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はてなキーワード: ハイヒールとは

2017-05-22

女性らしさを楽しめる時代になったので、男女平等はここまで!


社会リベラル化が進み、男性がある程度調教されてくると、女性自身女性ジェンダーに乗ることを苦にしなくなってくるのである

強制されていた女性らしさの時代が終わり、女性自発的に伸び伸びと女性らしさを楽しめるような状況になると、女性女性らしさを放棄するのが惜しくなってくるのである

昨今の女性の「反男女平等志向」「反ジェンダーフリー志向」はまさにそういうことである

エマ・ワトソンが「HeForShe」で男性に気を使いフェミニズム界に衝撃を与え、

ロクサーヌゲイが「女性には女性特有欲望があるし男性みたいな汚れ仕事はしたくない」と言い、今までフェミニズム必死で保ってきた建前をぶっ壊し、

日本では「やれたか委員会」なる漫画女性から大人気で、男性性的視線にまつわる物語を喜んで消費している。

どう考えてもフェミニズム崩壊している。

好きなディズニー映画は『ムーラン』、好きな洋楽Destiny's Child の 『Independent Women 』、好きな漫画は『クレイモアである私にとって、

昨今の女性たちの反男女平等性・反ジェンダーフリー性は非常に嘆かわしい。

一つ言っておきたいのは、強制された女性らしさと自発的女性らしさの間に大きな違いがあるとか本気で思ってるのは女性だけであるということだ。

強制だろうが自発だろうが男にはそんなこと関係ない。

「今から自発的ハイヒールを履くけど男性はこれを利用しないでね?」「今から自発的ブルマ穿くけど男性はこれを利用しないでね?」

なんて言われて、男性がそれに従うだろうか?いいや、従わない。女性たちが自発的に楽しむハイヒールブルマを思う存分利用させてもらうだけだろう。

そういうところに考えが及ばないところも含めて、やはり女性は下等だなぁと思うわけである

そもそも騎乗位をしたくないのなら男性に勝てるわけが無い。

フェミニズムとは無駄なあがきであったのである
















(文:masudamaster)








http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

http://anond.hatelabo.jp/20170517150404

http://anond.hatelabo.jp/20170518235031









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http://anond.hatelabo.jp/20170521124412

めっちゃ分かる。



先日のハイヒール論争で、ためしに女をボロクソに罵倒するエントリを書いたら、驚くほど簡単ホットエントリ入りしたのに、

すこしマジメになって補足解説を書いたら、そっちはぜんぜん注目を浴びずに消えていったわwww\(^o^)/



増田って場所は、真剣にふるまおうとすると滑るんだな。

2017-05-21

ハイヒール自転車バイク縛り、車嫌い

日本人伝統大好きだもんな

実際にはしがらみでしかないもの伝統だと言い張って潰れていく

アホの国

女にヒール履かれると俺が背低く見えるからヒール禁止して欲しい

女にとっても足の健康を損ねる悪魔の靴だろあれ

高校自転車バイク縛りなんて元は暴走族対策だったみたいだし、彼らのいない世の中だし別にやめてしまっていいんじゃないの?

何年か前まで高校生バイクあかんとか言ってたのに、なんかバイク解禁傾向だし、もう好きにしたらいいよ。

商業都市地方としては、車嫌いという文化絶滅してほしいくらいだ

車の嫌いな大人も辛いだろうが、あれが東京で働くことを考えると

子供からしても親におんぶされながら歩くみたいなもんだ

日本合理的な考え、効率を重視すると何故か怒られるからな。憲法改正皇室典範改定運動に対する日本人の反発がそう。

2017-05-20

[]ハイヒールのこととちょっとだけ関係があるのですが

街ですらっと背の高い、かっこいい女性をみかけると

つい、目線が下に

靴に

かかとに、いってしまます

ごめんなさい。

2017-05-19

嫁がアツアツご飯を出してくるからハイヒールを滅ぼしたい

どうしよう。

2017-05-18

補足解説 ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

↑ これの筆者である。私がこのエントリを書くにあたって意識したのは、共産主義ファシズム、ラディカル・フェミニズムだ。そこにミソジニーの味を加えてみた。

ついでに、最近話題ポリコレも組みこんだ。その点ではリベラル思想も汲んでいる。

文章はいい加減だし、今日日本において実現可能性はゼロだと思うが、この主張自体はマジメに唱えているつもりである

  

  

"自由"の抑圧こそが必要

たとえば、労働問題について考えてみよう。

過労死するほど働く自由」と「過労死するほど働かない自由」の両方を労働者に与えれば、それで十分だろうか?

