はてなキーワード: 文科一類とは
教育問題が取りざたされて久しい。
私はとある私塾の講師として授業を受け持っていて、担当は高校3年生が中心である。
高校生ともなれば、ある程度の学力のばらつきが出るのは当然であり、
高校の授業内容を全員が等しく身につけることは必須ではない。
有り体な言い方をすれば、良い大学を受験したい人はしっかり勉強すればいいし、
そうではない人は適当にやっていればいい。
実質的に教育問題とは、とくに初等教育の問題であると考えてよいだろう。
特に、生活のリズム、社会のマナーを身につける小学校という場について考えてみたい。
一般的なのは、教育系大学あるいは教員養成系教育学部をもつ大学に進学することである。
http://www.keinet.ne.jp/doc/dnj/rank/12/k205.pdf
を見てみると、教員養成系の大学の偏差値は50~55程度が多いように見受けられる。
これらのレベルの大学を卒業した学生が教員となり、現場で児童に教育することになる。
http://www.keinet.ne.jp/doc/dnj/rank/12/k203.pdf
自分の高校時代を思い浮かべてもらいたい。
偏差値70のトップレベル集団と、平均点そこそこの集団は違う。
具体的な人間を思い浮かべてみてほしい。
さて、教育特に初等教育は、親からの目が特に厳しい職業である。
小学校の教員のもとには毎日まさに鬼のようなクレームが寄せられるらしい。
そんな業種として、他に医療が挙げられる。
そしてその医療の担い手として大きな役割を果たすのが医師である。
医師になるためには医学部医学科に入学する必要があり、その偏差値は理系の中でもトップクラスである。
http://www.keinet.ne.jp/doc/dnj/rank/12/k210.pdf
によると、国公立の医学部医学科の偏差値は65~70程度が多い。
教育も医療も、周りの期待が大きい。耐え切れないほどの重圧がのしかかる。
教員の立ち振る舞い方で、児童はいかようにも変わっていく。それが初等教育であると考える。
かつて、私立医学部に入学するのに必要な偏差値は50を切っていた時代があった。
今では軒並み65程度まで上がっている。
医療の現場では、患者やその家族との信頼関係を作るように現場レベルでの指導が行われ、徐々に大学医学部での教育も変容しつつあるようだ。
教育も同じであるべきである。その時に求められるのは教員がいかに児童や保護者との信頼関係を気づいていくか。
それを念頭に置いた教員養成のための教育が、今の限られた教職課程の授業の中で行われているのか。
そしてそれを実現できうるレベルの学生が今の教員養成系の大学に集まっているのだろうか?
教育を本当に志す者のための教員養成機関になっているだろうか?
決して、就職先がない人の掃き溜めであってはならない。
強い信念を持った素敵な教員が増えることを願ってやまない。
世の中には日本が民主国家などと寝ぼけたことをほざいている者が居るが、何の勘違いだ。この世はどうみても東京とりわけ東大を中枢とする帝国だ。全国の猛者がしのぎを削って東大を目指し、合格すれば勝者の称号を与えられ、敗者は一生地下労働が決まっている現代日本において、平等主義や人権尊重を基調とする憲法など維持できるはずがない!
