はてなキーワード: イルカとは
2chやTwitterを見てると、あのブログがソニーの回し者であるかのような流れになってるんだけど、何だか違和感を覚えるんだよな。
なので、とりあえず最近のあのブログのPSVITAタグの中からネガティブっぽい記事をピックアップしてみた。
1月だけでこれだけあるわけだが。
PS3の初期もこのブログはこんな感じだったし、ほんとにこいつソニーからカネ貰ってんのか?その辺はどういう解釈でみんな納得してんの?
12月も…と思ったけど多すぎて後半だけで力尽きた。
だって「今のパラダイム」の言葉じゃん「オバサン」てww そりゃ今のパラダイム内でケリついちゃうでしょ。
新しい価値観に移行させたいんなら再構築してみせてから言えよwww
君も言ってるように全部「女子」の亜種。
「オバサン」ではない。
「マダム」は輸入にちょっと失敗しちゃったせいでギャグだけど"Madame"は「女子」至上主義じゃないんじゃね?
俗に言われてるMademoiselleとの対比からして。
そしてたぶん、「オバサン」でもない。
「脱構築せよ」という話に対して
「脱構築せよ」だなどと突然言い出したのはお前さんだということはこの際措いてやろうw
なら「スタイル」だなどと既存雑誌メディアの武器を持ち出してくるべきではなかったんですよ。最初から。
それにやっぱり「オバサン」も持ってくるべきじゃあなかったな。せめて「失った人」に反駁する感じで解体して定義し直してくんないと。
つってもどうせやらねーんだろうから自分でちょっとだけやってみるけど、「小母さん」の定義は辞書によれば「よその年配の女性を親しんで言う語」だ。
で、本来年配の人っていうのは「失った人」というより「手に入れた人」のはずなんだよね。何をって経験とか人生とかを、だけど。
それがごっそり無視されてるというか、価値としてカウントされてないのがアレですよね。
つーても「年寄りをうやまえー」とかじゃなくて、ステレオタイプだけどいわゆる近所のおせっかいおばちゃんのポジとかかつてはあったはずなんだよねっつー。巻き戻しても詮無い話だけど。
あと「よその」とか「親しんで」ってのがすごく嫌な感じに作用してしまっていますね「オバサン」においては。
流行の潮流、渦中から見た「外部のサエない他人」感の強まり方が半端ない。
「毎食そのへんの犬を捕まえる部〇です」
ぐらいの人でないなら差なんかない。
いやいやwそれは単なる主観による決めつけだからww 根拠が薄弱、つーかもう無根拠の域。
キミ理論だと例えば昼は栄養点滴でしたって人と焼き肉食べて腹はちきれそうって人とに差がないとかになるわけ?ww
住んでるところとか勤め先とかイヌとイルカのペアよりはたぶん近いけどさwww
他の多様な可能性に圧力を感じるだの不快だのというのは理屈の通らない話だよ。
え…何を見て「女子」に慣らされてると思ったん?w 「オバサン」ディスってたから反射的にそう思っちゃったん?
むしろ馴染まないからウザいんだし、出てきたのがオバサンっていうのも事実として「コインの裏っかわ」で意味ねーから意味ねえよって言ったのよ。
反論するなら非コイン裏の「オバサン」をひとかけらでも具体的に提示してからにしな。
わからないだろう?
意味が判らない、と言ったんですよ。何が異様かわからない、ではなくて。というか強いて言えばキミの文章が異様だったわけだけど。
全然違う。
頭から毛がなくなったら尼か坊主でない限り不便に決まってるし、
安定収入が絶たれたら辛いのは当たり前だ。
そもそもがスタイルから意図的に降りる降りないの話じゃなかったんじゃね。スタイルから「外れる」とめんどくせえっていう話だったはず。
あと毛髪がないことの「不便」って何だよw 頭で床にモップがけでもするのか?ww 日焼け? 帽子かぶってろ。
「アレな目で見られる」っていう社会的な弊害は「スタイルから外れたせい」だから、不便ていうよりは先述の「同種の恐怖」にカウントですよ。
安定収入が絶たれてつらいってのももっともだ、だがそれだけで「リストラ=もう自殺」とは普通ならない。
そうでもないんじゃね。「死の覚悟」とか出したのはそちらさんだからこっちはよくわからんけど。いろいろごっちゃにして「死の覚悟」って言ってない?
