はてなキーワード: 西伊豆とは
全国各地の、あげたら「わあ!」って印象に残れるようなお土産知りたい。
わたしは三重県(鳥羽市)のシェルレーヌが好き。あとお菓子じゃ無いけど同じく三重県のミキモトの入浴剤。
もはや東京とかに出店しておりご当地お土産かは微妙になってしまったが、かつては静岡県の自慢だった治一郎のバームクーヘン。
箱根ラスクのバジルもやたら美味しいが小分けないのでばらまきにはちょっとかさばる&高い。
西伊豆の塩鰹茶漬も大変美味しいが、お茶漬けばら撒く絵面がちょっとなんともいえない。
個人的には上記ほどのヒットではないが、箱根の箱根の木ガトーショコラ、熱海の逢初、名古屋の小倉トーストラスクもわりと良かった。
あと鹿児島の蒸気屋かすたどんは味単体というか総合的なコスパが最高すぎて記憶に残ってる。
大体のお土産ランキングで上位に出てくるメンツ(萩の月、うなぎパイ、赤福、博多通りもん、白い恋人、東京ばな奈、信玄餅、鳩サブレーなどなど)も、別にいいんだけど、正直シェルレーヌ、治一郎と比べると見劣りせんか…?と個人的に思ってる。
あともはやお土産でもなんでもないけど、ゴディバのノーマルプリン、強火かためぷりん派で、クリーミーなタイプに当たるとがっかりする自分でさえ今まで食べた中で一番美味しかった。クリーミーなのに。手土産におすすめ。
幻想猫耳鉄道奇譚こと『てるみな』から派生した、現実の鉄道をメインに据えたまったり旅行記。主人公はビールが飲める年齢の女性である。
移動の時間というものが人生における最大の無駄であり、ファストトラベルもどこでもドアも実装されていない現実はクソゲーだと信じている自分のような人間にとって、この漫画の主人公(そして恐らくは作者も)の旅上手ぶりは本当に羨ましく思えてしまう。
彼女は駅弁フェアの弁当を美味しく食べたいがために特急に乗って弁当を楽しんで、富士のふもとまで行ける。何となく路面電車に乗りたくなったので荒川線に乗り、情景を楽しめる。少し通学路から外れたとこにいる猫を触りに行く感覚で、新松戸で武蔵野線を降りてわざわざ流鉄に乗る。西伊豆の安くて頑張ってる旅館で、備え付けの冷蔵庫のビールを空けて宿を応援したりもする。こういうふうに旅行を楽しむ感性があれば、人生はどれだけ素晴らしくなるのだろう。
ただ、気持ち悪いメシ漫画の氾濫を見ればよくわかるように、主人公の目線を通して描かれる情景に説得力が無いと、こういう作品は簡単に駄作に堕してしまう。そのハードルをいともやすやすと飛び越えて魅力的な世界を描いている『ぱらのま』は本当に素晴らしい。きっと自分が彼女の旅行を真似すれば、あっという間に退屈してスマホをいじってばかりになるだろう。しかし、真似をしようかなという気分にさせられてしまったのだ。
http://breaking-news.jp/2015/07/19/020834
ニュースの情報から、アジサイをシカから守るために電気柵が設置されたのだと
我々は理解したが、実情はそうではないらしい。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q13148100518
そう、電気柵を設置したジジイの目当てはシカのほうだったのだ!
見事な構図の反転。
たとえば中二病。これは中学生で発症して成人前に治った場合と、成人後に発症した場合で、その後の人間関係に与える悪影響はかなり違うのではなかろうか。
恋愛や性関係の痛い行動についても似たことが言えるかもしれない。私はこれについては成人発症さえしていない人間なので、何も述べられないが。
大まかに言って、成人前の失敗や挫折については社会は比較的寛容である。
失敗・挫折する方もまだ精神に柔軟性があり、方向修正が可能だし、復帰のためのサポートも得やすい。やり直す時間と体力もある。
若いうちに一度軽く痛い目を見て、取り返しのつかない失敗する前に学ぶというのは、とても重要なことに違いない。
西伊豆電気柵の件のニュースを見て考えたのだが、これは鬱状態に関してもある程度当てはまるのではないだろうか。
ミドルクライシスという単語があるように、40代・50代の中年男性で自殺や鬱が増えるのは知られている通り。
もちろん、年齢的に様々な責任を抱えて悩みの増える時期だというのもある。が、人生それなりに順調だった人が中年以降に鬱状態に陥ると、鬱が悪化し易いということも考えられるのではないか?
