はてなキーワード: 服部とは
群馬大学のアカハラが文集で取り上げられているけど、OBとして個人的お気持ちをつらつら書きたいと思う。
自分は学生時代に非医学部の学生として服部教授の「性と死と家族の倫理学」という授業を履修しており、また2016年にアカハラを受けた学生とも顔見知りである。
個人情報や現在進行中の裁判にもある程度影響しそうな話も知っているので詳細は伏せながら書き連ねたい。
まず、非医学部の学生から見えた服部先生は「気難しくて厳しいけど、面白い先生」という印象であった。
倫理学という観点から自分の中にあった(授業で取り上げられたテーマについての)価値観を切り崩され、また、再確認する機会となった。
あの経験があったことで、より視野が広がり、弱者やジェンダーの問題について考えることが増えたように思う。
あと、授業中に正しいコンドームの付け方を教えてくれたのは結構役に立っている(セクハラのような雰囲気はなかった)
次に人から聞いた、医学部生視点の服部先生の印象であるが、概ね「『医療倫理』の授業に比べたら『性と死と家族の倫理学』の授業の先生は相当優しい」という意見であった。
また、「医療倫理」の授業について、当時は「真面目に授業を聞いて、教授に噛みつかず、圧倒的量のレポートをこなせば単位はもらえる」という声が多数であったと思う。
噛みつく学生や変に拘りの強い学生、頭の硬い多浪生は単位を貰いずらく、また、生徒と先生が対立すると授業が進まないから険悪なムードが漂うことがあったと言う話も聞いた。
ちなみに、「医療倫理」授業は医学部生だけでなく、医学系の院生も必修に入っているため履修していた友人がいたが、その人曰く「医学部の学部生」以外にはゆるい評価である、とのことであった。
(個人的には「医療倫理」の授業では外部講師も招くことが多く、ジェンダーの観点で生き証人のような研究者が招かれていたのでモグリをしたかった)
記事にもある通り、単位が降りるのが厳しいため、病院実習が始まるまで(群大医学部では病院実習が始まると卒業まで難なくこなせるという風潮があった)の各学年におけるマイルストーンとなっていた授業の一つだった。
いずれにしても、当時の服部先生は賛否両論はあれど、個人的には一番もう一度授業を受けたい先生と思っていたので、どうしてこのようになってしまったのかという思いが強い。
あと、群大内で(学外に出ないものも含めて)やらかしが多いのは決まって医学部である(今回や前回のアカハラ、「私は学長です」事件・論文不正、附属病院であるが腹腔鏡の医療ミスなど)、という風潮があった。
そういった風潮は、(私が学生であった当時は)新入医学生が医学部の教授会に自己紹介を兼ねた一発芸を披露する必要があり、女子医学生も含めて一部は裸踊りに近いものを披露することがある、と聞いていたので、
醸されていったのだろう。そのような「昭和な雰囲気」が、医学部が不祥事の温床となる風土を作り出しているのだと思う。
医学部が大学としての稼ぎ頭であるのはわかるのだが、いちOBとしてちゃんとした風土改革が必要だと思う。他学部の方では「医学部だけ県立福祉大と合併すればいい」、「医学部以外宇都宮大学に合併すればいい」などといったジョークが出ることもあった。
そういったブラックジョークがなくなることを願う。
自分の身を守るため、名誉毀損や誹謗中傷にならないように、あえて肯定的なことと無難な伝聞や組織体制へのお気持ちしか書いていないから、擁護をするように読める文になってしまったけれど、書かれていない批判的なことが本当は知ってほしいことだってのは、読み取ってくれとは言わないけど、(立場を)理解してくれたら嬉しい。
群大の医学部は年齢差別が酷い、のような言説があるけど、むしろ医学部への再チャレンジが開かれたの大学だよ。
国立大医学部で編入制度のあるところがまず少数な中で、弘前大の20名についで15名受け入れている。
私に良くしてくた医学部の先輩複数名も編入組で、年齢もバラバラだった。
年齢差別裁判以後は変わったんじゃないかと思う(裁判以前を知らないからそこは語れない)
一発芸の話は私もドン引きしたし、当時は医学部に未練が残っていたけど、そんな気持ち一気に吹き飛んだよね。
今でも医療現場の人間関係の話聞く度に、医療職にならなくてよかったと思ってしまう。
ちなみに、私は授業中に(授業妨害にならないレベルで)噛み付いた側の学生だったけど、普通に(2ch文化のようなものではないちゃんとした)「論破」をしてくれたし、それによって下げられるようなこともなく良い成績で単位は貰えた。
ごくごく稀にうまく言ったやつを持ち上げておいて、そいつらこそが素晴らしい。真似ろと言って。
実際に道の途中にいるやつや、途中で失敗したやつに石を投げる。だって能無しのくせに素晴らしい起業やイノベーションの道を歩んだのだから!。
それはそれは素晴らしいものしかない世の中になることでしょう!!!!
