はてなキーワード: 123便とは
日航123便事故は自衛隊が関与したものだ、という陰謀論がある。これに関して陰謀論者は「待機命令を無視して救助に行こうとした隊員を射殺」というテロップがテレビで当時表示されたと主張している。
事故から40年近く経つが、未だにこの画像が定期的に投稿される。
https://x.com/kusatan1965/status/1768579809045774539
https://x.com/afnbj0171/status/1785610536820130257
https://x.com/touyoui/status/1798912700963279121
この中華フォントによる字幕は当時のニュースではなく、amr姉貴兄貴という投稿者による「テレビ下北沢」というニュース放送を模した淫夢動画から切り抜かれたものである。
amr姉貴兄貴はニュースパロディ動画の投稿者であり、「日本国尊厳維持局」と呼ばれる動画でも知られている。
動画が削除されている上にニコニコがダウンしているため、Xに転載された動画で恐縮だが、もしその内容に興味があれば以下から確認できる。
毎年3月11日や9月11日を不謹慎だという連中や、「何らかの記念日だし普通の日とすべきだ」と書かれたアンサイクロペディア、全てにぶちぎれた増田が1年全ての日付(8月32日や11月31日なども含める)を不謹慎の日と扱うリスト
それがオールアンラーッキーデイズ(All anrakki days)だ
このリストに著作権なんかねぇから、日めくりカレンダーも薄い本もなんだってしてもらってもいいぜ
戦争だああああああああああああ
以下の順番でその日に起きた出来事をチェック
基本は日本縛りだが、あまりにもデカすぎる事件や事象の場合や、不謹慎がない場合は海外も対象に入る
そういう方たちって123便に関するあらゆる資料、書籍、当時の生々しい写真掲載の週刊誌等々全て把握しインプットした上で当時の報道、公式発表以外の『証言』や『事実』を【陰謀論】と結論付けられているんでしょうか?
もちろん私も生存者、搭乗者ではなく『真実』は掴めることもありませんが色々材料を集めていくと大枠の
いくつか上げさせて頂きます
⚫これだけでも十分ですが...
当時中学生だった私は週刊誌にあった黒焦げの完全に炭化した黒い木の枝のようになったご遺体に強烈なショックを覚えました... これほどまで完全に人が炭になるのかと
しかし数年前にある書籍(タイトルは何か失念しました)の中で専門家が航空燃料で各ご遺体があれ程まで炭化する事はありえないと......
【同種の話で歴史上火災でビルの鉄骨が溶けて倒れたケースはなく600℃にしかならない航空燃料(灯油を精製)が1500℃の融点の鉄骨を溶かすことすら出来ないです 双子ビルはドンドンという爆発音と共に崩壊しましたが... 元大林建設役員はあの映像を見て『発破現場や』と漏らしていました】 →航空燃料ってそれほど高温にならないんですよね
故中曽根元首相が『この件は墓まで持っていく』と発言している事
⚫画期的なOSソフトを開発した日本IBMの次期社長含め社員10名以上が搭乗しておりこの事故でソフト開発は頓挫? 翌年にビル・ゲイツ氏率いるマイクロソフトが台頭
⚫驚異的な高濱機長の技術で横田基地に何度も戻ろうとするが断られる(VRでしっかり記録されている)
⚫墜落して早々に上野村の青年2人がモトクロスバイクでついらく現場近くまで近づき様子を克明に証言
→自衛隊特殊部隊 (とわかる証拠がしっかり目撃されている)が墜落してしばらくで現場にホバリング
朝方近くまで墜落現場が分からなかったなんていう当時のメディアの報道を信じる方が相当無理がある
等々上げだしたら数百の矛盾 、報道.発表とは異なる【事実 証言】が出てきてるんですよ その1つ1つを全て【陰謀論】に仕立てるための工作だと思う事の方が遥かに無理がある 全てとは言えないでしょうけど当時のその目撃談 証言の大部分は利害関係関係ないですから
一冊だけでも読まれたらいかがですか? 遺族の方々が情報統制、圧力を跳ね除け、集めた事実を色々本にされています 小田周二さんの『524人の命乞い』
遺族当時者の執念に勝てる真実は、私はないと思います 我々は全て所詮『他人事』なのですから
ちなみに私も2002年に家族を【事件】で亡くしました 家にテレビ局が殺到しました メディアの適当さ 、ボランティアではありませんから『資金』を出している者のいこうに沿うのは当然ですよね
小学校か中学校のときの国語の教科書に『そこまで飛べたら』という話があった。
その話の中で主人公がテレビゲームをする描写があるんだけど、それがどうもスーパーマリオブラザーズっぽい書かれ方だった。
なぜか自分はずっとこの小説の作者を向田邦子だと勝手に思い込んでいたんだ。
そして向田邦子は日本航空123便墜落事故で亡くなったと思いこんでいた。
でも調べてみると123便墜落事故は1985年8月12日で、スーパーマリオブラザーズの発売日は同年の9月13日だった。これはおかしい。
さらに調べてみると向田邦子が亡くなったのは遠東航空103便墜落事故(1981年8月22日)だった。
そしてこの小説の作者は向田邦子ではなく安東みきえという人だった。
自分が生まれる前の出来事なので知らないのは仕方がないが、なぜ自分はここまで確信を持って間違った記憶を持っていたのだろう。