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はてなキーワード: ムツゴロウとは

2011-10-21

アニメTHE IDOLM@STER」のダメなところ

アニメTHE IDOLM@STER」(通称アニマス)はファンによる内ゲバのせいで、

原作であるアイマス2がクソ! だからアニメもクソ!」という具合に原作ゲームを前提に叩かれる場合が多い。

そんなアニマスアニメ単体で見たときダメなところをまとめてみた(「原作ゲームがそうだから仕方ない」というツッコミ禁止)。

2010-07-14

http://anond.hatelabo.jp/20100714001052

ムツゴロウさんがボールギャグを口に加えて亀甲縛りされてるM女を「よーしよーし」と手懐けてる夢を見た

ムツゴロウさんがボールギャグを口に加えて、亀甲縛りされてるM女を「よーしよーし」と手懐けてる夢を見た

ムツゴロウさんが、ボールギャグを口に加えて亀甲縛りされてるM女を「よーしよーし」と手懐けてる夢を見た

ムツゴロウさんがボールギャグを口に咥えて亀甲縛りされてるM女を「よーしよーし」と手懐けてる夢を見た

2009-06-29

finalventさんの日本語は、バカの私にゃ難しい

finalventさんの文章を興味深く読ませていただくことがたまにあるな、と考えていて、しかし、ほとんど書いてある事が日本語としてよく分からない、残念ながら(半分以上か)。

大変、失礼のような気もする、しかし、シンプルエントリーということもあり、読ませていただいてるのにどうかとも思うのだが、いつもは雰囲気で読んだような気になって流していた文章ではあるのだが、今日はちゃんと自分なりに翻訳を試みてみたいと思う。

そういえばと考えてみると人生観を決定づけた一冊の本としての「ソロモンの指環」

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20090628/1246181415

翻訳始め)

私の人生観を決定づけた一冊の本ソロモンの指環」

つらつらと下らない事(※直前の数エントリーの事)を書いていて、なぜ私はそう考えて(※直前の数エントリーの事)生きてきたのだろうと考えてみると、「ソロモンの指環」という一冊の本に思い至った。

私は人間の性行動(恋愛なども含めて)というものを、動物のそれとして見ている。このヒトという種の特性はなんだろう?というふうに。

もしかするとそんな特性なんて無いのかもしれない。

ただ、種としての行動、特に性行動にはやはり基底となる特性があって、人間存在というのはそういうもの(性行動においてしばしば種として共通の特性を持つもの)なのだと思っている。

私は他者の性行動をおおまかに見る時は、動物の一種として見ている。もちろん、私も含めて人それぞれに違いはあるが、その違いは大したものではない。

私は自然科学少年だったので、津島佑子みたいに、芋虫を飼ったり、植物を育てたり、交配させたりという事を小学校低学年の頃からやっていた。

そして10歳までにはほとんどの生物について生殖に関する知識を得ていた。ただ人間も似たようなものだということは知らなかったので、知った時は驚いた。「うわ、人間やってらんないな、ぐへ」などと思った。

しかし、事実事実なので、それはそういうものなのだという事にしておき、ローレンツ博士の「ソロモンの指環」などを愛読していた。

(今思うと、ノーベル賞受賞前から読んでいたと思う。)

その後、デズモンド・モリスの「裸のサル動物学的人間像」なども読んだ。

この手のものは当時流行していた知識で、その流れの上に現れた栗本慎一郎の著作などもよく理解できた。

今にして思うと、ローレンツモリスも栗本も、偽科学なんだけど。

アマゾンの「ソロモンの指環」の読者評にこんなものがあった。

ドリトル先生+ムツゴロウさん, 2007/2/13

By タック (神奈川県) - レビューをすべて見る

 子供時代の愛読書は「ドリトル先生」だった。

大人になったらムツゴロウ王国に行きたいと思っていた。

 もしも僕がこの本を中学生くらいで読んでいたら、もっと動物寄りの

人生を選択したのではないだろうか。

人間をもっと動物的に見るようになっただけかもね。

翻訳終わり)


