はてなキーワード: スパルタとは
②guldeen氏は別に強い同調圧力をかけてはいない。苦労することによる他人に対する許容力を向上させる方法の提案ではあっても強制ではない。提案の拒否もできる。
「同調圧力」なんてなしでも、拒否の自由ありでも、シバキあげる事は可能です。
そもそも
「飲食業でもっと辛い思いや忍耐を経験するのがお勧め」というコメントは、
形式上は「提案」ですが、実際に元発言者(若い人でも無職でもない)が飲食業に転職するわけがないことは
guldeenさんも☆つけてる人もみんなわかってますよね。
これは実態的には「提案でもなんでもなく
「修行が足りない」「苦労が足りない」って言ってるだけですよ。
「飲食業でもっともっと辛い思いをするまではお前は何にもわかってない」
「修行の足りないお前の『子供の騒音が辛い』はただの甘えだから却下」
と言ってるだけ。
「お前が修行しない自由はあるよ?
でもお前が修行するまではお前の意見は半人前だから認めない。却下。
おっと、お前には拒否する自由があるんだからシバキ上げなんて言うなよ?」
「ベビーカーもちの子連れ母親です、エレベーターがない駅の長い階段は本当に辛いんです」
とい声が議題になったとしますよね。
これを
「この母親は、近場のジムでもいいのでウエイトトレーニングをオシシメ(提案)。
7kgごときのベビーカーというか日常支持する重量の大半は笑って許せるようになるよ(迫真)。」
スパルタの滅亡について参照のこと
追記 :ごめんなさい、小学校受験って書いたけど書き間違い。中学受験の話だよ!・・・いや、ほんとにごめんなさい。恥ずかしいです。
特に、友たちを敵視するような発言をしている親の子供が合格する可能性は低い。
2 「勉強のカリキュラムは塾が、精神面は友人が、身体面は親がサポートする」この基本的な役割を極端に逸脱する家庭では確実にうまくいかない。
親が最も力を発揮するのは、褒めることと、調子がわるい時にフォローすることであり、それ以外に考えなしに手を出すと大抵悪い結果になる。
3 子供が主役で親はサポートであるという原則が理解できていない家庭は確実に失敗する。
例えば親の子供の勉強のやり方に細かく口を出す家は途中で挫折しやすい。
今ひとつぴんと来なかったので、「駄目な方じゃなくて、子供を合格させるために心がけていることは何?」って聞いたら
それは「子ども自身が勉強や、塾を楽しいと思えるようにすることだ」って教えてくれた。
一言で塾に行くと行っても、
みんなが遊んでる中自分は塾のために早く帰らないといけなかったり、
行き帰りで電車に乗らないといけなかったり(車で送り迎えする人もいるが)
2時間座りっぱなしで授業を聞かないといけなかったり、
試験の成績が思うようにうまくイカなかったり、
どうしても勉強に身が入らない時もある、と。
そういう時に例えば一緒に勉強する友達やライバルがいるといないで踏ん張りが全然違うし、
自分の力で頑張っているんだという思いが強くなればなるほど勉強も楽しくなる。
親が塾の先生の信頼を失わせるような発言をしたり(複數の命令系統)
子供のコントロールを奪うようなことをすると、子供のヤル気がみるみる無くなってしまうのだ、と。
そのためにも、自分がもっとも役に立てるところはどこかを理解して欲しい、と言っていた。
ところが、何度保護者向けに説明をしても、分かってもらえないことがある。
特に、成績が悪い子供の親に限って、一から十まで全部親が口出しをしてしまう。
成績の悪さを友達や塾、さらには子ども自身が真面目にやってないからだといって敵視してしまう。
しかも、成績がどうしても上がらないとき、子供に向かって諦めの言葉を投げかけたりする。
必要以上に気負って空回りを続けた挙句、先に焦げ付いてしまう。
この人が働いている塾では、2年前から夏休み期間中、成績が悪い子供向けに合宿形式を取り入れることにしたらしい。
スパルタ形式をイメージしていたが、実は子供を親から引き離してリラックスさせ、ヤル気を取り戻させることが主眼だという。
ところが、去年、早速一人の親が、合宿所に乗り込んでくる騒ぎがあり、存続が危ぶまれているのだとか。
なんというか、子供も、それを教える人も、真面目にやればやるほど大変だなぁ、と思う。
これでも塾はまだ裁量の幅が広いほうだと思う、学校はもっと窮屈そうだ。
追記2:受験と人生とは関係ないという人がやたらと多いですね。受験に失敗したほうが人生成功するとまでおっしゃる方も。
まぁそうかもしれませんが、ここでは受験というプロジェクトの話をしているので・・・。
その感想、というか持論なんでしょうがこの記事に対して書く必要があるんですか?
