はてなキーワード: 被爆とは
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34121
この記事を書いた小松氏は、総務省(旧自治省)から南相馬市に出向している官僚が知り合いの医学生に宛てた記事を丸裸。
しかも、今は南相馬市の副市長という立場であって、総務省うんぬんではない。
内容は、医学生が給食をミキサーにかけてホールボディカウンターで計測したら?という提案を南相馬市に出したことが発端。
きちんと手順を踏まえて提案するならまだしも、思いつきで出した内容に対して、総務官僚は、筋を通して話をしてくれっと言っただけ。
もうね、ひどすぎる。本当にひどい。
やさしく解釈すれば、一方的な現場を知らない論調による見解の相違。
現場で長期に踏みとどまって本気で考えている立場と一時的な思いつきで考える立場の違い。
「給食をミキサーにかけてホールボディカウンターで計測する」
しかし、この検査をいつまで誰が実施し、そのデータをどのように公表し、その結果を踏まえてどのように対処するか、ヒト、モノ、カネ、情報の流れが明確ではないのが問題。
しっかりと最後までのフローを明確にしなければ、単に不安を煽るだけで、提案した側の自己満足にしかならない。
だから、総務官僚は、きちんと筋を通して提案してくれっと回答しただけ。
毎日計測した結果をどこに出すのかわからないけれど、子供たちに放送するのかい?
それに、こうした情報を親は「本当に」知りたいのだろうか。
きちんとニーズ調査をしたのだろうか。
押しつけの提案ではないのか。
知りたくない親に対して、バカだとかアホだとか言う人もいるかもしれない。
しかし、実際、この地域に残って住んでいる人は、低線量の被爆を覚悟している人たち。
今、残っている人(踏みとどまっている人)は、もう被爆については、耳を閉ざしている人たちなんだよ。
この医学生の提案は低線量の被爆を覚悟して現場に踏みとどまっている人たちに対して、不安をあおるだけではないのか。
現場に踏みとどまらず、離れたところから、勝手な思い込みと押しつけによる支援ほど、迷惑なものはない。
南相馬市民より
大阪出身の私にとって、長崎県に足を踏み入れたのは初めてのこと。
大阪で育ったものなら、しつこいくらい遠足や社会見学や平和学習と称してピース大阪に連れて行かれる。
だから、こんな資料館なんて見慣れていると思っていた。
しかし、この年になり、原発のこのご時世になって、思うことはいろいろあった。
強制連行された朝鮮人の被爆者が云々、とか、改めて考えると民間人相手にとんでもないことやってるよなあ、とか、とても恐ろしい悲惨な現実を見てちょっと茫然としたり、とか。
いろいろな感情と考えがわいてきた。
しかし、いろいろあった中でも、一番気になった資料がある。
それは、原爆投下後に、白血病患者が急増するが「ピークは6年後」という記録。
福島の原発事故と、長崎の原爆と、どのように比較していいのかわからないし、各人の被曝線量によってのみ語れることだとは思う。
しかし、あの原爆ですら、被爆者が白血病を起こすピークが「被曝から6年後」なのだ。
中心地に近いものはおそらく、もっとはやい時期に亡くなっているので、爆心地からどのくらいの距離にいてどのくらい被曝した人が中心となったデータなのかはわからない。
仮に、福島が長崎の原爆と比較しようもないほど小さな影響しか出していないのなら、このようなことを考えるのは杞憂かもしれない。
しかし、確実に影響があり、しかし長崎ほどではないとすれば、影響が出るのに6年以上は確実に時間を要することになる。
ひょっとすると「福島原発崩壊後の白血病発症のピークは15年後」と後世に記録されるのかもしれない。
「20年後」となるかもしれない。
現時点ですでに、白血病が患者が増えていると言われているが、本当に確実に影響が出ているならば、本当の恐怖はまだ始まってなんかいない。
政府のお偉いさんたちは、8月になると広島や長崎に行って黙祷なんかしてるけど、何を見て、何を考えているのかわからない。
なんのための政治なのかを、よく思い出してほしい。
私に関してはそんな事実はないです。タイトル以外特に意味はない。
私はちゃんと就活してちゃんと就職してその結果途中でやめて死にかけてますはい。
でもだれか同じようなこと言う奴がいるだろうな、と思うので先に書いとく。
或いは「被爆地にいるのは馬鹿馬鹿しいので、単身東京出てきて死にかけてますが」とかでもいい。
http://ulog.cc/a/kensukeShimoda/11170
「シューカツ」が下らない制度だと思うなら参加しなければ良いだけ。何も強制はしていない。シューカツしないと生きていけないというのは勝手な思い込み。勿論、新卒採用で就職できなかった人間を社会不適合者のように扱う空気には反対すれば良いけど、反対意志の表明方法はやはり「シューカツしないで生きる」しかないと思う。
あーこの人ふろむださんと仲良しさんのね。ゲーム会社の社長さんらしいけどそっちは知らない。