がんばったけど分からなかったところ

種というか類的な行動は特に性行動の基底にはあるわけで

人それぞれに違うし、ただ、私の違いもその程度の違いというか。

完全にギブアップ。かなり勝手解釈した。

そこはかとなく偽科学

「はっきりしないがなんとなく偽科学」?だろうか。例えばローレンツが書いていた事が一部、後になって間違いだと判明した件などを指しているのだと思われる。

2008-12-23

[]毒されないテレビ




テレビ日常起こりえない殺人事件や悲惨な事故、対案のなき国家批判と

大衆煽動芸人の品のない冗談報道という名のやらせや過剰演出にあふれている。

もっと、平和ニュースや、人をほめたり、政策もよい部分を報道したら

お互い萎縮せずに得意な部分を延ばしていけるのにと思う。

そこで、視聴者として毒されない番組を選んでみる。

他にチャンネル番組テレビに限らずそういった報道情報があればお願いします。

2008-03-22

どこか遠い世界で起きた自分には関係のない事

 日本社会運動が今ひとつ盛り上がらない理由について考えてみる。日本の風潮のせい、ネットで話題になる偏向報道、またひどく深刻な社会問題がないということ、学生運動の失敗などなど理由はいくらでもあるだろう。それらが複合的に絡み合って今の現状がある。

 ところで日本人の風潮とは一体何だろう。色々な問題が出たときにとやかく日本人の風潮というものが問題視されるが、その実体は一体何なんだろう。最近読んだものには”表面的な付き合いしかしない若者”というものがあった。自己のメリットの範囲内でしか人間人間の付き合いをしないという若者コミュニケーションがそこでは問題視されていた。表面的な付き合いというのは日本の一種独特のコミュニケーションスタイルだと思う(それをコミュニケーションと認めるならば)。集団社会という点、自分の趣向をないがしろにできるという点、雰囲気を過剰に読むという点(KYというふざけた言葉があるくらいに)などが表面的な付き合いというものを可能にしている要因である。特に日本には以心伝心という言葉が古くからあるように言わずとも分かれという意識が非常に強い。これは日本人全体のコンセンサスにもなり得る程だ。

 あるいは古い時代なら何と言わないままでも分かり合えてたのかもしれない。しかし、現代の人間にはそんなことは伝わらない。むしろ言っても何も伝わらない時代なのだ。人間という生き物は確かなプロセスと結果を学習しなければ、何も得る事は出来ないのは自明の理である。子供精神や脳のシステムが発達していく段階に、親はしつけの名の下に何がどうしていけないかを教えなければならない。現実問題として親はしつけを放棄するようになっているし、大人が子供を恐れているという問題もある。挙げ句の果てにはアダルトチルドレン問題なんていうものさえあるのだ。少し脱線したが、私が言いたいのは想像力のない人間が増えているということである。人間包丁で刺したら死ぬということさえ理解していないように見える人間だっている。現代は人に対する想像力が決定的に欠けている人間が多くなっている。想像力のない人間に、”ダメ、絶対”という言葉だけで一体何が伝わるというのだろうか。しかし表面性を重んじる社会はこれを賞賛するのだ。全くもって素晴らしい国だ。説明する労力をみんながみんな省こうとするのだから。

 こうした表面性にも増して社会運動が盛り上がらない重要な要因はもう一つある。それは言うまでもなく日本的集団社会システムである。グループ組織の中で一人違った発言や主張をしただけですぐに組織からしめだされる。マイノリティを排除しようとする素晴らしい民主主義システムである。

