はてなキーワード: 財産とは
というのも、あれはやってると脳内麻薬的なモノがドバドバ出る。
当たる・・・当たれッ!当たれェ!的なあのメソッドは、脳にかなりガシっとくる強烈な刺激で、
パチンカスはカスである、という前提を受け入れた上でもモノスゴく気持ちいい。
同様に、出会い系なんかを駆使して女の子と会ってヤるというのも、かなり良い。
人間の本能的なアレを全力で揺さぶる、まさに底辺、馬鹿のための娯楽だ。
しかし、これらには当然問題がある。
残り財産8000円、給料日まで1週間の状態で打つパチンコはヤバイほど面白い。
女に関してもそうだろう。「あー、こいつに深入りしたらヤバイよなー・・・」って時ほど面白いのだ。
ぶっちゃけて、友人の彼女を口説くのが一番楽しいのだ。人妻だったりすると更に良い。
そういうわけで、この手の娯楽はもうだめだ。
学生時代、バイト代で遊んでいるくらいなら許されたが、社会人かつフリーランスという
社会的制約の少ない状況で、これ以上この手の遊びにかまけていたら間違いなく人生が破綻する。
なにより、この手の遊びは絶頂時は恐ろしく楽しいが、その後のゆり戻しもキツいのだ。
「あー、俺死ねよ・・・」と「イヤッハァ!」の往復をいい加減断ち切りたい。
俺は多趣味な方だ。読書もするし、筋トレもする。語学もやる。料理もする。音楽もやる。
仕事自体も趣味の延長で得たものなので、それもやる。部屋に閉じこもって延々やる。
しかし、こういった「淡々と続ける」ことが続くと、放埓な遊びがしたくてどうしようもなくなる。
セックスしたいしギャンブルしたくなる。おそらく、セックスやギャンブルは本質ではなく、
脳内麻薬的なあれが欲しくて仕方ないのだろう。射精とか、大当たりとか、そういうのに付随するあの多幸感。
しかも、最近ヤバイことは「カネがある」ということだ。パチンコ屋で1万円遊んで満足できていた
ころはまだ良かった。しかし、最近はふと遊びに行った海外でバカラにハマってしまった。しかも大勝。
今もやりたくてやりたくてやりたくて仕方がない。仕事はケリがつきそうだ、一週間くらいの休みがもうじきくる。
しかし、ここでやらかしてしまったら間違いなく人生は転げ落ちる方向に行くだろうという気がしてならない。
かつ脳内麻薬がドバドバ出る。そんな娯楽がこの世にはないものか。
学生時代に格闘技やってた頃はこれが該当していた。他人を殴り倒すっていうのはモノスゴく楽しい。
KO勝ちが一回あれば、一ヶ月はその余韻に浸って暮らせた。それに咥えて、スポーツによる発散はかなり効き目がある。
ギャンブル欲も性欲もかなり減衰させることができる。
なんかここんとこ増田で、専業主婦の嫁が自炊に興味なくて困るとか鬱の嫁が休んでいてくれなくて困るとか読んでいた。
話に加わる気になれなかった。
なぜか。
私はとても羨ましいと感じていたからだ。
どちらの元増田も、きっと真面目に深刻に困っている。でも私は、それが羨ましい。
だって、君たちは守るものがある。頼ってくれるものがある。それは、君たちを強力に現世につなぎ止め、君たちを君たちの主観で強烈に承認するものだ。
君たちは勇者で主人公だ。君たちがいなければ、二人の専業主婦の命が危ない。それはセカイの危機だ。
そして、本来優秀な嫁が社会に再進出したり、鬱な嫁が寛解したりするのが君たちのストーリーで、嫁の役割はそれまでは穀潰しだったり等身大ドールだったりペットだったり病人だったりするわけさ。
ところが私は、大変に存在が軽い。唯一仕事だけで社会と繋がっていて、今の仕事に別の担当が就いたり会社が無くなったりしたら、財産が尽きて路頭に迷う前にまず自分の存在意義が無くなる。「xx担当の増田さん」でしかない直結した存在なのだ。
私はこれが大層怖い。
勇者な増田はきっと私みたいなのを見ると苦労を知らない癖に馬鹿なことを言っていると思うだろう。確かにそうなのかも知れない。
でも私は、今の身軽すぎる自分が恐ろしい。
だから今すぐにでも、足手まといが、欲しいのだ。
円高とデフレ。
これがあるから若者の給料は上がらず、国の借金は相対的に増え続け、景気は悪くなり続ける。
なのに、円高もデフレも何も有効な対策を打たないまま、財務省は野田総理をマリオネットのようにコントロールし、消費税の増税を実施しようとしている。借金の実高も、消費の冷え込みも承知の上で、それでも増税をするんだ。なぜ? 貯金も財産もない若者には「死ね」と言われているようにしか聞こえない。
けれど、きっと財務省や日銀のえらい人は、そんな素朴な疑問に対しても、僕の想像もつかないような専門用語で、哀れむように、蔑むように、理路整然と解説して「だからインフレターゲット政策は誤りなのですよ。私たちの啓蒙が足りませんでしたかねえ」というような顔をするのだろう。いや、彼らにそんな暇はない。どうせ説明を求めても「愚民に説明しても無駄だ」くらいの心持でいるのだろう。
そして、今の円高とデフレを放置している理由は、僕の理解を正直超えている。財政なんちゃら学的に見て、それが妥当だからなのか?
