はてなキーワード: 適応とは
バックオフィスなるものを外注して格安仕事ができる外国人がいたって、
んー、まぁ意図的に誤読されるような書き方をしたからこういう反応も予想通りではあるけれど
これは違うんだな。
グローバル化自体はみんな考えるべきなんだよ。
ちゃんと考えて行動しなけりゃ仕事はなくなるのは確かだ。元の文でもそう書いてはいるけれど、まず違うところに注目しちゃうのはまぁしょうがない。
最終的な目的は、グローバル化って言葉をちゃんと理解しようってこと。
まずその第一段階としてグローバル化を「トレンド」として扱い、そのトレンドに適応するのが正解だという考えを壊そうとこころみてみた。
でも、グローバル化のトレンドを否定して終わり、とか安心した、ってなるのはよろしくない。
次のステップが必要。
もうちょっと反応を見て続きを書いてみよう。
先に結論から書くと、グローバル化のことは、「外資系社員ではなくて、中小企業のオヤジに聞け」ということ。
外資系の人は、大企業の人間に聞くよりはマシだろうけれど、かなりのポジショントークにならざるを得ない。
日本が好きで、日本のことを思い、本当にヤバいという焦りの気持ちを、叩かれるのを覚悟で率直に伝えてくれたのだとしたら
私はむしろ感謝すべきなのかもしれない。それでもあえて苦言を呈したい。
論点が盛大にずれている。というかこれポジショントークだよ。
彼は正しく現実を観て、正しいことを言ってるとは思うけれど、意識的にか無意識的にか、自分のポジションの価値を上げるよう誘導する表現をしている。
グローバル化についてはドラッカーがまだ邦訳されてない論文でこういうことを言っている。適当に要約するとこんな感じ。
まるでグローバル化そのものに価値があって、それに適応することが自分の価値を高めるかのようなことをまくし立てる愚か者のことだ。
グローバル化と呼ばれる流れで変わるのは、単に競合が国内にとどまらなくなるということだけだ。
どれだけ価値を生み出せるか、どれだけ高い生産性を保つか、という今まで私がしてきた問こそが重要であるという事実は変わらない。
新しい競合と比べて、より高い価値を提供できるか、それだけが問題なのだ。
英語や最新のテクノロジーをみにつけても価値を提供できない奴は結局職を失うことになる。
グローバルという言葉に踊らされ、目新しいことをそのものに価値があると信じて意味のない努力をするのではなく、
今まで通り、目の前の客に少しでも価値のある仕事を提供するに自分をどう磨いていくかを考えろ。
繰り返す。グローバル化や最新テクノロジーそのものは技術の変化にすぎず、イノベーションではない。
イノベーションとは現在のサービスの価値を高め、新たな顧客を生み出す変化のことであり、それこそが重要なのだ。
考えなしに新しいテクノロジに乗り出せば成果が得られると思うやつは、考えなしに多角化して失敗した一世代前のエグゼクティブから何も学んでいない。
言ってることは上のtogetterと同じだ。でも印象が違ってくるのではないか?
どちらの説を取るにせよ価値のない仕事をしている、競合と比べて費用対効果が悪いバックオフィスは切られる。この結果は変わらない。
結果が同じならそれでいいじゃないか、という人もいるかも知れないが、そういう考えだと、外資系の人だけが潤うだけだ。
ドラッカーは上の人のように、グローバル化に乗り遅れなければ助かる、というようなミスリードはしていない。
英語なんぞを頑張るよりは、世界に誇れる仕事をして、新しい価値を生み出すことを考えろ。
何でもアメリカルールに揃えようとするな、それよりは自分らしいやり方で独自の価値で勝負しろ、と言っている。
上記記事は、失礼ながら形だけ見たら植民地化された国で、まっさきに奴隷監視役を請け負って中間支配でおいしい目を見ようとする類の人と変わらないように思う。
彼は善意でこういうことを書いてくれたと思うからこそ、この手の微妙な話は伝え方に気を使って欲しい。ちゃんと真実を、誤解のないように伝えて欲しいと思う。
ぶっちゃけ、彼の言いかただと日本やばいですよと煽った挙句に、問題は解決しないどころかよりドツボにはめる結果になりそうだ。
そして彼のような人だけが儲かる結果になる。そういう結果になった時、自分の言った発言に責任が取れるのだろうか。
せっかく外資系で、日本の中に閉じこもってる人より世界の現実を見てるんだったら、
いかにして日本はアメリカ流に屈せずに自立自存の道を歩めるかまでちゃんと「自分の頭で考えて」それを伝えて欲しい。そういう議論ができるのが外資系のいいところとちゃうの?
