はてなキーワード: コタツとは
よくわからないなぁ。俺は今家事全部終わってメシ食って大絶賛ヒマなんですけども。
スーパー、八百屋、魚屋、肉屋、それに夜の半額札狙いは当然ですよね。カネないし。
例えば今日買ってきたのは、ほうれん草(60円)、大根(90円)、白菜1/4(40円)ひき肉(100g58円)、牛乳(150円)だけど。
これに昨夜半額で買ったブリのアラがあるから、ブリ大根に白菜のじゃこ炒め、ほうれん草のチーズ焼き、大根の味噌汁、
みたいなメニューにしようかと思ってたとこです。今年はブリが安くていいですね。ただ、サケは高い。そろそろサケ食いたいんですけど。
せめて鮭のアラでもないかなーと探してるんですが、あっても法外なお値段でとても手が出ません。
スーパーも八百屋も九時から開いてるし、自転車で店4軒回っても正直一時間以上かかるとは思えない。
そもそもわかんないんですよ。主婦ってことは、5時には起きてますよね。俺のサラリーマン時代も出勤は6時でしたし。
彼女にちゃんとした弁当を持たそうと思うと、必然的にそういう時間になります。すると、買出しに行くまでに3時間は必ずあるわけで。
この三時間で、普通なら家事くらい全部終わると思うんですよ。僕は既にブリまで煮終わりました。
常備菜は色々ありますが、肉そぼろ、冷凍のおひたし(アクのない葉物野菜は解凍すれば食えるから便利ですよね)
それに最近は大体かぼちゃの煮つけがあります。ああ、そういえば彼女の実家から送られて来た筋子もイクラにしてあるな。
ついでに、大豆も煮てあります。本当は発芽させて食った方が栄養あってウマイんですが、この季節は時間かかるんで煮ただけ。
コメに放り込んでもいいし、適当に味付けしてやってもいい。大豆のチリコンカンだって作れますしね。
そろそろコタツも出すので納豆も仕込めます。それから、生姜の砂糖漬けを干した生姜糖もありますね。彼女の冷え性対策と、
今日は布団も干しました。それからシンクを磨き上げて風呂洗って、ストーブを出して来て灯油を入れて
夏の間に積もった埃を掃除しました。洗濯も終わったし、掃除機もかけた。ついでに観葉植物の手入れもしました。
正直、たかがこれっぽっちの作業量が「昼までに終わらない」ってのはわからないです。
昼までどころか10時までに全部終わりますよ、ちょっと急げば。
http://anond.hatelabo.jp/20110404024628
さっき書いたのが02:46。
寝たのが3時半ごろ。
また漏らしちゃった。。。
はっと目が醒めたら5時前。
お尻触ると濡れてる。。。
お尻もきれいに洗う。
今回はコタツの中はセーフっぽい。
もう何なんだよ。
寝るのが怖いよ。
夏も計画停電は必至、という事でうちは西日の対策をしなければいけない。
今住んでる所の西の部屋は西向き壁がほぼ全面窓(以前は事務所だった名残?)で夏の午後には西日をいっぱいに受けて、ほっといたら43度まで室温が上がる。
うちの夏の暑さの半分以上はこの部屋から発生していると思って間違いない。
この部屋の前に来るとドア越しにでもムッとした熱気を感じるし。
エアコンがなく、まともに住めない部屋なので物置部屋として使っている。
窓ガラスは網入りなので、ガラス密着式の熱遮断シートみたいなものは貼れない(網入りだと割れる心配があるのだそうだ)。
コタツの下に敷くような銀色シートをカーテン代わりに吊るせば多少は室温の上昇を防げるだろうか?
