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2019-08-17

あいちトリエンナーレ2019に見る「検閲」の正体

津田大介による詳細なお詫びと報告のエントリーを読んだ。

あいちトリエンナーレ2019「表現不自由展・その後」に関するお詫びと報告

https://medium.com/@tsuda/%E3%81%82%E3%81%84%E3%81%A1%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AC2019-%E8%A1%A8%E7%8F%BE%E3%81%AE%E4%B8%8D%E8%87%AA%E7%94%B1%E5%B1%95-%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BE%8C-%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%8A%E8%A9%AB%E3%81%B3%E3%81%A8%E5%A0%B1%E5%91%8A-3230d38ff0bc

さすが津田氏の本業だけあって、文章だと何を考えてどのようなことをしてきたのかがきちんと伝わってくる。普通に危惧されるくらいのことは可能な限り対処してきたのか、とか。これを読んでしまうと津田氏のトークイベントコーディネートのスキル文章力に比べて相当劣るように感じてしまう。

この文章で何度も出てくる「検閲」という言葉だが、他人言葉引用部分を除くと津田氏本人はかなり慎重に使っている。これは今回の炎上キーポイントでもある。

検閲」の種類

辞書的な意味検閲とは、公権力表現物を検査し発表を禁止することである

https://kotobank.jp/word/%E6%A4%9C%E9%96%B2-60273

しかしながら、図らずも今回あきらかになったように作品展示を中止する要因としては公権力ばかりではない。むしろ現代日本ではそれ以外の方が多いようだ。

 (1) 公権力イベント主催に関与していない政治家警察

 (2) 主催側(イベント主催者、展示施設スポンサー

 (3) キュレーター

 (4) アーティスト本人

 (5) 一般市民

 (6) 反社(ここでは便宜的に暴力的個人組織のこと)

このうち公権力によるクレーム強制力によって排除されるのが狭義の「検閲」。

主催側の立場は「金は出すけど口は出さない」のが理想ではあり今回もわりとそうだった。ただし事業である限り本来の主旨に合わないものデメリットメリットを上回る場合は、主催側が展示会の方向性意見する自由はあって当然。

キュレーターはむしろ何を展示して何を展示しないか権限を任されているので、それを行使するのが本業

アーティスト本人の意向ときとしてキュレーター意思よりもアーティスト意思尊重される。ある意味当然だがこれが強すぎると美術展がキュレーターの思惑とズレることがあり得る。そして今回ズレた。

声の大きいのが実は一般市民ネガティブポジティブに関わらず主催に対して意見を言うことは原則として問題ではないが数が多すぎると窓口業務に支障が出る。

そしてそれが悪い方向にエスカレートすると反社による脅迫になる。

実際のところ多数の一般市民からの苦情や反社から脅迫が原因で、このままでは来場者やスタッフ安全性が確保できない、という判断主催側、キュレーターがすることで展示中止となっているものが多いようだ。

今回の展示作品の「検閲

表現不自由展・その後」各作品の展示中止理由について調べてみた。

https://censorship.social/artists/

 慰安婦 3作品

 強制連行 1作品

 天皇 4作品

 福島原発 2作品

 米軍基地 1作品

 旭日旗 1作品

 右傾化反対 3作品

 JR脱線事故 1作品

 食品 1作品 

ちなみに「《平和少女像》は正式名称を「平和の碑」と言い、「慰安婦像」ではない」という言葉津田氏のエントリーにも作品キャプションにもあるが、これはかなり微妙な言い方で、「慰安婦像」という“名称”ではないものの、慰安婦表現したものであり、日本政府慰安婦問題謝罪を求める目的で作られた一連の像のひとつであることは作者が明言している。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6%E5%83%8F

https://ko.wikipedia.org/wiki/%ED%8F%89%ED%99%94%EC%9D%98_%EC%86%8C%EB%85%80%EC%83%81

https://en.wikipedia.org/wiki/Statue_of_Peace

これらを見ると、多くの場合主催側やキュレーター公共性や展示会の主旨を理由に展示中止しており狭義の検閲にはあたらないように見える。また、天皇関係のうち3作品は、富山県立近代美術館事件に関するもので、これは反社右翼団体)による脅迫が契機となっている。

https://artscape.jp/artword/index.php/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E8%BF%91%E4%BB%A3%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E4%BA%8B%E4%BB%B6

表現不自由実行委員会は、表現自由 vs 公権力による検閲 という構図に見せたがっている。ただ公立美術館や芸術祭主催自治体は、公権力というよりも主催側という立場であり、中止の判断現在体制では安全性が確保できない、公共性ポリシーに反するなどである

そこを巧妙にすりかえて、「検閲」という強い言葉を使うことにより強大な国家権力に立ち向かうアーティストという演出をしている。

現代日本における検閲らしい検閲といえば、表現不自由実行委員会メンバーである永田浩三氏の受けたNHK番組改変問題があり、こういった経緯の作品があれば説得力は増したと思う。

https://ja.wikipedia.org/wiki/NHK%E7%95%AA%E7%B5%84%E6%94%B9%E5%A4%89%E5%95%8F%E9%A1%8C

