はてなキーワード: 少女漫画とは
と前から思ってるんだけど、女の友情ってどんなんなんだ?
おとといも、女の知り合いから「男の友情っていいよねー」みたいな話をサれたのでちょっと気になってる。
わたしの知り合いに「女の友情ってどんなん」って話を振ると、
いつもすごくイヤそうな顔をするか、友達について極端にホメたり、極端に悪口を言ったりで、
少女漫画とか見てたら、それなりに女の友情もいいなーと思ったりするんだけどな。
なんかそういう仲の良さってのをあんまり感じない。もったいないなーと思う。
って話を男の友人としてたら、いきなりけいおんとかアイドルマスターってアニメをおすすめされた。
有名だから知ってるけど、この話を理解するためにアニメを観ても仕方がないと思う。
現実の話をしてるのに、作り物を見ても、少女漫画と同じ納得しか得られないと思う。
女性の方が観て、アレが女の友情だっていうなら、納得なんだが。
なんつーか、増田って、私含めて、自分の好きな事しか言わないよねー。
ちゃんと話を聞いて、ちゃんと応えてくれるヒトいるんだけど、モテるんだろうなー。
私とか、今回回答してくれたヒトみたいなのは
「肉食系」は女性にとって都合のいい積極的な男性を指すんだから、「ヤリチン」とは違って当たり前だろ。「自分だけに股開くエロに積極的な女性」と「ビッチ」が違うのと一緒だ。
女性向けの文化の観点だとそう。 まぁファンタジーだからなぁ。
あと西炯子「娚の一生」は諸兄にもオススメですよ。教授かっこいいっす。老眼鏡紳士好きにはたまらない感じ。
こういうコンテンツが『女性の作者から出てて』かつ『女性に売れてる』って状況は男性諸氏も考慮しておいて良いと思う。
嫁に貸したら1週間くらい繰り返しうっとりしてた。
あと女性と長く付き合おうとすると、女性のファンタジーと付き合う場面がある。なんつーか男性観点だと
「いやそれ、君の中のファンタジーなんじゃないの?」みたいな状況が。
あらかじめ慣れておくと、カチンと来ないので楽ですよ(女兄妹がいるなら別に不要かも)
よこだが。
ナニイッテンダ
「肉食系」は女性にとって都合のいい積極的な男性を指すんだから、「ヤリチン」とは違って当たり前だろ。
次々複数の女を食いまくりーの渡り歩きまくりーのの男を肉食系と言うのはどうなの
それはただのヤリチンでしょ。
それは少女漫画的観点っすね。 男性観点だと一緒じゃないかな。
少女漫画だと明確にヤリチンと肉食系って分けれてるよね。 そういうファンタジー、大好きですw 西炯子「娚の一生」とかね
肉食系だってたったひとりの女を熱烈にアプローチの末ゲットして死ぬまでその女の肉だけを飽きずにずっと食っとくことは可能なはずだ
そういう男性もいるとは思うけど、そうじゃない男性もまぁいる訳で。そういう男性にも有用性ってあるものですよ。と思います。
初めて読んだ。最初の部分はドンビキしたけど、1巻の途中からもう引き込まれた。文庫の10巻までノンストップで読んで疲れたのでちょっと休憩。
テレプシコーラとか、昴を読んでる時と同じで、なんとなく作品の中に自分が観客として引きずり込まれるようなでもそれが心地よいような。なにこの吸引力。
この世界から抜け出すのがもったいなくてついつい一気に読んでしまったよ。
まだ面白さが言葉に出来ないので、類似の作品を読んでみたいと思うけれど、他にどんなのがあるかなー。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1323588553
