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はてなキーワード: 残酷とは

2012-02-15

2 名無しさん@12周年 :2012/02/15(水) 01:17:28.43 ID:xOw4ewDn0

今まで無職とか、派遣の人を馬鹿にして笑い者にして、やれ自己責任だ、甘えだ、ゴミだのクズだのと叩いて、「勝手に飢え死にさせとけw」とか残酷なことばかり吐き捨ててたけど、それらの行為の報いは全部自国、ひいては自分企業自分の生活に跳ね返ってくる。

それに為政者はおろか、保守の2chねらすら気付いてない。

本来なら、「お願いしてでも」2040代なんて安定雇用で「全員」が働いて「頂いて」、結婚してもらって子供最低2人以上、出来れば3人、4人と産んでもらわないと困るのに、その現役世代が最初就職如きですら悲壮感漂わせながら必死求職活動しないといけなく、大勢がつまずくような社会にしてしまった。

そして一度つまずいたら二度と戻れない社会を、弱者馬鹿にしてそのまま放置してきた。

現役世代に金の不安を与えたら、それが非婚化・少子化に直結するのは当たり前のこと。本当に愚かだ。

社会全体でニート派遣だと弱い男性クズ扱いして、「こんな人間誰が採るんだよw」といって笑い者にして余裕ぶっこいてた会社員様が、超少子高齢化人口減少による内需の縮小で、自分所属してる企業が大赤字で潰れる。そして年金も破たんし国ごと崩壊

自分がこの日本と言う豊かな国で、豊かなインフラで、幸せに生活出来てるのは、「この国のどこかの誰かが子供を作ってくれて、その国力によって維持されてる」ものなのに。

昔の為政者はそれが分かってた。

「全員揃って、みんなで豊かにならないと、国は決して繁栄しない」ことを知ってた。

から必死の思いで貧しい国民をなくそうとした。

自分だけ金持ちでいられる」なんてそんな虫のいい話は決してない。

金持ちになるには、庶民に自分会社の商品を買ってもらってなんぼだから

その庶民をないがしろにして、子供産めないような状況になっても「自己責任」「努力不足」と吐き捨ててたら、自分のところの商品を買ってくれる人がいなくなるのは当たり前のこと。

それで今、超一流企業自動車産業すら危機に貧してる。

安泰と思ってた自分企業が、その報いを一身に受けて潰れる日が来るなんて夢にも思ってなかっただろう。

弱い者を大事にしなかった国は滅びる。弱者馬鹿にして見捨てた報いは全て自分に返ってくる。

因果応報



俺の言いたいことを代弁してくれた

ありがとうID:xOw4ewDn0

2012-02-14

526 :名無しさん2012/02/10(金) 00:08:27

59 :名無しさん@12周年:2012/02/09(木) 18:12:51.85 ID:BOYSqRGu0

今までニートとか、派遣とか馬鹿にして笑い者にして、自己責任だの、甘えだの、

クズだのゴミだのと叩いて、

勝手に飢え死にさせとけとか残酷なことばかり吐き捨ててたけど、

それらの行為の報いは全部自国、ひいては自分企業自分の生活に跳ね返ってくるんだよね。

それに国民はおろか、為政者すら気付いてない。

本来なら、「お願いしてでも」2040代なんて安定雇用で「全員」が働いて「頂いて」、

結婚してもらって子供最低2人以上、出来れば3人、4人と産んでもらわないと困るのに、

その現役世代が、最初就職ときですら悲壮感漂わせながら必死

求職活動しないといけなくて、つまずくような社会にしてしまった。

そして一度つまずいたら二度と戻れない社会を、弱者馬鹿にしてそのまま放置してきた。

現役世代に金の不安を与えたら、それが非婚化・少子化に直結するのは当たり前のこと。

本当にバカだよ。

社会全体でニート派遣だと弱い男性を笑い者にして、クズ扱いして、

「こんな人間誰が採るよw」とかいって余裕ぶっこいてた会社員様が、

少子高齢化人口減少による内需の縮小で

自分所属してる企業が大赤字で潰れる。そして年金も破たんし国ごと崩壊

自分がこの日本と言う豊かな国で、豊かなインフラで、幸せに生活で来てるのは、

「どこかの他人が子供を作ってくれて、その国力によって維持されてる」ものなのに。

昔の為政者はそれが分かってた。

「全員揃って豊かにならないと、国は決して繁栄しない」ことを知ってた。だから底辺を見捨てなかった。

自分だけ金持ちでいられる」なんてそんな虫のいい話はないんだよね。

金持ちになるには、庶民に自分とこの商品を買ってもらってなんぼなんだから

その庶民をないがしろにして、子供産めないような状況になっても「自己責任」「努力不足」と吐き捨ててたら、

自分とこの商品買ってくれる人がいなくなるのは当たり前のこと。

それで今、超一流企業様の自動車産業すら危機に貧してるからね。

安泰と思ってた自分企業が、その報いを一身に受けて潰れる日が来るなんて夢にも思ってないんだろうね。

人を大事にしなかった国は滅びる。弱者馬鹿にして見捨てた報いは全て自分に返ってくる。

因果応報

2012-02-07

BPD(境界性人格障害)の人と付き合った末路

どうなるのだろうか

BPDの人は、不思議な魅力を持つ

彼・彼女らは人との距離をとても狭めようとする

精神的な距離がとても短い関係を作る

その為に彼・彼女らは劇的な関係を演出し、自らを守られるべき存在に見せる

から、人同士の距離が大きくなり、繋がりが弱くなった現代の人間にとって魅力的に見える

けれど、彼・彼女らは愛情を確認するために時として残酷なことをする

試すのだ

その人が何処まで犠牲にしてこちらに意識を向けてくれるかによって、彼・彼女らは愛情を感じる

例えばこうだ

家庭環境悲惨さを訴え、自傷行為告白し、自殺すると伝える

あなたが友人・知人と遊んでいると知れば時間場所に関係なく電話をかけて自分自身を優先させる

深夜に電話をするとか、呼び出してみせるとか

あなたが嫌だと思う行為を行なってみたりなど

(例えばあなたの大切にしているものを粗末にしたり、他の異性と出歩いてみたり)

