はてなキーワード: 帰郷とは
雀魂、大変面白かったです。
そもそも何時間も消費するに値するゲームか?を考えたとき引っ掛かることがあまりにも多かったのです。
同じように雀魂を調べると、「ク●ゲー」「ゴミ」などけっこうなサジェストが見られます。
こういった気持ちもわかるのですが、では辞めましょう、とそういうことですね。
そちらに移行しようと思いますが、キャラに愛着はあるので(笑)気持ちを整理するためにこうして日記として綴ります。
麻雀をまだしたことがない人は読まない方がいいかもしれない日記です。
初心の頃は萎え落ちする人がいたら鳴いてタンヤオでその場を凌ぐことをまず覚えました。
しかしながら、自分が落ちる番になって「萎え落ちではなくサーバーに問題がある可能性」に気づきます。
実際先日から始まったかぐや様コラボで貧弱サーバーのせいで鯖落ち祭り、
それは最優先事項だったよね? というかコラボがはじまる前に対処できたのでは?
GWに食い込んだイベントなのに深夜までメンテナンス業務を行った社員たちはよくボイコットしないなって関心しましたね。
無音のイベント、無音のガチャシーン、ボタンを押したか押していないかわからないUI。
最近の上質なアプリに慣れてしまった自分にとって少々苦痛な部分があります。
というか、同社の他アプリはあんなに良質なUIをしているのに雀魂はどうして?
初心者狩りはほぼ初心の一姫名前に数字や日付がついているのですぐにわかります。
(まぁ、スタンプの廃止しかなくなってしまうので仕方ないかもしれませんが)
それから細かい仕様(ブロック機能が欲しいなど)についても公式に問い合わせたことがあります。
しかし、「前向きに検討します」から数か月。おそらく私以外にも同じ要望は来ていると思います。全く反映されません。
「とにかく宣伝に金を使おう!オタクコンテンツコラボとVTuberコラボと広告に金をかければいいんだ!
これが透けて見えました。
DV彼氏と付き合っている女性と変わりないのではないでしょうか。
自分のためにならないと気がついちゃったんです。
麻雀は確率のゲームです。勝つときもあれば負けるときも当然あります。
勝ち役が決まっているのでは?と思えるくらい誰かがロンを連発するのも、
ランクが上がる直前にベタ降りしているはずなのに綺麗に負けが続いたり
運だと割り切ることはできます。
「いやお前が弱いからだぞ」←でもこれが正しいとして
であるならば誠実な運営にほうに課金したいな、と思ったんですよね。
そういう疑惑を否定する前にまずやることがありますよね、ということです。
やってよかったと思っていることには変わりありません。
麻雀を覚えられたことによってVTuberが打っているのを見て楽しめるようになったのも本当に嬉しいです。
ありがとう雀魂。
卒業する日が来ました。
小学校の先生ってことは早稲田の教育ー教育ー初等教育だろうと思うけど
あそこって小学校の免許必須だし、「とりあえず免許取る」ってノリではないんじゃないのかと。
法学部の滑り止めで受けるなら、教育ー社会ー公共市民あたりではって感が。
それとも、教育学部生は選考を通った一部の学生だけ中高免許とは別に小学校を追加できるからそれをやったのだろうか。
3年生にも4年生にも教育実習にいかないといけなくてつらそうで、「とりあえず」の人たちではないように見えたが。
まあ大学からうざいぐらい小学校を検定で取れとメールくるし、とりあえず勢は資格の1つとして取るのだろうか。
追加でやったのなら高校の教育実習にも行ってるはずだし、あの先生が朝日高校の教育実習でどのようなことを思ったかとか考えると面白そう。
> はてぶが「弱者男性」を実在しているかのように語っているのが謎
https://anond.hatelabo.jp/20220319181840
トイアンナ氏が語った言説がよかったので、議論の下敷きとして、リンクを貼る。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83163?
