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2021-09-11

アフガニスタン幕末比較タリバン復権明治維新そっくりすぎる

アフガニスタン幕末明治維新
タリバン長州
イスラム原理主義尊王原理主義
外国人排斥攘夷思想
オマル師が作ったイスラム神学校に集った学生らが中心メンバー吉田松陰が作った松下村塾に集った若者らが中心メンバー
欧米支援された政府が敵外国条約結んだ幕府が敵
一度は実権握るも米国にイキった結果コテンパンにやられ逃亡しテロリストとしてお尋ね者に一度は倒幕派が藩の実権握るもイキった結果禁門の変コテンパンにやられ朝敵としてお尋ね者に
かつて戦争したアメリカ交渉し対政府戦を優位に進めたタリバンかつて戦争したイギリス交渉し対幕府戦を優位に進めた薩長
各地の軍閥と戦ったり味方に入れたりしながら進軍各藩と戦ったり味方に引き入れながら進軍
わず逃げ出したガニ大統領わず逃げ出した徳川慶喜
タリバン仇敵北部同盟のドスタム将軍降伏して逃走長州仇敵会津松平容保降伏
首都カブールの無血崩落江戸城無血開城
タリバン勢力パンシール州に結集して抵抗新政府勢力北海道五稜郭結集して抵抗

大河ドラマにならんかなぁ

表現の自由のもとで漫画家さんに是非とも歴史漫画にしてほしいなぁ

2021-08-20

パンシール州の反タリバン勢力内戦をする気なのか?

今日ミリしらアフガン

パンシール州に副大統領(暫定大統領宣言)が逃げ込んで政府軍を糾合している

これに対して内戦よくないみたいなコメントを見かけた

なお、タリバンはとりあえず静観する構えという海外記事翻訳ツイートも見かけた

自分想像では、暫定大統領声明を出したのはタリバンアフガン支配正当性を争って

いきなり正面から戦争するつもりではなく

虐殺危険さらされている元政府軍少数民族の人々に駆け込み寺の存在を知らせたつもりなのではないか

もちろん自分勢力を大きくしたい下心もあるのだろうが

勢力がなければ全周を囲むタリバンに揉み潰されるのでそれも生き残るための計算と表裏一体である

北部同盟アメリカ他各国の支援がなければ政権をとれなかったわけで独力で主権を奪い返せると考えるほど楽観的ではあるまい

タリバンが何かをやらかしときカブールから追われる切っ掛けになる喉元に突きつけられた匕首というか

銀英伝ラストイゼルローン要塞みたいな存在になって、タリバン暴走に歯止めを掛けられれば理想的だろう

避難民は最初からカブールでなくパンシール渓谷を目指すべきだったのかな

割とカブールから距離が近いらしいので向かっている人はいるだろう

補給のあてもないのに人が集まりすぎると飢餓の恐怖も出てくるが・・・・・・

タリバンとしては自ら手を汚さずパンシール難民を追い立てて

暫定大統領責任で人々を餓死させるのがベスト判断するかもしれない

勢力圏をタリバンに囲まれた暫定大統領側は物資確保(そのための補給路の確保)が

喫緊課題になると思われ

2021-08-18

1分でわかるアフガニスタン歴史

1747年:アフマド・シャー「イランから独立するで!」

アフガニスタン建国

1838年イギリスロシアインドを狙っとるからアフガンイギリス軍を置かせてくれや」

交渉決裂

イギリス「ほな戦争や!」

第一アフガン戦争

1842年:イギリスあかん、とりあえずアフガン占領したけど、反乱が多すぎるから撤退するわ」

→和睦

1878年イギリス「今度のアフガン国王ロシア寄りっぽくて怪しいわ! また戦争するで!」

→第二次アフガン戦争

1881年イギリス「今回は勝ったけど、めちゃくちゃ苦労したわ…」

イギリスアフガン保護国

1919年アフガン国王世界大戦イギリスが弱っとるみたいやで! いまこそアフガンから追い出す好機や! ジハードや!」

第三次アフガン戦争

アフガン国王あかん、勝てへんわ。和睦するで!」

イギリス「こっちも戦争うんざりやし、もう独立してええで」

アフガン独立する

1919年アフガン国王トルコムスタファ・ケマルかっこええな…ワイも真似したろ! アフガン近代化や!」

1929年アフガン国王あかん、反発が強すぎるわ。無理やり抑えてきたけどもう限界や」

→反乱が多発して首都占拠される

アフガン国王「反乱を鎮圧してワイが王様になったで! もっと穏健に近代化を進めるで!」

1973年アフガン大統領国王が軟弱やからクーデター起こしたったで! 王制を廃止してワイが大統領になるで! ソ連後ろ盾もっと近代化を進めるで!」

1978年ソ連大統領のやつ、最初はワイらに尻尾振っとったのに、最近アメリカにべったりやんけ。ほんならこっちにも考えがあるで」

→四月革命

ソ連アフガン共産主義の同志になったんやで(にっこり)」

イスラム勢力共産化なんかありえへんやろ! 反乱するで!」

1979年ソ連アフガン政府を助ける名目軍事介入するで!」

アフガニスタン紛争開始

アメリカソ連に対抗してもらうためにイスラム勢力武器渡すで〜」

1989年ソ連10年も戦って何の成果も得られませんでした…ソ連軍は撤退するで…」

1991年ソ連「というか、もう国がダメやわ…ほな…」

1992年アフガン政府ソ連が無くなってもうたやんけ。ワイらもあかんわ」

アフガン政府イスラム勢力が集まって新政府誕生したで! でもバラバラに戦ってた派閥の寄せ集めやから内ゲバでズタボロやで!」

1994年タリバンいつまでも派閥同士で争って内戦が終わらんやんけ! ワイらがやるしかあらへんわ!

