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はてなキーワード: 白衣とは

2011-08-24

http://anond.hatelabo.jp/20110824005907

平均年齢ではなく。

そこにいるのは「〇〇大卒」ってだけでスンゴイ!と思ったり、

白衣着たおっさんが何言ってもスンゴイ!と思ったり

する人の巣。

2011-04-28

気仙沼市本吉病院に関する備忘録

 Yahoo知恵袋には、本吉病院長に対する地域の冷たい仕打ちがあったような記事が出てくる。

 webには、そのようなものはなかなか出回らない。 とりあえず、ちょっとメモまで。

本吉町公式ホームページ 交流広場掲示板から

どうなのかな? 投稿者:一患者 投稿日:2007/02/20(Tue) 19:57 No.106


 この頃、本吉病院に行くことに、ちょっと抵抗を感じるようになりました。誤診なのか知識不足なのか、適切な処置をされないで手遅れになるところだった人の話を聞きました医者も生身の人間ですから、診誤ることもあるかもしれないけれども、私たち一般の人は医者を頼りに病院に行くわけですから、しっかり診察をしてほしいもです

森町長がこの掲示板を見るかどうか分かりませんが、できたら、もっと医師研修なり、勉強の機会を与えて、町民の命を預かるというのは、重責かもしれないけれども、でも、本吉町で唯一の病院ですので、高い機械を入れるばかりでなく、それを使いこなす人材医師を育ててほしいと思います。赤字で大変でしょうが、一考お願いします。

直接、病院事務長や院長に話をすればいいのでしょうが……


 あとは、勉強用に。

本吉国民健康保険病院改革プラン(平成20年12月本吉国民健康保険病院)

病院あゆみ

 本吉国民健康保険病院は、昭和22年8月に旧津谷国民健康保険組合の直営で一般病床24床の病院として開設された。

 翌23年には、法改正により旧津谷町に移管され直営病院となった。

 昭和26年には産婦人科の診療も開始された。

 昭和30年3月の町村合併により本吉国民健康保険病院となり、この年に新病棟建設され、一般病床52床、伝染病病床12床を有する病院となった。

 昭和34年当時診療科目は、内科、外科、小児科産婦人科標榜しており、地域の中核的病院として住民の健康と福祉の増進に大きく貢献してきた。

 しかし、その後人口減少などの理由により、病院は多額の累積赤字を抱えるようになったため、昭和47年に病院運営委員会を設置し累積赤字の解消に努めてきた。

 赤字解消策の一つとして、同年に外科、産婦人科が廃止された。

 その後も逐次規模の縮小が図られ、昭和61年には一般病床38床で、内科、小児科標榜する現在病院の規模となった。

 昭和47年から取組んできた累積赤字の解消は、一般会計からの繰入金の増額等により平成6年に全て解消することが出来た。

 その後は単年度の損失はあるものの繰越利益剰余金により累積赤字は発生していない。

 本吉町内には、かつては数軒の医科医院開業されていたが、医師高齢化等により廃業し、平成15年以降は診療が行われておらず、本吉病院が町内唯一の一般病院として現在に至っている。

 国の医療費抑制策による近年の診療報酬改定は、小規模な病院に与える影響が大きく本吉病院においても診療収入が減少している。

 特に平成16年度の診療報酬改定により薬の長期投与が可能となり、患者の通院数が月2 回から月1 回になったため外来患者数が減少したことも診療収入減少の要因の一つとなっている。

 現在本吉病院では、常勤医師2名により平日の診療に当たり、土日及び祝日等は東北大学病院より臨時医師派遣いただき診療に当たっているが、患者数による必要医師数は常勤医師3名となっており、早急に常勤医師3名体制の確立を図る必要がある。・・・


現在病院提供している医療と職員数

 本吉国民健康保険病院は、一般病床が38床で、診療科目は内科、小児科標榜しているが、現在は内科医師2名により、実質的には内科単科のみの医療提供を行っている。

 外来患者数は、1日平均70~80名で年間約21,000人となっているが年々減少傾向にある。入院患者は1日平均35人で病床利用率は93%となっておりここ数年は横ばいとなっている。

 外来入院診療のほかに、件数は少ないが訪問診療や訪問看護・訪問リハビリ等も行っている。

 本吉病院は、町内唯一の一般病院であることから、毎週日曜日は当番医として診療を行っているとともに、救急告示医療機関はなっていないが、内科に係る初期救急については24時間受け入れを行っている。