ざっくりいうと、男性自身も家父長制度の枠組みの中で求められる役割を達成できないことが、自虐だったり自信のなさ、社会での居場所のなさの原因であり、弱者男性のあり方もフェミニズムが解決すべき課題のひとつだと認識している。
異存はない。ただし、この論説の通りに社会が動いたとしても、今の弱者男性が救われるかどうかは別物だというところが問題として残ってしまう。
弱者男性の問題の原因を紐解いた時に、自己責任論で片付けれる問題はほぼない。社会のせいだ!〇〇のせいだ!と言いたい気持ちの方がよく分かる。努力できることも才能だと思うし、むしろ努力すれば報われる環境があったとは到底思えない。昭和の頃は何をやっても成功体験に結びついていたような時代とは全く違うのだから。
弱者男性が存在する理由は、まず100%本人に責任はない。というところからスタートしなければ、彼らを私達の分身として包摂することはできない。私達が私達として、存在している理由になんらかの責任はない。
彼らは私がそうなり得た一つの答えであり、さまざまな成長過程を経てたどり着いてしまった、もうひとりの自分なのである。お互いにそのことを理解できない限り、社会問題の解決にはつながらない。認識しておかなければならない最初の立ち位置だと思う。
トイアンナ氏の提案は未来に向けた一つの提言だと思うし、都市部では歓迎されるだろう言説だと思う。ただそれで生きづらい人の方が多く出るだろう、今の日本で理想主義を体現しながら生活できるのは、ごく一部の恵まれた人だけである。ただし、そのモデルが広まっていけば、数十年をかけて世の中が変わっていく可能性は十分にあるだろう。この30年で町中に痰が落ちてない世の中に変わったように。
ただ、団塊ジュニア世代を見殺しにして新しい世界に進むという未来でもあるし、そうなるしかない諦念も強い。
自分は団塊ジュニア世代の一回り下だが、団塊ジュニアのいとこらやその友人もいて、その苦労をけっこう見聞きしている。
収入は少ないが、人柄が悪いわけでも、能力がないわけでもない。ただ時代が悪かったとしか言えないし、そのせいでいろいろな経験が省かれているようにも見えたりする。
弱者男性問題が世代間対立の問題として見られやすいのは、上記のとおり団塊ジュニア世代が受けた社会情勢に影響された、努力と収入(社会的地位)のミスマッチの結果なのだろうと思っている。(資料なし)
少子化問題・年金問題・所得低下・国力低下・世代間対立・ナショナリズムの台頭、これらはすべて弱者男性に関連するテーマではある。国家運営という目線に立って一つづつ解決を目指さないと、日本が
ただ、男性弱者の問題に関して、この視点は一切いらない。これまでの結果がすべて社会のせいだったとしても、弱者男性はこれからどうすれば幸せになれるのだろうか?
その一点に絞るべきだろう。社会が成長すれば全ては解決するのは正しい、ただ十年で解決できる問題ではない。アベノミクスで盛り上がったのに、収入は増えなかった。十年でも解決出来なかった。それが事実だ。
男性の生涯未婚率は、このままいけば20%は超えるだろう。1000万人の団塊ジュニア世代の200万人が結婚しないという計算になる。
https://nayami-sodan.net/dokushin-mikon-ritsu-20-30-40-50/
KKOの母集団を200万人と置いた時(もちろん母集団には、金が有るけど結婚しない人も、KKだけど楽しんで生活している人もいる。)
見つめるべきは、200万人が幸せになれそうな未来を描くための、即効性のある解決策はすでにない。という残念な事実しか残っていない。
社会がなんとかしてくれる・景気が良くなれば雇用が増えて、とかいうレベルで自然と解決することも、諦めるしかない。
200万人分が、家族を養えるだけの高収入な仕事につくウルトラCな法案があるか?社会運動が作れるか?できねーよ。
ただ、考えてみてほしい。日本が戦後あれだけの惨禍から復活したのは、日本政府がすごかったからか?それとも、民間企業が頑張ったからか?どちらも違うだろう。
民間企業ですらなかった人も含めて、個々人がそれぞれレベルでなんとかしようとした人がたくさん居たからだと思っている。
もう一つは、戦争でたくさんの人が亡くなり、既存の仕組みにスキマがたくさんできたからなのだと思う。
これから色んな所に、社会のほころびが出てくる。町内会が動かなかったり、
これから増えていく社会のスキマを埋める人がいれば、必ず重宝される。その懐の深さは、社会の多様性さが生み出すのだろう。まだそれだけの懐の深さは日本社会も持っていると思っている。
人間なんて、だいたい腐ってるんだから、8割腐ってるなら、残りの2割のまともなところでうまいこと行くようにやろうぜ。