アルカイダ「アタシらも協力しまっせ^^」

1996年タリバン首都占拠したったで! ワイらは欧米化共産化も目指さへん! 伝統的なイスラム社会を作るで!」

→旧政府あらた北部同盟「北に逃れて『北部同盟』として捲土重来を期すでー」

2001年アメリカなんやテロリストビル飛行機を突っ込ませて大惨事やんけ! ワイらにこんなことしたやつは絶対許さへんで!」

アメリカ犯人アルカイダアフガンにおるらしいやんけ! 引き渡せや!」

交渉決裂

アメリカ「ほな戦争や!」

タリバン政権が打倒される

北部同盟あらた新政府まさかの復活やで! アメリカさんのご指導のもとでやっていくで!」

2021年タリバンアメリカ軍が撤退するっていうから攻勢を仕掛けるで!」

新政府「こりゃかなわんわ、降参します」

タリバン政権復活! ←いまここ

アフガニスタン覚書

たぶん専門の人から見るといろいろ間違っていると思う。

アフガニスタン

国土

現在国境線は英領インドロシア(とペルシア)との緩衝国として残ったもの。ほぼ乾燥した山。

国民

山がちな国土もあって民族構成は複雑。パキスタンにまたがるパシュトゥーン人(最大勢力)・バローチ人、タジキスタンにまたがるタジク人、テュルクモンゴルの血を引くハザーラ人、トルクメニスタンにまたがるトルクメン人ウズベキスタンにまたがるウズベク人、その他イラン系テュルク系を中心に多民族が混在している。

パシュトゥーン人

アフガニスタンパキスタンにまたがる民族アフガニスタンでは4割程度を占める。山間部ではパシュトゥーンワリという独特の復讐感や名誉感を重んじる割と血なまぐさい掟に従っている。

政治背景

氏族社会が強い、最後の王ザーヒル・シャーの時代ですら氏族会議後ろ盾だったし、今(2004年憲法)でも上院下院の上に氏族長の会議がある。

またイスラーム主義親和性の高い軍閥が割拠している。

軍閥はそれぞれ支配地域民族関係が強いが民族主義的な分離運動はない模様。

ターリバーン

有力軍閥がおらず荒廃したカンダハール近郊から誕生した新興勢力イスラーム主義スンニ派。パシュトゥーン民族主義的な性格もある。

パシュトゥーン人の慣習と混ざった独特のシャリーアアルカイダ式のシャリーア解釈を混ぜた法律を敷いたため、国内外わず一般イスラム教徒とくにパシュトゥーン人以外の支持が薄い。

初期はアフガニスタンに新パ政権を置きたいパキスタン支援や、スンニ派イスラーム主義国家を歓迎するサウード家アフガニスタン安定化を期待する各国の支援を受けていた。

98年国土をほぼ掌握するが、それまでの間に反米テロ民主国家断交アルカイダ保護サウジ断交シーア派虐殺イラン断交など、ほぼパキスタン以外と関係のない孤立状態になる。

01年有志連合の介入で勢力を失い、パシュトゥーン人地域パキスタン根拠地にして抵抗活動継続

10年ごろから現代化の兆しを見せ、21年には米軍撤退にあわせて国を再掌握した。

ここ数年彼らなりの「穏健さ」を宣伝しつづけており、今後、シーア派他民族女性に対して、少なくとも建前上は以前に比べてゆるやかな政権運営を目指すと思われる。

一方で実際の支配地域では旧来通りの地域もあるとの報道もあり、末端まで行き届くのか不明

少なくとも安定するまで公式には、イスラーム主義国家とも国交を結べないような極端な行動は当分とらないのでは。

パキスタン

パシュトゥーン人抵抗が激しく英領インド統治あきらめた過去があり、パキスタンパシュトゥーン人地域連邦直轄部族地域という政府支配実質的に及ばない地域だった。

ここはパキスタンがターリバーンに影響力を発揮する原動力であり、ターリバーン根拠地でもあった。

有志連合作戦以降パキスタン・ターリバーン運動が発足、ターリバーンと結託しパキスタンに牙をむくようになったので、現在では連座制などを含む独自の法「辺境犯罪規則」の改正連邦直轄部族地域の再編など、政府支配を強める方向に進んでいる。

新ターリバーン政権パキスタン関係がどうなるか不明瞭。一部アフガン人はパキスタンが今でも支援していると考えているが、過去と今後はともかくここ最近は違うと思う。

もちろん情報機関政府方針と逆を行うことはある。

アメリカ(及び有志連合

ターリバーン反米テロを起こさないのなら北朝鮮のような扱いになるのだろうか。

米軍に勝ったようなことまで言っているが7年かけて積み上げたものを一瞬で蹴散らされたことは忘れないだろう。

一応、バイデンのいうことは筋は通っている。通っているが…

ロシア

攻勢初期からターリバーン広報宣伝しており、それなりに協調関係にあるものと思われる。

国内イスラミストとターリバーン関係をどう見ているのか疑問だが、反米協調はできる。

中国

中国としては反米協調してアフガンと協力できると一帯一路有益ではある。

ウイグル問題をターリバーンがどう考えているのかは不明パシュトゥーン人ではないのでいいのか?

イラン

シーア派容認するならサウジよりうちと仲良くしようと積極的関係を結ぶのでは。

逆にやらかせば飛んでいくのは外交官ではなく革命防衛隊攻撃ドローンになるだろう。

有力者と動向
アフマド・マスード

北部同盟の有力者だったアフマド・シャー・マスードの息子。根拠地パンシール。タジク系。

現状どれほどの勢力を持っているのか不明カーブル北の根拠地国内ほぼ唯一の反ターリバーン勢力)には北部連合の旗が掲げられているようだ。

アムルッラー・サレー

アフガニスタン副大統領。タジク系。政治家。

パンシール出身マスード関係が深い。マスード息子とともにパンシールに退避。

憲法規定により暫定大統領宣言.すでに戦闘を開始,パラワーンまで押し返したとかドスタムの兵が向かっているとの報もあるが真偽は不明

トルコ人記者のようなので,ドスタムの兵が向かっているのは本当かも。

ムハンマド・イスマーイール・ハーン

初期からムジャーヒディーン根拠地ヘラート。タジク系。

79年配下ヘラートの守備隊引き連れて反乱して以降、ソ連やターリバーンと戦い続けた、悪行をあまり聞かず、ヘラートの繁栄に注力したので人気が高い。

一方、中央政府の介入をいやがり独自の軍、独自外交独自会計を展開。中央集権失敗の原因でもある。

2021年、調略されたウラマー氏族長老の説得を拒否、ターリバーンの攻勢を8度まで跳ね返したがヘラートは陥落。ターリバーンに拘束される(97年以来2度目)も脱出(99年以来2度目)してイランに逃れた模様。