受験関係の記事がホッテントリしたら自動で吐き出すBOTですか?
はてブのコメントって時々「記事読む必要あるの?」って思う結論ありき、どころか記事読んでないかのようなコメント書く人が多くてうんざり。
この話を聞いた後でも、個人的には中学受験の頃は、親はもっといろんなことをやらなければいけないと思っています。
だから、こういうところが違うのでは、って言うのは大歓迎ですよ。
追記3:「プレジデントファミリー」を読むような親は最初からこの話の対象外です。
追記4:あとね、学歴の話する人多いね。あえてそれをこの記事から切り離して書いても、その話に還元したがる人が多いのね。
確かに低学歴の親御さんは、自分の受験経験から正しいやりかたが何か分からないかもしれない。
でも、だからこそ、最低限のラインあるいは、一番大事なことは何かを聞いて、それだけは守ろうね、という話を書いてるわけです。
それを「低学歴だからしょうがない」でスルーされると、この記事全否定なわけですよ。マジで勘弁して下さい。
自分が低学歴で無知だと思うならなおさら情弱でもなんでもいいからプレジデントファミリーとか読めばいいんじゃないかな。自分より塾を信頼したらどうかな。
されること10種類のうち8種が良くて2種が痛い場合、その2つはされるの痛いって言いやすい
でも10種類のうち8種が痛いあるいは最悪全部痛い場合、何も言えなくなる
好意でしてくれている相手を否定し続けることになるから心苦しくて黙ってしまう
自分の母校を志望してる学生に勉強教えてください!と頼まれたとして
その子が割り算も出来ていなかったらもう教える意欲が減退するじゃない
合格させるにはスパルタ・悪役やらなきゃと思うと完全に萎えるじゃない
人に仕事のリテイク出すのだって1、2回は言えても3回4回と続くとやり直しさせる方の心も折れてくるじゃない
言われた方の、またリテイクか…っていう表情を見るだけでしんどいじゃない
それで不満があっても通しちゃったりするじゃない
男って、痛かったり良くなかったりするときには言って、なんて言いながら
本当に痛いですって言われる覚悟は出来てるの?
今までされてたことはほとんど痛いことばかりで、声を出したり表情をゆがませていたのは
声を抑えた悲鳴と苦悶だったんです、って聞いてプライド瓦解しない?
傷ついて落ち込んで女性恐怖症になったりしない?
お前が不感症なんだろうとか、実はビッチだから要求が高すぎるんだとかって逆ギレしない?