少女漫画だと
猫山宮緒さんのエデンにおいで
PA
青年紙等だと
うーん。なんか違う。
特にスキップ・ビートはこれはこれで面白いと思ってるけど、これと比べるとコレジャナイ感が出る。
ただし、これは好みの問題であって、私はガラスの方が好きだけれど、多分スキップ・ビートのほうが好きな人も多いと思う。
基礎から理論や練習を段階踏んでいくより、ひらめきとか勢いで乗り切るほうがスピード感あって良いかもしれないし。というか多分この部分は邪魔なんだろうなー。
だから、むしろスキップ・ビートは意図的にこの「ガラスの仮面」を現代の読者のためにリバイバルさせる作品を手がけようとわけだから勇気があるな、と改めて評価したくなった。
アニメとか漫画とかライトノベルの女の子にうつつを抜かしていた俺だが、ハーレクインというものすごい鉱脈を発見してしまった。
特に秘書モノと分類可能な作品群は、委員長モノが好きな諸兄におすすめ。
俺は恋愛モノ好きなオタのおっさんなんだが、エロゲ文化の周辺たる萌え系ラブコメとか好きだったんですわ。でもアニメはちょっと時間かかりすぎて体力が持たないし、萌え系漫画も少女漫画も電車で読みづらいじゃん?すぐ読み終わっちゃうし。
そこでライトノベルを重宝していたんだが、あれ現実よりのセッティングの話探すの結構大変よね。非現実的なのはそれはそれで好きだが、そればっかりだと飽きるじゃん?舞台設定に振り幅が欲しいと思った。
そこでまず行ったのがミステリやサスペンス系統。西之園萌絵さんとか教授とらぶらぶでちょうかわいいでしょ。萌えが売りじゃないわけだからストーリー面白いしね。でそればっか読んでて今度人死にすぎって思ったわけよ。サスペンス超怖いし。探すとこちょっと間違ってたなと。
で、ふと考えて女の子向け小説かなって思った。でもブックオフで女の子のいるところで本を開いてみるとホモ率高いんですよ。痛い目見る。そこでおっさん考えたね。
「そうだおばちゃん向けだ!」
って。
で、ハーレクインが置いてある棚を試してみることにしたんですよ。
言わずと知れた翻訳物恋愛小説ね。著者近影とか後ろの広告に載ってるけど大体白人のごつい顔のおばちゃんがにっこりしてますな。
ストーリーは全部同じ。自動生成かって言うぐらい同じ。出会って、波乱があって、愛して、ヤって、幸せになる。まあそれ言うと小説は失う話と失ったモノを取り戻す話しかないとかいう極論になっちゃうんでおいといて。
まず、現代的でないモノはヒストリカルという名前がついている。英国貴族モノとか、中東ハーレムモノとかね。ファンタジー度高め。いや現代の舞台でハイスクール諦めて村の農業用品店で働いて病気の母を養ってたら仲良くなったカウボーイの渋いおっさんが実は多数の農場のオーナーだったとかいうのがファンタジーじゃないかっていうとファンタジーなんだけど剣と魔法的なそれっすよそれ。魔法出てきたためしがないけど。変に現実的なんだよな。
ええと、次にロマンスとかディザイア。典型的なやつですな。そもそも俺「ハーレクイン・ロマンス」っていう出版社かと思ってた。これな、ほぼ100パーセントSEXシーン有ります。途中まで純愛純愛してても絶対ヤります。というか主人公の女は官能小説みたいな身体の構造してます。好きな男と目を合わせたら身体の芯が熱くなってこまっちゃうし口で嫌とか言っててもキスされたら熱烈に返しちゃうし。いわゆる「強姦されたい願望(※ただし大好きな男に限る)」ってやつですな。まあただこのSEXシーン、野郎が読んでも抜けませんが。