それとも、インフレが暴走することで、査定が下がることを恐れているのか?
デフレ政策を維持し続けてきた大蔵日銀OBのメンツを守りたいからなのか?
デフレによって、相対的に自分の給与や退職金、天下り先で手に入る金を維持増加させたいのか?
デフレによって、天下り先が維持される原因が生じ、それこそが彼らにとっての利益なのか?
全くわからない。だが、物心ついたときから、デフレと不況と、財務官僚に国民の声なんか届かないという無力感に、影に日向に僕はさいなまれ続けてきた。
そして、財務官僚は増税反対論を敷くマスメディアや論客に、税務調査で脅しを掛けるという。
権力を使ってまで、若者の雇用を間接的に殺してまで、増税がしたいのか。
この構造は、霞ヶ関の奥の院、密儀の神殿で、長老の如き老人たちの手で行われており、所詮、僕のような若い庶民には、何の異議申し立てをしても無駄なのだろう。
そして、無理に騒ぐ人間には、権力を使って合法的に圧殺するのだろう。そして、彼らは若者の声を「愚民どもが扇動されているな」とあざ笑いながら、政治家を言いくるめ、マスメディアを脅して、増税を押し通し、不景気を招くのだろう。そして彼らは、天下り先で高い給与と退職金を得て、仕事のない若者を横目に「努力が足りない」と呆れながら、安楽な余生を過ごすのだろう。
この20年、好景気とやらを殆ど見たことのないまま、どこかの頭のいい老人たちの手によって、僕らは翻弄されてきた。それに異議申し立てをする能力も手段もないまま。
ハシズムが勃興する理由の一つは、この学習性無力感を癒す可能性が僅かでも感じられたからだろうと僕は思う。頭のいい大学のセンセイなんかは「それはナチスやファシスタ党の勃興と同じ理由だ、眼を覚ましなさい」とご丁寧に忠告してくれるのだろう。
でも、もう遅い。この国に刻み込まれた、学習的無力感の反動が、これから荒れ狂うだろう。暖かい場所で、オーソリティと給与を得てきた大学のセンセイの言葉は、実にむなしく響くよ。
出願は金(15,000円)出してフォーマットさえ守っていれば誰でも可能。権利化するには審査請求といって出願してから三年以内に請求する必要があります。
一方で実用新案は出願されれば自動的に登録される14,000円+(2,100円+100円×請求項の数)×3[三年分の登録料]。
しかし権利を受けるに値するかどうかは判断されていないため、権利を主張するときは別の請求が必要となります。
ここでは今日一部で話題になっていた、ヤバい特許・実用新案を列挙いたします。他にもあったら教えてね。あると思うけど。
これだけ書いておきながらPDFをアップロードすることの是非がわからなかったので問題があれば即刻削除します。
http://webphilia.org/pat/JPA_2002238300.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_1995138598.pdf
"3ヶ月目満月に至る"
http://webphilia.org/pat/JPA_1995138599.pdf
"はて年金支払前で金はなし。"
http://webphilia.org/pat/JPA_1993171504.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_2001042765.pdf
"「黄金埋蔵はアッと言う間にされたらしい」"
http://webphilia.org/pat/JPA_2007233427.pdf
http://webphilia.org/pat/JPA_2002291299.pdf
素敵な読み物
http://webphilia.org/pat/JPA_2001057800.pdf
"世界じゅうの会社で、そのような能力者を、たよっているから、パソコンインターネットで、情報を、うながしては、ならない。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2003033099.pdf
"自立用でする温度と時刻目盛の羅針盤の思考用ノート用具(1)に図星的用ノート(2)の星形の思考用ベクトル用具(11)を設ける。実体用ノートの温度(3)、睡眠時間(4)と日出没時方位角(5)です
る実態用ノート(6)を設ける、温度用ノートの風力(7)、気圧差(8)と等圧線距離(9)でする思考用ベクトル(10)を設ける"
http://webphilia.org/pat/JPU_1994005482.pdf