不信感があるから嘘つくし、演技するし、イッたふりするんだよ
AVやエロマンガみたいな動きのあるエロは全部廃絶してグラビア・ヌードだけにして欲しい
その方策を実行する集団があったとしてみよう。
どう考えてもその集団の人数は世代を経るごとに減少していく。
最終的には質的には劣るが数で勝る集団に飲み込まれるだろう。
スパルタの衰退を思い出すね。
ホント、私以外の友人は披露宴にもご招待、だったらまだ良かった。どこかで私が大学院に行っている事を聞いて、貧乏学生の私を気遣ってくれたんだ、と思っておしまい。
知らない人と盛り上がることが出来るか……下戸に加えて人見知りなので、このままじゃ良くて「スパルタ式人見知り解消道場」にしかならないことは明確。
しかも、どうも(私が招待の有無を聞いた)友人全員、彼女が結婚すること自体、初耳らしい。中には元カレとついにゴールインか!……という反応もあるくらい。
コソコソしなきゃいけない結婚なんだろうか、私が詳しく知らないだけで。極めて真面目な女性なんだが。
とはいえ、あなた社会人でしょ……こういう言い方はしたくないけど市の職員でしょ……おまけにこれから人の配偶者になる人でしょ……と言いたい。
けど、せっかく招待していただいているのに、他人(新婦)の行動に難癖つけている自分が、何だか嫌になる。
もっと素直に友人の門出を祝えないものなのか。
そして、こうして招待してくれる人の結婚に関しては「ご祝儀より学費……」という考えが真っ先に頭をよぎるのに、
披露宴等はやりません、親類だけで済ませます、という人の結婚に関しては「同窓会も兼ねてパーティーやろうよ! 学生で社会人のみんなよりは暇だから幹事やるよ! もちろん主役はお金払わないでよいよ! お祝いしたいから勝手にお祝いするだけだから!!」とノリ気になるのはなぜだろう。
まあ小説に限らず、創作全般に言えることだと思うけれど、よくたくさんの作品に触れて親しめって言われる。
たくさんの種類の描き方、構成を捉えて、自らの糧にしろとか何とか。
個人的に、あれってすごくスパルタな教え方であるように思う。
だって、たくさんの創作物に触れてしまうと、いざ自分が作り出すときにその亡霊がちらつくんだもの。
加えて今は何かとオリジナリティを求められている時代ときている。
既存作品と似ているところがあれば、それはすぐにマイナス点になってしまう。
だから少しでも亡霊を追い払おうとアイデアを考えるのだけれど、たくさん創作物に触れていればいるほど困難になっていく。
俺の幼稚園・小・中・高の同級生にAという女の子がいる。Aの母親はブサイクでデブで父親もブサイクでデブ。とくに母親は見た目を小奇麗にしようとかそういうのを全て捨てているという感じで、かなりのスパルタママ。しかも出たがりで、民生委員やら町内会のなんかやら、すぐやりたがる。でまあ、幼稚園の頃から英会話塾やそろばんなんかに通わされていたA。運動できず、両親に似てデブでブス。かといって嫌われたりいじめられたりするわけでもなく、わりと人気者でずっと生徒会長やってた。人付き合いも非常に上手くて、所謂KY(笑)的な真面目ちゃんではなく、悪いことにはうまいこと付き合わず、でるとこはでるみたいなかんじだった。部活も頑張って、高校もいいとこ行って、ずっと塾通って、みんながオサレしたり、エロいことしてるときも勉強をしていた。それで晴れて地元の国立大学に受かったA。確かに地元だったら鼻高々というレベル。
だが!俺の兄貴はずーーーっとヤンキーで勉強なんか全然しなかったし、高校もクソみたいたやつばっかりの工業高校行って毎日パチンコナンパだったけど、そこでわりと真面目だったからって、推薦でスーイとAと同じ大学に入ったんだよ。
ちなみに俺も同じ大学。塾へも行かず、あまり勉強はしなかったが、ヤンキーでもない普通の学生。
まあともかく、なんなんだよこの努力の差は。おい!