見よ、成績によるこのすさまじい序列付けを。これが過酷な現実なのに、いざ敗北が濃厚となると、平等主義や人権尊重を叫んで自分のプライドを維持しようとする敗者や老害は、競争の勝者に対して失礼だと思わんのか。
国民主権だの平等社会だの、そんなものは嘘だ。失敗したのだ。今の日本は体裁と中身が引き裂かれた最悪の社会だ。そして現実は東大帝国なのだ。平等な市民など存在しない。ただ高級官僚という王、役人や東大生という貴族、金持ちという覇者、それと全国で地下労働をしている圧倒的多数の敗者が存在するだけだ。
http://a2.upup.be/d/3xlFi3ZIQ4
http://c2.upup.be/d/Vutb3Dfwtk
http://c2.upup.be/d/XB8AGHmrAV
http://c2.upup.be/d/Q4afnI1Kvj
2010年度-第2回駿台全国模試(文系・理系総合-成績優秀者の志望大学)
【東京大学】188名
東京大学文科一類 59名 東京大学文科二類 21名 東京大学文科三類 11名
東京大学理科一類 35名 東京大学理科二類 11名 東京大学理科三類 45名
【京都大学】*38名
京都大学理学部 *1名 京都大学薬学部 *1名 京都大学医学部 31名
【その他】**9名
大阪大学医学部 *3名 東京医科歯科大学医学部 *1名 千葉大学医学部 *1名
筑波大学医学部 *1名 鳥取大学医学部 *1名 防衛医科大学 *1名
おはようございます。
もう2月ですね。
きわめて特殊な形式を持ったテストに立ち向かう上で、
僕が個人的に獲得していった「戦略」についてお話しできればと思います。
なお今回の話はあくまで、僕個人の経験から導出されたものですし、
ですからこれから東大を受験されるかたには限定的にしか役に立たないでしょうし、参考程度に聞いて下さい。
また、話していく中で、僕が他の先達たちから聞いた話をそのまま織り交ぜていくことが予想されます。
おそらくこういった話はすでに多くの方がされた類のものでしょう。
ただ僕は田夫野人にして『ドラゴン桜』すら未読なので、
僕自身のオリジナリティがあるのかどうかすらわかりません。
もし著作権等の問題に抵触する場合は、明示していただければ対処します。
さて、それでは本題に入っていきましょう。
第一に考えなければならないことは何でしょうか?
それは、各大問の性質を明らかにし、それにあった戦略を考え、
「解く順番」を明確にすることです。
和文要約と長文を含む第一問、英作文の第二問、リスニング第三問、英文和訳と文法問題の第四問、長文読解第五問(もちろん、年によって変動があります)。
それぞれの大問は、独自の設計思想に基づいて作られており、
これらを最初に分析した上で学習の指針をたてるのがベストでしょう。
私見では、東大英語で求められる英単語・熟語知識は3つに分けられます。
すなわち、「長文でつかうもの」「和訳でつかうもの」「英作文でつかうもの」の3つです。
これについてもおいおい説明していければと思いますが、
とにかく、5大問の分析と戦略策定が何よりも重要だと言っても過言ではありません。
また、その結果得られる「解く順番」も重要です。
ですから、各工程を適切な順番で適切な戦略の元に片付けていかなければ、
最後まで解ききることすら出来ません。
その意味で、東大英語は「ドラクエをいかに短時間・低経験値で全攻略するか(タイムアタック)」という「しばり」プレイにも似ています。
ここでは、僕のおすすめの「解く順番」を一つ挙げてみましょう。
それは、「後ろから解いていく」です。
つまりおおざっぱに言って、第五問(長文読解)→第四問(英文読解和訳→文法)→第三問(リスニング)→第二問(英作文)→第一問(長文→要約)のプランです。
「解く順番」を考える上で一番のボトルネックは、
やはり試験時間のまんなかに鎮座ましましている30分のリスニングでしょう。
ですからこれを中央にして、前半に読解系を、後半に作文系を入れてみました。
このプランにした理由や各大問の設計思想などもからめながら、もう少し細かく見てみましょう。
最初は、第五問……ではなく、リスニングの問題文の下読みから。これは当然ですね。
リスニングを解くのは真ん中ですが、第五問第四問がどう転ぶかはまだわからないので、
あとで下読みする時間が無くならないように、最初に読んでおきます。
そして読解系の第五問・第四問(の和訳)。
これらの1.5大問が問うているのは、「精読・読解できるか否か」でしょう。
それにしても、なぜこの二つを最初に置くのか。
それは、「ある程度時間と集中をかければリターンが大きい出題形式」だからです。
長文を精読して答えを詰めるのも、英文と格闘して解釈をひねり出すのも、
だからこういった粒の大きな作業は、余裕のある最初に入れておきたい。
2ちゃんねるのコピペで、「小さな砂をビンに最初に入れてしまうと、あとからでは大きな石は入らない(だから最初に石を入れよ)」というのがありますね。
それと同じです。
読解系を集中して解き終り点数を積んだら、リスニングに入る前に、
第四問(の文法)と、第二問(英作文)のメモ作りに参りましょう。
英作文、リスニング、文法の2.5大問が問うているのは「ロジカルな文脈復元力」ですが、
文法も、英作文のメモ作りも、「石」というよりは「砂」です。
リスニングの開始まではもう余裕がありません(もちろんリスニング中も)。
ですからここは「砂」を入れて、無駄なく(そしてリスニングへの弊害なく)進めていきましょう。
(ちなみに、「英作文はいきなり英文を書き出すのではなく、一度日本語でメモを作る」というのは常識ですよね?)