"パンとおにぎりの両方を食べたい時、パンとおにぎりを別々に買わずに済むためのパン。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2005143294.pdf
"映画が、女優藤純子が主演または、準主演しているものであることを特徴とする、人格形成の方法。"
http://webphilia.org/pat/JPA_2007307046.pdf
絵
http://webphilia.org/pat/JPA_2011215148.pdf
なお、この内容は id:doublet さんの twitter を元に少しだけ文献を加えました。
先日知り合いとそのへんを歩いていたらそれはそれは見事な豪邸があった。敷地の中に山があるレベル。
それを見た知り合いが「ここに嫁入りしたいよねー財産がっぽり貰えそうじゃん」と言った。正直のその時点で「はあ?」なのだが、彼女はまあそろそろ三十路が見えてきた独身で、フリーターで結婚に焦っているけれどそれを頑張ってネタにしようとしている所があるから、冗談の一つかなと思ってスルーした。その豪邸のなかに住む人が知り合いというわけでもないし、今後も接点はないだろうからこういうのはスルーしておくに限る。
ほんでその後用を済ませて来た道を戻ってきた時、もう一度彼女は「あ!この家見たことある!金づるの家!」と言った。
しかし
な ん だ そ の 言 い 草 は 。
自分にとっての結婚観は、センター試験のスコアリングに似ている。
主要科目の容姿、収入、性格、親族家庭、財産の500点満点で一定スコアを上げないと、そもそも足切り食らって結婚できない。
ちなみに自分の基本点はこんな感じ。
こりゃ結婚できないだろ。それこそ聖母様のような女性でもなければ、こんなのと結婚するわけがない。恋愛資本主義でいうところの破綻した会社の株みたいなもんだな。
なので、親族家庭以外の科目を補えるように、少しでも他の得点を伸ばすことが結婚への近道だという認識。やせて、性格のゆがみを直し、収入を上げるべくキャリアアップに励み、貯金を作る。
結婚したいけど結婚できない男ってのは、結婚に興味ない男以外では、この得点を伸ばす最中か、得点を伸ばすことを諦めた男が地味に多いんじゃないかと思う。
ネットでこれらの主張が飛び交っていない日はないだろう。
まあ無理もない話だ。
他国の王族を侮辱したり、自社の利益のために自国を貶めるような
放送を流す私企業に対して「見なければいい」で済ますことはできない。
明らかに悪いことをしている個人や企業が罰せられない、
と言う状況は負の感情を生む。社会にとって負の遺産として積もり続ける。
このやりどころのない怒り、不公平感、無力感は、
それを許している法や政治、ひいては社会に対する不信につながっていく。
そのどうにもならない『こんなの絶対おかしいだろ!?』という叫びが
結果的に「フジテレビ潰れろ!」「放送免許を取り消せ!」という声になっている。
それを痛いほど理解した上で。
一歩引いて考えてみる。
「免許剥奪」の選択は現実味がない(むしろ倒産の方がよっぽど現実味がある)。
冷静に考えてみて、免許剥奪になるほどの放送内容というのはなかなか想像が難しい。
結局のところ、放送免許の剥奪というのは大なた過ぎて誰もふるえないのだ。
なので、いつも「現状維持(罰せられない)」という事態に陥っているのではないか。
もちろん、瞬間最大風速的には私自身もフジテレビに対して「滅びろ!」と思うし、
テレビ局はNHKと民放1局ぐらいで十分じゃないのか、とか思うこともある。
(故意かどうかは別にして)いつか問題を起こすことはあるだろう。
絶対に壊れない人工物がないのと同じで、人も企業も不祥事を必ず起こす。
大切なのは過ちに対して適切な懲罰を与え、当人に更正のチャンスを与えることだ。
では、どの程度の懲罰が適切なのだろうか。
「1週間の間、番組自体は放送して良いが(収益源となる)CMの放送は禁止する」というような処置だ。
これであればニュースや地震速報などの情報インフラとして公の放送としての役割を維持しつつ、
売り上げの減少という形でテレビ局に適切な教訓(レッスン)を与えることができる。
そして私たちは、テレビ局がきちんと律されていること、を自分たちの目で確認できる。
分かりやすいことは大切だ。
BPOが書面で注意や勧告をテレビ局に伝えたところで、多くの国民はそれを知ることはないし、
それがテレビ局にとって、同じ過ちを繰り返さないにしようという反省を促す力があるのか不明だからだ。
提供した料理で食中毒が発生すれば、その店は短期間営業ができなくなるが、
