はてなキーワード: 安藤忠雄とは
御堂筋線のデザイン案が発表されて早々に方々から叩かれまくっていますね。アレね、ほんとうに何とかしてほしい。
俺は維新の会に対して、選挙で票を投じたことはないものの、大阪万博の開催には賛成しているし(だって、楽しみだろうカジノ)、賛否ある諸々の政策に関しても、ネットで悪し様に言われるほどの拒否反応は持っていない。「いいところも、いくつかあるよね」ぐらいの立ち位置。
そんなおれでも、今の維新の会率いる大阪のデザインに関しては「ほんまに終わってる」「誰か止めてくれ」という認識です。
例えば万博招致のモニュメント。「万博 招致 モニュメント」で検索してください。…しました?してない人に説明すると
です。
ひどいんですよ。マジで。公立中学で「万博のモニュメントをデザインしてください」って課題を出したとしたら、1クラスに必ず1つ上がってくるレベルなんすよ。それがついこの間まで大阪市役所の前に鎮座していて、その前を淀屋橋駅から降りた市役所職員、人権派弁護士、アメリカ領事館前でシュプレヒコールをあげるデモ隊が、日々通り過ぎていくんです。ちなみに、淀屋橋駅前には名物の丸坊主老婆ホームレスがいて、夜中によく花壇の脇で野グソしてるんですよね。それを皆、見て見ぬ振りして通りすぎる。そんな地獄が長く長く長く続きました。2025!握りこぶし!最近、あの老婆見ませんね。どうしたのかな?
閑話休題。他にも、懐古趣味の阪急ビル。リノベーションと称して周回遅れのインスタ映えを狙い派手にスベる有象無象。投身自殺のあった大阪駅前で歌う路上のシンガーソングライター。特に芸術に対するリテラシーの低い全身ユニクロのリーマン(事務職)ですら毎日ゲロ吐きそうになりながら生活してるんだから、意識高い東国の皆々様は卒倒するんじゃないでしょうか。そして、そんな大阪に輪をかけて酷い我が故郷神戸。なんや、神戸タータンて。なんや、BEKOBEて。「ジャズの街神戸」ってキャッチコピー、ゲロ吐きそう。百歩譲って「黒田卓也を育んだジャズ街、芦屋」やろ。倒れろ、世界一のクリスマスツリー!(もう無い)
再び閑話休題。もちろん、大阪にだって、いいデザインする会社はあるはずなんすよ。でもあんまり前に出てこない。例えば新しい阪神百貨店はなかなかカッコいい。やるな阪神。そのまま真っ直ぐ突き進め、メッセンジャーが野球帽のツバのように。でも、例えば、俺の知っているレベルでいうと、大阪にある「graf」って会社は、いいデザインをすると俺(全身ユニクロ)は思うんですけど、ここは、今、奈良県のデザイン監修をやっている。今をときめく中川政七商店に、全部持っていかれてしまった。奈良は今、すごくいいと思う。奈良クラブを応援するから、graf返してください。マジで。
なんの話をしていた?そうそう、御堂筋線のデザインの話。とにかく、今の関西(除く奈良)のセンスはヤバいんすよ。ここらで全国にバレて、南青山ぐらい盛大にバカにされて粛々と軌道修正したほうがいい。それで、結果、満を持して安藤忠雄御大登場、となったら、もう、それはそれでしょうがない。そういうレベルにいます。今。
大学の教授の授業はつまらない。彼らは別に学生にわかってもらおうとなんて思ってないだろう。
極一部だけ、自然と聞ける授業をする先生もいる。何がその他大勢と違うか。
それは別に話が上手だったりするわけではない。
学生の方に姿勢を向けているというか、対話しようとする意思が伝わってくるのだ。だから聞き手も聞きやすい。
俺はこれを「心の矢印が外向きである」と呼んでいる。
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中学生相手に集団授業をするバイトをしている。真面目なので、毎回しっかり準備して挑む。
しかし、事前で考えてきた説明をそのまま吐き出しても、なんか微妙な感じで終わることが少なくない。
その場に適切な?声の大きさとかトーンとか、話のリズムがあって、それに乗せて言葉を吐かなくとうまくいく。気がする。
家で「ここはこういうトーンで話そう」とか考えてきても結局また微妙な感じになる。
そもそも「上手にやろう」と考えた時点でもう心の矢印が内向きなのだ。
最近少しだけ矢印を外向きにできるようになってきた。
