はてなキーワード: スナップ写真とは
それじゃわからないよ。
適当にhttp://scrapture.org/streetsnap/スナップ写真か何かから最低ラインと思う奴をピックアップしてくれ。
じゃあ視点を変えて、「撮りたいもののためにはどんな性能が欲しいか」でも書いてみるか。
デジ一眼にはデジ一眼の良さが、コンデジにはコンデジの良さがある。道具は良い写真を補佐するけど、結局モノを言うのは自分の腕だ。
ただ、明確に目的があるなら、そのために最適な性能というものはある。全部を一台で賄うのは無理だ(デジ一眼はそれに近いことをやってるけど、代わりにレンズを何本も持つことになる)。目的を絞って、必要なら目的別に機種そのものを変えるのもひとつの手。
風景といっても様々だけど、一般的には「広い範囲を切り取る」ことになると思う。
観光地なんかで記念写真撮ろうとして、背景の収まりが悪くて苦労したことはないか?特に建物の前で撮ると、画面に入り切らなくて困る。離れればいいんだけど、そんなに距離を取れない場所だってあるわけで。
こういう時には広角レンズが欲しい。
レンズの倍率はmmで表されてる。ズームレンズなんかだと28-135mmとか、そんな風に。この数字が小さいほど広角に写る。普通のスナップ写真、例えば写るンですなんかは35mmあたり。28だとやや広角ぐらい、21ぐらいになると結構広角。14とかになるともうかなり広角。
広い範囲を無理矢理収める分、広角レンズは端が歪む。球の表面に写真を貼り付けたような、そんな風に直線が曲がる。だから正確な形は把握できなくなるんだけど、これはこれで味わい深い。歪みの面白さを利用して、わざと広角を使うことだってある。
広角の極端になったものが魚眼レンズ。全周魚眼にもなるとレンズ面から180度、つまり真横まで全部写る。
魚眼となると普段使いには不便だし、ほぼ一眼一択になっちゃうけど、単に「広い範囲を写したい」だけなら実はレンズに拘る必要もない。撮影画像を繋げてパノラマを作ってしまえばいいのだ。写真加工ソフトがあれば自力で作れるし、最近では写真を自動で繋いでパノラマにしてくれるソフトまである。またカメラ側にもスウィングパノラマなんて名前で、「前の画像の端に合わせて次の1枚を撮る→終わったらカメラが自動で合成」なんて機能もあったりする。やろうと思えば360度ぐるりと見回す画像が作れたりして面白い。
さて、なにも風景のすべてが広範囲というわけでもない。時には近付けない距離のものを大きく撮りたいこともある。そういう時は勿論、望遠レンズだ。
望遠は大雑把に言えば「画面の一部を切り取る効果」だ。Photoshopなんかで写真を切り取り処理したことはないか?不要な部分が消えて写真の中心が変われば、印象は随分変わる。望遠は、それを撮影段階でやっているようなものだ。そう考えれば、これはまあなくてもやって行ける。でも切り取った分だけ画素数は減るから。大きくかつ微細な画像を使いたいなら、やっぱり望遠が便利。
望遠には他にも用途があるんだけど、それは後述。
雑貨や植物、昆虫のようなサイズの小さい静物を大きく撮るには、普通マクロを使う。大雑把に言えば、カメラに凄く近いところにピントを合わせるレンズだ。コンデジでもリコーやソニーなんかはマクロに強くて、レンズ前1cmまで近付くことができる。最近の薄型機には「スーパーマクロ」とか「拡大鏡モード」などと呼ばれる機能を備えたものがあって、この辺になると接写どころか10倍ルーペ並みの解像力を持つ。布の繊維一本が確認できるレベル。
勿論一眼レフにもマクロレンズはあるし、大型のコンデジなら外付けのコンバージョンレンズでマクロを使えるものもある。
ただ、この手のマクロはカメラと撮影者が対象に超接近するので、被写体に影が落ち易いという欠点がある。そんな時は望遠を使って離れた場所から撮影するのもいい。要は細部を大きく撮れればいいわけで、意外に望遠で1mぐらいから撮った方が綺麗に見えることもあるものだ。
このふたつは割と似てる。動きが早いこと、近寄れないこと。だから撮り方も割と近い。基本はズームと高速シャッター。
シャッタースピードを早くするのはブレを抑えるためだ。動きが早いから一瞬で撮影しないと手足とかブレてなんだか判らない。また望遠で狙うということはカメラの僅かな動きでも視点が大きく動くということだから、手ブレが強くなる。それを抑えるためにも高速シャッターは重要。
シャッタースピード優先モードがあって設定した速さで撮影できる機種が欲しい。
人物や花なんかは日常的にかなり撮影頻度の高い被写体だけど、綺麗に撮るのって結構難しい。なんだかパっとしなくてガッカリした経験も多いだろう。
実は、撮影にはコツがある。被写体以外をなるべくボカして撮るのだ。
低価格なカメラは単焦点のものが多い。写るンですなんか典型的だけど、80cm〜無限遠にピントが合うようになっている。こういうので撮ると、被写体にも背景にもバッチリピントが合うので、被写体が背景に沈んでしまう。
これを絞りを開放して望遠側で撮ると、前景や背景が大きくボケて被写体近辺だけにピントが合うので主題だけが浮かび上がって効果的。
これをやるには、それなりに強い望遠レンズと絞り開放可能な設定、あとなるべく大きなCCDが必要になる。この点ではやっぱり一眼レフが強いけど、一部の超望遠系コンデジでも勿論可能だ。