「能力ないやつが選択肢がないのは自業自得」とか言ってそうだな。
ひゃくぱーせんとただしい。
実際、私も賛成だったりする。
私みたく無理して就活して、途中で挫折して死にかけるよりは、
就活自体を投げ捨てて、留学でもして、この先どこで生きていけばいいのかを
就活の枠にとらわれずに考えたほうがいい。
特に就活浪人してる人で、バイト経験やブルーカラー経験がない人は是非何か体験しておこう。
そうすれば、いざというとき、「自分の仕事やめても生きられる」って自信になると思う。
仕事やめてから、無気力状態になって再就職を諦めてバイトで職探ししようと思ったが
「あんたみたく28になってバイトの一つの経験もしたこと無いやつはいらない」って言われた。
高校生とかならともかく、バイトならなおさら30手前の人間を教育するのは
人間関係とかいろいろな問題で面倒があるからできればいらないんだってさ。
最初からバイトの経験があって、あんまり教育しないで良い人を優先してやとうから、俺はバイトでも仕事ないよ。あは。
にしても、このしもださん。
言ってることは正しいんだけど、どえすやなぁ。
本当の望みがわかってないわけじゃなかろうに。わざと分からないふりしてこういうことを言うか。
よっぽど頭悪い人間が嫌いなんだろうなぁ。苦労させられてきたんだろうな。
わかるけど。すごくよくわかるけど。
よくわかってないのに、分かったようなフリしてお祭りみたくプロジェクトの音頭とって、
肝心なところは下に放り投げて、やばくなったら逃亡するような人って私のやめた会社にもたくさんいたからなぁ。
どうせなら、世の中「無意味なこと」でも動いてることがたくさんあって、
「意味がある」ことでも力がなかったら動かないので、この運動は二重の意味でダメくらいに言ってもいいのに。
間違ってても機能した者勝ちで、正義なんて青臭いことやってるからだめなのだ、しかもその正義の薄っぺらい、いろんな意味でクズだお前ら死ね、くらいに罵ってもらえればこちらとしてもやりがいがあるのに、すげえねちっこい書き方。
この人が社長だったらめちゃくちゃ人格的には嫌いだけど頼りにしそうだわ。
天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言われている__人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人貧乏な人金持ちの人身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?。それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。
一体何Bq食べたらアウトなの!? と私は思ったので、もろもろネットで得られる情報をもとに、今現在の放射能汚染の主役セシウムについて計算してみます。 (といってもかけ算割り算だけですけどね)
(→本文下の計算1を参照)
つまり、
で毎日クリアすれば安全だと厚労省は言っている。結構高いよね。
子供の場合はセシウム137に対して大人の1.6倍感受性があるということなので、
に納めれば毎日同じものを食べても健康上の問題は出ない(と言っている)。
毎日毎日660Bqを越える食事が続くようなら注意が必要……でもそんな汚染されまくった食事しか手に入らない毎日はきっと来ないので、普段はそんなに神経質にならずに食事をしても大丈夫だと思う。
皆さんが気を使っている、塩分や中性脂肪やカロリーを気をつけるのと同じ要領でいいと思うのです。普段からそこそこ気をつけて、ちょっとカロリーオーバーしたっぽい日があったら、何日か粗食を続けてみて、普段通りの生活に戻す。そんな感じでベクレルもなんとなく年間38万Bq越えてなければいいんです(まず越えないと思う)。毎日毎日気にする必要は無いと思う。
ってのはどう? 多分基準値ギリギリの汚染食品が1品混ざったらオーバーするかもという値(500Bq/kgの牛肉100gが50Bq)。たまに失敗して基準値オーバーの食品を食べたとしても後日数日気をつけてならせば平均50Bqは結構達成できるんじゃないかな? 仮に最悪この平均50Bqの食事が20年間(0歳が成人するまで)毎日繰り返されたとしても36万Bq(約5mSv以下)。これなら子供に何か起きることも無い。安全なラインだと思うな。うるさい某T先生も納得してくれるはず(いやしないだろうな)。
たまには数百Bqくらいオーバーしても大丈夫なんですよ(そもそも1日1000Bq毎日摂取しても安全だと言っている人(厚労省)がいるんですから)。少し長い期間で総Bq数を調節すればいいのです。どうですか。少しは安心材料になりましたかね?ならんですか。
========== おまけと計算(読まなくても良い)==========
※おまけ1
長期的な低線量の被曝を考慮する時は1食のBqを気にするより、何年間とか一生のようなある程度長い期間で、延べ何Bqくらい摂取したかの方を重要視します。昨日○○万Bq食べちゃったから即アウトとは、現状なり得ません。頭に置いておいてください。