評判は下がるだろし、一部の常連客を失うかも知れない。
けれど更正するチャンスは与えられている。
番組スポンサーの商品への不買は結果的にはCM停止と近い効果があると思う。
けれど、私たちは苛立ちたいわけでもないし、デモや不買運動をしたいわけでもない。
同じ結果を生むなら、社会的なルールとしてスマートに解決されればいい。
衣食住どれをとってもルールがあり、完璧ではないにしてもそれなりに機能している。
放送事業者はどうしてこうも罰せられず更正の機会を与えられないのだろうか。
テレビ業界の人々は叱られずに育った温室栽培のお坊ちゃまのように、幼稚で頼りない。
それは国民にとってもちろん不幸だが、彼らにとっても良いことだとは思えない。
私たちはCMがないことで、テレビ局の不祥事が罰せられていることを知り、
溜飲を下げ、少し穏やかな気持ちで、そのテレビ局の更正を見守る。
http://www.afpbb.com/article/politics/2846317/8208785
この記事だと高齢者の扱い悪いよねってアルカイダに言われちゃってるって話なんだけど、そもそも儒教文化がかつてはあって、老人大切にしようずって教えも親から受けてたはず。なのに何で老人の扱いが悪くなったのか?と。社会に出てお金を稼いで税金納めたりしてるなかでその使い道とか、それを決定している政策や政治やら投票やら諸々見聞き体験して、ギリギリ若者側に位置する30歳男子としては思う所あるんですよ。
老人って大切にしなきゃならんのか?という疑問。
まずこれが生まれちゃってるからそもそも大切にしない。大切にしなければなららないという確信持ってないんだったら迷いが生じる。当たり前の様に助ける行動に躊躇やスルーが選択肢に生じる。この選択肢は自動選択されるので本人が意思決定してるわけではないってところもポイント。だから目の前で倒れてる老人が居ても、普段の思想や行動力から勝手に決定されるので、何で助けなかったの?って聞いてもいや、べつに、とかこれと言って意思決定された形跡がある回答は得られない。
こういう現象の積み重ねがリンクの記事とかに現れてるに過ぎないんだと思うんだな。
俺自身も老人たすけなきゃならんの?とは思ってるけどね。倒れてる人は老人に関わらず助けるよ。そりゃ。こないだも大岡山で倒れた老人介抱した。周囲に東工大生とおぼしき大学生いっぱいいたけど誰も助けないのな。びっくりしたわ。老人だからなのかどうかは分からないけどね。
で、なんで老人大切にしなきゃ成らないの?と思わせてしまったかについては諸説あると思うんだけど、俺が思う老人大切にする必要無い風潮の原因をいくつか挙げてようと思う。
* 投票権に関する問題
この3つ。
一つ目の投票権に関する問題は、20歳以上の日本国民男女に与えられるが、その後、剥奪される事は無い。
15歳くらいには政治に関して関心を抱くし、10代で興味持ったものって凄い勢いで知識を吸収して行くから20歳までは正確な判断できないと断定しちゃうのはちょっと無理がある。まぁ20歳以前までは煽動に乗せられやすいから非知識層に与えるのはどうかとは思う。暴走族やってる輩とかは背後に893だし893は日本国民でないものが多く混じってるっていうから若者を使っていくらでも糞政治家に有利にできてしまうだろうし、まぁこれは20歳以上までって切り捨てておいた方が安全だわ。
一方、引退してあとは老後の生活だけって老人達、たとえば65で引退して80で死ぬとすると、あと15年分は社会の荷物になるわけだ。その間の15年感は年金だとか生活保護とかで確実にお金がもらえる。負担はそれ以下の年代全体で受け持つ。そして投票の歳も残りわずかな人生のための投票を行う。誰のためって自分の為。
49 名前: 名無しさん@涙目です。(東日本) 投稿日:2011/12/17(土) 14:08:10.54 ID:kmN9yLA+0
要は、こういった輩が大半を占めてるし、その結果、若者世代からしたらこいつらのこういう思考には反吐が出る訳で、Hateも溜まるよね。
だからさ、昔の話じゃないけど、税金を一定以上納めてる人間でないと投票すべきじゃないんだよ。
■現状
■理想
とういうわけで20歳以下を切り捨ててるのと同じ理論で、60歳以上の人間からは投票権を剥奪しましょう、というのが一つ目の問題と解決案。
橋本徹がねずみ講って言ってる通りだし、若者から搾取しすぎて疲弊してるじゃん。さっきの投票権の話でも言ってるけど未来ない老人に金使っても何も良くならないわけで、それなのにこれからを作り出す若者を疲弊させてどうすんの?