そんなの生まれない?アホをおだてればいいんだ!起業教育だ!一歩歩みだせば必ずうまくいくかですか。
川にかわいそうな人間を大量に叩き落とせばイノベーションが生まれるですか!
本当に日本は腐ってるね。
理研の雇い止めの労働団体だとか、仙人計画で叩かれた服部先生や、科学不正の一方で大学の構造問題に取り組んでる榎木先生に御高説を述べたら、、、と思うが、彼らのじゃまになるような愚劣な存在はまず黙ってるのが良かろう。
https://anond.hatelabo.jp/20140601012957
書き込みから約8年。ぷよぷよ通スコアアタック事件。このミステリアスな事件は今でも思い出すことがあり、不本意ながらワクワクしてしまうのだ。
ぷよぷよのプロゲーマーである、くまちょむ(服部崇)氏の当時(2004年)の的確な分析を紹介しておきたい。MYK氏はもう少しくまちょむ氏の考えに耳を傾けるべきだった。
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今回の騒動は実に不可解な点が多いように見え、MYKさんが動画のERIさんを水無月愛理氏だと疑ってしまうのは当然の流れです。
私は、MYKさんがこの販売動画のある部分を見落としていて、それを考慮に入れていないためにこの問題と正面から向き合えていないのだと言わざるを得ません。
そう言うと、「なんで動画を見ていないのにそんなことが言えるんだ?」と思われてしまいそうですが、怒らずに聞いてください。
・・・と、その前に、皆さんは「ギガウイング2」というシューティングゲームをご存知でしょうか?
このゲームはゲーセン用のAC版と家庭用であるDC版の2つがありまして、私はもう引退してしまいましたが、以前は必死にAC版、DC版の両方でプレイしていたものです。
そこで私は引退記念に、家庭用でプレイを収録した動画を来年1月に販売しようと思い立ちました。
販売時の書き出しは以下の通りです。
ギガウイング2発売4周年記念! 究極のスコア出しをあなたに贈ります!
430627100796944027点
私はかれこれ2001年1月より2004年10月まで途中休止した期間はあったものの、3年近くプレイをしてきました。
特にシングルプレイではなく、ダブルプレイで点数を狙うスコア出しに魅せられ、アーケード版を中心に点数と操作技術の向上に努めて参りました。
現在のアルカディアという雑誌に掲載されるハイスコアを意識していたこともあります。
ゲームセンターでギガウイング2に投じたお金は、3年間で200万円以上になります。まさに命を懸けてきたゲームでした。
今回ご紹介するプレイは、3年間の私の集大成とも言えるべきもので、最も高いスコアのものであり、かつプレイ内容にも自分自身納得できるものであります。
たった1ゲームではありますが、皆様に胸を張ってお見せできる内容であると自負しております。
早いものです。この私のプレイを見て、こんな楽しみ方があるのか、ダブルプレイをやってみよう、そんなふうに思っていただければこれ以上うれしいことはありません。
以上の内容で、2005年1月にネットオークションにて一人の方に販売したのですが、その人からクレームが来たんです。
「この動画は明らかに『リスタート機能』を使ってスコアを出していますね?」
「私はノーコンティニューと書いてあるからズルはしていないと思っていました。」
「スコアラーとしてのプライドが無いんですか?私は失望しました。」
・・・という内容でした。
この『リスタート機能』というのは、進んだステージの最初から何度でもその面の開始時の点数でやり直せるという機能でして、この機能を使ってスコアを出すという行為は、ぷよ通の稼ぎにおける「途中乱入を使ってスコアを出す」のと同じこと。
とはいえ厳密には違うのですが、やっていることは同じです。
この時、購入者はこう思ったはずです。
・・・とまあ、私がギガ2の動画を販売したらこうなってしまうかもしれません。
この物語のように、実際私は家庭用では練習で『リスタート機能』を使っていましたし、【引退記念】として最後に撮った動画も家庭用版のその機能を思いっきり使用しています。
そして私だけではなく、シングルプレイのトップシューターでさえもこのゲームで『リスタート機能』を使用し、大筋はスコアを高めるために練習していると存じています。