私はそうは思わない。読者諸君も、一部のリバタリアンを除けば、「過労死するほど働く自由」を認めないはずだ。

  

過労死するほど働く自由」なんていうものは、たとえそれを望む労働者がいるのだとしても、決して認めてはならない。政府長時間労働を厳しく規制し、それを抑圧することが必要だ。

人が趣味や遊びをやりすぎて死ぬというのは愚行権範囲で、一応は自由だと言えるかもしれない。しか労働問題においては、そういう権利適用するべきではない。

  

長時間労働は、それをやる自由とやらない自由の両方を認めてしまった場合ブラック労働環境の中で強制的にやらされて苦しむ人が続出するのが明らかである

女性労働するときハイヒール・化粧についても、これと同様のことが言える。

  

「上から改革」が必要

明治時代日本でも、あるいはどこかの後進国でもいいが、近代化過程では必ず「上から改革」がある。

旧弊に従う自由も、旧弊に従わない自由も、どっちも認めましょう」という生半可な方法では、おそらく近代化を達成できない。国民はややもすると旧弊に従おうとするからだ。だから政府が強権的に指導し、旧弊排除することで、国民はようやく新時代適応できる。

  

たとえば女性差別がひどい国では、政府女子教育権利提唱しても、おそらく多くの国民はそれに従おうとしない。

権利を与えるだけでは、都市部のごく一部の家庭が娘を学校に通わせるにとどまるだろう。貧困層田舎にまで女子教育を普及させるには、政府国民権利を与えるだけでは不十分であって、その権利行使することを国民義務付けなければならない。

  

重要なのは政府国民全員に強制することである

「おらが村では女子教育なんてやらない」とか、「うちの家庭は伝統的な女性にふさわしい育て方をしたい」とか、そういう保守的な反発をするのは男性だけではない。母親祖母も「女はかくあるべし」と考えている。「女子学校に行かせる余裕なんてない。家の手伝いをさせたい」と思っている毒親もいるだろう。

そして女子児童は、当人まだ子であるため、自分がどういう価値観に従うべきかを判断できずにいる。

ここにおいて「多様な価値観尊重せよ」などという主張は有害だ。政府旧弊にまみれた価値観をきっぱりと否定しなくてはならない。

  

当然ながら現代日本で、後進国近代化するときのような強権的なやり方は適さない。とはいえ、政府会社のお偉いさんが主導しなければ何も改善しないというケースが多いのも事実だろう。

たとえば就活会社説明会服装自由と言われたら、参加者は皆がスーツを着てきたという笑い話がある。こういう未開社会のごとき状況を改善するためには、「必ず私服を着ろ。スーツを着るな」という強権的な命令必要だ。

から改革をおこなって、下々の者は全員一斉に従う。――今日でもこれが最も現実的手段なのだ

  

ポリティカル・コレクトネス必要

私はなにも女性からハイヒール・化粧の権利を奪おうというのではない。会社官庁ではそれを禁止しろと言っているだけである

前回に書いたとおり、ハイヒールも化粧も、やりたい人だけがプライベート時間に楽しめばよい。(短髪はすぐに伸ばせないけれども、それならカツラをつけて好きなヘアスタイルにすればよい)

  

私がこのように主張するのは、リベラル思想の影響を受けたからだ。

もし本物の極左ファシストであれば、プライベート時間にもどんどん介入し、ハイヒール・化粧を完全に禁止するであろう。しかし、私はそこまで厳しい統制には反対である

  

近年、女性蔑視の"萌え絵"等が問題になっているのをよく見る。

そのときリベラル側の主張は、「女性蔑視表現政治的に正しくない。プライベートでその表現を楽しむ自由制限するつもりはないけれども、公共の場所ではちゃんとポリコレ配慮せよ」というものであった。

私はこれに賛成だ。そしてそうである以上、ハイヒール・化粧もまた、公共空間から追放せねばならないと思う。それらのものは非常に女性蔑視であるからだ。

  

もっとも、ハイヒール・化粧は女性たちが好んで選択しているという場合が多いだろう。

女性主体性尊重しましょう」――これがリベラルにとっての錦の御旗なのだ

しかし、私は世のリベラルほど無邪気になってその御旗を掲げることはできない。前回に書いたことの繰り返しになるが、女性ハイヒールや化粧を好んで選択することは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定するという現象からである

被差別者が望むならば差別を受ける自由はあるのか? 被差別者であればその差別正当化してよいか? これはきわめて難しい話である。ただ一つ言えるのは、ここにポリコレ的な問題意識を持たないリベラルは、よっぽど鈍感か、よっぽど不誠実ということだ。