まず自然の摂理として、老いるということはあれこれ出来なくなっていってごく緩慢に死んでくってことだから、ガチで直面するときは死に近づく覚悟が問答無用で必要なもの。
これは本来性別も問わないレベルの話で、女においてはその「老い(始め)」に気づく段階の象徴としてわかりやすく「オバサン」が置かれてるってだけ。
でこれに伴って、かつて出来たことが今出来ないってことで、「出来る」潮流からは外れざるを得なくなる。こっちの方が大半の「女子」には怖いんだと思う。
それこそ死のごとくっていうか、ある意味死そのものよりも怖いだろうな。身を包む「もうおしまいだ」感。グループからさしたる理由もなくハブにされたときのアレ。
これは「女子」至上主義の弊害に数えられなくはない点だけど、至上主義にまでなる前の時点で元々「女子」というものにそういう素地があった。小学生女子から続く素地が。
それが雑誌にフレーズとして拾われて振幅してるってのが現状、ではないかな。
「覚悟するくらいしかテがないのが怖い」って書いたけど、厳密には「事前に欲望を整理できなかったタイプの高齢女子がいざ直面しても覚悟できるかどうかわからない、その絶望の可能性が怖い」って感じだわ。
全員生誕30年も経てば地獄が迫りながら地獄に目をつぶる苦行地獄(君の言葉で言えば全員がん患者)
っちゅー教義となってるから
あとがん患者は地獄に目つぶらないから。比喩取り違えすぎですよ。
「直面したら覚悟するしかない」って言ってるでしょ。
無視なんかできねーの少しずつでも受け入れるしかねーのよ。老いのごとく。
「オバサンという消費スタイル」という概念がそもそもパラダイムシフトになってないんスよ。
という話ではあった。
宗教の中にいる人に教義を離れた大きな枠組みを検討させるのは簡単じゃないもんだけど。
ほら、出てくる検討ってこれでしょ。
君も言ってるように全部「女子」の亜種。
「オバサン」ではない。
「オバサン」は死の世界、という女子至上教義から1ミリも踏み出して無いとこで考えてるから
結論は女子至上教義の枠内に収まるに決まってるよ。
「乗らなかったらメディアのブームに乗れなくなるじゃん」というよりは、「乗らないという選択をスタイル創出という形式で取るとか無理じゃね」的な。
「脱構築せよ」という話に対して
君の一案は「ワタシスタイル」というきわめて既存雑誌メディアの文法やセンスに忠実なもので
だからそこから出ろということを再三述べてるからここで1から繰り返さない。
明らかに同じ土地に居ないし同じもん食ってないっしょw 絶対昼飯かぶらない自信があるぞww
「毎食そのへんの犬を捕まえる部〇です」
ぐらいの人でないなら差なんかない。
他の多様な可能性に圧力を感じるだの不快だのというのは理屈の通らない話だよ。
今のスタイルに慣らされすぎてる脳の形までそうなっちまってるだけだ。
雑誌がいい加減ブームを作り出せなくて売上ヤバくて迷走してるってのはあると思う。
わからないだろう?
もう骨身に食い込んでてその異様さどころか存在すら自分の目には入らないからだよ。
>30台以降をずっと目をつぶって生きていくような恐怖の人生が女に与えられている。
>目を開けて降りるには死の覚悟を要する。
いや同種の恐怖はオッサンにもあるんじゃねw
全然違う。
頭から毛がなくなったら尼か坊主でない限り不便に決まってるし、
安定収入が絶たれたら辛いのは当たり前だ。
探してもそんな不出来な例しか挙げられないのはつまりそういうことだ。
「そこから降りると死にそうな心地がする」のは
いや、「オバサン」というだけで死の覚悟が必要になるのは「女子」至上教義独自のものだね。
大変厳しい無茶のある教義を誇っている。
その風合いは一信徒である君の発言からもいくらでも拾える、こんな感じ。
オバサンって「失った人」ってことでしょ。
ある意味不治の病と似てる
ガン患者
覚悟するくらいしかテがない
こわい
しかも地獄の世界が現世に現れる構造になっているから死後の没落で脅すよりある意味えぐい。
今まだ女子至上教義の観点からしかオバサンを検討できないからだよ。
オバサンがコインのうらっかわなんじゃなくて、君がオバサンを「女子の裏」としてしか見られないだけ。
これも違う。
自分にあわないパラダイムに抑圧されて従順な人というのはいくらでもいる。
特に変わり目にはね。
新しいパラダイムどころかその予感にすら怯えて攻撃したりする。
ヒンドゥーの中で被差別階級生まれな人にはメリットだらけだね。
全員生誕30年も経てば地獄が迫りながら地獄に目をつぶる苦行地獄(君の言葉で言えば全員がん患者)
っちゅー教義となってるから
今でも良く思い出す。
ぐでんぐでんに酔った僕を介抱してくれた君。
君が僕の心臓の音を聞いていた朝、僕が聞いた始発電車の通り過ぎる音。
新幹線の駅のホーム、振り返らない君の背中を消えるまで見つめてた事もぜんぶ。
連絡も取らなくなって、もう1年と半年。
その間別の恋をしなかったわけじゃない。
でも、今でも彼女の事を思い出す。
もう一回付き合いたいとか、まだ好きだとかそういう感情じゃないと、自分では思う。
彼女は破天荒だったし、結婚しても苦労するのは目に見えてるしね。