私の周りには、ずるい女が多い。
友人たちを「ずるい」と形容するなんて、私の方が性悪女かもしれないけど。
私の所属する学科の私と同学年の女子生徒は、約八分の一が精神の健康に異常をきたし、留年・休学をしている。
別にスパルタ指導教官がいるわけではない。校風も、この街自体も、とてもゆったりした時間が流れていて、どちらかと言えば学生生活を送りやすい街だ。
生徒間の仲も悪くないと思う。
けれど、精神に異常をきたす割合が高い。
理由はそれぞれだ。私にはわからないこともたくさんある。
だから、こんな感情をもってしまう私が全て悪いのだと思うけれど。
友人たちをずるく思う。
調子の良い時も悪い時も、周りを振り回して。
誰かに心配してもらって。誰かに構ってもらって。
自覚があるのかないのかは知らない。
彼女たちの周りには、いつも誰か傍に居る。
そして私も、その一人。
彼女たちを見放すことが出来ず、
こうしてずるずると構い続けてしまう。
多分、ずるく思うのは、私にもちょっとだけそういう性質があるからなのかもしれない。
でも、自分は周りを振り回せるほど理性が崩壊していないし、何より周りが構ってくれるほど魅力的な人間じゃない。
そんなことしたら、すぐに見放されてしまう。
彼女たちを心配する気持ちと、憎み、羨む気持ち。
これからも、この相反する気持ちを抱えて彼女たちと友人関係を続けていくのだと思う。
スパルタなんて、それでちゃんと500年以上栄えてるわけで。
嫁、嫁、騒ぐなんて別に人間の本性に基づくもんじゃなくて、文化的なバイアスだけの話だから、
内心ではではそんなこと全く気にしてない奴がいても、ちっともおかしくない。
スパルタでは、10代の頃には同じ兵役についた逞しい若者の恋人とアッー!なことをたくさんして尻穴を拡張して性欲を発散するとともに、市民としての連帯感を高めていたのですから、30歳で嫁をもらっても全く問題ありません。スパルタのおっさんにしてみれば、逆に嫁などよりも紅顔の美青年をもっとよこせといいたかったに違いありません。
スパルタの一人前の男として30歳を迎えるには
子供の頃から厳しい選別と訓練を課されて乗り越え、
戦場では敵に殺されないのはもちろん、
スパルタの男らしい勇敢さを仲間にも示し続けてこなきゃいけない。
これちゃんと出来ないと髭半分そられて「臆病者」として社会的・もしくは生物的に抹殺される。
本題に入るけど
30歳でようやく嫁さんもらってうれしいかね?
寿命の短い古代なら感覚的には更に上、40歳ぐらいで初めて嫁さん貰う感じだろう。
まあ30でも40でもオッサンなのは同じだからいいんだけどさ、
たくさん試練や社会的負荷を乗り越えるのはまあいいとして
嫁さんをもらえるのが一種のその一人前、完成だということなんだけど、
その頃じゃああんまもう嬉しくないよね?
10代の頃に一番欲しかったものが30代や40代で手に入っても
「なんだよー」って感じになるよね
まあ思い出の感慨にふけるぐらいはあるかもしれないけどフレッシュな生の喜びはそこには無い
何を言いたいかっていうと
学生時代にモテなかった奴が仕事頑張って女にモテるようになるとか、あったとしても、
その頃にはもうオッサンであって君が一番それを欲しかった年齢は過ぎ去ってるってこと
まともに収入得られない人が人並みの暮らしができると思うことはおかしいと思おう。
ええー?生存権・社会権に関して元増田がどのような意見を持っているのか聞いてみたいな。
「人並みの暮らし」をどのように定義するか、にも拠るけど、そこの定義にはっきり言及せずに無邪気にこういうこと言うのはちょっとどうなの。心情的にはわからなくもないけど、そういう心情をそのまんま社会に適用しようとすることは凄く危険なんじゃないかなあ。そういう「素朴な感覚」みたいなスパルタ式思考は、社会全体をまとめて地盤沈下させていく可能性を孕んでいると思う。庇護を求める層への救済を減らす態度は、庇護を求めなければならない層を減らすことには繋がらず、むしろ庇護を求めなければならない層を再生産することに繋がるのではないかしら。
今、生活を守るとか安楽に暮らすって基準が上がり過ぎだと思う。