最後はイマージュ。一番ソフトです。SEXシーンはありません。朝チュンです。ええ、朝チュンです。やっぱりヤってます描写がないだけで。キス→朝チュン→いちゃいちゃ→改行2行→子供抱いてる、みたいなそういう。全般的に描写押さえ目な代わり些細なことでヒロインが不整脈とか狭心症起こします。心臓大丈夫か死ぬぞおまえみたいな。あとこのシリーズで初めて「カナダ人にも間接キスでドキドキっていう概念がある」というのを知りました。どうでも良いですかそうですか。
で、ロマンスとかディザイアに頻繁に出てくるモチーフに「秘書」があるんです。これが俺のおっさん心にど真ん中ストライクでした。
ストーリーはみんな同じ。
例「おはよう増田君」「(やーん今日も良い男♥)おはようございます社長(キリッ」
例「おいどうなっとるんだコンパニオンこねーぞお前ちょっとこの服着て展示説明やってろ」「はい社長!(えっ私こんな凄いの着るの…?)」
例「準備できました社長」「よしいけ今のうち代役手配しておくからな!頼んだ!(こいつこんな綺麗だったっけ…?)」
例「(どうしようどんな顔すればよいかわからない)おはようございます社長(キリッ」「お、おはよう増田君(おかしいな昨日はあんなに、夢でも見てたのかワシ)」
例「プリンタに君の履歴書が大量にあったんだが」「やめるんです!さようなら社長!」「えっちょっとまてええ」「さようなら今までの私!(片思いばれちゃったし好きって言ってくれなかったし身体だけとかもう耐えられない)」
ちなみに秘書は可能な限りの全力で泣きながら地の果てまで逃げます。頑張れボス超頑張れ。金とか人脈とか秘書の親族とか両手いっぱいの薔薇とか全社員の前で告白とか使う。
そんなわけでハーレクインのオフィスモノは委員長モノ好きとか一部のツンデレ好きに超おすすめ。
http://blog.livedoor.jp/roadtoreality/archives/51795009.html
都会では痴漢ってそんなに多いんだな。びっくりだよ。
私は関西圏の田舎に住んでて、都会なんて数えるほどしかいったことがない。
山手線くらいなら乗ったことあるけど埼京線などの満員電車を体験したことがないし
このあたりでは痴漢騒動って少ないので、なんでそんなに痴漢に対して血眼になってるのか
あれで痴漢駄目とか言ってるのは間抜けでしかないと思うのですよ。
だって、男が女の人と密着したらそりゃ刺激されるでしょ。性的な意味で。
悔しいビクンビクンとまではいかなくてもピクッとくらいはするよそりゃ。
単なる吊り橋効果のより下世話なバージョンと考えてるけれどね。
少女漫画とかでもたまに後押し要素として満員電車を利用してるコスいカップルとかいるじゃない。
男が獣だとかなんだとか言ってるけど正直女だって多少エロい気分になる人はいると思うよ。
それ自体がいいとか悪いとかの問題じゃないと思うんだよね。というか、悪いから抑えられる類の問題なんだろうかしら?
んで、そういう生理的な問題が発生するシチュエーションを作っておきながら
行為を自制しなさいって、そりゃあんた人間というものを信頼しすぎですよ。
システムに問題があるなら、どんなに低確率でもそりゃ問題起こす人が出てくるのは当然でしょう?
少し話はズレるけど、ただでさえ都会ってストレスとか多そうだし、善良な人間でも欝になったり狂ったりすることが多いときく。
痴漢をする人間が人格的にどうとかいうより、もう精神状態がおかしくなってるんじゃないの?