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アニラジだけじゃなく、地上波のラジオもちょこちょこ聞くが、やはり一番ラジオが上手だと思う。
もちろん正解はひとつじゃないのだろうが。
何といってもゲストを掘り下げるのが上手である。気持ちいいくらいの深さまで掘ってくれる。
ゲストに対してだけではない。リスナーに対しても矢印を向けている。
その対話を外で聞いているリスナーもちゃんと意識しているのが鷲崎健である。
ゲストに対するリアクションが大きいのは、リスナーに「ここは笑っていいところですよ」と伝えるためだと思う。
だからリスナーは”安心して”笑うことができる。番組の雰囲気の一部にいるような気持ちになる。
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安藤忠雄展。メインの建築の話はまあ正直3%くらいしか理解できなかった。
コンクリートで抽象的なTHE・Tadao Andoの建物だが、その実、立地環境を最も生かすように構成されている。
表参道ヒルズのことも、あのゆるやかな坂の傾斜を「建物内部に取り込もうとした」と言っていた。よくわからんけどすごい。
音声ガイドを聞いていても、住居にすむ人のことをよく考えていたり、一緒に仕事をした人の名前をよく挙げていたのが印象的であった。
独学で頂点に立った天才建築家である以上、自分のこだわりは曲げないみたいな、気難しい気性を想像していたが。
自分の意見が受け入れてもらえなかったり、企画が挫折の連続だったとかの過去も、ちゃんと自分の中で消化しているのだなと感じたり。
あの光の教会も、めちゃくちゃ厳しい依頼の中での仕事だったらしい。
それでも条件を全部満たしたうえで自分の作品を建てた。うーん、見習いたい。
あくまでも心の矢印を外に向けたまま、自分の理想も実現するということか。
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始めはインターネットのアングラ、オタク向けの作品、自分がやりたいことをやるところから始まったが、
《星を追う子ども》を経て、「観客の求めること」に作品を合わせに行けるようになったという。
矢印が外に向いていき大衆を指したとき、《君の名は。》が集大成として結実したのだ。
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以上、心の矢印を外に向けたいの話。
これまで勉強と水泳とオタクしかやってこなかった俺の矢印は内側を向いて錆びついている。
少しずつ還元していく。
元々、モダニズム建築ってのは、機能主義や合理主義を追求して、無駄な装飾を排して、最新の素材を使うという試みだった。
コンクリート打ちっ放しの壁や、大きなガラス張りの窓がそれだ。
しかし、現代ではコンクリート打ちっ放しよりも断熱性の高い工法や、壁面に汚れがつきにくい素材が開発されている。
そうして、より機能的で、より現代における合理性に適合した建築ができるのに、未だに20世紀のようなモダニズム建築がまかり通っている。
しかし、現代のモダニズム建築は、モダニズムの根底に流れる思想を無視した、モダニズム(風)建築である。
このような似非モダニズム建築家を持ち上げるのはそろそろやめにしてもらいたい。
安藤忠雄とか。
建築のことなんて、全然くわしくなくて、せいぜい丹下健三が残した建物(都庁とかお台場テレビとか、代々木体育館とか)を見て
「ああ、これ設計した人は凄いんだろうな」と思う程度なんだけど、
例のザハというアクの強そうなおばさんがデザインした、生ガキみたいな競技場のニュースを見ているうちに
ふと気になって、安藤忠雄と、それから、早い時期からあの競技場の建設に反対して代替案だしたりしてた、槇文彦って人のことをWikiで調べてみた。
安藤忠雄の代表作って長屋とか教会とか、そんなに大きくない建物が中心だよね。
一方の槇文彦は、慶応SFCキャンパスとか幕張メッセとか、かなりの規模の建物とか、あと、都市計画案とかいっぱい作っている人らしい。
こりゃ、巨大スタジアムを作るんだったら、槇さんに頼んだほうがいいなあと、素人ながら思った。
そういえば、安藤忠雄、記者会見で「こんなに大きなもん作ったことない」とかなんとか言ってたけど。
実際のところ、安藤忠雄ってどうなの?