そうした行為あなたを試し、耐えてくれることを"献身的"であると受け取る

あなたは彼・彼女の憂いを帯びた雰囲気や、こちらを健気に繋ぎ止め頼ってくる姿に夢中になるだろう

から、初めの頃はそうした試し行為も甘んじて受け入れるのだろう

しかし、あなたの寛容さにもいつしか限界が訪れる

「もう付き合いきれない、もう少しこっちの事も考えてくれ」

あなたのそうした言葉が、引き金になるだろう

彼・彼女らはより強くあなたを試す

それと同時に、自分を守るためにあらゆる手段を講じる

初めの頃、あなたに見せた"かわいそうな姿"を用いて、自分あなたの周りの人を味方につける

彼・彼女らはあなたが特別だから好きなのではなく、都合の良い人間であるから好きなのだ

から自分の思い通りにならなくなると容赦なく捨てるのだ

その頃には新しい恋人を作り、あなたを攻撃しだすだろう

覚えてないだろうか

あなたが彼・彼女らと付き合い始めた頃を

彼・彼女らは昔の恋人のことを頻繁に話さなかっただろうか

そして、その相談あなたは乗っていたのではないだろうか

それと同じことが起きている

かくして、あなたは同じように彼・彼女らとは離れることになる

しかし、まだ終わらない

新しい恋人を手にいれた彼・彼女らはそれでもあなたを狙う

現在恋人と少しトラブルを起こせば彼・彼女らは言うだろう

「やっぱり、あなたが一番だった」「もう一度やり直せないか」「友達として相談に乗って」と

そして、あなたはそのトラブルに巻き込まれ、完全に縁が切れるまで利用され続ける

その過程で、あなたは彼・彼女らによって知人・友人の多くを失い、そのコミュニティでの立場も失うだろう



さて、そうした経験を持つ人はその後どういう風に生きていくのだろうか

呪いのように、自らもBPDとなるのか

誰も信じられなくなり、恋愛や対人関係に怯えるようになるのか

こうして書いたのは、BPDの人と付き合った人間が、その後どういう風に生きていくのかを知りたいからだ

増田にもBPDの人間と付き合った経験を持つ人はいるだろう

付き合う前と付き合うあとで、どの様に価値観が変容したかを知りたい

2012-02-03

p://anond.hatelabo.jp/20120203100432

耳の先っちょちょん切るのと一生声を出せなくするのの残酷度の違いもわからいか

犬はほとんどの自発的コミュニケーションを声に頼るのに。

あれは「走るのがうるさい」って手足を切るのと同じぐらいむごい。

犬の声帯切除ってでかい声が出なくなるだけだよ。

http://anond.hatelabo.jp/20120203014245

馬鹿がしたり顔でよく考えずに逆張りして「クールなボクタン」をしたがるが

断尾や断耳もペット犬には不要場合が多いので

無用残酷処置として問題視されてる流れですw




まして声帯除去なんて一体何のためだ?

たかテレビ出演中静かにさせたいなんてことのために。

耳の先っちょちょん切るのと一生声を出せなくするのの残酷度の違いもわからいか

犬はほとんどの自発的コミュニケーションを声に頼るのに。

あれは「走るのがうるさい」って手足を切るのと同じぐらいむごい。

2012-01-29

今頃鏡音三大悲劇の一『悪ノ』シリーズ

または希望絶望連鎖について書き捨て。




『悪ノ』シリーズって何ですか

音声合成DTM製品VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である鏡音リン鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索

小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞情報源を絞る。

核となっている曲は『悪ノ娘』と『悪ノ召使』の二曲。

前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使い視点から同じ一連の出来事を歌ったもの

YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘から先に。

英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。



なぜ『悪ノ』シリーズを取り上げるんですか

身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から

ニコ文化中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。

ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。

「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。

たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーから常識的に考えて、とか。

・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。

  いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作

・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。

…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞ちょっと拙いとかね。

にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生数すごいし。

何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。

いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。

三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。

それでは「これ」は何なのか?



ウケた要因の私的解釈

まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。

あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。

このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。

「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。

この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。

よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。

少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。

鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。

そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。

彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。

しかもそのレベル人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホント彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。

イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。

破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。

それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使い存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。

「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。

召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。

ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。

彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。

からその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。

完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。

オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。

要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。



鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。

というのもなんかこう、意味深ですね。

「破裂したい自分」と「尽くしたい自分」の両面のような感じ。



怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実

機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。

実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇テンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。

何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。

そういう方法絶望連鎖して伝播しているような感じがするのです。



何が気に入らないの?

漫画家とり・みき氏の言葉(の引用引用)だけど、こういうのがある。

人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。

 かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか

個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。

ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。

まりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。

恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。

閑話休題

から例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。

そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。

何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。

でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。

で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。

あの召使い台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメント動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。

気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なもの犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。

いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。

他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。

そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。



何を望むの

物語の洗練」を。

機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。

あわよくば希望を手に入れて、それを連鎖させて伝播させたい。

具体的にいうとこのネタ小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。

すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます

2012-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20120126230600

俺はあんたの残酷だねぇには全く反対してねーよ。

俺も無理難題だと思ってるしな。

http://anond.hatelabo.jp/20120126225446

残酷だねえと言った者だけど

ブサメン障害者20娘と結婚したいだなんて希望ゼロに近い無理難題なのに

「十分いけるからがんばれ」とけしかける善意増田民に対して、残酷だねえと皮肉ったのだよ

リア充自慢は結構だが文脈を読め、文脈を。

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125093343

言われてみると気になるので、ちょっと考えてみます

 

嫌になってるのに、執着してしまうのは何故か。

好きだったはずの事が嫌いになるのはどうしてなのか。

 

創造性には、自己顕示欲創作欲がある。

自己顕示欲が偏って強いと、やりたいけれど、作ること自体はつまらないのかもしれない。

たとえば漫画家に憧れているのに、実際にはあまり漫画を描いたことが無い人は、

その立ち位置に憧れていて、実際の作業には興味がない。

作業には興味がないから、やってみると辛いけれど、

立ち位置に憧れているので、やりたい思いだけは残る。

 

・思い描いているものと、実際に作れるものクオリティーがかけ離れている。

加えてネットの評価は残酷で、箸にも棒にも引っかからない事をまざまざと突き付けられる。

そうすると、だんだん萎えて作らなくなる。

作らないとうまくならなくて、悪循環に陥る。

 