社会が進歩すれば、その分基準が上がるのはごく普通のことじゃないかなー。例えばPCであるとか、携帯であるとか、そういうツールに対する適性は現代社会を生きて行くに当たって非常に重要な技能だと思うのだけど、基準を低く保ったままでは、より酷い技能しか持たない人しか生まれないわけで。元増田が問題視したような旅行・化粧などはこういう技能には当たらないだろって反論も返って来そうだけど、文化的な素養・経験も一つの技能としてみなしうると思うし(ていうか、旅行はまだしも、化粧は職業上必要になってくることもあるわけで…そういう社会のありようをどう考えるかはまた別の問題だけど)、スポ根じゃねえのだから、貧乏人は焼肉とか食ってねえでガマンしろよ、みたいなのも歪んだ社会観を抱えそうでやだな。別にいいんじゃないの、焼肉ぐらい食っても。ていうか、そりゃ焼肉食ってるところだけ見りゃ腹も立つかもしれんけど、そういう貧乏人がそれ以外のところでガマンしてないという保証もないわけで。いちいち道徳的に非難する意味はやっぱりよくわからん…。
あと、オチの文章もどうかなあ。
「普通に勉強して並より上の大学行って普通に働いて家族養いたのに、なんでバカのために税金使われなあかのやって」
もっと頭のいい、優秀な人から同じことを言われたときにも、それを受け入れるつもりなのですか。
http://bouzumekuri.jugem.cc/?eid=275
今話題の僧職系男子でリア住の蝉丸Pのブログを読んで思い出したことを、つらつらと増田に書いてみ増田。
俺の小学校から中学までの同級生に地元のお寺の長女がいてな……お寺のお嬢さんというと某マリア様がみているらしい学園の話に出てくる娘さんみたいな人を思い出すだろうが、実際にはバレーボールでならしたスパルタ思想でいじめっ子、でっかいねーちゃんである……の話をする。
等と言われていたそうだ。ひどいはなしだ。と他人事みたいに言うが、我が家も実は彼女のお寺の檀家であって、俺のじいさんは檀家のなかでも一応役をもらっていたので、それに荷担していたと言えるかも知れない。
当時俺は、ドッジボールとなるとまず真っ先にねらってくるいじめっ子としての彼女しか知らない事もあるし、特に興味もなかったのだが、後で聞いた話によると、女子高生にする話かと思うのだが、
等と話し、終いには
とまで言う大馬鹿者もいたそうである。
地域でも主要なお寺であり、檀家の数も凄く多く、お祭りだなんだと様々に伝統を持つ。地方ではもう珍しいお寺の建物で葬儀を今でもやっていて、盛大なお祭りがあるせいか、檀家の結束も強い。特に、一定の年齢より上の人々は、なんか某新興宗教と地域の宗教を巡ってやりあったとかで、自分がこの寺をまもってるんだー!と言う気質が非常に強いと思う。
酷い話であるが、その両親の言い分もよくわかる。彼女は「おじいさんですか?」と間違われるくらい高齢になってからの娘さんで、一人娘の長女である。高校生の時、父親はすでに60代、住職としては脂がのっている時期かも知れないが、あまり若いとも言えない。
その両親も20歳以上年が離れており、父親は養子で、それも檀家が世話したらしいと聞いた。
また、檀家だって必死である。寺が無くなったら確実にこまるからだ。都会だと葬儀をする専門の僧侶が詰めて宗教法人が運営している葬儀所みたいなのがあるらしいが(よく知らんけど)田舎には葬儀屋はあるが基本的に坊さんは自分たちの所の坊さんに依頼するしかないのである。辛口な言い方をすれば老い先短いジジイ共が自分の墓を心配する、つまり、刻一刻と近づく死への恐怖を別のベクトルで放出しているのである。
おそらく凄いプレッシャーがあったのだろう。
で、結局どうなったかというと、結局彼女は彼が僧侶になることを承諾して、修行だか学校だかに行ってから結婚することになっているので一件落着だった。だもんで大事にはならなかった。門前の小僧、近所の少年である彼女の彼を仏教へと進ませるために言っていたんだ、とその住職や周りの檀家のジジィ共は言うが、それは結果論じゃないかな。まぁいいけどさ。
蝉丸Pの話と違うところは、このお寺は檀家の人数も多く、地元の幼稚園、女子校、女子短大を経営する仏教系学校法人ともつながりがあって住職はその学校法人の偉いさんをやってい等々と経済規模が大きいところである。(その彼女も女子校の体育教諭である)それが救いかも知れず。
特にオチはない。