※おまけ2
物理学者が「1週間分でもまとめて毎日全ての給食を全品ミキサーにかけてできるだけ精密に放射能測定を」と呼びかけています。もし実現すれば我々の食事がどれだけ汚染されているのかいないのか目安にはなると思います。1週間で検出せずとか○○Bq検出とかわかれば、我々の食事ももっと気をつけた方が良いとか、いやいや気にする必要ないじゃんとかがわかると思うんだよね。実現に期待しましょう。
計算1)
暫定基準値の計算の元になっている放射性セシウムの上限値は年間5mSv(←これは一生=70年間の被曝量)。セシウム137の1Bqあたりの実行線量0.000013mSv/Bq(これも70年の被曝量)で年間上限被曝量を割ると年間385,000Bq。1日当り1050Bq。これがセシウムのベクレル換算した被曝上限基準値。
年間の被曝目標が一生=70年間の被曝量というのがちょっとややこしいかな? 今回のセシウムの場合、仮にある日385,000Bq一気に経口摂取して70年経ったらその70年の間にこれだけ被曝していると予想できますよ。という値。もちろん70年の間にセシウムは半減期のペースで減少するし体からも少しずつ排出される。それも見込んだ被曝量です。……難しいか。
厚労省は1日当たり摂取してよい放射性セシウムを食品項目別に分けていて
飲料水は330Bqまで
野菜類は300Bqまで
肉魚卵などは250Bqまで
=計920Bq(<1050Bq=年間5mSv以内)
と言っている(これが基準で暫定基準値ができている)
なのでこの中から1品暫定基準値を上回る食品を毎日食べたとしても、年間の目標の上限値5mSvには、はるか届きません。基準値ってそうやってできているんです。基準値を超えたからアウトというわけじゃないんですよね。
口にする食品が全部基準値を超えて毎日食べたら抑えたい目標の被爆を超える心配がある。と、こういうことなんですね。
オマケが長くなりました。失礼。
引用もと
http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001558e-img/2r98520000015cfn.pdf
ほんの少し前まで。
当時まだ子供だったけどニュースを見ながら ああここはもう当分住めない土地のはずだと思ってみてた。それでも暮らしてるらしい人たちのことを見て、放射能のことを何も知らないんだと思ってた。日本でもしもこんなことが起きたなら、それは的確な判断ができるだろうよくらいに思ってた。だって被爆国だもの。修学旅行にいけば 原爆の話を聞く国だもの。
戦後のこの日本で、民主主義のこの国で 知らされない出来事があるなんて思ってなかった。
完全検閲のある中国のことを 自由を求めてる人はいるだろうに監視されて可哀想だと同情してきた。結構本気で。
どうやらなんにも教えてもらえてない。
新聞とテレビしか見ない人と、ネットしかみない人と、テレビとネットの人では考え方に温度差が激しい。
新聞とテレビしか見ない人は、ネットは嘘だらけだといい、ネットしか見ない人は 政府は、マスコミは ほんとのことを何も教えないという。
今日見たYOUTUBEは、ドイツで放映されたドキュメンタリーだった。
http://www.youtube.com/watch?v=5n_3NK-tsOU
もう 外国のメディアを通してしか真実を知れないのか。そういうことなのか。
私が子供ころ思っていた「教えてもらえないなんて可哀想」な国なのか。この国は。
東電が値上げをするそうだが、普通の会社は 自分の会社が原因でなにごとかおきた場合 まず自分の会社が可能な限りの負担を負う。
今思えばいいがかりに近いアメリカト○タのブレーキパッドうんぬんの件に関しての対処についてもそう。
あの件で役職以上賞与いまだに全カット という話も聞いた。
東電が。役職の賞与を全カットし、一般社員の給与も70%程度まで減額し それでもやっぱり足りないので値上げさせてくれといっているのならまだしも。そういう話は聞いたことがない。むしろあったら教えてください。
私は電気料金を決める際に 必要経費(もちろん社員の給与含む)分を確保したうえでかかるコスト分を上乗せしていくという計算の方法をテレビで見てからずっと「ちょっと待て」と思わずにはいられないのだ。
だって、東電社員の給与が減るのは当たり前でしょう?仕事ができなくて困ってる人は東電の社員の比ではないのだから。
会社というものは、どんな「もしもの事態」のことも想定して動くものだ。
それでリカバリできない事態が起きたとしても自分とこの商品についてとれるだけの責任を取るのはどんな仕事であれ当たり前のことだ。
電気をうちが一元管理している という自負があるならば どんなことがあっても電力に困る事態を起こさないのが 仕事をするものの
当然の心構えじゃないのか。