アブドゥラッシッード・ドスタム

通称ドスタム将軍根拠地はシュベルガーンなど。ウズベク系。

初期は共産勢力側でソ連で訓練を受けた事もある。略奪、虐殺武力による問題解決内戦中の裏切りなどダーティーイメージが強い。

根拠地に対する攻勢の報を受け、療養先のトルコから緊急帰国するがすぐウズベキスタンに退避することになった。

ドスタム邸を闊歩するターリバーン兵の映像は衝撃を与えた。

アタ・ムハンマドヌー

元ドスタムの部下。根拠地マザーシャリーフ。タジク系。

それなりに人気はあるがやはりダーティーイメージが強い。ターリバーンとの交渉強硬に反対していた。ドスタムとともにウズベキスタンに退避中。

ムハンマドアシュラフ・ガニー・アフマドザ

大統領。パシュトゥーン系。アフマドザ氏族

スプートニクヘリに大量の現金を積んでタジキスタンに逃亡と報道いかにもロシア政治宣伝っぽいなあという内容だし、裏金だとしても現金でそんな大量に持っているものかよ。タジキスタン入国否定しており実際はウズベキスタンにいった模様。ドスタムと合流か。

怒っている人もいるがナジーブッラー処刑を見ているだろうし残りたくはないだろう。

ハーミド・カルザイ

政治家。移行政権時代大統領。パシュトゥーン系。有力氏族カルザイ氏族ムジャーヒディーン関係者。

ターリバーンとの和解模索し続けた。国内に残り、移行会議を立ててターリバーン政権への平和的な移行を目指すとのビデオメッセージを発表。

アブドゥッラー・アブドゥッラー

パシュトゥーン系。政治家。

ターリバーン徹底抗戦派だったが、国家和解高等評議会議長として和解プロセス従事

前述の移行会議に参加予定。大統領が逃げたとお怒りのビデオ投稿

グルブッディーン・ヘクマティヤール

パシュトゥーン系。根拠地は元はローガルカンダハールなど。反米イスラーム主義者。

反ソ戦の頃よりアメリカパキスタンサウジなどから資金戦闘員の援助を受けつつ、ソ連と戦うよりはむしろほかの軍閥と戦っていた。

ソ連撤退後の暫定政権でも参画しながらそれを攻撃同盟裏切りを繰り返し内戦・混乱を長引かせターリバーン勃興の原因を作った中心人物

ターリバーンが国を掌握したときイランに逃げ、01年からパキスタンから独自新政府攻撃、ビン=ラーディンの逃亡などに協力していた。

これだけやってターリバーンではないらしい。なんで大物政治家顔していられるのかよくわからない。

カルザイの移行会議に参加予定。

グル・アーガー・シェルザイ

パシュトゥーン系。根拠地は元はカンダハール

ターリバーン勝利を祝うビデオメッセージアフガン国民は協力するようにとのこと。見た人の多くは困惑した模様。

アブドゥル・ラブ・ラスール・サイヤフ

パシュトゥーン系。ワッハーブ派

共産化前から民主化運動をしていた筋金入りイスラミストアルカイダは彼の学校で育った。

北部同盟だがターリバーン本来親和性は高い。サウジとのパイプとして引き入れられるかも。

ムハンマドカリーム・ハリー

ハザーラ人。根拠地バーミヤーンなど。シーア派。元副大統領

ターリバーンカーブル包囲に以降する直前にアフガニスタン代表団としてパキスタンイスラマーバード訪問していたとの報。

下院議長など複数の有力政治家とともにパキスタンにいると思われる。

2021-08-17

anond:20210817133424

中村 そうなんですよ。僕が映像見てビックリしたのは、今回、北部同盟軍がカブールに進駐して市民の喜ぶ顔が映し出されて。そして凧揚げが始まりましたとか、市場ものが温れ出しましたとか、女性ブルカをとるようになりましたとか、あたかタリバンの圧制から解放されたというふうなイメージを全世界が持ったわけですよね。僕はビックリしましてね、今年の3月に行ったときには、既に凧揚げもあったし、市場も活況を呈してたし、お年寄りであればブルカを脱いでましたよ。大体1日でバザールテレビが出てきたりするわけないんですよ (笑)ドレスハイヒールを売る店だってあって、タリバン兵隊さんが女性を連れて出入りしてたしね。かなり規制は緩んでいたんです。女学校についても隠れ学校というのがカブールだけで何十もありましてね、隠れ学校っていったって、そんなの当局がそれを察知しないわけなくて、実際は黙認ですよね。助産婦さんとか、ある程度の女子教育はしないと彼ら自身が困りますから

まさにアメリカプロパガンダやな。

中村哲インタビュー

https://www.rockinon.co.jp/sight/nakamura-tetsu/article_01.html

あともうひとつ、強いて政治的なことを言うとすれば、タリバンという政権が出てきてからアフガニスタンに割と平和が戻ってきたというのは事実なんで語弊はありますが、束の間それを楽しんでおったんですよね。

わたしたちタリバンより古いわけでして、アフガニスタンでいろんな権力を見てきましたが、タリバンが一番血なまぐさい感じがしなかったんです。もちろん報復だとか、現地の慣習で我々が見て驚くこともありましたけど、北部同盟なんかと比べると遙かに平和的に政権を取っていきましたね。

── そうですねえ。ですから、現地にいた方のいろいろな発言を読むと、タリバンの何がいいのかっていうとまず賄賂を取らないとか、やり方がすごくクリーンであるとか。

中村 クリーンですね。わたしたちも初め狂信的な人たちじゃなかろうかと思ってましたが、案外入ってきてみるとクリーンな人たちで、そのあともうすっかり犯罪がなくなったんですね。だからわたしたちとしても活動はしやすかったんです。

── ただ、欧米主導型の情報機関から入ってくるニュースだと、タリバンビン・ラディン擁護し、イスラム原理主義的な理不尽政策ゴリ押ししているというイメージがあるんですが。タリバンアルカイダの介入によって少しずつ変質していったっていうのはないんですか。

中村 どうなんでしょうかねえ。そのあたりは庶民あいだでは伝わらなかったんですが、少なくとも統治形態において大きな変質はなかったような気がしますね。初めから宗教色の強い政権でしたけど、少しずつ規制が緩和されてきてたというのが実態ですね。

── はあ。じゃあ、ああい報道というのは、かなり欧米ロジックに合わせて恣意的事実構成がされているという感じですか。

中村 はっきり言ってフィクションですね、あれは。

── じゃあ、アフガニスタンの方々にとっては、イスラム原理主義的なタリバンというのは決して不自然ものではなかったわけですよね。

中村 ええ。アフガニスタンというのは非常に古典的イスラム社会なんですよ。オリジナルイスラム教に近い宗教共同体というか。しか国民の9割以上は農民または遊牧民なんですね。だからタリバン布告した政令なかに荒唐無稽ものもありましたけど、おおむね下層民のあいだでは定着している一般的風習だったんです。ブルカもそうですし。