(この意味では、リベラルを気取っているフェミニストなんかより、ラディカル・フェミニズムの方が先鋭的になって突っ走っている分だけ、かえって正しい認識を持っている。)

  

ミソジニー必要

私は歴史に詳しくないため、このさきは与太話しか書けないが、昔の中国には纏足という習俗があった。

そしてこれはあまり知られていないことだが、お上纏足強制していたわけではない。とりわけ清朝漢民族のこのバカらしい習俗忌避し、それを禁止する傾向にあった。にも関わらず人々は好んで纏足選択し、競うようにその美しさを賞賛していたという。

女真族満州族)の建てた清朝纏足禁止令を出しても止めようがなく、結局、義和団の乱以後の近代国家への動きの中で反対運動が起こり、まずは都市部罰則との関係で下火になった。しかし隠れて行われ、中国全土で見られなくなるのは第二次世界大戦後のこととなる。最終的に絶えた理由として、文化大革命反革命行為と見なされたこともある。このため、現在でも70歳以上の老人に一部見受けられる。

Wikipedia纏足

孫引きになってしまうが、以下のような話もある。

当時、女性が嫁に行くと、嫁ぎ先では何よりもまず最初に、花嫁の足を調べた。大きな足、つまり纏足をしていない普通の足は、婚家の面目をつぶすものだ。姑は、花嫁衣装の裾をめくって、足を見る。足が十二、三センチ以上あったら、姑は裾を投げつけるようにして侮蔑をあらわし、大股で部屋から出て行ってしまう。婚礼に招かれた客は、その場にとり残された花嫁に意地の悪い視線を投げかけ、足を無遠慮に眺めて、聞こえよがしに侮蔑言葉を口にする。母親なかには、幼い娘の苦痛を見るにしのびなくて纏足を解いてしまう者もいる。だが、成長した娘は、嫁入り先で屈辱を味わい世間非難あびると、母親が心を鬼にしてくれなかったことを責めるのである

ユン=チアン(張戒)/土屋京子訳『ワイルド・スワン』上 1993 講談社刊 p.19-20

http://www.y-history.net/appendix/wh1303-082.html

この引用で注目するべきは、姑や母親たちが纏足を推進していたということだ。

そして子供とき纏足を痛がっていた娘自身も、親に纏足してもらえてよかったと考えていることだ。

  

さらに言うと、纏足は、男性中心の社会から女性たちが悪弊強制されていたという観点だけで語ることはできない。それは女性自身が願望するところの"オシャレ"でもあった。

纏足は、女性の誇りだった」「女性は肉体で動くから、痛みに耐えれば、高貴でよりよい人間になる」「母から娘への 女性になるための教え」「痛みを通して、身体を使って、女性成功する」「足をより小さく、洗練して優美にすることで、女性は大きな誇りを感じた」

http://coconutpalm.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--10---0239.html

西洋女性を苦しめたコルセットにしても、きっと纏足と同様、女性自身が望んでやりたがるオシャレという側面があったはずだ。

これはまさしく、現代日本女性が「ハイヒール・化粧はめんどくさい。強制されるのは嫌だ」と考えていながら、一方ではそれをやりたい願望を持っていて、結局それが手放せなくなってしま自家撞着するのと同じ心理だ。

ハイヒール・化粧をやるかどうかに関して、「女性主体性尊重しましょう」とか「強制にならないかぎり両方自由です」ということを言っているリベラルは、あまりに鈍感かあまりに不誠実か、そのどちらかのために、この観点を見落としている。

無論、健康面やそれにかかる手間を考えれば、纏足コルセットよりもハイヒール・化粧は随分とマシである。ただ、それは差別過酷ものから軽いものになったというだけだ。進歩はしているけれども、まだ差別を克服できていない。

から我々はさらなる進歩のため、おしゃれをしたいという女性の願望を抑圧しなければならない。ハイヒール・化粧を好んで選んでしま女性性(女性らしさ)は、政治的に正しくないのである。逆にそれを憎悪するミソジニーこそが政治的に正しいのだ。女がオシャレをやめることで初めて男女平等を達成できると私が主張するのは、この洞察に基づくものである

なお、議論はここにおいて、私が冒頭に書いた長時間労働問題につなげることができる。「過労死するほど働く自由」を是認しようとする資本家知識人は、プロレタリアの敵である。我々はこれを打倒しなくてはならない。

この理論適用すれば、女がオシャレをする自由是認しているリベラルと一部のフェミニストこそ、女性差別の温存を図っている連中だと言えるだろう。

  

