はてなキーワード: 投票率とは
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昔は年配者に頼ってて良かったかもしれないが、今となっては老人は若者の敵だからな。
若者は自分たちが年を取ることを考慮に入れつつ、老人だけに有利にならないようにしなけりゃいけない。
多分若い政党が必要なんだな。
麻生太郎なんかはどの程度がパフォーマンスなのかわからないが若者に媚びてくれたので俺は支持したんだがな。
そういえば地域別選挙区ではなく年齢別選挙区にすべきだというのをにちゃんまとめブログで見かけて面白いと思ったが、いっそ大選挙区制ですべてまとめてしまってもよいと思う。
よく若年層の投票率が低い事に併せて
みたいな事が当たり前の様に言われるけど、そもそもそれは政治として正常なのか?
票にならない層を無視して良いなら、
極端な話19歳以下に対していくらでも負担を強いる事が出来るって事では。
政治家さんに要望出して取り入れてもらうとか、被選挙権があれば立候補すればいいんだろうけど。
投票なんてしてもしなくても”賛成”として算出される。
特に20代前半は選挙権があっても”賛成”意外の選択は出来ない訳で、
若年層は票にならないので無視します。
にも賛成しかできないんじゃないだろうか。
若者の投票率が低い事は問題だし、投票行かない連中を擁護する気はさらさら無いけど
はちょっと疑問なんだ。
自分でもすごくアホな疑問の気がするけど。
選挙ってもっと緻密だぜ、ホントのところ
選対本部で分析手伝ったり選対会議に参加してたけど
年齢層や支持層をかなり細かく把握して分析して
どうアピールするか作戦立ててる
どんな感じで分析するかというと、
1、学生向けアパートや単身向けアパートが多くある投票所の投票率
2、ファミリー向けマンションや築年数の浅い戸建住宅が多い投票所の投票率
上の表現はかなりざっくりだけど物凄く細かく把握してるよ。
残念ながら効果的に得票率を伸ばすには3の地域の自治会に入り込んで住民との接点を多く持つのが一番確実。
もし1の投票所が他より5%高ければ
大体一つの投票所で5000人位の有権者がいるので5%は250人その250人の票が手に入るなら
例えばある大学の学生が集中してるエリアで市町村レベルの要望があれば市議会議員になら通せるよ
まずは実際に学生達に投票に行かせないとダメだけど。この辺はやっぱり実績ありき。
で、前回最下位当選したような候補者の所で選挙の応援とかすれば確実に何か出来るよ。
バスの本数増やしたり公営グランドの利用条件を変えさせたり図書館の無料で使えるパソコンの数増やしたり無線LANスポットにさせたり
ま、市議会の議事は今かなりネットで見られるからどんなモンか見てみるといいと思うんだけどね。
今回手伝った候補は無事当選したから、市役所と市役所の出先のロビーに無線LANスポット設置してもらう事と
駅前にある図書館だけは開館時間を延長してもらう事を議会で市の施設管理してる係にぶつけてもらうつもり。
そんな感じでせっかくの一票使わないとね。
一部の人たちは、彼の2次元規制なんかの、自分のポリシーと異なる主張に対して反対票を入れたであろう。
一部の人たちは、他の候補者の頼りなさを掲げて、石原を支持したであろう。
一部の人たちは、彼の政治的なスタンスや一部の業界への言論を心から石原を支持したであろう。
でもね、もう彼は既に4期目だということ。
