はてなキーワード: 絶滅危惧種とは
まあ増田にそんな女を書いた所で「ないわw」って確実に言われると思ってたよ。証明できないのだから仕方ない。
でもね、世の中は広いんだ。マジで実在するんだわ。話しててわかるくらいもう疑う隙がないほど箱入りオーラが漂ってるし、恋愛経験は皆無だし(これはお互いに)、「え?こんなの生きてるの?」くらいの風体・思想をもつ絶滅危惧種。処女かどうかは知らんけど、処女と考えるのが妥当だろう。
確かに言うとおり女は女だし、「ちんことまんこがズッポシで自分の価値が~」ってのは考えてるだろうね、彼女もバカじゃないから。
ただ10000000ベトナムドンをかけてくれた推測のような下衆の勘ぐりをする女だとは思えない。だって本当にそういう女の子じゃ…と言った所で「妄想乙、もっと中身を見ろ、考えが甘い死ね」ってのがオチなんだろうけど。
反発を生む物言いが当たり前と思う割には、自分に同じ物言いされると怒る
尖っているのと自分勝手なのとを履き違えている
論理的な様に見えるが、前提となる情報が足りていない状態でゴールへ向かうのでおかしい方向にシュートする
人と違う意見が個性だと思っているが、周りからは単に天邪鬼と思われてるだけ
「分かる人だけ分かれば良い」というのは、普段付き合いのない人もその中に入っていないと井の中の蛙だという事が分かっていない
周りに理解されない理由がプラス評価よりもマイナス評価の数が多い結果だと気が付いていない
真の理系気質の人は上記の様な人が居るせいで、理系の評価がマイナスから始まり非常に迷惑している
出た出た、「オマエガナー」&「藻前ら餅つけ」。なんという痺れるレトロ感覚。
オタって言われると「オタってわかるお前がオタ」っていうキモオタのサンプルのようだ。
煽られてるんじゃなくて事実を周知されているのだとなぜ気づけない。
ブルマというのはオナニー業界において一大ジャンルを形成してます。
でも、平成生まれからいって、その未来が明るいとはとても思えません。思えないんです。
はっきりいうと、ゆとり世代とか現在若者であるところの人々は、ブルマに対してそこまでの魅力を感じていないと思う。
皆さんご存知で、多くのブルマニアが憤慨しているように、いまや三次元学校におけるブルマーとゆうのは絶滅危惧種というかもはや天然記念物レベルです。
ぼくが小学校に入ったとき、たしかうちの姉とか上級生の一部はブルマをはいていたような気がするんですが、まあぼくにとってのブルマの記憶なんて言うのはその程度です。
つまるところ、ぼくらの世代には生のブルマという経験がありません。
ブルマと聞いて思い浮かべられるのが姉のはいてる風景だなんて、こんなに夢のないことはありません。
生でブルマを見た知った経験がほとんどないということがどのようなことを意味するかというと、それはすなわち「実感のなさ」、あるいは「背景のなさ」につながります。
たとえば、すく水のことを考えてみてほしいんですけど、すく水っていうとどうですか。
やっぱりまずイメージするものとしては、カルキの匂いとか、女の子が教室の隅っこでこそこそ着替えてる姿だとか、頬を赤らめてトイレに行く女の子だとか、まあこれはぼくがおしっこ大好きだからなんですけど、そんなところじゃないですか。
二次元ですく水という時も、これらの甘酸っぱいイメージを念頭に置いて女の子を見ることになります。
たとえばイラストですく水といっしょにタップタオルが描かれていたとする。
それを見たぼくたちは、下地、背景として(あるいは無意識のうちに)女の子がいっしょうけんめいお着替えしてるとことかをイメージするわけです。すごいドキドキしますよね。
もちろんすく水の魅力がそういう背景に留まらず、紺色からはみ出たまっしろなお尻であるとか太股にもあることは百も承知です。
