮花という名義で少女小説も書いている。むしろ金蓮花(きんれんか)というペンネームの方が世間的には通りがいいだろう。私も残念ながら倉科るり名義の本は読んだことがないけれど、金蓮花名義の本は小中学生の頃にわりと読んでいる。『銀葉亭茶話』、『水の都の物語』、『月の系譜』は何度も読み返すくらい好きだった。私が金蓮花=倉科るりというのを知ったのは大学生になってからだったけれど、BL読者やコバルト読者には結構有名な情報だったようで、ネットで検索するとペンネームを使い分けるようになった経緯や、その他もろもろの噂が出てくる。それらの噂がどこまで本当かわからないのでここでは紹介しない。
さて、金蓮花は1962年生まれの在日朝鮮人3世である。東京に生まれ育ち、大学も都内の小平市にある朝鮮大学師範教育学部美術科を卒業した。作家デビューは1994年、『銀葉亭茶話-金剛山綺譚-』で集英社の第23回コバルト・ノベル大賞を受賞したのがきっかけだった。この『銀葉亭茶話』シリーズは、朝鮮半島を舞台に仙人や精霊、竜や虎、人間たちが織り成す恋愛を描いた朝鮮風ファンタジー小説で、仙境にある一軒の茶屋銀葉亭にさまざまな客が訪れ、店主の李月流(り・うぉるりゅ)に身の上話を打ち明ける、という趣向になっている。
『金剛山綺譚』の金剛山は、もちろん朝鮮半島に実在する景勝地金剛山をさす。韓国人や外国人が北朝鮮国内の金剛山観光地区に観光をしに行くニュースを見たことのある人は多いはずだ。『銀葉亭茶話』シリーズの物語に登場する実在の固有名詞は地名だけではない。例えば『蕾姫綺譚』では重要なキャラクターとして李氏朝鮮建国の王李成桂が登場するし、『舞姫打鈴』のヒーローは新羅の英雄金庚信である。
ところで、学校で歴史を習う前に本シリーズを読んだ影響で、私は現在でも「新羅」という単語を見ると反射的に「しらぎ」ではなく「しるら」と読んでしまうし、「李成桂」を見ると「りせいけい」ではなく「りそんげ」と読んでしまう。私にとって、このシリーズこそが生まれて初めて触れた‘朝鮮文化’なのだった。馬鹿な子供だったので現役読者だった小学生の頃は朝鮮半島というのがどこにあるのか知らなかったし(私は当時本気で外国=アメリカであり、世界には日本とアメリカの二国しかないのだと思っていた)、儒教文化だとか在日朝鮮人だとかさっぱり理解できない上に興味もなかったので読み飛ばしていたけれど、雪華(そら)や明蘭(みょんらん)という美しい漢字と不思議な響きの名前、美味しそうなチヂミ、ふわりとチョゴリを広げて鞦韆をこぐ明朗な少女、霊山の天辺に位置する天池(ちょんじ)の聖水……どこか好奇心を刺激する異国のイメージの数々を私は大いに楽しんだのだった。特に金剛山の壮大な瀑布や峰々が鮮やかに染まる絢爛豪華な秋の描写などは、幼心にうっとりするような綺麗な文章だなぁとドキドキしながら読んでいた。金蓮花という作家のおかげで、私は隣国と幸福な出会い方をしたのではないかと思っている。そういう意味で、『銀葉亭茶話』は私にとって印象深いお話なのだった。
金蓮花自身にとっても、作家として第一歩を踏み出したシリーズであると同時に、祖国を舞台にしたロマンスであることを考えれば、『銀葉亭茶話』はやはり特別思い入れの深い作品なんじゃないだろうか。
彼女の著作のあとがきでは、自らのルーツを意識した話題が多い。北朝鮮に観光に行って金剛山の絶景に感動した話、伯母が北朝鮮に帰国した話、親戚が日本と北朝鮮と中国に住んでいるという話、子どもたちの通う朝鮮学校のお祭りのためPTAとして準備に奔走する話など。
そんな彼女がBL小説を書くときは、金蓮花ではなく倉科るりというペンネームを用いた。倉科るり名義の本では特に朝鮮半島と関連のある物語を書いたりはしていないようだ。少女小説のコバルト作家としての自分とをきっちり分けたかったのかもしれないし、儒教を尊ぶ在日コミュニティの価値観からするとさすがにBLを在日朝鮮人と明かしている金蓮花名義で出すのは難しかったのかもしれない。少女小説家としてデビューする際も家族からかなり強硬に反対されたと聞く。少女小説を書いているのがバレて家族会議で土下座までしたそうな。ましてやBLをや。