2018-02-23

南アジア中央アジア諸国歴史的英雄

anond:20180221160703

インドシヴァージー(1627-1680)ラーター王国建国者ヒンドゥー教徒を糾合し、周囲の各イスラム王朝と対決した。特にムガル帝国に対しては、大々的にゲリラ戦を展開して、当時のムガル皇帝アウラングゼーブを苦しめた。敬虔ヒンドゥー教徒であり、イスラム勢力と戦って独立を勝ちとったために、ヒンドゥー教国のインドでの人気が高い。
パキスタンアウラングゼーブ(1618-1707)ムガル帝国皇帝兄弟同士の後継争いを制し、父親幽閉して即位した。数十年にわたって帝国を栄えさせたが、晩年は長引くヒンドゥー勢力との戦いで財政悪化国土の荒廃を招き、己の統治の失敗を嘆きながら亡くなった。厳格なムスリムとして、ヒンドゥー教徒を激しく弾圧したため、イスラム教であるパキスタンでの人気が高い。
ネパールアマル・シンハ・タパ(1751-1816)ゴルカ朝の名将。ゴルカ朝がネパール統一したあと、アマル・シンハはさらに西へ進軍して領土を拡大した。その後、グル戦争において主力を率いて奮戦するもイギリス軍の前に敗れ去り、失意の彼は聖地サインクンドへ行きそこで亡くなった。グル戦争における彼らの戦いぶりが今も恐れられるグル傭兵誕生につながるのだが、それはまた別のお話。え、「ネパール釈迦だろ」? うん、そうね。
バングラデシュカン・ジャハン・アリもとはインドトゥグルク朝貴族で、ティムールトゥグルク朝を破ったあと、ベンガル地方にやってきて森林を切り開き、いくつかの街を建設して、その地を支配した。イスラム聖者ともされて、彼が建設したモスク群は世界遺産登録されている。
スリランカドゥッタガーマニー(前161-137)タミル人を打ち破り、初めてセイロン島を統一したシンハラ人の伝説的な王。実在はしたらしい。現在でも、タミル人との民族問題となると、シンハラ人がドゥッタガーマニーを持ち出すらしい。
ブータンガワン・ナムゲル(1594-1651)ブータンの高僧にして初代シャブドゥン。チベット仏教ドゥク派の後継争いに敗れてブータンへ逃れてきたあと、たちまち国内統一すると、各地に城砦建設し、たびたび侵入してくるチベット軍やモンゴル軍をことごとく打ち破った。
モルディブハメド・タクルファーヌ(?-1585)モルディブ植民地とし、キリスト教への改宗を迫るポルトガルから独立のため、島から島へと移ってゲリラ戦を展開し、八年の戦いの末にポルトガル人追放し、ウティーム朝を建てた。
カザフスタンアブライ・ハン(1711-1781)「大いなる災厄」と呼ばれたジュンガルの侵攻のなかで勇敢に戦ったため「英雄」と呼ばれ、やがて大きく三つに分かれていたカザフ部族連合の上に立ち、清とロシアの双方から「ハン」と認められるようになった。彼の死後、カザフロシアに対抗できなくなり、その統治に組み込まれていく。
ウズベキスタンティムール(1336-1405)モンゴル帝国の後継を名乗り、中央アジア大帝国を作り上げた世界史上屈指の軍事的天才オスマン帝国との戦争でその皇帝捕虜にしたアンカラの戦いは特に名高い。明との決戦へと向かう途上で死去した。
タジキスタンスマーイール・サーマーニー(?-907)サーマーン朝最盛期の君主。サーマーン朝はタジク人最後独立王朝でもある。サーマーン朝が滅びた後、この地域トルコ系、ウズベク系、そしてロシアの影響下に置かれ続けることになる。タジキスタン通貨ソモニ」はサーマーニーに由来する。
トルクメニスタンアルプ・アルスラーン(1029-1072)セルジューク朝スルタン。名高き宰相ニザームルムルクを重用して国力を高め、東ローマ帝国と戦ってその皇帝捕虜とした。セルジューク朝は「トゥルクマーン」という遊牧民建国したのだが、トルクメン人と「トゥルクマーン」の関係は明らかになっていないらしい。にもかかわらず、トゥルクマーンが建国したセルジューク朝スルタンや、伝説上のトゥルクマーンの祖とされるオグズ・ハンを、トルクメニスタン英雄視しているのは、そこに民族ルーツを求めているかなのだろうか。
キルギスマナス(?-?)世界最長と言われるキルギス英雄叙事詩に謳われる王。オイラト人の支配下にあったキルギスに生まれオイラト人やキタイ人と戦って勝利し、キルギスの王となり、北京への大遠征成功させた帰りに、敵の斧を頭に受けて死んだという。実在たかはよくわからない。実在が確実なクルマンジャン・ダトカのほうがいいかもしれない。
アフガニスタンアフマド・シャー・マスード(1953-2001)アフガンに侵攻したソ連軍を幾度も撃退して「パンシール獅子」と呼ばれた。タリバン政権に対抗する北部同盟の中心人物として活躍したが、9.11の二日前に暗殺された。あんまり最近の人は入れないつもりだったけど他にいないのでは。

2009-09-19

西側からの援助はアフガニスタンの部族社会の闇に消えた

タリバンは一日8ドルで即席の兵隊を調達しているに過ぎない

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アフガニスタン大統領選挙投票率38%(前回は70%)、開票がおくれ、投票から一ヶ月以上が経過したのに、まだ当選が決まらない。

おそらくカルザイ大統領の再任となるだろうが、評判が凄まじいほどに悪いのは何故か。言うまでもなく汚職、諸外国からの援助の私物化。一族だけを要職に就け、利権を独占していることへの国民多数派からの怨嗟である。そのうえ部族対立というアフガニスタン社会構造の揺るがぬ基層がある。

▲「北部同盟」もマスード暗殺後、腐敗は酷くなっていた

英米は反ソ戦争で80年代に「北部同盟」を支援した。この縁が重なって北部同盟本質であるタジク人優先構造が尾を引く結果となった。タジク優先に反対するタリバンの多くはパシュトンと見られるからだ。アフガニスタンはパシュトンが半数近く、タジクは二割いるか、いないか。残りはウズベク、ハザラ人ほか多数の少数民族からなる。

