はてなキーワード: まいことは
http://anond.hatelabo.jp/20101111015447を読んで、伝聞ばかりなのが気になる。
元増田は従姉妹の実態を知らずに増田の母親や叔母からの偏った情報だけで「20年引きこもってた従姉妹が結婚!なんで?どうやって?誰と?」と思ってたんじゃなかろうか。
以下、自分の話。
私には少々面倒な伯母がいます。
伯母と私の母は親子ほどに年齢が離れていて、伯母の娘のひとりと母は同じ年齢です。
そして、伯母の姪である私の年齢は伯母の孫娘のひとりと同じ年齢。
娘や孫と同じ年齢のせいで伯母は私の母と私に対抗意識を持っていたのか、何かあるたびに我が家にきてその娘・孫の自慢をしてました。
ただ残念なことに、伯母が自慢したがっていた娘の学歴や職歴も孫の学歴も、伯母にとっては私の母や私のものと比べると自慢できないものであったらしく、伯母が「うちはこんなにすごいけどそっちはどうなの?」ときいてくるときにこちらのことを正直に話すと伯母を苛立せてしまってました。
伯母はとくに私と自分の孫との比較で自分の孫が負けてると殊更対抗意識を煽られているようでしたので、伯母が訪問するたびに母は私の成績表や賞状などをしまいこんで、私は自分の成績や偏差値を口に出さないように気をつけて接してました。
母が席をはずしたときに伯母に直接学校の成績のことをきかれても、「○○ちゃん(伯母の孫)よりも悪いと思いますよ」と言ってました。
中学卒業まではその方便も通じていたのですが、高校進学の際に同じ地区の一番偏差値の高い公立高校に私だけが受かってしまい誤魔化しがきかなくなってきました。
伯母は訪問のたびに「うちの○○ちゃんももうすこしだけ頑張れば□□高校に入れたのに」「あなたが受かったのはまぐれでしょ」「○○ちゃんは受験日に体調を崩していたの」などと言い連ねてました。
(伯母の孫が住民票を移すことまでして同じ地区の高校を受験したのに落ちたので、伯母はかなり荒れてました。)
応対がしにくくなってきましたので、高校合格後伯母がきたときには私は外出するか部屋にひっこんで伯母をやり過ごすようになりました。
私がその場にいなければ伯母は身内自慢を話すだけ話してにこにこして帰っていくらしく、このまま顔を合わせずにいようと母と私で決めました。
ちょうど高校進学後に伯母がよくくる曜日に私は遠く離れた塾に通うようになりましたので、伯母と我が家で顔を合わせる機会はなくなりました。
ただ運が良いのか悪いのか、私が通っていたその塾はテストによって学力別にクラス分けがされており、伯母の孫も同じ塾の学力別最下位のクラスに通ってました。
下手に伯母にそのことを気付かれてしまうとまた面倒なことになると思い、母と話し合ってこれは伯母には隠すことにしました。
訪問時に私が応対しない理由をきかれたときには、「部屋にいるけど具合が悪い」とか「部屋で趣味に没頭している」と母は伯母に話していたそうです。
一度塾が休みの日に家にいて伯母と遭遇してしまうことがありましたが、「いつも部屋にこもってちゃ駄目よ」と伯母はにこにこしていました。
その後、私は大学に進学し母のおかげで大学院にも進ませていただきましたが、伯母には私がどこの大学に行ったのかまったく明かしてません。
伯母の孫は短大卒なので、四大進学や大学院進学の話をしただけで伯母は不機嫌になってしまいます。
大学名まで出したらどうなるのか怖くて私も母も何も言えません。
伯母がいるところできかれたときには「△△のあたりの大学」とか「山の近くにある大学」とぼかしてます。
大学や大学院で何を学んでいるのかということも伯母に話すと不機嫌になるので、母は伯母がいる場で私についてきかれたときには具体的な名詞は何も出さずに「いつもひきこもってばかりなのよ」とか「たまには外に出ろっていってるんだけどね」と言っています。
私は学部生時代には大学と自宅とバイト先を行き来するだけの生活でしたし院生になっても研究室にこもってばかりですので、アウトドア派の母は「もっと自然と触れあえ!」というつもりで言っています。
しかし、伯母は私が母から「(部屋の)外に出ろ」と催促されるくらい「(大学にも行かずに自分の部屋に)ひきこもってばかり」だと解釈してくれているらしく、私が伯母に遭遇したときには「たまには部屋から出なきゃ。そんなよれよれの寝巻きでいつも部屋にいるからひきこもりたくなるのよ」と言ってました。
(※よれよれの寝巻き:森ガールに挑戦中でした…)
伯母は付き合うのに注意が必要でちょっぴり面倒なだけで、普段は穏やかで太っ腹ないいひとです。
これからも私と母は伯母の自慢話に水を差さないように自分たちのことを具体的には教えません。
伯母の娘や孫も伯母の言うことを信じて私がひきこもりだと思っているようですが、私の生活には何も影響がないのでその勘違いはそのままにしています。
ここまで、自分の話。
こうやって書くと自分の状況がアレだけど、従姉妹本人とのやりとりがなく伝聞ばかりの元増田を読むとどこかでわざと情報を捻じ曲げたひとがいるんじゃなかろうかと邪推したくなる。
本当に従姉妹はひきこもっていたのか?