◯ーチンだって、まともそうな顔して、あんなことしちゃうんだから。
あれに比べたら弱者男性の言説ぐらい、読める文章を書いてるだけ凄いじゃん。
分断ではなく、共感を。
支援ではなく、協力を。
ちゃんと生きてたら、おはようございます。って声かける。それが社会的包摂じゃないの。
そういう日常の繰り返しをちゃんとすることでしか、救いはないんじゃないか。と思ったり、思わなかったり。
まぁ都会に住んでたら難しいっていう気持ちはめっちゃ分かる。人間扱いされないし。だから田舎もいいよ。珍獣扱いされるけど。上京2世だったら、帰郷するのも一つの手だというのをオススメしたい。偏見のある田舎もあるけど、結構悪くない所も多い。もちろんIターンも。リスクもあるけど、人間というだけで歓迎されるところも多い。ってか地方だとそういう社会的包摂を意識した活動を知ている人は、ちゃんといるし、地方にいるとそういう人ほど目立つから情報も見つけやすかったりする。大学時代の友人が「だれでも来れる畑」というのをやり始めて、交流の場としてまずまずうまく行ってるらしい。人手さえあれば、何かしらの生産活動ができるのが地方の良いところ。
と書いていて、お前はどうなんだと聞かれたら、KKOだけど楽しく暮らしている友人のFBにいいね!するぐらいしか出来ないし。
一軒家の向かいに住んでるひきこもりのにいちゃんにちゃんと挨拶して、なんかあったらちゃんと声掛けようと心積もりをしておく。ぐらいしか出来ないのだが。
> はてぶが「弱者男性」を実在しているかのように語っているのが謎
https://anond.hatelabo.jp/20220319181840
トイアンナ氏が語った言説がよかったので、議論の下敷きとして、リンクを貼る。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83163?
ざっくりいうと、男性自身も家父長制度の枠組みの中で求められる役割を達成できないことが、自虐だったり自信のなさ、社会での居場所のなさの原因であり、弱者男性のあり方もフェミニズムが解決すべき課題のひとつだと認識している。
異存はない。ただし、この論説の通りに社会が動いたとしても、今の弱者男性が救われるかどうかは別物だというところが問題として残ってしまう。
弱者男性の問題の原因を紐解いた時に、自己責任論で片付けれる問題はほぼない。社会のせいだ!〇〇のせいだ!と言いたい気持ちの方がよく分かる。努力できることも才能だと思うし、むしろ努力すれば報われる環境があったとは到底思えない。昭和の頃は何をやっても成功体験に結びついていたような時代とは全く違うのだから。
弱者男性が存在する理由は、まず100%本人に責任はない。というところからスタートしなければ、彼らを私達の分身として包摂することはできない。私達が私達として、存在している理由になんらかの責任はない。
彼らは私がそうなり得た一つの答えであり、さまざまな成長過程を経てたどり着いてしまった、もうひとりの自分なのである。お互いにそのことを理解できない限り、社会問題の解決にはつながらない。認識しておかなければならない最初の立ち位置だと思う。
トイアンナ氏の提案は未来に向けた一つの提言だと思うし、都市部では歓迎されるだろう言説だと思う。ただそれで生きづらい人の方が多く出るだろう、今の日本で理想主義を体現しながら生活できるのは、ごく一部の恵まれた人だけである。ただし、そのモデルが広まっていけば、数十年をかけて世の中が変わっていく可能性は十分にあるだろう。この30年で町中に痰が落ちてない世の中に変わったように。
ただ、団塊ジュニア世代を見殺しにして新しい世界に進むという未来でもあるし、そうなるしかない諦念も強い。
自分は団塊ジュニア世代の一回り下だが、団塊ジュニアのいとこらやその友人もいて、その苦労をけっこう見聞きしている。
収入は少ないが、人柄が悪いわけでも、能力がないわけでもない。ただ時代が悪かったとしか言えないし、そのせいでいろいろな経験が省かれているようにも見えたりする。
弱者男性問題が世代間対立の問題として見られやすいのは、上記のとおり団塊ジュニア世代が受けた社会情勢に影響された、努力と収入(社会的地位)のミスマッチの結果なのだろうと思っている。(資料なし)
少子化問題・年金問題・所得低下・国力低下・世代間対立・ナショナリズムの台頭、これらはすべて弱者男性に関連するテーマではある。国家運営という目線に立って一つづつ解決を目指さないと、日本が
ただ、男性弱者の問題に関して、この視点は一切いらない。これまでの結果がすべて社会のせいだったとしても、弱者男性はこれからどうすれば幸せになれるのだろうか?