だけど、そういうものをエロいと感じる根底には、先ほどあげたようなイメージが下地として深くかかわっていると思います。
そうじゃなきゃラップタオルなんてただ中国製タオルと大差ないわけです。
逆の例を挙げるなら、チャイナ服があるでしょう。
あれも太股が強調されて大変えっちなんですけど、一般的に言ってお世辞にも絶大な人気があるとは言えないですよね。
せいぜいコスプレ要素として一瞬出てきてふーんそうかーと思うくらいです。
で、なんで人気ないかというと、チャイナ服には下地というものが無くて、完全にセックスのための服でしかないからじゃないでしょうか。
もちろんチャイナ服が登場するようなリアルもあると思うんですけど、横浜中華街に住んでいるのでもない限りたいていのひとはそういうリアルを持ってないわけで、というかそもそも横浜中華街でもああいう服が使われているのか分からないんですけど、まあやっぱり「ハレ」の服であることには違いないと思います。
ちなみに、バニーガールにもそういうきらいがある。
あれもうさぎさんぴょんぴょんしてて大変えっちなんですけど、そこからぼくらがイメージするものというとせいぜいドラクエのカジノくらいであって、ふつうはこれが出てきた瞬間「セックス! セックス・アッピール!」みたいなムードになりますよね。
まあうさぎさんというのはヒトと同じく哺乳類の中では珍しく「発情期」というものを持たず、常に生殖可能であるそうで、それを考えると、ハルヒに代表されるように恥ずかしがり屋さんに着せちゃうのもまた一興だなーと思います。
関係ない話をしましたが、ぼくらの世代、少なくともぼくにとってはブルマーはチャイナ服と同じレベルに非日常のものです。
小学生くらいのころにブルセラブームに遭遇したため、その印象が強いというのもあるかもしれません。
で、こういう言い方をすると、リアルでの経験なんていらないぜ二次元ブルマーは全く別物だぜ!と主張したい人が出てくると思う。
そういう人は、ロリコンの赤以外のランドセルバッシングのことを考えてみてほしい。
あの今はやりの24色ランドセルだか何だかいうのは、いまや防犯ベルとならんで現代小学生の必須アイテムだとおもうんですけど、ぼくが小学校高学年くらいのころがちょうど出はじめでした。クラスに一人二人持ってる人がいて、それがその人のチャームポイントになりうる、というような。
たぶん今ロリコンやってるような世代には、本当に縁のないアイテムだと思います。
ロリコンのカラフルランドセルバッシングも、こういうところに起因するのではないでしょうか。
まあぼくもカラフルランドセルは幼さを不必要なまでに強調しているような感じがして嫌いなんですけど、たぶんぼくより下の世代になると、あれに興奮する人も出てくるんじゃないかな。
ブルマの代用品として登場したハーパンってわりと評判悪いですけど、ぼくはそこそこエロいと思います。
そんなわけで何が言いたいかというと、下地を失ったブルマは今後ゆとり世代(あるいはそれより下の世代)のオナニー業界参入によって市場を大幅に縮めていくだろうということです。
ブルマ大好きの人は早いとこブルマ関連商品を一生分集めた方が良いと思います。たぶん。
あと、こんなことを言ってますが、ぼくはブルマがそこまで嫌いというわけではないです。そこまで好きでもないですが。
ぼくの時代のブルマというと下履き的な要素が大きいわけなんですけど、そのためか下履きのブルマというテーマには大きな魅力を感じます。邪道だったらごめんなさい。
下履きブルマってけっこう未開拓ジャンルだと思うんですけどどうですか。だれかやりませんか。
最後に、ブルマゲーでおすすめあったら教えてください。今調べた感じ「マーブル★ブルマ」って抜けそうな感じするんですけど、どうですか?