追記補足
・こんな人間関係よくあるよくある
・多胎は下品扱い(畜生腹)
・嫁の稼ぎは農協振込み→姑が搾取(顔パスで勝手に下ろす・姑の口座に振り替え)
・嫁の風呂は一番最後。ふろ水ワンダー有効利用で数日変えてない風呂水に入れられる場合も
・長男教で跡継ぎにこだわる
・嫁の物は姑の物、姑の物は姑の物
・汚宅が多い
・結婚できないと自分の事は棚上げで「女がわがままになったから」
・子が出来ないのは嫁が悪い
・お茶は贅沢品扱い
・冷凍庫は万能保存庫
・隣近所と虚しい見栄の張り合いをする。
・楽しむことは罪悪
・たとえ金はあっても死に金、特に嫁の可処分所得はゼロに等しい
・婚約の際、「農作業しなくて良い」と言うのはほぼ100%嘘
(しかもその嘘をつくのは常識なので騙している自覚もない)
・「小作」「名主」「庄屋」という概念は健在、農家間の会話に頻出する
・息子には嫁が来て酷使するのが当たり前だが、娘を農家に嫁がせることは絶対しない
・息子の生命保険は親のもの、JA共済なら勝手に受取人書き換え
・嫁いびりとセックスは最高の娯楽
・嫁が家事・育児・介護・農業・外貨稼ぎと馬車馬のように働くのはごく当たり前
(よってけなしこそすれ、ほめることは決してない)
・嫁は若ければ若いほどいいので、16歳大歓迎、15歳以下の青田刈り上等
・いくつになっても男の初婚の価値は消えない
(むしろ円熟味が増して価値があがる)と妄信している
・年商と年収は同じものであると思っている
・上記3つ+どんぶり勘定で、農協に多額の借金をしていることに気付かない
・老いたら子供の世話になるのが当然なので、老後の蓄えは考えない
世の中が変わって農家は減ったが、今のサラリーマン家庭の多くも出自は農家なわけで。
今年で22になる。
自分もいつの間にか、気がつけば社会に出る日がもうすぐに目の前に迫っている。
先日、友達のマンションで友達と夜遅くまで話し込んでしまった。柿ピーのようなおつまみに日本茶で、気がつけば時計は夜中の3時を回っていて、男2人で酒も抜きで何してんだって笑いつつそいつの家を後にした。
なんでもない一日。
なんでもない出来事。
なんでもない一言。
今年に入って、どこか、いつだったか、仲間内で集まっていたときに、ふと誰かが昔話をしだした。
どんな内容だったかは覚えていないが、どこにでもある小学生生活の1ページのような話だったと思う。
その流れで、小学生だったときは、こんな風に「あのときさ...、」なんてその頃を思い出す日が来るなんて考えもしなかった、なんて話になった。いや、考えはしただろう。けれどもその一瞬が楽しくて充実していて、そんな”時の流れ”だとか歳をとることだとか、ましてや将来の邂逅、だなんてことは青春真っ只中の自分たちには重すぎて、軽すぎて。ふと頭の隅をよぎることはあったけれど、かといってそこに居座る事もなく、気付かぬ間にそんな考えは泡みたいに消えていってた。
それが最近は変わったと思う。
居座ることなく消えていったはずのその思いは、実は消えることなくその存在を増して、いつのまにか見て見ぬフリもできないまでになっている。
小学生の頃だけじゃない。それは中学生の頃でも、そしてつい最近のことのようにも思われる高校生活の記憶まで、いつの間にか自分の頭の中では”懐かしいあの頃”とラベルが貼られ、いつの間にか”現在”とはちがう引き出しにしまいこまれている。鍵のついていない現在の引き出しではなく、ふとしたことや昔の友達とあったときにしか鍵がみつからない引き出しの中に。
こんな事もあった。
中学生の頃、国語の授業で、なんらかの事情で離れる事になった友人同士が10年後に会う約束をする、という話を読んだ。
実はあまり内容は覚えていない。けれども、約束を覚えていた二人が無事会えることになった結末に触発されて、その頃特に仲の良かった9人で、「じゃ10年後の今日、この駅の階段のところでまた会おうぜ!」なんてふざけて無邪気な約束をしたことを覚えている。
約束した当時は14歳、10年後といえば24歳で、いつの間にかその"10年後"が着実に近づいている。
あの頃の自分には10年後なんて想像できないくらい遠くて、非現実的で、それが今ではそんな事を言っていた中学生の頃が非現実的にさえ感じられるようになってしまった。
青春はいつから始まって、いつ終わるんだろうか。
こんなことを考えている時点で青春なんてとっくに過ぎ去っているのか、それともこんな事を考えているうちはまだまだ青春してるくらい青臭いのか。
あのときの10年後がくるその時には、それはもう終わっているんだろうか。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100128/plc1001282154020-n1.htm
よくわかんないんだけれど、1つ気になった点。
文章読んだ限りだと、この法改正ぎろんについて
「20年前に読んだ本」をもとに「10年前に書いた話」なんてものが
論拠として使われているようなんですけれど、こんなことがあっていいんですか?
この人だって、そんな昔の発言いまさら穿り返されても困ると思うんだ。
ましてそれについて勝手に神輿にのせられて、下手したら責任取らされる。
それってどうなのさ?今の学者達は何をやってるの?
価値ある学説っていろんな学者が入れ替わり立ち代り議論するから新鮮だと思う。
でも、10年間他の人が寄り付かなかった学説って要するに
その価値がなかったわけでしょ?カビが生えてるわけでしょ?
その議論をする必要がなかっただけ、というかもしれないけれど、
今その必要が出てきたわけだから、あらためてみんなで議論しなきゃいけないんじゃないの?
10年前の古カビた理論がそのまま今でも通じるなんて、そう考える人がいること自体理解できないのですよ。
10年前の地震記事は「情報」じゃなくて「資料」であり「歴史の1ページ」みたいなもんでしょ?
資料から何かを学ぶのは勝手だけれど、信頼性はもう保証できるわけない。
その資料の情報について今の視点からウソだとか批判するのは愚かだし、
ましてその資料を今でも通じると信頼して痛い目にあってもそんなこと作者の責任にされてたまるものか。
歴史に学べってそういうことじゃないでしょう?
