はてなキーワード: 玉置浩二とは
89.小泉今日子‐あなたに会えてよかった(1991)
88.サザンオールスターズ‐勝手にシンドバッド(1978)
98.子門真人‐およげ たいやきくん(1975)
83.JUDY AND MARY‐そばかす(1996)
71.B'z‐ultra soul(2001)
60.Flipper's Guitar‐恋とマシンガン(1990)
49.My Little Lover‐Hello,Again~昔からある場所~(1995)
47.DREAMS COME TRUE‐LOVE LOVE OVE(1995)
42.globe‐FACES PLACES(1997)
37.米米CLUB‐君がいるだけで(1992)
34.テレサ・テン‐時の流れに身をまかせ(1986)
30.安室奈美恵‐CAN YOU CELEBRATE?(1997)
29.THE BLUE HEARTS‐青空(1989)
27.MISIA‐Everything(2000)
26.CHAGE and ASKA‐SAY YES(1991)
15.Mr.Children‐Tomorrow never knows(1994)
14.サザンオールスターズ‐TSUNAMI(2000)
5.小沢健二 featuring スチャダラパー‐今夜はブギーバック(1994)
-----------
この辺順不同で同意。偉大というか自分が好きという感覚だけど。
B'z LOVE PHANTOM
H2O 思い出がいっぱい
ミスじゃないなら1組1曲縛りでもないのにglobeがFACES PLACESで玉置浩二が田園なあたりに同世代ぽさを感じる(当方アラフォー)
98.子門真人‐およげ たいやきくん(1975)
95.THE MICHELLE GUN ELEPHANT‐世界の終わり(1996)
89.小泉今日子‐あなたに会えてよかった(1991)
88.サザンオールスターズ‐勝手にシンドバッド(1978)
83.JUDY AND MARY‐そばかす(1996)
82.藤圭子‐圭子の夢は夜ひらく(1970)
80.松村和子‐帰ってこいよ(1980)
73.あみん‐待つわ(1982)
71.B'z‐ultra soul(2001)
69.神聖かまってちゃん‐ロックンロールは鳴り止まないっ(2010)
62.旅立ちの日に(1991)
61.吉幾三‐酒よ(1988)
60.Flipper's Guitar‐恋とマシンガン(1990)
54.内山田洋とクールファイブ‐東京砂漠(1976)
52.AKB48‐恋するフォーチュンクッキー(2013)
49.My Little Lover‐Hello,Again~昔からある場所~(1995)
47.DREAMS COME TRUE‐LOVE LOVE OVE(1995)
46.ザ・キング・トーンズ‐グッド・ナイト・ベイビー(1968)
42.globe‐FACES PLACES(1997)
39.杏里‐オリビアを聴きながら(1978)
34.テレサ・テン‐時の流れに身をまかせ(1986)
30.安室奈美恵‐CAN YOU CELEBRATE?(1997)
29.THE BLUE HEARTS‐青空(1989)
27.MISIA‐Everything(2000)
26.CHAGE and ASKA‐SAY YES(1991)
21.BUMP OF CHICKEN‐天体観測(2001)
18.Official髭男dism‐Pretender(2019)
15.Mr.Children‐Tomorrow never knows(1994)
14.サザンオールスターズ‐TSUNAMI(2000)
9.ORIGINAL LOVE‐接吻(1993)
5.小沢健二 featuring スチャダラパー‐今夜はブギーバック(1994)
【追記】
選定基準は私の趣味趣向が3%、後は時代と大衆に愛された曲を歴代レコ大受賞曲や様々なランキングを調べながらなるべく幅広く選んだつもり。ローリングストーン誌の「500 Greatest Songs of All Time」の邦楽verをネットで探したけれど無かったので自分で作った。本当は500曲選びたかったけれど体力が持たない。好き勝手に選んだので好き勝手に批評してほしい。
最寄りのコンビニまで徒歩1時間半かかるようなド田舎村の3世帯家族、“茶の間で家族団欒チャンネルはNHK”文化の中で育ったので「歌謡コンサート」には猛烈に影響を受けた。だからこそ日本の隅から隅まで年代を問わず染み込んだ音楽を“偉大”とした。
THE FIRST TAKEは一発録りじゃないとかピッチ修正しているとかで話題になってるけど、
それに関して、尾崎豊は基本的に一発録りだったという記事を紹介したい。
これは尾崎豊のプロデューサーであった須藤 晃氏へのインタビュー記事だ。
https://www.musicman.co.jp/interview/19700
須藤:僕は自分がプロデューサーとしてレコードをつくっていくときに、ボーカルは一回しか歌わせないんですよ。「じゃあやろうか」と言って、歌ってもらって「はい、オーケー!」「えっ、もう一回やらせてください」「何回でもやっていいけど、俺は帰ります」と。
−− 普通は何回も録ってボーカルセレクタでいいところだけ繋いだりしますけどね。
須藤:高久さんもそうやっていましたけど、「それはないな」って僕はいつも思っていました。結局それが確信になったのは尾崎さんをやったときですね。尾崎さんも僕もキャリアがなかったですから、「歌って一回しか歌えないんだよ」「そういうもんだ」と彼に説明して「分かりました」と。
−− あれ全部一回なんですか?