ちなみに、私のギガ2日記には最後に撮ったものを「本番」と記してありますが、それは家庭用で最後にプレイするという意味合いであり、やはり本番の本番はゲームセンターでのスコアアタックで、家庭用はやはり練習ということになります。
で、私が何を言いたいのかというと、メガドラ(家庭用)のぷよ通で「途中乱入機能を用いてスコアを出す」という行為はアリだということです。
そして、マージン設定の変更もアリです。さらに、プレイ動画をその事実を記載せずに売っても問題は無い(全くではありませんが)と考えます。
やはり、ゲーセンでやっているわけではないので、どんなプレイスタイルを取ろうがそもそもアルカディア誌は全く関与していません。
そこで、「だったらせめて練習だと記載しておくべきだろ?それを明記せずに販売しているのはどう考えてもそれを意図的に隠して販売したとしか思えないぞ」
と、あなたは思ったはずです。
しかしですよ、私がこのギガ2動画に堂々と「練習」と書いて出品すると思いますか?
しないでしょう。「練習」とも「本番」とも書きませんね。
「私は命を懸けてこのゲームをやりましたー!スコアには相当の自信がありまーす!でも練習でーす!」
それはさすがに
書 け ま せ ん
ですから、動画のERIさんは何ら紛らわしい記述をしたつもりは無いはずで、それについては返信メールにて謝罪しています。
やっぱり、私が動画のERIさんと同じような立場になってしまったら同等に近い答え方をすると思いますね。
自分が命を懸けてきた練習動画に対して「アンタ、最初から練習ということを記載しておいてくれよ。」「人を騙すのもいいかげんにしろ。」と私に言ってくるんですよさっきの購入者さんは(笑)。
私はかなり怒りましたが、冷静になってメールを返信しましたよまったくもう。
「これはこちらの出品の仕方に問題がありました。端的には『最もアーケードに近い』というフレーズと、にもかかわらず『実際にはアーケードからほど遠いスコアの狙い方』という点が、誤解を招いてしまったようです。なので、『今回のプレイは正式スコアには全く匹敵しない』という記載があれば問題ないと考えます。弁解になるかもしれませんが、正式スコアに匹敵することを強調するつもりはなく、ドリームキャスト版であることを全面的に言うことで非公式であるという認識を持ってもらえると想像していました。リスタート機能についてはもちろん認識しています。ドリームキャスト版ではリスタート機能を交えて練習することが多いのです。」
と、メールを送ったのですが、向こうの人はまだガミガミ言ってくるんですよ。
私はどうすればいいんでしょうねえ。
さて皆さん、今回の騒動の中で「マージン設定の変更」のほうへ目が行ってしまっているかもしれませんが、私が注目しているのは
「この動画は途中乱入機能を用いているのではなかろうか?」ということです。
マージン設定を変更しているのは明白なので、正確には途中乱入機能も、ですね。
その場合、29.97fpsの動画を繋ぎ合わせた事実を立証できればこの第2のERIさんは限りなく水無月愛理氏とは別人ということにはなりませんか?
だってそうでしょう。「究極スコア」と記載していてマージン設定を変更し、さらに途中乱入機能を使ったわりにはあまりにもスコアが低すぎ(第2のERIさんごめんなさい)て、これはおかしいと思うはずです。
MYKさんはページの中で「この設定とこの技を使えばこれぐらいはスコアが出るんだよ」と言っていて、条件別でのスコアの高低がある程度予測できています。
しかし、151万点が出されている動画で実際にそうだった場合でのスコア高低判断をMYKさんは怠っているように私は思います。
そしてそのことが、動画のERIさん=水無月愛理氏 だという疑惑を払拭しようニしない要因の1つになっているような気がしてなりません。
ちゃんとやったつもりが1フレームズレてたり、繋ぎ目に音声ノイズが入ったり、とにかく見栄えよくつなぎ合わせるのって結構難しい作業なんです。
それで、苦労の末にようやく究極スコアを出した動画を上手く繋ぎ合わせる事ができたんですよー。嬉しいなあ。
そしたら購入者が「上手く繋げたつもりだったようだが私の目はごまかせんぞこの詐欺師がァ」とか言ってくるんですよ。
一生懸命繋げたんだけどなぁ・・・。私は何か悪い事をしたんだろうか??