少なくとも、日本の会社はそれが当然じゃないのか?そういう常識のなかで皆、働いてるんじゃないのか?その徹底したプロ意識で日本の会社は国際的に認められているんじゃないのか。
どうして電力会社がそこを「いやうちは」といえるのかが不思議でしょうがない。そしてどうしてそこを責めないのかも不思議でしょうがない。
小学生の時に一度見たことがあったが、体中を包帯でまかれた母親の姿がトラウマになり、それ以来怖くて見るのを避けてきた。だから私にとっては、実に数10年ぶりという事になる。
世間一般では蛍の墓は「反戦映画」と言う事になっている。空襲で母を無くし、残された兄と妹二人が、戦争という環境下で必死に生きる姿を描く壮絶なドラマ。劇中、栄養失調で妹の節子が死に、駅の隅で兄の清太が野垂れ死ぬ時、だれしもが涙し戦争の愚かさへの痛切なメッセージを受け取る、と言う事になっている。
しかし、今日改めて見たら全然印象が違った。私は「蛍の墓」という映画について根本的な誤解をしていた。たしかに戦争は舞台装置として使われているが、これは「反戦映画」なんかじゃ全くない。もっといえば、「戦争」という時代は「蛍の墓」の話の本筋には、ほぼ何もつけ加えていない。兄と妹が息絶えるという悲劇的なラストも、戦争のせいではなく、単に彼らが「俺たちに明日はない」のような放蕩生活を送っていたからに過ぎない。
親を無くし、空襲で家を焼かれた彼らはおばさんの家に厄介になるが、やがて「働きもせず飯を食べてばっかりいる」彼らに、おばさんは苛立ちを募らせてゆく。兄と妹は居心地の悪さを感じるようになる。我慢の限界に達した兄の清太は妹を連れ出し、おばさんの家を離れる。いわゆる、逆ギレという奴である。家を追い出されたわけではない。清太自ら「居心地のいい場所」を求めて無計画に家を飛び出すのである。やがて、小さな洞穴を新しい我が家とし、外界との接触を一切断ち、二人だけの生活を始める兄と妹。兄は、そこら辺にある蛙をとったり、畑から作物を盗んだりして、食いつなぎながら穏やかに暮らすが、そんな生活に幼い妹が耐えられるわけなく、やがて妹は、栄養失調で死にいたる。
重要なのは、彼らの命の選択権は「戦争」にあったのではなく、彼ら自身にあったということだ。言い換えれば、二人は「死」という結末にならなくてすむ選択肢も取りえた。たとえば清太は、終戦まで我慢しておばさんの家に留まることもできたし、別に働き場所を見つける事は可能だった。途中でリンチされる清太を助けてくれた警察官に理由を言って救いを求めたら、違う結果にもなったはずだ。唯一、「戦争」そのものがストーリーを動かしている所といえば、空襲で母親が被爆し不条理に命を奪われる冒頭の約10分だけで、その後ストーリーの牽引役は完全に兄の清太の(自己破壊的な)行動にある。
そうならば、妹の節子を殺したのは実質的に、兄の清太だといっていい。しかし清太自身は、自分の身勝手さに妹は巻き込まれたのかもしれない、という可能性には全く気付いていない。少なくとも、燃え盛る妹の死体を見つめる兄の視線からは微塵の「自責」の意識も見られない。そこには、ただ、自分の道なんかを信じちゃって進まんと決意しちゃうまっすぐな瞳がある。私は、このまなざしをみた時、吐き気がした。それは、小学校の時感じた戦争のグロシーンに対してのそれとは全くちがうタイプの、この映画による2回目の吐き気だった。
繰り返すが、これは戦争映画ではない。戦争それ以前に、社会において人と折り合っていくことを拒み、自分が他と独立な法則にしたがっていると信じ、完全な自足の道を求めようとした若者がたどってしまう足跡の映画である。実際、この映画を手がけた高畑監督自身も、口すっぱく「これは戦争反対の映画ではない」といっていたようだ。それが”戦争の悲しさを伝える映画”として流布されたのはおそらく、プロモーションサイドの暴走であろう。
確かに、「蛍の墓」は悲劇だ。ただ、この映画において結果的に悲劇をもたらしたのは戦争ではなく、この頑なで、近視眼的な若さのようなものである。泣けるっちゃあ、そこで泣ける。
すなわち、問われるのは「戦争」ではなく、「道徳」であろう。少なくとも、私が戦争被害者ならこれを反戦映画と認めないだろうし、私が教師なら上記の文脈において教え子の小学生に見せて伝える。
http://twitter.com/#!/zaway
ゲーマーなら知っておきたいゲーム音楽における10人の名作曲家 - GIGAZINE
http://gigazine.net/news/20110803_game_music_composers/
というわけで、対抗意識を燃やして
「ゲーマーでなくても知っておきたいゲーム音楽も手がけた10人の作曲家 - MASUDAZINE」なるものを書いてみようかな、と。
選ぶ基準は主観です。紹介文は手抜きです。基本的に、ゲーム映像と合わせた動画です。ゲーム音楽の動画と、その下にそれ以外で割と有名であろう音楽の動画を紹介します。順番は思いついた順。海外のゲーム事情は疎いので割愛します。
タイトルの「ゲーマーでなくても~」というのは、あまり関係ないです。
いかがでしたか?