 また、町の健康福祉課が計画している乳幼児等の各種健診や予防接種のほか、町立の幼稚園保育所小学校中学校の校医も受託している。

 さらに、町内企業産業医を受託しているとともに気仙沼地域産業センター主催健康相談への協力も行っている。

 以上のように、本吉病院地域において果たしている役割は極めて大きく、本吉町の保健医療の推進を図る上で欠くことのできない重要医療施設となっている。

 本吉病院の正職員数は、医師2名、薬剤師1名、診療放射線技師1名、臨床検査技師1名、理学療法士2名、管理栄養士1名、看護師18名、事務職員5名の計31名、ほかに臨時職員が看護補助員9名を含めて21名で、合計52名となっている。

 医師については、本吉病院患者数による常勤医師必要数は3名で、1名不足となっていることから、当直等を含めた勤務時間が過剰になるなど医師の負担が重くなっており、早急に医師の確保を図る必要がある。

 看護師については、本年度正職員1名を採用し18名となり、必要数は確保している。(参照 【別表】定員管理に関する計画)

4月2日河北新報

気仙沼本吉病院 苦境を結束でカバー「住民守る」


 宮城県気仙沼市本吉町の市立本吉病院(38床)が苦境に立たされている。津波で1階が高さ1.7メートルまで浸水した被害に加え、2人の常勤医が辞職するなどして現場を離れたからだ。被災と「常勤医ゼロ」の異常事態が重なる医療現場で、看護師派遣医師が「住民の身近な病院を守りたい」と奮闘を続けている。

 押し寄せた津波入院患者20人や職員は避難したが、1階の診療室やエックス線室、コンピューター断層撮影CT)などの医療機器は水に漬かり、損壊した

 3月20日には院長(59)が辞表届けを提出。もう1人の常勤医の40代男性も体調を崩し、ともに現場を離れた。病院関係者は「停電、断水、薬不足の中、外来患者は普段の2~3倍に上り、昼夜働きづめだった。誰も責められない」と語る。

 現在医療活動は、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊TMAT」が担う。入院患者岩手県千厩病院一関市)に移送し、24時間態勢で外来診療に当たる。

 千葉県から5泊6日の日程でやってきた医師黒岩宙司さん(54)は「避難生活の長期化で風邪や不眠を訴える人が増えている。今こそ協力隊の力を発揮しなければならない」と力を込める。

 病院職員は津波によって12人が自宅損壊、2人が家族を失った。自宅が津波で流された薬剤師長の遠藤博文さん(54)は「JR気仙沼線の復旧の見通しが立たず、遠距離通院はできない。ここを守るしかない」と、泊まり込みを続ける。

 TMATの支援期間は1カ月程度の見通し。市は復興作業と医師確保という難題を背負った。

 看護師長の佐々木美知子さん(44)は「人口1万1000の本吉地区住民にとって、病院はここしかない」と話す。

 職務に追われ、2人の子どもと会えたのは震災1週間後だった。「住民の健康を守るため、病院存続のため、みんなで力を合わせたい」。言葉に強い覚悟がにじんだ。(高橋鉄男)

4月17日河北新報

ふんばる 3.11大震災病院存続 使命を胸に


◎常勤医去り職員が結束/宮城県気仙沼市本吉病院看護師長・佐々木美知子さん(44)

 入院患者19人全員岩手県病院に移し、人心地ついた朝だった。
 3月20日。気仙沼市本吉病院
 男性院長(59)の姿が消えた。
 震災から9日間、泊まり込みで診療を続けていた。部屋に辞職願があった。同じ日にもう1人の常勤医も体調を崩し、現場を離れた。
 旧本吉町で唯一の病院は常勤医がいなくなった。
 看護師ら31人の職員が残された。被災で派遣された外部医療団の応援を受けている。

4月上旬
 「おばあちゃん、眠れていますか」
 2階の一室で外来患者に話し掛ける。そばで派遣医師心音を聴いている。
 院長は地元兵庫県阪神大震災にも遭ったという。耐えられなくなったのだろう。
 「責められないよね。私も逃げ出したいぐらいだもの」
 津波で1階が水没した医療機器が壊れ、カルテが流され、ガスと電気と水が止まった。
 メモ用紙に「カルテ」と書き込み、急場しのぎの診療記録を作ることから始めた。
 入院患者の足元で雑魚寝し、患者タオルを借りて寒さをしのいだ。医薬品が足りない。患者によっては点滴を半分に減らさざるを得なかった。
 病院は存続するのだろうか。常勤医の不在は職員を不安にさせた。
 外来患者は1日200人前後震災前の3倍に増えた。不眠や風邪を訴える。
 「病院地域の人に求められている。病院消滅の不安は消え、存続への使命感に変わった」


