はてなキーワード: 邪馬台国とは
本当に誰も居ない感じがしていいわね。
本当に集中するとき言うけど、
なんか流行に乗った言い方してるみたいで逆にそういうつもりじゃないんだよって言うのもまた逆に恥ずかしいわ。
それはともかくとして今日は何の日だか知らないけどラッキー祝日なので
とりあえず建国を祝ってみるわ。
建国記念日の由来ってなんだか邪馬台国のイメージがつきまとうだけど、
それであってるのかしら?
邪馬台国の人のイメージの髪型の瓢箪が両サイドに付いたあのスタイルあるじゃない。
よくよく考えてみたら、
あのイメージを植え付けた人って誰なの?とも思うの。
なに発祥なのかしら?
あの由来を知りたいし、
いい加減に
元祖邪馬台国髪型と本家元祖邪馬台国髪型との争いもいつまでやってるの?とも思うの。
だいたいどちらも似た感じの髪型だし、
それぞれのなんか事務所的なところに行くと、
どちらがその髪型発祥でもいいじゃない!って世間はそんなに熱量高くないんだけどねぇ。
根拠ないじゃんと言うと共にだから今日は建国を祝う儀式なのかーとも思うのよ。
それはさておき、
今日こそは今日こそはなにかどっかに寄って焼き鳥でも食べたいところだけど、
ああどうしようって思うわ。
確定申告の準備をやんわりして、
うふふ。
喫茶店の本気の美味しい本域のコーヒーはやっぱり喫茶店で飲むべきである理由たる所以ね。
どうしても、
あの技が出せないのよあの技が。
そのままだけど。
よく見るピンクグレープフルーツとよく似た感じがまたより一層拍車をかけてくれるわ。
何の?って感じよ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
たとえば先日バズってた、「香水なにって聞かれて、リボーンのキャラを想像して作ったオリジナル香水だけどいえないからディオールっていった」ってツイートに
「オリジナル香水、とだけ言えばよかったんじゃないですか?」と返す奴とか。
そこは草はやして笑うところだろ。マジレスすんなよしらけるだろ
たとえば、先日バズってた、新潟県立美術館が「新撰組局長率いる織田信長を模した巨大埴輪340万体×7を24時間で倒しきらなければ邪馬台国が滅びる」ってなんだ、ざわついてます、みたいな書き込みをしたら、
大量のオタクが、実はXXなのもありまして、実は○○も、こういう絵で、こういう話で、他にもこういうのが…などとうざいくらいにレスをしまくる
公式なので、「そこまで知りたくもないんだけど」とも言えないんだろういちいち丁寧に答えていたが、オタクのこの「オタクを知らない人の素朴な書き込みに自分たちの知識をうざいくらいに教えまくる」の止めた方がいいと思う。
まあいうまでもなくあきまんさんがいうアレだ。聞いてもないのにいちいちどうでもいいアドバイスをしてくる奴ら
今日 (正確には昨日) 、情熱大陸で「人と人がその場を共有しないと」みたいな話があったようだ。
この手の話を聞くたび思うんだけど、黄門様の紋所のように絶対的に言える話なんだろうか。
自分のことを冷めた人間だとは思っているけど、そもそも生身で密にコミュニケーションすることが (頑張るけど) 疲れる。まして本音むき出しのコミュニケーションなんて、しないでいいならその方がいい、と思っている。
最近、バーチャルモデルの imma さんという存在を知った。インスタを拝見すると「普通に」綺麗だ。違和感がない。動画だと髪の毛あたりに違和感がでるけど、写真だと本当に実在の人間と区別がつかない。
写真や動画で違和感がない、という前提があれば、 imma さんは不老不死を実現している。首から下のモデルさんを変えれば永遠に生きることができる。老けることもない。これは画期的なことではないか (まぁ何周か回って邪馬台国の卑弥呼さんあたりが実現してるといえばそうかも知れないが) 。
仮に imma さんに強く惹かれている、いわゆる「推し」だったとしたらこれほど幸せなことはない。推しが好きな状態で永遠に変わらない、スキャンダルもない。こんなありがたいことがあるか。実在しないじゃないか、と言うかも知れないけど、どうせ我々一般人が推しの人間に会えることなんてまずないんだから、そういう意味では有名人なんて7割くらいバーチャルみたいなものだ。
話がそれた。「人と人の触れ合いが何より大事」と主張したい人間は、基本的にはこれまで、その価値観の世界において優位性を得てきた人間たちだ。言わば「人と触れ合うのが得意」という既得権益を持っているわけで、その既得権益が崩れそうになっている今、それを守るためにあれこれ発言しているのではないか、と思ってしまうのだ。そのせいで、彼らの言うことを素直に受け取れない。肉体的な触れ合いがなくても、バーチャルでも、人は十分幸せに生きていけるんじゃないか。テクノロジーは、そういう未来を実現できるんじゃないか。そんなことを思っている。
全国各地にある。いろんな人がいろんな気持ちで倒しそう。
伊東博文像打倒の歴史は古い。銅像はなんと生前から造られ、そして生前から銅像は暴徒によりボコボコにされていた。
そのうち急進派の奈良県民により打倒されるだろうと思っている。
俺は奈良の大仏を日本史の奈良時代で習うのはおかしいと思っている。
奈良の大仏は源平合戦の頃平重衡により、戦国時代ではおなじみ松永久秀によりぶっ壊された。
奈良の大仏は日本史のぶっ壊しの伝統を今に伝え、そして再建の歴史を今に伝える。ありがとう重源! ありがとう公慶!