でも、彼女の事を思い出す。
寝る前に。ふと気を抜いた時に。朝方ベランダでタバコを吸ってる時に。
君は、僕がタバコを吸い始めた事を知らない。
僕は、今の君を知らない。
東海地方に住む母から、安否確認の連絡があった。お互い無事だったのだが、母は
「浜岡の原発も危ない」
など、確実に「無い」と言い切る事の出来ない噂にとても脅えていた。
そういった噂に脅える必要は無い事、それらを人に話してこれ以上拡大させない事、
被災地の方たちのために節電する事、避難場所の確認をしておく事、
とにかく普段どおり冷静に行動する事等々を伝え電話を切ったが、
果たしてこれで母の不安を取り除く事はできただろうか。
「災害」に対しては誰もが無力だ。
特に母のような足の不自由な老人は悲しいくらい無力だ。
あと5分で津波が来る、と言われてもきっと逃げられないだろう。
母はそれを良く知っていたから、不安になり、噂に脅えていたのだと思う。
病人は自分がその病気に対して無力である事を知っているから「不安」になり、
冷静な判断力を失ってしまう。
自分や健康な人ならば、一晩くらい飲まず食わずでも大丈夫だろう。
走って逃げる事もできるし、数十キロであれば歩く事もできる
しかし母や老人にはそれが出来ない。出来る自信が無い。
噂を拡散するような発言を攻撃するのは簡単だろう。
しかし噂に脅える人たちは、体力など個々の問題を抱えていて、
災害に対する「不安」を強く感じている人たちなのだ、ということを理解してほしい。
そしてもし「不安」な人たちを見かけたら、その不安を取り除いてあげてほしい。
避難所の場所や行政の仕組みなど、災害に対する備えの知識や正しい情報を教えてあげる事かもしれないし、
それを少しでも減らせるよう、考えて行動してほしい。
決して自分とやり方が違う他人や、不安な人々を攻撃するような真似はしないでほしい。
『和歌山県太地町のイルカ漁に抗議する。イルカを屠殺するのをやめて下さい。』――自称ツイッター活動家がフルボッコで涙目 #taiji #thecove #sushitaro
ここでも話題になった、イルカを魚類だと思い込んでいたツイッター活動家。突如ベジタリアン転向宣言をしたかと思うと、ウニやハンペンを食べ始める。本名バレの結果、自ら本名を明かす。などなどお笑い要素たっぷりの活動家である。次は2/26に行われる犬猫殺処分反対のデモ行進にイルカ漁反対の立場で割り込むそうだ。白いTシャツを赤い血糊で染めて行進すればインパクトがある、とフォロワーをけしかけるなど物騒な発言も目立つ。
そんなツイッター活動家の仲間が、官能小説家・安達瑶bである。ツイッターのアカウントは@adachib。
『安達遙b @adachib 氏の屠畜に対する発言『そういう光景に耐えられるように多くの人間の感覚はできていない。』について #Taiji』
ゴールのないイルカ漁反対論に溺れるなか、ついには食肉処理事業従事者への差別発言や同和利権による陰謀論まで飛び出し、八方塞がりになっている。
『ザ・コーヴ』(The Cove)のことです。
かわいいイルカさんたちが殺されるなんて許せない!毎日そんなことばかりを考えていました。
そんなとき、おもいがけなく日本熊森協会のことを知りました。
これじゃね?
私たちのかわいいイルカが殺されるのは、漁師さんたちが魚を獲るためです。
これは、熊が街中にエサを取りにくるのと似ていると思いました。
熊森では、熊が街中に出てこなくても済むように、どんぐりを運んで餌付けをしているようです。
ということは、漁師さんがイルカを殺さなくて済むように、漁師さんたちに現金を与え続ければイルカは守られるはずです。
これは、さっそく日本海豚海協会を立ち上げるべきだな、そう思って動き出そうとした矢先に、こんどは別のニュースが入ってきました。
尖閣諸島のアレです。
痛ましい……
中国が尖閣諸島にちょっかいを出してくるのは、熊が街中にエサを取りにくるのと似ていると思いました。
熊森では、熊が街中に出てこなくても済むように、どんぐりを運んで餌付けをしているようです。
ということは、中国さんが尖閣諸島にちょっかいを出さなくても済むように、中国さんたちに十分な現金を与え続ければ尖閣諸島は守られるはずです。
http://b.hatena.ne.jp/entry/blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1550289.html
こことか見てるとそんなこと抜かしてる奴が多いが、どれだけ英語メディアに幻想持ってるんだって思う。賭けてもいいが、こいつらは継続的に英語メディアから情報を得ようとしたことなんてないだろう。そうでなければ、欧米のやることは何でも正しいと思う白人崇拝主義者、英語マンセー主義者であるかのどちらかだ。
英語メディアの報道、なかんずく日本関連報道がどれだけ客観的かは、この辺知ってからにしてもらいたいね。