終わりに

twitterをなにげなく読んでいたら、たまたま的確な言葉を見つけた。

リベラリズム本質的価値-自由平等など-は、どこにあるのか? 逆説めくが、リベラリズム自体はその本質的価値原理主義の激しい攻撃から救えるほど強くはない。 リベラリズムがその重要遺産を生き延びさせるためには、ラディカルな左派の同志愛による助けが必要となるだろう。

スラヴォイ・ジジェクbot @SlavojZizek1949」より

https://twitter.com/SlavojZizek1949/status/864981669509332995

前回のエントリは、穏健なリベラリストから散々顰蹙を浴びた。それは投稿前に分かっていたことだ。

しかし私は、どちらかと言えば多分「ラディカルな左派」寄りの立場から、まじめに女性差別撤廃せよと主張したつもりである

ジジェク言葉どおり、リベラルはここからの援護を受けなければ、その遺産を存続させることさえできないであろう。

ハイヒールってさ

メインの利用目的チビ男を効果的に避けるためのものでしょ。

禁止強制人権違反なんじゃないの?

効果的な男の釣り

豊胸手術 ☆ 男による。アジア人はそんなに胸に興味ない

目回りの化粧 ☆☆☆☆☆ 滅茶だいじ、目で印象変わる

眉毛整える ☆☆☆ 印象変わる

料理 ☆☆☆ 付き合わないとわからないけど料理できると印象いいよ

適度に筋肉ついた体 ☆☆☆☆ 多少のブスでもこれでつれる男が増える抱きごこち違うからね。

マニキュア無駄、女の自己満足うざい

ロングヘアー ☆☆☆☆ 男は女の長い髪が大好き

ストレートヘア ☆☆☆☆ パーマ当てるにしても毛先だけが無難

ハイヒール ☆ どうでもいい。けど服とあってればいいと思う。

ビジネスの場で女性を見かけたときにわざわざ履いている靴を確認する

いねえだろそんな奴。

ましてやハイヒールでないと商談に悪影響があるとか。

万が一にでもそんな無能がいたらそいつをクビにしろよ。

2017-05-17

ハイヒールなくせとか化粧なくせとか美人が言うならいいけどもブスが言うなら首絞めてるだけって分かってるんだろうか

男に男扱いされるって思ってるよりも大変だぞ

http://anond.hatelabo.jp/20170517184804

「高ヒールピンヒールしかハイヒール認識してないヒールをはかない人(多くは男性)」が「社会人としてふさわしい靴(ローヒール)を履け」と言って、「1センチでも高低差があれば「ヒール靴」と言っている、履くことが多い女性」が「3センチでも充分履きづれえんだよ死ね」とキレている

男「社会人なら身だしなみを整えろ、俺だって革靴履いてんだよ」

女「ヒールの履きづらさナメんなよ?!革靴の比じゃねえからな?!」

男「それハイヒールじゃないじゃん、普通の靴じゃん」

女「はあ?!」

というすれ違いが起きている

http://anond.hatelabo.jp/20170517150404

「高ヒールピンヒールしかハイヒール認識してない」ならなぜヒール問題が起こっているの?

ヒールの違いなんて全くしらんかったおっさんからの単純な疑問として。

結局「ヒール問題」って、

「高ヒールピンヒールしかハイヒール認識してないヒールをはかない人(多くは男性)」が「高ヒールピンヒール」を履けと圧力をかけている問題なの?

「1センチでも高低差があれば「ヒール靴」と言っている、履くことが多い女性」が「1センチでも高低差があるフラット靴でないヒール靴」を履けと圧力をかけている問題なの?

どっちもあったりするの?(どっちがどのぐらいあるんだろう)

オッス!オラハイヒール

頭の悪いリベラルは、男装した女性やお化粧した男性が往来を闊歩する多様性あふれる光り輝く未来夢想しがちだが現実にはそんなことは起こらない。男女平等ジェンダーフリーを実現するなら、北欧のような全体主義で統制するか、あるいはアメリカのようにLGBT・男らしさ・女らしさ何でもありにして「このハチャメチャな状態ジェンダーフリーなのである!(大嘘)」と言い張るかのどちらかしかない。








http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

http://anond.hatelabo.jp/20170517150404

http://anond.hatelabo.jp/20170518235031





(文:masudamaster)



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ヒール問題雑感

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

ハイヒール問題って議論の前提がまちまちなせいで混乱することが多い気がする。「ヒール」という言葉で何をイメージするか結構違ってる気がするんだよね。

なので、ある人が「ヒール靴で就活してる人なんてほどんど見ない」といえば別の人は「フラット靴で就活してる学生なんて見たことない」と言うことになる。

一部の人は、9センチピンヒールSATCキャリーの履いてるルブタンみたいな)しかハイヒール」と認識していないし、別の人は、2センチでもヒールがあればヒール靴と呼んでいる。