・・・と、いった感じです。
MYKさんの事を悪く言っているつもりはありませんよ。
しかし、やはりMYKさんは疑問をお持ちになられた以上、出来るところまでは様々な角度からこの問題を見つめ直し、再検証を試みてみるべきだと思います。
今回起きた出来事は、数々の偶然が重なってしまっていて今のMYKさんに「冷静になれ」というほうが無理な話だということは重々承知しています。
それに、私は「もっとこの話題を肥大させていきたい」と思っていませんし、やはり即急に問題が解決されていく事を望んでいます。
MYKさんが、「どう言われようと俺は黒と言ってしまったようなものだから、今更考えを変えることはできない。」という考えをお持ちであれば、それでもいいと思います。
しかし、「10年間命懸けでプレイしたと書いてあり、名前が一緒で、しかもスコアがスコア、偶然が重なりすぎている、だからやっぱりこれはそうなんだ・・・」という考えを貫き通すのであれば、
その前にもう一度調べられることは調べたほうが良い気がします。
あのページには動画と解説書を隅から隅まで見たというようなことが書かれていますが、動画の繋ぎ目を調査したという記載がないので、私は今現在、MYKさんが少なくともその唯一の証拠品に対して1点以上の確認は怠っていると考えています。
そして私は、そのことがとても気になっていています。
ですが、それを調査して繋ぎ目付近に明らかなフレームズレや雑音等が確認できた場合に「マージン設定も変更していてさらにこんな小細工を・・・ますます許せん。」と、思ったりしてはいけませんね。
だってこの人は悪い事をしているわけではないし、悪気があってやったことでもないはずですから。
それでもし繋ぎ目が不自然で、やっぱり繋げていたという事実が明らかになったとしても、「最初からその事実を記載しておけよ」と言って責めるのはおかしいと言えるでしょう。
それはなぜか? ・・・私が書いた文章の中に答えが書かれています。
今回私は、練習(家庭用)において設定の変更やその他の手段を用いてスコアを出す行為は全く問題ないと主張し、
さらに、それを記さずに動画の販売を行っても問題ない(全くではありませんが)ということを私個人の観点から明らかにしました。
そしてそれは別におかしな考え方ではないということが、私の書いた文を読んでもらえればお分かりいただけるかと思います。
それを否定したら、「途中乱入とマージン設定を使ってスコアを出したらしいが、服部はスコアラーとしてのプライドをお持ちでないのか?家庭用とはいえ、お前は疑われても仕方がないぞ。」
と、私に言っているのと同じことになります。
何度も同じようなことを書きますが、それを言われたら「練習でやってるだけです。」と答え、「どうして記載されていないんですか?怪しいですよ。」と返され、「はあ~??」という流れになってしまいます。
動画のERIさんは運悪くスコアネームの一致などの偶然が重なり、表舞台に現れていないだけでそのようなことを思われている可能性が高いと私は考えます。
そして、やはり動画のERIさんはそういう稼ぎスタイルを自分の中で確立させている人なんだなと私は断定しました。
それはゲームは違えど、「スコアラーでいて、同じようなことをやっている者」同士だからこそ言えることなのかも知れません。
皆さんはどう感じたでしょうか?