* 有意な記事にブックマークが付く速度が劇的に遅くなった
広大なネット上から面白い記事を発掘してきたいわゆるアルファブックマーカーが絶滅危惧種?IT系に関してはまだはてなは有用だけど、それ以外のジャンルについてはまとめブログの方が圧倒的に早い。
はてブのtwitterカウントを見ると、情報に餓えていた層のうち相当数がtwitterに移行してしまっているようだ。「はてな的」な話題はlaiso氏が発掘し、kanose氏やotsune氏が拡散し、そのフォロワーがはてブカウントを押し上げて注目エントリー入りさせるというのが黄金パターンだという認識だったんだけど、今ははてブアカウントを持たずに、タイムラインから記事を閲覧して満足という層が増えた印象。
はてブ(というか元ネタのDIGG)は記事に対して短文コメントを書けるサービスだけど、twitterは記事に関係なく短文を残せ、かつコンタクトを取るのに便利ないわば上位互換みたいなものだから、twitterを使う人が敢えてはてブも使う必要性というのがないんだろう。
* 人気エントリーにハイエナしてコメント残すだけの層が増えた
これは相当前から言われてそうだけど、3users未満の記事をブックマークして発掘する層が激減した代わりに、注目エントリーや人気エントリーの記事だけをブックマークしてドヤ顔コメント残すだけの層が増えた。特に人気エントリーにこの傾向は強く、100users辺りまでの伸びは緩やかなのに対して人気エントリー化のためかそこから加速して300users以上に伸びる。コメントの内容も100usersまでは面白いけど、それ以降はミサワみたいなコメントが増える。コメント表示はタイムスタンプに対して降順なので、人気エントリーを見るとどれもまずミサワコメントばかりが目に付いて切ない。
ついでに言うと後発ミサワ系コメントはポジショントークっぽい人が多い。他のブックマークやブログも辿ってみると、「あぁこの記事が人気エントリーに入るのが気に食わないからブコメ付けたんだなぁ」というのなんなんとなく分かる。
個人的には参考にされないライフハック系、すぐ飽きそうなウェブサービス系、埃の被りそうなウェブデザイン資料系は殿堂入りカテゴリでも作って隔離してほしい。
ある程度人気のある2chまとめブログに関しては逆で、0userの記事も積極的にブックマークされる。無言率が高めで「この記事のどこにブックマークする価値があるんだろう?」と思うことも多い。この手の2chまとめブログはコメント欄で一桁を奪い合っていることが多いので、その延長なのかもしれない。もしその記事が注目されたら「自分はこの記事を最初に目をつけたぞ」ということになるのかも。
玉石混淆な弱小2chまとめサイトに関して言えば、はてブによる記事発掘はありがたいんだけど、玉率の高い人気なサイトについてははてブのノイズにしかなっていないという印象。特に「情報の質」より「面白さ・煽り」を優先する一部人気2chまとめサイトは、いい加減な飛ばし記事だらけなので(ソースであるニュースを精読したり、元の2chログと比較して読むとよく分かる)、それを鵜呑みにしたはてブコメントを見ると暗澹とした気分になる。
* 今はどこが流行の先端なんだろう
増田もかなり雰囲気が変わったね。日付変更ごろに「無とは一体…うごごご」で〆る人がいたころくらいにはてな退会してから久々に使ってみたけど(3年ぶりくらい?)、今の増田はノイズ比率が高すぎて正直RSSに入れる価値を感じない。
それだけはてなのユーザー層が増えたのか、あるいは増田を使う層が変わったのか…。人生相談、人生悲嘆は確実に増えた気がする。2chだと一笑に付されて終わりそうな話題が増田では続くから、そういう匿名で孤独を紛らわすのに利用されるようになったのかな。ただそういうのは釣りっぽく見えたり、ポエムじみた内容として嫌う人の方が多そう。確実に言えることは本気で悩んでるならいのちの電話みたいなプロに相談した方がいい。
「はてブは終わった終わった」みたいなのは2年以上まえから言われてるんだろうけど、最近は本格的に面白い情報が見つからなくなった気がする。アフィリエイトというインセンティブのある2chまとめ系の躍進によって、情報過多に陥ってはてブの地位が相対的に下がったという考え方もできるけど。ただ2chまとめ系のブログの情報は流し読み以上の価値を感じなくて、ただの懐古かもしれないけど、興味深い記事が多かった昔のはてブのようなサイトを見たいという欲求がある。