その一点に絞るべきだろう。社会が成長すれば全ては解決するのは正しい、ただ十年で解決できる問題ではない。アベノミクスで盛り上がったのに、収入は増えなかった。十年でも解決出来なかった。それが事実だ。
男性の生涯未婚率は、このままいけば20%は超えるだろう。1000万人の団塊ジュニア世代の200万人が結婚しないという計算になる。
https://nayami-sodan.net/dokushin-mikon-ritsu-20-30-40-50/
KKOの母集団を200万人と置いた時(もちろん母集団には、金が有るけど結婚しない人も、KKだけど楽しんで生活している人もいる。)
見つめるべきは、200万人が幸せになれそうな未来を描くための、即効性のある解決策はすでにない。という残念な事実しか残っていない。
社会がなんとかしてくれる・景気が良くなれば雇用が増えて、とかいうレベルで自然と解決することも、諦めるしかない。
200万人分が、家族を養えるだけの高収入な仕事につくウルトラCな法案があるか?社会運動が作れるか?できねーよ。
ただ、考えてみてほしい。日本が戦後あれだけの惨禍から復活したのは、日本政府がすごかったからか?それとも、民間企業が頑張ったからか?どちらも違うだろう。
民間企業ですらなかった人も含めて、個々人がそれぞれレベルでなんとかしようとした人がたくさん居たからだと思っている。
もう一つは、戦争でたくさんの人が亡くなり、既存の仕組みにスキマがたくさんできたからなのだと思う。
これから色んな所に、社会のほころびが出てくる。町内会が動かなかったり、
これから増えていく社会のスキマを埋める人がいれば、必ず重宝される。その懐の深さは、社会の多様性さが生み出すのだろう。まだそれだけの懐の深さは日本社会も持っていると思っている。
人間なんて、だいたい腐ってるんだから、8割腐ってるなら、残りの2割のまともなところでうまいこと行くようにやろうぜ。
◯ーチンだって、まともそうな顔して、あんなことしちゃうんだから。
あれに比べたら弱者男性の言説ぐらい、読める文章を書いてるだけ凄いじゃん。
分断ではなく、共感を。
支援ではなく、協力を。
ちゃんと生きてたら、おはようございます。って声かける。それが社会的包摂じゃないの。
そういう日常の繰り返しをちゃんとすることでしか、救いはないんじゃないか。と思ったり、思わなかったり。
まぁ都会に住んでたら難しいっていう気持ちはめっちゃ分かる。人間扱いされないし。だから田舎もいいよ。珍獣扱いされるけど。上京2世だったら、帰郷するのも一つの手だというのをオススメしたい。偏見のある田舎もあるけど、結構悪くない所も多い。もちろんIターンも。リスクもあるけど、人間というだけで歓迎されるところも多い。ってか地方だとそういう社会的包摂を意識した活動を知ている人は、ちゃんといるし、地方にいるとそういう人ほど目立つから情報も見つけやすかったりする。大学時代の友人が「だれでも来れる畑」というのをやり始めて、交流の場としてまずまずうまく行ってるらしい。人手さえあれば、何かしらの生産活動ができるのが地方の良いところ。
と書いていて、お前はどうなんだと聞かれたら、KKOだけど楽しく暮らしている友人のFBにいいね!するぐらいしか出来ないし。
一軒家の向かいに住んでるひきこもりのにいちゃんにちゃんと挨拶して、なんかあったらちゃんと声掛けようと心積もりをしておく。ぐらいしか出来ないのだが。
生後5ヶ月で私が拾ったねこ。
実家とは疎遠になろうとしていた私を繋ぎ止め、家族のかすがいになってくれたねこ。
頭良くて人の顔うかがいながらイタズラするねこ。
18歳(人間なら88歳)なのにとても元気で、よく遊んで欲しがっていたねこ。
甘えん坊なので皆が忙しくてかまってもらえない時にストレスでちょいハゲができるくらいだった。
毎日よく食べ、よく水を飲み、よく運動し、よく甘え、よく毛繕いし、よくンコもする健康優良猫だった。
でも、とても健康で元気だから覚悟なんてしていなかった。できてなかった。