これらはどれも、夕刊フジや日刊ゲンダイみたいなタブロイドの記事ではなくNew York TimesやBBCあたりの高級メディアに見られるものだ。要するに、根も葉もないとまでは言わないが、日本に関する「不都合な真実」には尾ひれ胸びれ背びれあたりがつきまくっているのである(念のためカタカナ云々に関して言っておくと、漢語が外来語であることが完全に忘れられているのと、分かち書きのない日本語では文節・単語区切りを文字種の変化によって示す必要があることが見落とされている)。米英豪あたりの人間が「俺たち西洋人はススンドル」ということを自己確認するためのものとしか言いようがないのだ。日本の中国報道なんかにもかなり眉をひそめたくなるものがあるが、それが可愛く見えてくるほどの惨状だ。
というか、「リテラシー」がどうこうとか抜かしているお前らは「また大西か」という言葉を聞いたことがあると思うのだが、こういうときになると忘れてしまうというのが本当に不思議だ。所詮、英語圏だろうと日本語だろうとマスゴミはマスゴミだぜ?だったらまだ、明らかなトンデモは書けない国内報道の方がずっとまともだと思うのだが。例のWaiWai騒動のことをもう忘れてしまったのかね?あれこそ氷山の一角にすぎなくて、英語圏では本当に日本に関してはトンデモ情報がまともな情報を圧しているのだよ。一部の日本マニア(Japanphiles)たちの地道な草の根努力(たとえばJapanProbeをぐぐれ)があってどうにか日本は評判を保っているなんていう悲観的な見方もできるぐらいだということはもっと知られてもよい。
KDDIは、12月1日付けで同社の田中孝司専務が社長に昇格し、小野寺正社長兼会長は社長職を退き、会長に専任するとプレスリリースを発表したという。
http://www.kddi.com/corporate/news_release/2010/0910a/index.html
近年、Docomo、KDDIがSoftbankに対して守勢に回っているのは(印象的な部分は確かに大きいが)一定の事実だ。
その理由は、いくつかあるだろうが、決定的な理由はただ一つだと私は思う。それは両企業とも「トップが無能だ」ということだ。
Docomoの山田隆持社長、KDDIの小野寺正社長、Softbankの孫正義社長の経歴を比較してみよう。
| 社長 | Docomo 山田隆持 | KDDI 小野寺正 | Softbank 孫正義 |
| 年齢 | 62歳(1948年生) | 62歳(1948年生) | 53歳(1957年生) |
| 高卒資格獲得時年齢 | 18歳 | 18歳 | 17歳(飛び級) |
| 大卒資格獲得時年齢 | 22歳 | 22歳 | 22歳 |
| 最終学歴 | 工学修士 | 工学士 | 経営学士 |
| 留学経験 | なし | なし | あり(アメリカ) |
| 起業経験 | なし | なし | あり(22歳) |
| 経営陣参画時年齢 | 53歳 | 41歳 | 22歳 |
| その役職 | 取締役設備部長 | 取締役(詳細不明) | 社長 |
| 代表権取得時年齢 | 59歳 | 52歳 | 22歳 |
| その役職 | 副社長 | 副社長 | 社長 |
| 経営経験 | 9年間 | 21年間 | 31年間 |
| 代表経験 | 3年間 | 10年間 | 31年間 |
| 語学能力 | 日本語のみ | 日本語のみ | 日本語・韓国語・英語 |
山田社長・小野寺社長とも、学生時代に専門で学んだのは工学である。とはいえ、エンジニア出身でいながら山田社長・小野寺社長には、ケータイやネットを使いこなしているという印象を世間にまったく与えていない。世間は、彼らに対して、下手をしたら「らくらくホン」「簡単ケータイ」のユーザーではないのかぐらいの疑いの目を向けているだろう。そんな彼らがケータイやネットの未来について何を語っても、世間が耳を傾けることはありえない。逆に、twitterで自ら情報を発信し、iPadで仕事をこなすと公言し、テクノロジーに明るいという印象を世間に与えている孫社長の方こそが経営を専門に学んでいるのだ。
そして、年齢が一回り違う。山田社長・小野寺社長は既に60代。孫社長はまだ50代前半だ。気力・体力は明らかに孫社長に分がある。
では、10歳年上な分だけ、経営の経験が豊富かといえば、そうではない。山田社長・小野寺社長はエンジニアとして使い物にならなくなった40代、50代になってから、経営陣の下っ端に加わって経営を学び始めたにすぎない。経営の経験は、20代から社長を務めた孫社長の方が遙かに豊かなのだ。
その後、代表権を得るまでの10年、20年の間、山田社長・小野寺社長は、オンジョブトレーニングで、どのような経営を学んだというのだろうか。会議で周囲の顔色を見ながら当たり障りのない意見を言い、取引先とゴルフに興じたぐらいのことは最低限やったかもしれない。まぁ、同情の余地はある。今、クビになったら次の就職口が無いかもと不安と背中合わせの中年にできることは、その程度でしかない。ただ、その学びの内容は、20代で起業した孫社長のそれよりどの程度実践的だったのだろうか。
当然のことながら、山田社長・小野寺社長には、語学を専門で学んだ形跡も見られない。アメリカへの留学経験があり、少なくとも大学卒業程度の英語を読み・書き・聞き・話すことのできる孫社長に大きく見劣りする。携帯電話の国内市場が飽和する現在、打開の糸口を海外に求めなければならないが、山田社長・小野寺社長は、トップとして、どのように情報を集め、判断し、そして行動ができるのだろうか。