他にも「こいついれろよks」とか感想があればブコメでもトラバでもください。
同じコンセプトにはなりませんが続編があるかもしれません。こうやってまとめると案外自分の為になるので……。
○○(肉や野菜や水とかの食べ物や、海や下水やホットスポットとかの場所)は放射能が多いから危険、少ないから安全とか、内部被爆は発ガンの確率を上昇させて危険とかいろいろなニュースや記事を見ます。
最近よく考えるのが「しょうがないものはしょうがないとしておいておいて、じゃあどうしようか」ということ。
たとえば原発事故がなければ90歳までいきたかもしれませんが今は80歳までしかいきられないかもしれません。
取り戻すなら、どうやって取り戻せばいいのか。
あと40回の桜を見る機会が30回になったとして、減った10回分をどうするか。
1年で2回は見られるように開花の時期に南から北に桜前線で旅行するのか、南半球の桜が咲く国に旅行して半年で1回みられるようにするのか。
今まで見ていたより1.3倍の真剣に見るのか。
そういう密度を上げる事を考えて遊んでます。
ええ,ええ,
浮島のね
あそこはいいんです.ほとんどあそこで働いている人がこっそり被爆してるから(今のところは)
あそこは地下に下がっていくとすごいらしいですよ.線量が
私も磯子でそれとは異なるものを作ってましたけど,どこぞで一基受注すると社内報でまわってきて“あー,ボーナス上がるかも”とか思ってただけだったことを深く反省しています.本当に
まあ,それはともかく,結論は上の方と一緒ですけど
“ずっと嘘だったんだ”派でも
i) 本当に嘘だったことに気づかない分派 → もっと啓蒙が必要でしょう,“せっかくの脳を働かせよう”的な...
ii) 本当は薄々気づいていたけど,僕のせいじゃないよ分派 → たしなめる必要があるでしょう,“確かにあなただけの責任ではあるけど,もう少し違う言い方のほうが効果的だよ”的な...
うそつけ、バカじゃないのと思ったが、平気でこんな対応が出来る環境だったことから、極端に言うとある種の宗教的な取り憑かれ方に似たものがあったと思われる。
旅客機直撃は問題ないぞ?
今回だって、建屋は壊れず、ひとつは天井、ひとつは壁が吹き飛び、内圧を逃がした。
まさか、旅客機突っ込んできても傷ひとつ付かないとか、とんでもない事考えて無いだろうな?
人間が制御可能かどうかという観点に立つのなら、すべての発電システムが利用できなくなると思うが?
カセットガスコンロですら去年散々爆発事故起こしてたろ、人間。
どんなシステムだろうが100%の制御なんかできないんだよ。
それを安全に使おうとするのが安全対策であって、それが一定の水準にあるのなら火力だろうが原子力だろうが使っていいじゃねぇか。
火力にしろ水力にしろ事故が発生した場合、死者が出ることも十分あり得るが、限定的で終息後もそれほど尾を引かず、再建も比較的容易。
ハリファックス大爆発とか、あの規模のものが起きたら再建は容易ではないな。
事故の規模が問題だというのなら、今回はまだ被爆による死者は出ていないし、あの地域を封印するかどうかなんてもはや政治的な関心事でしかない。
あと、津波の被害と福島原発事故を都合のいいように混同するのややめろ。
事故当初から対応に当たってるし、現状福島県内の数箇所以外はそもそも安全圏だろうが。
http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303747.htm
尾を引いてるんじゃ無く、お前らが勝手に尾を描いてるの。
じゃぁ、お前の家の横に安全な原発を建てると言われたらどうするんだろう。
とりあえず今後は国内において推進の動きは停滞することは間違いないだろう。
撤廃の動きも停滞はじめてるし、まずは安全性の再確認して停止中の原発の稼動だな。
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20110614/1308053555
への反論
>1)チェルノブイリ事故後の旧ソ連の平均余命データ、死亡原因データなどからは、
> 低線量放射線被曝の影響よりも、社会的ストレスの影響が圧倒的に大きいことがわかる。
> また、低線量被曝(100mSv)の発ガン率ガン死亡率上昇は都道府県別の発ガン率ガン死亡率の違いにも遠く及ばない。
> 放射線被曝の健康被害そのものより、事故処理にかかわる社会的・精神的ストレスが健康に悪影響を及ぼしたという、
> チェルノブイリで見られた事象が、今この日本で起こっているのではないか?