これって日本を知らないアメリカ人が自分たちの作法が絶対的に優れてるという前提で語ってることを、日本人側として素直に受け入れちゃってるような気がしてならない。
上の記事の人にはすみません。言いがかりみたいな記事を書いてしましました。完全に憂さ晴らしです本当にありがとうございました。
私が勤めてるSI企業ってのは、この人の何倍も腐ったアメリカマンセーなコンサルタントさんがですねうわなにw
なんだかんだ偉そうに言ってるシステム屋より、実際に海外と勝負して売れる価値を作ってる彼らのほうが偉いし、ずっとよく物事を考えてる。
http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1
むちゃくちゃ同意。
人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては
http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211 でも見れば一発で分る。
世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。
というか、本当に
・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」
・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生はオウム真理教の信者よりもつまらないことになってしまう
こういう人多い。
で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。
私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。
はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。
上の記事のような、ユーモアやアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。
多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。
ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。
ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。
ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。
その理不尽な現実はますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。
頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。
そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。
特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。
ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。
とにかく泣く、怒る、やばいやばいと黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。
自殺しないで生きていくためにはこういう必死の努力が必要なんだろう。
そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。
命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。
でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルールに適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。
日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。
意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。
そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い
うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。
追記
だから、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。
H×H単行本はシリーズ累計5500万部でていてケータイ小説のトリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ
系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪
ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。
あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。
私が言いたいのは、「ただそこしか居場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。
必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になります。キャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。
分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。
これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。
形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?
・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。
ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう。
単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。
その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。
追記2
反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248
彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。
私はこれからも岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います。
今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。
そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマを提供していきたい。
最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。
あと非常に悲しい誤解があります。
またぼくの悪口がはてなに書かれていた。
私は岩崎さん個人は大好きですよ。
嫌なら勤め先変える、ではどこにいっても変えるしかない。誰でも100%現状に甘んじて肯定できるわけない。
勿論今より総合的に具体的に見つかっていて、検討できるのにしないで愚痴言ってるなら検討の1つでもしろと言いたくなるけど。
これ書いた人はわりと自分を損なわず適応能力あるんだろうな。若干羨ましい。
自分としては、部下になるなら、その偉そうな30代よりも、偉そうな30代にならなさそうなこのエントリ書いた人に上司になってほしい。
愚痴言うなら会社変えろ、愚痴は聞きたくないから、ってのが正しいなら、会社に務める間は愚痴1つ言えないだろ。
自分はそれいやだなぁ。死んでまうよ。
匿名のこういう具体的なお悩み話は「あーどこかに似た問題持ってる人いるのね、この人こうやりくりしてんのかー自分も何かどうにかできることあっかも」
と思ったりできて読むのわりと好き。
このスレまとめ
http://michaelsan.livedoor.biz/archives/51687981.html
わたしも当事者で、状況的に似た人(性転換・戸籍変更済み、既婚)です。非常に率直に書かれていると思います。最近はこういうの見ると色々思い出してしんどくなるので見ないようにしていますが、よく書かれていて感心しました。
たまたまこのスレを見る前にどこかに書こうと思っていたことがあったので、ちょっと書いてみると、皮膚感覚みたいなのが変わりますね。
これは物理的な意味での皮膚感覚も変わるのですが、精神的な面も大きいように思います。
具体的には、内分泌が女性化することで、皮膚が薄くなるというか、バリアがなくなっていくように感じます。似たようなことを言うMtFは他にもいるし、著名なFtMが真逆のことを言っていた(男性ホルモンでバリアができていく感じがする)ので、多分ある程度一般化できることかと思います。
このバリアというのは、精神面にもあって、例えば鋭い言葉などが緩衝なしにズバッと心に突き刺さるようになりました。冷静に考えれば言葉は言葉であって、考えた上で論理的に返せば良いものが、そんな余裕もなく突き刺さってしまいパニクる、というようになりました。
この辺は慣れもあるので、今では昔ホルモンを始めたころに比べると大分ふにゃふにゃかわせるようになってきた、要するにオバハン化してきた訳ですが、当初は「バリアなし」状態に慣れていないせいか、些細なことでやたらダメージを受けてしまう、ということがありました。
この辺、普通の女性はどうなのか知りませんが、よくある男女の物の考え方の違い、みたいなのは、多少この辺と絡んでいるのかもしれません。
とはいえ、個人差も相当大きいでしょうし、多分環境因子の方が重要なので、内分泌だの何だのに還元するのは危険な発想だと思いますが、それを分かった上で知っておけば、相互理解のヒントくらいにはなるかもしれません。
全然違う話ですが、あのスレの1さんのGID観もよく分かります。ただ、GIDというのは単に症候を記録しただけで、極端な話GIDの現象的条件をクリアしていればGID、というだけの話です。
例えば熱がある時、それがインフルエンザなのか風邪なのか別の病気なのかは別問題ですが、熱があるという事実だけは確かです。GIDというのは単に「熱」と言っているだけです。
わたしはGIDの診断を受けていて、多分あのスレの1さんもそうでしょうが、そういう風に医者が言ったなら、それはGIDです。それ以上のことを語る概念ではありません。
別に方便で良いと思います。わたしたちも生きなければいけません(1さんの言う通り、わたしも保険適応は必要ないと思う。そこまで面倒見てくれなくてもいい、あとは自分で何とかする)。
「男性として育てられているのに完全に女の考えになるわけがない」というのも全く同意。なんせわたしなんて男子校だしねwww ちなみに、以前に女子高出身のFtM(見た目完全オッサン)と話して、二人で大笑いしたことがありました。
かといって「普通の男」の発想でないのも確かなのですが。普通の男はちんこ取ったりとかしたくないだろうし。
まぁこの辺も個人差あるから、男脳女脳みたいな発想はくだらないと思いますよ。
わたし個人で言えば、マンガは男性向けの方が好きだけれど、女性キャラとかはキモくて辛い。格闘技好き(経験者)。でも料理も掃除も家事全般大好き。機械は見た目とかは好きだけど弄ったりするのは旦那に頼る。ちなみに、旦那は普通の男だけど少女マンガ好きでスポーツも苦手。わたしはガンダム好きで彼は理解してくれない。もう、この辺からして男女で考えるのは限界アリアリだと思う。
この騒動にいろんな人がそれなりにいろんなコメントをしてるけど
サヨの人はほんとに脈絡無く「ウヨがどうしたこうした」が出てきて
ひょっとするといまネットで一番頭悪いのってサヨの人なんじゃないだろうか。
「頭悪い」という状態は
必ずしもお勉強の積み上げがないということではなく
思考が目の前の状況に適応できなくなってるということで、
ネットで見かけるサヨの人と言うのはまさに
何を見ても「ウヨ憎し」かリベラル演説で思考が強制終了してしまう状態。
これは完全に「頭が悪い」と言える。
あれも原発に関する不安で思考が変になって「頭悪い」になってしまってる状態。
自分の専門分野の斬り方で専門外のものを手当たり次第にいじると
これも物凄い勢いで「頭悪い」になっていってしまう。
要するにこの文で何を一番言いたいのかというと
ある時点の流動的な1形態であって
旦那への要求が高くて、で、妻になる貴女は何を提供できるの?って感じ
の答えとして、女が「ダンナを抱きしめたり体を撫で回したり話を聞いてやったりしてあげる。それが対価だ」と言ったらOKなんだよね?
いや、別に私は嫁にそういう事は求めていない。
私の嫁も、なんというかあまり高みを目指してないというか、客観的にみて要求も高くないと思われる(少なくとも夫の私観点からみると高くない)
嫁はananとかcancanというよりはフェリシモとかku:nel、ソトコトな感じ。
『要求に対する対価』だと思うんだけどどうかな?