たとえばアフガニスタン軍の構成である。副大統領候補のファヒム将軍はもっとも評判が悪いが、マスード司令官の後継と目されたこともあるタジク人だ。彼が退いてもタジク人の部下らが国防省を牛耳ることにかわりがない。軍幹部の殆どはタジク人(北部同盟)が掌握し、軍人の70%がタジク人で成立している。

「もしカルザイが再選されたら、躊躇なくタリバンに走る」と選挙中、南部を取材した欧米ジャーナリストNGO関係者が証言している。カルザイはパシュトンだが、タジクの軍事力を計測し、かれらと妥協して政権の綱渡りをしているに過ぎない、と。

そればかりではない。『アフガニスタンの闇』を書いたセリグ・ハリソンに依れば、「軍のみならす警察検察司法もタジクが牛耳る。だからタリバンというのは反米神学生定義するのは危険である。そうではない。パシュトンで反カルザイ、基本に流れるのは“反「北部同盟」感情”だ」。

現場から帰ったアメリカ人の証言も出そろった。「失業が最大のポイントタリバンやアルカィーダは失業若者に一日八ドルで即席兵士を雇用している。つまり”フリータータリバン!”(ラルフ・フォペズNGOアフガンに職を!」の創設者)。目前の小銭で俄兵士が調達できる。そんなのを相手に米国は年間500億ドルを費消している。

行政が機能していないのに「機能している振り」を演じているカルザイ大統領

アフガニスタン大統領選挙はむろん不正が横行し、十八歳以下でも年齢をいつわって投票した。南部ではタリバン投票ボイコットしたが、「カルザイ一族が任命した教師は、生徒全員にカルザイと書かせ、十八歳以下を大量に動員した。もっとも戸籍がない国だから投票なんてどうにでも操作できる。五年前にはイランパキスタンに逃れた難民にも投票権があった。今度は投票できなかった」(ハジナ・シージャン、NGOアフガン学校を」の代表、在米)

ましてカブールインテリは殆どが棄権した。インテリ層と学校卒の若者パキスタンイランへ就労の機会をもとめ、アフガニスタンを去った。

選挙舞台裏で『ボス交』があり、はじめからカルザイにきまってら。選挙茶番さ」(ミルワザ・アーマドザイ、「人権監視団体」幹事)。

アフガニスタン政府というが「政府」は名前ばかり、やっていることは汚職利権あさりと権力の乱用。西側の援助はどぶに捨てるのと同じであると現場をみてきたアメリカ人は言う。「カルザイ政権と連立する政党、団体をのぞけば、残りはタリバンだ」(ジョセフ・キーンズ・グッドウィン前NATO特別補佐官、ヘラルドトリビューン、9月17日)。

政府なるものは行政的にまったく機能しておらず、「学校道路病院も、そのための援助が来ているのに巨額は闇に消えていつまで待っても学校道路も出来ないのさ」と農民も失業者も口を揃えてアフガニスタン政府を批判している。それを支えてきた英米を暗に非難している。

▲泥沼から米国は這い上がれるのか?

アフガニスタン人口3300万人、このうち300万前後イランパキスタンに難民として住み着いている。アフガニスタンは34県、398郡、34000の村々から成立する部族国家。それこそ村が違えば、おなじ言語体系でも方言が違い、行政単位の郡が違えば民族が混在し、県が違えば民族が違うから言語根本的に違うモザイク状態。識字率世界最低レベル

それでも大部隊増派を謳うオバマ米国大統領日本鳩山某と同じで国際情勢に殆ど無知のようである。なぜか。戦略的にみれば、米国は01年911テロ事件いらい、イラクを含めての『反テロ戦争に年間7000億ドル国防費に回してきた。従来の平均が年間4000億ドルだから、過去八年で余計な金を年平均3000億ドルとおおざっぱに捉えても、合計2兆4000億ドル使った計算になる。

つまりそれだけ赤字国債が増え、それを中国日本サウジが購入してきた。そして米国経済のみかわ軍事力を弱体化させ、精神を萎縮させた。

これで米軍世界の警察官として、アジアに自由に展開する軍事的余裕がなくなれば、アジアで確実にヘゲモニーを掌握するであろう中国は、タリバン様々というパラドックスになる。

中国タリバンミサイルを売り、98年と01年の米艦からアルカィーダ軍事基地へのトマホーク攻撃の時は不発弾トマホークタリバンから買い、タリバン統治下では軍の光ファイバー通信網の工事を請け負い、そして現在戦争事態もなんのその、アフガニスタン最大の銅鉱山開発に乗り出した。

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 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

     平成21年(2009年)9月17日(木曜日)参

        通巻第2717号 

2009-09-13

欧米アフガニスタン介入の基本を間違えたのではないか?

タジク人、ウズベク人、パシュトン人が行政単位

欧米アフガニスタン介入の基本を間違えたのではないか?

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タリバニスタンは部族の群雄割拠、統一政権の統治はますます遠い。あ、タリバニスタンではなくアフガニスタンですが。カルザイは「大統領」とはいえ、彼の政府が統治しているのはアフガニスタンの三分の一程度ではないのか。

アフガニスタンにハズナビ王朝(975-1187)が統治の頃、カシミール地方アフガニスタンが領有していた。

かと言って、アイデンティティとなると「アフガン市民」という架空物語での同一視は難しい。あくまでもパシュトンか、タジクか、ウズベクか、少数派のペルシア系か、トルクメニスタン系か、部族が単位政治長老が中軸になる。

外国人ジャーナリストらの誘拐事件がおこり、英国特殊部隊が急襲したクンドス地区はもともとタジク系の住民が多かった。一時期はイランよりのヘクマチアルが治めたが、爾後、主流派のパシュトンがやってきた。

タジク人にとっては面白い筈がない。

アフガニスタン国境警備は、隣接する六ヶ国だが、一番の警戒はタリバンの出撃地域となっているパキスタン、ついでタジク、ウズベクイラントルクメニスタン、そして中国である(アブドル・ハディ・ハリド元アフガン内務省第一次官。ジェイムズ財団テロリズムモニター」とのインタビュー、9月12日付け)。

パキスタン国境は説明も不要だろうが、無法地帯パキスタン政府の統治は及ばず、タリバンの出撃基地、警備するパキススタン兵も殆どがパシュトンだから、まじめに警備しているわけでもない。

問題はタジクである。

北部同盟」が支配するアフガン北方はタジク人が統治し、その最高幹部でもあったマスード司令官を一時期パキスタンが支援したのも、部族どうしの均衡を重視したからに他ならず、ウズベク系のドスタム将軍の腐敗ぶりとともに、現在北部同盟の最高指導者ファヒム将軍の腐敗ぶりは筆舌に尽くしがたいほどと欧米ジャーナリズム糾弾している。

そのうえ、タジク人居住区には北隣タジキスタンソ連時代の武器が大量にストックされており、これを麻薬業者が買い付け、タリバン転売する。

だからテロは収まらない。

 欧米アフガニスタン介入の基本を間違えたのではないか?

