はてなキーワード: 正論とは
節操なくハラスメントっぽいものすべてに名前を付けた結果、○○○○ハラスメントが大量発生しているわけだが、○○○○をその場の思いつきで作っているせいで命名の一貫性がまったくない。
これを機に、○○○○を命名の種類の観点から分類しておこうと思う。
なお○○○○は、2023年9月13日現在のWikipedia「嫌がらせ」から。
先輩社員とトラブルがあったときに当時の上司に相談したら「自分でなんとかしろ」と言われたので
なんでそんなことしたんだと大騒ぎになった
昭和だから喧嘩を売られたら買うのは基本だろと言ったら上司の顔色が変わった
当時はコードギアスも流行っていたから覚悟があれば行為をしてもいいという気分
だった
チーム編成が変わっても先輩が微妙な人だったから色々言っていたら胸ぐらを掴まれた
でもそのまま掴み返して「お前こそ正しいのか?」と反論しただけで今回は済んだ
パワハラ的な発言をしてないのにパワハラだと注意されて、自分は注意する理由がないことを説明すると上司は去っていった
人ととは仲良くしたがいいが正論は言ったけど間違っていたと思う
今は別の部署で働いている
正直楽
昭和のやり方とかやめたがいい
先輩社員とトラブルがあったときに当時の上司に相談したら「自分でなんとかしろ」と言われたので
なんでそんなことしたんだと大騒ぎになった
昭和だから喧嘩を売られたら買うのは基本だろと言ったら上司の顔色が変わった
当時はコードギアスも流行っていたから覚悟があれば行為をしてもいいという気分
だった
チーム編成が変わっても先輩が微妙な人だったから色々言っていたら胸ぐらを掴まれた
でもそのまま掴み返して「お前こそ正しいのか?」と反論しただけで今回は済んだ
パワハラ的な発言をしてないのにパワハラだと注意されて、自分は注意する理由がないことを説明すると上司は去っていった
人ととは仲良くしたがいいが正論は言ったけど間違っていたと思う
今は別の部署で働いている
正直楽
昭和のやり方とかやめたがいい
先輩社員とトラブルがあったときに当時の上司に相談したら「自分でなんとかしろ」と言われたので
なんでそんなことしたんだと大騒ぎになった
昭和だから喧嘩を売られたら買うのは基本だろと言ったら上司の顔色が変わった
当時はコードギアスも流行っていたから覚悟があれば行為をしてもいいという気分
だった
チーム編成が変わっても先輩が微妙な人だったから色々言っていたら胸ぐらを掴まれた
でもそのまま掴み返して「お前こそ正しいのか?」と反論しただけで今回は済んだ
パワハラ的な発言をしてないのにパワハラだと注意されて、自分は注意する理由がないことを説明すると上司は去っていった
人ととは仲良くしたがいいが正論は言ったけど間違っていたと思う
今は別の部署で働いている
正直楽
昭和のやり方とかやめたがいい
先輩社員とトラブルがあったときに当時の上司に相談したら「自分でなんとかしろ」と言われたので
なんでそんなことしたんだと大騒ぎになった
昭和だから喧嘩を売られたら買うのは基本だろと言ったら上司の顔色が変わった
当時はコードギアスも流行っていたから覚悟があれば行為をしてもいいという気分
だった
チーム編成が変わっても先輩が微妙な人だったから色々言っていたら胸ぐらを掴まれた
でもそのまま掴み返して「お前こそ正しいのか?」と反論しただけで今回は済んだ
パワハラ的な発言をしてないのにパワハラだと注意されて、自分は注意する理由がないことを説明すると上司は去っていった
人ととは仲良くしたがいいが正論は言ったけど間違っていたと思う
今は別の部署で働いている
正直楽
昭和のやり方とかやめたがいい
議論もなにも、どうでもいい話を正論と断じているのが滑稽なだけだよ?その根拠が「みんなそう思ってる」だけだからね
笑っちゃうよね
ここで主張されているような話は一体何周目だよというような話であって、この何十年下の間に何度も何度もテレビでも他でもあっちでもこっちでも論じられてきたことであって
そもそもテレビでもほかでもって根拠が薄弱すぎるので何の価値もないよ
いったい誰がいつどうやってそういう発言をしてどれだけの賛成を得られたのかもわからないし、それが正しい意見かも不明だ
「みんながそう思ってる」は君の主張に何ら寄与しない
ジョジョの奇妙な冒険にこういうセリフがある
これは別に多くの人がそうするってことを裏付けることにはなっていなくて、むしろ「そんな人もいるけど別にそれが正しいわけじゃない」という皮肉になっているんだよね
病気でも育休でもサボりでも人が抜けた分の穴を気にするのは管理職の仕事であって、末端の労働者が考える事ではないと思う。じゃなきゃ管理職って何をすんのって話だし。
誰かが休んで迷惑だってんなら、その程度で回らなくなる環境にしてる管理職に文句を言ったらいいと思うけど、そんな勇気はない。
いくら正論であっても、感謝や助け合いが絶対だ。それが常識だ。みたいな宗教の前には無力。あるいは別の正論をぶつけられるかもしれない。
そんな弱虫達の会社での処世術が積み重なって、社会人の常識とやらになっていく。
そんなもんなのかもしれない。
強くなりたいぜ。
でも労働如きのために動くのも怖いし、同僚を責め立ててその時を凌げるならそれで良いかもしれない。
労働者達よ立ち上がれ!と声を上げてただただヤバい奴と認識されるよりは、その方がラクかもしれない。
でもせめてもの抵抗として、対等な立場にある同僚を非難しないようにはしている。
さりとて、私が欠勤する事は事前に想定されるべきものであり、業務に多大なしわ寄せが生じようとも私の責任ではありません。あなた方が私を責めるのは全くもって見当違いです。
と面と向かって言われて、そうだその通りだと思えるだろうかとも思う。