今回の災害で実感したこと。それは、太陽光発電すげぇってこと。
うちの実家は被災地にあって、電話は使えないわ、周りは停電するわ、TVも見れなくなるわ、その他もろもろ大変だったみたいだけど、
でも太陽光発電が機能してれば、その蓄電でアナログTVは見れたんだって。(デジタルはアウトだったらしい)
これ、情報が凄い必要な現地の人間にとって、かなりのメリットだと思うんだ。
話を聴いたとき、ほんとスゲー!!って思った。
蓄電があるから、無駄遣いはできないにしろ明かりも、コタツも電気カーペットもIHクッキングヒーターもエアコンも使える。
…まあエアコン使ってたら無くなっちゃうだろうから無理としても。
政府はもっと、太陽光発電への補助をしたほうがいいと思うんだ。
津波で流されちゃうとどうしようもないけどさ…
でも身寄りを頼った先で暖が取れるのととれないのとじゃ、不安な気持ちだって段違いだと思う。
原子力は問題になってるけど、それをなくせって言ってるわけじゃない。
でも電力の維持は絶対必要で、どれも無くせと言って無くせるものじゃない。
特に原子力は安定した電力を供給してくれる。揚水発電所もあれば、余剰電力の蓄電だってできる。
でもそこに、それこそ日本のほとんどの世帯が太陽光発電を設置していたなら、
少なくともリスクヘッジにはなるし、電気も電気会社に売れる(ほとんど割引ぐらいにしかならないけど)。
電気会社への負荷が減るなら、多少でも他の発電所の環境リスクを減らすことだってできるし、災害後の立て直しにも有利かもしれない。
飲み疲れた体でたばこ屋の脇の路地へ入ると、雨に濡れた地面が自販機の明かりを反射させている。
昼には薄暗かったはずのこの路地が、深夜になるとここまで明るく見えるのだから不思議だ。
少し前方へ目をやると、赤提灯が風に揺れている。無造作に並べられた待合席には誰もいない。
店の前に立って中の様子を窺おうとするが、結露がひどくて腰より上の高さは見えない。まあいい。
少し勢いをつけてドアを開けると、頭にタオルを巻いた若者が「いらっしゃい」と迎えてくれた。
右手には水商売風の女性と会社員らしき中年男性。平日だというのに随分と楽しげだ。
テレビの見える席に座ってラーメンを頼む。威勢の良い返事。コップに注がれた水が出てきた後、調理が始まる。
ラーメンの調理風景に興味はないので、私はテレビを楽しむことにする。
テレビではネコがコタツに入るかどうか、どうでもいいことを実験している。深夜番組らしい雰囲気だ。
結局コタツに入ったネコはたったの一匹だった。本当にどうでもいい。
テレビの実験が終わると共に、ラーメンが出てくる。そういえばここのラーメンは久しぶりだ。
少し黄色がかったとろみのあるスープに、細めの麺。チャーシュー、メンマ、ネギ。
テーブルに置いてある高菜を少し入れて、スープを飲む。どこにでもありそうでここにしかない味。うまい。
少し堅めの細麺はスープとよくマッチしている。ずるずると下品にすすると、体の芯が温まってくる。
〆のラーメンというのはこういうのでいい。高い完成度も奇抜さも必要ないのだ。
完食まで五分と少し。コップの水を飲み干した後、ご馳走様と告げて代金を支払う。
さて、通りまで出てタクシーを拾おう。
昔からだけど、部屋が片付けられない。
服は床に散らばり、洗った物と着た物を匂いで識別する始末ww
物を減らせばいいとか、元の場所に戻せばいいとか、
理屈は分かっているけど、出来る性分なら部屋は散らかっていない。
年に一度くらい一念発起して部屋を大改造するけれど、
すぐにのだめ部屋に逆戻り。
これをかれこれ5年続けているわけだ。
1.収納への動線を最優先にする。
2.何でも入れていい箱を作る。
とりあえずの避難場所を確保する。
主に現在進行形で使ってる物入れ。now playing的な。
はじめのうちは、中に付箋でも貼っておこう。
というわけで、この3点を念頭に置き片付け開始。
だから、そうなる前に番組制作会社はネット側にどんどん移ってくと思うんだよねぇ。
にこにこの大会議?だか言うプチライブみたいなのを見ても演出とかてんでダメでつまらないんだもん。
そこをテレビで慣らしてきた人らが盛り上げたら、一気にガッとくると思うんだよねぇ~まぁ既に動きつつあると思うんだけど。
ネット勢も喉から手が出るほどそういう人らを囲みたいだろうし、テレビに売り込む際の立場と逆転した形に持ってくことも容易だと思うんだよなぁ。
んで、その移行が終わったら、今度こそテレビその他既存メディアっていらなくなるんだよなぁ。