私が、
で、妻になる貴女は何を提供できるの?って感じ
と書いたのは『妻の要求は分かった、その高い要求に見合う対価は?』ということなんだけど。
逆に旦那が高い要求を求める場合は妻はそれに対して『見返りは?』と言っていいと私は思うよ。これも当たり前だけどね。
で、今の状況を作り出しているのは
国民生活白書 女性は結婚相手に対して経済力を重視している 注目すべきことは、女性においては、これらに加えて相手の「学歴」、「職業」及び「経済力」について、 重視又は考慮すると回答した割合が高い点である。 学歴がある程度職業選択に結び付き、また職業に応じた所得格差が存在することを踏まえると、 後で見るように、結婚生活においては夫が家計収入を稼ぐべきという意識を女性は持っていると言うことができる。 一方、男性が女性よりも重視する又は考慮すると回答した割合が高い条件は、相手の容姿のみである。 こうしたことから、女性が結婚相手に求めようとする条件は多岐にわたっており、 特に男性と比べて経済力に関心が高いことが分かる。
http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html
と、『女性が男性に多くを求めている』ということに原因がある、と私は思っているのです。
その『高望みをする未婚女性』は対価として男性になにを与えられるの?という話。
フェミニズムは女性の権利を要求する運動だけれど、そのベクトルが実際には男女のカップリングの邪魔をしてるんじゃないかな。
但し、この状況は変わりつつある、別の話になるけど、30歳以下の若い女性は必ずしも完成した男性を求めていない、
ボツ部分。
この記事に書かれていることの一つ一つは特に革新的というわけではありません。((贈与や複数買いについてはオタクの基本行動として認知され始め、プロレスファンやEXILEファン、腐女子などの女性ファンの行動原理として顕著になり、映画館や喫茶店サービスとして応用されるなどの経緯を経て、AKB48で完成に至ったネタですね。 アメリカのIT企業等はこれをテクノロジとして実現しており、itune storeでも「紹介」や「プレゼントする」がデフォルト機能で存在したり、twittマーケティング用語でもAISASといったフレームワークやtwitter、SNSを用いた拡大が重要なテーマとして議論されています。 また成功しているDRMにおいては「メッセージを上から押し付ける」というブランドのたてかたがあることも、controversyが購買決定要因の一要素であることもすでに語られています))しかし、「もしドラ」は結果として大成功を収めました。何が違ったのでしょう。
基本的に上記で語られている要素は、「マス」で勝つための戦略ではなく、むしろそこから抜けだして「ニッチ」市場で戦うための戦術と言われていました。しかし、グレイトフルデッドにせよ、もしドラにせよ、AKBにせよ、「ニッチ」や「戦術」レベルのものが、現実に「マス」「戦略」レベルで勝利をおさめている、というところが非常に面白いです。少なくとも、上記のようなバリバリ「ニッチ」寄りなことを考えていた人が、その結果としてイノベーションをおこし、それがマスレベルまで到達した。このことがまるで物語的で面白いのです。
つまり、岩崎さんについては、ニッチの戦術を「本とは何か」というマスなテーマに、しかも自分にとって初めての本でいきなり適応しようとしたその度胸がものすごいと思うのです。岩崎さんを特別たらしめたのは、思考そのものではなく、その思考を疑わず実行に移せる主人公気質な部分だと思います。私はその点にこそ興味があります。この人のすごさは多分理論として語れないところにあるのであって、言葉で説明しようとすると今回のように陳腐な印象になってしまうのだと思います。
で、母子家庭が増えて子供の教育水準が下がり、さらにゆとりが進むと。
うん、だから母子家庭の悲惨さはもっとアナウンスしていいと思う。
そうすれば
「不当」のレベルが「自分の育った環境」とするのはまずかろう。 変化する現実に適応できてないんだね。
ちきりんさんの本「ゆるく考えよう」に「コミュニケーション成立比率」というものがあります。
100%
A氏はB氏の発言を常に正しく理解し、一切誤解しない。逆もまた同じ(理解するとは「同意」の意味ではなく「わかる」の意味)
90%以上