まぁ、BLを書くときと少女小説やラノベや一般漫画を書くときでペンネームを変えるのはbassoや秋月こお、榎田尤利もやっていることで、金蓮花に限った話ではないけれど、少女小説では在日ネタをふんだんに出していた人がBLではそれを一切出さないというのも興味深い話ではある。
ちなみに金蓮花名義の本に一切男性同士の恋愛や性愛が出てこないか、というとそういうわけでもない。
ここでちょっと萌え語りをさせてもらうと、『銀葉亭茶話』シリーズで私が一番好きなキャラクターは長白君(ちゃんべつくん)だった。彼は、朝鮮半島の付け根、北朝鮮と中国の国境にまたがる山(朝鮮語では白頭山、中国語では長白山)の守護仙人(精霊だったかもしれない)で、シリーズ通してのキーパーソンである李氏(注:男性)に想いを寄せている男性である。李氏に冷たく拒絶されたり、周囲の神仙たちに揶揄されたりしつつも、変わらず李氏に暖かい真心を捧げ続けている好漢なのだ。李氏には他に想い人がいるのでまず間違いなく長白君の恋が成就することはないのだろうが、私は彼の男らしい包容力にときめいたのでぜひ幸せになってもらいたいと思っている。別に相手は李氏じゃなくてもいいから。というか長白君には楓英とか緋鯉の精みたいな豪胆で誠実な男性とか似合うと思うんだよね。
studio may-beを結成して仕事をしている高城響と鷹匠早紀は、BLゲームや乙女ゲームのシナリオライターとして活動している他に、連名でBL小説を書いて出版したり、漫画の原作をしたりしている。音楽業界を舞台にしたBL小説『たぶん、きみが好き』『いつか、翼を広げて』『きっと、空も飛べる』という3冊がマイクロマガジン社から発行されたのは2004年のことだった。この3作は天才指揮者と男性アイドルのカップルを描いたお話なのだが、実は高城響と鷹匠早紀がやっているサイトに長年連載していた大長編小説『KT』を手直しして発表したものだという。
そのサイトの大長編(まだ完結していないらしい)には、脇役として若手の指揮者同士のカップルが登場する。彼らを主人公にした話もサイトには掲載されており、出会いと恋人になるまでを描く『'O sole mio』、体の関係を持つまでに至る続編『hard day's night』、いちゃいちゃらぶらぶしてる『jealous guy』などがある。珍しいことにこのカップルの攻めは在日コリアンである。
『'O sole mio』と『jealous guy』では、攻めが在日であることはストーリーの主軸にはほとんど絡んでこない。民族が違うということよりも同じ夢を抱く音楽家同士であることの方が、この物語の中では圧倒的に比重が大きいのだ。
しかし、『hard day's night』の中ではそれらしいエピソードが挿入されている。演奏会の予定が突如キャンセルされてしまった攻め。晴れがましい仕事を一つ失った原因を、受けに問われた攻めはしぶしぶこう語るのだった。「オレ、在日やん」。BLで、差別に直面する在日の姿が描かれているのは大変珍しい。そもそも在日としてのアイデンティティを持ったキャラクターが登場するBL自体ほとんど見かけないんだけどね。
ところで、この物語の攻めは、大阪出身で関西弁を喋る陽気な男性だ。大らかで人懐っこい。阪神タイガースファン。長身、ガタイが良くて、美男子ではないけれど、受けから見れば十分に魅力的な容貌をしている。そして新進気鋭の指揮者である。実際、読んでいて、彼は魅力的な人物として描かれているように思った。なんとなく関東生まれ関東育ちな自分からすると良い意味で典型的な関西人という印象を受けた。
神経質で繊細、あまり感情表現が得意ではない日本人の受けは、自分と正反対の気質の攻めに惹かれていく。自分にないものを持っている相手を反発心を抱きながらも愛してしまうパターンというのはわりと恋愛物の王道だが、受けが攻めの才能に嫉妬をして苦悩したり、振り切ってもついてくる攻めに苛立ったり、励まされたりと感情をぶつけ合ううちに自分の恋心を認めざるを得ない展開になるというのは微笑ましくて良かった。