 こうした事柄などから社会システムなんていうものはいくら頑張っても個人の力では何一つ変えられないと日本人が思うのは至極当然のことだ。そういう意識は勿論私にもあるし、日本全体のコンセンサスのようになっているかもしれない。社会運動学生運動などは時代が違うのだ。社会システムに歯向かうなんて馬鹿のすることだ、と多くの人は考えている。それでも立派な革命家思想家なら徹底抗戦するだろう。詩人小説家も同じかもしれない。とにかく少しでもいいから社会をいい方向にもっていきたい。それが理想であろうと幻想であろうと妄想の戯れ言であろうと彼らは頑張っている。それが例え最悪な結果を招いても方向性が著しく間違っていたとしても彼らを私たちが嘲笑うことなど出来ないだろう。私たちは何にもしていないのだから。

 民衆の結束力が弱くなった時代だと言う。人々は互いに無関心になって、国民意識とか郷土意識とかがなくなっているともいう。しかし、世界の裏側で子供餓死しようと、チベットで暴動が起きようと、そうした事が私たちの実生活に影響を及ぼさないのも事実だ。所詮対岸の火事なのだ。そんなことは私や君の生活には関係ないから、例えそれが心を痛ませるものだとしても、私達は自分達がどうやって明日の生計を立てていくかを考えた方が良いのだ。ではもし自分の住んでいる街に原子力発電所ができたら、ゴミの埋め立て場ができたらどうするだろうか。どうもしない。その街を出て行けばいいだろうと人は言うだろうし、反対運動に身を費やすよりは補助金でももらってさっさと新天地を求めた方が懸命だ。現代とはそんなもんなのである。

 では、例えばの話をしよう。  

 ある漁村ダム建設計画が浮上した。漁村が位置するのは珍しい泥海がある場所で、そこで漁師達は伝統的な漁を営み生活していた。またそこにはムツゴロウなどの珍しい生態系も住んでいた。その地域は毎年ひどい水害に見舞われていた為、ダムをつくって水の流れを止めてしまう事が切実に必要だった。しかし、ダムによって水がせき止められてしまえば、そこにいる生態系は全滅し、漁師達は職を失う。

 このニュースは直ちに全国に流れた。人々はそれを見て何て可哀想な出来事なんだと感じた。そして、様々な抗議運動が展開された。珍しい生態系を守らなければならないというのが特に人々の心を動かしたようだった。漁師伝統的な漁と、珍しい生態系は絶対に守らなければならない、と彼らは声高に叫んだ。だが、ダム建設しなかったら水害はどうなるということについて彼らは何も考えていないようだった。水害は毎年死者を出すほどのひどいものであったので、地域の住民はダムの設立を切望した。双方様々な運動をした。どちらにとってもダムは文字通り死活問題だった。

 結局漁師の抗議運動もムツゴロウなどの保全をうたう環境団体の運動も結局は何の効果ももたらさなかった。何故ならダムを作る事の優位性は明確だったし、地域の住民の数に比べて漁師の数は圧倒的に少なかった。そして誰もが仕方の無いことだったんだな、とニュースを見てひとしきり胸を傷ませた後、各々の生活に戻った。

 一つの季節が終わり、春が来るとほとんどの漁師は村を去ったが、ムツゴロウは元気に繁殖活動を続けていた。

 数年後、漁師ムツゴロウ達が消えた場所には「ここは昔海でした。」とだけ書かれた看板が立てられた。世間の人々は漁師ムツゴロウのことはもうすっかり忘れていた。何故人はすぐに忘れてしまうのだろうか。それは全ての事件に胸を痛ませて、憤慨し、悲しいことを忘れないように、理不尽なことを忘れないようにしていたら、人は疲れきってすぐに気が狂ってしまうに違いないからだ。誰もが何もかもを忘れていく。自分に直接関係のないことは所詮自分に関係のないことなのだ。

 昔、漁村があった街には今では味気ないダムと味気のない看板が立っている。その街の人々はとても幸せそうに暮らしている。

 私はこの文章を書きながらチベットの人々のことを考えた。難民のことを考えた。食べ物が無くなり、今にも餓死しようとする子供達のことを考えた。平和が訪れればいいな、と本気で思った。