この文法とメモ作りを、余裕があればリスニング中の小休止にも行った方が良いですね。「リスニング中」!? そうです。
そんなことしたらリスニングがまともに聞き取れなくなるじゃないか! ……確かにそうです。
でも、そもそも東大英語のリスニングって、「まともに聞き取れ」るものでしょうか、帰国子女ですらない僕らが?
個人的には、「帰国子女じゃあるまいし、リスニングはまともに聞き取れない(そしてまともに聞き取れなくても点は取れる)」という戦略をお勧めしたいと思います。
聞き取るのは、断片だけで構いません。
「ディスコース・マーカー」などのテクニックに限らず、基礎的な文法知識や「教養」など、すなわち「文脈復元力」があれば、
かろうじて得た断片から選択肢を絞るのはそう難しいことではありません(東大英語リスニングはPolitically Correctですから)。
さて、こうしてリスニングを耐えしのいだあとは、文法問題を片付け英作文のメモを英訳しましょう。
そういえばさっき、単語・熟語には3分類ある、と言いました。
これは要するに、「今見ているこの単語が、いったい試験の何処でクリティカルに使われるものか常に意識して学習せよ」ということでもあります。
具体的には、たとえば英作文では、たとえ中学英語レベルでも、絶対にミスのないイディオムで無難な英文を生産する必要があります。
他方長文では、つっかえずに読むためには、「なんとなく意味が分かって読み流せる」単語が重要です。
和訳では、「微妙なニュアンスを原義にさかのぼって解釈する」ような単語も出てくるでしょう。
良い具体例が思いつきませんが、英作文のhave nothing to do with、長文でのsimultaneously、和訳でのdevelopなどですかね。
はい、英作文が書き終わりました。え、細かいテクニックは、って? それは皆さんのほうが詳しいでしょう……。
第一問は、僕の記憶が正しければ英文の和文要約(1A)と、乱文整序や選択式問からなる長文(1B)の2本立てです。
どっちも時間と集中の要る読解系じゃないか、って?