 4月9、10の両日、地元の住民約100人がモップと雑巾を手にやって来た。自治会長(52)が常勤医不在を知り、「地域の力で病院を守ろう」と清掃を呼び掛けた。
 1階の泥をぬぐい取る。職員も一緒に精を出す。
 看護師長になって12年になる。2人いる管理職の1人として職員を束ねる。
 「みんなと一緒に目の前の患者に向き合うことしかできない」
 職員のうち、12人が家を流された。それでもほぼ休みなく働いてくれる。家族を失った看護師現場復帰した
 家に帰ると、長男(8)と長女(5)に抱き付かれる。「うちはどうして休みがないの」と聞かれる。ほとんど一緒にいられない。夫(42)も市の水道職員で忙しい
 医療はいずれ去る。
 「それまでに常勤の医師を確保し、以前の運営に戻れるかどうか分からない。でも、職員と地域の人は命の拠点を残したいと頑張っている」
 心の中でわが子に言い聞かす。
 もう少し待って。いい未来を残すから。(高橋鉄男)

4月20日毎日新聞

東日本大震災:常勤医不在に看護師奮闘 宮城気仙沼


 東日本大震災津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】


 3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。
 夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器モニターした。それでも院内は真っ暗で、懐中電灯看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。
 来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。
 17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった。
 院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った。
 残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員ほとんど休まずに勤務を続ける。
 4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した
 応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです

4月27日中日新聞

宮城気仙沼病院、常勤医不在


 宮城県気仙沼市本吉地区で唯一の医療機関、市立本吉病院では、震災後に男性医師と院長が相次いで休職・辞職し、残された看護師たちが応援の医師と休まず働き続けている。
 「大丈夫? 痛くないかな」。白衣の代わりに白いエプロンをまとう看護師長の佐々木美知子さん(44)が高齢の女性から採血し、優しく語りかけた。
 1階天井近くまで達した津波白衣医療機器も流した人口1万1千人の本吉地区から中央部への道は断絶。佐々木さんらは、薬を求めたり体調不良を訴える市民の応対に追われた。院長(59)は1日に最大で270人の患者を診察した
 応援の医療チームが到着した14日から、50代の男性医師休職。20日には院長が姿を消した。院長室の荷物にまぎれて辞表が見つかった。「院長がああいう辞め方をしたことを責められない」と佐々木さん。「看護師だけになってもやるしかないと覚悟した
 応援チームは小児科や外科の医師もいて、24時間体制で患者を診られる。皮肉にも、内科だけだった震災前より多くの市民を診察できるようになった。5月までは医師2人のチームが交代で来てくれる。ただ、地元主治医と呼べる医者がいずれ必要となる。
 「ここが地域の中心になって、福祉や介護、生活すべてを守りたい」。佐々木さんは同僚の看護師と肩を寄せ、笑いあう。「早く新しい先生に来てもらえるよう、私たちが頑張らなくちゃ」 (柚木まり)

記者とインフォーマントが誰なのかも控えておく。

2011-02-13

インタビュー:5人のエジプト

Five Egyptians

http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2011/02/five-egyptians.html

Posted by Jenna Krajeski

February 10, 2011



雨と消耗、ホスニ・ムバーラクのかたくなな態度にも関わらず、タハリール広場の抗議者たちはその場にとどまっていた。

白衣医師スーツ姿の弁護士などの専門家もみすぼらしいキャンパーとともに金曜日の行進の先頭に立った。

ムバーラク退陣の憶測が流れる直前、私は5人のエジプト人にインタビューを申し込み、

今までの体験と今後の予定、拘束を解かれたばかりのグーグル幹部のゴニームへの印象、タハリール広場に行くかどうかについて聞いた。

サミアサリーム / Samia Salim

31歳、油田管理会社助手

友人の忠告を排して、「心理的に準備できていない」としてヴェールかぶることを拒む。


■この16日間をまとめてみてください

サリームは抗議者たちについて当初、「複雑な感情」を持っていたという。

しかしその「勇気と辛抱強さ」が「数十年起こらなかったこと」を実現させたことで、衝撃をうけ感化され、「誇らしさを感じ、タハリールへ行きたいと思うようになった」と話す。

しかサリームと同居する両親が身の危険を案じているため、実際には参加しないという。


仕事はどうなっていますか?

