はてなキーワード: 摂生とは
はてぶでホットエントリ入りしていたこの記事、上の引用で記事のタイトルと全文。短すぎる上に情報がほとんどない。
具体的にどんな発言をしたのか、どんな文脈で言ったのか全く分からない。
例えばの話、
A「不摂生で病気になった奴の医療費など無駄。そんな奴は○してしまえばいい」も
B「不摂生で病気になったとみられる人の医療費は全体の○%になるという推計がある。これで国民の理解が得られるのか、疑問だ」も
「不摂生の結果、病気になった人への医療費支出を疑問視する見方」である。
医者に行っても理由はわからなかったみたい。(ウイルス性なのか、メンタルの問題なのか)
1週間くらい休んで、麻痺が残ったままマスクして顔隠して出社してきた。
最初の何週間かは定時で帰ってたけど、プロジェクトが遅延してきたから上司が指示して残業するようになった。
でも、プロジェクトのリーダーやマネージャー達の対応が嫌だった。
その人がいない会議での話。
「不摂生な生活してたんでしょ?」とか、「ウイルス性だからストレスじゃないでしょ」とか、とにかく心配してあげないし理由を考えて改善しようとしないし何より自分たち悪くない麻痺になったやつが悪い、みたいな雰囲気だった。
会社って、そう言うもんなんですかね。
24での結婚は周りに早いと言われたけれど、歳を重ねると妊娠しにくくなると知っていた。
私達には子沢山の家族を作りたいという共通の夢があったので結婚に迷いはなかった。
タバコも吸わず、お酒も飲まず、健康体型を維持し、お互いが初めての恋人で真面目に恋愛し、真面目に勉強して、真面目に働いて生きてきた。
結婚して2年たった。
子供はまだ出来ない。
完全に不妊症だ。
自分で出来ることはやり尽くした。いい加減病院に行こうと思う。
しかしこれからの通院頻度、治療費を考えると不安で押しつぶされそうになる。
1回100万の博打。
私たち夫婦は共働きで所得制限を超えるため国から何の援助も受けれない。
たばこを吸っている人たちが禁煙治療を受けるのは保険適応なのに?
ドラッグストアで買えば済むような湿布や薬も高齢者は90%オフになるのに?
だけど、受けれるサポートの基準はせめて同じであって欲しいと願ってしまう。
いくらかかるか分からない、先の見えない不妊治療に踏み出すのがとてつもなく怖い。
多額のお金を投資して本当に子供を授かることは出来るのだろうか。
懐と体と心を痛めながら私はこの治療に耐えられるだろうか。
学校での教育以外は水泳、音楽制作や楽器での演奏、デジタルイラスト、簡単なPC改造と考えても遊びの延長戦ばかりだ
最近問題視されてるキレて他人に殺意を抱くことだったり、折角偏差値の高い大学に行っても酷い有様を見てしまうとこういった人間には生きがいがちゃんとあるのか思ってしまう
自分も人間関係が上手くはないが、かつては他人と肩並べてやろうと努めた時があった
しかし、それは自分が思ってやっても相手に向けてみると鬱陶しい対応と感じさせてしまった
「結局俺なんてやる気のない奴等の的にしやすい餌だったのかもしれない」と不信に駆られていたのが学生時代だった
その日から大学に行くことが億劫になり貯金を切り崩しながら展示会を見に外出したり、これまでに止めていたことを再び始めてみた
勿論自分にとって嫌な存在とは無関係な環境ばかりだったのでむしろ生き生きしていた
多少不摂生になったりしていたが、思考停止することがなかったと思う
そうやって離れて生きていく内に将来や夢について希望を持つようになったが、現実はそう甘くない
この世界で生きている限り大学を出たサラリーマンでしか生きがいを見出せないのかもしれない
例え自分一人で何か出来たとしても集団社会の日本でそんなことは通用しない
前々から興味があり、ホリエモンの書籍をいくつか購入しざっくりと読んでいた時期があった
その時に「自分は周りの変な空気に押されて洗脳されていたのかもしれない」と思ったのだ
小学生の頃から自由に生きていたが、それが段々進学するにつれて停滞してしまった期間が高校卒業まで延びてしまった
だが、成人を迎えて多少の自由と広く見る思考が増えた結果、この年になって昔出来なかった事をしようと徐々に追いついていこうとしている感じがある
これが良いのかどうか分からないが堀江氏の言う没頭する力に繋がっているのかもしれない
自分は普通の人とは違った生き方になるかもしれないが、唯一の幸せと常に好奇心を掻き立てられるよう今日もやりたいことに純粋になろうと思う