情報の乖離なんて何処の世代でもあるんだけど、根性論とか精神論ベースにしている老人団塊世代以上は非常に厄介で、事実に基づいた話も可哀想とか主観的感情で無駄な行動に終止するし、その無駄のとばっちりは良く受ける。これは近くは自身の両親との乖離、遠くは現役政治家のネットに対する理解度の低さなど、幅広い所で存在している。
例えば、アパートに一人暮らしの老人がいました。家族は2ヶ月に1度ほど会いに来ます。暑い夏、エアコンを設置する話をしてましたがエアコンは身体に悪いと老人は断りました。家族は本人が我慢するのであればと引き下がりました。老人は熱中症で死にました。熱いので腐敗の進行早いです。部屋には強烈な腐臭がふちゃくしましたとさ。
これ、老人死んでるだけじゃん、と思うかもしれないけどアパートの持ち主はアパートに損害出されてて、価値を定価させられてるわけ。財産を傷物にされてるんだよね。老人の無知が招いた結果なわけです。
他にもね、抱きぐせが付くから赤ん坊は抱きません、という主義の老人は多く居る。これはちょうど今団塊の世代がやっていたことで子供をだっこすると何でもかんでも抱っこしてくれって癖がつくから止めましょう、という理論から発生して、この手の情報が古いままな事に起因する。現役で子育てしてればその手の情報を新しいものに置き換えて行くだろうけど、子育てが完了したらわざわざアップデートはしないから仕方ない。が、孫が生まれてもそのままの知識を適用したがる。
ちなみに現在ではスキンシップによる精神発達と脳の発達に大きな影響があることがわかってるので、積極的におこないましょう、だっこもしておきましょう、という話が主流だ。統計も取られているしぐぐったらかなりの量の情報が出て来る。
これにより老人に育てられた子は発達が遅い可能性があり、社会の一員の能力を著しく損なうわけだ。ちょっと極端だとは思うけど。
まぁ、老人からうける損害によって単純にHateが溜まるよね。という話でかまわない。
これら3つの理由によって溜まるHateの量と、理由1で見られるふんぞり返った老人たちに業を煮やす若者、理由2で疲弊して余裕を失った若者は、老人に敬意をもって摂することなんてあるだろうか?
むしろ祝いをもらったらお返しをするのがデフォルト
いろんな挨拶が形骸化しつつある現代日本でさえ出産内祝いだの快気祝いだので検索するとかなりの確率で「お返し」についてが併せて引っかかる
インディアンの部族かどっかでは祝われたらより盛大に祝い返すのが常識だったせいで振る舞い合戦に持ち込んで相手の部族の財産食いつぶさせるみたいな戦略があったとかなかったとか
祝いをもらったら祝い返す、気遣ってもらったら気遣いを返す
だいたい祝いを返すってのはもらった祝いへの礼も兼ねてるんだから、「祝い返さなかったら相手に対して失礼」となる
客は「言うだけならただ」だから、駄目もとで外で会おうと気軽に言ってくるよ。
どうせ駄目だろうけど乗ってくれば儲けもんぐらいの軽い気持ちで言う。
お客さんにとっては大金はたいて出会った相手だから、それこそ「少しぐらいおまけがもらえないか」と思って、
そうやって誘ってくるんだろうけど、私たちは一日何人も相手して、そのたびに断らないといけない。
いちいち断らなければいけないことが、どれだけ精神的な負荷になるか、わからないの?
一人ひとりの客とお金もらわずに会ってたら、破綻することぐらい、ちょっと考えればわかるよな?