誰もそれを言わない。反対が70%とか読者に媚びた数字出しやがって。安藤忠雄が会見するって言ってるけど、語ったとしても批判浴びるだろうから書いておく。
都市設計も含むけど、建物っていうのは人が入る箱なので、必然的に人の生活様式を作る。
三谷幸喜監督の「みんなのいえ」って映画の中で、日本人は規格化された住宅に住むから決まり切った生活パターンになり、その人らしさが生まれないみたいな話があった。多様性が生まれないということは生物としては死を意味する。
当然、パーツを組み合わせるだけの建築は低コストだから普及するのだけど、より社会を活性化させるためには自由な建築があってもいいはずだ。
国立競技場は住宅ではないけど、ランドマークとしては日本の均質な安っぽい建築に一石投じるポテンシャルがある。
オリンピック以後もそうやって人に影響を及ぼし続けるものだから、オリンピックに間に合わないとか大きな問題ではない。太陽の塔だって最初は批判されてたけど今や立派なランドマークだ。この世には最初は批判されてたけど後々大切なランドマークになってる建築がたくさんある。人々はそれに気づかない。
http://concretism.hatenablog.com/entry/2015/07/04/230101
全部ほかの人が悪い、建築家はなんにも悪くないというだけのひどい記事。
募集側の建築家、応募側の建築家とも、後者(コンセプト側)に寄ったものと解釈するのは当然といえ、3年もの月日を浪費した現在においてその判断を責めるのは酷である。
応募側にとっては、問題があれば募集側が落とせばいいだけだから、どう解釈してもいいだろう。
でも期間や規模が大きければ、それだけコストは大きくなるのだから、コストの重要性は高まる。どっちで解釈するかとはまったく別の問題だ。
さらにいえば、コンペの実施から現在まで、民主党から自民党への政権交代とそれに伴うアベノミクスの実施、日銀による大規模な金融緩和、東京オリンピックの開催決定など大きな経済イベントが続けざまに、かつ国立競技場の発注者である「国」の主導のもと起こっている。
そもそも経済はどうかわるかわからない、発注者の国にもいろいろな省庁があり、国立競技場のためだけに経済政策を変えるなんてばかげたことができるわけがないことを考えれば、発注者である国が主導することとの関係を強調すること自体が異常だ。
そもそもオリンピックは決定していないにしても、それにむけての新国立競技場という側面もあったはず。
オリンピック招致にむけて新国立競技場をつくるが、オリンピック開催決定は想定していませんなんていいわけが通用するものか。
国は特に民間に発注者支援業務を要請することもなく、施工者が参加しない詳細設計業務を先行させたり、技術提案のみで施工業者を決めた上での随意契約へ持っていこうとするなど、建設費抑制に対する適切な対応が取れていない。これらについて、当然ながらコンペ当時の関係者に責任はない。
これはそのとおり。
極めつけはこれ
ザハ、安藤忠雄の両者をはじめとする当時のコンペ関係者は、閉塞感が漂っていた当時の日本、特に「コンクリートから人へ」を掲げた民主党政権下における建設・建築の関係者の鬱屈した気分を晴らすというその責を十分に果たしており、ここまで述べてきた論理的な部分のみならず、感情的にも彼らを咎めるようなことは、この世界でメシを食ってる人間として、できようはずもない。
身内が鬱憤を払うために税金を湯水のごとく浪費することを肯定している、建築業界の人でもここまでひどいのはほとんどいないと信じたいが、もし多くがこんな意見ならば、日本の建築業界は滅んでほしい。
自分は将来「建築家」になるものだと昔からなんとなく思っていた。安藤忠雄とか隈研吾とか丹下健三のように、カッコいい建築物を作って有名になりたい、がんばっていればきっとなれると思っていた。
しかし、いざ建築を学んでみると、そんなこと自分には到底ムリなんじゃないかと絶望的な気持ちになってしまった。
才能のないポンコツがいくら努力しようと彼らのように斬新な建物なんて作れる気がしない。
そして、才能があったとしても運がなければ世にでることはない、ということもなんとなく分かってしまった。
結局自分はどうすればいいんだろう。才能のない分野で努力したって無駄ならさっさと諦めてほかのことをしたい。その一方で、努力は必ず報われると信じたい自分もいる。
高卒でボクシングとかやったり、独学で建築士になったってところから、なんだこの人って興味持ったんだよね
学歴厨ってわけではないけど、それなりに大学での教育って重要だと思ってるから、なんかこの人評価するって
ヤクザがちょっとネコかわいがっただけで良い人扱いする現象と同じでさ
高卒のあんちゃんが建築デザインやってるってだけで、業界が評価したがる力学なんてものが生まれたんじゃないかと思ってるんだ。
だけど、世間ってこういう本流から外れた経歴もったひとを評価したがるじゃない。
俺はこの人を、小保方とか佐村河内のラインで見てるんだけど、建築業界ではどういう立場なのかなって
でもなかなか言えなかったっていうか、だたのやっかみだからさ
評価されてるなら、あほなこと聞かなくていいじゃんって思ったりもしたけど
例の新国立競技場での安藤の仕事みて、やっぱこのひとうさんくせーっていう思いが出てきたんだよね。
ようはこの人のやったことって、ねつ造とかそういうことなんでしょ?