70%以上
日常会話の他、業務を共にする上でも一切ストレスを感じない。ただし、感情、感覚の説明、擬態語、擬声語を用いだコミュニケーション、前提を省略した会話については時に誤解が生じる。
50%以上
日常会話に問題はないが、ともに仕事をするにはお互いに注意深いコミュニケーションが必要。業務の場合は、おたがい話すだけでなく文章化や図解による確認があれば安心できる。
30%以上
日常会話は成り立つが、仕事や議論では、相手の言っていることを理解するのに時間と手間がかかり、お互いに手間がかかり、フラストレーションを感じる。誤解や軋轢が頻繁に生じる
20%以上
日常会話においても、様々な誤解が頻繁に生じる
20%未満
おそらく、飲みニケーションが最も有効に機能するのは50%以上から70%前後であると思われます。
年寄りの、特に役職持ちあたりが一番飲みニケーションを楽しんでいることからも明らかでしょう。
価値観や感覚は共有しており、情報や前提といった部分にお互い共有が足りない所がある場合、飲みながらのコミュニケーションというのは楽しく、かつ有用なものになります。
70%を超えだすと、酒の力を借りずとも、コミュニケーションそのものが有用になるでしょう。
もちろん酒があっても楽しいでしょうが、こういう人達はランチタイムでも十分活用できるはずです。
30%~50%ゾーンの人も、何も考えずに「飲みニケーションをやればうまくいく」などと甘い考えでなければやり用はあるでしょう。お互いに相手との違いや問題意識をしっかり持った上で酒の力を借りればうまくいくこともないとは言えない・・・ような。
言うまでもなく、30%以下の関係ですね。
これは飲みにケーションで何とかしようとしないほうが良いと思います。
まず最低限会話に必要な知識や、仕事の進め方についての共通認識がありません。
このあたりは、教科書的に教えて共有すべき、あるいは仕事場で先輩を観察しながら学習していくべき内容で、
酒の席で教えるものでもないでしょう。
むしろ「うまく振舞おうと思ってもできない」状態で、無理に適応するよう進めると、反発につながると思います。
私自身は、どうしても自分は職場では20%とか30%の関係でいたいんだ、という人はもうしょうがないと思う。
それでも、最初はこちらから20%から50%くらいになるまで、職場でコミュニケーションをとっていき、
見込みがありそうだったら、飲みニケーションに積極的に招待する、というやり方でいきたいと思ってます。
今の「飲みニケーション」の運営は、ふるい落とし方式のようになっていると思います。
努力して50%ラインまで登って来られる奴は可愛がってやる、そうじゃない奴は知らん、というやり方。
就職活動で篩いにかけられて、職場でもまたふるいにかけられる。それに頑張ってしがみついても、ふるいが常に意識に張り付いて、仕事もコミュニケーションも楽しく感じられない、というのはもったいないですね。
出世を目指すような人間は、当然これに耐えるべきだと思いますが、普通の人はもうちょっと自然に仕事できるようにしたいですね。
これは更に私の勝手な考えなんですが、
最近の大学生は、友達間でもコミュニケーション成立比率が低いような気がします。
傍から見るとすれ違いまくっているのに、なんとなく成立しているような振りをしている、というか。
とりあえず会話の投げ合いがあればそれで満足というか。キャッチボールになってんのかいな、と。
この「低いレベルでのコミュニケーション」に慣れているというか、満足してしまうと、
仕事で求められるレベルのコミュニケーションがしんどく感じられるのかもしれません。
友達といっても、一緒に同じ目標に向かって取り組んだり、というのをやっていなければ
50%以上の成立比率を要求されるようなことは殆ど無いでしょう。
大学時代はそれでも困ることはあまりない人もいるかも知れませんが、
仕事では最低でも50%以上のコミュニケーションを知っていることは必要です。
このレベルまで相手との関係を深めるということに嫌悪感を感じているように見える若い人を見かけると、
必要だから、というだけでなく、最初は戸惑ったり窮屈に感じるかもしれないけれど、
「内側」の感覚というか、周囲と強い結び付きをを味わいながら仕事できるようになると、
楽しいと思えるようになると信じているのですが、こういうのはもう古いのでしょうか?