長くなってしまいましたが、以上です。
疑問などがあれば次回に答えたいと思っていますし、すでに答える準備ができています。
それではまた~。
そんなん当たり前ちゃうの。
社会学の研究で「強力効果論」というのがあって、悪い内容の本は読者を悪い行動に走らせるわけ。
そうなる前に誰かが止めないと。
https://twitter.com/dankanemitsu/status/1455696455004405761
2019年、カナダのオンタリオ州南部にある教育委員会が学校図書室から「原住民やマイノリティに対して差別的な表現」等が問題とされた図書4700冊を処分。30冊ほどを「浄化の儀式」として焚書。その灰を植えた樹木の肥料とした。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/船橋市西図書館蔵書破棄事件
船橋市西図書館蔵書破棄事件(ふなばししにしとしょかんぞうしょはきじけん)は、船橋市西図書館の女性司書だったA(実名非公開)が、西部邁や新しい歴史教科書をつくる会会員らの著書計107冊を、自らの政治思想によって独断で除籍・廃棄した事件[1]。
Aが執筆した童話絵本『ぬい針だんなとまち針おくさん』を、船橋市立図書館が35冊も購入し所蔵していたことが明らかになっている[21]。これはベストセラーである『世界の中心で愛を叫ぶ』(23冊)や『負け犬の遠吠え』(16冊)よりも多かった[注釈 2]。またAが翻訳した『メリーゴーランドがやってきた』も32冊が所蔵されていた[注釈 3][注釈 4]。
この事件の調査中にも、服部公一著作の「作曲入門」という本が寄贈された当日に除籍されたり[注釈 5]、女性に人気がある『刺繍の入門実用書』が購入の1週間後に除籍されるなど、不審な処置が次々と明るみにされた[22]。図書館長は『刺繍の入門実用書』については、掲載されている刺繍のデザインの1つにヌードをイメージしたものがあり担当者[注釈 6]が気にくわなかったのだろうと述べた[22]。
「爆発すること知っていた」殺虫スプレー5本所持 京王線切りつけ放火の男
https://www.fnn.jp/articles/-/263360
服部容疑者は、殺虫剤のスプレーを5本所持していて、「スプレーで爆発することを知っていた」などと供述しているという。
また、およそ1カ月前から、八王子市内のビジネスホテルに滞在していて、「滞在費用は消費者金融から借りていた」などと話しているということで、警視庁は、くわしい経緯を調べている。
オイル4リットル、ペットボトル5本に小分けして車内持ち込みか…京王線刺傷の男
https://news.yahoo.co.jp/articles/531f7a60fb2b1a90008e5b59f240a934ee03fcbe
東京都調布市を走行中の京王線の電車内で乗客が刺され、車内に放火された事件で、殺人未遂容疑で逮捕された職業不詳の服部恭太容疑者(24)が計約4リットルのライター用オイルを電車内に持ち込んだとみられることが捜査関係者への取材でわかった。事件約1か月前の上京後、東京・上野のライター専門店などで購入したといい、警視庁が裏付けを進めている。
https://news.livedoor.com/article/detail/21125794/
①新宿行き上り電車の方が人が多いと思って乗り換えた。犯行は電車内と決めていた。特急は走行時間が長いから乗った。小田急線の事件を参考にした。電車に人がたくさんいるハロウィーンの日を狙った。
https://news.livedoor.com/article/detail/21125911/
「まさか自分が乗っている車両でこんな事件が起きるとは思ってなくて、死ぬのかなって思って。とりあえず混んでいる状況で②LINEで『死ぬかもしれんけどありがとう』ってお母さんには送りました」
② あの非常時にそんなLINEが打てるなんてすごいな
ゴーストコンポーザー時代の「クライアントからの依頼を再現する能力」は評価されるべき。その要求を達成しうる作曲家としての力量。現代音楽からクラシックまでの幅広いジャンルへの対応力。知名度も良し。
特に吹奏楽界からの圧倒的信頼感はその作品のひとつひとつの完成度の高さを抜きにして実現するものではない。日本では特にOVAジャイアントロボの地球が静止する日が有名か。新劇エヴァにも関わっているがおそらくタイトルほどの知名度はないと思われる。実現すれば長きにわたりタッグを組んできたワルシャワフィルの演奏によるドラクエが聞けるようになるか。
世界に通用する人材としてはこの人を置いて他にない。ドラクエを世界にもっと広めるなら避けては通れないかもしれないが作風が作品に合うかは別問題。
TVアニメから大河ドラマまで、劇伴音楽としての業界外にも通じる知名度は随一。
「あ、服部さんだ」と聞けば分かる極めて個性の強い作曲家でおなじみ。I.Q.や王様のレストランなど。
題名のない音楽会でたまに出演されるマツケンサンバでおなじみの方。劇伴での活躍が目立つが時たまに吹奏楽曲を書いたりするなど活躍の場を選ばない。
ゲーム音楽の現場に深く入り込み製作現場の実際に詳しい点が評価される。最近はゲーム音楽以外の作曲もしている。
実際はスクエニが金を渋ってそこらへんのゲーム音楽しか書けない作曲家だったり、オーケストレーションが不得意な人に任せてクラオタをがっかりさせる(が、囲いの批判なきエコーチェンバー現象で有耶無耶になる)のがオチだろうけど、他にいる?