須藤:ほぼ一回です。ボーカルの鮮度みたいなものがあるじゃないですか。きっとレコードを出すくらいの人というのは、歌はみんな上手いんですよ。それで上手い人って何度もやっていくと、どんどん技巧的になる感じがするんです。でも、人を惹き付けるのって下手な部分だと思うんですよね。
今の若い子のレコードを聴くと、みんなピッチコントローラーを使っていて音程は良いんですが、ひとつも面白くないですよね。音程がいいってことはそんなに重要なことじゃない、って僕は昔から思っています。
歌ってそんなものだし、誰かに自分の想いを伝えるときって理路整然とは言えないじゃないですか。どもりながらでも「好きだ」と遠回しに言ったりするわけで、かっこつけて「I love you」なんて言う人はいないでしょう? 歌ってそれと一緒だと思うんです。
尾崎さんの『I love you』って本当に一回しか歌ってないんです。だから、それしか世の中に流れてないんですよね。『I love you』のレコーディングにはプロダクションの人間も来ていなくて、僕とエンジニアと尾崎さんの3人だけでやったんですが、「オーケーいいね、いい感じいい感じ」って言っていたものが今も世の中に流れていて、何百万枚も売れているわけでしょう? そう思うとちょっとドキドキします。
よかったらリンク先で全文も読んでみてほしい。https://www.musicman.co.jp/interview/19700
個人差あるだろうけど40代くらいで趣味に飽きだすんじゃないかな。
俺も50過ぎてスノーボードやってるし、30、40の頃より更に上達している部分もある。
だけど、若い頃に出来てたことで今は出来ない事も出てきた、経験とテクニックで引き出しは増えたので差し引きでプラスかなくらい。
多分、これが60位になるとできなくなったことが増えて、技量が上がる部分もなくなってマイナスになるだろう。
歌手の玉置浩二さんなんかも年を取って声量は減った分、テクニックなどでカバーしてたけど
元増田も40の頃にちょっと考え直そうかと思ったがそのまま行ったのは40代はまだ趣味が上回ってたって事だろ。
60の時にどう思ってるかだな。
個人差あるだろうけど40代くらいで趣味に飽きだすんじゃないかな。
俺も50過ぎてスノーボードやってるし、30、40の頃より更に上達している部分もある。
だけど、若い頃に出来てたことで今は出来ない事も出てきた、経験とテクニックで引き出しは増えたので差し引きでプラスかなくらい。
多分、これが60位になるとできなくなったことが増えて、技量が上がる部分もなくなってマイナスになるだろう。
歌手の玉置浩二さんなんかも年を取って声量は減った分、テクニックなどでカバーしてたけど
元増田も40の頃にちょっと考え直そうかと思ったがそのまま行ったのは40代はまだ趣味が上回ってたって事だろ。
60の時にどう思ってるかだな。
玉置浩二が今年の紅白で安全地帯として歌っていたのを見た。安定の歌声、私のTLはジジイとババアしかいないのだけど、だからこそすごい評価高かった。きよしの次くらいに。
ただ、私は2020の田園を歌った玉置浩二こそを推したいのだ。
田園は1996年リリースの玉置浩二ソロ曲で、当時のCD売れ売れ時代ですらチャート上位に食い込み、毎週ラジオで繰り返し流れていた状態だった。
当時高校生だった私は、玉置浩二なんて全然好きじゃなくて流れるたびにうざいなー、と思って次の曲が流れるのを待っていたものだったのです。多分みんなそう。あの曲をJKは理解できないんよ。理解できるならJKやってないよ。そういうものよ。
でもね、あれか、30年近く経ってババアになって2020の紅白で田園を聞いてすごい泣いて、今年、というか今またネットで動画探して聞いて泣いて、なんだろうね、玉置浩二に救われる人生が来るとは思ってもみなかったね。歌詞は全体的に人類讃歌なのよ、一生懸命生きてる人偉い、みたいな。