BL小説家、檜原まり子の作品の一つに『マリンブルーは密やかに』という小説がある。2008年、講談社X文庫ホワイトハートから発行された。舞台はアジア・オセアニアクルーズ中の豪華客船。そこに乗り込んだ保険会社から委託を受けた調査員の受けと、元自衛官の攻めのラブストーリーだ。
正直なところ、この物語の一番興味深いところは、ストーリーなどよりも受けの両親だと思う。
受けの母親は日本人の医師だった。そして父親は在日韓国人の寿司職人。両親が渡米して、一家がカリフォルニアにいたとき受けは生まれた。医師免許が認められなかった母親は畑違いの仕事をして受けを育ててくれたらしい。後に離婚したようだが、受けの両親の話こそ読んでみたいと思った。寿司職人と女医さん夫婦米国滞在記なんていろいろ波乱万丈なドラマがあって面白そうじゃん。
というわけで、本作の受けは間違いなく在日韓国人の血をひいているのだが、特に在日とか韓国に関するエピソードは出てこない。受けが韓国語を喋ったりキムチを食べるシーンがあるわけでもない。彼が民族的なコミュニティや朝鮮半島に思いを巡らすシーンがあるわけでもない。冒頭、地の文でさらりと受けの生い立ちが説明されているだけで、その後はとくに彼が韓国系であることには触れないまま物語は終わるのだ。
なら別に受けが在日の血を引くキャラクターである意味ってないのでは?と思わないでもないけれど、まぁ深い意味がなきゃ在日がBLに出てはいけないってこともないし、これはこれでいいのかもしれない。なんと言ってもこの作品の舞台はいろいろな国籍のクルーが働く豪華客船なのだから。南太平洋を悠々と航海する船上のキャラクターにちょっとしたマージナルな要素を付与したいと作者が思うのもわかる気がする。船長の喜屋武も、受けと同様にマージナルな人物である。米軍勤務の軍人を父に持つ沖縄出身の男性で、金髪碧眼という日本人離れした容姿だが自らを日本人だと主張する。とても珍しい韓国系の受けや、沖縄と米軍というデリケートなバックグラウンドを持つキャラクターが登場するという点において、このお話はなかなか印象深かった。
『うつしみの花』は、幻冬舎リンクスロマンスから2008年に出版された全2巻のBL漫画である。作者はタカヒサ亨。舞台は飛鳥時代の日本で、有名どころでは葛城皇子(中大兄皇子)、皇極天皇、間人皇女などが登場する歴史ロマンBLである。ちなみに中大兄皇子と受けがキスする場面もあったりする。
主人公(受け)は、百済からの渡来人で金工職人である実父を持つ美少年。攻めは、受けの父親の弟弟子で、乃楽山(ならやま)の麓に住む百済系渡来人であり以前は都随一と呼ばれた腕を持つ金工職人だった。受けが攻めの弟子となるので職人師弟ものBLであると同時に、渡来人と渡来人の子孫が出会って恋に落ちる物語なのである。
職人の村で修行をする受けは、師匠であり恋人である攻め以外の渡来系の職人たちとも交流を持つようになり、技術を磨いていく。いつか攻めの故郷である百済に帰還することを夢見るようになるし、自分たちの存在は発展させ続けていく技術に拠って立つのだという強い自負心を持つに至る。彼らのアイデンティティは明確に百済系渡来人であることにあり、ヤマトにはないんだなーと読んでいて思った。
日本が舞台なのにあえて渡来人のカップルを描くなんて随分通好み(?)だなと思う。こういうのは珍しくて面白い試みだ。同時に、ちょっと私の中の日本人としての感覚が一抹の寂しさというか疎外感を感じなくもなかったような……。この記事のテーマである在日と古代日本の渡来人はちょっと違う存在なのでこの作品には簡単に触れるだけにとどめるけれど、思いがけずヤオイを読んでいて自らのナショナリズムが浮上したという点で本作は印象深い作品だった。私が気にしすぎなだけだけなんだろうけれどさ。
もちろん、健気で頑張り屋な受けとクールで格好良い攻めは萌えたし楽しめた。