幼い頃にテレビ放送で全話逃さず見ていても、記憶は段々と薄れていくものだ。特に妃英理と毛利小五郎の関係性は、最近の赤井家フィーバーの最中では朧気になってしまう。
こうしてサブスプリクションによって、見たいと思ったタイミングで、ノータイムでアニメを振り返ることができる。良い時代になったと思う。
(一応、自分は熱心なコナンファンというよりは、結末が気になる一心で連載を追うライトファンである。
ガッツリと読み込みファンにとっては、妃英理と毛利小五郎の関係性は、新一と蘭の関係性と同等に重要であろうことは言うまでもない。)
改めて最初から原作を(そしてアニメを)追っていると、少しばかりからかいの目で以て彼らのストーリーを読んで(見て)しまうことがある。
これはライトファン故に、ディープファンにとってはやや失礼というか、無粋と一笑に付されてしまうかもしれない話題だ。
ずばり毛利小五郎の頑丈さについてだ。
毛利小五郎は何度か死んでもいても可笑しくないほどの打撃を、妃英理から受けていると思しき場面がある。
最近だと、映画「ゼロの執行人」のED映像の中の一場面。疑惑が晴れ、釈放された毛利小五郎を、妃英理が手料理によって祝う場面だ。
あの場面で小五郎は英理の料理の味に青ざめ、料理を吹き出してしまうのだが、それに怒った英理が、言い争いの末に煮物のたっぷり盛られた土鍋で小五郎の頭を殴るのだ。
小五郎の頭にはたんこぶが出来、白目を剥いて伸びてしまった。それだけといえばそれだけのシーンで、ギャグチックに処理されているためか、深刻さは見受けられない。
こうした少年漫画における女性の男性に対する暴力描写は、最近では眉を顰められることも多々あるそうだが、自分くらいの世代だと、ギャグとしてスルーされることが多いという認識だ。
クレヨンしんちゃんで言うところの『げんこつ』的な描写と言えよう──かの描写がコンプライアンスの関係で喪われて久しいが、表現の自由という意味では、中々に悩ましい事例だ。
もちろん、5才児を拳骨で強く殴ったり、頭をぐりぐりと圧迫してはいけないのだけれど。現実とコミックリリーフは、切り分けて考えたいものだ。
そうした様式美として片付けていた描写は、『コナン』という作品の中ではやや趣を異にする。何故なら『名探偵コナン』はタイトルの通りミステリーの側面があり、結構な頻度で殺人事件が発生する漫画だからだ。サスペンスドラマでももう少し加減するんじゃないかという頻度で人が殺されている。
その殺人事件の、殺人手段の中には様々なバリエーションが存在するが、その中でも最も手近な方法といえば『撲殺』であろう。
撲殺とは、ほぐして言えば叩き殺すことである。何らかの鈍器を、或いは自らの拳を凶器とし、叩いて殴って、息の根を止めることである。
殴って殺すといえば『殴殺』という言葉もあるが、ここは撲殺で統一させて頂く。
『コナン』の作中では、撲殺事件は、ブロンズ像だとかお高い壷だとか、そういった身近な重たいオブジェや家具によって引き起こされてしまう事が多い気がする。
計画性も低く、犯人の動機もカッと頭に血がのぼって、思わず──というシチュエーションが多い。
(何だかんだ動機の薄さが槍玉に挙げられるコナンだが、現実的だと感じるのは筆者だけだろうか。現実の事件も、ドラマチックな犯人の動機などあまり聞かないものだ。むしろドラマチックだからといって納得できたとしたら、そちらの方が問題である)
さて、ここまで読んでくださった皆様の中には、筆者の言いたいことがぼんやりと分かってきた方もいらっしゃるのではないだろうか。
つまり、『自分の料理を貶されて』『夫婦喧嘩に発展して怒りのあまり』『煮物のたっぷりと入った鍋で殴りつける』──という、動機と手段とシチュエーションが三拍子揃った場面なのだ。
鍋を振り上げてから変な溜めがあったからか、ちょっといつもより洒落にならない絵面だったように思う。