仮に「低線量被曝による発ガン死亡率上昇より、社会的ストレスによる死亡率上昇の方が大きい」のが事実だとしても、
それは福島に居続ける方が死亡率を低下させる、という立証にならない。
「低線量被曝による発ガン死亡率上昇」=A
「福島に居続けることによる社会的ストレスでの死亡率上昇」=B
「福島から疎開することによる社会的ストレスでの死亡率上昇」=C
とすると、
A+B<Cでないと、福島に居続けた方がいい、という結論は導き出せない。
tikani_nemuru_M氏の文書を何回見ても、A+B<Cを証明した箇所はない。
tikani_nemuru_M氏は「旧ソビエトでA+B<Cだったから、日本でもA+B<Cのはずだ」と言いたいのかも知れないが、
一地域の一時代でたまたまA+B<Cだったからと言って、その「法則」が他地域の他時代でも成立する、というロジックは
どう見ても成り立たない。
※私見では、B<Cですら疑わしいと思うのだが。
「常に健康不安を心配しながら、怯えながら暮らす」という心配は、並大抵のことではない。
>2)ストレスに対処(コーピング)するためには、社会的サポートが必須であり、行政の支援ももちろんだが、
> コミュニティの果たす役割は大きい。フクシマの地域コミュニティを崩壊させてはならない。
集団移住という方法もある。
阪神大震災で被災者がバラバラになりコミュニティが崩壊した反省から、
今回では加須市への一斉避難のような取り組みが行われている。
古くは奈良県十津川村が災害で北海道へ集団移住した例があり、その名も「新十津川村」となった。
>3)ヒロシマ・ナガサキの存命被爆者(つまり低線量被曝者。被爆当時は子供だったひとももちろん多数)は、
> つまり、低線量被曝の健康への悪影響は、事後的な医療ケアで取り返すことができる。
必要充分条件のすり替え。
仮に「ヒロシマナガサキの存命被爆者がかえって長命」であったことが事実だとして、
それは「低線量被曝の健康への悪影響は、『いつの時代でも、いつの地域でも』事後的な医療ケアで取り返す」
ことを保証するものではない。
まさに1)の「旧ソビエトでA+B<Cだったから、日本でもA+B<Cのはずだ」のロジックそのままに
「ヒロシマナガサキがそうだから、フクシマもそうだ」のロジック。
>4)行政や企業に長期的な補償をさせるためには、居住して社会的・政治的存在感を示し続けるのが有効。
> 移住の補償は一時的である可能性がおおきく、結局【なかったこと】にされるのでは?
仮に「なかったことにされる」危険性があるとして、「残留した方がいい」と言い切るには、
「低線量被曝による発ガン死亡率上昇」=A
「福島に居続けることによる社会的ストレスでの死亡率上昇」=B
「福島から疎開することによる社会的ストレスでの死亡率上昇」=C
に加えて
「なかったことにされることによる死亡率上昇」=D
を用意して、
その努力を放棄した議論を前提に、乳幼児に対し「居住が望ましい」というのは、政治の放棄では?