この教授だってアップデートしてなかったわけでしょ?忘れてたわけでしょ?
せめて使う前に一言「これ使っていい?」とか声かけて欲しかっただろうね。
学説にも「今の意見として使われること」に対しては時効をつけてあげるべきだと思う。
この問題に限らず、「古い情報」や「古い状況」に基づいた意見って
当時は大いに価値があったと思うし、今でも見返すべきものだってあるかもしれない。
でもその場合、情報の更新や状況の変化を考慮に入れるべきじゃないだろうか。
「20年前の情報や状況、当時の価値観」に基づいて今の若者を批判している老人が
痴呆で時間感覚を失ったかわいそうな人、あるいは生ける化石として扱われるべきであるのと同様に、
10年前の仮説なんてものはいったん発掘された化石とみなし、
もしその化石が歴史に埋もず活動を続けていたならば今どうなっているだろうか、と想像すべきではないだろうか?
[まとめ]
主張を行うときは自分に可能な限り最新の情報に基づいて行おう。そのためにも常に情報のアップデートを行おう
P.S. ついでに著作権も改正されて
売り上げが***部以下のものは10年時効くらいで出版社権を消滅させて、
その後は作者の許可を取ったらネット公開可、とかにならないかなぁ・・・。
その本が「新鮮」である限りは、つまり言及が一定数続く限りは最大50年くらいまで伸びてもいいと思うけれど。
毎日ジェイゾロフト、ユーパン、レキソタンを飲み続けてもう一年近いのだろうか。
なんとか発狂せずに毎日会社に通えて、最低のモチベーションで仕事をかろうじてこなしてるのはそれらの薬のおかげということにしておく。
でも、それ以上何も好転する気配が無い。このまま本来の自分の力を出し切ることも無く、廃人のように定年まで頑張らないといけないのか。
薬を変えることを何度も考えた。
セロトニンだけじゃなく、ノルアドレナリンが必要じゃないのかと。SSRIからSNRIへの変更を希望してみた。
いちおう、自分が今はそれなりに落ち着いて見えるから無難にこのままいこうと考えているのかもしれない。
このまま限界まで耐える日々がいつまで続くんだろうか。既に限界は目前だ。
俺は欠陥品なのだろうか。社会および自然界の中で、絶滅・淘汰されるべきなんじゃないかと思えてきた。
それでも今飲んでいる薬のおかげか、激しく気持ちが落ち込むことは少ない。冷静に、自分を冷めた目で見つめ続けている。
http://anond.hatelabo.jp/20090922194454
芸のない、お世辞と感じえるかもしれない。しかし、人間は、お世辞とわかっていても、褒められたら嬉しい。そして、お世辞よりいいものは、「うそではない心からの賞賛」だ。頭の良さ、例えば、学歴を評価基準として有用だと思ってる人がいるとする。その人が、学歴を評価基準に、高評価をした人物に、その学歴を褒め称える。それは、お世辞ではなく、「心からの賞賛」だ。心からの賞賛を受けた人間のほとんどが、モチベーションが上がる。
もちろん、これは経験論しかない。しかし、同じく経験論に基づいて書かれた、長年のベストセラー「人を動かす」D・カーネギー にも以下の記述がある。
"心からの賛成し、惜しみなく讃辞を与え"よう。相手は、それを、心の奥深くしまいこんで、終生忘れないだろう。
お世辞でもいいし、素直で誠実な評価ならもっといい。相手に高評価を与えることは、大抵の場合うまくいく。
私はサイダーが大好きだった。
サイダーはいつも私を癒してくれて
私はサイダーの為なら糖尿すらいとわなかったのに。
サイダーに裏切られた。
突如私にむかって牙をむいたのだ。
暴発。
カバンから滴り落ちるサイダー。
逆さにすると滝のように流れだす。
身を挺して守ってくれてありがとう。
でもあなたとはここでお別れしなきゃいけないね。
さようなら。
そうしてもう一つ、今回の最大の功労者。
テレクラのティッシュ。
ありがとう、あなたがいなかったら、
私のカバンのなかはどうなっていたか分からないよ。
恩返しと言ってはなんだけど、
テレクラ、利用させていただくよ。
やっぱりやめるね。
こうして私の買ったばかりのカバンは
サイダーの甘いかおりに身を包み
自らが過去に愛したサイダーを
ひたすら憎むのだ。
小二の息子が先日から元気がないので、
「どうしたの?」と何度かやさしく聞いたのですが、
ずっと黙ったままで、心配だったので夫に相談しましたが、
「しばらく様子を見てみよう」ということで、
一週間ほど、いつものように過ごしたのですが、
やはりいつものように元気にはしゃいだり、
学校であったことを楽しく話してはくれませでした。
ついに昨日、早く帰ってきた夫と3人で夕食を食べる機会があって、
夫もそのつもりだったのか、息子に問いただしました。
そしたら、息子は
と。
もしかしたらという想像はしていましたが、
聞いてみると、叩かれたりということはないようです。
私も元気がない日が続いたときに、それとなく担任の先生には聞いていたのですが、
息子の話と合わせても、イジメというより、
「おまえんちアナログ」
と言われたことを息子なりに重く考えていたようです。
夫は「そうか、すまんな」といっておりましたが、
息子は泣き出してしまい、私も泣いてしまいました。
息子は自分の父親を悪くいえなくて、自分の中にしまいこんで苦しんでいたようです。
生活に余裕があるとはいえません。
息子にも、テレビを見るよりと、家族そろって本を読む時間を作っています。
それでも土日の朝のアニメぐらいは大目にみてみせたりして、
そういう風に夫婦で考えて、育ててきたつもりですが、
こんなことで息子を苦しめてたとは思いませんでした。