前期やその前の任期の時に、これほど対権力者に対する情報が集まっただろうか。
震災の情報がネット中を駆け巡り、テレビや他のメディアがその後を追う時代になってきているということ。
石原を支持しなかった若年の有権者ほどの情報を持っていただろうか。
僕ら若い有権者には情報があり、インターネットを通じて議論を交わし、
意見を言い合える知識もある。
彼が再選を果たしたというのであれば、その任期の間、行動を見守ろう。
「老害」と蔑まされるだけの発言や行動をするならば、
今度こそ徹底的に批判すれば良い。
例え彼を支持しなかった人だとしても、
落胆しているだけでは駄目なんだ。
僕は東京都民だ。
アラサーなのに教養も無いし、政治に興味も持てない人間だけれども、
だからこそ、見守る必要がある。
選挙に行けと呼びかけること。
石原慎太郎が屑のような発言を繰り出す度に、我々都民は肩身の狭い思いをしてきたわけで、彼の引退撤回で誰より怒り狂ったのは当然に反石原の都民である。
あんな耄碌爺を4選もさせるなんて都民の民度が知れるという他県の方々の言葉はよくわかる。
私(都民)もそう思う。あんな爺は引退しないならさっさと○ねとおもうくらいである。
で、どうすれば良いんだと考えたんだけど、結局投票率上げるしかなくね?という結論になった。
結局、石原を3選させてるのって、彼の厚い支持層であり同時に投票率の異常に高いじいさんばあさんなわけなんだよね。
彼らの投票先を変えさせるのってもうそう容易ではないと思うし、彼らには「老いてもまだがんばれる」みたいな言葉は甘く響くんだろうしね。やってらんね。
結局若年層投票率を上げれば上げるだけ「もう78歳は引退してくれ」という意見は高まるかと思うので(もちろん例外はあるだろうけど、それはそれで一つの考え方だから良いんだよ)、とりあえず投票に行こうと呼びかけるのは必要だと思う。
大体においてネット内で運動なんてしたところで、独りよがりで「今、大きな流れがここで起こってるぜ!」とか思っても自分が観測してる範囲(ネット)内だけで意味ないのが普通だ。
でも、今回の震災時、twitterユーザからネット見ない携帯ユーザのおばちゃんまで遍く、あんなに迅速にデマは広まったんだぜ。
震災でtwitter使用人口は大幅に増えた。そして、その中で「○○に投票しよう」という選挙活動を行うことには抵抗感がある人々も多かろうが、「選挙には行こう。とりあえず関心持て」という喚起をすることは抵抗感を持たないユーザは多いんじゃないだろうか。
とにかく、若者に対して、「選挙に行こう」とRTで回し、携帯でメールを回して行くことって、しても良いんじゃないか。
「こんなときだからこそ、未来を考えて、選挙に行こう!」と叫ぶだけのインフラは整ってるだろ。
これだけ声を広げられるインフラは、デマを広めるためじゃなくて、「こんなときだからちゃんと考えて、自分の出来ることをしよう。選挙に行こう!」と叫ぶためにあるんじゃないのか。
石原を選ぶとこんな風に酷いことがあるとか、いやいやその対抗馬の誰々はこういう悪いことがあるとか、そういった情報は、デマや中傷と同レベルだと思うし拡散される必要なんて無い。それは、発信者からは正義でも、受け手によっては不快になるものだ。
でも、「選挙に行こう。自分が良いと思う候補に、ちゃんと投票しよう」は許されるんじゃないのか?と思うわけ。
期日前投票も始まったわけだし、そろそろ震災の話と並べて、こんなときだからこそ選挙に行こう運動も、初めても良い頃なんじゃないだろうか?