むしろ痴漢をするような精神状態にならないようにケアする方向性も考えたほうがいいと思うけどな。
痴漢を裁いたり政治的に男叩きの道具にしたい、とかじゃなくて痴漢を無くしたい、安心したい、と本当に望んでるなら、だけどね。
今のところ、監視カメラもいいけど、やっぱり完全に男と女を分けるしかないと思うよ。
スペースがなくて密着が避けられないなら、男女を分けるしかないじゃない。
http://d.hatena.ne.jp/yuhka-uno/20110901/1314876472
この記事に関する違和感をようやく理解。
この人と私では同じ現象を見ても、根本的にみる軸も方向性も違うのだ。
「自己嫌悪につぶされるくらいなら自分に優しく」というだけのことを言うために
こんだけ人をボコスカに貶めなければいけない人というのは、戦国時代ならともかく現代では生きづらそうで気の毒だ。
気の毒なだけならともかく、そのボコスカ部分をを敷衍しようとかしてるなら母親以上に有害な存在になりかねない
(文章中から判断するに今のところそこまでは考えてないっぽいが、今後も周囲から理解されてないと感じ続けたなら原理主義者に化ける素質は十分ある)
いわゆるこの手のタイプ > http://homepage1.nifty.com/eggs/iryou/gihou/projectiv_id.html
私は彼女が上げている事例を見て、
「自分が嫌われないために気を使う人」なんてどこにいるんだ?と思った。
彼女が敵意を持って恣意的に解釈しているだけで、彼女の母親の行為は彼女の解釈では説明できないと思った。
なぜなら、「自分が嫌われないために気を使う」ことと「身内をぞんざいに扱うこと」はイコールではないからだ。
前者にエネルギーを使いすぎて後者は手抜きしてしまうってもっともらしい説明が書かれていたが、説明として不十分。
さて、この「なぜ?」という問は、どういう目的で問いかけるかによって全く効果が違う。
解決不可能な「性格」を持って結論とする上の記事は、相手を絶対悪に貶めるという意味で非常に気分の良いものでしょう。
そして、その影響により自分の性格も歪んでしまったので、もうそのまま生きて行くしかないという開き直りも自分にだけは心地良いものでしょう。
そういう目的でなされた「なぜ?」は非常にキレイな答えを出してくれます。なんせ変数が相手だけだからね。
でも、その「なぜ?」は常に後ろ向きなアイデアを生み出します。そしてクソの役にもタチません。ただの精神的麻薬にしかならない。
あとこの記事に幾重にも塗りこめられた無自覚な悪意が、ゲロ吐きそうなくらい気持ち悪い。
その後徐々にポロポロと自覚的に悪意を顕にしていってるけど、最初の文章だけでこの人の「普通の人」に対する悪意は駄々漏れ。
どうせ母親が悪い→母親をこんなにした世の中が悪い(そしてその中に自分は含まれてない。私はただの被害者)的な妄想があるんだろう。
基本的に「暗い人間」の書く文章は、よほど洗練されない限り表に出すもんじゃねーな、と。嵐が丘を読み直したくなったわ。
http://d.hatena.ne.jp/tyokorata/20110906/1315341364
「教えてもらってない」人が人材を教育した場合、教えてもらってない人に怒られた人が受け取ることは「自己嫌悪」と「萎縮」です。
そして、そうしたことを学んだ人がそうした萎縮や自己嫌悪から来る態度を自然に外に出した時、また人材教育者が怒るという悪循環を繰り返します。
その結果、そうした教えを受けた、本来真っ白であった人はドス黒い魂を受け継いで同じことを他の誰かに受け継がせるのです。
(中略)
それは「気付き」と「考える」ことの不在から来る連鎖でもあったわけです。そうした水を飲ませない体育の授業の構図は今も続いています。
ぶっちゃけ上の記事を読んだ時に「どこの彼氏彼女の事情」だよと思ったし、その他10くらいのマンガやラノベがすぐに頭に浮かびました。
いっちゃなんだが、どこにでもある話である。
もちろん当事者にとってはありきたりのパターンでも大変なことだったことは理解できるが、
そのくせ、これみよがしになされた分析においては、自分の当事者性が欠片も考慮されていない。
母親と自分の関係として捉えるのではなく、母親の異常性だけにクローズアップする少女漫画的な安易な発想。
一見前向きだけれど、レミングスの行進を促しているようにしか見えない記事の結論。
(「私は私のままでいいんだ」ってのは一見救いのヒントのようだけど、そういう考えをこそ母親は心配してたんじゃないの?