 それでも寝て起きたら、私も全てをすっかり忘れて私の日常に埋没するかもしれない。それが良い事なのか悪い事なのか私には分からない。

 ただ、それが出来てしまう今の自分を好きになれないということだけは分かっている。

2007-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20071219225747

俺も高学歴非モテなのですごく同意。

最善を尽くしてもどうにもならないのに「努力しろ」って上から目線で言われることほど苦痛なものはないと思う。

非モテ努力しろ」「努力しねーからモテねーんだよw」っていう人は、元増田みたいな論を出された以上、どう努力をすればいいか、根性論ではなくより具体的に提示すべきだと思う。

恋愛勉強もやり方は一緒。目標立てて、現状と目標のギャップを埋めるプランを立てて、実行する。失敗したら失敗した原因を探して、原因はつぶしつつ目標プランを変えてまたやり直す。ただそれだけ。

言ってる事はごもっともだと思うけど、抽象的だよね。

モテ男のことなんか頭から追い出して、ただ普通女の子の仕草や言動を観察して、そこから相手の気持ち、してほしいことを想像して、それをかなえるように接してあげれば彼女はできます。

(以上、http://anond.hatelabo.jp/20071220234618より)

抽象的にもほどがある。

問題を見たら、何が問われているか観察して、そこから出題者の気持ち、答えて欲しいことを想像して、それに沿うように答えてあげれば問題は解けます。

みたいなもんでしょ。

もちろん心構えとしては参考になるけど、本当にそれをすれば彼女が出来るのか、ってところは疑わしい。

そもそも、「女の子に…接して」って時点で難しい非モテもいる。俺とか。

ムツゴロウさんに「ライオンにも心で接してあげれば大丈夫」とかなんとか言われても、ライオンを目の前にしたらビビるでしょ。

そもそも女の子がいないときはどうするんだ?

これ、チャンスが転がってるのに生かせない、ただのヘタレにしか当てはまらないだろ?

非モテにも、そういうただのヘタレから、俺みたいな男子校理系一筋で接し方分からない奴まで、ピンからキリまでいる。

俺にとっては、「100メートル5秒で走れないとか死ねばいいのに」と言っているような不愉快さを覚える。


モテは、非モテについて、想像してる100倍くらいモテないくらいに思っていて欲しい。

2007-08-08

侍は自分の感情を表に出す事を良しとしなかった伝統では

http://anond.hatelabo.jp/20070808163913

現代の男は刀を持ってないけど、精神だけは侍の精神を求めてしまっていたり。

だから、猫を見掛けても、ニンマリしながらムツゴロウさんみたいにナデナデする代わりに、冷静沈着でいる方が男らしいとか思ってしまうのかも。

2007-02-15

[]朴念仁侍、無事帰還

帰還したのは日付が変わる前だが、激しい眠気に襲われて仮眠をとっていた所為で書き込みが遅くなった。今までの経緯を簡単に記す。

帰宅後、着替えて化粧を直してから出陣。MP3プレイヤーリヒャルト・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を聴きながら彼氏の家へと向かう。今の状況にやたらと相応しい曲だ。戦乙女であるし。

合流した彼氏レストランへ向かう。旨い筈の飯なのに、全く味がしないし喉を通らない。緊張しすぎ。

食事が終わってから、彼奴の家で寛ぐ。珈琲を淹れて貰って居る間に、ブラウニーの包みを鞄から取り出して机の上に置いた。今年一番のドキドキタイムである。むしろ動悸が激しすぎて気持ち悪くなっていた。

「お、バレンタインプレゼント? やったー! 開けて良い?」

珈琲を持った彼奴がにこにこしながら近づいてくる。緊張で認識部分に支障が出ているらしく、好意的な笑いが悪意にすら見える。「あげるのだから好きにすればいい」と言うと、包装を解いてさらににこにこしながら