エログロについて

ここからは完全に余談。

津田氏のエントリーには、候補として上がった作品として、会田誠《檄》や、鷹野隆大《おれとwith KJ#2》、ろくでなし子デコまんシリーズが挙げられている。

鷹野隆大《おれとwith KJ#2》は男性器が写った写真を展示していたところ、通報されて警察から注意を受けたというもの。明確に違法な図画を作品としてクローズド場所に展示するのはOKNGかという議論は見たかった気がする。

https://www-art.aac.pref.aichi.jp/collection/pdf/2014/apmoabulletin2014p54-63.pdf

ろくでなし子作品展示スペースの都合で候補から落ちたという件、カヌーみたいな大きなものではなく手のひらサイズ実物大?)のものもあるので、スペースなんかどうにでもなるだろうと思ったものの、慰安婦天皇がらみの作品のすぐ横にデコまんがあったらそれはそれで別の意味が発生しそうなのでやむなしか

掲示されていた「年表」にそれらが含まれいるか知りたかったがよくわからない。ネットに上がっている写真を見ると「イケメン官能絵巻」の文字が見えるので「年表」にはエログロも含まれているのかも。誰か知っていたら教えてください。

2019-08-07

津田大介による表現弾圧事件

今回の件で、富山美術館職員の方々に想いを馳せた。

あいちトリエンナーレ2019の「表現不自由展・その後」では、30年前に起きた富山県立近代美術館事件表現弾圧だとして批判的に表現する作品が少なくとも三点ある。

https://censorship.social/artists/

興味をもって調べてみると、富山の件では県議会議員から問題視されたが、右翼団体による抗議活動を受けて図録の非公開と焼却を決定したとのこと。(会期終了後に問題視されたため展示は最後までできたらしい)

https://artscape.jp/artword/index.php/%E5%AF%8C%E5%B1%B1%E7%9C%8C%E7%AB%8B%E8%BF%91%E4%BB%A3%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8%E4%BA%8B%E4%BB%B6

まり、構図としては今回と同じく暴力的脅迫によって職員や来館者の安全が保てないために苦渋の決断でやむなく公開中止したものと読みとれる。そして富山事件に関連した「表現不自由展・その後」出展作品による批判の矛先は、右翼団体ではなく富山県立近代美術館に向けられている。

であるならば、今回の事件の矛先は中止を決定した津田大介に向けるべきであり、津田大介よる表現弾圧事件としてこの先何十年も語り継いでいく責任が「表現不自由展・その後」を企画した津田大介にはあるように思う。

2019-08-06

anond:20190806142846

いい加減「政治的偏り」と「ヘイト」は別だと理解して欲しい。

政治的中立性を求められる場(テレビ放送など)では「政治的偏り」はたしか問題だが、それ以外の場ではいくら偏ろうが問題にはならない。個人的な好悪とは別にしてね。

政治的偏り」が問題になるというのは、「多数派政治的主張」以外は犯罪になるということであって、そんな世界自由であるとは到底言えない。

構図としては「ヘイト」が「政治的偏り」を隠れ蓑にしている場面の方が多い。「政治的偏り」には当然「表現の自由」が適用されるからね。

ちなみに愛知のアレは…「ヘイト」ともまた違うと思う。津田個人に関しては「悪ふざけ」の域を出ないだろうし、まあ彼の主張が「ヘイト」と断じられようがどうでもいいんだけど。主催者作品製作者の主張はまた分けて考える必要があるので。

まず慰安婦像に関しては、普通に政治的偏り」であって「ヘイト」ではないでしょう。同意をするかどうかは別として。

それから天皇写真については、これは富山県立近代美術館絡みで色々背景があるらしいので、「過激」ではあっても「ヘイト」とは違うと思う。その過激さに悪感情を持つの人間として当然だとしても。また故人に名誉毀損適用されるかというと微妙だし、さら天皇には人権がない(これは日本国憲法システム上の仕様)のでさら微妙

2019-08-03

リアル図書館戦争じゃん

あいちトリエンナーレ」、完全にリアル図書館戦争になってるよ

図書館戦争シリーズの第三弾、「図書館危機」は、良化特務機関の気にくわない作品を展示した美術館検閲攻撃する話なんだけど、なんかあいちトリエンナーレ騒動のものだよね

さらに言うと、このエピソード、おそらく「富山県立近代美術館事件」を下敷きにしている。この事件昭和天皇コラージュ作品掲載した「図録」を県立図書館圧力に屈して所蔵しようとしなかった事件

そこまで読むと、あいちトリエンナーレはまんまリアル図書館戦争なんだけど、普段エロ表現規制の時だけリアル図書館戦争(笑)とか言っていきがってる表現の自由戦士の皆さんは何してるの?早く名古屋に飛んで市長に抗議しろよ。