何度も言うけどあなたは「大勢いる客の一人にしか過ぎない」の。
そこで断ると、では取り分だけは払う、そこで断ると、じゃあ店の取り分まで君にあげる、そのほうが得だろう、とすっとぼけたことを言う。
あのなあ、店に所属しないで店に在籍しているとき以上に稼げるなら、最初から店に勤務しないんだよ。
店と稼ぎを分けてでも、店に所属したほうが稼げるから、店にいるんだろうが。
何度も言うけど客はあんた一人だけじゃないんだから。
あんた一人からちょっと多くもらったところで、ほかの客からもらえなくなったら、収入は減るんだよ。
客がつかない子は容赦なく降格、最悪辞めさせられる。
指名表が店の中に貼り出してあって、そこで順位付けされていて、一定水準を下回ったら首だから。
はっきり言って、私たちのほうがお金をお客さんに払ってでも、指名してほしい。
お金よりも指名がほしい。
だから「お金はあげるから店の外で会ってほしい」などと言われるのは、私たちの利益に真っ向から反する。
まあ目先の利益しか考えない低脳な子は喜ぶかもしれないけど、長期的に稼ぎたいと思っている堅実な子は、
実際結婚した人たちもいる。
風俗で稼ぐ生涯賃金より、その客からもらえるお金が上回るなら、恋愛関係になることもあるよ。
風俗で稼ぐ生涯賃金より、その人が与えてくれるお金のほうが上回るならね。
結婚したくないと思ったら、絶対外では会わずに、店に来てもらえるようにすればいいだけだし。
「代償」?私たちはすでに代償を払っているよ。
「妊娠したときに責任を追求する権利を放棄する」という代償をね。
知ってる?男性がDNA鑑定を拒否したとしても、「性関係を持った相手がその男以外にいない」場合には、親子関係が認められて、
男は拒否しても強制認知されるし、養育費として財産差し押さえされるんだ。
で、私たちの場合は、「複数の男性と関係を持っている」ことが明らかだから、
相手がDNA鑑定を拒否したら、強制認知して養育費を払わせることはできないし、
本人に言え、って何人もの客にいちいち言うのがしんどいから、こうやって不特定多数に向けて発信しているんだろうが。
「強要」している時点で例外なく嫌われているよ。
だって女の子が客に「給料を失ってでもこの人と外で一緒にいたい」と思うなら、
最初誘われたときに乗るし、客から誘われなかったらいずれは自分から誘うもん。
市場が適正な価格に落ち着くまでの振幅が激しくなるってことです。
情報の伝達速度が鈍く、かつ速度の違う伝達ルートがある状態だったら、市場が動揺するイベントに対しての対策情報をイベントの情報が全てに伝達し切る前に間に合わせることもできる。結果大きな混乱は起きないということもありうる。
でもネットのお陰で常に最速で情報が伝達するようになってしまうと、イベント発生>市場動揺、対策発表>市場動揺、と、最終的には適正なところに落ち着くにしてもその過程がまるで違ってしまう。安全運転で行けるはずの道も常に右左に揺れる暴走車に乗って行かなきゃいけない。揺れる過程で振り落とされる人も出る。他人を振り落としてヒャッハーする人も出るけど。
さる土曜日、国立国会図書館の関西館にヒマを潰しに行ってきました。存外良かったのでみなさんにお知らせ。
Official サイトはここ。http://www.ndl.go.jp/jp/service/kansai/index.html
外観がこれ。
http://mbp.tumblr.com/post/13545972949
中は天井が異常に高く、吹き抜けみたいなホールを下っていくのでなんか得した気分になれます。
なかはあんまり写真とっちゃダメっぽい雰囲気だったので写真ありません。
設計どこだろ。
第一の目的はこれ。最近論文読める環境にないのでネタ探しと興味本位で行ってみた感じ。
しかし!蔵書はされていても全部のジャーナルが電子化されているわけではありません。
化学系だとScience Direct系は読めるんですが、ACS系やNature系は書物としてなら読める感じです。
車で行くしか方法がないと言っても過言ではないほど区画整理された土地にあります。
SPring-8を彷彿とさせる。しかしあそこよりは都会かも。
場所は京都府相楽郡精華町といって京都の南、奈良との県境くらいの場所です。
B5以上の書類が入るバックはロッカーに入れる必要があります。電話とかも原則禁止。
カメラ禁止。持ち込みPCは場所を限定して許されているようです。
入るために一時入館証を発行する必要があります。住所電話番号まで必須。
館内でインターネットするためには継続カードみたいなのを発行する必要あり。
こんな僻地の国会図書館来てまでスポーツ新聞やらインターネットしてるひと、
かたや難しそうな本を読んでいるひとなど。
ビニール袋みたいなのに入れれば持ち込みできる?のかな、
隣のおじさんはずっと縮刷版の新聞読んで唸ってました。
ボロクソ書いたとこもありますが、みんなの財産なので国会図書館、一回暇つぶしに行ってみてはどうでしょう。
あのさ。
これってそのままキチガイのことじゃん?