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初期のはてブは「個々人の気に入ったサイトをブックマークに登録する→結果としてその時々の流行サイトが分かる」、だったのが今は「流行サイトを追いかけるためにはてブを見る→流行サイトがはてブに載る」に変わったんだろうなー。情報が循環するだけの場。まあ面白い情報は自分で作るなり見つけるなりしろってことですね。
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usukeimadaさま
文化一般に言えることでしょう。それよか俺は元増田氏のいたというかつてのはてブが一体どういった空間だったのか知りたい←これはミサワになってないよね? 2011/01/13
ミサワコメの自分の定義は「前から知ってたしー」「興味ないしー」とかそういう感じの、ホッテントリを使って自尊心を満たしたい系のコメントです。
過去のはてブについては、http://b.hatena.ne.jp/hotentry/20******の******部分を050210(リリース日)~06年末辺りでいくつか実際に見てみると分かるかなと思います。
ニュースサイトの直ブックマークが多く、エントリーコメで意見をやりとりされていました。今では2chまとめブログがソース記事+2ch世論抽出をパッケージ化してしまうスピードが素早く、そちらがブックマークされることが多い気がします。あとは今よりが個人ブログが盛んで、はてな内で趣味ごとにグループ、リングなどでクラスタ化されていて、クラスタ内で行われた素人の議論がブックマークで人気を集めることも多く、色々な視点で物事を見れた気がします。そこから「死ねばいいのに」タグなどで炎上・プロレスに発展することも多かったですが。(そういえば「このエントリーを含む記事」を全く触らなくなったなぁ)
ちょっと長くなるけど、頭から説明するよ。
現在のジャニーズ事務所の業務形態、それと、「パトロン」と「プロデューサー」の違いについて。
覚束無い所は調べながら書いてるけど、アイドルビジネスには詳しくないから、細かい所は大目に見て欲しい。
強いていえばジャニーズの「パトロン」は所属アイドルのファン。
それぞれ細かく分けると別の事業をやってる。
各々に会社役員や雇われてるプロデューサーや、資金提供者=投資家がいる。
投資家とパトロンの違いは、投資することで利益を得るか、得ないかって所か。
ジャニーズの興業で利益が上がれば、提供した分の資金に配当金がプラスされて投資家に返る。
これで彼らは利益を得て生活している。
彼はプロデュース的な仕事も行っていた筈だし(現在は不明、ただプロデュース能力が無ければ、
少年野球チームをミュージカル俳優の事務所にはできないだろう)、
個人の資産を事業に組み込んでいるなら資産家としての側面もある。
ただ、これは有能な個人が複数の役割を兼ねているだけで、基本的には全て別の役割。
西洋には教会音楽、宮廷の音楽、世俗音楽ってのがあって、全部システムが違ったんだよ。
これらが相互に影響しあって発展したのがクラシック音楽の系譜。
近代以降、商業的な音楽が発展していくけれど、日本に輸入された音楽も、この系譜に連なっているし、
日本国内の商業音楽の現代のビジネスモデルはアメリカのショービズ界が原型だから、やっぱりここに繋がる。
教会音楽は文字通り宗教式典用の音楽だけど、音楽を理論家したのは教会だから、
「クラシック音楽」を作ったのは教会、とも言える。構造は「宗教だけに」非常に特殊。今は関係ないから割愛。
で、宮廷音楽。発生は貴族社会以後。近代以前の西洋社会ににおける「パトロン」は、王侯貴族の役割だった。
利益はあってもなくても気にしない。彼らの文化的な生活には豪華な家具やドレス同様、
オーダーメイドの音楽が必要だった。だから、庇護下の音楽家は、彼らの為に曲を書く。
クラシックだと、○○×世に捧ぐ、○○式典の~みたいな曲あるじゃん。ああいうの。
馬鹿みたいな金を使って作曲家や腕利きの演奏家を雇って、絢爛さを競った。
で、世俗の音楽。これも歴史は古いけれど、カヴァー範囲は非常に広いから色々省く。
キリスト教が弘まって以降、演劇の娯楽性と衆目を集める力から教会に弾圧されてたんだけど、
ルネサンス期にギリシア文化への回帰から戯曲や演劇が見直されるようになって、劇場なんかも建設されはじめた。
演劇は当初、貴族によって嗜まれるものだったんだけど、17世紀あたりから市民にも親しまれるようになる。
娯楽の少ない市民は劇場に通いつめた。劇場主・興行主は劇場を使って興行を行い、資金を稼いで循環させる。
彼らがプロデューサーの前身だ。オペラなんかはこのシステムの中で成長したし、現在のショービズの原型でもある。
このへんの歴史にはいわゆる流浪民やら乞食なんかの社会階層外の人々も大きく関与しているんだけど、