 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 

     平成21年(2009年)9月12日(土曜日)貳

        通巻第2709号 

2009-08-31

オバマアフガニスタン戦争ケネディが始めたベトナム戦争に似てきた。

泥沼の戦場は賄賂収賄、買収、そして暴力がまかり通った大統領選挙

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▲「カブールにある中央政府が何をしてくれたって?」

アフガニスタンカンダハル以南は「タリバン自治区」とも言えるヘルマンド県、とくにカンネシン町は惨状である。ま、「タリバニスタン」って呼び替える方が良い。タリバンは表向き地区から消えたかたちだが、見えない政府として実質の空間を統治している。カブールからアフガニスタン政府の治安維持の兵隊は来ない。

警官が百三十人の配置と計画されたが五十人しかこなかった。ところがかれら「警官」は、何の訓練も受けておらず突っ立っているだけ、いや立っていることも出来ず、泥棒、ゆすり、たかりをやる。要は「カブールから通りをあるいている失業者を連れてきたんだよ、員数あわせで欧米から支援金をひきだすためにさ」(NYタイムズの住民へのインタビュー)。

住民は誰も中央政府派遣警官を信用せず、畢竟するにカブールにある「中央政府」なるものを信頼せず、広大な草原と谷と砂漠土地は米兵と英国兵がチェックポイントだけを巡回パトロールしているが、決定的に兵力が不足している。だから一番犠牲が多いのも広大な土地を少数でパトロールする米英軍で、作戦には限度があるからだ。タリバンゲリラ訓練を積んでおり奇襲が得意で米国海兵隊並みの強さ。しかもカンダハル以南は猛暑で日中は摂氏48度である。

カルザイの中央政府が何をした? ひとりの教員行政官も送ってこず、学校を建てず道路は造らず、つまりは何一つ住民のための政治をしないと住民は激怒しているのだ。これらの現実米国特派員らが現場から打電してきている。

ベトナム戦争の最後の日々にアフガニスタンは似てきた

カンダハル以北では学校道路橋梁もかかった地域もあるが、地元業者は「許可料」と「不襲撃確約」のためタリバンに膨大なみかじめ料を支払ったという。

民は罌粟を栽培し、金に換えるしかない。こうした「農作業」と運搬はタリバンが支援してくれる。住民の三分の二はタリバンを支持し、米海兵隊を頼もしいとするアフガニスタンの民はまれにしかいない。

この日、英国兵の犠牲が二百名を越えた。英国ではブラウン首相アフガニスタン政策を「よくやっている」と評価しているのはたったの1・5%、圧倒的多数は「すぐに撤退を」望んでいることが分かった(「サンディメール」が8月20-21日に実施)。ちなみに次の英国選挙は、こんどの日本民主党圧勝型になり、労働党大惨敗に至るだろう。

米国が期待したアフガニスタン大統領選挙は「ごまかしの集大成」であり、暴力と買収の結果である。パキスタンムシャラフを最初は支援し、やがて選挙不正があったとして引きずりおろしたのも米国ではなかったのか。

土壇場で十名近い候補者が降りたのは、より有力な候補者地盤をわたし、カネを受け取ったからだ。つまりカネをにぎるカルザイ大統領に。

買収は常識であり、本当の選挙をやれば、カルザイが第一回投票で過半を超えるとは考えられない情勢だった。

ホルブロック米国特別代表は、選挙後、二回、カルザイ大統領と会談し、泥沼の現状を批判した。アメリカ嫌悪するファヒム将軍北部同盟)やドスタム将軍ウズベク軍閥)を入閣させようとは何事か、と。しかしカルザイ大統領米国の内政への介入を拒否し、ついに米とカルザイ政権に鮮明な亀裂が入った。

ベトナム末期の南ベトナム政府の腐敗、腐臭と似ていないか

ベトナム戦争は腐敗した南ベトナム政権の腐敗に目をつむり、米国傀儡に支援をつづける一方で、南ベトナム政府軍を育成したが、みごとに失敗し、ベトナムの民は米も政府も信用せず、最後は昼の顔を夜には変えてベトコン税金を支払い、米と組んだ華僑を狙い撃ちし、最後はサイゴンにベトコンが侵入するや市民は歓迎してむかえた。

こうしてベトナムでの米国の「自由を守る」政策は壮大な徒労に終わったが、同じ未来図がアフガニスタンに見える。

2009-08-30

オバマアフガニスタン戦争ケネディのはじめたベトナム戦争に似てきた。

日本総選挙阿波踊りのように泡の類だが、アフガニスタン大統領選挙世界運命を左右する軍事的要素が含まれる

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開票が長引き、結果はまだ見えてこない

アフガニスタンではハミド・カルザイ大統領再選を目指す選挙が8月20日に終わったものの、爾後十日たっても開票に手間取っている。出てくる数字は有権者総数より多く、不正投票がまかり通ったことは明らかである。「なかには午前六時前に六千人の有権者が並んだところもあるが、その前に、すでに投票箱はカルザイに◎をつけた用紙があふれ出ていた」(英誌エコノミスト、8月29日号)。

選挙妨害の挙に出たタリバン選挙前夜にもカブール爆弾テロカルザイ投票した者は指を切り落とすと脅迫を続けた。二重投票を防ぐため投票が済んだ人の指にインクをつけるがカルザイに投じたかどうかは分からない。識字率10%の田舎でも選挙参加を呼びかけ、41人が立候補した。全土七千箇所に予定されていた投票所は治安の関係で6200ケ所に設置が削減され、しかもカンダハルあたりでは投票率が25%に達しなかった。およそ十七万人は投票に行く場所がなかった。

投票日は全土でテロ事件がおこり、国防省テロが135件、死者26名と発表した。カルザイ大統領はパシュトン族だが、おなじ基盤からガニ元財務相立候補しており、知識人らの支持をえた。かれは米軍の駐留に期限をもうけよ、と主張した。

