1枚の薄暗いポートレートからアスワンウェウェバエを見つけ出し、その人物がエジプトのカイロに居る所まで特定するようなもんか
今まで通ったことのある図書館がみんなそうだったから、そういうもんだとばかり思ってた。
つーか、月2回って休館日少ないな。
お前らなんでそんなにチビなの?そんな低身長で恥ずかしくないの?
もちろんそのチビには俺自身も含まれるわけだが。。
中国の広州や潮州、福建に行った時も周りは大体同じか低いぐらいだった。
コイツらでかい、かなりの奴が180近くある。中には190近くある奴もちらほら
同一種は北になるほど大きいと言うベルグマンの規則から考えてもおかしいではないか。
さらにおかしいのはフィリピン人でも若い奴は180近い結構でかい奴がちらほら居る。
おかしいではないか。
俺は泣きながら考えた。俺がチビな理由を、チビを理由に女にふられた理由を、そして一つの結論にたどり着いた。
答えは牛である。
いっぱい牛を食う。牛等の動物性タンパク質は高身長に貢献するのだろう。
そう考えると牛乳を飲むと身長が伸びると言うのも理論的に合っている気がする。
また、日本はかつて古墳時代まで身長が伸び続けたらしいが、その後鎌倉から江戸までは平均身長が下がったらしい。
これは仏教による肉食の忌諱が原因ではないか?
俺が子供の頃食べた給食を思い出してみてもあまり肉を食べた記憶が無い。特に牛の肉は稀である。
成長期の大事な次期に牛の肉を食べなかったのは痛い。高身長ならもてていたであろう俺の青春は返ってこない。
弟が亡くなって6年経つが、この間、遺産分割協議やその他面倒なことが色々あったにもかかわらず、まったく役に立たない人間だということを認識した。
今後もこうやって生きていくのかと思うととてもつらい。
先日、久しぶりに弟に会って話をした。
で、子供の頃の話になった時、弟が「自分は子供の頃は片頭痛のような症状があった。家族の誰も分かってくれなかった」と言った。
朝起きると頭痛がして、大きな音や眩しい光で悪化するから、静かに寝ていたくなるんだそうだ。
でも、小さい子供だからそういうのを上手く大人に伝えられない。それどころか、「起きたくない」と言うと怠け心から反抗していると誤解されてしまう。
そして、ただでさえ辛いのに、さらに親に頭ごなしに叱られる。
当時は俺も、弟が叱られているのを横目に見ながら、「素直に起きりゃいいのに」としか思ってなかった。
分かってやれなくて悪いことをした。
もうちょっと詳しく言うと、旧帝大クラス以下のレベルの大学で文系学部って必要なの?
安倍政権の大学改革で、文系不要論が台頭してるので、文系の皆さんが大騒ぎしてるんだけど、理系の自分としては、複雑な心境になるんだよね。それって自業自得ってところもあるんじゃないの?っていうか。
旧帝大クラスの文系でも,ぬるま湯につかりすぎだろって、理系の人間なら誰でも思ってるんじゃないかな。毎年毎年授業は変わり映えもせず、試験もレポートも楽勝、学生も教員もそういったぬるま湯に浸りきってる感じ。じゃあ、文系教員が研究してるかというと、文系で、コンスタントに海外の論文誌に発表してる教員って、「割合として」そんなに多いのかな?
理系だと、論文は普通英語で書くし、海外で研究発表してなんぼで、もちろん業績というのは査読つきで初めて評価される。社会や経済方面でグローバル化が云々されて久しいけど、理系だと昔から戦場は世界であって、日本語で論文なんか書いたって何の評価もされません。ところが文系の研究者って、業績リストを見るとほとんど日本語文献ばっかだよね。しかも、ほとんどが査読なしで、学会論文どころか、新聞とか雑誌の原稿までも立派な業績扱い。こういうのってほんと理解に苦しむわ。
要は、日本という非常に狭い箱庭の中で、内輪で馴れ合ってきたのが文系の現状じゃないの?だったら昨今の厳しい財政状況の中では厳しい評価を受けるのも当たり前だよね。
念のため言っておくけど、文系分野で世界的に評価されている研究者がいないと言ってるわけじゃありません。あくまでも全体的な傾向の話。
なので、旧帝大クラス以下のレベルの大学で、文系なんていらないじゃんっていうのは、それほど暴論じゃないと思うんだけどなあ。でも、そういう論調は主流じゃないんだよね。
相手の国が憎くて破壊だぁ!とか思っているのならそうかもしれないが
相手の国を死の大地にして人も住めない作業もできないから資源の採取もできない、農作物も危険だなんて国にして、どうすんの?意味無いじゃん。
占領して利権を確保してそこから利益を得るから侵略戦争をするのに核ミサイルで利権そのものを吹き飛ばしてしまったら意味無いじゃん。
「多様性は環境の変化に強い」。本当にそう思ってる?ほんっっっっっっっっっっっっっっっっとうに、心から腑に落ちてる?