それが許されるのは天才だけで、凡才がその道を進むには一度諦観を乗り越えて、報われぬ人生を覚悟の上で選びとる必要があるってわかってんのだろうか
普通の自分に誇りを持って生きるって、そう並大抵のコトじゃないぞ? だから私は「普通」の父親母親を尊敬するが、あなたのことはガキだと思う。)
ガキくさい上に、これが結論と言わんばかりのがんこぶり。
いろんな意味で「若さ」がダメな方向に結晶した記事だと思った。
最後に。
何でも暴力あつかい、何でもハラスメント扱い、何でも差別扱いと、自分と違うものを悪として自分から切り離すと、生きて行けないよ。
この人の文章にはとにかく「自分」が存在しない。「私は私のままでいいんだ」はどこいった
高校卒業前に、こういう「キレイなままでいたい症候群」にかかって自殺まで発展する奴いるけど、さすがに社会人になってこの幼さはちょっと痛々しい。
この記事を読んでもやもやを晴らしておきたかったので書いただけで、もっとも、ただの好き嫌いの問題かつ、年齢の違いに拠るものだと思う。
「私はこの記事が嫌いだ。私は後者の記事を支持する」は、「この記事が絶対的に間違っている」というものではない。
私がこの記事をキライで、著者を軽蔑しているからと言って、他の人にとってこの記事の存在価値がないとは思わないし、著者の人生が間違っていることにはなるまい。
ついでにネットゲリラの古い記事あさっていたら、米沢氏の話がでてきた。
http://shadow-city.blogzine.jp/net/2007/12/post_1352.html
米沢氏のコミケに対する方針というのは徹底していて、とにかく「中身には干渉しない」という姿勢だった。本人は水木しげるマニアで、自分でも漫画を描いたりするんだが、コミケも当初は「創作同人誌」の売買の場として作られたんだが、蓋をあけてみると、1970年代は少女漫画、80年代はアニメ、それからロリコンと、目論見とはまったく違ったモノで占領されてしまう。それでもイヤな顔しないで黙々と参加サークルのために開催し続けてきた。
もう語り尽くされていることではあるだろうけど、こうした場をつくるということ(そのために多大なリスクを負いチャレンジするということ)、この倫理観、もう大分議論は収束/終息したのだろうけど、Pixivのナントカさんもよく考えた方がいいんじゃないかなー。
町田ひらく、うさくんといった、ロリコン雑誌から出てきた(あるいは育てられた)漫画家がのびてきたこともそうだし、あるいは青林工芸社やコミック・ビームも90年代のアングラ感をまるでかんじさせず2000年代にはいって目覚ましい成果をあげた。人が何かを表現するそのエネルギーに場を与えるということは、札束に書かれた数字より富んだ意味があると僕は思うけどな。
すごくすごく好きな描き手さんがいた
その人の漫画が好きだった
そのジャンルにはあまり合ってない心情を丁寧に描くような少女漫画的な作風だったけど
私にはその作風がストライクした
感想をたくさん送った
お近づきになりたくて色々頑張ったきっとそれは恋に近い何かだった
そしてそれは成就した
二人でご飯を食べたり萌え語りをしたりカラオケでスケブ描いたりしあった
しかし転機が来る
別の描き手さんと仲良くなっていった
描き手さん同士の絵茶ログが毎週のように上がる
次第に私の足は遠のくようになった
同時に私は逃避するように別のジャンル友達と仲良くなっていった
それでも作品は読みたくてサイトにはたまに見に行った
でもサイトには昔の私が好きな作風の作品はなくなっていった
身内ノリの作品が増え、作風が私の苦手なものへと変わっていき
心情を丁寧に描くような作品はなくなっていった
ついには身内ノリの本が出るらしい
その描き手さんの本はすべて欲しかったのにその本は欲しいと思えない
感想を送ることはもうないだろう
連絡をとることももうないだろう
ただただひたすらに残念だ
誰も悪くない
むしろ自分が悪いのだろうな