書いていたら、また、涙が出てきました。
今日、姉に相談したら
「うちのクラスはまだアナログの家が多いからね。うちもそのうちそうなるのかな」
と言っていました。
買うお金はあるので、買いに行こうとは思っていますが、
くやしい気持ちが残っています。
http://anond.hatelabo.jp/20090414170900
強い人だなあと思った。ご結婚おめでとうございます。お幸せに。
よい文章だったのでちょっと便乗して書いてみようかなと思う。
読み返してみたら元増田に較べてグダグダな上に人間的にもよわっちいなと思ったけど在日にも色んなのがいるって記録になってくれたらなと。
私は中学校までチマチョゴリ着て電車乗って学校通ってたよ。貧乏ではあったけど父が民族の理想に燃える人だったので朝鮮学校に通ってた。
父親は総連系の(革命家に憧れ、結局今はもう精神的にボロボロな)活動家で、母は20代の時に民族意識に目覚めて本名を名乗るようになった(父親の稼ぎが悪すぎて苦労ばっかりしてきた)飲食店経営者、でもって娘はちょっと半端なオタクでサヨクというそんな一家です。
父は拉致問題発覚した時は本気で沈み込んでものすごいショック受けてた。母は「ありうるなとは思ってた」そうだ。おとんピュア過ぎるだろ。
(家にあったマルクスの資本論の中表紙に「これを理解できずして何が革命家か!」(ハングルで)と万年筆で殴り書きしてあっただけあるよ…)
…まあ、そういう「総連」の下っ端もいましたよ、と。活動としては何をやってたんだというと、在日朝鮮人の権利保障とかそういう折衝をやってた。
父も母も通名は持ってるけど私は持ってない。別に通名なんてほしくはないけどお店とか病院の予約取る時に大概名前を聞き返されるので面倒ではある。
母には日本人の血も入っててガキの頃そっちの親戚と法事なんかで集まると、私の名前を訓読みで読み下して呼ぶ人がいて「誰だそりゃ!気持ち悪い!」となったりしたし、母のイトコだかハトコだかの旦那さんに警察関係の人がいて、なんかすごく家族ごと邪険にされたのは覚えてる。父も母も後ですごく怒ってたけど、今考えるとハトコの旦那さんもかわいそうだよなあ。純日本人と結婚してるのにソッチの親戚に総連系活動家だもん。勤め先で何か言われてても不思議じゃないし、そしてやっぱりそういう話って耳に入ってくるもんだ。うちら家族に責任はないけど旦那さんにも責任はないわけで文句言うなら勤め先だろとサヨクな私は思うけど、理不尽な気持ちになることはわからなくもない。
高校からは日本の公立高校に進んだ。大学受験資格の問題とかで高校からは日本の学校へ進学する子は多い。私の場合は純粋に人間関係うざかったからなんだけど。だってクラスの半分が9年間ずっと一緒の顔ぶれ、もしかしたら12年一緒の子もいるかもしれない、って孤独なオタクからしたら恐怖だよ! 特に体育会系の強い学年だったこともあってオタクな自分からすると肩身がせまいことこの上なかったんだよ。小学校時分はいじめられっこだったしな。今でも友人は高校以後のオタク仲間がメインだし、全員日本人だ。
高校は社会科の先生が担任取ってくれた。いわゆる「サヨク的な」教師だったけれど気配りはとても上手だったし、私は在日であることを隠さず本名で涼しい顔してたこともあって苦痛に思ったことはない。政治問題社会問題を語る上で在日に触れることはあっても私個人に在日を背負わせようとはしなかった。どっちかといったら私が背負い込みすぎてて拍子抜けしたくらいだ。
外国人登録取りに行く時も、ちょうど指紋押捺が撤廃された頃だったので気にはなってたらしいけど向こうからは「公休な、わかった」と書類にハンコ押してそれっきりだった。私の方から「外登見ますー?」「おう、どれどれ」なんて言ってた。在日だからって何も特別なことはないって、そう思いたくて逆にそういうのを何気なくやり取りしようとしてたし、先生もそれは汲んでくれてたようだった。
ただ思うのは、小中と朝鮮学校という集団にいた&高校ではリベラルな教師の下で過ごしてたおかげで、自分には「在日」をかなり軽く考えてたフシがあったってことだ。「私は私だし、それでいいじゃん」って。後々どれだけずっしりのしかかってくるかも知らずに。
何だここ! 今まで私が通ってた学校って何だったんだ!
ここは図書室はあるしプールはあるしグランド広いし音楽室は防音完璧だし!
図書室の本もちゃんと整理されててブッカーかかってるしさ! 貸し出しカード渡された時は感激したよ!
何せ中学まで図書室とは名ばかりの空き教室に事務用スチール本棚並べて、父兄からの寄付/処分品と「どう見てもフリマで買ったか公共図書館で『御自由にお持ちください』状態のものを必死で集めてきただろ!」ってな本が突っ込んであるだけだったからね! おかげでアイリッシュとか読めたんだけどさ! 小学校ではかろうじて江戸川乱歩とルパンとマガーク探偵団があったけどさ! しかも図書室が開くのなんて年に数回でその時しか貸し出しがされてなかったもんだから、マガークの続き読みたくてこっそり窓から忍び込んで無断持ち出しで全巻読破するという有様だったしな!
だから今でも本棚整理する時は子供向けにしても大丈夫そうなラノベとかSFは寄付することにしてるよ! オタクは国境や民族越えると信じてる。
(何でもかんでも手弁当でやるのが十八番の朝鮮学校だけれども、さすがに跳び箱の革を張り替える金すらないと聞いた時は思わず笑っちゃった)
あー、あとJR定期券割引とかないから! 一条校じゃないから普通の学割より割高だったくらいだから! 中学の時、定期券安くしてくださいって嘆願のハガキ書かされたし! 大人になった今だって普通に通勤定期買ってるから!