最大のライバルであるアブドラ・アブドラ前外相はタジク人の混血。都市部の中間層に人気がある。かれはカルザイ一味の不正投票の証拠があると主張している。もうひとりの有力候補はヘクマチアル派のハザラ人で、貧困層からの支持がある。

▲すべては米国計算違いから始まった

カルザイ派の副大統領候補マハマド・カシム・ファヒムは「麻薬密輸ビジネスに手を染めている男」とヘラルド・トリビューン(8月28日付け)に論評が出た。しかしそんなことアフガニスタンでは常識、いまさら何を、という印象である。ファヒム将軍はこれまでもアフガニスタン国防相のポストにあり、カルザイが勝てば(たぶん勝つだろう)副大統領になる。 

米国は前から傀儡だった筈のカルザイが独自路線を強めつつ、一方ではネポティズム地縁血縁中軸主義)による汚職と腐敗が目に余り、不満を爆発させてきた。

援助物資は横流しされ、米軍のあたえた武器は闇に流れてテロリストの手にも渡り、西側の資金援助は軍閥を肥やし、収拾の付かない状態を生み出した。同時にタリバン側も「みかじめ料」という別の税金。さらには恐喝、強奪、誘拐生業として、政府予算に匹敵するほどの収入があり、武器を調達できる。

こうしたことを予測できなかったのは米国の誤算である。それはたぶんに米国アフガニスタン戦略そのもの誤謬によるのだが、ジョセフ・バイデン副大統領が昨年の米国大統領選挙中にマスコミ演出のためカブールを訪問して「腐敗はなんとかならないのか」とカルザイに詰め寄った。「我が国には汚職はない」と開き直られ、激怒したバイデン(当時は上院議員だった)は夕食会を席を蹴って中座した。

オバマ政権はひそかにカルザイに対してファヒム将軍コンビを組んでの選挙戦をやめるように説得した。ヒラリー国務長官カブールを訪問したおりもカルザイ大統領と会見し、「あなたの信用に傷が付き、アフガンを支援する同盟国に不信が広がるから、あの男と組むのは辞めるべきだ」と説得したが、無駄だった。

ファヒム将軍の影響力はカルザイ体制のすみずみに及んでおり、麻薬武器の横流し、不法行為黒幕でもあり、ほかの軍閥地方豪族ボスさえもが他の人間副大統領にすると既得権益が失われることを懼れている。だからカルザイは不人気で国民の大多数を占めるパシュトン出身であるにも関わらず、少数派タジク人の大統領候補に急追を許したのだ。

米国不快感をあらわすためにファヒムが訪米する折はヴィザを発給しないと表明しており、制裁を仄めかす。かつてタリバン退治で空爆をおこない地上戦では「北部同盟」のマスード司令官の強力な後継者として米国との同盟者だったファヒムを、そう簡単に追い払うと「北部同盟」は米国から離反してゆくだろう。

▲西側の資金援助はこうして闇に消えた

短絡的判断を回避し、ブッシュ政権ではファヒムを泳がせた。ちょうどソ連アフガニスタン侵略したおりに米国北部同盟テコ入れパキスタン経由で武器を与え、しかもCIAに関係したオサマ・ビン・ラディン同盟者とする愚をおかした。同様にタリバンを追放してカルザイ傀儡政権カブールに打ち立て、米国はファヒムに強力な支援をなした。

財政的にも数千万ドルキャッシュで渡されたと言われ、アフガニスタンの治安維持部隊を創設するに当たっては訓練のために武器供与し、そして追加の資金援助をなした。武器は闇に流れ、麻薬取引は米軍の介入前の水準に戻り、資金は米国意図した目的のためには使われなかった。

ファヒム将軍麻薬ビジネスの影の元締めだった。にもかかわらずCIAはブッシュ政権に対してファヒム罷免を進言しなかったのも、カルザイ政権を維持させるという大局的な目標に合致し、カルザイにとってもまた南部パシュトン族だけの政権では片肺飛行と言われかねず、北部同盟の票をまとめるためにはファヒムと組まざるを得なかった。

ドスタム将軍ウズベク軍閥ボスだが、度重なる腐敗と虐殺事件に関与して、にらまれ、トルコ亡命した。ところがカルザイはドスタムに対しても帰国を促し「閣僚ポストを用意している」とオファーしたことがわかり、これもまた米国が苛立っている。

つまり米国アフガニスタンをどう扱うか。タリバンを退治し、テロリストを追い出す戦闘だったのに、いつの間にか戦争目的の基本に疑惑が生じている。

どうするのか。ファヒムをカルザイ政権から切り離すのか、カルザイそのものの続投を認めないのか。

いまのカブール外国軍の駐留によって辛うじて治安は保たれているものの、自爆テロロケット弾爆弾テロが頻繁に起こり、一方カブールを離れると選挙どころではない。ではタリバンに司令中枢があるのかと言えば、地域軍閥がそれぞれ米英軍にテロを仕掛け、おもに無辜の民を巻き添えにしたテロを続行し、ちょっとでも政府よりの姿勢をみせた市民暗殺し、或いはリンチによって首を切りおとすという残酷な方法で、見せしめの処刑を行っている。要するにアフガニスタンは無政府状態である。

選挙などアフガニスタンでは無意味

大統領選挙などやっても意味はない。カルザイ本心はとうに米国から離れており、多くの軍閥と組んで事実上連立政権を維持しているに過ぎない。これが投票民主主義の実態である。

にも関わらずオバマ政権アフガニスタンは必要な戦争、兵力増強路線を変えておらず、六万の兵力を年内に六万八千に増やす。米国内はすでに厭戦気分でベトナム戦争ほどの反戦左翼運動は起きていないが、世論調査によればアフガニスタンにおける駐留に賛成とする米国民は過半数を割り込んでいる。

オバマアフガニスタン継続を唱える限りオバマ支持の民主党アフガニスタン介入を支持し、ブッシュの始めたイラク戦争は不支持である。これが米国政治の問題だ。しかも「タリバンは軍事訓練が行き届き、組織的行動に統制がとれており、その強さはいまや米海兵隊なみである」(タイム、9月7日号)。

オバマアフガニスタン戦争ケネディのはじめたベトナム戦争に似てきた。

2009-07-24

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090724-00000033-mai-int

イタリア違法移民に厳罰の治安法施行 過剰防衛を警告

 【ローマ藤原章生】移民を巡る社会問題が先鋭化しているイタリアで、違法移民をかくまう市民には禁固刑を科し、自警団による巡回を合法とする治安法が施行された。欧州議会ローマ法王庁などからも「外国人差別促す」「ファシズムの再来」との批判が出ていたが、安定多数の中道右派与党が押し切り、野党は、外国人犯罪者とみなす市民の過剰防衛が広がる危険を警告している。