なお被写体が小さい場合、例えば料理写真なんかの場合もボカシは有効で、雑誌なんかで美味しそうな料理写真を見ると結構一部にだけピントが合ってて前後が大きくボケてるものがある。これは望遠よりマクロの出番。拡大鏡モードで奥行きを強調する感じにケーキの写真なんか撮るとかなり美味しそうに見える。蛇足ながら料理は逆光気味に斜め奥方向から光を当てるのが基本。手前に影が出すぎないように白い紙なんか立てて柔らかく反射させると更にいい。
日常の風景って意外にフォトジェニックで、普段見慣れた場所でも時間や天気、向きが変わると新鮮味を増す。そういうのは普段から撮るつもりで見ていないと仲々気付かない。そのためには普段からカメラを持ち歩くのが一番いい。
最近はケータイのカメラがかなりパワーアップしてるから、それである程度賄える部分もある。それならそれでいい。でも撮影までにあんまり時間がかかったり、画質が気に入らないようだったら薄型コンデジでも用意した方が幸せになれると思う。沈胴ズーム式(電源入れるとレンズがニューっと出てくる)じゃなくて屈曲光学式{レンズが飛び出さない望遠。ズーム部分が横向きに入ってて、プリズムで反射させて向きを変えてる)だと起動も早いからチャンスを逃さない。
余談ながら、実はこの部分ではiPhone最強。撮る→その場で加工→そのままアップロードして公開、まで一台でできてかなり幸せ。画質はチープだけど割り切ればそんなに気にならない。
不細工のタイプにもよるけど、自分の場合は笑うと気味悪がられる。本人はニコニコしてるつもりなんだけど、「ニヤニヤしてる」「ニタニタしてる」と表現される。確かにスナップ写真を見るとニヤニヤニタニタしていて、その表現は妥当だと思う。
おそらく、鏡を見て、自分の顔がよく見える筋肉の動きなんかを研究する意欲が、人様より足りてなかったんだと思う。多分思春期の女子が黙ってても自主的に通る道だから、改まってノウハウとして言及されてそれが自分のところに届くようなことはなく、でもそういう類のことは言及を耳にしない限り気付けない鈍い子だったものだから(今思うと発達障害か何かだったのかもしれない)、思春期と呼ばれる年代の頃はほとんど鏡を見なかった。見たくない、とかじゃなく、見る気が沸き起こらなかった。ついでに言うと、鏡を見ても自分が不細工であることに気付けなかった。何でこんな写真写り悪いんだろう、ご先祖様の供養が足りないのかな、とか思ってた。カメラのせいでもご先祖様のせいでもなく自分が不細工なんだと気付いた後も、顔のパーツとかを他人と比較しても違いが分からなかったりして、何故不細工なんだろうと途方に暮れていた。
先日、いわゆる「自分撮り」をする機会があって、その時に試行錯誤して分かったことには、現在の自分の顔は無表情の時が一番見ていて不快感が少ない。人に写真撮られる時って大体楽しい時だから、おおむね笑顔の気色悪い写真になる。証明写真とか撮る時にもほのかに感じたけど、ようやく実感した。自己催眠かかってる可能性も無いとは言い切れないけど、親から貰った顔パーツ自体はそこまで壊滅的ではない。ばっちりそこらにいる普通の顔だ。改めて思い起こしてみると、失礼ながら内心自分の仲間だと思ってた人達の顔パーツも、そこまで突飛じゃなかった。自分と同じ笑い方をする人を、自分の仲間だと感じた節がある。
最近になって、ようやく遅めの思春期(と思しきもの)が到来して、一人部屋の鏡の前ではにかんでみたりあご引いてみたり、そういうこっぱずかしいこともするようになった。ノウハウとして顔面体操なんてのも知ったから、遅ればせながらも顔面の筋肉が覚醒し始めた。でもまだ年季が入ってなくて全然サマになってないから、メンタル・外見ともに不細工状態は変わらぬまま。そもそも不細工である原因が分からないこと自体が不満・不安だったのであって、不細工であること自体は他の自称不細工増田達も暗に言ってるように、ステータスとして自分の中に根付いてるから、無理にがんばったり急いだりして他の人のような普通さに近づく気はあまり無い。ただ、せっかく分かったんだし、ゆっくり変えていこうとは思ってる。
笑った方が可愛い女の子というのは、幼い頃から親に笑い方の作法を仕込まれたか、もしくはしかるべき時期に鏡を見て独自研究した故に笑って可愛くなれるんだと思ってる。何らかの理由で「心から湧き出たままの笑顔と対人用のサインとしての笑顔は違う」ということに気付けなかった人が、自分のようなタイプの不細工になっていくんだと思う。
もう一つ付け加えると、このタイプの不細工は少なくないと思ってる。こうしてわざわざストレートに書くような人は少なめかもしれないけど、自分の顔面パーツの普通さに未自覚な人、醜形恐怖もどきの気持ちを持っていて、普通だと自覚したくない人なんかも含めると、結構な割合になると思う。ただ、ソースが自分の人生だから、ただの類友の可能性もある。
「笑った方が可愛い」という言葉に対して不細工は違和感を感じるってエントリを書きたかったんだけど、これただの自叙伝じゃんじゃんじょん。
いくらなんでも自意識過剰すぎでしょ。
ネット上にスナップ写真をアップされたことで仮に日本の1億人に見られる「可能性」があるとして、
99.9999%の人にとってなんら意味を持たないんじゃないの。
さらに件の写真のような単なるスナップショットで仮に本人が特定されたとして、
何らかの悪影響が想定されるわけ?
地下鉄の写真で顔バレして困るなんて、どんだけやましい思いで地下鉄乗ってんだよw
って話にならない?
akibablogで笑い顔マークで顔隠している理由は想像できるよ。
なんと言っても大手サイトだし、あそこにいる自分を知り合いに見られたくないって気持ちは、アリだとは思うから。