そうだ、手のひらから。そう思った僕は、足元のぬめぬめと黒光りする草原の花を踏みつけながら引きちぎり地面を探した。子供たちが邪魔をしに来たが無視してむしる。しかし次々と生えてくる薄紅色の指先が僕の指を絡めとって終わりがない。ああ、やっぱりだめだ。そうつぶやくと一瞬だけ彼らの動きが止まる。でも僕が動き始めるとまた艶かしく体をくねらせてまとわりつく。何を探していたのか忘れかけたころ、幼なじみだった女の子の面影が脳裏をよぎった。どうしているだろうかと思ったが、知る術なんてないので諦めた。そもそもそれが本当にあの子だったのか、それとも幼なじみだったのか、僕の記憶程度では判断ができない。足が、不意に笑いはじめた。地面と空が上下に重なり、緑色の空間が左側に生まれた。子ども、大人、老人、3人がそれぞれ独特の歌を歌いながら舞い踊る。僕は大人の側に行って鉛筆をねだった。300本から何本欲しいか、と問われ答えに窮する。その間にくるくると回りながら円形から三角になって飛んで行ってしまった。残ったのは小さなカンテン状の箱。中身が透けているが震えていてよく見えない。触ってみると生暖かい感触に我に返った。時間が時計の中で巡る。ゆっくりと右のまぶたが落ち、小さな妖精みたいなものが虫になって皮膚の上を這いずりまわる。手で払いのけると赤色の粒になって消えた。黒い斑点が残っていたのがすごく不快だった。そこに伸びてきたフェンス越しの午後の光が浅い水底を照らしていた。いたたまれなくなって走りだそうとした僕のかかとをとうとう奴が捕まえてしまった。喉が潰れて声が出ない。だから歌を歌った。その歌が小鳥たちを呼び、落とした。風がぐるぐると回って小さな家の中に入っていく。僕もそれについて中を覗くと、巨大な顔が拒否した。いらだち紛れに右手の棒を振り回したら、頭の上の電灯が砕けて七色に輝いた。粉が舞い、僕は病いにおかされるのを恐れて頭を抱えて転がった。床のガラス片が全身に突き刺さったが、そんなことを気にしていられない。小さな兵士たちが銃口を向け、僕の行く手を阻む。こいつらもか。僕はうんざりしながら大きく息を吸い込んで止めた。バットとボールを忘れて来たから今日は遊べないよ。そう言って僕は嘘をついて適当にやりすごそうとしたのだけど、彼は僕の友達になりたいらしく、いつまでも影を踏みながらついてきた。しかしそれは失敗だった。右と左を入れ替えることで、猟奇的な欲求が満足させられることに気づいたときには手遅れだった。鏡越しに覗いていたもうひとつの外側が、部屋の寸法を歪めていることに気がつかなかった。空にある丸いものがゆっくりと落ちてきていたので、飛び上がってどうにかしようとしたが、足にからみついた動植物のせいで逆に身長が縮んでいく。けっきょくこうなるんだろ、僕は知っていた。手帳を取り出して知っていたということをメモしようとした。しかし書くものがない。辺りを探してみると、木の上にちょうどいい木の実がなっていたので取ろうとしたら、刺が突き刺さって激しく出血した。痛い痛い、泣きながら誰かを呼んだら、一番来て欲しくない人が来た。仕方なく自分の醜態を見せ、代わりに金貨を貰った。そんなもの欲しくないのに、と相手に言ったが、聞こえなかったようで、黙って背中を向けたまま眠ってしまった。チャイムが鳴ったので恐る恐る地下室へ降りていくと、壁一面に斜めの文字が刻まれていた。これか!ようやく僕は理解し、ふらつきながら背負う。マナーがなってない、と叱られ続けた日々が嘘のようだ。激しい息遣いが心地いいと思っていたが、それもまた幻想だった。天上から吊り下がる無数のロープがそれを証明している。どれを選ぶかによって僕の残りの人生が決まるのだ。でも迷っているほど真剣になるようなことではない。青から黄土色に変わる瞬間に飛び乗ると、六角形のコマが巨大化してテントの上で回転しはじめた。あるいは三半規管の錯覚か。全てが一瞬のうちに明らかになり、コタツの中に潜り込む。いやだ、見たくない。小さすぎるサングラスが頭をしめつけて苦痛でしかたがないが、今はまだ外せない。許可を求めて外に出てみるが、回廊が長すぎて断念。温めすぎて柔らかくなったバナナが少し臭う。しかしこれを消化しないと、来るべき明日への障害になる。無理をするな、誰かが言ったような気がしたが、地震の予兆だったのかもしれない。
大学に入りたての頃は、それはもう色々買いそろえた。かつてないほどウキウキしながらコジマ行ったのを覚えてる。
最近になって、はてなでシンプルライフとかそれ系のエントリーを目にする度に影響を受けた。お、ちょっとやってみようかなって感じ。
まずは大型の家具とかを手放した。PCラックに本棚、テレビ台にベッド、イス。コタツ生活にシフトした俺に、こいつらは場所ふさぎだった。
キッチン周りにはおつまみ作る用の卓上フライヤーと電子レンジ、それと食器が少々。
普段はレンジでパスタ作るか、バイト先でまかないもらって食ってる。あったらあっただけ食べちゃうから冷蔵庫もいらなくなった。
鍋とかフライパンとかも、知らん間に使わなくなった。自分で作る食事はマズい。これに尽きる。
W杯を見るために普段見ないテレビも残してあったが、日本が負けた次の日に自宅に送った。今後テレビは居酒屋で見るからいいよ。
家財道具をいろいろ手放していって、なるほど、こんな暮らしもできるんだなーと気付けて結構毎日が楽しい。
ところで、「持たない生活」を推し進めた目的はなんだっけ。
要らんものから捨てちゃおう、スッキリした部屋にしよう。これだっけ?
