はてなキーワード: 勝ち馬とは
中国にとって台湾を統合したいというのは至上命題というか最重要戦略だとは思う。
だけど、一方で、台湾沖のシーレーンを中国が扼することで日本の海路が阻まれたら
日本は石油をオーストラリア南側回りで輸入するか中国の顔色を窺い続ける必要が出てしまう
石油の輸送費の増大は物価やガソリン代に影響して、深刻な問題になるのは予想できる。
輸出入品は何も石油に限らないし輸出入先はシーレーン上の各国で西アジアだけではない。
だから日本、米国にとっては、台湾沖を敵とみなした国が掌握する事は許せない。
関係諸国は、そういう共通認識を持っているはずだし、中国が台湾を統合したいなら
日本を尖閣諸島問題などで刺激する事は、百害あって一利なしだったと思うんだよな。
むしろ日本を安心させて味方に付けて、中国が台湾沖を握っても被害はないよと安心させて、
出来れば日米離間し日中という枠組みを作るべきだった。
だけど、日米離間どころか、長年にわたって歴史問題や、靖国参拝、尖閣諸島問題で日本を刺激し続けたので
今や日本人の8割以上は中国は敵、アメリカに頼るしかないという認識を持つに至った。
敵にシーレーンを握られれば終わりと恐怖を持たせてしまった。この現状変更には50年はかかるだろう。
日米が組むことになればファイブアイズはもちろん日米側、QUADも日米側、勝ち馬に乗りたがってEUが加われば
男も女も、互いの権利について話し合おうとするとすぐ感情論になって喧嘩し議論が成り立たない
(そしてこういう、どっちにもつかないこと書くと「先に女が〜」「でも男は過去に〜」ってどっちかの勢力のシンパが言う、うっせぇうっせぇうっせぇわ〜♪)
だからホント頭悪い極論だが、お互いに銃や刃物を持って、殺し合うのが一番早いんじゃないかなって思う
フェミとミサンドリストとBKOは男が、弱者男性とミソジニストとKKOは女が憎いんだし、話し合ってもたどり着くのは罵倒とレッテル貼りばっかじゃん
ならもう勝手に殺しあってくれよ、互いが互いを憎むなら出来るでしょ?言葉で解決しないなら戦争だよ?
俺?どうでもいいわ
陰謀論や差別に関する議論に限らずだが、気持ちから始まって理屈で理論武装する前に、まず知識を身につけろ。
意見を述べる前に、まず勉強しろ。誰か/特定の集団から学ぶのではなく。
勝ち馬に乗りたい or 判官贔屓の元々の傾向があるから、本当に直感で判断すると、たまたま最初に見た/二番目に見た意見どっちかを親だと思い込んでしまう傾向が誰しもあって、
そこにある程度筋が通った理屈を与えられて、それだけを根拠にしたらどんなに頭の作りが良くてもみんな間違えるもんだ。
ジャンルによっては、
教科書的な本があってそれを一通り読んでみるべきなのか、
そもそも抱えている別の課題の解決を優先すべきで周囲の人と公的機関に助けを求めるところからなのか、
正解はないが、だからって何もせずに浅瀬でじゃぶじゃぶ何となく殴り合ってるのは最悪だ。
反論をもらって『自分の頭でちゃんと考えて』反論するようになったらもうおしまいだ。
せめてその反論がファクトチェックだったなら、相手にソース提示を求めるだけでなく自分で考える前に検索をしてみろ。
また曲解を繰り返すだけかもしれないが、何かヒントを見つけられるかもしれないから。
何が正しいかを全てその場でその場で自分の頭だけで考えて判断できる人間なんか、もはや存在しないし、これからも生まれない。
だから、どの論争においても(敵対してる両側とも)十分な知識と現状把握から議論できてる層と、浅瀬でお気持ちだけで戦って曲解した受け売りの知識で殴り合ってる層の二極化が加速していってる。
それが出来ないなら、お気持ち長文と揶揄されるのくらい我慢して気持ちだけ語るほうがまだマシだ。
意見に蓋をしたいわけじゃなく抑圧するためじゃなく、弱者が別の搾取構造に絡めとられて消耗しないためにも、何も知らない状態で変に道筋立てようとするな。利用されるだけだから。
あーわかるなー。各人のマジレスなんてものは当然是々非々なわけで、そんなの当たり前で、バズった意見が正しいなんてこたぁねーんだよな。
ラブライブは世間では人気だから言えないが個人的にはあまり好きじゃない。
界隈ではあまり評価が高くないみたいだが自分はターンエーガンダムは普通に好きだし、
経済的にはあまり振るわなかったけどエウレカセブンの続編も好き。
とかね。
でもそれらを意見表明したらどうなると思う?
「どの意見が覇権を取って支配的になるか」の、謎の「SNSの見解」の座を勝ち取る領土戦争みたいな。
要は自分の意見に自信が無いんだろう。寄らば大樹の陰。ただただ大樹、勝ち馬に乗りたいだけであって、意見はどうでもいいんだ。なんだろう、自分は何もしてないのに強くなったような、無双状態の気分になれるから。虎の威を借りる狐かな。キョロ充みたいな。気持ちはわかる。
ドイツの教育上の哲学だったか、「たとえ、たった一人だけの意見になってもそれを主張できるような人間を育てる」みたいな。その思想と正反対な状況わね。
劇場版鬼滅の刃の売り上げで世間が沸き立っているけど、その売り上げはパンデミックと言う歴史的悲劇を逆に最大限に追い風にして巻き起こった正に社会現象化した物だから、その起因を考えるとあまり肯定的に捉えない方がいいと思う。
特にこの映画を持ち出して何かを比較して下に見たりしているのは、数多の横たわった悲劇には目も暮れず、ただ勝ち馬に乗ってはしゃぐ無邪気な子供のようで見ていてとても残念に思う。
盛り上がるなとは言わない。どこまでも売れて良いと思う。
ただこの社会現象は、終末的閉塞感の末、それを打ち破るように開かれた祭りなのだと捉えている。
何かと比較したり、再度起こるような事を願える物ではないと主張したい。