大検資格も免除してくれるところはありがたいけど大体は通信制高校に通うか大検受けてるし!
それでも今考えてみれば朝鮮学校に通って良かったとは思ってる。
言葉も一通り習得できたしチマチョゴリ着て歩くことで、わかりやすい「徴」をつけて歩くことの意味も身を以て理解した。私自身は在日の親戚がほとんどいなかったけれど、何かあるごとにクラスメイトの親類達が祭祀(法事)や集りを行ってたのを見て「民族的なもの」を肌に感じることもできたしね。その分、父兄同士のビミョーな力関係が子供達にも影響してて在日の親戚がいなかった身としては色々鬱陶しいこともあったけど。
外から見れば思想教育云々って危惧があるのはわかる。でも正直なところ教師含めて本気で「将軍様~」とか思ってる人は誰もいなくて、教科書の中身は笑っちゃうようなものだったけど(それも今は改訂されたと聞く)もうそういう部分は惰性でやってたと言うしかない。電車に乗って学校に通うから中吊りの雑誌広告とかっていやでも目に入るんだけど、見出しを読むと学校で聞いてる話とは全然違うのよ。文春新潮から朝日まで色々だけど「自分達が学校で教わってる『我が祖国』ってのはウソだよな」って生徒はみんな思ってるわけ。多色刷りの中吊りが真実を告げているように見えてくる。テレビや新聞と違って雑誌の見出しってインパクト重視だし。そこらへんの間で揺れながら話し合う子も多かった。
「将軍様~」絡みの授業はかったるかったし誰もあんな授業好きじゃなくて、気の利いた先生だったらそのコマを「怖い話」や「ビデオ鑑賞」とかにしてくれてた。
音楽の時間もコマの中で将軍様の歌とかはさっさと終わらせてクラシック観賞(別名昼寝タイム)や、朝鮮民謡、あとウェルナーの「野ばら」を朝鮮語訳にして合唱したりしてたよ。特に理系や芸術系の先生はそういうことをよくやった。宮沢賢治の本を朗読して、この物語の絵を描いてみましょうとか。
そりゃまあ勿論、カリキュラムの建前は「将軍様」「主体思想万歳」なわけでそれが自分に影響及ぼしてないとも言わないけどさ。今の北朝鮮の姿勢については否定するけど、父親のしょぼくれた背中眺めたりしてると擁護もしたくなるしさ。子金孫金(今の将軍様とその息子ね)はどーでもいいけど金パパ死んじゃった時はさすがにショックだったしな。
あと、朝鮮学校の中にいるとすっごく世界がせまくなるなと思う。校内に従兄妹やハトコも多いし親だってほとんど親類縁者、同僚同業者顔見知りだし。日本の同世代との交流なんてほとんどなくて、私なんかは近所の子達と遊んでると話したら「おまえ日本人の友達いるの?!」と言われたこともある。正直学校の友達よりよっぽど仲良かったですが何か。
晴れ着にあたるチマチョゴリは綺麗だし、他の民族衣装もかっこいいしキムチ美味いし焼肉好きだし朝鮮民謡大好きだし、ハルモニ(ばーさま)、ハラボジ(じーさま)が踊ったり歌ったりするのも素敵だし、歴史読んだらかっこいい人物いっぱいいるし、だから韓国朝鮮民族は大好きだけれども、私が付き合わなくちゃいけなかった在日コミュニティはあまり私と合わなかったのも確かだ。生徒の絶対数の少ない朝鮮学校の中で、一般的に少数派であるオタクの割合を代入したらそりゃもう孤独なことになるわけで、親類がコミュニティの中にはいなかったこともあって居心地はあまりよくなかった。窮屈な場所だったと思う。私自身は左翼だけど、父以外の総連系に関わる気はまったくない。ていうか、今関わったらきっとあの体育会系の連中に出くわすに決まってる。そのくらい狭いんだよ、あの世界は!! 結束は必要だと思うけど私はもうあの場所には戻らない。
元増田は「GO」に共感したようだけど、私は李相日の「青~Chong~」が自分の過ごした時期と重なって一番思い入れがある。パラフィン紙で顔の脂取ろうとするあたりとか。
映画での朝鮮学校描写の年代差はなかなか面白くて「パッチギ!」→「GO」→「青~Chong~」の順で下ってる。そして登場人物達もどんどん「在日」である自分を捉えづらくなっていくんだよね。強固な仲間意識(パッチギ!)から、そこを突破しようとして民族に足を取られもがく子が出てきて(GO)、ぼんやり境界線の上を漂って地に足の着かないままの子が今生きてる(青)、という具合に。朝鮮学校の中にいてもそうなってる在日青少年の実情がよく見える流れだなと思う。
ついでに言うと和菓子大好き短歌大好き、京都大好き、寿司はうまいしマンガ好きだし、NO GAME,NO LIFEだと思ってるし、J-POPも民謡も好きだし、好きな作家ほとんど日本人だし、チャンバラ時代小説すっげー面白いし山田風太郎と竹本健治と火浦功は天才だと思ってる。