「ひょっとして手作り? すげー! いただきます!」

と聞いて来る彼氏。いいからこっち向くな。テンション上げるな。さっさと食え。

「旨い! これ旨い! 料理下手って嘘だろ?」

「市販のキット使ったから。材料揃ったの売ってる」

あまり過度の評価を受けても今後が辛いので、ネタばらしする。

「でも美味しいし嬉しい。有難う! 可愛い可愛い!!」

OK、判ったからムツゴロウ氏みたいに抱きついて頭をぐりぐり撫で回すのは止めろ。私の方が年上だぞ。あとそんなに可愛くない。むしろギャフンと言えギャフンと。

とは言え、とりあえず高評価を貰い安堵する。落ち着いた所為か、その後漸く珈琲の味が判るようになった。

あまり遅くなってもお互いに困るので適当な所で帰宅。昨日殆ど眠れなかった所為か、帰るなり炬燵の中で熟睡。そしたら深夜二時。阿呆め。

お礼

一応此れで朴念仁侍のバレンタイン日記は一応終了です。

実は、一身上の都合により自分のダイアリで彼氏の話が出来ない状況にあり、此処で恋愛話が書けた事を嬉しく思っております。

TBアドバイスや応援を呉れた皆様、見守ってくれた皆様には本当に感謝しております。お陰でへこたれずに無事日記を書き続ける事ができました。バレンタインにいい結果が出せた人にも、そうでない人にも、そんな物は無関係だという人にも、全ての皆様に良き未来が待ち受けている事を祈念しております。

おまけ:ライバルの話

彼氏に「他の人からチョコ貰った?」と聞くと、「親と、食堂で配ってた全員プレゼントの小さいチョコと、朝、皆の机の上に置かれていた全員プレゼント義理チョコ」という答えが返ってきた。まぁ、ひとまずは安心である。

http://anond.hatelabo.jp/20070215001932

有難う御座います。2048回保存しました。

ぶらうにぃ擬人化が食べちゃいたい位カワユス

2007-01-28

いやでも、もう財政規模としては終わってるし。

http://anond.hatelabo.jp/20070128032242

国民が選んだ少子化という方向を受け止めて、それでもいろいろうまくいくように制度を考えるのがあんたらの仕事だろうが。

以前の財務大臣である谷垣さんが言っていたが、そうなると消費税率は20%くらい・相続税も大幅に上げないと、おそらく日本はやっていけないだろうと思われる。

むろん、そんな発表を馬鹿正直にしてしまえば、自民選挙には勝てないので、税務対策としてはだましだまし行くしかない。

日本借金時計』を見てると、国としての日本経済状況は破綻どころか、すでにいっきり崩壊しまくっている事ということがわかる。

では少子化が避けられない日本は、これからはどうすべきなのか。

純粋思考実験として考えてみた場合意図的にインフレを起こして物価給料の額面を挙げることで、結果的に借金も帳消しにする(調整インフレインフレターゲット)という手法も考えられる。ただこれをやると、いわゆる国債地方債を買った人たちがババを引くことになる。

また別の手法としては、周辺諸国(特に中国フィリピンなど)のレベルまで物価賃金を下げてしまう形で、逆に乗り切ろうというやり方もある。ただしこの場合、払わなければならない借金の相対的な額は増えてしまうので、これは現実的ではない。

その他色々な方法も考えられるが、いずれの場合でも肝心なのは、主幹産業である日本大企業・あるいは金持ちたちは、とっくの昔に「日本政府にはできれば富を落とさない・いざとなればどこの国にでもケツまくって逃げる覚悟がある」体制が整っている、ということだ。そうなると干上がった有明海のように、水から取り残されたムツゴロウのような状態に陥る大多数の庶民などは、座して死を待つよりほかに道が無くなる。