若いうちに鬱状態を経験していると、希死念慮は症状の一環であることや、その手前の段階で「これ以上悪化すると死にたくなる、休まねば」と思うような、自分を鬱患者として客観的に見る視点が出来る。
そうすると、後年になって何か問題が発生し鬱状態になったとき、自責の念に駆られて自殺する前に、病院へ行くという選択肢を持つことができるのではないか。
もちろん、だから若いうちに鬱になっておきましょうという意味ではない。
だが、もしこの考えが当たっているなら、周囲の人間の心構えとして「人生順調だった人が死にたいなどと言い出したら本気でまずい」という認識を持つことは大切だ。
また過去に鬱になってそれを越えることができた人は、人生の後半に訪れる危機に対して備えが出来たのだ、と考えてもいいのではないだろうか。
http://anond.hatelabo.jp/20150720190643の続編。
電気屋的にはNHKニュース、http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150722/k10010162021000.htmlでほぼ完結で特段疑問は残らないんだけど、ブコメ
http://b.hatena.ne.jp/entry/www3.nhk.or.jp/news/html/20150722/k10010162021000.htmlを見ると結構勘違いしている人が多いようなので多少フォローしてみる。
法令上定義されている電気さくではありませんでした。今回の事故の原因となったブツは「交流を流しっぱなしにしてある裸電線」です。
前回書いた平成21年の淡路島で起きた死亡事故も電気さくの事故でなく「100Vの電気が剥き身で流れている電線」の事故でした。
今回はさらにその上を行く「400Vの電気が抜き身で流れている電線」での事故です。
前回も書いたとおり、人間が感電死する場合、胸部を通過した電流が心筋を誤作動させて心臓を止める、というのが圧倒的1位です。
この時に必要な電流値はというと0.1ミリアンペア程度です。理科の実験で作ったレモン電池(いまでもやるのか?)程度の電気でも、体内の心臓のすぐそばに電極設置して流せば人は死にます。
じゃあなんでレモン電池に触っても死なないかというと、電圧が低くて、それなりに電気抵抗の高い皮膚を突破して体の内部まで電気を流す力がない、というのが一番簡単な説明です。ですので、電流電流とうるさい人たちが批判している、電圧の方を気にした報道の方が、相当に理に適っていると言えます(最初に100Vが流れていたとか飛ばし記事書いたどこぞの新聞、オメーはアウトだ)。
いいえ。電気さくに触っても死なないのは電流制御とは別の方法です。というか電流値をそんな高度に制御できたら苦労はないというか次の開発機で頼みたいことあるから連絡よこしやがれ下さい。
「0.9997秒ぐらい電気が流れてない時間→0.0003秒ぐらい4000Vの電気が流れる→0.9997秒ぐらい電気が流れない時間→……」
の繰り返しで動いています。
前回貼った基礎資料、https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00268/contents/039.htm
の最初に、『表4.1.2 電撃時間に対する危険接触電圧と危険電流』が掲載されています。
見ると分かるとおり、感電の危険さは、電流値そのものだけでなく、電気が流れる時間にも大きく左右されるのが分かりますね。
市販の電気柵がショックだけで済む最大の理由は、電気がこんな短い時間しか流れてないからです。電流値とか関係ない。そりゃ4000Vだから、瞬間的には100mAとか1Aとかの、ずっと流れていたら人が死ぬぐらいの電気は流れますよ、そりゃ。普通に売ってる市販品で0.0003秒しか流れない電流値を制御するとか無理の無理無理です。
逆に言うと、今回の事故は「400Vの電気がずーっっと流しっぱなしになっていた」から起きた事故です。電流とか、さらに何一つ関係ない電力とかを気にしてるブコメは貴様の知ってる電流制御の方法をよこしやがれ下さいお願いしますと言う感じです。
繰り返しますが、人が感電で死ぬのは大火傷するような大電流が流れたような大事故でないかぎり、心臓近くに電気が通って心筋が誤作動してしまったからです。それを引き起こすのは大電力ではありませんし、大電流でもありません。そんな深いところまで電気を届けるだけの高電圧か、あるいは人体の電気抵抗の低下です。
今回は「400Vという高電圧」と「水場で体が濡れて電気抵抗が下がっていた」の合わせ技で起きた悲劇とみるのが普通です。
今回のような感電事故では、普通のブレーカー(やヒューズ)は役に立ちません。普通のブレーカーの役目は大きく二つ、
「電気の使いすぎの防止」と「短絡事故(ショート)が起きたときの遮断」です。