毎年、就職活動の時期になったら現れるのが、
「自己PRで、どのように長所を大きく言って、どのように短所を小さく言うべきだろうか」
はっきり言って愚問です。
何かの本を読んで「長所は良いように言って、短所はなるべく柔らかに」なんていうテクニック的なことを学んだらしく、
「短所は『ひと筋になりすぎることです』などと言ったら、逆に集中力があることをアピールできる」
など、小賢しいことを考え始めます。
そういう小手先のテクニックは意味がないというか、採用担当者は長所をプラス、短所をマイナスという風に捉えているわけではないのです。
むしろ言うなれば、小賢しいテクニックを使わない正直さがプラス、
小賢しいテクニックを使おうとする狡猾さがマイナス、というぐらいです。
単純に、面接官はその人の個性を見たいためであり、こんな長所があり、こんな短所があるという個性を見ているのです。
長所を誇張して短所を隠すといったことをやっても、 それだけリアルな個性ではなくなるので、
「こいつ、なんか変な奴だな。信用できないな」
と思われて終わりです。
ここまでだったら別にいいんです。別に間違ったことを言ってるとは思わない。
ただ、これをやられるとキレそうになる。
分かりやすく、スポーツで喩えてみましょう。
あなたは、サッカーチームの監督で、これから入部する選手を面接していると思って下さい。
入部を希望する選手に対して、「あなたは、どんな選手なの?」と尋ねた時に、
「自分はフォワードとして積極的に得点へ結びつけます。そしてディフェンダーとして守りもかなり固いと言われます。
また、ゴールキーパーの経験も1年間ほどあります。短所を挙げるなら、練習をしすぎてしまうということでしょうか」
「こいつ、良く思われようとしてるだけだな」と思いますよね。
というのも、サッカーはチーム戦ですから、いろんなポジションがあるわけで、
「自分はどの位置でも活躍ができます。短所はありません」などと暗に言ってくる奴よりも、
「自分は攻撃が得意です。守備が苦手です。短所はちょっとスタミナに自信がないことです」
と、端的に正直にきちんと申告してくれる選手のほうが、「なるほど、ではこういう場面で使えるな」と判断できますよね。
ポジションとそれに求められる能力がそんな明確に決まってて、それが開示されてるんだー。
ちなみに、私も割と就活は楽勝だったからかれの言いたいこともわかる。
ちゃんと考えて調べれば、ここいらのことはわかるようになってる。
どちらかというと自分のフィルタのほうが大事で、そのフィルタを通して情報を整理すれば大して苦労しない。
考え方次第で、就活の難易度はスポーツと同じどころか、それよりずっと下まで下げられる。
でも、そのやり方がわからんからみんな苦しんどるわけやろうが。
スポーツは予め向こうがフィルタを用意していて、それに合わせて努力するもの。
就活は自分でいろんな挑戦をしていく中で、自分のフィルタに気づき、見つけ出し、そこから会社を観察することを学ぶもの。
全く別のものを一緒にして語るのって、「すでにわかってる人」向けのアピールではあっても、
「わかってない人」向けの説明としては最悪だと思う。 やめたげてよぉ!
私は現在の就活自体が「能力がある人」以外にとってはもう異常なものだと考えています。
将来的に「正常なあり方・自然なやり方」になったときには、彼のような意見はとても貴重だと思っています。
ただ、今のところは、企業が「漠然とした能力がある人のイメージ」を求めている以上、学生がそれに適応すべく偽りに近い形で演出せざるを得ない状況について、学生だけを責めるのはアンフェアだと思います。
こういう話をするなら、まず「就活自体が一部の人間以外にとって異常である」というのを認めてあげた上で話しをすべきです。
まして、正常な世界と比較して、就活自体を正当化するようなことをすべきではないと思います。
(書き手の人間は「正常な状態など何時の時代もない、自分が何とかするしかない」という考えなのか、この部分をそもそも語るまでもない、と扱っているのでしょうが、自分がじっせんするならともかく、他人に語る場合、それはどうかと思う)
後輩たちが忘年会に行くのを見た。
うらやましい。
自分の代は既に同期の中で仲良しグループが出来上がっていて、そうしたグループ内だけで忘年会をやることになっている。
先輩の部屋の前にスキー板が立てかけてあった。
うらやましい。
忘年会に行きたければ同期を誘えばいいし、スキーに行きたかったら、スキー板とか一連の道具を買うなりレンタルなりして、スキーに行けばいい。金ならボーナスも出て500万以上の貯金がある。
できるのに、やろうとせず、そしてなぜうらやましがるのか?
いや、違う。
「忘年会を楽しめる」「スキーを楽しめる」その体力や感性がうらやましいんだ。
正直、忘年会に誘われても酒が飲めないから酒臭いのが嫌だから行きたくない。
スキーに誘われても寒い上に、滑れないし、疲れるだけだから、行きたくない。
でも、自分にとっては苦痛以外の何物でもないこれらを、彼らは楽しそうにこなしているのだ。
実社会でより求められる、もしくは、実社会により適応できるのは、私と彼らどちらだろうか?
当然彼らである。
淘汰圧は、彼らではなく私を排除する。