ブコメだと、「パンプス」という言葉なんかも定義がまちまちのようで面白い

女性ものの靴はまあいくつかの要素で分類できる。

1.ヒールの高さ。

・完全にフラットものソールの厚みがあるので、1センチヒールみたいな表記のことも。

・ローヒール(2~3.5センチくらいが主流)

・ミドルヒール(5センチ前後

・いわゆる「ハイヒール」(7センチ以上)

2.ヒールの形状

フラット(つま先とかかとに高低差なし)

ピンヒール(かかとが細い。人を踏むと凶器になるあれ)

チャンキーヒール最近流行。太目のヒール。何年か周期で流行ったりダサくなったりしてる気がする)

ピンヒールよりは太いけど、チャンキーよりは細い、一般的ヒール

ウェッジソール(つま先とかかとに高低差はあるが、ヒールが分かれていない)

3.つま先の形

・ポインテッドトウ(とがったつま先)

・ラウンドトウ(丸いつま先)

スクエアトウ(四角いつま先)

他にもいろいろあるけど、とりあえずこの三点でだいたい分類できる。たとえば、バレエシューズはたいていフラットでラウンドトウだけど、ウエッジソールピンヒールで2-3センチの高さのヒールがついていることもある。不二子ちゃんが履いてそうなハイヒールは、9センチピンヒール、ポインテッドトウ。

この分類でいうと特に1のヒールの高さについて、どこからハイヒール」というのかは定義がまちまちな気がしている。ヒールをはかない人(多くは男性)は、高ヒールピンヒールしかハイヒール認識してないし、一方履くことが多い女性は、1センチでも高低差があれば「ヒール靴」と言っている気がする。これは、少しでもヒールがあると履き心地が全然うからかな。

見た目についてはともかく、では、実際ハイヒールがどのような身体的な問題引き起こしうるか

・まず、つま先が圧迫されることによって痛くなる。痛いだけならまだいいが、長く履き続けると関節が変形して外反母趾、内反小趾になる。こうなると、靴を履いてなくても痛い。裸足で立ってるだけで痛い。なぜ「マナー」のせいで一生もの障害を負わなければならないのか。

それから靴擦れ。靴と足の形によるが、つま先、甲、かかとに靴擦れができる。皮がはがれて痛い。動くたびにその皮がはがれたところがぐりぐりえぐられる。拷問かな。

さらに全身にも影響をおよぼす。「ヒールに慣れてるからフラットだと歩きづらい」という人は、アキレス腱が固くなってしまっている。ヒールじゃないと歩けないっていうのも障害だよな、と思う。

(一方で、ヒール靴だと骨盤自然と前傾するので、姿勢が良くなるという効果もある)

これらの傷害に加え、行動も制限される。どんなに履きやすい靴でもヒールがあると、歩くのは遅くなる。歩幅が狭くなるから。とっさの動きもしにくいか危険。疲れやすくもなる。(まあ、高いところに手が届くようになるのはメリットだけど。)なので、あなたの周りの女性社員が、たらたら歩いていたり、いらいらしやすかったり、動作がのろかったり、すぐに疲れてたりしてたら、それはヒールを履いているせいかもしれない。

ということで、第一に、身体を傷つけ、障害を与える。第二に、動きを制限し、危険さらし、体力を奪う、というのがヒール靴。

実際に大いに生産性を下げる可能性があるので、ビジネスの場では「禁止」でいいのではないかと思う。マナーとかドレスコードって、よほど強い圧力がないと変えていけないっていうのはその通りで。夏場のネクタイ駆逐されたのも、「省エネ光熱費削減→クールビズ」という圧力があったから。「ビジネスの場に動きにくいヒール履いてくるとか、ふざけてんの?」くらいにならないと変わらないのかな、とか思う。

もちろん仕事以外では好きな恰好すればいいと思うの。でもミニスカとか、オフショルとか、キャミとか、ミュールとか仕事で着ないでしょ、っていう。

はいえ、今日明日何を履いて生きていくのかという問題は今この瞬間にも突きつけられてるわけで。ローヒールでもかかとが細いとヒール靴っぽく見えるし、ミドルハイヒールでも、かかとが太かったり、ウェッジだったりすると安定して歩きやすいしさらストラップがあればつま先の負担軽減できるし、一般的にラウンドトウよりポインテッドのほうがヒール靴っぽくみえるしスーツにも合う、とかあるので、なるべく「それっぽくみえる」靴を探して履くしかないのかな、と思う。

あとは服との関係。服がかっちりフォーマルスーツだと靴は多少カジュアル(たとえば一センチヒールのラウンドトウ)でも気にならなかったり、逆に多少カジュアルな服でも高いヒールのポインテッドとかだと全身ではきちんと見えたりするので、そのあたりで調節するとか。

まあなんにしても、「ヒール生産性を下げる」ということを声を大にして言い続けるしかないのかな。

ハイヒール履かなきゃいけないって男が言ったことあるの?