下っ端が翻訳などでお膳立てしてくれるのを辛抱強く待ち、ハンコがたくさん押される過程でスポイルされた情報を紙背からくみ取り、失言・減点を怖れて誰も発言しない経営会議に流れる空気を読んで判断するのは、非常に高度な能力が求められるものだ。山田社長・小野寺社長は、そういう意味で、日本でも(いや、世界でも)有数の能力をお持ちだろうと思う。
ただ、その能力は、ルパード・マードック(世界的メディア王)、スティーブ・ジョブス(アップル創業者)、ジェリー・ヤン(ヤフー創業者・米国留学経験あり)、ジャック・マー(アリババ創業者・中国にて英語講師経験あり)といった世界有数の企業経営者と個人的親交を結ぶようなことには、やろうと思っても役に立たない。思いつきすらしないだろう。
改めて繰り返そう。
DocomoとKDDIは、経営の素人をトップにしており、山田社長・小野寺社長の経営者としての資質は、孫社長に比較して劣等だ、ということだ。
これだけ明白なのに、株主たちはよく我慢している。逆に言えば、株主が良いといっているのだから、外野があれこれこれ言うことではなく、これで良いのかもしれない。
一方、「トップが経営の素人で、経営者として無能」というのは、多くの日本企業に蔓延している病だ。周りの会社もみんな似たような状況で、また注目度が低くて携帯電話会社のように、比較されにくいために目立たないだけだ。業績が右肩上がりだった時代は、ごまかせたが、これからは、そうはいかなくなるだろう。
危機に置かれている会社の、自分は無能だと自覚がある経営者は、即座に辞めるのが最良の処方箋だ。その際、必要なのは、ただ、年次・順送り人事の慣行を止め、無能な年寄りどもを道連れにするということだ。
一般的な日本企業では、通常はこうしている。
係長の中から優秀なものを課長に、課長の中から優秀なものを部長に、部長の中から優秀なものを取締役に、取締役の中から優秀なものを副社長に、自分が会長になったときに初めて副社長を社長に。
こんなことでは、本当に優秀な者をタイミングよく社長に就けることができない。経営トップとは、頭は固くなり、肉体はガタが来た年寄りの座るべき場所ではないはずだ。
優秀な人間をトップにつけるのに、もっとも効果がある劇薬はこうだ。
広く社会から経営陣を集めて、その中から、とびきり優秀な者を社長に就ける。
中間は、抜擢人事だ。
係長以下一般社員の中から優秀なものを課長に、課長以下一般社員の中から優秀なものを部長に、部長以下一般社員の中から優秀なものを取締役に。ただ、一般社員と取締役では、魚とイルカぐらい似て非なるものだというのが、この場合の問題ではある。
いずれにしても、何をもって優秀とするか、その判断基準と、目利きの能力が問われる。また、決断力や、反対を押し切る実行力も求められる。とはいえ、それは、本来、経営トップとして備えてなければならない能力の基本中の基本のはずだ。そして、孫社長という基準があるのだから、話は早い。孫社長と同程度優秀か、あるいは、それ以上優秀な人間をトップに据えればいいだけのことである。それは不可能なことか? じゃあ、孫社長は日本一、世界一の経営者なのか? DocomoもKDDIもこのまま孫社長に切り崩されるにまかせるだけか? 残された最後の切り札、監督官庁からの天下りを使って、政治家やお役人らとゴニョゴニョする以外に打つ手はないのか? あぁ、いや、これは、別に最後の切り札でもなんでもなかった。
http://savejapandolphins.blogspot.com/2010/08/we-are-canceling-our-plans-in-taiji-for.html
幾つかの重要な理由により、9月1日に予定していました日本の太地での予定をキャンセルする事にしました。
その中で一番重要なのが、太地で暴力的な右翼団体が我々を待ち構えているという情報を入手した事です。我々の日本での活動は決して衝突が目的ではありません。イルカ虐殺の実態と、水銀まみれのイルカ肉が市場に出回っているという真実を人々に伝える事で我々は前へ進む事ができるというのが我々の考えです。これを「我々vs奴等」…過激右翼組織をバックにしたイルカ虐殺者と、日本の文化を破壊しようとしている外国人という対立の図式に持ち込もうという右翼団体の目論見に乗るつもりはありません。
右翼団体の方々は自由に太地で集会すればいいでしょう。我々は日本の他の場所で、メディアと話し、問題を説明し、我々の目的は争いではなく癒しである事を人々に理解してもらうよう活動します。多くの日本人の方々は我々の言葉に同感して下さるでしょう。
「我々」は、今は153国から集まった160万の人間です。「日本のイルカを救おうチーム」は9月1日に日本の地で、この年間行われているイルカの虐殺に対して抗議し、これを平和的に、礼儀的に行ないます。