で、先述したようにチマチョゴリを着て歩くっていうのはなかなか忘れ難い経験で、朝鮮学校の女の子が大人びて見えるのはそれがあるからじゃないのかなって思ったりもする。「徴」をつけて歩くことはすごく振舞いを意識させられるんだよね。もう見るからに「自分は朝鮮人です!」って表明してるわけだから「私」が何かすると「朝鮮人」が何かしたことにされちゃう、っていう意識だけは絶えず持ってた。それで帰り際にB'zのCDとか買ったりもしてたわけだが。自意識過剰かもしれないが「朝鮮人の女の子がB'zのCD買ってった」って思われるのかな、と思いながら歌詞カード眺めたりしてたよ。
今はもう見かけなくなったけれど、自分が卒業した後も街でチマチョゴリの女の子を見かけると「こう見えてたんだ」って思って迂闊なことした記憶と共にアタマ抱えたくなったりもした。
聞こえよがしになんか言う人もいたが、暴力でさえなければその場ですれ違って終わりだから黙ってた。
そうやってやり過ごせばいいと思ってた。
考えてみれば本名で通すのもそれと同じようなものだし、私の日本の友人の中では「在日」と言ったら私なんだよなあと気がついて結構怖くなったりもするんだけどね。うわ、ヘマできねえ…!とか、仲がギクシャクしちゃった友人の在日観とか考えると頭抱えたくなったりもする。本名を名乗る、在日だと告げるってのは少なくともそういうことになる。代表してるつもりはないけど代表になってしまう。そうじゃなければ一番いいけど、そこはいかんともしがたいので行動には気をつけてる。
自分の「在日」がものすごく重くなったのはネットでの嫌韓発言に出くわしてからだ。
在日三世にもなると面と向かって「チョーセンジン!」を罵倒に用いる人はそういないし、元増田が書いてた通り斜め上に飛んだ気遣いの方が鬱陶しい。私が本名で渡っていけるのも、父母が通名くれなかったから名前が一つしかないてのと同時に、そんな罵倒をする方がどうかしてると私だけではなく「社会が」判断してくれると信じてたからだ。それが一世、二世の苦労を知らない、三世の中でも特にお気楽な部類の私の感慨だった。
けどネットの嫌韓コピペだの在日認定だのブログ炎上だの見てそれはガラガラと崩れてった。
見ず知らずの多くの人間が、私に流れてる血に向かってすごく軽い気持ちで憎悪を向けているのを見るのは本気で怖い。ヒットポイントをがしがし削られて死にそうな気分になる。
だからリアルでは本名を名乗るけどネットでは匿名に紛れてる。はてなのid、ある意味ではこれが私の「通名」だ。
あんな悪意と無神経を正面からかぶるなんて絶対無理だ。ネットで自ら在日であると表明しているid:F1977さんは本気ですごい。
拉致問題が大きく取り上げられてから(この問題自体はきちんと解決せねばならないと思ってる)の嫌韓、嫌朝の流れは本当にキツかったわ、うん。
例えば、私の前を歩いてる人がハンカチを落としたので、拾って「落としましたよ」と声をかけた時、「この人は笑ってありがとうと言ってくれたけど、もし私が朝鮮人だと知ったらどんな顔をするんだろう」とか考えちゃうんだよ。考えても仕方ない、意味のないことだしはっきり言って卑屈だと思う。でも考えちゃう。考えて自分で落ち込む。アホじゃないかと思いながら振り切ろうとして、なのに嫌韓なコピペや書き込みを思い出してまた沈む。
この「もし私が朝鮮人だと知ったら」というのが、通名を名乗るか本名を名乗るかid:F1977さんが逡巡することと共通するとこなのかな、と思う。もし違ってたらすんません。
そしてそういった逡巡や怯えが存在するんだよ、と伝えることの難しさにまた凹む。
結局今でも色々凹みっぱなしなんだけどねー。元からダメ人間でもあるので更に凹みがちだしなあ。オマケに非モテ非コミュなので元増田みたいにこれからの生活展望とか語れる物がないw
で、最近はどうかというと。
高校時代の友人(A)の一人と会って話す機会があったので、他の友人たちの消息も聞いてみたら、その中の一人(B)がネトウヨになったという。「はァ?!」と聞き返すとmixiで典型的嫌韓嫌中発言をしてるというので頭を抱えた。私はmixiのアカウントを持ってないので事実確認はできておらずどの程度の嫌韓発言なのかもわからない。伝聞で判断したくはないが、もし事実だったら私は泣くし多分しばらく立ち上がれないだろう。Bとは趣味が近かったおかげで一緒にでかけたりもしたし、卒業後も何度か酒を飲んだりもした。今だって会えば普通に飲める気がする。
「元からBってそんな感じだったじゃん。でも会えば普通に飲めるんじゃないの?」とAも言う。
Bだって私の前で嫌韓発言するようなことはしないだろう。
けどなあ。
それってどういうことなんだ?