 治安法の主な内容は、(1)違法移民は5000~1万ユーロ(66万~132万円相当)の罰金を科し、国外に追放する(2)医師学校職員を除く公務員には、違法移民に関する情報を当局に報告する義務を課す(3)元警察官らで組織された自警団は違法移民の捜索、摘発ができる(4)違法移民に部屋を賃貸した者は6カ月から3年の禁固刑--など。

 移民関係以外では、スプレーでの落書きなどに最高6カ月の禁固刑を科し、飲酒運転に対する免許取り消しも盛り込まれた。

 ベルルスコーニ政権が提出した法案を、中道右派与党上下院で可決。ナポリターノ大統領が14日に調印し、発布した。

ここまでが記事。以下が毎日の言いたい事。

 イタリアでは戦前ファシスト政権下で、自警団がユダヤ人共産党員を弾圧する事件が多発した。治安法導入は、むしろ外国人排斥の風潮を助長する恐れが指摘されている。

 現にミラノでは、外国人排斥を唱える右派与党北部同盟」の下院議員が「外国人の多い地下鉄ミラノ人の専用座席を設けろ」と訴える騒ぎも起きた。

2009-02-11

アフガニスタン麻薬汚職による「カルザイ汚泥」

  米国はカルザイ大統領排除に密かに動き出した様子

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 アフガニスタン攻略の当初、米国が引っ張り出してきたのがカルザイだった。

国連大使アフガニスタン外務次官の顔を持つカルザイは、民族衣装をまとい、米国の代理人のごとく、或いは自由民主の使者、大げさに言えば“希望の星”として世界政治に登場した。

 カルザイをこの日のために育ててきたのはCIA筋と言って良いかもしれない。

 米国事実上亡命時代、カルザイはカリフォルニアメジャーユノカル」の顧問として食いつなぎ、しかもユノカルは当時、トルクメニスタンのガスをアフガニスタンを経由してパキスタンの港までパイプラインを敷設するプロジェクトを進めていた。

カルザイ政権誕生するや、このプロジェクトはすぐに成立、参加国の署名式をすませた。

そして、この1580キロのガス運搬ルートに着目し、ユノカルへの買収をかけたのが中国CNOOC中国海洋石油)だった。

ブッシュ政権はCNOOCによるユノカル買収を回避させるため、コノコと合併させた。

しかし、ブッシュ大統領が簡単に制圧できると考えたアフガニスタンは泥沼だった。

嘗て英軍はアフガン征伐に向い、殲滅され、ロシアアフガンで失敗した。アフガニスタンは強悍な部族が伝統的に収めてきた土地である。

アルカィーダをテロリストと決めつけた米軍911直後から大規模な空爆

米軍制空権の下で北部同盟マスード派)とウズベキスタンに逃げていた部族(ドスタム将軍)との連合タリバンを南へ追いやった。

イラン寄りのヘクマチアルは下野した。

そしてカルザイ政権が成立し、まがりなりの七年間が経過した。

▲カルザイ政権の腐敗は目を覆いたくなる

「より良い状況が、カルザイ治世下で、単に「よい」だけの状態となり、それがやや悪くなり、より悪くなり、いまや最悪の状況が現出した」(アブドラ元外相)。

NATO米軍は数万の軍隊を投入したが、タリバンは逆に勢力を回復した。連合軍はかろうじてカブールの治安を掌握しているに過ぎず、西側の援助は、いったい何処へ消えたのか?

麻薬は撲滅されず、アフガン政府軍は弱体、警察は役に立たず、そしてカルザイ政権の腐敗は目に余るようになった。

バイデン上院議員(現副大統領)は昨年、カブールを訪問した際に大統領官邸大理石を敷き詰めた宮殿のようなダイニングルームに招かれ、ほかの二人の米国上院議員らと食事を執った。

バイデンは「汚職はなんとかならないのか」とカルザイを問い詰めた。カルザイは答えた。

「我が国に汚職はない。政治家は皆、清廉である」。

バイデンら三人の上院議員ナプキンを投げすて「食事会は終わった」と45分で席を蹴った。爾来、この政治家のカルザイへの不信感、不快感は根強く、これはヒラリーに伝播している。

ヒラリーはいまや国務長官。「あの国は麻薬に汚染されている」と発言している。

オバマ大統領も「カルザイは信頼出来ないし、かれのやっている統治は効果をあげていない」と発言している(この三人の発言はIHI,3月10日付け)。

カルザイは、しかし「米国傀儡」を離れて独自の道を歩もうとしているのではないのか。

どの国にも独立自尊精神はあるだろう。あれほど米国傀儡として登場し、西側をこまめに回ってカネをかき集めながら、カブールの治安もままならない境遇に陥れたのも、カルザイの無能によるものではあるが、カルザイ一人の責任ではなく、これはたぶんアフガニスタンの民が内包する長老支配という「伝統」の所為ではないか。

カルザイの任期は五月まで。もちろんカルザイは再選を目指し選挙準備に余念がない。

アブドラ元外相とアシュラフ・ガニ元財務相5月20日大統領選挙に対抗馬として立候補する。

▲「デモクラシー」とは投票箱主義のこと

デモクラシー」なるものはイスラム世界では適応が難しい。その通用しにくいシステムを維持し、それが民主化だというポーズを維持して西側の援助をさらに期待する。それ以外、この国におけるまつりごとは成立しまい。

だからオバマ政権ブッシュとの違いを見せるため、ブッシュが肩入れしすぎたカルザイを、[CHANGE]しようとたくらんでいるわけである。

ウィリアムウッズカブール米国大使は言う。

「カルザイ政権はよくやっている。タリバン政権下ではふたつしかなかった大学が17に増え、600万の子供学校へ通い、女性学校へ行けるようになり、当時なかった軍と警察をカルザイ政権は保持している。」

だが、首都カブールを離れると、アフガニスタンは「タリバニスタン」である。

 オバマ政権アフガニスタンへ三万二千の増派を予定している。

 嘗てバングラデシュ独立戦争で、突如「英雄」として登場したラーマン大統領は直後から一族の腐敗が絶えず、一年か貳年後に、暗殺された。

 なぜかカルザイの不評を聞いて、そのことを思いだした。

 
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