残念と感じる方もいらっしゃると思いますが、今の時期は太地以外の地域の方が良い成果が得られると我々は思います。そして、どうか私は自分の身の安全の事は重要視していない事をご理解下さい。私の他にも多くの支援者が来られ、彼らの身の安全まで危険に晒したくはないのです。
太地や他の漁村で危機に晒されているイルカ達を見捨てはしません。むしろ、イベントを別の場所に移す事で問題の全体像を捉える事が出来ます。日本の海沿いには他にもイルカを殺している団体がいます。ただ、殆どはザ・コーヴで見られるような追い込み漁はもう殆ど行われておらず、日本のイルカの殆どは沖で小さな船から銛を使って捕えられます。また、更に視野を広げると監禁の問題も見えてきます。これらについては、中立で対立のない環境で議論したいと思います。
別に潰されたと思ってなかった。乱交は繁殖を否定する行為ではないもの。
ああ、でもボノボのコミュニケーションのための性行為や、イルカの集団レイプして殺すという行為は本来の性行為や繁殖からは離れてるかも。でもその辺りは比較的高等な知能を持つ動物と言われてるから、人間と同じように「本能から乖離した性行為」というのがあるのかもしれない。
でもさ
については、動物界で処女性を重要視するものがいるか、と問えばこれはいないと言わざるを得ない。動物が他のオスの子を忌避する本能があるのはわかるが、処女性は求めないよね。処女であるメスが重要視されることはない。なのに、処女性の重要視を、他のオスの子を忌避する、というのと無理やりつなげようとするのがこじつけだと思うんだ。確かに処女なら「それ以前」は他のオスの子を孕んでいないことは確かだけど、それ以後、他のオスの子を孕まないという保証はなにもないからね。そこを勝手に想像して「処女だったメスは身持ちが固い」とか「処女を奪ったら俺だけのモノ」なんて思い込むのが人間的な幻想だと思うという話。それは本能でもなんでもないよね。
http://anond.hatelabo.jp/20100608180239
イルカ漁映画『ザ・コーヴ』が、ニコニコ動画で全編無料配信決定
http://www.cinra.net/news/2010/06/17/115117.php
国内の公開予定劇場で次々と上映の中止や見合わせが発表されている、イルカ漁の実態を描いたドキュメンタリー映画『ザ・コーヴ』が、明日6月18日にニコニコ動画で全編無料配信されることがわかった。
とかなっててワロタ。いや俺の何かがトリガーとなって起こったことではないとは思うんだけど、やっぱり考えてるやつは考えてるんだなあ、と。
前の→ttp://anond.hatelabo.jp/20091019171410
その前の→ttp://anond.hatelabo.jp/20090807120206
遂に3回目ドンパッフー
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政治→給付金 民 選挙 選 衆 党 解散 惨敗 麻 鳩 政 開催 決定 オリンピック オバマ ノーベル 大統領 new→蓮 小沢 仕分け 友愛 成人 疫
有名人&犯罪人→EXILE 草 なぎ ナギ 薙 剪 地デジ アナロ 鹿 熊 シンゴ シンゴ 法 のり ノリ
痛いニュース系→仮 日立 ダイヤ 誠意 痛いニ←new(とうとう記事紹介まで封じた)
new 痛く無いかも知れんがニュース系→捕鯨 シェパード JAL メダル 監督 トヨタ イルカ toyota 韓国 朝鮮 マグロ
iTunesのログ系→Playing: Listening なう♪ 今、
ついった内目障り→勝間 ヒヒー ばずらせ skype 規制 結婚 婚 リム 質の マジック new→バリ バリ やめて まかせろ 無断 禁止 誤報 ガール _bot バレン ドラマ
new ついった内TL埋め尽くし系→タラ サザエ Q&Aなう B! お題 度」 shindanmaker coming-out.sony.jp
new 汎用→勝利 母 ヨメ new
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えっ new自体が含まれてた・・・理由なんだったっけ
わたしがワナビの友人二人を見て気付いた事を書いてみる。
わたしとワナビ二人の簡単な紹介。
「わたし」……大卒の社会人二年目。最近ほとんど読書してないや。
「アズサ」……ワナビの友人その一。大学三年生。ライトノベル新人賞への応募経験無し。
「イルカ」……ワナビの友人その二。会社員。つーか会社の同期。ライトノベル新人賞への応募経験は四回で、一度だけ一次通過。
で、本題。
まず二人に共通しているのは、自身が「ワナビ」である事に満足している、という事である。
「小説を執筆して、作家目指してるオレカッコイイ!」と思い込んでいるというか、
自分に酔っているというか。
アズサの場合。
バイトしながら小説を書いているのだが……どうやら大学にあまり友達がいないらしい。
さりげなくその事に触れると、アズサは「オレ、執筆で忙しいし」「バイトあるし」と言うのだが、
それを聞くたびに「大学で浮いてる事の言い訳なんじゃ?」と思わざるをえない。
そんなアズサが一度も新人賞に応募した事がないのは何故か?