都会の馬鹿な女がかってに履いてるんだと思ってた

私がいなかっぺからなのか子供のころからそんな光景見たことないし

大学東京来てからも、働き始めてからも(職場は数人で一人だけ女性だけどヒールはいてない)そんな空気感じたことないんだけど

急に男が履けって圧かけてくる的な文脈ネットが賑わってて「はぁ?」って思った

男の反応も、勝手に履いてるんじゃん、履きたくなければ履かなければいいのにって反応で

だよな、俺らが言ったことないよな、むしろバカみたいな履物だなって思ってるしwって感じだったからその点では安心したんだけど

なんで履いてる子は男のせいにしてんの?そういう職場普通なの?

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

あなたにはハイヒールを履かなくて良い職場を選ぶ権利保証されています

今すぐ転職しましょう!

私もこの時期の札幌ですが今日は少し暖かいのでTシャツサンダルで働いています

最初職場スーツでしたがネクタイが嫌で辞めました。

スーツ自体はかっこよくて好きなのでオシャレ目的でたまに着ます

それ以外は今時結婚式だって葬式だってハイヒールじゃなくてもパンプスじゃなくてもなんとも思われませんよ

あ、男性葬式だけはネクタイ必須かもですね、結婚式スカーフでもOK

どうか僕のようにハイヒールで踏みつけられことが大好きな男とハイヒールで踏みつけることが大好きな僕のパートナーのフェティズムを守るためにもハイヒール滅びろなんて言わないで下さい。

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

ハイヒール義務って職場、だいたい女を売りにするような仕事だけでしょ

そういう業種につかなければいいだけ

2017-05-16

ハイヒールパンプスは違う

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

ビジネスシューズとして女性が求められているのは「パンプス」先が細くなっている、ヒールのある靴。

じゃあ「ハイヒール」って何かというとそのヒールが少なくとも7センチ、靴屋で「ハイヒール」として陳列されてるのは普通9センチ前後あるものなんだよ。

ヒール高さ別に歩きやすさとビジネスシューズとしての位置けがあると思うよ

ここではヒールの高さ=靴のつま先部分と踵部分の高低差の意味で書くよ

つま先部分(ストームという)も上がってるタイプもあるが割愛するよ

・0~2センチ

所謂フラットシューズバレエシューズ

ビジネスシューズとしては不適格だが、そもそも元増田がいうほど足に良いものではない。

地面と足の間のクッションがほぼ無いので、長時間の立ち仕事、歩く人には全く向かない、ファッション性の高いもの

スニーカーでいうコンバースのような感じ。また、脹ら脛にかかる負荷がないので、こればかり履いている人は膝から下が太くなる。

長めのスカートやくるぶし丈のデニムなんかに合わせるとかわいいビジネスに不向きな服とのコーディネートが簡単

・2.5~4.5センチ

男性の革靴とおなじ~少し高いくらいの傾斜がついた靴。体重を支えるのは足全体でつま先が靴擦れになることはない

適度に脹ら脛に負荷がかかり、立ち姿が醜くない。また、ビジネスシューズとして求められる高さとして十分だと思われる。

もし「この高さが履きやすいけど、これでは少しカジュアルなのでは?」と思うのであれば、ピンヒールタイプおすすめ

この程度の高さであればウエッジソールだろうがピンヒールだろうが歩きやすさは変わらない

・5~7センチ

早足になる時に踵をつかず、つま先で歩く感じになる高さ。堅い靴を履くとつま先が痛い

たぶんよくわかってない人はこれくらいのをハイヒールだと思っている。

この高さが履きやすいか、もう一段階低いのが履きやすいかは人それぞれ。

例えば足首を捻ったり、靱帯が弱い人はヒール高めの方が歩きやすい人もいる。

階段の登りやすさはピカイチ

しかし降りやすくはない

ビジネスシューズとして求められる高さはここまで

フルレングスのパンツスーツに合わせる時はこれくらい必要パンツの裾が足首に密着していないデザイン場合ヒールが裾を踏んでしまって傷つけたり、転んだりしやすくなるため。

もちろんくるぶし丈のパンツなら、もっと低いヒールで良い

この高さを日頃履いていると膝から下が鍛えられる。きちんと立とうと心掛けるとヒップアップ効果もあると思う

・9センチ以上

キャバ嬢とかキャンギャルが履いてるやつ。つま先でなく足首に負荷がかかる

職場に履いてきたら頭おかし

訓練された人が美しく歩け、立てる


ここまで書いて思ったけど元増田フラットパンプス仕事したいんじゃなくてスニーカー仕事したいのかな?