追記

ついに中止になった

「表現の不自由展」中止に。慰安婦を表現した少女像めぐり抗議殺到 あいちトリエンナーレ | ハフポスト

図書隊の活躍展覧会を強行できた「図書館危機」よりも状況はさらに悪い。

日頃リアル図書館戦争とか吹き上がってた表現の自由戦士ども、何やってるんだ?やっぱりエロ表現以外はどうでもいいのか?

anond:20190803130346

表現不自由展・その後」を見てきた

せっかく愛知県在住なんだしと思って行ってきた。メモがてら書く。

どんな作品が展示されてるかは主催側が用意したサイトがあるから、そちらを見てもらった方が良いと思う。 https://censorship.social/artists/

会場は愛知芸術文化センター8階。名古屋中心部にある地下鉄栄駅から直結。トリエンナーレのメイン会場は10階で、そこでチケットを買ってから下りる形になる。ちょっとわかりにくかった。

表現不自由展」というくくりで、あくまでもトリエンナーレの展示の1つ。割当も他の展示と同じ「1部屋」で、映像作家作品を大画面で流してるだけの部屋と同じ。展示場所は会場の中では角地にあたり、ここを見なくても他の展示を見れる順路になってる。また、薄いカーテンで区切られていて、その前に、展示の趣旨や「SNS公開禁止」の注意書きが書かれている。

薄いカーテンの向こうは、結構人口密度。他の展示とは明らかに違っていて、関心の高さを伺わせた。ただ、これは展示レイアウトも悪い。入り口すぐの廊下状の細いところで、そこそこ長い映像作品(「映像・遠近を抱えて」)を流してるから、そこで人が滞留してしまうのだ。

入ると大浦信行「遠近を抱えて」。昭和天皇肖像写真コラージュ作品1986年富山県立近代美術館での展示が問題視され、図録も焼かれたという。「本を焼く者は、やがて人間も焼くようになる」という言葉が浸みる。

また、その後に作られた同趣旨映像作品が流れている。戦中の音声に乗せて「海ゆかば」が流れる。年配の女性がそれに合わせて口ずさんでいた。その次の従軍看護婦の手記の朗読では、その人は涙ぐんでいた(隣の若い女の人も)。そして、その後、昭和天皇肖像が焼かれるシーンに移るのだが、そのシーンではなんとも言いがたい表情をしていた。

ちなみに、映像を見ていたら、金髪芸術監督が通っていった。ちょくちょく様子を見に来てるのかな。

廊下を抜けて広いエリアに。

大きな音ではないが、ヘイトスピーチの音声が聞こえる。展示の1つとして、慰安婦写真展示への反対活動ドキュメンタリーが流されていた。

正面に慰安婦像こと「平和少女像」。やはり客の関心は高そう。

説明文として「《平和少女像》に込められた12象徴」という説明文。肩にとまっている小鳥や手の形などの意味についての説明がある。像の後ろに「ハルモニ(おばあさん)になった影」が描かれているのは初めて知った(画像を見ると大使館前の像にも影がある)。

椅子自由に座れる趣旨のことが書いてあった。写真を撮る人が途絶えたタイミングを見計らって座ってみたら、スタッフ札を付けた人に声をかけられた。「叱られるか!?」と思いきや、「写真を撮りましょうか」と。撮ってもらったら、なんか囚人みたいな写真が出来上がった。他に座る人はあまりいなかった。自分がいた間で、他に1人ぐらいかな。

個人的に興味深かったのは、Chim↑Pomの「気合100連発」「耐え難き気合100連発」。福島県相馬市若者達がガレキの中で円陣を組んで「気合い」を入れる様子を描いた映像作品。「福島ガンバレ!」「彼女欲しい!」とか叫んでる中に、「放射能最高!」とかヤケっぱちの言葉が混じる。「国際交流基金よりNGが出た」とき提案した「NGワードをぼかすような編集」版と同時に流れていて、そちらは、たまに「ピー」音が入って英語字幕にも黒線が入る。編集版と同時に流すことで、ある意味完成した形にも見える(ちょっとヤラセくさくも感じた)

観客の様子も気になっていたのだが、本当に「普通の人たち」という感じだった。普通美術展よりは、少し若め&男性が多めだったかも知れない。

映像・遠近を抱えて」の前半部分は、かなりの人が涙ぐんでいた。それだけに、後半のパートの衝撃は大きいだろう。まさしく現代芸術だ。

最後に。

「抗議の声も含めて作品」「政治家横槍も含めて作品」と言う人もいるが、「表現不自由展」は、この一部屋だけで作品としてしっかり完結していると感じた。「表現自由への反対」という声すら守れない、あるいは何の罪もない職員が身の危険を感じるような状態は、決して看過してはいけないだろう。

 
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