仏陀って書いただろ自分で。「自分を仏陀だと思っている人」ではなく「仏陀」と。「仏陀の妄想」のくだりで。
仏陀って釈迦のことであって「自分を釈迦と思い込んでる人」のことではないんだよ。
そして話がキチガイだともっと簡単だ。精神疾患者の憎悪は全方位の慈悲慈愛には成りえない、オシマイ。
だから、「関係ないじゃん」って言ってんだろ俺が。お前は「いや関係あるよ」って言わなきゃいけない側だったんですよ。
なぜなら正義感から慈悲を行える、正義が憎しみを含むもので慈悲が正義に含まれる範疇があるとかほざきだしたのがお前だから。
義憤ってむしろ正義としての体裁がある程度整った後の話じゃね?順番的に。
私見だけど、距離と人数の問題なのな。上手く言えないんだけど。
の順に、その持ち主は少なく、またネットワーク的に人のつながりを可視化した場合に広がってる範囲も狭い。
信じてた彼女に浮気された上に家財とか勝手に売られてた! このくそビッチぶっ殺す! が憎悪寄りで、
俺の友達彼女に浮気されて財産持ち逃げされたって、なんかめっちゃ落ち込んでるし…あのくそビッチ許せん! が義憤で、
信じてくれてる恋人裏切って金まで持ち出すとかありえん、制裁が必要だろJK…裁判に持ち込め ってのが正義。的な。
ただ、憎悪は広がって薄まれば正義になるかもしらんけど、薄まらずにあちこちに火柱を立てることができそうなのでやっぱうまく言えない。
簡単に言えば、憎い相手を殺せば必ずそれと同数だけ愛するものを殺すことになるという呪いを込めた武器をつくり、確実な因果応報を達成することで、世界から憎しみと戦争をなくそうという話。
あー書こうと思ってたことを先越された。
http://d.hatena.ne.jp/si-no/20111124/1322144982
「ゲームセンターでは、上級者が初心者を駆逐するような空気を作ったせいで、格闘ゲームというジャンルそのものが縮小した」と聞きましたが、今のインターネットも上級者しかいないゲームセンターみたいな窮屈さを感じるんだ。
まぁそういうことです。
真性さんに端を欲する「俺達のインターネットの終末と最後の希望」だけれど、もうこの手の話は食傷気味だ。
みんな、インターネットにかんする窮屈さや空気の停滞は感じてた。
でも、今まではこの話しを直接するのを避けて、
「俺たちの」ゲームセンターやら「俺たちの」アニメの衰退という少し狭い範囲で代理戦争をやってた。
でも、内容は上で言われている「俺たちのインターネット論」は所詮ゲームセンターについて語るのとほとんど同じなんだ。
それが、ついに真性さんというカリスマの記事によって、インターネット全体の話として持ち上がった。そーいうことだ。
とはいえ、結局は「俺たちの遊び場」の興隆と衰退の話をしているに過ぎない。
同じような問題は、違った場所で、すでに何度も繰り返されている。
ただそれぞれの当事者が、別々のものだと考えて、別々に騒いでいるいるに過ぎない。
何度もくりされる、避けようのない道なのに。
今のインターネットは自分にとって最適ではなくなった。ただそれだけだ。
それに対して、自分たちで自分たちの望む場を作ったり、場を再び盛り上げようという程の気概はない。
所詮そういう奴らは内田樹のいうところの「下流志向」、つまり、「消費者意識」から抜け出せないのだ。
ただ要求するだけなのに建設的な意見を言ったつもりになって満足し、
結局それを作り、与えてくれるものがなければ自分たちには何も出来ない。今度は批判して憂さを晴らすだけだ。
やってることは自分たちにとって最適であった過去を嘆くばかりである。
新しい動きをただ自分にとって最適でないという理由だけでこき下ろし、批判する。若くして老害の出来上がりだ。
老害とは過去にしがみつく亡霊のことであるが、なぜそれが生まれるかというと、
消費者意識から一歩も脱却せず、自分の狭い目線から一歩も離れず、過去を望みつつも過去から何も学ばぼうとしないからだ。
「俺たちが○○を作った」「俺たちが○○だった」
勘違いしてはいけない。自分たちは、たまたま興隆期、全盛期に運良く立ち会っただけに過ぎない。運が良かっただけだ。
自分たちはただのネット団塊世代にすぎないのだ。最初だから無茶が聞いただけだ。それが許されただけだ。
そんなものはインターネットの本来の姿でも何でもない。インターネットでできることはそれだけではない。
嫌ならさっさと逃げ出せばいい。別の対象を見つければ良い。
とにかく、自分が望んでいるものだけは既に無い。自分を肯定してくれる「俺達のインターネット」はない。それだけだ。
っていうかさ。ネット団塊世代として、十分すぎるくらい貯蓄貰ったべ。財産築いただろ?まずその棚卸しようぜ。
もう社会やら世の中が自分を肯定してくれなくたって、十分老後を自活していけるだけの蓄えはあるだろ?
ネットで作った友達とか、そこで得たやり取りが経験になってんだろ?