それが、従兄弟を失った震災を「天罰だ」と言われ怒り狂ってる自分に出来る、少し冷静で効果的な方法じゃないかな、と思うんです。
http://www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20110313-OYT1T00109.htm?from=navr
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011031301000573.html
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110313-OYT1T00520.htm
http://www.nikkeibp.co.jp/article/news/20110313/263470/?top_f2
http://news.tv-asahi.co.jp/news/web/html/210313041.html
http://www.daily.co.jp/newsflash/2011/03/13/0003864618.shtml
1960年に日本社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼の少年山口二矢に刺殺されるという事件があった。
当時の言葉でいえば暗殺、今の言葉でいえばテロだ(あんまり変わらんか・・・)。
この犯人は「少年」だった。当時17歳である。そのことは覚えていた。
しかし、今日この記事を書こうと思うまで、わたしはこの事件を戦前の事件だと思い込んでいた。
ところがちょっと調べてみると実際には、学生運動盛んなりし頃、まさに1960年のことだった。
驚いた、というか自分の思い違いを恥じた。
ここで、不謹慎ながら、いまのみずぽを暗殺しようとするやつがいるだろうか、と考えて
失笑とも落胆ともつかない思いに駆られた。
いや、Cだろうが、管だろうが鳩山だろうが、小沢だろうが(そのほかもろもろ)
いまこの日本で暗殺されることで世の中に衝撃を与える政治家がいるだろうか。
やれやれ。
いわく、これだけ世代間格差があるのに抗議もしなければデモもやらない。
人口の年代別構成率の上でも少ないのに、さらに悪いことに投票率も低い。
政治家というものは、民衆の意思を"集約"する「仕組み」である。
それがどこまでいっても"集約"である限り、多数決の原理は覆らない。
では、高齢者が「自分たちの利益ばかりを優先していてはこれはまずい!!」と思い直すにはどうすればいいか。
「社会を構成していることになっていても、そのじつ、構成していることにはなっていない(つまり、これまで価値を生み出していなければ、今も生み出していないような)有権者を効果的に削減していく」ほかない。
「で、それはどのようにして?」とな?
それはおぬしで考えよ。
最近特にひどくなってきたマスコミの扇動的・扇情的姿勢を見ていると、マスコミのブラックジャーナリズム化の恐れもあながち杞憂とは言えないかも知れない。
不景気で広告収入を得にくくなったマスコミが自分たちの利益・高給を維持するために、なりふり構わずスポンサーをも暗に恫喝しているとしたら…そして、自分たちの影響力を誇示し、あるいは政治的に使うために大衆扇動を意識的にやるようになれば…つまり…「マスコミの力は政権さえも左右する」というデモンストレーションを行い、利益を確保するための恫喝の道具とするようになったとき、マスコミの暴走を止める手段はあるのだろうか?
ネットにより既製マスコミの力が相対的に衰えたと言っても、日本は人口の構成からネットリテラシーのない世代が多く、選挙でも若者の投票率が低いため、この世代の力が大きい。既製マスコミはもはやネットでは対抗できない巨大な力を生き残りをかけて使おうとしているのではないか…既にそうしたネット軽視・対立という傾向は色濃く表れている。
・若者、氷河期、ワープア叩き、マスコミの弱者蔑視が蔓延する理由
団塊どもは数が多かったので、激しい競争にさらされる人生を歩んできました。
従って、他人を蹴落としてはい上がることが至上の価値という価値観を持っています。
本来であれば社会において必要とされるスキルは「協力」ですが、彼らは「他人を陥れる」という、それに相反する価値を蔓延させた自己中世代です。
ワープアなどの弱者の問題は本来、社会全体で少しずつ我慢しあって分かち合うという方法が有効なのですが、強欲な団塊は絶対に自分の既得権を手放そうとしません。