・実はもうずっと前に飽きているんだけれど、

立ち位置への憧れや、今まで積み重ねてきた時間があって、なかなか断ちきれないでいる。

どんなにステーキが好きでも、毎日ステーキばっかり食べてると飽きるらしい。

 

僕の場合は、大体こんな感じで、諦めにくい状態になっていると思う。

元の文とこの文章を併せて、好きを貫くのは大変っていう話と、

その好きは幻想かもしれないという話が混じって、まとまらずゴチャゴチャになってる気がする。

 

2012-01-19

残留した殺意

夫の浮気の確たる証拠を掴んだ妻が嫉妬に狂い、次に夫が女を部屋に連れ込んだ時に夫を出来るだけ残酷方法で殺してやろうと心に決めた。

そしてついにその時が来た。事前に夫が今日女と会うという情報を入手した妻は、包丁を握りしめたまま寝室のクローゼットに隠れた。

出来事の一部始終を記録しようと考えた妻は寝室が全て見える位置にビデオカメラを設置し、音声もレコーダーで録音している。



かくして夫は狙い通り、女を連れて妻の隠れ潜む寝室へとやってきた。二言三言交わしながら夫と女は服を脱ぎ始め、裸で抱き合う。

いざ、というタイミングで妻はクローゼットからわざと大きな音を立てて飛び出した。

「殺してやる!」妻は躊躇する事なく包丁を突き出す!しかし夫の脇腹をかすめ薄く傷を作っただけだ。

しかし妻は脇腹を伝うほんの少しの血を見て、急に自分のしている事の恐ろしさに気がついた。

包丁を取り落とすと、ごめんなさいと叫びながら泣きだしてしまう。

「今さっきまでアナタを殺そうとしたわ、でももう無理、私はもうアナタを殺す気はないわ。」なんどもしゃくりあげながらそんな事を言った。



突然の出来事に呆然としていた夫は、今自分の身に降りかかろうとしていた事をようやく理解した。

その瞬間彼の胸中を支配したのは、悲しみや後悔ではなく怒りと憎しみだった。

彼は妻が自分を殺そうとした事に腹をたて、泣きじゃくる妻に飛びかかると容赦なくその首を締めあげた。

「この野郎!殺してやる!」その顔は狂気に満ちていた。そのままでは間違いなく殺されていた。

妻はなんとか指を伸ばし、包丁をもう一度その手に収める事に成功する。

しっかりと柄を握ると、朦朧とした意志を総動員し、その刃を、しっかりと、夫の、首に、突き立てた。



「以上がその日、寝室で起きた出来事です。」

妻の手によって録画されたビデオ、音声、連れ込まれた女の証言、妻の供述

全てがそれらの出来事が真実だと告げていた。



「確かに、夫が部屋に女をつれこんできた時、私の心には溢れる程の殺意が沸いておりました。

 しかし夫に懺悔をしている時はそれはもう既に消えてしまっていて、最後の瞬間にはただ自分が生き残る事だけに必死でした。」

言葉少なに、しかししっかりと妻であった女性はそう供述している。



しんと静まり返った室内に裁判長の木槌の音が響く。

「これより判決を申し渡す―」



さて判決は?

2012-01-13

夜はやさしい

夜はやさしい

夜は甘い

夜は悦びだ

夜はあたたか

あなたと一緒にいれるから


朝は残酷

朝は苦い

朝はつらい

あなたから離れていかなければならないか

2012-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20120109015653

この書簡はロンドン絵描き太平洋のどこぞとも知れぬ島の娘とのものなんだけど、

この2人も絵を描く工程脳内で共有できたりと深い繋がりがあるんだ

お互いの現状を知らせるところからもっと知りたい、触れてみたいと激しく求め合い傷つけあう様、強く惹かれるがゆえに怖れたりと、なかなか残酷なところまで描いていて面白い

三部作なんだけど、読む量は少ないから一気読みがおすすめ

ちょっと興味本位で聞いてみたいんだけど、

その女の子が手が負えないほど乱れたり、ふといなくなったりすることってある?

2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120107120722

現実残酷

うんこ投げられて何もしない→こいつには何をしてもいいんだ→どんどん扱いが酷くなる

で、うんこ投げられてもやり返すことは汚いとそいつら見下すだけで何もしなかったら

だんだん場所を奪われて孤立して仕事やめる羽目になった

今では立派なあくましんかんです

昔の私みたいにご立派なことを今ほざいて善人ぶって周りを見下してる人ほど、いつか挫けて

暗黒面に堕ちそう。

キャラ被ると嫌なのであくましんかんにならない内に止めとく

2012-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20120106221451

しか事実残酷なもんで、バイトなんか全くする必要の無い(実際にしないかどうかとは別)、ふんだんに教育投資を受けたcompetitorが全てをかっさらい、増田の思うような中途半端教育を受けた子供は何も得られず地べたを這いつくばることになるのがこれからの世の中ですよ。

2011-12-27

女子高生パンツを合法的にはぎとる方法

…をいつも考えているんだけど、なかなか見つからない。

緊急避難」というか、たとえば無人島にいて、

木の枝で腕をざっくりと切ってしまったとする。



すぐ横にいた短いスカートで太ももをチラチラさせてる女子高生が、

しかしたらパンツで僕の腕をしばって止血をしてくれるかもしれない。



もしそれがパンツ以外の布でしばろうとするものなら、

パンツでなければ血が止まらないよ!」

と大きい声で言ってしまえばいいだろう。

そう、会社上司はいだってそうだ。

論理的に正しい事とか、道徳的にどうとかあまり関係がない。

「声が大きいもの」の意見が正しいのが社会なのである



まり無人島女子高生とたった二人きりになってしまった僕は、

女子高生と二人だけの社会にいることになり、

声を荒げて言えば間違ったことも正論としてまかり通るというわけだ。



パンツでなければ血が止まらないよ!」

大きな声で、そう言ってしまえばいいのである



社会はいだって残酷だ。

正しいものは、声の大きな者だ。



作業ができる、できない、というのが実は出世に影響は少なく、

声を大きく出し、政治工作のうまいもの出世しやすい。

正しい行動をするもの馬鹿を見、狡猾に立ち回る人間が得をする。



会社にとって最大の利益」となる行動が正しい行動ではなく、

上司に好かれる行動が会社にとってのもっと自分のためになる行動だ。



学生のころは違った。テストで良い点を取るもの正義だった。

そしてルールに沿った採点方法によって順位がつけられる階層が生まれた。

ある意味それは、ものすごく平等な評価の社会である



大人になるとそれが大きく変わった。

バイト先のカワイイ子とエッチをするためには、色々とうまく立ち回らなければ不可能だ。

正しい行動をしていては、カワイイ子とエッチができない。

うまく立ち回って、例えば一緒に帰る時間を皆にばれないように増やしたり、

敵を増やさないようにうまくカワイイ子にアピールして、ある種洗脳をしていかなきゃならない。



そういうもんなんだ、社会って。

から僕は、女子高生パンツをはぎとるために、

無人島で大きな声で言ってやる。

でっかい声で言ってやる。

腕を怪我して、太ももの綺麗な女子高生に、言ってやるんだ。



パンツじゃなきゃ止まらないよ!」



そう、とびっきりの大声でさ。

2011-12-02

このショックはどうしたらいい!