ねこが8歳のころに私は生まれ故郷を離れ、帰郷するのは年に2回となった。
それでもねこは私のことをちゃんと覚えていてドアを開ければ鳴きながら走って出迎えてくれていた。
とても賢い。
とても可愛い。
離郷して9年目、新型コロナウィルスが世界に蔓延し、突如パンデミックの災禍に巻き込まれた。実家に帰れなくなった。
その頃からねこは少し夜泣きをしたり、たまに乱暴になる事があった。
親は「痴呆では?」と心配していたが、名前を呼べば反応するしご飯もわかるし過剰に要求しないし、私は違うと思ったし主治医も問題ないと言っていた。
一年半後コロナが少しおさまりかけ、実家に帰ったがやはりちゃんと私の事を覚えてくれていた。18歳だけど毛艶も良く、夜は昔からの習慣で布団に入ってきたので一緒に寝た。
元気な姿はそれが最後だった。
「ねこの口腔内に腫瘍ができた。手術でとって病理検査してもらう」
即調べた。
手元の小さな箱で調べた。
猫 口の中 腫瘍。
「癌になったら余命は1〜3ヶ月ほど」
信じないでおいた。信じたらしまいだ。
残り2割の可能性がある。
結果は8割の方だった。
残酷。
それから3ヶ月半。
知り合いの獣医も言う「19歳で全身麻酔の手術なんて、それだけでも凄いよ」
何故なら手術で腫瘍を採るには目をとり顔を半分削ぎ落とすから。それでも完治は保証できない。
抗がん剤は腫瘍の由来が不明のため効果的に投与できる薬を特定できず、放射線治療は負担が大きい。
それからねこの可愛いお顔は左半分が少しづつ膨れ上がり、鼻は曲がり、左目はほぼ見えなくなった。
口の中も再び肉腫が大きくなり、鼻を圧迫して髭も抜けて無くなってしまったのでご飯が食べづらい。
口の下の腫れが気になるのか顔洗いながら爪を立ててしまうので毎日顔と両手が血まみれになる。血の海に浸したみたいに赤黒い。
ウンチも週一。
お水もうまく飲めないのか傷にしみるのか苦戦して量が減る。
癌診断の後、私は一週間の自主隔離とPCRを駆使して月一で帰郷した。帰ったらリモートワークしながら一週間滞在してはねこと密に過ごした。
帰ると嬉しいのかご飯の量が増えたりしてくれた。
毎晩一緒に寝て、泣きながら沢山話しかけた。
沢山撫でた。
元気な時はそんな事一切なかったのに、体力ないからか、寂しいからか、辛いのか、痛いのか。
どうしたの?と撫でてあげると安心してまた寝た。
それが2週間前。
匂いを感じないからか、食べづらいからか、実家近辺にて買えるウェットフードで食べてくれるものが尽きた。
ネットでなんでもいいからウェットの食べやすそうなものを手配した。
体重は全盛期の2/3の2.6kg。
もう、近いかもしれない。
毎晩泣いてきたけど、いまだに涙が止まらない。夜になると考えてしまう。
何かできたことは無かったのか、事前にわからなかったのか、いや分かるわけない、人間でも予防は無理だ、でもあの子は左目に昔からアレルギーがあったからアレが遠因じゃないのか、その時の獣医はアレルギーと言っていたから分かるわけない、内臓のガンの方がマシだったのか?、いやそれはお前のエゴでしかない。
よい猫生だっただろうか。
昔はねこが虹の橋を渡ったら遺灰を小さくて可愛い骨壷にいれて手元に置いておこうと思っていた。
今はそれすら良いのか分からない。
そんなものを今から手配するのもましてや探すのなんて体が動かない。
あなたが今、ただただ苦しんでいない事を。
痛くないことを。穏やかでいられる事を。
世界中の猫とこれを読んでくれた貴方と貴方の猫が少しでも永く一緒に幸せでいられる事を。
祈るしかない。
専用の2Lぐらいの入れ物が1個500円ぐらいでそれを買えばあとは何度でも汲みに来れるっていうアレだ。
見るからにケチ臭さそうなオバちゃんが専用容器に水をタプタプにしてはいるアレだよ。
あんなものを使って水を汲むなんてまるでアフリカの恵まれない子供たちみたいじゃないか。
そう思っていた。
帰郷した僕が勝手知ったる自分の家とばかりに実家の冷蔵庫を物色しようとすると、ソレは冷蔵庫に収まっていた。