でもね、唐突に『愛はここにある 君はどこへもいけない』『そして君がいる 他になにができる』とかいうの。あのいい声で。いけないのよ、いかないじゃないのよ。ある場所で頑張りなさい、の歌なのよ。1996年の私、勉強ばかりせずにもうちょっとこの歌を真剣に聞いた方が良かったね。そしたらこんな夜空の星を掴もうとして地上の塵芥さえ掴めないような人生じゃなかったかもね。
今、塵芥さえ掴めなくて、子供も産めず何もこの世に残せず、ただただ消費だけしていく有様で私は生きていて、でもなんかしらんがこの世では生きていかないといけなくて、そういう詰んだ状況を考えた時に、その場所でやれることしかまぁできんよな、って歌ってくれる玉置浩二がまさか私の神になるとは思わんかったね。
なにが言いたいかって、本当に玉置浩二ありがとう。あなたたに救われた41歳のババアがここにいます。あなたの伸びやかで人を赦す歌声がいついつまでもこの世に残りますように。
玉置浩二が今年の紅白で安全地帯として歌っていたのを見た。安定の歌声、私のTLはジジイとババアしかいないのだけど、だからこそすごい評価高かった。きよしの次くらいに。
ただ、私は2020の田園を歌った玉置浩二こそを推したいのだ。
田園は1996年リリースの玉置浩二ソロ曲で、当時のCD売れ売れ時代ですらチャート上位に食い込み、毎週ラジオで繰り返し流れていた状態だった。
当時高校生だった私は、玉置浩二なんて全然好きじゃなくて流れるたびにうざいなー、と思って次の曲が流れるのを待っていたものだったのです。多分みんなそう。あの曲をJKは理解できないんよ。理解できるならJKやってないよ。そういうものよ。
でもね、あれか、30年近く経ってババアになって2020の紅白で田園を聞いてすごい泣いて、今年、というか今またネットで動画探して聞いて泣いて、なんだろうね、玉置浩二に救われる人生が来るとは思ってもみなかったね。歌詞は全体的に人類讃歌なのよ、一生懸命生きてる人偉い、みたいな。
でもね、唐突に『愛はここにある 君はどこへもいけない』『そして君がいる 他になにができる』とかいうの。あのいい声で。いけないのよ、いかないじゃないのよ。ある場所で頑張りなさい、の歌なのよ。1996年の私、勉強ばかりせずにもうちょっとこの歌を真剣に聞いた方が良かったね。そしたらこんな夜空の星を掴もうとして地上の塵芥さえ掴めないような人生じゃなかったかもね。
今、塵芥さえ掴めなくて、子供も産めず何もこの世に残せず、ただただ消費だけしていく有様で私は生きていて、でもなんかしらんがこの世では生きていかないといけなくて、そういう詰んだ状況を考えた時に、その場所でやれることしかまぁできんよな、って歌ってくれる玉置浩二がまさか私の神になるとは思わんかったね。
なにが言いたいかって、本当に玉置浩二ありがとう。あなたたに救われた41歳のババアがここにいます。あなたの伸びやかで人を赦す歌声がいついつまでもこの世に残りますように。
おいおい、玉置浩二を忘れてっぞ
1990年1月の3位。わざとらしく東北弁を効かせたデュエットソング。90万枚の大ヒットだったらしい。
地方出身のアーティストが真面目に歌っている…というわけではなく一種のコミックソングの扱いだったようだ。
1990年2月の8位。90年代前半に活躍した女性アイドルグループらしい。
おニャン子とモー娘のあいだの「アイドル冬の時代」において気を吐いていたアイドルの一つという感じか。
パッと聴いた感じは徳永英明や稲垣潤一と似たような印象を受けた。
1990年3月の16位。ホコ天で人気のあったロックバンドらしい。
当時のヴィジュアル系ってだいたいメタルやパンク由来の「硬派」「尖ってる」感じを出してるイメージだけど、
このAURAは、ヘビメタ色の薄いコスプレ的な見た目、コミカルなほど明るい曲調など、後年のヴィジュアル系にかなり近いと思った。
いかにもプリプリの影響を受けて出てきましたという感じ。時代を感じる。
1990年8月の19位。CoCoと同じテレビ番組から登場したアイドルグループらしい。
1990年9月の18位。レベッカのNOKKOが、NORMA JEANの元ギタリストと組んで、レベッカの解散直前に一曲だけ出したもの。