電気の使いすぎ、というのはよくあるエアコンと電子レンジを同時に入れるとブレーカーが落ちる、という奴ですね。電気は電線で運ぶのですが、電線は超伝導ではないので抵抗があり、電流を流すと発熱します。流れる電流が増えれば増えるだけ発熱し、最終的にはどっかで発火するか溶着するかします。
短絡もほぼ同じですね。コンセントの両極を金属(のような抵抗の低い物)で直結するととんでもない大電流が流れるので、遮断しないとさらに大変なこと(最悪、電柱の上のトランスが焼けるとか)になります。
ブレーカーの動作電流は様々ですが、基本的には一般家庭向けの契約だと最小10Aなので、これだと人を何回も殺してお釣りが来ることになります。ブレーカーで感電事故を防ぐことは望み薄です。
感電事故を防ぐ上でもう少しアテになるのは漏電遮断器です。現状、新築の家であればホーム分電盤は大抵は漏電遮断器がついてて、30mAとか15mAの漏電が起きると止まることになっています。
ですので、仮に報道の通り、100Vのコンセントに400Vに電圧上げるためのトランスが直結されていたとしても、本当なら30÷4や15÷4で7.5mAや3.75mAの漏電で作動する、はずです。このぐらいの電気ではなかなか人は死なない、はずです※。
※なお漏電遮断器が本当に人命を守るための機器かというと微妙な部分もありますが、そこ書いてるとやっぱり長くなるので省きます。
技術的に言うと単巻トランスの一種です。出力電圧を連続的に変化させることが出来て、交流を使った実験をやるときにはとても便利です。うちにも何台かあります。
で、「電圧を変えることが出来る」という文言だけ見て勘違いした人がいただけでしょう。普通のスライダックは100V入力でも上限電圧はせいぜい130Vぐらいです。100V入力して400V出て来るとかそんなスライダックがあったら便利だからよこしやがれ下さい。
「2次側(いや実は1次側かもですが)に複数の端子がついていて、どこに繋ぐかで出力電圧が変わる」というよくあるマルチタップのトランスでしょう。
余談の余談ですが、スライダックというのは本当は(今話題の)東芝の商品名だったんですが、現在は製造されてません。ですが、『出力電圧を連続的に変化させられる摺動型単巻トランス』のことはみんながみんなスライダックと読んでて違う呼び方してる人に遭遇したことはないです。
西伊豆の感電死事故は「電気柵」という名前の印象だけで素人が勝手に100V通電したものを作っただけで、市販の電気柵とは似て非なる、単なる人殺し電線に過ぎない。ただしこのような使い方をすれば漏電ブレーカーが落ちる可能性もあり、そこを意図的に回避しているとしたらさらに悪質。
状況がはっきりしなので、現時点での報道、主に以下の二つのソースに依存。
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20150720/CK2015072002000095.html
http://www.47news.jp/CN/201507/CN2015072001001513.html
47NEWS(共同通信)の記事にははっきりしない点もあるが、『川遊び中に倒れた小学生の男児が左手に重いやけどを負っていた』は気になる。火傷を負ったから相当な電気が流れたはずだが、この男児は死亡していない。
さて、死亡せずに火傷するような電気を浴びようと思ったら、一番簡単な方法は火傷する部位に限定して電気を流すことである。
つまり、この男児が左手で電線を握った状態で倒れた、と考えると一応辻褄は合う。
電気というのは極が最低2つないと流れない。理科の時間にやったように、直流の場合は+極と-極。電気柵の場合、電線側とアース側となる。アースって何かと疑問に思う人もいるかも知れないが、文字通り大地、地面のことである。地面は電気をよく通す導体である。
電気さくの原理は、電線に電気を流しておくと、動物がそれに触ったときに、
電源装置の電線側端子~電線~《動物の体》~地面~電源装置のアース側端子
という経路で電気が流れてビリっと来て「うわっ」とびびって動物は近寄らなくなる、というもの。
参考:http://www.getter.co.jp/electric_fence1.html(イラストがかわいい)
参考:http://kitaharadenboku.com/cyoujyuu/power.html(記述が詳しい)
つまり、空中浮遊して移動する動物がいたら、体が地面に触れてないので電気は流れず、電気さくでは防げないことになる。
閑話休題。最初から電線が水中にあったのか、陸上にあったのを掴んで水中に転落したのか、はたまたもっと違う状況だったかは不明なので立ち入らないが、とりあえず火傷した男児が電線を掴んだ状態で倒れていたとすると、
という経路で電気が流れることになる。これはこれで危険だが、人間が感電死する場合、胸部を通過した電流が心筋を誤作動させて心臓を止める、というのが圧倒的1位である。この経路なら、手の火傷で済んで命に別状なかったとしても説明は付く。