水としか思えないものが2Lぐらいの真っ白いポリタンクに入って2つ並んでいる。
冗談めかして
と聞いてみた。
親は答えた。
と。
親が言うには浄水器のフィルターが減価償却される時間と値段を考えれば、スーパーで水を貰う生活を1ヶ月も続ければ元は取れるらしい。
なんだかんだ平均で1人2Lほどの浄水を毎日使うので毎日スーパーに行っているらしい。
両親揃って年金ぐらしに突入して暇しているから出来ることのようだ。
客寄せのためかいいフィルターを使っていると言っていたが、たしかに実家で飲む水の味は昔より美味しい気がする。
というか、実家で飲んだ水の8割ぐらいは使い古しのフィルターにまだ効果があると信じてほとんど何も濾過されていない水を飲んでいたのだと思う。
有料のペットボトル水、たとえばコンビニの「霧島」なんかと違って妙な感じもせずタダすっきりとおいしい水なのも毎日使うことを考えると助かるだろう。
どうも話を聞いていると両親はその容器を購入してからはほとんどその店で買物をするようになっているらしい。
図々しさを極めれば水だけ汲みに行って何も買わずに帰ることも出来るのだろうが、どうもそれは出来ずついでに何かを買ってしまうのだという。
僅かな投資で朝的な利益を得ているのはスーパーの方なのだろう。
固定客の確保という大仕事をボタンを押したら水が出るだけの機械がやってのけている。
両親は飲み水の確保をスーパーに委託したことでスーパーに縛られているのだ。
スーパーは水という最大の資源を利用して人々の生活を支配しているのだ。
やはりアフリカだ。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211118/k10013350901000.html
「帰省できるのなら戻ってくるな!」
一方で、トルコ政府はこれまでに難民46万人以上がシリア側に自発的に帰国したとしています。それでも大多数はトルコにとどまっているのが現実です。
治安の心配はあるものの、どうしても故郷の様子を見たいという人たちが選択するのが「帰省」です。文字どおり、トルコにいる難民たちがシリアの反政府勢力が支配する地域にトルコ当局の許可を得て一時帰国します。
イスラム教の犠牲祭などの休暇をふるさとで過ごそうと、この時期になるとトルコ・シリア国境にスーツケースを抱えたシリア難民が集まる様子がトルコで報道されます。
そうしたニュースが出るたびに、トルコのSNSでは「帰省できるのなら、そのまま戻ってくるな!」などと辛辣(しんらつ)なことばが飛び交います。
シリア国境に程近い街で6人の子どもを育てるこちらの女性もそのひとり。2021年7月下旬の犠牲祭をシリア北部テルアビヤドで過ごしました。
トルコ政府は、2019年10月、国内のテロ組織とつながる勢力をシリア国境から排除するとして、シリア北部に侵攻し、国境沿いに「安全地帯」を作り、難民の一部を帰還させることを計画しました。その「安全地帯」となったのが女性の故郷シリア北部テルアビヤドです。
待ち望んだ7年ぶりの帰郷、そして家族との再会。しかしその「安全地帯」で見たのは電気も水も学校もない暮らしだったといいます。
取材中にテルアビヤドの今の様子を聞こうと女性に現地の友人たちに電話をかけてもらいました。しかし全員電波がなく、誰とも連絡がつかず、「故郷には何もない、これが現実です」と言葉少なに話しました。
疎遠な遠方の友人だった。人生の転機にあたって悩んでいたので応援してあげたら、それが彼女の心に触れたようだった。人の心にふれる喜びを感じて、僕もとても嬉しくなった。その後幾つか内面を打ち明けるメールのやりとりをしたら、この人に久しぶりに会いたいなと思った。帰郷の折にグループで会ったけど話足りない。次の帰郷の機会に、今度は二人で会うことにした。