話がややこしくなるから省略して、外枠としては大体こんな感じかな。
アイドルビジネスは歴史的に見ればごくごく新しい+日本独自のカラーも強い形態だけど、
ジャニーズ事務所なんかは特に、元々アイドル事務所じゃなくてミュージカル俳優の事務所だったくらいだから、
(ジャニー喜多川はブロードウェイミュージカルに憧れて興行を始めたらしい)、
一応はこの興行の歴史の延長線上にある。もっとずっと、資本主義的に洗練されているけど。
片や、今はいわば文化事業とか王侯貴族の嗜みみたいな文化はほとんど存在しないから(しかも不景気だし)、
その為に、芸術家をいわば保護する「パトロン」は絶滅危惧種だろうね。
http://www.onlinegamer.jp/news/18451/
大多数のユーザーは、ゲーマーじゃなく、ただそのソフトを進めるだけの人。
そもそも大多数のユーザーは、ゲームをプレイして得られる体験を全て回収したいだけであって、ゲーム性など求めていないのだからしょうがない。
STG、格ゲー、音ゲーが何故廃れたかって、先のステージに進む、強い敵を倒す、難しい曲をクリアする…という体験は、ゲーム性と直結していて、実力がないと体験を得ることができないから。
多くのユーザーは、実力によって得られる体験が制限されると言う区別を、受け入れたくないのだ。
攻略本片手にプレイするのも当たり前。ムービーゲーが製作されるのも道理。それがニーズだから。
新たな体験を提供するWiiが、本体販売台数だけ好調なのも頷ける。
さて今回の騒動で最も笑える発言はこれだった。
あそこで起きているのは本当に切れば血の出るリアルポリティックスなのだということは確認しておきましょう(正邪善悪はさておいて)。
厨先生の見識は「人文系ヘタレ左翼インテリ」叩きにあたっては冴えわたる、ということになってるらしいが、デフレ不況が長引いたおかげで、純血種の「人文系ヘタレ左翼インテリ」は絶滅危惧種となり、その改良種を装って優位に立つための「我は人文系ヘタレ左翼インテリに非ず」というポーズ&パフォーマンスばかりがはびこるようになった今日、そっちのサル芝居には常にあっさり引っかかってるところを見れば、結局人物を見る目はあんまりない、のかも知れない。「切れば血が出るリアルポリティックス」は、「私、大学の外に出ても凄いんです or 凄い人物と知り合いなんです」アピールの常套手段だが、その他のヴァリエーションとしては――
・「切れば血が出るリアル金儲け」
ネタばれありますよーご注意ください!
じゃ、順番にいくよー
当り前だけどさ、人にものを借りたら、どんな形でもいいから返そうよ。違うのかな。
返さないんだったらさ、人間あっての生活なんだしさ、当然さ、質素に生きろよ。
じゃなきゃ、スピラー的な狩り暮らししようぜ。
スピラーが折角くれようとした、カエルの足見て、気色悪くなってるようなさ、動物としての本来の生き方放棄した、仮ぐらしなんて止めよう!
今回はさ、、宮崎アニメと違って魔法とかなくて人間離れしすぎないお話だよね。
だれかが言ってたけど、アニメって2通りあって、
屋根から落ちたら死ぬタイプのアニメと、死なないタイプのアニメがあるじゃん。前者はサザエさんで、後者は攻殻機動隊とかさ。
この物語は前者だよね。
だから、リアル世界での位置づけって言うか、食物連鎖ピラミッドのどこにアリエッティたちが位置づけされるか、気になっちゃったよ。
人間>たぬき、ねこ>からす>ねずみ、カエル、ごきぶり>アリエッティ>こおろぎ、だんごむし、あり
こんな感じ?
こおろぎとか、だんごむし、群れたアリって結構、貪欲で凶暴だから気を付けた方がいいよ。
ちょっと、俺の話で申し訳ないけどさ、
ちいさいころ、「だれも知らない小さな国」っていうコロボックル(小人)が出てくる本が好きだったの。
人間との共存の難しさとか自然の怖さが描かれててさ、今回も勝手にそんな感じだと思ってたから、
やっぱり捕食関係がぜんぜん描かれていないことに気になったよ。
「君たちは滅びゆく種族なんだよ。君はこの世界にどのくらいの人間がいるか知ってる?67億人だよ」
これはさ、生物多様性の話じゃないよ。
ま、ヤンデレな翔くんだから、ついつい自分より弱い存在に対して、ひどいこと言ってしまったのはわかる。
でもさ、そこで突然「オレ、心臓悪いんだ」っていうオレかわいそうな奴発言は、浅ましくない?
「君はぼくの心臓の一部だ」
あのさ、アリエッティの逞しさ、ほんとに伝わったてたのかな。突然出てきた、その言葉だけじゃわからないんだ。
翔くんの大きな手で、いきなりアリエッティ家のリフォーム始めたよね。
やっぱり、リフォームは、キッチンからなんだ!