……単に最後まで書き上げる事ができないだけで、
「書く→それを書き終える前に別のネタを思いつく→そのネタで書き始める→また別のネタを思いつく→書く」を
繰り返しているとの事。
正直呆れました。
最後まできっちり書き切る事って結構大事なんだと思った。
途中で放棄する事はいつでもできるけど、
完成させる事はやっぱり難しいんだろうね。
今書いている物がつまらない、今いちテンションが乗らず書けなくても、
とにかく最後まで書く事が必要なんじゃないかな。アズサの場合。
完成させたからこそ見えるもの・わかる事ってきっとあるでしょ。
「やっぱこれはクソだわ。吐きそうになるくらいつまんねええええ」でもいいし。
「とりあえず完成させた」=「一本、小説を書く事ができた」という自信が次にも繋がると思うんだ。
一度でも書き上げた人と、一度も書き上げた事がない人では相当差があるんじゃないかな。
一度だけ、一次選考に通過してしまった事がイルカの失敗だと思う。
イルカを見ていると、それで満足してしまった感がある。
一次に通過――つまり、一応は認められてしまった事が勘違いに繋がってしまった。
「オレが本気出せば賞くらい取れる」とか。
また、イルカの場合、書き上げた事・完成させた事は良いのだが、
応募したあとに「いや、今回は時間なかったし」「後半駆け足だったしなあ」と、
言い訳しまくる所がマイナスポイントだった。言い訳するのはアズサも同じだが。
「お前はもしデビューしたあと、つまりプロになってもいちいちそういう事言うのか?」と
心の中で突っ込んでしまった。
落ちた時の言い訳(保身っていうの?)ばかり考えていて、
実際に落ちた原因がまったく見えていない気がする。
二人共「書いていればいつか賞取れるだろ、作家になれるだろ」という、
そもそもさ、受賞さえすれば……デビューさえすればなんとかなると思ってない?
あなた達が憧れて読んだ、先人達と戦わなきゃいけないんだよ?
あなたの書いた本と、あなたが尊敬する作家の本が同じスペースに並べられるんだよ?
デビューする事しか考えてないから、その先がまったく見えていない感じ。
野宮が「目先の千円札を拾いに行くつもりはねえ。オレがチームを引っ張るんだよ」とか
言っていたけれど、
ワナビにもああいう気持ちは必要だと思う。
「オレがライトノベル界を変えるんだ!」とか。
「ハルヒ? シャナ? 禁書? オレの本が一番おもしれーの!!!」とか。
もし新人賞受賞したら、言ってほしいね。
受賞時のコメントでそういう事を堂々と宣言してくれたら……、
おそらく今のままでは二人とも受賞するのは難しいと思う。
仮に何年か経ったあと、ワナビを辞めた二人が当時を振り返ったとしよう。
アズサは……おそらく触れたがらないだろう。
そもそもワナビだった事を思い出さないっつうか。
アズサの中で苦い思い出として残る事にはなるが、それをわたしと語ったりはしないだろうな。
イルカは「まあ一応、○○大賞で一次選考通った事もあるんだけどね」が口癖になりそうで嫌だ。
ワナビってさ、
みんな危機感が足りないんじゃないかな。
「まあ今書いているものがダメでも次があるし……」と、
何処かで甘えちゃってる(言い訳を用意している)から
今執筆しているものがぬるいんじゃないかと。
〆切に間に合わなくてもヘラヘラしたりね。
「生涯最後……もし今書いている作品がダメだったら、作家を目指す事は諦める!!!」くらいの気概をもって、
本気で書いてみたらいいんじゃない?