ところで、作者のタカヒサ亨は、角髪(みずら)に萌えてこのお話を描いたらしい。わかるわー私もみずら萌えです。特に青年の下げみずら姿は可愛くて良い。不評でなかなか描かせてもらえなかったとのことだが、残念だ。もっと見たかったよー。
ハテブやツイッター、増田2ちゃんねるでコメント下さった方ありがとう。せっかくだし嬉しかったので、いくつかのコメントにお返事します。
恐縮です。ありがとう。
自分のブログではこういう記事を出したことがないのでうまく書けるかわからなかったし、書いたとしてもこの記事だけ場違い感がぷんぷんして浮き上がってしまうだろうと考え増田にしました。悲しいことですが、BLも在日も荒れやすい話題ですから。
私は金蓮花の初期の作品が好きでここ7~8年の著作は読んでないのですが、作品だけじゃなくて作家自身も本当に興味深いなと思ってその動向は注目しています。ラノベ界でも稀な在日外国人であることを明かしている作家さんですよね。まして日本と関係が良好でない国を祖国に持つ人ですから、日本社会で生きる彼女自身、悲しみや自負心を含め複雑な感情はあったんじゃないかなと想像しています。日朝首脳会談が開かれ拉致問題が発覚した2002年、この年に発売された『伽椰琴打鈴』を最後に、彼女の著作の中で一番‘朝鮮’を押し出している銀葉亭茶話シリーズが発行されていないというのは、偶然かもしれないけれどなんとなく象徴的に見えたり……。
確かに文化が違う、価値観や倫理観が異なっている、と強く感じる点はいくつかありましたね。面白いなと好ましく思う相違もあれば、モヤモヤする思いを抱える相違もありました。私の場合、女性の描かれ方や女性の置かれた立場というのが結構気になりました。『蝶々姫綺譚』で、女性が子を成さずに死ぬのは罪である、罰として死後の世界で償わなければならないという設定には、儒教をベースにしたファンタジーだとこうなっちゃうのか、とびっくりしたなぁ。日本や日本よりフェミニズムの強い欧米発のファンタジーじゃそういう設定ってないでしょう。まぁ、当時の価値観を反映させた設定であることが良いという考えもあるとは思いますが、現代女性としてはファンタジーとはいえその世界の女性は生き辛そうだなという感じたのも事実でした。
ネットで読める作品もるし書店や図書館に置いてある作品もあります。個人的に、興味や関心の度合いが在日>BLという人よりは、BL>在日の人の方が楽しめるとは思いますが。
全然関係ないけど、最近アメリカのスラッシュが翻訳されて日本の書店の店頭に並び始めましたよね。日本語で海外スラッシュが読める日が来ようとは思わなかった。嬉しい。
皆さんがどなたをイメージしているのか興味あるなー。私は弱小ブログを書いてますが、Twitterはやっていないんですよ。
韓国人は日本人よりも情熱的、確かにそういうイメージありますよね。こんな記事書いといて言うのもなんですが、家族友人知人に韓国人や在日の人っていないんで実際そうなのかはよく知らないけれど。
確かに作品が面白ければ作家は関係ないというのは仰る通り。私も普段は書き手には興味がないんですが、今回は冒頭で書いた某サイトにはなんだか妙に感慨深くなってしまいまして。
創作の中のマイノリティ、本当に興味深いですよね。読み専なので創作の苦しみは知らないのですが、創作物にマイノリティを登場させる際書き手さんはやっぱり慎重になるんだろうなぁ。セクシュアル・マイノリティが登場するBLは殊にそういう姿勢を求められているジャンルですし。常に政治的に正しいお行儀のよいBLである必要はないと思うけれど、読者が引くような差別的な描写が垂れ流しにされてるBLは読みたくないと思います。私はまだガチでがっつり民族問題を盛り込んだBLというのは読んだことがありません。今後もそんな作品は出ないんじゃないかなと思うし、たとえ出版されたとしても読みたいとは思わないかも、と考えています。娯楽作品には悲惨な差別とか貧困とかの要素は求めていない性質で、どちらかというとイチャイチャ、ドキドキ、ワクワク、エロエロ、アマアマ、ラブラブって感じのノリの方が好きなんですよ。なのでフレーバー的な登場のさせ方や特筆されるような描写がなくても私はOKなんですが、作家がまったくその問題の背景に無知ではキャラクターの魅力的な属性にはできないわけですしね。作家は10調べたことのうち1を書く(100調べたことのうち1を書く、だったかもしれない)と聞いたことがあります。BLを愛する者の一人として、そういうBL作家さんが今まで以上にたくさん出てくれるといいなぁと願っています。