ギタリストの人がNOKKOのヘアメイクを担当していた繋がりらしい。
1990年11月の19位。正統派な感じのヴィジュアル系ロックバンド。
Wikipediaによると「日本一下手なバンド」として有名だったらしい。
1990年11月の20位。テレビドラマ「スクールウォーズ2」の主題歌ということで、1の主題歌「ヒーロー」を意識した洋楽カバーにしたんだろうか。
他の曲を聴いてみると、もっと大人しいアイドル然とした曲を歌っていたようだ。
1991年1月の18位。NHK「みんなのうた」からヒットしたという演歌調の曲。歌手は当時16歳。
消費税導入で(端数を支払うための)1円玉に注目が集まっていたという背景もあるらしい。
学校に提出するぞうきんのことを歌った明るいユーモラスな曲。
先日亡くなった俳優・宝田明の娘らしいが、宝田明もあんまりピンと来ないな…。
1991年5月の6位。爽やかで癖のない男性シンガー。ビーイング系っぽい(ビーイングではない)。
1991年6月の13位。松任谷正隆のプロデュースでデビューした女性シンガーソングライター。
歌唱力で売っていた感じなんかな。ちょっと広瀬香美を思い出した(デビューは障子久美のほうが先)。
1991年8月の19位。楽曲を聴いただけではあんまり引っかかりのない普通の曲だという印象。
当時からいろんな歌手に楽曲提供して実績のあった人らしい。その中でいちばん有名なのは今井美樹の「PIECE OF MY WISH」か。
昨年亡くなったらしい。
1991年10月の7位。ヒップホップ系。まだヒップホップが広くは定着してない頃だよねたぶん。
テレビの企画「高校生制服対抗ダンス甲子園」で優勝してデビューしたらしい。
1991年10月の15位。何だと思ったらサザンオールスターズの桑田佳祐だった。
1991年10月の20位。何だと思ったらウッチャンナンチャンの南原清隆だった。
1991年12月の7位。ピアノを弾きながら歌ってる映像を見て「愛は勝つ」のKANかと思った。
ピアノ弾きながら歌う系男性シンガーがちょいちょい出ていた時代だったのかな。
1991年12月の16位。名前で女性かと思ったら男性シンガーだった。
「X'mas in the Blue」と「Christmas in the Blue」とがあって発売時期も違うみたいだが何が違うかよくわからない。
1992年2月の13位。声のいいおっちゃんが歌ってるソウルっぽい楽曲。
ZOOの「Choo Choo TRAIN」とブラックビスケッツの「Timing」の作曲者なのか。そう聞くとなんかすごい。
1992年2月の19位。アーティスト名も楽曲名も歌詞も英語で洋楽かと思った。
妖しげでトリップ感のあるサイケな楽曲。時代を感じさせない。個人的にいちばん気に入った。
1992年3月の12位。これは洋楽カバーなのか。ミュージカルっぽい発声…と言われたらそうかも。
エリート一家に生まれて英才教育を受けて子供の頃から現在まで芸歴を重ねているらしい。すごい(小並感)。
1992年7月の10位。性別不詳の歌手っていうコンセプトがすごいな。確かに見ても性別がわからん。
1992年7月の17位。当時としてもオールドスタイルだったのではないかと思われる正統派のロックバンドっぽい感じ。
1992年8月の8位。B'zの女性版として企画されたらしい。
ビジュアルはまさに女性版B'z。こういうタイプの女性デュオって他にあんまり思い浮かばないし新鮮だな。
でも楽曲はあんまりそれっぽくないな。VガンのEDテーマ歌ってる人なのか。そっちの曲は知ってた。
1992年8月の16位。じんのうちたいぞう。すごい名前だ。本名らしい。なんかネットリした歌い方をしてる。
当時、ユニコーンのメンバーが連続でソロシングルをリリースするという企画があったらしく、この曲はその一環ということのようで。
なぜこの曲だけランクインしたのだろう…。
1993年2月の11位。女性ロックシンガーの草分けとしていくつかのヒットを飛ばした人らしい。