あと、集団移住という手法を先述したが、集団移住すれば、
ということで、「フクシマ被災者が移住を避けるべき4つの理由」は全て論破されてしまった。
勿論、残留を留まる高齢者の意向は重視すべきだし、家庭の都合・職の都合等で
フクシマから引っ越せないヤングファミリーの立場も尊重すべきである。
一方で、例えば西日本が実家のママがいて、未就学乳幼児を抱えていて、旦那の親とフクシマで同居しているケース。
ママがホンネでは「子供のためにフクシマから離れて実家に疎開したい」と考えていても、
姑や舅の手前言い出せない、なんてケースはどうだろう。
このようなエントリがあると、「ほらやっぱり疎開の必要はないのよ」と姑や舅が引き止める
その意味では、「疎開のハードルが低い家族に対しても、ハードルを上げてしまっている」このエントリは、
極めて罪深いといわざるを得ない。
村上春樹のカタルーニャ国際賞のスピーチが賞賛を浴びてるけど、僕はすごいスピーチとは思わない。エルサレム賞の「壁の卵」のスピーチの方が、何億倍もすごかったと思う。
村上春樹さん:カタルーニャ国際賞スピーチ原稿全文(上) - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/enta/art/news/20110611k0000m040017000c.html
【村上春樹】村上春樹エルサレム賞スピーチ全文(日本語訳) : 47トピックス - 47NEWS(よんななニュース)
http://www.47news.jp/47topics/e/93925.php
一部には原爆と原発を一緒にするレトリックに批判が挙がってるけど、別にこの部分には異論はない。科学的にいうと全然違うかもしれないけど(急性被爆とかうんぬんかんぬん)、文学表現としては有りだと思う。
僕が違和感を覚えるのは、そこの部分じゃなくて、「我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?」「理由は簡単です。「効率」です」という部分。
「効率」って言葉は一見抽象的なようで、安易に単純化した概念だと思う。
問題は深刻で真実は闇に隠されてて、立ち向かうのには、「壁と卵」のスピーチの言葉を使うと、もっとよい嘘をつくべきなのに、「効率」は出来の悪い嘘だと思う。
「効率」という嘘が、どのように出来が悪いかというと、この原発問題を簡単に乗り越えられるような印象を与えるということ。僕らが「効率」を捨てさえすれば、二度とこのような問題は起きないと錯覚するということ。
そんなに簡単に乗り越えられることが可能なんだろうか。僕らが「効率」だけを求めて生きてきたから、このような事故を引き起こしてしまったんだろうか。たとえそうであっても僕らは簡単に「効率」を捨てることができるのだろうか。
もしかしたら、福島の人に希望を持たせるためにあえて出来の悪い嘘をついたのかもしれないけど、そんなことは他の人に任せるべきで、村上春樹の仕事ではないように思える。春樹以外の人にだって出来ることなのだから。
春樹にしか出来ないこと、それは問題を抽象化して、別の形に置き換える作業だと思う。それは単純化と別方向の作業で、非常に難しいし、理解されないかもしれない。問題をさらに複雑にしたと批判を浴びるかもしれない。
でもそれが、「壁と卵」で春樹が言ってた小説家の仕事じゃないかな。そしてそれは「嘘を紡ぐプロ」として自覚している春樹にしか出来ないことだと思う。
※追記 エルサレム賞のリンクが間違ってたので修正しました。指摘ありがとうございます。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201105/2011051800044
放射線の影響、追跡調査へ=「将来の疫学に寄与」-大塚厚労副大臣〔福島原発〕
【ジュネーブ時事】世界保健機関(WHO)年次総会に出席している大塚耕平厚生労働副大臣は17日、ジュネーブ市内で記者会見し、
福島第1原発の放射能漏れ事故による住民の健康への影響に関し、「長期間の追跡調査が必要だ」と述べた。具体的な方法は政府で準備を進めていると語った。
副大臣は、特定日や場所の放射線量データは蓄積されつつあるとした上で、原発周辺地域などの住民の正確な所在時間と場所が把握できれば、
「(データとして)将来的な疫学に寄与する」との認識を示した。調査人数や避難住民の所在追跡といった課題は今後詰める方向だ。(2011/05/18-05:53)
また同じような事故が国内で起こることを想定しているんだろうか。
震災の影響で福島原発が爆発を起こし、甚大な放射能汚染を引き起こしている。
それまでの「絶対安心です」という宣伝文句は嘘だとわかり、その上に、万が一の事故への対策がほとんど取られていなかったことが暴露された。
そして、東電や政府の、事故後のあまりに不誠実な対応と嘘の上塗りに、私たちの原発への信頼は地に落ちた。
人々は不安に駆られている。
ところが、この段階に陥っても、まだ、
「原発は本来なら安心だ」
「東電幹部に人材が枯渇していた。原発自体の安全神話が崩壊したわけではない」
などと主張している人々がいる。
そして、原発をこれからも建設し、原発で発電を続けようと訴えている。
崩壊した神話にすがりついて、滑稽な主張を繰り返す、一流の専門知識を持った人々……。
デジャブ(既視感)だ。
なんだったっけ?