いやいや、長文のほうは第五問に比べれば「パラグラフ・リーディング」で対応可能なものですし、
乱文整序なんかは特に、運の要素が読解系より格段に強いですよ。
大問1が問うているのは「ぱっと見で大意をつかむ作業効率」。
もちろん読解はするのですが、そもそも要約とは、
極論すれば「キーセンテンスを運良く一文訳せれば点数の半分は来る」程度の運試しです。
大意さえつかんでしまえば、枝葉にまで潜っても、対時間コストパフォーマンスは悪い。
それよりは最後の5分で幹だけ掴み、荒削りで確実に効率よく得点したほうがクレバーですね。
以上、「解く順番」をフックに、東大英語の戦略についてしまりなく語ってきました。
大問毎の設計思想「精読・読解できるか否か」「ロジカルな文脈復元力」「ぱっと見で大意をつかむ作業効率」を見ても分かるとおり、
やはり、東大英語というのは「官僚スキル」を見るためのものなんですね。
大量の紙幅を右から左に流しつつ、個々の場面で求められるレベルでアウトプットを行っていくという。
もちろん、基礎的な英語力や各大問ごとのテクニック(「リスニングではHoweverなどのディスコース・マーカーに注意しろ」とかの類)に関しては、
僕なんかより、受験生の皆さんや予備校の先生のほうがよっぽど詳しいでしょう。
僕も枝葉末節については記憶が怪しいので、今回は「幹」や「石」の部分について覚えていることを語ってみました。
ひねくれているとは思いますし、多くの真面目な受験生にとってはむしろ混乱の素かもしれません。
(帰国子女ではないが現役で本試験(英語)約100点を獲得し文科一類に合格した、という)「過去の栄光」がぎりぎり通用するうちに、
偉そうなことをはき出しておきたいという、僕のささやかな実存を感じ取ってもらえれば幸いです。
細かい部分や他教科については、また要望が万が一あれば考えます。
朝日新聞GLOBE「金融危機と中央銀行」のうち、http://globe.asahi.com/ 上に掲載されていない部分を以下に載せます。
(G-2面の囲み記事)
入行の2年後輩の稲葉延雄(現・リコー特別顧問)が、副総裁、そして総裁候補の「本命」だった。稲葉は、若いころから金融政策を担当し、1998年に施行された日銀法の改正作業でも、日銀内で中心的な役割を担った。
他にも、やはり日銀法改正にかかわり人脈の広い三谷隆博、国際派の平野英治ら、理事を経験した有力候補がいた。
最近になって白川の存在感が増してきたのは、日銀幹部に、海外の中央銀行幹部と対等に話ができる経済学の専門知識が求められるようになったためだ。ただ、福田政権が今年春、白川を副総裁に指名したのは、意中の総裁候補が武藤敏郎(当時、日銀副総裁)だったことも大きい。
財務事務次官を経験した武藤は各界の太いパイプがあり、調整能力にたけている。理論派の白川は、武藤と組み合わせるとちょうどよいと目された。この時点では、あくまで白川は「知恵袋」として、総裁を補佐することが期待されていた。
ところが、運命は、本人も予想しない方向に転がっていく。
参議院で多数を握る民主党は、「財政と金融の分離」を唱えて財務省OBの起用への反対を崩さず、武藤総裁案を葬り、やはり財務(大蔵)事務次官を経験した田波耕治案も一蹴した。
主要7ヵ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)が近づくなか、総裁空席が長引くダメージは大きい。となると、民主党が同意できる、残る総裁カードは、白川しかなかった。
当時、白川は58歳。50代の若さの総裁の退場は52年ぶり。金融政策などを決める政策委員会の5人の審議委員のうち、4人は白川よりも年上だ。
いきなり約5000人の職員を擁する組織のトップに就いた白川の指導力、調整力には不安もある。首相の麻生太郎は、白川自身の意向も聞き、山口広秀を副総裁に任命した。
山口は日銀出身だが、政府との実務交渉の経験が長い。今後、内部管理的な業務や政府との意思疎通などで、山口が担う部分も増えていくとみられる。■
前総裁である福井俊彦は、社交的で人づきあいがよく、経済界にも豊富な人脈があることで知られた。財界人とも頻繁にゴルフをした。