いやいやいやいや、私は朝鮮人だから。あなたが嫌いな朝鮮人だから。別じゃないから。朝鮮人から私だけ切り分けられても困るから。ネトウヨの嫌韓発言にキリキリしてる朝鮮人だから。
「韓国人朝鮮人は嫌いだけど、おまえは嫌いじゃない」ならまだ納得する。
私自身「ネトウヨは嫌いだけどBのことは好き」だから。
…と考えて、でもそんなこと聞きようもないし、第一事実確認からして怖くて出来てないし、どうすりゃいいんだと途方に暮れてたりする。頼むからAの誇張表現であっていてくれ。ていうかこんなこと一人で考えててもどうしようもないのに何やってんだろ私。
…とかそういうことを日々考えてしまう一人の在日がここにおりますよ。やっぱり割り切ることが未だに出来てないんだよなあ。
元増田とは違って、私は子供のことは考えないでいいので今のところは(父)親孝行のためにもまだ朝鮮籍でいようかと思う。韓国行きたいのも確かだからいずれ韓国籍に変えるかもしれないけど。
http://anond.hatelabo.jp/20090415070440
うわ、まさかお返事いただけるとは思わなかったので恐縮です。
ネトウヨさんの何が怖いってあの軽やかさとコストパフォーマンスです。ブログコメントたった二行でこっちは一日グロッキーだったりとかする。街に出るのも杞憂とわかっててもやっぱり怖くなりますよね。
何かあってからでは遅いという御心配もよくわかります。私が上げたidの方の文章に私は強く惹かれていて、応援したいと思うのも確かだったりします。生活を守ることと気持ちを伝えることがどこかで衝突してしまうのは苦しい。うまく着地点があるといいんですけど。
韓国は、いずれ行きたいと思っています。私も本籍地が今はどうなってるやら。肉大好き!なのでかなり夢が膨らみました。
お互い、がんばっていきまっしょい!ですね。ありがとうございました。
http://anond.hatelabo.jp/20090415073233
ちょっと思ったのは、日日間での暴力や差別についてはまた別の文脈で私は言及することにしてるかなあ。別に「在日です」と宣言する必要のない問題だし、やはり「在日」と宣言するというのはその属性をある種代表してしまうことになるから。私個人の意見なのに「在日の意見」になっちゃうと議論にとっても有害だと思う。だから私は在日とは明かしてないidでのブクマとかでしょぼしょぼとサヨクしてて、日日間での軋轢や暴力(というのが増田の指してるそれと一致するかはわからないけど)についての言及はそういうところでやってる。在日が「在日です」って断わりを入れてから物を言う時ってのは自分の経験などを語る上でそれが必要だからするのであって、必要ないなら(特にネットでは)せずに済ましたいというのが私の本音。
ついでに言うと在日は在日のことで手一杯なので、というのも結構正直なところで、権利の追求しか、と言われても「実際ここが何とかなってくれればなー」と思うこと多いしなあ。
うちのじーさまがいわゆる「無年金」の人で80過ぎまで働こうとしてたのを父が必死で説得してただでさえ少ない給料から生活費捻出してたし。そうやって実際見てると権利追求することは別に悪いとは思わないんだよね。同時に日本の人でも窮している人は権利追求すればいいと思うし半端なりにサヨクなので私は応援&支援する。
日本人は、って一括りにしてるように見えたのならそれは申し訳ないです。在日にも色々いるし日本の人にも色々いるのは当たり前ですし。
在日です、って表明するってことは相手にもある種の対応を迫ってるみたいなとこあるから(そーいうのがなくなればいいんだけどね)、個人的には気を使うようにしてる。でもみんなが気を使わなくちゃいけない!とはあまり思ってない。そうなるとまた斜め上の気遣いとか出てきちゃうと思うし。うまく折り合いつけられるといいんですけどねー。
通名に関しては、いかんせんずっと実名使ってきてるから細かいことはわからんです。役立たずですんません。もうちょっと物を調べてからもしかしたら増田でまた書くかもしれません。ただ、通名は別に在日じゃなくても使えるのではないかなあ。これも調べて考えてみます。あやふやでごめんなさい。ただ「特権」という感覚は今のところあまり持てずにいます。
チマチョゴリでの通学中、「すたーらいと☆」シリーズとガルディーンと死に急ぐ奴らの街とを矢継ぎ早に読んで惚れ込んでから十ン年、今は絶望的な思いと共にパクパクと口を開けながら新刊を待ち続けるばかりです…。
ちなみにすたーらいと☆の三作目にはニンジン嫌いの「キム・ウィルソンさん」が出てきたりする。
お昼休みに増田に来たらえらいことになっとるー?! 100ブクマ超えってなんですカー!
ついでにちょこっとお返事。
KQZ 読み物 もしかしたら知り合いなのではないかと思うくらい普遍的な話なのかと好感。ただ「歴史読んだらかっこいい人物いっぱいいるし」というくだりには「それ、ファンタジー小説だから!」と突っ込んでさしあげたい。
もしリアル知人だったら見て見ぬ振りしてやってください。すんません。
ところで、えー、金庾信とかかっこいいと思うんだけどダメですかねえ。この人、朝鮮学校の歴史の授業でも悪者扱いだったんですけど半島三国統一した人でなかなかかっこいいと思うんですよね。
HEX68 差別, 在日 火浦功に触れた時点で僕の中の何か壁みたいなものが氷解した。人を隔てるのは「血」ではないのだよなあ。
すいません、ありがとうありがとうとブクマコメント読ませて頂いて、このコメントでじわっと来ちゃったじゃないですか。お昼休みなのにー。
とりあえず結論:火浦功は偉大ということで。
http://anond.hatelabo.jp/20080921020010
http://anond.hatelabo.jp/20080921075006
もう少し詳しく書いてみる。
そもそもの問題はセックスレス。
まだ新婚と呼べる結婚暦だけど、
それまるまる+結婚前2年ぐらいの間、ない。
結婚して、彼の生活や持ち物なんかをそれとなく観察して。
そもそもセックスに対する関心がとても薄かったんだな、とわかった。
AVの類がほとんどないし(若干あるが奥深くにしまいこまれてる)、
ごみ捨てしてればわかるけどそもそも自己処理してる気配がまったくない。
ひょっとしたら女に欲情しないんじゃないかとすら思うこともある。
スキンシップはそれなりにあるんだけど、発展しない。
したい、と言う意思は何度も伝えた。
そのたび「自分でもなんでかわからないんだごめんね」
と半泣きで言われてうやむやにされた。