「新国立競技場はできまぁす」って
むしろ木と紙で家を作る日本においてブランド建築家の作品が9年もったことに感心してもいいぜよ
まあ大衆車と高級車ってことだね
「燃費が」「エアコンが」「日当たりが」とかいうケチな人種は大人しく建売買えばいいの
小金があるなら「狭小住宅」が上手なその辺の建築家に頼んで建ててもいいね
安藤だって自分で住むならマンションが一番合理的と分かっている
あとコシノ邸はあの一枚ガラスの長さにホエーと感心してればいいの
国立競技場の件はザハ案を推したのは安藤忠雄と鈴木博之だと思うけど、ほかの人を説得したのは間違いなく鈴木博之だね
高専卒の安藤を東大教授に就任させたのも、首相官邸をハイテック・モダンにしたのも鈴木博之の影響力だよ
鈴木博之は東大紛争で最後まで立て籠った人間で(最後は逃げたけどな)、当然全部「確信犯」なの
いや・・・高卒の東大教授もいるし、そもそもうちの大学は(その当時は)学歴というより有名企業とのコネクションの方が重要視されてたし。
あのさ、安藤忠雄とかそういう人でしょ?その人達は博士と同等以上の知識、実績があることが評価されてるわけね?
低偏差値の大学に行って、大学教員やりたいんですけど、いって言われてもまともな大学で教鞭取れる訳ありません。ってかそんなポストありません。
文句なんて言ってないだろ。
って、
こういう言い方は変ですが、高偏差値大学だから教え方が悪いと思った先生は一人もいませんでした。
教え方が悪いと思ったから出身大学を聞いてみたら高偏差値大学だったという形です。
これは?もし、文句でないなら、あなたは何様?どこまで上から目線なわけ?その程度の教師しか選べない大学に行ったんだから仕方ないだろ。
あのね、そうであれば、高偏差値の人は〜みたいなこと言わないの。
逆に、低偏差値出身の教授は居たの?その人の方が分かりやすく教えてくれてたわけ?どの程度のことを?
というのは、ただの事実だ。実際 本人が優秀で教えるのも優秀な人もいるし、本人が優秀で教えるのが下手な人もいる。逆に本人はほどほどだけど、教えるのが上手い人もいる。
ただし、優秀じゃなく知識がない人は教えることも出来ないことをお忘れなく。
単に、"教えることが出来る集団"の中に、教えるのがうまい人と下手な人が居るだけです。
例えばあなたの知識で十分な授業を出来るのですか?
そちらこそ、なんか劣等感か優越感の倍率が高いんじゃない?
うちの大学は偏差値は低かったけど、みんなそれなりに楽しんでたよ。超適当に。
ぶっちゃけ、高学歴?すごいね、うち偏差値低いんだーとはいうけど、そんなのコミュニケーションの一環でおあいそ。実際は、そんなことより他のことを思ってるヤツのほうが多いよ。
そうやって自分たちは楽しんでたからいいんだ、っていうけど、別に高学歴が楽しんで無いわけではないですよ。そういう逃げ方は本当に終わってるから辞めたほうが良いですよ。
そういうことが出来ててさらに高学歴だったらどうなんでしょう?
実際、学生生活そのものなんてどこの大学でもそれ程かわりませんよ?