雰囲気としては大黒摩季っぽいかもしれない(もちろん浜田麻里のほうがデビューは先である)。
なんか系譜を感じるな。もうちょっと後に相川七瀬とかが出てくるのか。
1993年3月の6位。出生率低下を受けた厚生省の「ウェルカムベビー」キャンペーンの一環として結成されたチャリティーグループらしい。
メンツは小田和正、チャゲアスの飛鳥、カールスモーキー石井、玉置浩二、徳永英明、浜田麻里、山本潤子となかなか豪華。
1993年4月の17位。こちらはチャゲアスのチャゲを中心としたユニットらしい。
1993年5月の13位。これはサッカーの「オーレーオレオレオレー」か。Jリーグ開幕だなあ。
1993年6月の3位。グループ名と曲名でビーイング系っぽいと思ったらビーイング系だった。
デビュー時は二人組、曲調はロック色が強い感じで、ちょっとB'z的なコンセプトだったのだろうか。
1993年6月の20位。ちょっと古くさいロックバンドという感じ。いまでもメンバー変わらず活動しているらしい。
1993年7月の6位。テレビドラマ「チャンス!」の企画として、久保田利伸の同名の曲を、主演の三上博史が役名でカバーしたもののようだ。
1993年9月の6位。サザンオールスターズ絡みの企画らしい。よくわからん。
1993年9月の17位。男性二人組ユニット。双子らしい。ちょっとフォークっぽい曲調。
1993年10月の13位。女性目線で男を扱き下ろす歌詞がおもしろい。ちゃんと本人の作詞なのも良い。
もともとZYYGのベースの人と二人で組む予定だったのが音楽性の違いにより決裂してソロユニットになったらしい。
ちなみにZYYGのベースの人は音楽性の違いによりZYYGからも早々に脱退しているらしい。
1993年12月の16位。ほのかに90年代後半っぽさが混じってきた気がする。
何も知らずに「実は小室ファミリーですよ」と言われたら信じるかもしれん。
1993年12月の19位。こっちはド昭和だなあ。分類としては演歌になるのか。
1994年2月の19位。爽やかな感じの男性シンガー。いかにも90年代っぽいバラード調の曲。
いまは「支那ソバ玉龍」というラーメン屋をやっているらしい。音楽情報とラーメン情報が入り交じるTwitterアカウントがおもしろい。
1994年3月の12位。松任谷正隆に見いだされて他のアーティストへの楽曲提供も多数。「第二のユーミン」という異名もあったらしい。
この曲は明るい前向きな感じだけど、他の曲を聴いてみると郷愁を誘うような独特な曲調でちょっとジブリっぽいかもしれない。
1994年3月の19位。80年代ぽさもある哀愁の漂う歌謡曲という感じ。
1994年3月の20位。しっとりとして高音が綺麗な曲。曲調だけならビーイング系のDEENとかFIELD OF VIEWっぽいかもしれない。
1994年4月の7位。楽曲としてはあまり癖のない感じ。ボーカルの岡田浩暉は俳優としてよく見かける(名前は知らなかったけど)。
1994年5月の12位。こういう氷菓子あったよな、と思ったらガチで森永の「ICE BOX」の企画で結成されたグループらしい。
しかもボーカルの女性以外のメンバーは、中西圭三・池田聡・(久宝留理子「男」を作曲した)伊秩弘将という、この記事で取り上げた人たちばかり。
点と点が線でつながった感覚やね。なんかこの曲の「令和バージョン」もあるらしいよ。
暗めの歌詞をパワフルに歌う女性シンガーっていうとあいみょんあたりの先祖なのかもしれんね。
1994年8月の17位。お笑い芸人のダウンタウンが白塗りで芸者のコスプレして歌うという企画らしい。作曲は坂本龍一。
見た目はかっこいいんだけど歌は意外にポップというか可愛らしい。ちょっとリンドバーグっぽいか。
少しまえに「家、ついて行ってイイですか?」に出演していたらしい。
1994年11月の18位。80年代から活躍しているアイドル(?)らしい。
この頃には30代半ばのはずだけどコロコロとした可愛らしい声だな。
Wikipediaによると「胸キュン」という言葉を最初に発した人物だとか。マジかよ。