違うと信じたい

今はだいぶパンプス進化して歩きやすく柔らかく安く軽くいものが増えて(軽ければ良いわけではない、ある程度重さがあった方が安定することもある)選ぶのが楽しい

おすすめマルイとかに行ってヒール高さ別に陳列されているので次々履いてみて自分に合った高さをみつけること。高さの基準が決まれば楽なので

革は最初から柔らかいのを買わないと詰むから注意

履かずに通販は論外

http://anond.hatelabo.jp/20170516141639

ハイヒールなんて痛くて履けないと主張しているのは、本当にごく一部の女性だけで、

大半の女性脚線美が映えるハイヒールを好んで履いているのが現実じゃないかな。

ノイジーマイノリティの主張には耳を傾けないのが吉。

ともあれ、ハイヒールは滅ぼさねばならない。

追記(2017年5月20日)

はてなブックマークの数が伸びまくって、これほど反響があったことに驚きました。

補足解説を書きましたので、詳しいことはそちらをお読みください。↓

http://anond.hatelabo.jp/20170518235031

ほんとに歯がゆくてムカつくのは、良識ぶったリベラルの奴らだわ。

  

女性ハイヒール強制するのがダメなのであって、ハイヒール自体に罪はない」

「本人が好きでハイヒールを履くのと、社会からそれを強制されるのは違う」

とかなんとか……。

  

お前ら、いい加減にしろよ!

そんな生ぬるいことを言っていたら、マナーなんて変わらんっつーの。

法律ハイヒールを厳しく規制して、公共の場所で全面禁止にするぐらいの対策をとるべきだ。

  

  

  

ちなみに、筆者は男である

男だからこそ、「ハイヒール全面禁止しろ」と言える。

  

一方で大半の女は、「ハイヒール強制は嫌だ。でもハイヒールを履く自由がほしい。だって美しくなりたいもん」という矛盾まみれの思考をしている。

化粧についても同じこと。

強制されたくはないが、それをやりたくてたまらない」というのが女に特有思考なのだ

  

これが男がスーツ強制されているのと根本的に違う点だ。

女はファッション流行にまどわされやすく、オシャレにうつつを抜かす馬鹿なのである。だから自分から好んでハイヒールと化粧を選ぶし、結局それを手放せなくなって不平不満を言い出す。

  

女の願望とは、「自分自身のために美しくなりたい」というものであるらしく、その主体性尊重するのがリベラルだったりフェミニズムだったりする。

だが、私はそれを尊重してはいけないと思う。それは政治的に正しくない願望だ。

化粧もハイヒールも、女性を縛り付ける旧態依然とした差別である。そのようなファッションをすることは、本人の意思がどうあれ、女性差別正当化するというメッセージを持つ。

よくあることだが、これは、被差別者がなぜか自分の受けている差別肯定してしまう、という現象である

女性本人の自由意思にもとづくならば、彼女女性差別を喜んで享受する自由があるのだろうか? これは難しい問題だが、我々はこういう類の「差別を受ける自由」を無邪気に擁護してはならない。

  

なので、どうしてもハイヒール・化粧をやりたい女性は、プライベート時間にそれを楽しめばよいと思う。

もちろん会社官庁ではポリコレ配慮して、差別的ファッションであるハイヒールと化粧を全面禁止にするべきだ。

そしてついでに、できればいっそのこと、女性たちは男と同じ程度の短髪にしてもらいたい。

女の特徴であるところの、あのチャラチャラした、あのナヨナヨした格好を改めるべきだ。女にああいう格好をさせる文化風習こそが女性差別であると思う。

まずは外見から男と同等にならねばならない。むさ苦しい姿になることで、威圧感が増してナメられなくなるし、はじめて男女平等を達成できる。

  

オシャレの放棄、これはおそらく当事者である女たちが最も嫌がることだろう。

しかし、政府の主導で、上から強権的に改革するべきなのである

  

(※現実感のない話ですが、筆者はわりとマジメに主張しています。)

http://anond.hatelabo.jp/20170515181109

2017-05-15

ハイヒール滅びろ

ヒールを履かなきゃならない理由果たしてこの世にあるのか。

脚がきれいに見えるって、誰の為に脚をきれいに見せなきゃならんのだ。

かの悪名高き纏足と何が違う。

もうパンプスハイヒール義務化するのをやめよう。

フラットシューズを履こう。

それの何が問題だ。

マナーから履かなきゃならない?