結論から言うとそれはウソ。じゃあなんで多様性が重視されるかと言うと、日本人が「多様性がある状態」が好きだから。
もっと言うと、多様性がある状態を維持するのはかなり難しくて、それが一つの個性として成り立つから。一つの差別化要因として成り立つから。
出来るだけ10000歩歩こうとしてる。
今までは適当に歩き回って途中で何度も万歩計見返してたけど家からある場所まで大体5000歩と
分かってそことの往復にしてから歩くのが凄く楽になった。
やっぱ目標が見えてると行動が楽になるんだなと思うと同時にもう「あれ、この道ってここに繋がるんだ」みたいな
発見が無くなるのは少し寂しいなと思ったりもする
いやそもそも、日本は原発を所有していて核兵器ではないが核関連技術は保有しているんだが?
それに戦争の終結には拠点をピンポイントで破壊したほうが効率的で
相手の国を死の大地にしたら、占領する意味すら無い。何のために戦争するんだかわからない。
戦争というのは経済的な理由でするものであって、相手を滅ぼすためにするものじゃない。
国立国会図書館調査及び立法考査局レファレンス(2009.1)より。
我が国政府は、集団的自衛権(right of collective self-defense)を「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」としている。
成立経緯についてのこの人の説明としては、
具体的にはこれからみんなで国連憲章つくろうねってサンフランシスコ会議が開かれたときに、ラテンアメリカ諸国が安全保障理事会の許可なしでお互いの身を守れるようにしたいって言うから憲章内に盛り込まれたとのこと(wikipedia参照)
集団的自衛権の法的性質については、(1)他国の権利を防衛するとする正当防衛論、(2)個別的自衛権の共同行使とする自己防衛論、(3)攻撃を受けた他国の安全と独立が自国にとって死活的に重要な場合に防衛行為をとることができるとする議論の3つに分けられる。現在の通説は(3)であるといえるが、攻撃を受けた国と集団的自衛権を行使する国の関係が具体的に明らかではなく、軍事介入を幅広く認める結果となる恐れがある。
(3)の「攻撃を受けた他国の安全と独立が自国にとって死活的に重要な場合に防衛行為をとることができる」っていうのが増田への回答になるんだろうか。
今、AがBに喧嘩売られてて、負けるとAが持ってる舟はBにとられちゃう。
俺は毎朝その舟に乗って仕事に行ってる。
じゃあAがやられたら俺仕事いけなくなるじゃねーか。
「A殿、助太刀いたすぞ。」
っていう感じかね。
けどこれはあくまでも通説の(3)による理解なので、(1)(2)の理解もあるし、安倍政権がどういう解釈をしてんのかはわからん。
あとそれから、
その濫用が疑われてきたことは否めない。
ってのも書いてあるねー
以上参考になればとシェア。
これから本文読んでみる。
―国際法上の議論―
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/200901_696/069604.pdf
後になって、説明不足だったのなんだのと難癖つけて病院を訴えられたら困るんだよ。
口臭がひどすぎるのでなんとかしてください
虫歯と歯周病治して、まめに歯間ブラシとかすればきっと改善されると思います。
多少の自覚症状はあるようですがあなたの思ってる50倍臭いです
ため息が2m先まで臭ってくるなんてただことじゃありません
あとこれからの季節体臭もひどくなるのでちゃんと洗濯してマメに着替えてください
ご自慢の銀のスプレーとかまっったくぜんっっぜん1ミリも効いてないですから。
本当に頼みます。
パワーバランスの問題か。
でもそれだと、ホットエントリ入ってるこれが、アイロニーに聞こえなくなってくるんだけど。
http://blogos.com/article/86396/
私はいつの日か、総理大臣が次のような発言をいつかするのではないかと危惧している。「核兵器は、人類滅亡に直結するので、攻撃のための手段ではない。最大の抑止力を伴う自衛のための手段だ。日本国憲法も自衛は認めているので、日本が核兵器開発をすることに、何ら問題はない」。
メモ内容
現代のヒット作りのヒントは3つある。
①所有から参加へ
②いつもから今だけへ
③誰にでもから私だけへ
日本の企業は、ていねいな仕事や絶え間ない改善で、世界で評価されるヒット商品を生み出してきた。
しかし残念なことに、21世紀は誠実なモノ作りだけでは、人々の支持が得られない時代になってしまった。
モノがあふれる時代、需要より供給が上回り、いくら市場調査しても人々のニーズは見えにくくなった。
このため企業は調査と開発に時間をかけるよりも、とにかく作って市場に出す傾向を強めている。
そんな使い捨て時代のヒット作りがエンターテイメントの世界にある。
AKB48はインターネットで音楽が手に入り時代に、CD販売の新記録を作った。
①握手会へ参加できる
②今購入すると特典が付く
この新しい価値を作ったからこそAKB48は大ヒット商品に育った。ここに今後の成長事業を生み出すヒントがある。
現在は景気が悪い時期に共通する「安さ」や「健康志向」、さらには倹約・自粛などから脱出を模索する
「ちょっとプレミアム」なものや「技術や機能開発」によって拓かれた新しい市場の商品などが交錯するタイミングにある。
この先、どのようなものがヒットし、それをどのようにして仕掛けていけばいいのか。
新興国の拡大市場では従来からある「品質、価格、納期(QCD)」の追求が、まだ効果的かも知れない。
しかし、衣食足りた成熟社会においては、より顧客とエモーショナル(感情的)なつながりを感じさせる商品がヒットするようになる。
商品の背後にあるストーリーに共感して消費者がモノやサービスを選択し、さらにソーシャル化したネットワークを通じて
互いに影響を与えあう構造が生まれている。
消費者は自分のライフスタイルにあったものを選べる時代に生きている。