Facebook て便利だな。


卒業して、クラスのマドンナ的な存在の姿が拝める。


学校時代は、とても話しかけるのに躊躇う程、美しくて、可愛い感じだったんだ。


俺のダチなんていつもゾッコンだったんだ。


なのにだ、



なんなんだ。


原因はなんだ!?


言ってみろ!この野郎!


誰だ、あの子


あんなに


不細工にしたのわあああああああああああああああああああ


うわああああああああああああん!



幻滅した。



勝手失望した。



もう関わりたくない。


何か、


月日というのは、

残酷だよ。



無慈悲だよ、北朝鮮ビックリだよ。



逆はないのか、


不細工だった子が


超絶可愛くなってるパターンは、


逆がある事を夢見て生きるしかない・・・















ねええええええええええええええええええええええええええええええ

2011-11-29

架空20歳が生きる20歳に植え付ける無力感

努力の人」とか「成功者」とかい露骨キャッチコピーで紹介されることは少なくなってきたとは思うが、先駆者的な役割をかつて果した(今成している)人の話というのは実際価値があるものだと思う。奇抜なアイデアや行動力は、若者ビジネスの場をはじめとした様々の環境活躍するのに、大いに参考にしてしかるべき部分が多い。

だけど、そういった人の話を積極的に取り込んで自分の糧にし、成長しようとする若者こそ、知っておかねばならないと考えることがある。それは、成功者がそのスタートラインからつの目的に向けて一定スピードで走ってきたかどうかは危ういことに気付かず、そのせいで自分自身に無力感を抱くおそれがあることだ。

インタビューや講演というのは、少なから商業用に加工された言葉をもって構成された、一連の創作だ。なので、「『○○になりたい』という目的をしっかりもってやり続けてきた」と、数年経って語るのは、いわば後だしである。何十年前、その講演者が若かりしころ。グングンと栄養を吸い、学び、考え、経験し、成長を続けていたころ。そのときから、彼はすでに目標目的を明示的な言葉で固め、自身の未来に向けて据えていたのであろうか。おそらくは違うことと思われる。今になって雄弁に自身の成功や挫折を語る彼が、まさにがむしゃらに走り続けているそのときから、確固たる『人生目標』をくっきりと頭に浮かばせていたとは考えられない。それは「がむしゃら」というべき状態ではない。目的を達成し、まさに次世代の人間たちの先達となるために自分自身の経験を惜しみなく語ってくれるその人は、語るに連れて気付かぬうちに言葉に囚われ、過去自分の脳を急激に現在の状態まで成長させた錯覚に陥っているのだ。

きっと、若さや自信に任せて夢中で走り続けているとき、彼の頭の中には言葉にならない願望や感情の断片が粒子状になったものが多数揺れ動いていたのだと思う。ときにそれらは結集し、一つの具体的な将来像を成したかもしれない。ときにそれらは霧散し、彼の眼を曇らせ眩ませるだけの濃霧にもなったかもしれない。でもその試行錯誤のうちに、ときたまチラつく幻のような自分の真意を認識し、直観を追い続けることで、何年後・何十年後に、粒子は密度を増し、振り返って考えたときに、自分が思い描くべきだった青写真がようやっと形成されるのだと思う。時が経った彼らはその写真認識することで、あたかも若かりし自分はずっと前からそれを知覚しており、それだけを追い求めた健気な青年だったと、過去を振り返るのだろう。これを読んでる人だって、きっと「今になってあのとき自分(彼/彼女)の気持ちがわかった」という経験は何度も何度もしてきたことだと思う。

時が経ち、過去のことを正確に理解し、それを後世のために語り伝えるのは素晴らしいことだと思う。だが、素晴らしいとは言え、今を走る若者に、数年経過後に知覚された経験差し出すのは、残酷だと言わざるをえない。なぜなら、彼が差し出す『私は20歳の頃こうだった』『君等も20歳のときはこうすると良い』は、本当は数十年分の経験を上乗せしたのちに多少薄めることで作られた「架空20歳」だからである

そして、若者がその真似をして自分を知覚しようとしたところで、得られるものたかが知れている。語られる20歳が隠し持つ経験の差は絶対に埋めることはできないレベルにある。先達の語るかつての20歳と、今を生きる自分20歳を比べて思うのだ。『僕は無力だ』と。

若者は、先達が優しさで示し出す架空若者などに、惑わされてはならない。

2011-11-24

http://anond.hatelabo.jp/20111124114921

ありがとう。なんか、じゃー離婚すれば??って自分で思っていて

離婚すれば全部チャラになるわけではなく新たな責任が生まれるわけで、逃げたってどうしょうも無いことないことわかってた。

震災で色々大変になった人には心から自分の考えは甘えでしたごめんなさいって思う。

そして、それでも、そうやって答えてくれる人がいることが私の救いで、本当にありがたく思う。

孤独でいいとかいって、自分はこういう増田とか誰かの受け答えにひとつひとつ涙でる。

自分ばっかりひどい目にあってという視点がよくないことはわかって言えども。

>>うん、私も、そう思ってたよ。30歳くらいのときかな。で、33歳のときに、ものすごくやばいこと(本当にやばいんで、内容は書けない)になって、「とりあえず今私がやって後悔しないこと」だけじゃなくて「10年後に生きてても後悔しないこと」も行動の基準に付け加えたよ。

今、「義父に電話しない」というのは、「今の元増田」は後悔しなくても、「10年後の元増田」が後悔する可能性は高いでしょ?