だいしゅきホールドは、男がデブだと女はきつい。脚と腹筋がずっとしんどい。
ひざ裏の角度が鈍角になるほど維持がキツくなる。しんどさで気が散ってしまう。
旦那がとどまるところを知らず太るのでやってられなくなり、「実は今までもしんどかった、さすがにもう無理、もうしない」って言った。
今までどんなに、サイズが変わって着られなくなった服の勿体なさを訴えたり、肥満の持つ健康リスクを訴えたり、
エスタブリッシュメントほど体型に気を遣い、低所得者ほど肥満が多いアメリカの現状を訴えて自尊心を刺激しようとしたりして、
ああ
バカくんとうとう逃げちゃったかw
苦境に立つたびに逃げるから成長できないんだよバカw
自信満々に出て来て
反論のたびに段々元気が無くなって
許されないと見るやキレて暴れる。
全く頭から尻までバカに相応しい行程だった。
次は「横」とか言いながら難癖つけてグジグジと日が変わるまでへばりつくんだろう、
悔しさで顔真っ赤にしながら。
普通にオッサンやオジイになってから第3夫人だの第4夫人を迎えて子供を作ってる。
よーするに、タネが無いやつに大量の女を「法的庇護の下」得る権利を与えるわけで。
タネが無いような奴は大量の女を囲う精力は無いと思うが、いずれにせよ
法的庇護が有ろうが無かろうが大量の女を現に囲ってると君が既に言ってるわけだ。
彼等に結婚して子供を作るオプションを与えようと言ってるだけ。
(このバカは結局3度言わせたなあ。)
金持ち男と子供を作る気がない女は結婚しなくてもいいわけだ。お雇い愛人を続行してればいい。
馬鹿の頭の中ではいつの間にやら「愛人に結婚を強制する話」に摩り替わってたらしい。
だからさあ、バカでも反論できるような話に勝手に捻じ曲げてから反論する癖を直せよ
結局君の欠点はそこに尽きる。
バカにバカを治せって言ってるようなものだからすぐには治らないんだろうが。
いるにはいる。
いなけりゃ重婚は出来ないまでだ。法で許して損が無い。
だから、今まさに余ってんじゃん。
さっきからずーっとその話をしてるのに
まるで余りものがいないような前提で反論してくるぶっ飛んだバカの相手をずーっとさせられてるんだけど
俺どうすりゃいいと思う?ねえ。
ところが、日本には『若い金持ち」っていないわけです。老人しかない。そこに女が集中する。
タネ無しが女を掻き集めても、ガキはできないっすよ。そこ問題ちゃいますかね。
精力的に女を掻き集めるような男はタネがある。
また、現状でタネ無しの男でもいいから愛人関係を結ぶ、と言う選択をしている女は
つまり子供や世間体より金が欲しいわけだから、なんであれ愛人を続行する。
法で結婚を許されようが許されまいが選択は変わらない。
要するに現状維持であり、
どっかのバカが喚くような「得られたはずの子供や女が失われる」という言い分は成り立たない。
(何回同じ話をさせるんだこのバカは?)
あと、ちょっと言いにくいけど障害児が生まれる率がヒジョーに高い。
現状は子供を作らないまま結婚しないまま年老いていく男女が物凄い勢いで増えてる。
母親が30代半ばや40代になるころようやく経済的余裕が出来て、高齢出産で不妊や障害。
60歳の父親が子供を作ると25歳の父親に比べて自閉症児の発生率が40%増しになるという説があるが
実は十代の父親が子供を作ったときの危険率は200%増し以上である事はあまり知られてない。
だから、現状掻き集めてるんだろう?
男も女も余ってるんだよ、だから余り者が引き取られる選択肢を増やす話をした
何回何回何回同じとこグルグル回れば気が済むんだこのバカは?