現に、世界的な労働力の自由化・流動化が地球規模で進んでしまっている現状として、日本政府は成り手の無い老人ホーム介護施設での人員対策として、フィリピンから看護師の受け入れを真剣に考え始めている。ちなみに国家として体を成してからのフィリピンの主な輸出品のひとつはなんと『メイド』で、主に中東富豪の家庭などで働いているのだという。なお、付け加えるなら、朝日新聞報道によれば、そうした看護師志望の人の中には、日本の「フィリピンパブ」での勤務経験がある人たちが少なくないらしい。彼女たちも、まるっきり日本の生活習慣を知らないというわけではないのだ。

だが、そういったものを受け入れたら受け入れたで、国内失業者との軋轢だとか、日本に居ついた時点で新たに生まれた子の扱いに関するややこしさといった問題は、まず避けられないだろう。またそういった人たちが60歳に達した場合、いったいどこの国が面倒を見るのかという問題もある。


話のスケールが大きくなりすぎたので戻すが、財政再建手法の一つとして手っ取り早い方法としては、新車販売も好調である軽自動車に関しては5ナンバーのものは、普通乗用車としての種々の税金を課す、という手法が考えられるだろう。つまり、軽自動車としての税制優遇保護を剥ぐわけだ。そして、タバコ価格は最低でも500円からにする。酒税も上げる。取りやすい所から取るのは、税金の基本であるからだ。そしてODAの大幅カットや、生活保護支給規定の厳密化・役所や役場職員の削減、その他あらゆる部分での民間委託が進む事だろう。

だがそうなると、色々な要因もあって、治安の悪化は避けられなくなる。恐らく政府は、日本への観光客を増やす方針に出ることだろう。最近ビザ制限の緩和策はそれに基づくものと思われるが、いかんせん日本の周囲には反日で有名な韓国中国といった国がある。この2国の観光客マナーはお世辞にも褒められたものではなく、またそれに紛れて忍び込んでくる犯罪軍団の数は間違いなく劇的に増加する。いくら日本経済が元気が無いといっても、中国日本との物価差は数倍あるのだ。だったら、不正入国するリスクを冒してでも、日本で数百万円ほど犯罪で荒稼ぎして、高飛びで本土に戻れば・・・という絵図を描くヤカラが出てくるのは、想像に難くない。

またそれに加え、少子化で定員割れしているのに大学に進めない子たちが増えてくるのは確実である。公立では学校予算が割けないために教育の質がますます低下、でも学歴制限だけは残っているゆえに就職制限というカベが発生し、巷間では即物的な文化流行DQN再生産につながり、個人レベル地域マナー喪失が進行する。一方で高給取りの家庭は塾・私立へのコースを取る事で自らの立場を確保し、富める者以外は「勝ち組」のレールに乗れない社会がここに出現する。

そうなった場合、何が起きるかというと・・・、日本の「南アフリカ化」が完成するのである。日本では銃器携帯こそ認められていないものの、社会全体として見た場合治安の悪化は否めない。あちこちに設置される防犯カメラの数はうなぎ上りになり、夜間は未成年の外出禁止令が普通になることだろう。だが警官の数は予算削減で少なくなっているため、検挙率は凋落の極みに達する。あとに残るのは裁判で賠償金を稼げるような、カネの為にしか動かない弁護士くらいのものだ。


・・・書いてて絶望的になってきたので、ここら辺で止めとく。

追記:

このエントリ元増田ですが、ブックマークでも告白しているように、b:id:guldeenです。執筆から3年が経つというのに、積極策がまるで打てていないこの日本という国の社会に、ガッカリしております。

恋に効く「人間力」について識者の見解

21世紀、恋や仕事やセックスなどにおいて「人間力」の重要性はますます高まるばかりだ。しかし、同時に私たちは「人間力」の奴隷と成り下がることは避けなければはいけない。『人間力』を出版したばかりのモハメド・サファリ・ビデ教授社会学)に話を聞いた。