から、「10年後に自分が生きてたとき保険」だと思って、そういう「義務」を果たしていったらどうかな。

想像するに「義務」が、あの地震の日から、3倍くらいになっちゃってイラついてるんだろうけど、「孤独」の残酷さを噛みしめてる人達に向けての発信は止めなよ。酷いよ。 <<

なんかなつかしいなあ の人の記述全部引用する。

孤独残酷さかみ締めてる人たちからそれを奪うことは同じ気持ちを噛締めて不都合だと思っている今の自分なんだと気づく。


私は10年後が多分分からないのだと思う。創造するのを避けている。

明確なビジョン、そういったものが、今生きる私の考えをことごとくすりつぶしたせいもある。

もちろんすりつぶしたのは、10年後もなお弱い自分自身だ。

どうやったら人のせいにしなくて生きていけるかな?

自分人生自分のせいにしたふりして生きていたつもりだたけれど、自分と他者との距離が明確につかめない。

それが病気っていいわれてみるとそれまでのことだと思う。


10年前の自分もっともっと勝手だった。そし若くて残酷だった。

 人の愚痴を聞いて嫌になってた。

 愚痴くらい自分で処理してよーと、思っていた。もう一人の自分がいて私の愚痴を聞いてくれたらどんなにいいかとずっと思っていた。

でも、自分は他人にはなれない。どうしたってなれない。

 うまい答えは見つからない。でも、答えてくれた増田全員に私は救いを見出ししまって、

今、ものすごく混乱してる。

なんかなつかしいなあ

http://anond.hatelabo.jp/20111124114921

うん、私も、そう思ってたよ。30歳くらいのときかな。で、33歳のときに、ものすごくやばいこと(本当にやばいんで、内容は書けない)になって、「とりあえず今私がやって後悔しないこと」だけじゃなくて「10年後に生きてても後悔しないこと」も行動の基準に付け加えたよ。

今、「義父に電話しない」というのは、「今の元増田」は後悔しなくても、「10年後の元増田」が後悔する可能性は高いでしょ?

から、「10年後に自分が生きてたとき保険」だと思って、そういう「義務」を果たしていったらどうかな。

想像するに「義務」が、あの地震の日から、3倍くらいになっちゃってイラついてるんだろうけど、「孤独」の残酷さを噛みしめてる人達に向けての発信は止めなよ。酷いよ。

絆なんて死ねばいい。

旦那様のお母様からメールがありました。

一周忌のため島根実家に帰りますのでおとうさんが心配」→お父さんに電話してあげて

わたしは義理の父が大嫌い。生理的に大嫌い。絶対に世話などしたくないと思ってる。

でも、これは私の義務だから、指定の時間に指定の電話を入れる。

すごく腹が立った。

怒りを静めるために普段飲まないビールを飲んでみる。そして自己嫌悪自己嫌悪している自分に更に自己嫌悪



誰かと関わりあうということは、誰かの世話をすること。


いつからそうなったのだろう?


NHKはいつも「絆が必要です」と訴えてる。

絆って何?誰かの世話をすること?孤独じゃ駄目なんだろうか?


私は孤独が好き。誰にも甘えなくてすむならそうしたいし、誰にも甘えられたくない。

でも、そう思っていることが甘えだってわかってる。

でも、テレビの人たちが言う絆って結局お年寄りのための言葉でしょ?団地孤独死若者がなんとかしろっていうことでしょ?

地震津波来て、仮設住宅孤独暮らしているお年寄りの世話をしましょう、ということでしょ?

わたしはそんな人間関係いらない。そんなものが絆なら私は絆なんていらない。絆は気持ちが悪い。


団地で、仮設住宅孤独死して何が悪い?もともと死にそうなのに、ずっと監視しておくのが絆なの?


 「あなたたちだっていずれ年をとるのよ」

きっとそう言いますよね。正論

 でも、私は明日死ぬかもしれないし、99まで生きるかなんてわかんない。生きているのは今。


生きるって戦争だ。何かを大事にしたければ何かをすてていけばいい。

何かを捨てることは、残酷にみえる。だからクズ国営放送は金切り声で「絆」「絆」叫びたがる。

私の友人は胃がん自分マンションで急死した。

すごく優秀な人間で、実直な銀行員で、沢山のお金を稼ぎ、社会的立場は申し分なく人望もあった。社会にとっても死んで欲しくない人間範疇に入っていた。

多分親は自分が代わりに死ねばよかったと思うだろうし、私も私が死んだ方がはるかにマシなことだと思った。


でも、彼が死んだことで私の何かがめざめた。

死んだら終わり。今、やることをやる。生きることは戦争運命は気にしない。今私がやりたいことを、誰に後ろ指さされてもやる。無縁仏上等。

たとえ誰かの世話をしても、見返りなんてほしくないし求めたくもない。立派な人間なんて認められるよりは自分自分に正直でいたい。

2011-11-23

コピーコピーコピーで記事の体裁をなしていないJ-CAST

今更言っても無駄だと、それがJ-CAST連中のやり方だと言ってしまえばそれまでかもしれない。Jカス絡みでこんなのはよくある事だ。けどやっぱり今回の仕業にはあまりにも目が余る。

これについてだ。

「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース

この記事は、朝日新聞社サイトで連載されている小原篤の連載コラム「アニマゲ丼」を発端として書かれてるもの

こちらがそれ

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

そもそもは11月12日東京芸術大学で開催された、「第2回 映像メディアサミット LOOP-02 マンガアニメ映像メディア学的再考」というセッション押井守が参加し、トークした内容が大本になっている。

その模様はユーストでアーカイブとして見れたが、20日までの限定配信で現在は見れない。


まず「アニマゲ丼」の記事は、見出しが示しているように「若者は夢は持つな」という旨の発言を軸にしている内容である事がわかる

以下引用

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

 「やさしい、というのは、励ますとか慰めるのとは違う。『親身になれた』という意味で、それまでは若者のことはどうでもよかったのが目を向けるようになったということ。で、若い人のことを考えれば、本当のこと、残酷なことを言わざるを得ないと思い、ちょうどそのころ中学生高校生と話す機会がたくさんあったので、こういう話をした。あなたたちは限りなく凡庸で無名で何の個性もないんだ、『一人一人がかけがえのない存在だ』なんて大人のウソを信じるのはやめて、早く幻想を捨てろ、夢を持つな、あなた方の未来にいいことなんて何一つないんだ――というところから始めたらどうでしょうか、と」