思い出そうとして思い出せないもどかしさ。
隔靴掻痒とはこのことだったが、つい先日、佐藤優の本をたまたま読んでいたときに思い出した。
「本来の社会主義は違う」
「ソ連経済が傾いていたときに、それを立て直す人材をたまたま得なかっただけ」
「資本主義の弊害は明らか。それを改めるためには、社会主義革命が絶対に必要だ」
理想がいくら高邁であろうと、それが地に落ちれば、人々は顧みない。
しかも、地に落ちたあとに知ったその実態はあまりにも醜悪だった。
恐怖による支配、ノーメンクラツーラの無法ぶり、嘘で塗り固められた報道、破綻した財政、ずさんな会社経営、環境汚染、人心の破壊、エイズの蔓延……崩壊した旧社会主義国の実態はおぞましいものであり、そして、世界は社会主義革命への幻想を捨てた。
原発も同じだ。
いったん事故が起こると、一県が壊滅状態になり、膨大な被災者が出ることが判明した。
加えて、日本は世界有数の地震大国であり、その周辺に、敵意と高度な軍事力を持った国を持つという特徴がある。
そのような危険な土地に、原発という危険な施設を建設すること自体、おかしな話だった。
しかし、事故が起こりさえしなければ、現実に目を背けていられた。
燃料となるウランを採掘するために、産出地の土壌が汚染され、採掘者や周辺の人々の健康に大きな悪影響を与えていること、
内部で働いている人々の被爆量管理がかなりいい加減であること(それは現在の作業員への扱いをみていてもよくわかる)、
つまり、弱い立場の人々を食い物にしないと、原発は存立し得ないということ、
全発電量に大きな割合を占めているといっているが、これはレトリックで、原発は発電量を調整できないので火力発電などを調整した結果だということ、
原発は地球温暖化を防止するというが、放出エネルギーの3分の1は発電に使われずに排熱として海水を温めており、結果、膨大な海水温の上昇に貢献していて、むしろ地球温暖化に貢献していること、
なにか起こって被害を受けても、責任者は責任逃れに終始し、責任を取るつもりがないこと、
核廃棄物をうまく処理する方法は確立されておらず、処理に莫大な費用が必要なため、時間が経てば立つほど、指数関数的に予算が増えていくこと等々……。
そして東電が、まるでソ連のKBGのように、情報を遮断し、われわれに真実を隠してきたことも。
わかればわかるほど、原子力発電というのは問題だらけじゃないか。
ソ連が崩壊したあとも、あの手この手で社会主義者たちは言い訳を繰り返す。
社会主義という思想自体は悪くないといい、それまで褒めたたえたくせに、旧社会主義国を罵倒し、そして、残り少なくなった社会主義国へすがりつき、ようやく命脈を保っている。
管理技術レベルが未熟な国家でも、原子力発電所建設計画が数多く進められている
自然災害か人災かどちらかが原因で、甚大な原発事故が、近いうちに世界のどこかでもう一度、起こるだろう。
確実に向かう。
日本は、その尖兵となっただけなのだ。
事故が一度起これば、その被害が甚大なものであることがこれだけ証明された以上、脱原発は、世界の流れになるのだ。
「原発は安心なのだ」
と、性懲りも無く、題目のように繰り返しているに違いない。
常に人間は新陳代謝で古い細胞を新しい細胞に更新しているわけで、放射線で壊れた細胞も普通は新しい細胞に置きかえられる。
受けた放射線量が多くなれば、置き換えが間に合わないので、壊れた細胞が癌細胞の原因として残ってしまう。
この細胞の置き換えが間に合うか間に合わないかの(数十年後に放射線が原因の癌が5%発生するリスクを負う)ボーダーが100mSv/yearではないか?とされている。
なんで、2年で200mSv食らわないと癌が起きても他の原因を疑った方がもっともらしい原因に行き着く事になる。
まぁ、リスク5%なんで、100mSv/year受けても、他の原因考えた方が楽かもしれん。
非喫煙者で甲状腺癌で放射性ヨウ素に大量に被爆した時期(当時福島に居たとか)があるとかの組み合わせなら結構確実なんだろうが。
放射線は主にDNAに損傷を与える為、細胞分裂しない細胞系には影響が少ない。
完成した心筋とかな。
なんたって水溜まりだし。
まぁ、実際の所、線量計を150mSvにセットしてあると、150mSvで鳴って撤収となるから、
150mSv/作業時間は出ていたって事は分かるけど、実際の所空間放射線量がどの程度だったかはあの状況では憶測だけだと思われ。
ちなみに、1Svの水なら何処にかぶっても炎症起こす。
たぶん、足ぬらしたままだと、長靴の人より水溜り抜けた後に水が残るから、それで1Sv逝っちゃったんじゃないかね。
むしろ、核種によっては金属中毒があるから、そっちだと目とか性器ヤバい。
つーか、これはただの愉快犯だろ。
人間に誘奇形性の出る放射線量は致死量並みかそれ以上である時点で、子供の奇形系の写真は放射線が原因じゃねーし、そもそもGoogleの検索結果のリンクだし。
37Bq/kgっても核種によるだろ。重金属系なら、誰であれ食うのは御免だ。
スリーマイル島に関しては、動植物しか写真が探せなかったのか、人間の写真は無い。
ただ、公式レポートでは動植物の誘奇形性に関しては見当たらないし、自然の範疇だったって事だろ。
ウィンズケールは、火災時の被爆量より、それ以前の放射性廃液垂れ流しの結果である可能性が高い。