―――昨年暮に、ビデ教授は『人間力』(ごま書房)をお出しになったわけですが―

ビデ はい、おかげさまで。

―――ですが、昨今の「人間力」に対しては批判的なスタンスを堅持しているように見受けられるのですが。

ビデ そうですね。「人間力」は現在、特にヒューマンマネージメント界隈で濫用されている言葉ですが、もともとは社会学、とくに歴史社会学の厳密な議論の中から生まれてきた概念であることをまったく考慮されていない点は大変危惧していますね。

―――進化論を語る人の大半が、ダーウィン原著を読んだことさえない、みたいな状況でしょうか。

ビデ ああ、それに近いですね(笑)。「人間力」というのは、まあ、直感的にわかりやすいでしょう?「人間」の「力」ですから。そこに、そもそもの誤解が生まれる余地があったのでしょう。

歴史的に見ると、「人間力」は、フランス移民でありムチャパッカ王国民俗学の権威、プロフェッサー・アナール de オナール氏(1915-1960)によってまず最初に提唱されました。非常に複雑難解な理論だったそうで、しかもかなりの攻撃的・先進的な性格を持った内容であり、当時の学会からは異端視され続けたことが明らかとなっています。

―――オナール氏の「人間力理論が生まれた背景はどのようなものだったのでしょうか?

ビデ 数々の史料が明らかにするところによれば、ある時オナール氏が友人と風俗店に行ったときの出来事が直接のきっかけとなっているようです。2 人で行った風俗店で彼の友人が「Et mov li’nouvi moe favos noch…(特別なサービスがあったデヘヘ…)」と充実した顔で出てきた時、「Cheuvi oi montre favos noch o va monte! (同じ金払ってんのにオレには無かったぞッ)」と怒り狂い、オレには何が足りないのか?勉強もコイツより出来る、ルックスもそう悪くない、ナゼ?ナゼなんだ?オレには一体何が足りず「特別なサービス」が受けられなかったんだーっ!?と、風俗店の前で悩んだ事がキッカケで、人間の本質を見極めるべく彼の一生を賭して挑んだと証言されています。

―――なるほど。

ビデ その後ムチャパッカ王国ムツゴロウ王国と併合(ムチャゴロウ紛争1962??63年)、それに伴い論文人間力」は歴史の裏側に葬られてしまっていました。しかし彼の論文に感銘を受けた一部の科学者政府の目を掻い潜りながら秘密裏に「人間力理論を元に個人の「人間力」を算出するマトリックス確立現在に至ります。近年では情報機関「A.N.A.R.U」をはじめ政府機関、一部の世界的トップ企業などで人材採用時に使われています。

―――その人間力マトリックス」とはどのようなのものなのですか?私たちも利用可能でしょうか。

ビデ 「人間力マトリックスは非常に複雑であり、正確な算出には困難が伴います。しかし勉強ダメでも仕事がデキる(どうして?)、ブサイクなのにちんこがデカイ(いつ使うの?)、バスト90でウエスト80(巨乳なのか?それは巨乳なのか?)等、いいのか悪いのか?何が足りないのか?目には見えないスキルを持っているのか?という事を人間として総合的に一目瞭然で判断する事の出来る素晴らしい公式であるという点では、非常に精密であり強力な理論です。

―――それは恐怖ですね(笑)。逆に言えば、支配権力によってに容易に利用される危険性もあるのでは―

ビデ そのとおりですね。したがっていま我々がすべきことは、人間力を批判的に読み解くこと、つまりA.N.A.R.U.リテラシーの育成のです。そして、そのためにはアナル教育が切に求められています。

―――今年もビデ教授は、アナル=アナリストととしてますますご活躍されることでしょうね。今日は貴重なお話をありがとうございました。



[Acknowledgements]

This interview is inspired by and based on http://d.hatena.ne.jp/nosweat/20051202/1133514330.

- 転職ならen
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