前述の通り、深刻さはないのだが(尺稼ぎだったのだろうか)
もしも彼らが、一週限りのゲストキャラクターだとすると、確実に小五郎は亡くなっている筈だ。
コメディと一言に言ってしまうのは簡単だが、その裏でコメディ的な行為がしっかりと殺人に発展している作品の中では、かなりギリギリな描写なのではないかと思う。
そんな『鈍器で殴られる』という場面なのに、何故小五郎は生きていられたのだろうか。
ゾウでも一瞬で眠る程の麻酔薬を毎週近く射たれているのだから当然だ、という冗談は受け流すとして、それは恐らく、妃英理の愛故にだろう。
端的な話、英理は実際には鍋を振り上げてはいないし、振り上げていたとしても、毛利小五郎の頭に振り下ろしてはいない。
びしゃっと机の上にぶちまけて、ビンタでも食らわせたのではないだろうか。
『名探偵コナン』はミステリーだが、同時にラブコメディーでもある。コメディ描写は通用しないかもしれないが、ラブコメディな描写は通用してしまうのである。
あの鍋を振り上げるシーンなのだが、発端は妃英理が久しぶりに毛利家に上がり込んでいるという事実に、小五郎がちょっぴり照れている所から始まっている。頬を赤らめている小五郎に、英理が何事か話しかけた時に、小五郎が照れ隠しに煮物を一口頬張ってしまうのだ。
つまり小五郎のツンデレが発動したシーンなのだ。(まるで毒でも食んだかのようなリアクションである)
まあそのツンデレが高じて彼らは別居状態なのだが、関係性とは常に変わり行くものである。
ややフィーリングな結論なのだが、妃英理は手加減をしていたのだ。
それを受ける毛利小五郎も、甘んじて受けていた。
深刻なように見せかけて、冗談だった。
愛がある見方をすれば、そんなふうに見える。
仮にも警察に拘束されていた所を開放された、という、それこそ深刻な雰囲気を、夫婦喧嘩というロールで和らげた、という見方もできる。意識にしては怒りが強いので(いくら下手とはいえ、自分の作った料理をぶちまける心情は、察するに余りある。英理がかわいそうだ)、無意識だろう。
ともすれば作中の『犯人と被害者』の関係に至ってしまいそうな所を留まれるのは、ひとえに、そんな言葉のいらない信頼関係が成立しているからであろう。
『コナン』の世界では、ラブが全てを凌駕するのである。蘭が絡んだ事件では新一(コナン)が空回ってしまうように、和葉が絡むと服部がばかになってしまうように。
ラブがきっかけで阿呆なやらかしをしてしまった小五郎が受ける暴力は、同じくラブによって阿呆になっている英理からのものだからこそ、威力が軽減されるのである。
恐らくあの世界で『犯人と被害者』になってしまうカップルは、ラブなパワーバランスが崩れてしまったカップルなのだ。
そしてその「ラブによってだめになっている」部分は、読者、ひいては視聴者は、愛すべきポイントなのかもしれない。
なんだかふわふわとした結論に至ってしまったけれど、夫婦喧嘩は犬も食わないと言う。筆者もここまで考えて、なんだかどうでも良くなってきてしまった。
あの夫婦はかわいらしい。
ただそう思うだけで良かったのだ。
さて。
(終わり)
https://twitter.com/enodon/status/1381769847663591432
読売の千人計画特集の問題点を指摘したヤフー記事の寄稿後、読売から取材申し込みを受けた日本人研究者からタレコミが!
軍事スパイ扱いの記事を既に出していることを伏せ、逆に週刊誌の報道を正し、日本の科学技術政策の問題点を聞きたいと書いており、「騙し討ち取材」を続けていることが伺えます。
あたり馬券だけ買えばいいwだとか、仙人計画だぞ。霞食べて頑張るぞ。みたいな日本の失態をよそにおいておいてこれか。
服部先生が法輪功と関わりがあるようなデマ記事を飛ばしたくせに。まああれは産経だが。
気に食わないやつは死んでもいいですか。