マナー礼儀大事だ。

でもハイヒールマナーである理由って何だよ。

そもそもマナーって何だ。

敬意の表明を形式化し、人付き合いを円滑にする為の道具だ。

これをやっとき問題ないっていう便利道具。

で、パンプスでなきゃ絶対に表明できないマナーって何だ。

ハイヒールは本当に人付き合いを円滑にしているか

笑顔の裏で営業の人が、ハイヒール殺意の波動を送っている。

外回り職員が、早足の上司を後ろから刺す妄想をしている。

それでもヒール必要か。

フラットシューズで働けたらいいのに。

それができない理由って何だよ。

フラットシューズマナーになれない理由って何だよ。

マナーって何なんだよ。

爪先立ちの不安定な靴を履けるかって話か?

ヒールを履いた女の方がそそるかって話か?

ふざけんな違うだろ。

画一されたドレスコードを守るだけの常識があるかって話だろ。

痛みを耐え忍ぶ事を強制するのがマナーか。

痛みを伴う社会常識は守るに値するのか。

互いを敬うマナーを推奨するなら、爪先立ちの靴から労働者解放する事が筋じゃないのか。

フラットシューズマナーに加えてくれよ。

から笑顔相手と向き合える靴を履かせてくれよ。

これは我儘なのか。

風呂に入るのや毛を剃るのが面倒とかいうのとは話が違う。

風呂剃毛修行せずとも出来るが、ハイヒールはいきなり履けやしない。

革靴は電車ホームの間にも中々落ちないが、ヒールの踵は側溝に挟まる。

世の中皆がperfumeじゃない。

あれはヒールで踊る事を選んだ人達だ。

私に選ぶ権限はなかった。

「履きたくなきゃ履かなきゃいい。

 でも履いていないと、履いている人間と比べて不利になる。

 だから仕方ない。

 皆、履かざるを得ない。

 結局、互いを縛るのは互いに過ぎない」

正論に見えて何の解決にもなっていない。

「どうすべきか」の答えはもう少し先だ。

現状は囚人のジレンマ

AさんとBさんがそれぞれヒールを[履く、履かない]。

履かないBさんの評価相対的に下がって、社会的に不利になる。

ゆえに[履く、履く]という構図が不利益を防ぐ均衡なわけだが、

実際のところは[履かない、履かない]で公益は最大だ。

まり現代社会におけるヒールの着用は効率的ではない。

我慢するぐらいなら履かない方が良いに決まっている。

でもリスクが怖いから[履く、履く]になってしまう。

じゃあ囚人を解き放つにはどうすればいい。

履かなくても不利にならない状況を作るしかない。

からフラットシューズドレスコードに加えよう。

フォーマルフラットシューズを開発しよう。

フラットシューズが正装になれば、ヒールと並んだ時に顔をしかめられる事もなくなる。

ヒールを嫌々履く意味もなくなる。

「履きたくて履いてる人もいる」と別の人は言う。

そりゃそうだ。

履きたきゃ履けばいい。

だが履かなきゃならない理由にはならない。

カレー辛口は訓練すれば食べられるが、誰もが食べなきゃならない道理はこの世にない。

全員がスカーフを巻かなきゃならないわけでも、サングラスをかけなきゃいけないわけでもない。

履きたい人間否定する必要はない。

履くのが苦痛だという人間権利も守れたらwin-winだという話だ。

メガネの形、腕時計の素材、

それらが選べるなら靴の種類だって選ばせてほしい。

サンダルスニーカー許可しろって話じゃない。

フラットシューズで働かせてくれって話である

身だしなみを巡る問題にはそりゃもう色々と感情的な要素が絡んでくる。

自分は守ってきたのにとか、嫌でもやるのが社会人とか。

だが、これらの意地や怒りは良いものか。

これらに従う事は、少しでも何かを良くするか。

最初から無い方が良かったものじゃないのか。

他人の足を引っ張るより、辛い経験を皆で過去に葬った方がいいんじゃないのか。

から叫びたい。

ハイヒールを履かない事の何がそんなに問題だ。

ハイヒール義務をなくしたら核爆発が起こるのか。

ヒールをやめたい」「ヒールでないと正装に見えない」

「なら正装の条件を変えよう」「慣習を逸脱するのは良くない」

堂々巡り議論はもう沢山だ。慣習が変わればすべて片付く話だろ。

最初違和感がある、或いは見苦しく思えても、定着すれば問題にはならない。

からフラットシューズを履こう。

フラットシューズ万歳

フラットシューズを履かせてくれ。もう私の足は限界だ。

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