覚悟が足りない気がする。
アズサやイルカと接していて、〆切に間に合わなかった時の言い訳とか聞いててうんざりするもん。
そんなわけで。
惰性で書くなら足洗いなよ。
あるいは。
誰かと意思疎通が可能になればなるほど、その人の中に、自分とは違う異質なものを見ることになるのだと思う。
それはつまり、わたしとあなたが違う存在であることを圧倒的に指し示す事実であって、その隔たりがある限り、わたしはその人ではなく、つまりは一個人としての孤独を感じる事になる。
犬や猫、イルカや牛、馬などの動物に対して人がどうして愛情を抱けるのか、どうして好きになることが出来るのか。
この前考えたのだけれど、おそらくはその動物の中にわたしと同じレベルで対峙可能な自意識を感じ取っていないからだと思う。
それらの動物との共有の言語による切り取られた形としてのコミュニケーションが取れないから、そこに同一レベルのあなたを見ることなく、むしろ私の一部として愛すことができるのだろう。
人は、孤独を嫌って、わからないことを知りたいと願って、どんどんわたしと他者の境界を目立たせているような気がする。
だから、闇雲にコミュニケーション力の向上ばかりを図っても、共有できないあなたが周りに増えていくばかりで、わたしはとても辛くなると思う。
私たちは、コミュニケーション能力に磨きをかけるのと共に、もっとわたしの範囲を広げることも念頭に置くべきなんじゃないかな。
断固として受け入れられないあなたが存在していてもいいのだけれど、その存在が現実にあることを認識すること、受容することを意識すると、わたしの拡張に広がるような気がする。
みんながみんな、広ぉいわたしを内に宿して生活できたらどうなるんだろう。
今よりも素敵になるのだろうか。幸せを感じられるのだろうか。安らかな日々が送れるのかな。
わからないことはいつだってたくさんある。もうこれ以上わからなくたって大多数の人にとってはどうでもいいこともたくさんある。
けれど、それを知りたいと思ってしまうこと、そしてその結果、ますます個人を浮かせてしまう人の本能のような傾向について考えるとき、私は無性にどうしようもない気持ちになる。
どうして人間ってこうなんだろう。
足掻いて足掻いて、必死になってもがいているのに、ちっとも満たされない。完璧な、あるいは完全な存在になることができない。
もちろん、身勝手な妄想なのだけれども、すんとさみしいような気持ちにならないわけにはいかなかったりする。
けれどもけれども、そんな人間が私は結構好きだったりするわけなのです。
本当に好きだったりするわけなのです。
イルカの仲間では最大であり体の形はイルカそっくり。お腹は黒く目だけ白いその姿はパンダを連想させる
こんなシャチだからプールではシャチフロートも大人気。(フロート…空気を入れてプールなどに浮かべる遊具)
鴨川シーワールドではシャチショーが大人気。世界中の海に生息します。
しかしシャチは英語でキラーホエール。殺し屋クジラと呼ばれる。
イカやイワシなどの魚はもちろんペンギン,カモメまで食べます。
さらにアザラシ,イルカ,ホッキョクグマまで食べるらしい。その気になればシロナガスクジラやホオジロザメ(いわゆる人食いザメ。ジョーズ)までも食べる。
体長は7~8メートル。体重はおよそ5~6トン。この大きさに鋭い牙を持つ。
知能も高く氷の下からの奇襲・群れでの協力・挟み撃ちなど、高度な狩りの技術を持つらしいですよ。
海岸のアシカくらいなら海から体を出して食べてしまうようです。
これは海の最強生物と言ってもいいのでは。
海では敵なし状態にも関わらず奇抜な体のデザインとシャチショーで子どもたちの心を掴んでいるとはしたたかすぎる。
ホオジロザメと互角かそれ以上に強いにも関わらず頭がいいため人間は襲わずイメージよし。
地球上の7割は海であり海洋生態系の頂点に位置するシャチ。さらに知能も高い。
もしかしたら人類より先に文明を獲得したのはシャチだったかもしれない。海洋シャチ文明。
いや既に文明は芽生えているのかもしれない。海の中までは人間の目も行き届かない。
着々と人類の地球支配をひっくり返そうと根回しをしている段階かもしれませんね。
一歩間違えたらシャチと人類の全面戦争も起こりそうなレベルですよ。
こんな記事を書いてシャチageをしている余裕なんてないかも。なんとか海洋シャチ文明と人類との友好的交流はできないものか。
この記事のほとんどの情報はウィキペディアのシャチの記事からのものです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%81
いろいろ調べる内にシャチの魅力に引きつけられてしまいました。
「イルカちゃんを食べるなんて可哀想!すぐやめて!」 日本人の匿名の抗議電話が殺到中
ttp://watch2ch.2chblog.jp/archives/2534322.html
826 : アスピレーター(大阪府):2010/03/30(火) 10:15:52.25 ID:+wU+L4I7
いつもの置いときますね
欧米人:「あなたは食べないの?ホットドッグがクジラやイルカの肉じゃないから…?」
日本人:「なんだいきなり……」
日本人:「イルカは食った事ないけど…な。まっ、クジラはうまいぜ」
欧米人:「イやな奴ね!!吐き気がするわ…人類の恥ね、ジャップね…」
日本人:「なんだ…?早すぎてよくわかんねぇが、お前だって肉食ってんじゃないか…
欧米人:「一緒にしないでよ。ずっとイルカの方が賢いのよ。友達になれるのよ、彼らは」
日本人:「オレにはどっちにも『友達』はいないが…どうせ人間に食われるんだったら
クジラになりたいね。
食われるために育てられ…
何も分からないまま友達だと思っていた人間に殺される…
欧米人:「なんですって!!」
日本人:「クジラやイルカは食われたとしても、それまでは自由に大海を泳いでたんだ…
つかまったのは運と力が無かったからさ…オレだったら戦って敗れたい」
「ブタや牛とクジラやイルカとの間に決定的に違う事が一つある。
戦うチャンスすら与えられない者と…戦って敗れる事のできる者…
オレにはこの差はでかい…と思うぜ」