その財産を元でに、自分たちの遊び場くらい作れるだろ? 自分で何とかしろよ。
なってなかったらそりゃお前のせいだ。 インターネットに生活保護はない。神様もいない。
幸運なネット団塊世代に生まれていながら、何一つ築いて来なかったなら、それはただの怠慢だろ?
サボってた奴が、偉そうになにかいう資格までは「俺たちのインターネット」でさえ許してないと思うぜ。
自分たちより若い世代は、ネット興隆期も全盛期もしらない。そういう幸運な環境を与えられなかった。
その中で、必死に自分たちの生きる道を探そうとしてんだ。俺らよりずっと立派にやってるよ。
ソーシャルゲームやらニコニコなんぞというもので満足しようと自己暗示かけてんだ。
自分たちの欲求を極限まで制限したり変形させたりしてなんとか適応しようとやってんだ。
蓄えがないところから、自分たちの生きる場所をつくろうとやってる連中に対して、邪魔はすんな。
それなりに理解しようと努力するか、それができないならクチをつぐんでただ見てろ。
そいつらのやってることがダメだとか間違いだとか言うなら、自分たちが示してやれよ。
過去の回想とかいう非現実的で、企画力ゼロの妄想垂れ流すんじゃなくてよ。
別に今からでも自分たちに最適な潮流を生み出しても構わないんだぜ?
ただそれは、今までみたいにクレクレ君としてじゃなく、自分らで作り出すべきだろ。
もう俺たちは、社会やインターネットに何かを期待してるだけの幼年期を卒業させられてんだよ。
とっとと与える側、期待させる側、なにか作る側にとりかかれ。いつまでブヒブヒやってんだ。
追記。私もこれについて全く理解できてない。この部分理解してもう一回「俺たちのインターネットの終わり」について考えてみたい。
私も「どうせ終わりなんだから深く考えるな」「全体が終わっても俺は生き残れるからどうでもいい」って乱暴に考えてた。
でもこの衰退はどういう形だったのかってのはもうちょっとまじめに考えたほうがいいのかもしれない。
ttp://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2011/11/post-474d.html
わたしは「危機」について分かっていない。本書では、「危機(crisis)」「暴落(slump)」「バブル崩壊(collapse)」が同じ意味で使われている(ように読めた)。景気循環の下降局面なら「危機」、資本の限界効率が急落し、みんなが現金を欲しがっている状態を「暴落」、さらに過剰投資(=バブル?)が行過ぎて、期待収益がゼロ以下になることを「バブル崩壊」と呼んでるみたい。いわゆる「バブル崩壊」は、そんな景気循環から外れた、日本だけの極端な現象だと思っていたが、ケインズも指摘しているくらい「予見されたこと」なのだろうか
>僕たちアメリカ人は、幸福の追求を不可侵の権利として大事にしているが、幸せなアメリカ人はほとんどいない。
>時間が足りないとか、お金が足りないなどと文句を言わない人を、僕はほとんど知らない。
>どれほどの財産、業績、名声、健康を手に入れても、それを上回るものを欲しがる
容姿が入っていない、0点
除染に自衛隊、便利屋扱い? 防衛省に波紋 「民間でも十分できる」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/111120/plc11112000420000-n1.htm
自衛隊の任務は国民の安全と財産を守るためであって、便利屋では無い。
自衛隊の特徴は、初動の「即応」と自己完結能力にあるのであって、この時期になってもはや除染に自衛隊は必要無い。
恒常的に「放射性物質」を扱っている民間企業(例:東京電力、原子燃料等)があり、常日頃から「除染」を行っているのだから、既に自己完結能力の必要の無い今は、自衛隊を出す必要は無い。
>一川保夫防衛相は18日の記者会見で「除染事業開始までに拠点場所(の除染)を早急にやるとすれば自衛隊の能力が期待される。民間には難しい」
一川保夫防衛相は、自ら「素人」発言をしていなかったか? 素人なら自衛隊の活動に口出すな。
確か、同防衛相は、国賓の宮中晩餐会よりも、自分の政治資金の方を優先した人だったな。
>「直後に(地元に説明に)行くべきだった。常に国民の目線で物事を判断したいといってきたが、防衛省にそういう観点が浸透していない感じを受けている」
とか言っていたが、その防衛省のトップはいったいどこの誰だよ、と問いたい。
もっとも、某党の元総理大臣閣下は小学校の社会科で習うはずの自分自身が自衛隊の最高指揮官である事すら知らなかった閣下もいらしたからな。
あれだ。
きっと、この某党の防衛相は、愛すべき中華人民共和国様と南朝鮮様のために、まず最初の厄介者になるであろう自衛隊を潰したいに違いない。