そして、今や様々な分野のトップになってふんぞり返っています。
そう、おわかりの通り、マスコミの偏った自己責任論などの「弱者叩き言説」は、こうした自己中団塊の立場を正当化するために消費されているのです。
=これは団塊のせい。
要するに、多数派であり選挙に大きな影響がある既得権世代の雇用や保障を優先し、若年世代を犠牲にした結果が、良くない実態以上にさらに閉塞感をもたらしている格差問題なのです。
政治も選挙のことを考え団塊に媚びたために、被害が若年世代に集中した結果、経済の悪化、社会の閉塞感と言った問題を拡大してきましたが、マスコミも多数派である団塊に媚び、実態をゆがめて報道してきました。
この点、自民や経済界は当然責められるべきですが、では、はたしてマスコミや民主党、その支持母体の労組がこの問題を取り上げてきたか?と言うことを考えれば、彼らも共犯関係にあると言えます。
今までは公共心を持った世代の高い投票率で、まだ抑制されていましたが、これからさらに影響力を強める団塊世代は公共心など無い、私欲にまみれた徹底的なエゴイズムの世代です。
自分の利益を追求することを至上の価値と考え、他人を思いやる心に欠ける野獣のような世代が彼らであり、そのことは「日本という国家全体のことを考える」という左右を問わずに当たり前のことを、あたかも悪であるかのように主張してきた前科からも証明されます。
=もちろん団塊のせいw
数が多く、競争の中で生きてきた彼らは、他人を陥れるためならなんでもするという、禽獣にも劣る卑しい精神構造を持っています。
ですから、組織を円滑に運営するための人間関係構築の重要性が理解できません。
今やトップとなった彼らの価値観が現在の社会に蔓延していることが職場の閉塞感を高めています。そして、団塊どもは相変わらず「協力し合えない職場」の問題点を全く理解せずデタラメな対応を現場に強いているのです。
自分たちの無能を棚に上げ、現場に無理なコストカットなどの要求を繰り返してきた結果がブラック企業なのです。
=やっぱり団塊のせい。
しかし、いくら自民を叩いたところで民主が良い政党だと証明できるわけではないし、支持する要素にもならないと考えるのが常識。
しかも政権取ったとたんに内政も外交もダメ。景気無策、財政危機で結局国の借金は増え、そして増税という体たらく。
が、団塊どもの性質として、「とにかく負け組になりたくない、叩く立場になるのが最高」という腐った価値観があります。
だから、マスコミのメディアスクラムが起きると一斉にそっちに流されるわけです。
普段は「個性」「主体性」と喚き、また、協力し合うと言うことを知らない連中ですが、こういうときは結託して叩きに走ります。
それがこういう状況の原因の一つにもなっているのですね。
そして、注目したいのが世代問題。団塊とは一般に「1947年から1949年までのベビーブームに生まれた世代」を指しますが…
安倍(1954年)
福田(1936年)
麻生(1940年)
…
鳩山(1947年)
菅(1946年)
茨城県議選で民主惨敗 現有6議席、自民は33
来春の統一地方選の前哨戦として注目を集めた茨城県議選が12日投票、即日開票され、定数65(36選挙区)に対して、推薦1人を含めた24人の候補者を擁立した民主党は現有の6議席にとどまり、惨敗した。
内閣支持率が低迷する中、11月の千葉県松戸市議選での大敗などに続く地方選の敗北で、菅直人首相の政権運営は厳しさを増しそうだ。
自民党は、大物県議の引退で世代交代が進む中で33議席を獲得。無所属の推薦候補も6人が当選を果たした。みんなの党は、3人を擁立して2人が当選、統一選に向けて期待を持たせる結果となった。
公明党は4議席、共産党は1議席を獲得。自民推薦以外の無所属候補は13人が当選した。投票率は49・00%で、前回を1・06ポイント上回った。
全国ニュースでも出てるけど娘とキスし合ってるのがきめえええええ。
この人自分の選挙チラシでも娘を両肩にしなだれかからせてる写真とか載せてたんだよね。
基地はどーでもいい(どうせ何も変わんねーよ)けどこういうオヤジが当選する事が嫌だったのにー
天気良かったのに投票率大分低かったみたいだし、皆もうどーでもよくなっちゃったんだろうな。
本土のブサヨはよく聞け。沖縄へ侵略してきた本土のバカな奴らは、本土のブサヨのことだ。今回の仲井真当選は、本土のブサヨ侵略からの奪還を沖縄県民が示したものだ。沖縄には本土の新左翼過激派が来てブサヨ運動をしているのは、新左翼過激派のサイトでも報告している。沖縄県民はこういう本土ブサヨに本当に困ってきた。