特にモノがなくても不便はないからいいんだけど、このままモノが少なくなったら部屋を畳んでしまいそう。や、それはない。学校あるし。
でも身軽になればなるほど、今の町に対する愛着ってか土着心が薄れてくような気がしてならない。だって、明日にも出てけそうなんだもん。
先々月叔父が亡くなった。60代だったか。筋金入りのパラヒキニートだった。旧帝大の大学院(理系)まで出ておきながら一度も就職せず、祖母の面倒をみることを条件に兄弟が生活費を渡していた(祖母の年金もそこそこあったし)。その祖母も亡くなって遺産相続でもめると「首くくって死んでやる」と兄弟たちを脅して困らせた。頑固で、厄介な親戚だった。病気で、汚宅化した家のコタツのまえからもう一歩も動けなくなっている叔父を発見して救急車を呼んだのは同じくパラヒキニートの兄だ。トイレにも行けなくて壮絶な状態で「兄ちゃん、兄ちゃん(わたしたちの父)」とに助けを求めていたそうだ。
連休中に汚宅の掃除にかりだされた。幾層にも積み重なったゴミやチラシや新聞の間から、丁寧に切り抜かれた求人広告がたくさん出てきた。3年ぐらい前のものからあった。福祉とか介護系のバイトばっかりだった。おじちゃん、まだ働く気あったんだ。とてもやりきれない気持ちになった。兄にとってはもっと辛かったろう。掃除の最中いちどだけ自嘲的に「ボクもこんな最期になりますかね」なんて云うから、そうならんためにおじちゃんだってこんな切り抜きしてたんじゃないか、と怒った。でも叔父だって結局は働かなかったからな。正直今でも叔父のことを考えると片付かない気持ちになる。
世間はわたしを甘やかすためにあるんじゃない。欠点をあげつらったりバカにしたり騙したりするひとには事欠かない。でも、世間に出なかったら、わたしは存在してないのと同じなんだ。友だちができたり、些細な成果を上げたり(もちろん時間あたり800円の給料もだ)、感謝されたり…わたしを支えてくれることも、世間にしかない。だからビクビクしながらも、仕事に行く。出会った人と話す。勝ち組なんていない。負け組もいない。自分が一歩踏み出さないと、何も起こらない。そのことだけは身に染みた。
兄ちゃん、頼むからあんな死に方しないでくれよ。
君のセンスのない文章には
「俺がどうしてサヨが嫌いなのか」のエッセンスが凝縮されている
いや、サヨと言うより昔の匂いがする左翼だよな
お前等の思想が馬鹿ホイホイなのはなんでかって言うと
「どんなくだらないところにも差別や抑圧がある」っていうアレのせいなんだよ
お前の神経症にしか見えない駄文も左翼仲間にかかると「鋭い感性、見事な洞察」ってなっちゃう
で、オリンピック中継見ないぞー!っていう「闘争」w
お前みたいに頭悪い奴が、それでもなんか「立派で思想的なこと」を言おうとすると
なんかもうそうやって生活上から神経症的な着想で「こんな既得権見つけました」とやるしかない
タフで実際的な取材や行動力で社会悪を暴き出すとかじゃないから
馬鹿がコタツに入ってテレビ眺めながらでも出来るよな、そんなの
お前の仲間もお前みたいな馬鹿の報告は「くだらねえんだよ」と言えればまだいいんだけど
だいたいが同レベルの馬鹿の認め合いなので「おお、よくぞきづいた!」って褒めるわけだ
俺のようなロスジェネが切実に自分の置かれた環境や問題に対処する時に
お前等馬鹿左翼って味方じゃないし頼りにならないし利用することすらできない
くだらないとこ突っついて「これを憎め!」ってやっては馬鹿同士で認め合ってる馬鹿兄弟なんだもん
「さすがあんちゃんあったまいーなー」「へっへっへ」っていうドリフがジャージ着たあれにしか見えない
むしろお前等みたいな馬鹿が先達(違うんだけど)の顔で前方にいるせいで
そっちのほうの発言がしにくくなって、有害なんだよ
わかったか、馬鹿
馬鹿は右だろうが左だろうが黙ってろ