 なんて身も蓋(ふた)もない、と思いましたが08年8月11日の本欄で私は「スカイ・クロラ」について「あまりに救いのない、というか身も蓋もない結末ではありませんか」と書いていたのを思い出しました。

ここが「アニマゲ丼」で一番取り上げたい部分なのだろう。

この押井守の主張に関する是非は置いておくとしても、この記事自体はバイアスがかかっている気がする。

実際の講演は第2部「アニメーション日本戦後社会ロボットサイボーグアンドロイド、そして人間」というタイトルが付けられている通り

パトレイバー攻殻機動隊監督した者として押井ロボットアンドロイドのあり方を問い、技術論を語り、さらに原発の話題にも振れていくところが主体の講演だった筈だ

ここのスカイクロラの部分はほとんど寄り道であって、「アニマゲ丼」の記事を書いた小原篤主観として誇張気味に書いている節がある。

いわば押井の講演内容からコピーしてトリミングして、そこに小原自身の主観を交えながら書かれている記事だ。

J-CASTはそこから更に、何故か突然「萌えアニメ」「ハーレムアニメ」などと言った単語を挿入し、押井守が今の萌えハーレムだらけのアニメ業界に苦言しているようにも取れる記事を書いている

それが冒頭のURLなのだが、かなりおかしい。

まずアニマゲ丼から押井が今のアニメに苦言しているという部分を引用する

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

そして現実劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在アニメほとんどはオタク消費財と化し、コピーコピーコピーで「表現」の体をなしていない。

これはどちらかというと、アニメ監督をすることで「誇大妄想の極限を味うことができる」部分に目が行くと思うのだが

前後をぶっちぎって、今のアニメほとんどはコピーのコ(略)の部分に脊椎反射している人間が多いようだ。

しかしこの記事のこの部分は全貌するとこうなっている

asahi.com(朝日新聞社):「若者は夢を持つな」と監督が言った - 小原篤のアニマゲ丼 - 映画・音楽・芸能

 押井監督は、日本人科学技術の表面的な受容と円滑な運用のみにかまけ、その技術の核たる思想、技術ゼロから立ち上げる思想を持たなかったことが今回の原発事故を生んだと指摘。様々な当事者認識を改めるために今回の事態をヒロシマナガサキに続く「第3の原爆」と呼ぶべきだと訴えました。「技術の思想」の欠如は、ロボットに「かっこよさ」のみを求めるアニメ製作者の思考にもあてはまる、と自作機動警察パトレイバー」をもとに批判を展開し、そして訴えかける核を持たない日本アニメは、その表層を細緻(さいち)に描き込み磨きあげることで「極東の島国の珍なる文化」として世界に地位を獲得したと分析工芸品的に細部を作り込みたがるその日本人的な意識が、細緻(さいち)な映像表現に好適なロボットアンドロイドサイボーグなどへと向けられた結果、肉体や自意識をめぐるテーマへと結びつき、つまりアニメという表現形式が発展過程テーマをはらんでしまったのだと説き明かしました。そして現実劣化コピーに過ぎない実写と違い、「現実に根拠を持たない」アニメは珠玉の工芸品となり得、アニメはその根本から細部までコントロール可能であるがゆえにその力を使ってアニメ監督は、全世界・全歴史に向けて自分の言いたいことを完全な形で言えてしまうという誇大妄想の極限を味わうことができる。これは悪のにおい、危険なにおいがする。ゆえに若い人をひきつける。しかし僕の見る限り現在アニメほとんどはオタク消費財と化し、コピーコピーコピーで「表現」の体をなしていない。あと、ユニコーンガンダムのツノはアイデアとして面白いけど、だからどうなの?

 ってな話を約2時間、相変わらず、とうとうとまくしたてたのでありますが(上のまとめは少々わかりやすくかみ砕いてますメモをとるのが疲れました。私はそれより、新作の話はないの?って聞きたかったんですけど。

ここで「アニマゲ丼」の記事は終わる。

訓練された押井信者(笑)ならば、ここは「ああ、最後はいもの押井で終わりだな」と、顔をほっこり緩めるところだろう。

「アニマゲ丼」としてはこれをオチの部分にしたかったに違いない。

アニメはコ(略)などはほんの極一部分にしか過ぎないし、これだけでは押井真剣に憂いているのかどうかもわからない。

さて、J-CASTの方を見てみよう

「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (1/2) : J-CASTニュース

朝日新聞2011年11月21日付けの電子コラム「アニマゲ丼」で、押井さんの東京芸術大学大学院映像研究科での講演(11月12日開催)を紹介した。講演で押井さんは

「僕の見る限り現在アニメほとんどはオタク消費財と化し、コピーコピーコピーで『表現』の体をなしていない」

と語ったという。つまり制作者には新たな創造性や、作品を通じて訴える思想的なものが欠如し、過去にヒットした作品の焼き直しばかり。例えば「萌え」が流行すればそうした作品ばかりになっている。また、今のアニメオタクと呼ばれるファン層に媚びたものが多く、こうしたことから表現」が制作から無くなった、という批判だ。

確かに119月から始まった20本近い新作テレビアニメを見ると、さえない男性主人公の周りに美少女が群がる「ハーレムアニメ」が驚くほど多く、過去にヒットした「ハーレムアニメ」作品と共通する内容がかなり多い。

突然どこからか「萌え」「ハーレムアニメ」という単語が出てきた

それどころかかなり履き違えて解釈しているのではないか

押井が言いたいのは「アニメという現実に縛られない媒体を使うことで、監督自己主張を完全な形で広められる。こりゃたまんねえ(快感)。でもそこまでやる奴ぁもうほとんどいないよね」という事を言いたかったのでは?これも俺の主観ですけど。