それとも、あなた達は学校での授業なんてほとんど出ないし勉強する必要ないから、上の大学の人間みたいに勉強に時間を取られず、その分自由を楽しんだんだ!
って言いたいのですか?
別にそれでも良いですけど、上の大学にもそういう勉強まともにしない人も居ますし、
あなたの大学にもまじめに勉強に時間割いてる人居ると思いますけどね。
そういう、別の所に無理やり勝負事を持って行って勝った気になるのは一番情けないから辞めたほうがよいですよ。実際、その勝負でも負けてる事が多いから。
http://2chcopipe.com/archives/51767875.html
912 名前:えっちな18禁さん[sage] 投稿日:2011/10/21(金) 13:31:57.52 ID:I2d/8r2f0
★高卒★
ビル・ゲイツ、ウィル・スミス、イチロー(オール5)、中田英寿(秀才)、江守徹、安藤忠雄
島田紳助、水道橋博士、矢部太郎、ケンドーコバヤシ(全国模試7位)、うじきつよし、福山雅治
水谷豊、寺脇康文、東貴博、前川清、田崎真也(ソムリエ)、尾田栄一郎
麻木久仁子、水野裕子、益戸育江、鈴木杏樹、小田茜、小西真奈美、中川翔子、村川絵梨、比嘉愛未(農林)
デヴィ・スカルノ(通信制)、BoA、加藤ローサ、佐藤ありさ、豊田エリー、杉山愛
★中卒★
田中角栄、黒澤明、ジョン・メジャー首相(英)、ポール・キーティング首相(豪)、ガダルカナル・タカ、伊集院光、
柴崎コウ、上戸彩、佐々木希、戸田恵梨香、中島美嘉、YUI、宮沢りえ
★小卒★
★幼卒★
★無学歴★
トーマス・エジソン
このコピペを見て、どんな反応をするかでその人がどんな人かが分かるよな。
「学歴が無い有名人はこんなにいるんだ!学歴が無いからと言って悲観することはないんだ」
木工家具の製作で得た資金を手に、24歳の時から4年間アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアへ放浪の旅に出る。ヨーロッパからの帰路、マルセイユで数週間待たされた後、帰国の船に乗り、象牙海岸、ケープタウン、マダガスカルに立ち寄り、インド・ムンバイ(当時のボンベイ)で下船する。安藤は”何かに導かれるように”汽車に乗り、ベナレスに向かった。ガンジス川で牛が泳ぎ、死者が荼毘に付される傍らで多くの人々が沐浴するさまや、強烈な太陽の下、異様な臭気に包まれた果てしなく続く大地、生と死が渾然一体となり人間の生がむき出しにされた混沌世界に強烈な印象を受け、逃げ出したい気持ちを必死にこらえながらガンジス川の岸辺に座り込み、「生きることはどういうことか」を自問し続けた。「人生というものは所詮どちらに転んでも大した違いはない。ならば闘って、自分の目指すこと、信じることを貫き通せばいいのだ。闘いであるからには、いつか必ず敗れるときが来る。その時は、自然に淘汰されるに任せよう」と考え、ゲリラとしての生き方を決心する。1965年、安藤忠雄24歳のときである。
(この手の本を読んでいる人が、読んでそうな本を他にも挙げてほしい)
理系学生の書斎が安藤忠雄の建築事務所(研究所)みたいな資料の山だとしたら、
文系(特に法)学生の書斎は立花隆のネコビルwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
規模だけでなく質でも文系(特に法)は見劣りがするね。
何度か連中の自宅に招かれたから、ちょっと参与観察してみたんだ。
冗談半分でさ。
仔細に文系 (特に法)学生の本棚とか見てみると、これがもう滑稽なんだwwwwwww
まずいきなり机の上に開いた状態の宮台真司『権力の予期理論』!(笑)
プゲラを抑えるのに必死だったぜ。
続いて 何度も読んだ形跡のある伊藤&柴田の司法試験論文対策即席要点集(笑)。
お前サル かよ、それでも人間かよ、って問い詰めたくなったね(苦笑)。
カント・マルクスをはじめとする岩波文庫300冊程度(笑)(日本語であって原文ではない)
我妻民法(笑)佐藤憲法(笑)前田刑法&商法(笑)新堂民訴法(笑)
○○学がわかるシリーズ(プッ)