で、大人二人が亡くなっているのは、たとえばこの男児を助け起こそうとしたときに、
という経路で電気が流れて、この際に運悪く心臓近くを十分な量の電流が流れてしまった、という状況や、もしくは男児が掴んでいる電線をはずそうとしたとか、電線を踏んでしまったとか(この場合の経路はなんとも言えないが、こういうのでたまたま心臓近くまで電気が通ったというパターンも考えられる)、そうやって感電した、と考えれば辻褄は合う。
一応補足しておくと、
人間の体、特に皮膚は絶縁度が高く、乾燥していれば1万Ω程度はあり、これなら仮に100V電源に触れても流れる電流は10ミリアンペア程度で命に別状ないことがほとんどである。
参考:https://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1999/00268/contents/039.htm
ところが、この絶縁機能は水濡れで簡単に低下する。今回のような水遊びをしていたケースでは皮膚の電気抵抗はほぼ期待できないレベルまで下がっていたと推測される。人体内部の抵抗は慣習的に500Ωで計算することになっているので、皮膚の電気抵抗がゼロだった場合、100Vでも200mA(とても危険)が流れることになる。
平成21年に淡路島で起きた死亡事故は、法令上の電気さくでなく、「100Vの電気が剥き身で流れている電線」の事故で、電気的に言えば家庭用コンセントに金属製のドライバー突っ込んで感電死した、と大差ないぐらいの危険行動だった。
電気さくメーカー各社はそんな危ないものではなく、感電死などの事故をさけられるように工夫した電源装置を作っている。
今回、中日新聞は100Vが流れていたと書いているが、これはまず考えられない。記者が現場に到着した時点で電気が流れていたとは考えにくいし、流れていても近寄って電圧を測定できたとも思えない。もちろん、たまたまテスターをもった記者が現場近くにいて、警察が駆けつけて現場保全する前に到着し、修羅場となっている事件現場をガン無視して電気さくの電線をわざわざ測定したら100Vだった、という可能性もゼロではないが。
また、47newsの記事に『家庭用コンセント(電圧100ボルト)と変圧器を介してつながっていたことも判明』とあるので、これは普通は「電気さくには100Vは流れていなかった」というニュースである。
変圧器というのは電圧を変えるための装置であり、電圧を上げるものも下げるものもある。この文章は、例えば充電中の携帯電話のバッテリーが発火した事件を報道する時に「充電器の電源が100Vだった」と書くのと大差ないレベルで「いや報道すべき事は他にあるだろ」としか突っ込みようがない。
例えば使用状況が悪くてコンセント側(1次側)の電気がそのまま電気さく側(2次側)に流れる、という事態もあり得なくもないが、なかなか考えにくい。
分かりません、としか答えようがない。47newsの記事にある「変圧器」が何か分からないからである。
電気屋が「変圧器」と言ったらそれは普通は変圧器(トランス)単体のことなのだが、この記事は訂正前は『変圧器は付けられていたが、作動していなかった可能性もあるとみられる』という、電気屋的には謎としか言いようのない一文が入っていたので、執筆した記者にあまり電気の素養が無いことはほぼ確定している。
よって、
などの場合が考えられる。もっと言うと、コンセントでも200V用とかあるので、警察の人や記者が誤解していて、100Vでなく200Vだった可能性すらゼロではない。
お手上げであり、続報を待つしか無い。
これも分かりません、としか答えようがない。上記の状況のいずれかが不明なためである。その他、この家の受電状況とか漏電ブレーカーが付いてるのか付いてないのか故障していたのか否か等、分からないことが多すぎるためである。
お手上げであり、続報を待つしか無い。
昨日の話だが、西伊豆の某港に横浜からカゴ釣り初体験しに行った。
朝マヅメから釣り始めたが、全然釣れず悪戦苦闘。
隣に「よろしいですか?」と入って来た初老の地元師は手慣れたもんで、
コツがあるのかと聞いたら、「今日は魚の機嫌が良いだけですよ」と謙遜されたが、
おまけにタナの位置、潮の流れによる回遊のポイント、投げ方のコツとかまで
丁寧に解説をしてくれた。
お陰で何とかイナダを一本ゲットしたら、拍手して喜んでくれた。
地元師で話好きの老人に御礼を述べると、
私はここの釣り場しか知らないから、釣れても釣れなくてもまた来たいなと思われたい事。
釣りなんてうまくいかない事の方が多いんだから、せめて隣の人とは気持ち良く
釣らなきゃと思ってる事。
若い人のマナーなんて言う仲間も多いけど、我々みたいなほうがマナー守ってない。
我々がきちんとマナー守れば、それを見た若い人はきちんとやるはずです、との事。
地元師って外来の人からしたら取っ付きづらいイメージあったんだけど、
こんな人もいるんだな〜って思った。