これをまたぶっ壊す!! なんと爽快だろうか。
家近良樹『歴史を知る楽しみ』(ちくまプリマー新書、2018年12月)
石川松太郎監修・小泉吉永編集『女大学資料集成〈別巻〉』(大空社、2006年)
伊藤セツ『山川菊栄研究――過去を読み未来を拓く』(ドメス出版、2018年12月)
今井幹夫『富岡製糸場と絹産業遺産群』(ベストセラーズ、2014年)
岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新』(法蔵館、2018年11月)
大塚英志『日本がバカだから戦争に負けた 角川書店と教養の運命』(星海社新書、2017年)
小川剛生『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』(角川学芸出版、2016年)
金澤裕之『幕府海軍の興亡 幕末期における日本の海軍建設』(慶応義塾大学出版会、2017年)
上條宏之『絹ひとすじの青春――『富岡日記』にみる日本の近代』(NHK出版、1978年)
神谷大介『幕末の海軍――明治維新への航跡』(吉川弘文館、2018年1月)
神谷大介『幕末期軍事技術の基盤形成――砲術・海軍・地域』(岩田書院、2013年)
佐々大河『ふしぎの国のバード』1~3巻(ハルタコミックス、2015~16年)
サビーネ・フリューシュトュック他編『日本人の「男らしさ」――サムライからオタクまで 「男性性」の変遷を追う』(明石書店、2013年)
篠田信一『殴り合う貴族たち――平安朝裏源氏物語』(柏書房、2005年)
中公新書編集部編『日本史の論点――邪馬台国から象徴天皇制まで』(中公新書、2018年8月)
内藤一成『三条実美 維新政権の「有徳の為政者」』(中公新書、2019年2月)
中野節子『女はいつからやさしくなくなったか』(平凡社新書、2014年)
長山靖生『帝国化する日本――明治の教育スキャンダル』(ちくま新書、2018年9月)
本郷和人『戦いの日本史 武士の時代を読み直す』(角川学芸出版、2012年)
松浦だるま『累』全14巻(イブニングコミックス、2013~18年)
宮地正人『日本史リブレット人68 土方歳三と榎本武揚 幕臣たちの戊辰・函館戦争』(山川出版社、2018年8月)
森正人・鈴木元編『文学史の古今和歌集』(和泉書院、2007年)
山川菊栄記念会・労働者運動資料室編『イヌとからすとうずらとペンと 山川菊栄・山川均写真集』(同時代社、2016年)
山本ルンルン『サーカスの娘オルガ』第3巻(完)(ハルタコミックス、2019年)
吉田麻子『知の共鳴 平田篤胤をめぐる書物の社会史』(ぺりかん社、2012年)
和田裕弘『織田信忠――天下人の嫡男』(中公新書、2019年8月)
渡部周子『〈少女〉像の誕生――近代日本における「少女」規範の形成』(新泉社、2007年)
渡邊大門『関ヶ原合戦は「作り話」だったのか 一次史料が語る天下分け目の真実』(PHP新書、2019年9月)
渡辺尚志『江戸・明治 百姓たちの山争い裁判』(草思社、2017年)
★再読★
鬼頭宏『日本の歴史19 文明としての江戸システム』(講談社、2002年)
ニコライ著・中村健之介訳『ニコライの見た幕末日本』(講談社学術文庫、1979年)
中屋敷均『ウイルスは生きている』(講談社現代新書、2016年)