白川は少人数の食事会での議論は好きだが、パーティなどの華やかな場所は苦手。若いころはテニスを楽しんだが最近はやらず、ゴルフも年に数回程度。週末の楽しみといえば、「双眼鏡を持って、妻とバードウォッチング」といったところだ。
もっとも、この秋からは金融危機の対応に追いまくられ、バードウォッチングどころではない。
白川は1949年、福岡県の小倉で生まれた。姉と弟の3人兄弟。父は、地元の東洋陶器(現・TOTO)に勤めるサラリーマンで、後に社長となる。地元の公立小中学校から県立小倉高校に進んだ。
高校時代の同級生で、以来親しくつきあう読売新聞大阪本社執行役員の松尾徹は「誠実で、はったりがない。困った顔をすることはあるが、怒った姿をみたことがない。線が細そうにみえるが、案外、楽観的で腹がすわっている」と白川を評する。
東大の文科一類に入学したが、経済学部に進む。法律より経済学に面白みを感じたのが理由だ。
21歳の夏休み、帰省先の小倉から上京するブルートレイン(寝台列車)の中で、津田塾大の学生だった美恵子と知り合い、日銀に入ってまもなく結婚した。日銀に就職したのは「ビジネスは大切だが、自分は民間企業に向かないと思ったから」。
入行4年目で米シカゴ大学に留学して経済学修士号を取得。博士号を取るためにもう1年の延長を願い出たが上司に断わられ、日銀を辞めてシカゴに残るかどうか悩んだ。
その当時、白川の1年先輩で、相談を受けた大塚啓二郎(現・政策研究大学院大学教授)は、「日銀を辞めて学者になったら」とアドバイスした。「組織の中で出世するタイプには見えなかったしね」と大塚は笑う。
服装にはさほど構わないが、ネクタイにはこだわりがある。海外出張の時に免税店で自分で買う。今年10月の「クールビズ」明けの記者会見では、小倉高校の同級生たちから贈られた小倉織のネクタイを締めた。
週刊誌に「いつもの寝グセを何とかしたほうがいい」と書かれると、友人が「寝ぐせ直し」用の整髪料をプレゼントしてくれた。以来、毎朝それを愛用している。■
科類紹介その6:文科一類
筆者の所属する文科一類は法学部に進学が内定している科類です。文系学部で日本最高偏差値を誇っています(^^*)。文一から教養学部等に傍系進学する人も毎年一桁はいるのですが、やはり大多数は法学部に進学するわけで、文一=法学部と考えてもらって間違いありません。「東大文一」という固有名詞があるくらい文系の中では有名な科類といえるでしょう。
一般に東大生は教養学部時代はでっかい夢を持つものです。3,4年生になると就活なども始まり現実を知ることになるのですが、1,2年生の間は東大に入ったことで自分は何者にもなれると思っている学生が多いため、かなり大きな夢を抱くことになります。なかでも文一は日本のエリートであるという自覚から本気で総理大臣になりたいと言う人もいます。東京大学新聞が新入生に対して行うアンケートによると、自分がエリートだと思っている学生はもちろんかなりの少数派なのですが(´ー`)
ちなみに法学部の先生方は学生にエリート意識を持ってもらいたいようです。私が東大に入学したとき、各科類ごとに新入生ガイダンスがあったのですが、文一のガイダンスでは法学部の先生が開口一番「君たちはエリートです」と言って仰天しました。また法学部ガイダンスでは法学部長は「君たちはここ(文一)に入った時点で普通ではないんです。エリートとしての自覚を持ちなさい」と仰っていました(´ー`)
そんな文一の将来像ですが、このブログにも以前「文一の会話」という記事を書きましたが「司法・国??・民間」が基本です。歴史的には東大法学部は官僚養成学校だったわけですが、現在では官僚志望者は減り、法曹志望者が官僚志望者の2倍以上となっています。
また2004年度から法科大学院がスタートしたわけですが、東大法学部としてはこれからは法科大学院までも視野に入れた一貫教育を施していくようです。ちなみに法科大学院の定員に合わせて文一の定員は約600名から約400名に減らされました。定員減少により文一が難化したため、文一志望者が文二文三に逃げるということが見られました。そのため文二文三生の中には文一に対するコンプレックス、通称「文一コンプ」を抱いている人も少なからずいるようです(´ー`)