自分のことを包み隠さず話せる人と、他人の耳を気にせず深い話が出来たら、最初はそんな気持ちだった。彼女はもっと距離を縮めてくれていいよというサインを送ってきている...ように感じた。どこで会うか、そんな計画をメールで立てているうちに、彼女からのメールを待ち遠しく思っている自分に気付いた。僕は恋している、と思ったら、その恋に惹き込まれるのはあっという間だった。二人で会ってみたら、彼女も僕に恋しているのはすぐ分かった。世界がぐるんと回った。
家族のために、自分の仕事のために、とても一生懸命に生きている人だった。若い時に一人旅をする中で自分のやりたい事を見つけたという話。その行動力が素敵だと思った。同じような時に同じような旅をした自分を重ねた。論理的に緻密に考える人ではない。自分の感情や思いを言語化するでもない。それでいて大事な事はちゃんと分かる。翻って僕は自分の恋の話さえ文章に書かないとそれについて考えることが出来ない。地面を這い回っている僕には、空を翔ける鳥を見上げるような思いがした。そして、それなりに辛い経験や自分の思い通りにならない事にぶつかってきたのに、そういう人生の転機にあたって、砕けるでも諦めるでもなく、与えられた境遇に新しい生き方を見つけていく様が、とても自由だと感じた。自分はこうであらねばならないという拘りがないから、どのような形に押し込まれても平気のようだった。そんな生き方があるのか。なんと美しい。それに加えて、分かりやすい可愛らしい弱点。方向音痴。虫が苦手。その落差が子供のようでとても愛らしかった。彼女の全てがとても大事で愛おしいものに感じた。自分の中に誰かを想う気持ちがこんなにも泉のように湧いてくるなんて、長らく忘れていた。
でも、遠距離の恋は難しかった。会いに行けるのはせいぜい三ヶ月に一回位。彼女は彼女で子供がいて時間もほとんど自由にならない。会えない間に少し遠ざかった彼女の気持ちを温めて、打ち解けてきた所でいつも時間が終わってしまう。折角遠路会いに行ったのに、子供が発熱して小一時間さっとお茶するだけで終わってしまった事もあった。そんな大変な中、出てきてくれただけでもありがたいことなんだ、そうは思う。そんな大変な時にありがとう、とむしろ僕が謝った。でも一方、急に空いた午後の時間を一人で埋めないといけないのは、とても寂しかった。本屋でちょっと立ち読みをしてみて、せっかく帰郷してきたのになんで僕はこんなどこでも出来ることをしているのだろうかと思う。地元で有名な日本庭園を散策するが、どうしても彼女の事を考えてしまう。寂しい。今日どうしても銀行に行かないといけないから夕方じゃなくて午後早くにさよならしたい、と会ってから言われた時もあった。そういう事もあるだろう、頭では分かる。でも、よりにもよって、僕があなたと逢えるこの三ヶ月に一度の日でないといけないのか。彼女には何も言えなかった。そんな事を言って何になるというのか。でも、そうやって口に出来ないで自分の中に溜め込んだガッカリは僕を蝕んだ。
逢えない代わりにと僕は手紙に心を託した。身の回りの事を、自分の感じたことを、昔の話を、彼女の素敵なところを、折りに触れて言葉にし、書き送った。自分が手紙魔だと初めて知った。言葉にするようになると、心動かされる事に対するアンテナが敏感になる。世界が一段と鮮やかになったように感じた。しかし、彼女からの返信は段々間が伸び、短くなり、やがては会う算段や電話する時間の調整とかの実務的なやりとり以外はぷっつりと途絶えた。彼女には自分の思いを言葉にするのは大変な労力を要する事らしかった。素の自分をさらけだして真心を込めて書いた手紙に何の反応もないのは寂しかった。僕に興味を失ってしまったのだろうかと何度も自問したが、届いた手紙は大事に読んでいるという彼女の言葉を信じて書き送り続けた。彼女を想う気持ちを自分の中に確認するように言葉にして送り、手応えのないその行為の虚しさに絶望して傷つき、そんな循環を数カ月おきに繰り返した。
恋という、人と気持ちを通わせることの美しさを一番感じられるはずの時に、僕は未だかつてない孤独を感じた。