今回は、民主党が県外を主張して寝た子を起こし、それでまた県内主張に戻し沖縄県民を愚弄してきたこと、幸福実現党からの立候補者、そして本土から大量のブサヨが運動をしてきていたことなど、伊波に都合よく有利に働く条件が揃っているとブサヨは思っていた。しかし、結果は、そのブサヨに好都合な状況を覆しての仲井真当選だ。ブサヨ敗北の象徴的な選挙だ。
http://blog.goo.ne.jp/taezaki160925/e/aca1a0ad582815c6c7d0dd482cd2d00c
伊波は海外特派員協会での記者会見で外国人記者から「北朝鮮と中国は脅威」について、質問された。伊波は、「脅威ではない。脅威なのは米軍。中国とは何千年もの経済、文化の交流がある」と答えた。伊波の非武装中立思考は、沖縄に属する尖閣諸島での中国侵略が問題になっても、中国に対して話し合い路線なることを言っている。
【正論】杏林大学名誉教授・田久保忠衛 脅威迫る中、また「米軍帰れ」か
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/101126/plc1011260218001-n1.htm
「仲井真候補は日米同盟を認めているが、伊波候補は「軍事同盟である日米安保条約をなくす」(11月14日付琉球新報)と明言している」とあるが、日米安保をなくすのならば、自主防衛をするべきだが、伊波はそんなことは言わない。ただ出て行けというだけだ。
こんな伊波が知事にでもなったら、沖縄が反米闘争のブサヨの島と勘違いされるが、沖縄県民は本土のブサヨ侵略から沖縄を守った。もうブサヨは沖縄でも流行らないんだよ、ブサヨはもう日本から出て行けよ。大量の本土ブサヨを動員して、沖縄のスーパーとかでさえも伊波応援チラシを配ってブサヨ運動をしても、仲井真当選をするのが今の時代だ。ブサヨは時代が読めていない。赤い大地と言われた北海道でも状況は変わっている。ブサヨなんか内ゲバで人殺しをしまくりの人権なんか何も考えていない阿呆の集まりなんだから。
沖縄がトンデモ反米の島というのは本土ブサヨが煽ってきたから印象付けられただけだ。ブサヨはネットに引きこもって見えない敵と戦ってばかりで、現実の沖縄県民を知らない。ブサヨは、本土ブサヨに辟易してきた沖縄県民と話したこともない。アメリカに物を言うなら、中国にも物を言え。中国にもアメリカにも北朝鮮にも韓国にもロシアにも物を言う、これが正義だ。伊波とかブサヨのように反米だけの阿呆は、時代から取り残されて淘汰されるんだよ。
>女性の産・官・学界をはじめ、あらゆる分野での主要ポストへの登用を促進
>日米安保条約の早期撤廃
>無防備地域宣言をし、軍隊によらない東アジアを構築し、新たな「沖縄州」(仮称)を創る。
http://www.okinawashadai.com/seisaku.html
伊波は、こんな↑沖縄社会大衆党から支持されている。ブサヨは知らないが、沖縄には本土ブサヨに侵略されて普段は言えない保守派がかなりいる。ネットで今までサヨクに支配されてきたとか言ってるのがいるが、それは沖縄に一番当てはまることだ。ネットの言論が一番影響を受けるのは、沖縄だ。沖縄タイムス、琉球新報の二紙を見れば分かる。特に、沖縄タイムスは中国の新聞かと思うくらいだ。
ネット言論の覚醒という意味では、沖縄にいる静かな沖縄県民の保守派の炎が覚醒してきていることは、もう隠しようがない。本土ブサヨは観念しろ。沖縄のネット回線を遮断するとかのトンデモ外道をしない限りは、ネット言論の浸透は沖縄県民にますます拡散していく。本土ブサヨの都合のいい人形に操れる沖縄県民は、ますます少なくなり、やがて天然記念物のようになる。ネット言論の覚醒は沖縄に最も強力に働く。沖縄のメディアの状況があまりに酷いからだ。沖縄県民は覚醒していく。
今回の知事選挙の投票率が高ければ、ますます伊波は盛大に負けていた。ネットの電子投票ができるようになった時が、沖縄への本土ブサヨ侵略が本当に終わる時だ。今回選挙に行かなかった沖縄県民まで含めると、沖縄では伊波のトンデモ主張を批判することなど、普通に言われていることだ。
「既得権益者が得をする」ってのとはちょっと違う。
正確には「組織票を動かせる奴の意見だけで政治が決まってしまう」だ。
これは投票率が下がれば下がるほど顕著になる。