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52477519.htmlv
言うまでもないとは思うけどセックスが嫌いな男なんて居ません(女性は嫌いな人がいても別に不思議だとは思いません)
ただ、私は基本的にクレクレ厨なので、他人のために何かやるのが嫌なんです。
高校時代はすきだからやるだけだったから何も考えなしに楽しめました。
放課後ちょっとあって、すぐに部屋行ってセックスとかだったじゃん。
でも大学入ってからはいちいちセックスするためにデートしたりするのが必要になりすごいめんどくさくなりました。
思うんだけど、大学生の女の子のほうが、高校のときよりずっと少女漫画みたいな恋愛を求めてるよね。
私が田舎者なだけかもしれまえんが、高校の時って基本的に好きだったらとりあえずセックスしとくかだったのに、
なんでこんなめんどくさいことするんだろう、と全く理解できません。
最近は妊娠がどうとか結婚がどうとかそしたら仕事どうすんだとか年収がどうとか、
そういう話にもなってきて、いろいろ考えすぎてそもそも勃たないことすら出てきました。
大人ってつまんないよね。
ピアノや料理が得意で綺麗好きで、女に人気あるけど誰にもアプローチしないから女に興味ないのかと思いきや、受身なだけで告白されたら付き合うみたいな男
な定義だったと思う。少女漫画かよっつーか、女向けの理想の王子様(現実にはいねーよ)的な。
それが流行語となってオッサン週刊誌辺りにも取り上げられるようになった時、「受身」と言う所だけが独り歩きして
オッサン向けの「何事にも消極的でやる気がない今時の若者」叩きの一要素として組み込まれて今に至る感じか。
女向けの流行が男向けに取り込まれると大体こういう歪みが生じるね。
http://anond.hatelabo.jp/20110606225523
幼いころ最初に出会った犬が猛犬で、追い回されたり噛まれたりして怖い思いしました、だから「犬」が嫌いになりました、
チワワやマルチーズですら「犬」というだけで受け付けなくなってしまいました、というような例と同じこと。
彼・彼女らの恋は、見た目だけじゃなく心根まで醜かった。
自己愛エゴ期待欲求を、関係を構築できていない相手に一方的にぶつけていた。見ていられないほど愚かで醜かった。
小学生の頃からの友人が一人だけいまも続いていて、会って昔の話をすることもたまにあるのだけれど、
友人も彼女の話になると「今でもああなのかな?」と、苦笑いになる。
あいつらは気持ち悪くて醜い。
何故ブコメが「恋愛ってどれもそんなもんだよ」的に大きくまとめることであいつらを庇うのかわからない。
ariririritty
・・・この人はなんなの?どうありたいの?
現時点での男女交際に伴う苦痛をどうにかしたい。
ブコメで病院行けとか言っている人がいるけど、その人が正しいのならば私は「病気」なんだろう。
「病気」が治れば彼氏との交際を継続できる、治らなければ私は耐えきれず別れると思う。
hanapeko
前半を読んで桐野夏生「グロテスク」の佐藤和恵を思い出した。なんて言うんだろう、「身の丈に合わない自己認識を持っている奴に対する怒り」っていうか、多分それって何かの裏返しなんだけど
まさに私は"身の丈に合わない自己認識を持っている奴"に執拗に関心を持ち、非難しています。
強烈な嫌悪感と醜さを感じています。私自身はそれを悪臭や汚物に対する反応に近いと捉えていました。
"怒り"なんでしょうか。だとしたらこの感情は何の裏返しなんですか。誰か教えてください。
hazime2914
いいえ。そういう例は見聞きすることが少ないし、見聞きしたとしても関心が薄くすぐに忘れるので。
rag_en
まー、なんかディスられ気味みたいだけど、個人的にはその感覚を大事にして頂きたいと思いますよ。恋愛信仰脱却の第一歩ですし。/逆に、恋愛信仰どっぷり浸かってると抵抗あるんだろうなーこの内容、と思った。
ある種の恋愛映画や小説やドラマや漫画は不釣り合いな恋愛を賛美することで視聴者読者の現実逃避の手助けをしますが、