どちらにせよ「オタク消費財」や「コピーのコ(略)」が萌えアニメハーレムアニメだけを指しているというのは暴論だろ

その発言の直後に出てくるのはガンダムUCだし

J-CASTはあくまで「ネットでそう反応されてる」と言い訳のように使ってる

「今のアニメはコピーのコピーのコピー」「表現といえない」 押井守監督発言にネットで納得と逆ギレ (2/2) : J-CASTニュース

今回の押井さんの発言についてネットでは

萌えクソアニメの乱発は誰が見ても異常」

アニメ業界が飽和しすぎで、コピー品を粗製乱造しなきゃ回らなくなってる」

「売らなきゃ食っていけないからな。安定して売れるのがオタク向け萌えエロ

などと納得する人もいるのだが、現在主流となっているアニメのファン達は、自分達の趣味趣向、好きなアニメを批判するのは許せない、と激しく反発。しか理論で立ち向かえないからなのか

押井アニメくそつまんねーんだよ」

押井信者向けの消費財じゃん」

などといった作品批判や、人格批判へと発展し、大混乱となっている。

これでJ-CASTの記事は終わる

J-CASTとしては、「ネットでは押井守萌えアニメを非難していると言ってる」として、そこを拡大解釈しまくってこんな記事を書いたのだろうか

そもそもそのネットってのはどこのネットを指してんの?2ch

ちなみにニュー速+では

【話題】「今のアニメオタク消費財と化し表現の体をなしていない」押井守さんの発言でネット上は騒動に

というスレッドが立ったが、それはJ-CASTの記事を受けてのものだったし、★4まで伸びたがそれ以上の次スレは立っていない。(追記、★6辺りまで伸びたっぽい?)

一体どこで"大混乱"になってるのか全然思い辺りが無いんですけど。

押井守東京芸大での講演が、「アニマゲ丼」がダイジェスト記事にしている時点ですでにコピーだし

それを読んで、どこかのネットでは「押井守萌えアニメ馬鹿にしている!」と憤慨しているならさらに劣化コピーで伝わるべきもの全然伝わってない

その劣化コピーをさらに劣化コピーして記事を作ったJ-CASTはまさに「コピーコピーコピー」だ

こんなのを個人ブログでやるならまだしも、企業ぐるみで金を回しながらやってるんだから狂ってるよJ-CASTは。

2011-11-22

グローバル化された普通基準」の持つ暴力

http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html

普通でない女性普通を騙る事でどれだけの普通女性が抑圧されたか世間一般の愚かな男達があれを普通だと思う事で、どれだけの女性が癒えることのないダメージを被るか。言葉暴力である破壊行為である普通である。これはパワーハラスメントなのだ。抑圧なのだ。力による支配なのだ。普通ではない人間普通を騙る事で、本来普通であったはずの人達劣等感と敗北を植え付けられて洞窟の中へと逃げ込んでゆく。

ああ、よくぞ言ってくれた。本当に、本当に、よくぞ言ってくれた。

 

普通」を定義することは暴力的だ。

世の中で「優れている」とされているものに負けても、人はさほど傷つかない。

しかし「普通」とされている基準に満たないことには人は傷つく。

身長185cmに満たないかパリコレ男性モデルになるのは厳しいね」と言われても傷つかないが、

日本人の平均身長は172cmなんだけど、あなたはそれに満たないかチビだね」と言われるのは不愉快ものだ。

ただしイケメンに限る」場で排斥されるのは傷つかないが、

「ただしフツメン以上に限る」場で排斥されるのは傷つく。

"お前は普通未満だ"というメッセージをぶつけられたときに人は傷つくのだ。

普通定義するということは、その基準に満たない人々に"普通未満"というメッセージをぶつけているのと同じだ。

 

では、ここで言う「普通女子大生」は、自分普通というカテゴリに置くことによって、

普通界の女神のような存在になることが目的なのだろうか?

自らを普通定義することで、勝利を実感することが目的なのだろうか?

私は違うのではないかと感じている。

 

普通大学か。早稲田普通か。

違う。普通ではない。普通大学ではない。

世間早稲田は有名大学のうちに入る。「普通」ではない。優れていると言えるだろう。

しか彼女は普段、早稲田学生に囲まれて暮らしているのだ。

見渡す限り早稲田学生、という状況で日々講義を受けているのだ。

早稲田よりも偏差値の高い大学に進学した高校時代友達なども居るだろう。

彼女たちにとっては、早稲田は「普通大学」なのだ。

彼女たちにとっては、東大京大一橋大…などが「良い大学」であり、マーチ未満は「不可視」なのだ。

 

普通女子大生か。その顔が普通か。

違う。普通ではない。普通女子大生ではない。

友達同士というのは、レベルが近い同士でつるむ傾向にある。

男子大学生5人のグループがあったとして、4人はフツメン以上の彼女持ちコミュ充、

1人だけがいない歴=年齢のコミュ障キモメンだとしたら、そのグループは上手く行くだろうか?

"持つ者"側の4人が"持たざる者"側の1人に気を使って摩耗するか、"持たざる者"が"持つ者"をひがんで卑屈になるか、"持つ者"が"持たざる者"をバカにして苛めるか。

友情を維持する上で障害になるトラブル無駄に起きやすくなるだろう。

から似たようなスペック境遇人間ばかりが友達グループとしてつるむ傾向が生まれるのだ。

似たような体格、似たような髪型、似たような木こりファッションに身を包んだ男子学生が、

似たようなノリで居酒屋で騒いでいるのはあまりにも見慣れた光景だし、

女子学生集団やOL集団の服装・メイク・基本的なルックスレベルの均質化され具合はおそろしいほどだ。

育ちも同じである年収2000万の父親と教育熱心な母親に育てられ、家族海外旅行に行くのが当たり前と思ってきた人々と、

水商売母親と酒を飲んで暴れる父親に育てられた人々とでは、話が合わないのだ。無駄な軋轢を生むのだ。

坂口さんの顔は、日本全体で考えれば、普通よりも上だろう。

しかし、坂口さんの関わっている女子グループが、坂口さんと同等かそれ以上のルックスを持つ女性ばかりだとしたら?