フーコー『知の考古学』(笑)(「パンのように売れた」ベストセラー)
仏露独蘭伊中国語辞典(笑)
トクヴィル(笑)大江 健三郎(笑)コーポレート・ファイナンス(笑)ドストエフスキー文庫(笑)西尾行政学(笑)
柄谷行人文庫(笑)フロイトの技法(笑)Yale Law Journal(笑)ハンナ・アーレント(笑)浅田彰(笑)『構造と力』(笑)
別冊ジュリスト判例百選(笑)大前研一(ワラ)シェイクスピア文庫(笑)
田中行政法(笑)中公『世界の歴史』(お前高校生かよw)マンデル貨幣理論、(笑)
女子大生(特に法)が読む雑誌と大差ないMarie Claire(笑)
magazine litteraire(笑) Cosmopolitan(笑)Critical Inquiry(笑)
Le Monde(笑)The London Economist(笑) American Economic Review(笑)
Fortune(笑)Foreign Affairs(笑)Yale Law & Policy Review(笑)
The New England Journal of Medicine、Michelin(笑)
これだもんねぇ。
他にも数百冊 持っていたようだがあとは推して知るべし。
で、トドメは
ピーター・ドラッカー(笑)
ピエール・ブルデュー(笑)
フォーリン・アフェアーズ(笑)
知の論理!!(笑)
もう俺その場で大爆笑。
プゲラー止まらなかったぜwww
ま、予想通りだけど、杉浦・ 解析入門(高校4年生の一般教養にはいいかもね)
岩波講座・現代数学の展開 (なぜかモジュライ理論、Lie環、Weil予想、コホモロジーw)
リーマン・アティヤー・岩澤・シュバレー・ヴェイユ・セール・ブルバキ・ウィーナーなど書店で目につくもの(持ってるだけね、知的ファッション)
東京化学同人『分子細胞生物学』(ゲノム解析ブームの名残だろうな)
プリゴジーヌ『散逸構造』(笑)
これだもんねぇ。
他にも何十冊か持っていたようだがあとは推して知るべし。
で、トドメは
日経サイエンス(笑)
ニュートン(笑)
数学セミナー!!(笑)
もう俺、こんな連中と面識あるなんて、恥ずかしいね。
あいつらよく平気で外を歩いてるもんだ。
せめてNatureくらい読めよな、
文系(特に法)なんだからさwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
一級二級建築士は日本の法律の下だけで役所に建築の許可を申請して申請どうりに出来ているかを役所の代わりに見届けて、役所のお墨付きをもらった人。
建築家は、他人が認めて、財産に他とは一線をきす、作品を依頼される人、建築士であるかないかは依頼者しだい、
なぜならサポートで建築士の構造、設備、意匠の収まりの専門家が付けば大きな問題はほぼなく。
逆にの想像力や経験の無い建築士に託す事を考えたら、はるかに完成度は高くなるし、しかも美しい。
さて、安藤忠雄さんはその考えでいけば、建築は独学であり、ある意味完璧です、好き嫌いは当然あるでしょうが、芸術性の高い世界は全てそんなものです、才能は遺伝しないし、まして教わるものでもない。
そもそも、わが国の建築は、戦後から一貫して、30年~長くて7~80年で壊してきたのですから、多少進化はしましたが、今だ未完成。
ヨーロッパの様に築100年~600年と住み続ける文化は今だありませんし。
事、都市計画では既存の都市を見れば一目瞭然、未成熟、安藤さんの都市理論にも、甲乙をつけられる先駆者もいません。
確かに古都はありますが、中間がありません、明治~平成にかけては欧米の猿真似。
日本の気候文化に現代の様式をバランスよく織り交ぜた建築文化は今だ不在、まだ後100年正直、かかるでしょうね。
ただ、ある意味安藤さんら少数の建築家が思考錯誤する御かげで少しずつ進化していくのでしょうね
ちなみの、世界的建築家(構造の魔術師)フランスのレンゾピアノが手がけた、パリシャルルドゴール空港の屋根は一部施工精度が及ばず崩壊しました。
新凱旋門は既にあってはならないクラックが入って崩れかけてます。
マ、人が作るものなんてそんなものです。