投票率が30%程度なら、議員は市民の声なんぞ聞く必要はない。
投票に行かなくてもいいよと言うのは、そういう団体にアドバンテージを与えてしまうし、そういう団体を作ることで政治を動かせてしまうという事。
選挙に行かないことがズルイと非難しているわけでも、政治に文句をいう事を非難しているわけでもない。
そういう団体主導の政治に異議を唱える場合、「みんな選挙に行ってくれ」とならざるを得ない。
こういうクソみたいな意見を言わず、実直に動いた人だけが何かを為してきたのだから、「選挙に行け」と言い続ける人は、そのまま言い続ければ良いと思う。
まあまあ、というのは行かないこともあるからだ。
これについては後述する。
白紙で投票したこともある。
これも後述する。
でも、他人が投票する/しないについて、どうこう思ったりはしない。
ましてや、非難や、説教をしたりはしない。
それは他人の権利であり、私のものではないからだ。
「なんで選挙に行かないんだ!!」と非難される傾向が昔からある。
これが義務ならまあわかる。
たとえば納税の義務を怠ってるなら、
「なんで俺は払ってるのにあいつは払ってねーんだよ、ずるいじゃねえか!!」
という感情が湧くのは理解できる。
それを放棄したからと言って、どうして他人に責められなくてはいけないのだろう?
「もったいないなあ」ならともかく、あきらかな攻撃みたいなのもある。
ちょっと態度が投げやりなら、こんなふうに大炎上したりもする。
http://d.hatena.ne.jp/takuya/20090825/1251227230
http://d.hatena.ne.jp/takuya/20090826/1251308604
この人がそう思うなら、それはそれでいいじゃん。
あっそ。でもわたしはそう思わないから、わたしは選挙行くけどね。
それで終わり。
とはならないのかな。(ま、ならないからこうなってるんだろうな)
この人だけじゃない。
めんどくさいからいかない。そういう人がいっぱいる。
いいじゃん、それはそれで。
それを、怠惰な奴とか愚かな奴と思うなら、そういう人とは距離をおく権利も、等しく誰しもにあるんだから。
他人の権利をムリヤリ行使させるより、自分の権利を尊重したほうがいいんじゃないかなあ。
もっと問題がある。
いくつかの国では、けっこう前に、選挙をとうとう義務化した。
そしたらどうなったか。
投票率は一見上がったように見えた。
でも、投票用紙の一番上に印刷された候補者の当選率が軒並み上がったんだ。
「めんどくせーなぁ」で渋々足を運んだ連中が、一番書きやすそうなところに、適当にマルを付けたんだよ。
そりゃそうだよ。
強制したからって、気の進んでない連中が、いきなり「はいっそうですか」って熟慮するわけないじゃん。
私は、どっちかというとそんな状況のほうが腹が立つんだよね。
私の一票は、重いよ。
大切な自分の一票だと思ってる。テキトーに投票していいもんじゃない。
冒頭で書いたけど、だからこそ、どうしても誰に入れていいか決められないときは、あえて棄権することもある。
一番上に書かれた名前に「もうこれでいいや」って投票することはできないから、そうしてる。
責められなくて済むから、ほんとは目つぶってでも誰かにマル付けたほうがラクなんだけどね。めんどくさくなくて。
でも。
まわりの「投票しろ投票しろ」圧力で渋々テキトー投票者が増えた場合、
私がどんなに熟慮して投票しても、
それほど大切な私の一票の価値が、
あっという間に薄められちゃうんだよ。
そっちのほうが頭に来るんだよね。
投票したくない人は、それはそれでいいじゃん。
それで政治に文句言うなとも、別に言わないよ。
少なくとも税金は払ってるわけだしね(たぶん)。
投票の権利を放棄した場合、行政に愚痴をいう権利も失うとはどこにも書いてないわけだしさww
したくなった時に投票にきてください。
そのうち政治に興味を持つだろうから、その時ちゃんと勉強して、それからでいいよ。
(ずっと興味持たなかったとしても、それはそれでいいよ。しつこいようだけど自分の権利だから)
その結果なら、わたしの入れた候補者と一票同士がぶつかりあったとしても、それは全然納得出来るよ。
こういうと必ず
「だから政治がいつまで経っても変わらないんだ!」
「みんな投票しないから、既得権益だけがずっと得をしてるんだ!」
っていう人がいるんだけど、それこそ( ゚Д゚)ハァ? って思う。それがどうしたの?