女性に積極的になられるのが苦手とも言われた。
だからこっちから求めづらくなった。
それで引き下がってたのが失敗だったと今は思う。
子供をどうするかという問題もあるがそれはとりあえずおいといて、
そんなこんなで私はしたい気持ちを抑える日々が続き。
気がつくと旦那は私の中で、
セックスの相手にはなり得なくなっていた、ようだ。
そしてそれは、異性としての愛情の喪失につながっていたみたいだ。
まあ、私は男女の愛情が高まればセックスするのが自然だと思ってるので、
当然と言えば当然なのかもしれない。
ただそれでも、彼との生活は楽しかったんだ。
バカ話も合うし、同業じゃないけど仕事の話も熱心にできたし。
家族として彼のことは好きだ。多分、今でも。
そうした楽しい日々に紛れていたせいか自覚していなかった。
出会ってしまったある人の存在がキッカケになって
ガツンと自覚するハメになってしまった。
その人と何があったというわけでは実はないけれど、
久々にその人に対して女としての感情が動いた時、
「あ、この感情を私はずっとなくしていたんだ」
と気づいてしまったのだ。
まずはセックスレスに関する私の気持ちを伝えて話し合うつもりだけど、
落としどころがみつかるかどうかとても不安だ。
それに、旦那がセックスに目覚めたとしても、
いまさら私が彼を受け入れられるようになるかがわからない。
私が「したい」と思う相手はもう別にいるのだから。
(だからむしろ後者の状況になるほうが恐ろしい)
今回好きになった人をあきらめたところで
自分がまた同じことを繰り返しそうな気がしてならない。
今回のことで私は私を信じられなくなってしまった。
それに、私がその人を好きにさえならなければ、
こうした気持ちに気づかず2人で平和に暮らしていけたかもしれないのに、
という罪悪感みたいなものがある。
この辺のもやもやが
「どれだけ心変わりしたら……」というつぶやきになったと思って欲しい。
最終的に何を見据えて話を進めていくべきなのか。
すっかりわからなくなってしまっている。
ちっとも朗報じゃないと思うぜ、まあ悲報でもないけど
干物女は、「恋愛低体温なだけで見た目も性格も悪くない」であっても
非モテ男はそうではないからな。「恋愛低体温なだけで見た目も性格も悪くない」わけじゃないから。
元増田のブクマコメントに「それは男の非モテとはやっぱりちょっと違うんじゃ」っていう意見があったように
男の非モテは「見た目や性格は悪くないけどちょっと恋愛に対して低体温なだけ」とかいうレベルじゃないからな…
もっと根本的にねじくれてしまっているっていうか。
分かりやすくいえば干物女は別に非コミュじゃないけれど、男の非モテは大抵非コミュを兼ねてる。
その辺りの違いは大きいよ。非モテはスクールカーストで最下位にいたり色んなコンプを持っていたりするが干物女はそういうわけではないだろう(そういう女性も勿論いるんだろうけどこの場合の干物女には当てはまらないだろう)。実生活はそれなりに結構送れてるけど恋愛や過度な流行はからっきし、というのが彼女らであって、電波男読んで世のバカップルは全員氏ね糞!とかねじくれた思いをしまいこんでるような非モテとは違う。敢えて乱暴に世間的ランキングをつけてしまうなら、恋愛体質男女>>>>干物女>>>>非モテなのであってさ。干物女に対応するような男も、非モテに該当するような女もそれぞれいるだろうけどその割合が男女では逆転している。女の場合干物女側の方が多いが男の場合非モテ側の方が多い。
もともと恋愛を積極的にしたがらない干物女が、わざわざそんな低レベルな男を選んで面倒な恋愛をする道理がないだろう……残念だけど。寧ろ「見た目も性格もよいけど恋愛高体温」な人に惚れるがあまり、干物女がその重い腰を上げる、といったパターンの方がまだ多そうだ。
筆者の, ゲームに対する感情を, (否定, 中立, 肯定)の 3つで区別するなら, 中立からいくらか否定に近いくらいです. 親はゲームは害であると教えましたし, ファミコン1つ購入するのにも大変苦労しました. ゲームソフトもそんなには持っていませんでした. ゲーセンに入り浸るようなことも経験せずに, たまに友達の家でのプレイにつきあうくらいしかゲームとのつながりはありませんでした. まぁ, 興味が無かったと言うのが, 適切な言い方かも知れません.
そんな筆者ですが, 最近ゲーム機を買いました. スーパーファミコン, プレイステーションそして Wii です. スーファミ, プレステは昔出来なかった思いもあって中古で安く買ってみて古き良きベストセラーなんかを試しにプレイしてみました. まぁ, 面白くはあったのですがやはりすぐ飽きてしまい, 今は押し入れの奥にしまいこんでいます.
Wii を買った動機はそれとはちょっと違っていて, その技術的な素晴らしさに感心して, その将来の可能性を考えたら試さずにはいられない, 出来れば家においていろんなゲームを体感してみたいと思ったからでした.
通例に漏れず, wii スポーツを買い, 家族や親戚と一緒に室内でのプレーを楽しみ, ゼルダ, ドラクエを買い, 週末はずっとゲームばかりしていました. このころまでは, あまり考えもせずに楽しんでいましたが, マリオギャラクシーを買ってプレイしたときに, これは!と思うものがありました.
マリオギャラクシーを遊びこなすことは物理の重力の法則を理解することではないか, と.
みなさんはどうかしりませんが, 自分は高校のとき物理を重力や速度, 加速度といった概念を理解するのに大変苦労するとともにとっても楽しんだ記憶があります. 力学のテキストで書かれていることは, 普段生きている生活からは想像を越えたことであり, 何でこうなっているかな?と何度も考え悩んだあげく, 本当に理解出来ないものは結局そうなんだと信じて,身に覚えさせるしか出来なかった. そういったものの1つがマリオギャラクシーでした. それが, マリオギャラクシーをプレイすると, 普通にマリオが重力の法則を反映して星の中心から引っ張られながら動いている. マリオを操作することで, 当たり前に星の真ん中から人が引っ張られているんだと実感出来る.
ニュートン力学自体の数式は非常にシンプルで, 数学的にもそれほど難しいものではありませんが, 大事なのはそれはいかに直感的に手が届く範囲で理解出来るかだと思います.
マリオギャラクシーをやってみて, 感動するとともに悔しくなりました. こんな手軽に重力の法則を理解出来る環境にある今の子供達がうらやましすぎる.