あの欲深いというか、あざといママエッティに、「ここが地獄かあああ」って形相にさせるとはね。
親切心が裏目に出ちゃっただけなんだよね、ドールハウス、美しいから。
小人さんにとっては、テラフォームくらいの勢いの、恐怖を与える想像力はあったと思うんだ。
それに、翔くんは知らないかもしれないけど、もともとのキッチン、なかなか使い勝手も良く綺麗で良かったんだ。
リフォームの必要性なかったよね。
とりあえず、脱出はしたし、新しい世界がはじまるんだよね。
でもさ、また、この家であったことと同じこと繰り返すよ。
だって、ただ逃げただけでしょ?
ぜんぜん成長してないじゃん。ママエッティも、パパエッティも。
アリエッティなんかはさ、かなり前向きな女の子だから成長要素なかったじゃん。
アリエッティの軽やかに飛び回る姿、ホッチキスの針の階段、水滴の質感、小人さんの生活を楽しんでみて!という描写がアニメならではで、素晴らしかったよ
ここまで読んでくれてありがとう、まあさ、キャラを掘り下げられなかっただけなんだろうなってのが感想。
鈴木敏夫が言ってた3つのキーワード「静かで、ひっそり、そして質素に」の正反対だった。
あざとく、あさましく、そして浅い
食物連鎖ピラミッドというものを皆さん、知ってると思う。弱い生き物ほど数が多い。鳥類だったらワシなどの捕食者は数が少ない。動物であればトラや熊のように強い生き物は数が少ない。鯨は食物連鎖の頂点にいる動物である。これを捕獲して捕まえるということは生態系に深刻なダメージを与えかねない。小さな部族にとっては熊やライオンを狩る狩猟はなりたつかもしれないが、大きな国家が、熊やライオンを捕獲して日常的に国民に食べさせることなど不可能。ところが日本はそれを海でやってしまってる。1億4000万人の食卓に鯨が日常的に登場することは、まずありえない。食物連鎖のピラミッドの頂点を食べ続ける狩猟が、陸上で成り立たないなら、海でも成り立つはずがない。われわれが食べていいのはピラミッドの下のほうのたくさんいる生き物だけだ。
調査捕鯨という手法には科学がない。たとえばライオンの数をサバンナで数えるために、見つけて殺すなどという手法がとられたためしがあるだろうか。捕獲して目印をつけたり、衛星で追えるような発信機をつけたりするのではないだろうか。絶滅が心配な動物を調査するときに殺して数を調べるだろうか。調査の段階で食べることを前提にしてしまったら受けいられるはずがない。殺さない方法での生態調査を行うのがまず先ではないだろうか。殺さない調査捕鯨を数年かけて実施してから世界を説得しても遅くはない。
日本の水産庁や漁業関係者が常に正しいのであれば、マグロは8種類のうち5種が絶滅危惧種になるような事態になっていなかったはず。日本は常に正しいわけではない。
誤解のないように言っておく。シーシェパードはテロ組織で営利団体だ!!寄付金を給料として着服する団体を私は一切信用しない。最近登場してきたmiauとかもだが。
黒髪ストレートか否かを基準に付き合う相手を選定する人間は、これからの日本では付き合う相手探しに苦労するぞという話なのだと思うのだが、付き合う相手探しに苦労するかどうかは、そんなことよりも、そいつが金持ちであるか、イケメンであるか、コミュ能力が高いか、仕事ができるか、などのほうが、よほど影響すると思う。
もし黒髪ストレートが絶滅危惧種になって、それを追い求める人間がいたとしても、そいつが金持ちやイケメンやコミュ強者やエリートビジネスパーソンであるなら、生き残るし、子供も作るだろう。あー、もちろん日本がハイチのようになってしまったら話しは別だ。その時はケンシローやモヒカン脳筋男の方が生存し子供を残せるかもしれない。
人類は焼畑農業とか、動物を狩猟で絶滅させたりした経験から何も学んでいないんだろうか。
当たり前にあるものを、その後の影響を考えることもなく収奪していく。
そして、そのうち当たり前じゃなくなってから騒ぎ出す。
しないよりはいいけどさ。でもそれだけ。しないよりはいいっていうだけ。
今そうやって考えなしに収奪されているのは、人の善意とか良心とかだと思う。
見返りを求められないからといってやりたい放題。
試食コーナーを食べ散らかすような浅ましさ。
法律にのっとっている、誰にも迷惑はかけていないでしょっていうのが定番の文句。
ばかばかしくなって、みんなが無償の善意とか親切心とか遠慮とかなくしたら、きっとまた騒ぐんだろう。