馬鹿の癖に「ちょっと立派なこと言える人」なんかになろうとすんな
なってるふりすんな
「「就活くたばれデモ」は、惜しいけどすごく間違っている」というエントリがかなりブクマされてて、
http://d.hatena.ne.jp/kanedo/20100118/1263822404
読んでみたらひどい詭弁の塊であまりにあんまりだと思ってスルーしていたんだけど、id:kanedoが新しく上げたエントリを見るに、当人には詭弁のつもりはなかったらしい。
http://d.hatena.ne.jp/kanedo/20100120/1263925401
そうですか。語句の意味がわかってないお子様ですか。おうちに帰ってあったかいコタツでみかん食ってればいいんじゃないでしょうか。
というわけで、元エントリのどこを詭弁だと思ったかとか新エントリがやっぱりひどいとか、そういう事を書いておこう。
まずは元エントリの話。
デモというのは、非常に「重い」抗議行動です。このようなデモを本気でやるのであれば、この「就活ゲーム」には誰がどのような利害を持って参加しているのかを分析した上で、どういう経路でプレイヤーの利得やゲームのルールを変えるかを考え抜き、その上で誰に何を訴えるべきか綿密に戦略を練り、メディアを通じれば「具体的な」交渉力が出る位の人数をあらゆる手段で集めた上で、決死の覚悟を持ってやるべきです。
そんな俺定義知らねーよ。デモってそんなに重いもんじゃない。辞書を引けばわかるよ。「俺たちを見ろ! 苦しんでるんだ!」でもいいんだよ。
自分の周りしか見えてないとわからないかもしれないけど、就活の大変さ自体が全然認知されてないんだから、とにかく「俺たちを見ろ」にものすごく価値があるんだよ。残念なことだけど。
デモを主催するかどうか、デモに参加するかどうか、というテーマだったはずが、「もしあなただけ就活を遅らせたら」という話に誘導されている。それ、関係あるの? デモか就活かの二択なの?
これは本筋と関係ないけど。
一度全体が悪い均衡に陥ってしまうと、そこから一人逸脱するのはその個人にとって損なので、本当は学生と企業の双方にとってもっと良い均衡が可能性として存在するのに、移ることが難しくなるのですね。経済学の一分野であるゲーム理論では有名な問題で、「囚人のジレンマ」と言われています。
いやいや、囚人のジレンマというのは、そんなものじゃない。もっとひどい。
最適なのに均衡でない。プレイヤーが合理的である限りたどり着けない最適解。そういうおそろしいもの。単なる活性化エネルギーの問題と混同すんな。
合理性を信奉するid:kanedoがこの文脈で例示すべきものじゃない。むしろ、disる立場から言及されるべき現象ですよ?
ブクマコメとかコメ欄とかで指摘されるんだけど(id:y_arimって真面目だよなー)、基本的に、デモの意味がわかってないまんま。
ブックマークコメント等でだいぶ論点が出揃ったように思います。反論の比較的多くに対しては、「だから『デモやるな。禁止』って主張じゃないんだってば」というので足りるでしょう。
いや、お前の書いたのは、「ぼくのかんがえたすばらしいデモ」以外のすべてのデモに対するdisだから。被害者面すんな。
応答の後に上げられたエントリがまたひどいわけで、、、
また烈海王風に言うと「我々が2000年前に通過した地点」の議論をどや顔で突き出してくる人が無限に供給され、相手すると非常に疲れるが、言われっぱなしもなんかスッキリしないと言う圧倒的に損なゲームだったように感じます。
それはお前のことだよ。お前がデモのなんたるかを知らなかったせいで皆様が混乱したんだってば。「早めに就活しないとほかの学生に比べて損だよねー」とか「デモに参加するとマークされるかも」とか「だれが悪いんだろう」とか、我々が二千年前に通過してるんだよ。