「他の人たちと同じように、1週間休んでいた」

彼女たちは「状況がすっきりする、少なくとも道に出るのが安全になる」のを待っていたという。

現在サリームは仕事に戻っている。


■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

「分からない。私はアムル・モーウサに投票します」


ニュースを知る手段は?

サリームはアル・アラビーヤの衛星放送が好きだという。

国営テレビについては、「しばらくはみていたけれど、信頼性に欠けていた。明らかに意見ねじ曲げて革命を攻撃していた」。


■ワーエル・ゴニームの印象は?

「行動を起こしたことについて尊敬しています。兄だったら、ものすごく誇りに思っていたと思う」


エジプトを離れるつもりは?

彼女は、亡命ということか、と聞き返した。「ありません」


アイマン・モーヒェルディン / Ayman Mohyeldin

31歳。アル・ジャジーラ・イングリッシュのカイロ特派員エジプト出身、エジプトアメリカ合衆国で育った)。

1月25日からカイロでの出来事を休みなく取材している。

28日、モーヒェルディンはデモ生中継するアル・ジャジーラのチームを率いた。

彼自身はこのことをアル・ジャジーラの「湾岸戦争的瞬間」だと述懐している。

■この16日間をまとめてみてください

モーヒェルディンはタハリールで夜を過ごし、2度にわたってエジプト警察に身柄を拘束されたという。

抗議行動は「人々を喜ばせ、力づけ、怖がらせている。そしてそれ以上に、気づきを与えている」

「これほど多くの種類の感情が込められた事件を扱ったことはない」と語る。

仕事はどうなっていますか?

「非常に厳しいアル・ジャジーラオフィスは2度侵入された。機材の一部は強奪され、レポーターたちは監視や取調べを受けた。モーヒェルディン自身は身柄を拘束された。

人目につかないようにカメラを持ち歩いて取材することは困難だが、彼は試みた。

「当局はアル・ジャジーラに対する糾弾キャンペーンを張った」という。

彼はそれに応じて、報道を続けることを「より強く決心した」。

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

外国の干渉を受けずにエジプト人が直接選挙で選んだ誰かになるべき」

ニュースを知る手段は?

「主要な報道すべて」

ニュースを必要とする一般の人々にとって見るべきなのは、「アル・ジャジーラ・イングリッシュ。いや本気で」

金曜日デモに参加しますか?

はいジャーナリストとして、起きたことを世界に伝える義務があります

■ワーエル・ゴニームの印象は?

エジプトの素晴らしさを体現している人物。彼のような人が何千といるのを見てからエジプトの将来については楽観視している。彼らなら、正義と公平性の価値に基づいて自分たちの国の行く末を決めることができると思う」

エジプトを離れるつもりは?

仕事派遣される場所は色々あるだろうけれど、私の足は常にエジプトに根ざしている」

ファリーダ・アブダラー / Farida Abdallah

69歳。カイロ人。翻訳の専門大学であるアルソン大学卒業

定年まではエジプト内閣における人民議会フランス語翻訳責任者

■この16日間をまとめてみてください

彼女は抗議行動の間、ガーデン・シティの自宅にとどまっていたが、元政府職員として状況を注視していたという。

テレビで見る限り、怖かった。モロトフ博物館付近での爆破はとくに。ほとんど放火したようなもの。人間は逃げられるけど建物逃げられない

仕事はどうなっていますか?

アブダラーは退職しているので、人民議会関係職員との接触はないという。

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

オマールスレイマンが一定期間の代役として有力な候補だとおもう。軍での経験は国を安定化させるのに役立つはず。人柄もいい。ムバーラクは病気だし、次の指導者健康で強く、静かでなければならない」

ニュースを知る手段は?

アブダラーはアル・アハラムなどの国営メディアを好むという。

「アル・アラビーヤやアル・ジャジーラも以前は見ていたけれど、国営テレビに切り替えた。ケーブルテレビはものごとを誇張しすぎている」

金曜日デモに参加しますか?

「沈静化して人々が仕事に戻ったら、タハリール広場に行く」

■ワーエル・ゴニームの印象は?