日本の慣習w
どうでもいいけど何で突然気持ち悪い下手糞関西弁が混じり始めたの?
って思う。
そういいつつ俺はインチキ関西弁を使う訳だけどな。うつるし、喋りやすいし。
みたいのは感じる。
そういうことで、こっちにいると東京というところはどうにもよろしくないとこに見えて仕方がないのである。たこ焼きもお好み焼きもまずいしな。
それもこれも全てが関西の人間から見ると東京の人間が取り澄ましたように見えるからで、関西ではそういうのは恐らく大変嫌われることだから叩かれるんだろうなあ。まあ遊び半分だけど。
あ、因に俺は東京出身だけど、関西にいる方が肩肘張らなくて済むので快適です。とりわけ大阪が大好き。どちらかというと南の方がいい。
ついでにいうと関西で東京弁というと、それは標準語だけど、東京の一部の地域では東京弁と標準語は峻別されており、俺の地元じゃ転校生が標準語を喋ってたりすると、あいつ格好つけてるよっていったりなんていうことがあった。言うならば、ビートたけしとか、立川談志のような喋り方なのだけど。
迷惑で不毛で愚かしい行為だ。
私はそれをしたことがある。
夜はお水のバイトをしているそうで、おばさんといってもまぁ、それなりにきれいで若作り(写真を見た人が「何この白塗りお化け!?」と言ったほど化粧は厚かったが……)。離婚暦があり、娘が一人いたらしい(「バツイチじゃない」と言っていたからまだ離婚は成立していないのか、娘は元夫が引き取っているのか、そのへんはよくわからない)。12歳年下の遠距離恋愛の彼氏がいて、月の三分の一はその彼氏と過ごすためにバイトを休んでいた。
おばさんは熱帯魚やらフェレットやらペットを飼うのが趣味で、携帯サイトにそういうページを作っていて、私にアドレスを教えてくれた。ペットの写真がたくさんあり、日記は彼氏とのラブラブっぷりが窺えた。なんかお互いを「王子」「王女」と呼び合っていた。正直興味のないジャンルだったので、「ペットの写真かわいいですね~、私も飼いたいです」とか何とか適当なことをBBSに書き込んで、あとはほとんど見ていなかった。
彼氏とラブラブなおばさんは、職場でも昼休みになると毎日彼氏に電話していた。食堂のテーブルでもおかまいなしに話すので、ある日「ちょっと電話やめてもらえませんか」と言ったら「別にうるさくしてない。文句言われる筋合いあらへん(千葉生まれ千葉育ちで、関西には数年いただけのくせにこういう時だけ関西弁)」
「どうしたの?」と声をかけてきた人に「うるさいって言われた!(言ってない)」と訴える。
その場はなあなあで終わったが、おばさんと私の間にはそれ以降壁ができた。
でもまあ仕事で必要な話はしていたし、時間が経つにつれそれほど壁は感じなくなってきた。
が、ある日ふと気が向いておばさんの携帯サイトの日記を久々に読んでみたところ……
その日は、私が急に具合が悪くなって仕事を休んだ日だった。
「おつぼね」って私? でも私はおばさんより年下だし、入ったのも後だし、その職場では下っ端。年齢や立場的に「お局様」に該当しそうな人もいないではないが、「お局様」的な人達ではない。
周囲の人に確かめたところ、その日休んだのは私一人だった。
間違いない。「おつぼね」は私だ……。
おばさんの日記を遡って読んでみたら「おつぼね」の話がまだあった。いわく「おつぼねが間違えたのを直してあげたのにため息つかれた。まじでありえないから」……全く身に覚えがない。
その後も「今日は仲良し三人組でおつぼねさまの話題で盛り上がった。○○ちゃんが面白おかしく話してくれておなかがよじれるほど笑った」等等。へーえ、デブ三人で飯食いながらそんな話をしてたんですか~。
当人が見られる場所にそんな事を書くなんて、喧嘩を売っているか、相当頭が悪いのか、どちらかだろう(たぶん後者)。
その後も何事もなく私は仕事を続け、12歳年下の彼氏はおばさんと同棲するために遠くからこちらに引っ越してくることになり、それと同時期におばさんはバイトを辞めた。
「○○さん、王子と同棲おめでとうございます。早く離婚が成立して王子と正式に結婚できるといいですね!」