彼女自己認識は「普通」で落ち着くだろう。

 

インターネットグローバルなツールである

底辺の人間が感じる「普通」と、素養や運に恵まれた人間が感じる「普通」との間に、

大きなギャップがあることを可視化してしま暴力的なツールである

 

インターネットマスメディアのない頃、

底辺の頭と底辺の容姿を持って生まれた人間が、似たような底辺とつるみ、

似たような底辺と結婚して底辺の再生産を続ける、そんな彼らの自己認識は「普通」であった。

視界に入るのが底辺ばかりなのだから、そうなるのも当たり前である

そして恵まれた頭や容姿を持ち、親や親戚や友達も恵まれた者ばかりの環境で育った人間は、

自らの優れた点を奢り高ぶることなく、自分は「普通」だと認識して生きていったのだ。

 

インターネット自分環境に疑いの目を持たせる。

自分とは違った常識を持つコミュニティ存在発見しやすくなる。

ダルビッシュが贅沢な暮らしをしていることが窺えるツイートをしたことに対して、

オッサンが執拗に絡んでケチをつけたことがあったが、これはインターネットが生んだ軋轢である

インターネットが無く、優れた人間私生活がわからない時代であったなら、

このよくわからないオッサンは"持つ者"の恵まれた暮らし発見することがそもそもなかったであろうし、

ダルビッシュ因縁をつけられずに済んだのであろう。

 

「昔のインターネットオタク非モテコミュ障にとって救いだった」という意見があるだろう。

それは昔のインターネットが本当の意味グローバルではなかったということだ。

昔のインターネットコミュニティには、ほとんどオタクしかいなかった。

「開通作業が面倒」「接続料金が高い」「遅い」「見たいコンテンツが無い」などの要因がボトルネックとなって、

一般人の参入が妨げられ、オタク以外がふるいにかけられた世界になっていたのだ。

そこはオタクが圧倒的な多数派であり、オタク常識をつくっている世界だった。

インターネットでの普通」は、「オタクにとっての普通」と同義語であり、

一生独身アニメマンガゲーム好き、インドア非モテ童貞、服はダサい髪型床屋

この生き方が「普通」として容認・歓迎されていたのである

 

しかインターネットというものは、一般人をも飲み込んでいく。

mixiリア充を取り込み、モバゲー情弱ニコニコで"オタDQN"層、Facebooktwitterで"意識の高い"層を取り込んだ結果、

インターネットは既にオタクものではない。

これからネットを使いこなす老人が増えれば、「若者もの」でもなくなる。

インターネット上の人口構成がリアル人口構成とさらに近づいてゆき、

あらゆる世界、あらゆるグループ組織所属する人間インターネットに参加するようになる。

そして全日本人の認める「普通」のスペック、「普通」の生き方というものが、インターネットによって広く知らしめられる。

弱者ばかりが集うコミュニティで独自の「普通」基準を制定し、「普通」を充たしている気になっていた人間たちに、それは暴力的に襲い掛かる。

 

初期のインターネット現在インターネットは全くの別物である

前者は弱者に優しい逃げ場所であり、後者は「グローバル化された普通」という圧力によって、弱者を容赦無く叩きのめす残酷な場である

坂口さんを「普通女子大生」として広く紹介する残酷さ、それが「今のインターネットというもの」なのだ。

2011-11-20

無神経 × 差別意識 =吐き気を催す邪悪

基本的に好きに読めばいいと思う。誤読誤解はご自由にしていただいたらいいんですけどさ。

でも内容が理解出来ないなら黙ってろ。分かったフリすんなボケ

特に、私が「友達そのものを否定している」と誤読して憐れむフリをする失礼な人は死ねばいいと思った。

具体的に言うと@ei1963と@batachinね。




私があえて批判しているものがあれば、きみらみたいにそうやってナチュラルに上の立場にたってモノを言おうとする態度のことだよ。

「ともだち関係」を維持・強化するために、その外側にいる人間にはどこまでも残酷になれてしま想像力の欠如というかオバタリアンみたいな思考停止が気に入らないんだよ。

よそさまのことにはどこまでも無関心、無責任。そういう言葉が相手に伝わったらどういう気持ちになるかも考えない。ああイヤダイヤだ嫌すぎる。



すぐに仲間内同意とか合意することを目的にしてしまって、そのために、外側を理解することの手間を省いてしまう。

同意」が前提のコミュニケーション以外は効率の問題から切り捨ててんだよな。

どれだけ自分快感効率よく増やすかって考えたときに、言いたいことだけ言って、言われたくないことは聞かない。そりゃあ理想の世界なんだろうよ。



でもさ、その自分のちっぽけで幸せ世界を守りたいなら、せめて他人に対してもうちょっと気を使えよ。

自分がやられていやなことを他人に対してやったら、回りまわって自分に返ってくるってことくらい小学生じゃないんだから分かれよ。

もしその事を考えてないんなら、そりゃ意識してるかどうかはともかく、階層によるだんぜつがあることを前提にしてんだよ。

上の人間がどれだけ下の人間に対して好き勝手しても、下の人間は決してやり返してこないってな。

差別意識ってのはそういうところから出てくるって話をしてんだよ。




お前は俺を気軽に哀れんでみせたわけだけれど、どうせ俺は関係ない、こいつとの縁は自分が一方的に哀れんで終わりって安心してたわけだろ?

そうはいかないよ。私はあなたのことを許さないよ。復讐なんてしません。ストーカーしません。ただ、一生許さない。一生恨みつづけてやるよ。

もし君がなにか落ち度をしたら、全力で喜んで、全力で貶めてやる。ただそれだけ。そうならないように、せいぜい清いままで生き続けてくださいな。



私がキミラに目をつけたのはたまたまで、イッチャなんだけどキミラは運が悪かったわけだけれど、

どうせお前ら、今まで運が悪かったりなんだかんだで報われない人を、上から哀れんで済ましてきたんだろ?

自分は清く正しく生きているから、不運は襲ってこないって思って生きてるわけだろ。そういうリスクを考えもしなかっただろ?

でも、私はキミタチみたいな無神経さが何よりも嫌いで、許しがたい邪悪だと思ってるんだ。

いつまでも傍観者気取りで、外側から好きな事ばっかり言ってる間は、どうせ自分たちの悪に死ぬまで気付けないんだろ?

たまには自分がやったうかつな発言で死ぬほど恨まれる存在になりうるってことを理解して生きろ。ボケ

2011-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20111113115739

すこし残酷な言い方をしますが、結婚は諦めたほうがよろしいと思います

配偶者友達というのは、人生に必ずしも必要なものではないかです

注意を張り詰めれば一般人と同じように行動出来ることと、いつも出来るというのはレベルがずいぶん違います

仕事に拘束されている間だけというのと、家庭にいる時間もずっとというのは別次元の難しさなのです

誰かに愛されたい、愛されれば自分は変われると思ってはいませんか?

それは科学的な事実ではありません。

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