はてなキーワード: 氷河期とは
歴史的に革命をもたらす者って本人は猛反発にあってボロボロに朽ち果てていくけど死後結果的に本人の目指した時代がやってきたりするじゃないですか。
それまでの価値観だと異常者でしかなかった「家庭的にも社会的にも何も成していない男」が自由恋愛と格差社会の時代には普通に現れることを身をもって証明してくれた人たち。
特に当時オタクの持ち物だったインターネットをガッツリ弱者男性マインドに寄せていったのは良くて、これで下の世代がかなり"教育"された。
おかげで今は「適当に生涯独身で生きます」と宣言しても表面上は「ま、いいんじゃない?」と返すのが正しい世の中になったし本心からそう思う人も多い。
氷河期弱者男性のおかげで今の俺たちがあるといっても過言…いや過言か。でもそこそこ貢献してくれたと思う。
ただ、そうやって彼らが(部分的に)作り上げた時代に…彼ら自身はいまいち適応できていないのが残念なところだ。
まず本人らの価値観が更新されていないからいまだに妻子持ちの年収800万~年齢的には1200万あたりに「普通」のラインを置いているフシがあり妙に要求が高い。
しかもパターナリズムが抜けていない場合が多くて影響を与えたはずの下の世代ともやたらと衝突を起こす。
なんといってもずっと針の筵だったから性根が腐りきってしまっているのが致命的で、もう属性がどうとかではなく普通に付き合いたくない人間になってしまった。
最初の話になぞらえると今は氷河期弱者男性にとって死後の世界、腐りながら彷徨う姿はゾンビのようなものだから、せめて速やかに成仏してほしいものだ。
おじさん・おばさん世代である氷河期率は貧困率が高くて非正規率や未婚率も高く(あくまで全体の傾向ね。勿論そうでない人もいる)
年功序列の恩恵など受けられず、社会的に権力を握っていない人が沢山いるのに
どうしてこういつまでも、「おじさん」といえば年功序列で上手い汁を吸っているに違いないという意識が変わらないのか
それって今の70代くらいを「老人」だとして一律戦争経験者だと決め付けるのと同じようなおかしさだよね
現実にはその時々の「おじさん・おばさん」の構成層も刻一刻と変わるし
まさに大企業で派遣社員として働かされてつまらない仕事で日銭を稼ぐ氷河期非正規おばさんだけど
正社員の若者からは人間扱いされてないし目に映ってもいないんだろうなというのをひしひしと感じる
いや、「若者」というと男性を連想されがちだけど、自分が接しているのは主に女性正社員ね
彼女らは当たり前のように学生時代からの彼氏と付き合い、やがて結婚して産休育休の後復帰する人生を歩む事を疑ってもいないし
そうなる上でキャリアが保障されるかという、こっちから見たらあまりにもキラキラし過ぎて絶望したくなる次元で悩んでいるのだ
都心の家庭に生まれ有名大学から大企業に正社員就職し、日本が今後どうなろうが安定した福利厚生は約束されている新卒正社員達が
勿論表には出さないけどね
よく、結婚したかったら女は若いうちに行動を始めろって言われるけれど、その「若いうち」が思ってる以上に早くて、つまりは大体22歳までが限度なんだよねえ
夫婦の理想的な年齢差と言われる「同い年」「プラスマイナス一歳婚」婚をするためには小中高大という学生時代の同窓生か、それに近い人間関係を育める新卒社会人の同期から選ぶのが一番の手段
氷河期世代の女性ってこのうちの新卒社会人枠を大幅に削られた(就職できないか、出来ても自分の学歴レベルよりも下の会社)から
しかも氷河期女性は貧困率の高さからいって経済感覚は今の若者の方に近いのに、何故かバブル時代の感覚を引きずっているかのようなレッテルを貼られて叩かれる
社会人同士のオフィスラブが当たり前に行われているかのようなトレンディドラマが普及していたのも、勘違いを促進させる理由だろうなー
実際には一度企業に入ってしまうと新たな出会いの機会はかなり狭まるし
遅くとも大学生のうちに相手を見付けるのが唯一の最適解だったんだが
その学生時代にもハイスペックな男子は相当に競争率が高いので可愛い子じゃないと無理で
かといってロースペック男子相手ならイージーかというとそんな事もなく、彼等も一点集中で可愛い子を狙っている
中でも中高一貫女子校から女子大なんてルートを辿っちゃうとかなりハードになるね(一応、他大学の男子学生を探すという手はあるが)
しかもそうして学生時代に彼氏を見付けたとしても相手に結婚の意思があるかどうかは別問題なので
学生時代から10年以上付き合った彼氏から30歳手前で捨てられるなんて事もよくある話
20代の女に対して、少なくとも年齢だけを理由に寄ってくるのは30代後半以上のしかも年収も特に高くはない男性が殆どですマジで。
なんとなく調べてたらこんなのを見つけた
運転士の遺体が収容されたという記述の他に、その運転士の人となりが書かれている。それによると、
少しでも気を抜いたら事故に繋がる鉄道運転士には不適格とも考えられるエピソード。この運転士はきっと事故前のオーバーランでも「しまった」と言い、事故直前のカーブでも「しまった」と言ってたのだろう。おそらく人生最後の発声も「しまった!」ではなかろうか。
運転士は超氷河期の2000年卒組であった。あまりの就職難で大卒が高卒枠に割り込んでくるのか社会問題になったが、この運転士はそれを乗り越えている。また、当時は「安定性」を志望動機にしたら面接で一発アウトとも言われてたが、きっと面接ではそれを見せないように演じていたのだろう。
超氷河期を乗り越えてJRに高卒就職、運転士になり手に職を持てたのは当時としては神レベルのキャリアであり、それを友人知人に自慢していた。逆に考えると、運転ミスが続いて日勤教育を食らっていた事故前の状況はその鼻がへし折られていてメンタル不安定な状態であったことが容易に想像でき、さらに事故前のオーバーランで「もう俺の人生\(^o^)/オワタかも」という心境に追い込まれていた可能性がある。一応言っておくが、これは運転士の自業自得である。この運転士はプライドが高く、謙虚に自身を省みる能力が欠けていた。
よく日勤教育が真因と言われているがそうではない。日勤教育が原因で事故を起こしたのはこの運転士以外にいないのだから。
採用段階の適性判断ミスと考えるほうが適切であり、このような不適格者をいかに運転士にさせないよう取り組むかが本当の再発防止策になるはずだ。つまり、人事部門の改善が必要だ。