長い文章だから良くないのかと思い、メッセンジャーを試したこともあった。短い文章や写真。重い気持ちを乗せるから筆が止まるのかと思い、もっと軽い話題を心掛けたこともあった。思いついたように返事が来る時もあれば、一週間経っても既読にさえならないこともあり、やはり僕は傷ついた。
電話、というかビデオ通話が出来る時はとてもよかった。画面に映る彼女は大体は饒舌で、鈴のように笑い、僕の贈ったアクセサリをいつも付けてきてくれた。僕は彼女の周りで起こっていることを聞き、昔話をせがみ、唐突に愛の言葉を呟き、はにかむ彼女を見て心を満たした。しかし、この大切な機会は中々回ってこなかった。
一方的な関係の辛さに耐えられなくなると、僕は助けを求めるメールを送る。彼女は時間を捻出してくれて、ビデオ通話で話し合う、そんな事が何度かあった。そうやって話し合って分かってきたのは、彼女が僕を大切に想う気持ちと、子供の手前罪悪感を感じる気持ちとの間で、葛藤があるという事だった。そうか、それで僕は混乱したシグナルを受け取っているのか。
しかし、この二年の間、彼女が僕を想う気持ちの波も、寄せたり引いたりしなが全体としては確実に下がっているようだ。葛藤というのは二つの相容れないものの間で選べずにもがき苦しむ事を言う。彼女が苦しんでいる様子は僕には伝わってこない。彼女は「二つの相容れないもの」の間の優先順位をハッキリ付けたように思える。彼女にとって僕が何なのかは分からない。彼女はそういう事を説明してはくれない人だから。
僕ももう、彼女にとって僕が何なのかを言葉で確かめようとしてはいけないように感じている。もう何度も試したのに分からないままなのだ。彼女には答えようのない問を投げかけたってしょうがないではないか。誰がそんなウジウジした話を何度もしたいと思うだろうか。僕だって彼女に喜んでもらえるような楽しい話だけがしたい。あの鈴のような笑い声を聞きたい。
だから、言葉で問う代わりに、僕は一生懸命アンテナを張って、ビデオ通話越しの声やボヤケた彼女の表情からそれを読み取ろうとする。でも考えれば考えるほど分からない。僕のことを特別に思う気持ちはある、という。でも、それは何か美しい花のように、あれば嬉しいけれども無いならないで構わない、そういう性質のものに思えて仕方がない。僕はもっと自分に自信がある方だと思っていたが、一週間経っても既読にならないメッセージに、返事のこない手紙に、僕の自信はすっかり打ち砕かれてしまったようだ。
僕が自分の愛を言葉にし続ける事をやめた瞬間に、僕と彼女の作ったこの儚い波打ち際の砂の城は波に呑まれて跡形もなく消え去ってしまうようにしか思えない。あの美しいものが、そんな風になくなってしまうなんて。こんなに大切な人が僕の世界からいなくなってしまうなんて。耐えられない。この人は僕の事を大切だと言ってくれているのに。
しかし、一方的に愛を伝え続けるのに僕はずっとは耐えられない。言葉にすることで研ぎ澄まされた、僕の大切な気持ちが路傍に打ち捨てられるように感じるたびに、僕は自分が、自分の愛がどんどん無価値なような気持ちになる。そもそも、そんなに一方的な関係は、普通、恋ではなくて片思いと呼ぶのではないか。
僕はどうしたらいいのだろうか。
疫病が始まって以来初めて、遠路を訪ねて、彼女に会いにいく事にした。
この恋は、どうなるのだろう。
それはやっぱり帰郷に入るのか?
先日の連休中に、嫁が県外に行った友人が久しぶりに帰郷するので会ったという話を職場でしたら(職場の人もその友人とは知り合いのようだ)
そしたら職場の同僚に「県外の人と会うの怖くない?」と返されたそうだ。さらに連休中はコロナが怖くて県内の旅行だけしかできなかったと。
・・・つまり県外に行ったり、県外の人に会うのはコロナに罹る可能性が高いが、県内なら逆に安心だ、ということだろうか。
この人に限らず、こういう考えに近い意見は何人か聞いてきた。
まあ、さんざんニュースやらで県外への移動を遠慮しろと言い続けた結果なんだろうが・・・それは移動を最小限に留めることで感染拡大を抑え込む目的だったはず。