それって、自分の持ってる権利だけじゃ思うように政治を変えるのには足りないから、
「わたしが(今のままじゃ)困るから、あなたも(わたしのために)ちゃんと投票しなさい」
って言ってるようなもんじゃん。
世間には、
「今の世の中まあまあ不満もないから、いいわ、だるくて投票しない結果何も変わんないならそれはそれで」
って人もいるんだけどね。
ついでにいえば、民主主義そのものに疑問を持ってて選挙そのものがナンセンスと思ってる人もいる。
そういう人たちに無差別に「選挙に行け」ってあほくさいと思うなあ。
あ、念のためいっとくけど、わたしは学会員ではないです。
若者の投票率があがるってきいて一応棄権よりはマシかってやったことがあるの。
でも、それも別にやってもやらなくてもいいと思うな。
もう一度冒頭の主張に戻るけど、義務じゃなくて権利なんだから、自分の思うように行使したらいいと思う。
だって、せめてもの白紙投票したら、結局その時もなんか怒られたもん。
結局何をどうしようが文句や難癖付けてくる人はいるんだよね(苦笑)
137998人対90194人。
一般党員票の投票者合計は228192人、投票率は66.9%という事で、どちらも首相の器局にあらずとして棄権したのは、112902人となる。
民主党のコアな支持者の総数341094人のうち、小沢氏の主張する衆議院選公約の実現に対して、積極的に賛成したのはわずか26.4%である。民主党支持者の中ですらこれだけしか支持者がいない以上、そして、先の参議院選挙で民意によって否定された以上、公約や政策を主張するのは自殺行為であった。
もともと、小沢氏は選挙と政局と金集めだけしかしてこなかった事を国民全員が知っているわけで、政策について何かを語る事自体がおこがましいという批判を掘り起こすだけとなる。政策については何も知らないふりをして、民主党に政権担当能力をつけるとだけ言っていれば、菅内閣全体の無能さをアピールできた。余計なことをやって支持を失ったのである。
ならば菅氏の主張する政策は全面的に支持されたのかというと、小沢氏を支持する90194人が反対であり、棄権した112902人も支持できないという立場を表明しているとなる。あわせて203096人であり、これは、積極的に支持を表明した137998人よりもはるかに多い。敵失によって勝利しただけで、自らの戦略・戦術によって勝利したわけではないとなる。
挙党一致の為に、小沢氏の勢力を取り込むと、小沢氏支持の90194人は反菅のままであるが、菅氏支持の137998人も非菅へと転向しかねない。どちらも不適切であるとして棄権した112902人は、そのまま非支持となる。菅氏が取り込まなければならないのは、小沢氏支持の90194人ではなく、どちらも不適切としている112902人である。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/e4b0a021fad4d90cf1cb898646481d80
本当に投票率がそんなに大事か?
いや、投票率のためなら考え無しに投票するやつを歓迎するって本当に正しいのか?
投票率だけのためなら本当に白票のほうがマシだと今は心から思う。
何でもいいから投票にいけ、白票はダメだ名前書けって言ってる人は中途半端だったよね。
公職選挙法にひっかかるのかどうか知らんけど、
どうせ選挙いけまでいうのなら、ちゃんとそれぞれの選挙者がどういう人物かって
情報共有までちゃんとやるべきだったよね。
何にもわからんやつが選挙にいかせたらどうなるかなんかわかってただろ。
でも、そこはお得意の「自己責任」ってやつなの?
それとも「今回は投票率があがればよかった」で終わりなの?
それ税収が上がれば何でも良いって言ってる今の政府とどれだけ違うの?
バカなの? バカだろ? 死ねよ