人々の心にゆとりがない、やさしさはどこに行ったとか言い出して。
それからきっと、それらを取り戻すためのビジネスモデルが確立されるんだろう。反省なんかはしない。
もうすでに絶滅寸前だけど、滅びゆくそういったまっとうな人間を見てるとすごく切ない。
残念だったね、もう20年もしたら絶滅危惧種として大事にされるのに。
英語も錆びつくばかりで、読むのだけは辞書を引きながらなんとかなるのですが、話せない、聞きとれない、書けないの駄目駄目三重苦。
うーん、と考えて、一年前くらいから、英語でブログを書くようにしました。
と言っても、ほとんど使っていない英語、中学程度の文法がせいぜい。
あんまり複雑なことも言えないし…と思って、えいやっとアメリカの掲示板にとびこみました。
掲示板とか、アメリカ人のブログのコメントにいろいろ意見を書いて、それも自分がカッとするようなテーマね、フェミニズムとか、人種差別とか、敵意まんまんの人たちをあえて相手にしたんですよ。
とにかく相手に自分の言いたいことを伝えたいと思うから、辞書をひきひき試行錯誤して、最初は「けーっ、あんたの英語、ちょー狂ってる!!! lol 」とか言われたんですが、だんだんと蓄積してきて、今ではほとんど語学力のことは言われなくなりました(言っている内容にけちをつけられることはあるけど)。
思ったんですが、これまでの英語の勉強の仕方は逆だったんだなあって。
えーとですね、つまり、最初に単語や文法、構文を覚えて、必要に応じてそれを引き出すというやり方だったんですよ、これまでは。
そうじゃなくて、必要が先にあって、その必要を満たすために、単語や構文を覚えて使っていく、細かいことは気にしない!(私、ネイティブじゃないし!)、そのやり方でどんどん言いたいことがすんなり表現できるようになったんですよ。
私、はっきり言って英語は苦手科目でした。
その私が今では毎日、英文をたくさん書いているし、アメリカ人たちとメールのやりとりをしたり、たまにスカイプしてたりします。
日ペンの美子ちゃんのセールストークみたいですけど、やってみれば案外、簡単だったなあと。
しかも無料ですしね!
今でもニューヨークタイムズに寄稿するような立派な英文は書けないですけど、言いたいことが言えて、伝えたいことが伝わっているならばそれ以上、何を望みます?
英語が苦手だった私でも出来たんですから、普通の人はもっと出来ますよ!
英語の世界のインターネットに出入りするようになって、日本人の発言ってほんと少ないなあと感じます。
量より質って言っていられる状況でもぜんぜんなくて、英語の世界では絶滅危惧種並の希少種ですよ、日本人は。
なまじっか、日本語のインターネットが充実しているもんだから安住しているんだろうなあって思います。私もそうでしたし。
ただ、あんまり右翼みたいなことは言いたくないんですけど、中国人とか韓国人とか、移民や留学生が多くて、英語が出来る人が多いんですよね。
で、実際問題、コリアンやチャイニーズは日本バッシングに情熱燃やしている人がたくさんいますから、それを通して相当、偏った日本観が流布されたり、ごく稀な事件をことさら大きくとりあげてネガティブキャンペーンされるようなことがあるんですよね。
なにしてんだ、日本人はって感じです。
一億二千万人もいるのに、ぜんぜん実働人数がたりないよ!
右翼のブログとか、日本語で威勢のいいこと書いてますけど、あんたそれ日本語で書いてもあんまり意味ないよ、って思うんです。
いや、英語で書かれても困るけどね、日本のイメージが悪くなるから。
罵倒とか、ばかにした表現って、それを「いいぞいいぞ」って言う人、書いたり言ったりする人からすれば「言ってくれる人」がいるから、言えるんですよね。
右翼の言っていることって、日本人相手にしか通用しませんから。
それをいかに関係のない第三者に説得力をもって言えるかってのが重要なんであって、右翼は説得力を磨くのと、英語で書くこと、同時並行でやらないと、ただの内輪のなれあいなんですよね。
http://anond.hatelabo.jp/20081106233020
への補稿(生死編)です。あくまでの私が感じる世間の”空気”であり、私の嗜好ではないことに御留意ください。
これまで同様、「世間はそんな空気ではないだろう」というような御指摘があればお願いします。
※なお恋愛編はこちらです。