アブダラーは彼について詳しくは知らなかった。「今の時点では、誰かをシンボル化するのはよくないとおもう。スタジオを泣きながら出たと聞いている。それは幼いと思う。ただ、インタビューを見ていないのでちゃんと判断はできない」

エジプトを離れるつもりは?

「絶対にありません。旅行はするかもしれないけれど、帰ってきます

サラー・リフキー / Sarah Rifky

29歳。作家、教師、学芸員カイロにある多くの現代美術ギャラリーの展示を手がける。

■この16日間をまとめてみてください

「うまくまとめられない」リフキーは言う。

彼女物理的にも「タハリールの人々数百万の中にいて」、仮想空間でも「#Jan25 革命ツイートの中にいた」。

仕事はどうなっていますか?

「#Jan25 以来、普段どおりのこと、やらなければならないことだけをやっている。あまり睡眠がとれず、緊張している」

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

フキーはこの質問を「象徴的」と評した

本当に聞くべきなのは彼女によると「どういうシステムが作られるべきだと思うかということ。その上に誰が座るかではなく」。

ニュースを知る手段は?

「複数のテレビチャンネルをみている。ほとんどすべての報道の抜粋も読んでいる。最初CNN報道を見ていたけれど、アル・ジャジーラ・アラビックとイングリッシュもみはじめ、主流メディアの状態をチェックするためにナイルテレビときどきみるようになった。ただ、ニュース市民情報源から直接受け取ることも多い。自分自身頻繁にツイートするようになった」

新聞については「アル・マスリー・アル・ヨウム、アル・ショロウク、アル・アーラムを手がかりとして読んでいる。ニュースを知るのはジャーナリストの報告、市民ブログ、そしてほとんどの場合ツイッター経由。自治体 (governorate) に電話をして報告をもらったり伝えたりもする」

金曜日デモに参加しますか?

毎日行っている。実際にその場に行くのと、情報交換をするのと両方に時間を割り振っている」。

木曜の夜、リフキーは広場で寝ることにしているといい、「寝袋を用意した。これがないと無理」

■ワーエル・ゴニームの印象は?

ニーム革命を「個人化」した

「彼は反対者として、政権の急所を突いた。感情的情報操作をする、少し父権的すぎる政権。ゴニームは人々を有機的に代表したドリームテレビに彼が出演したとき、3000万人が共感した。あれで、金曜日の街に出る人数が1000万人は増えたと思う」

エジプトを離れるつもりは?

いままでもエジプト内外を行き来している。そういうことで、いつか、政治家になったほうがいいのかもしれない。いま考えている」

ファーティー・アボウ・ハターブ / Fathyi Abou Hatab

35歳。ナイル川デルタ出身、ウェブ編集者

芸術教育タン大学で学び、現在は妻と娘とともにカイロで暮らす。

妻は妊娠中。

■この16日間をまとめてみてください

アボウ・ハターブはタハリール広場でなんどか夜を過ごしたという。

そしてその結果に驚いている。

革命が実際に起こるとは思わなかったときもある」

ハリールでの集会では「はじめて、異なる政治的背景を持つエジプト人が一緒に住み、話し、この後の人生について夢を語った」という。

その日の広場では、ムバーラク派の抗議者は「昔ながらのラクダ使いフェイスブック使い、ツイッター使いとの挟み撃ちにあっていた」。

2月2日の午後、アボウ・ハターブは自宅ちかくで襲撃を受けた。

そのとき彼は負傷した青年をちかくの病院に運ぼうとしていた。

犯人最初IDカードを見せるように要求した

そして首にかかっているIDカードを引っ張り、気道を切りつけ、黒い棒で彼を殴りつけた。

仕事はどうなっていますか?

襲撃を受けてから、ファーティーは一週間の間、あまり仕事にもどる気分になれなかったという。

仕事と抗議行動への参加とのバランスをとろうとしていた。エジプト市民として、、それをやるべきだし無視できないと思っていた。さいわい、仕事場でもニュースを伝え、知ることはできた。24時間いつでも読者に革命について伝えるようにしていた」

■誰が次の大統領になるべきでしょうか?

タハリール広場が一人の選出に合意することはできないと思う。エジプト人全員の、自由な選挙にまかせるべき」

ニュースを知る手段は?

テレビは「BBCラビック、アル・アラビーヤ、BBCワールド」。

新聞は、すべてを読むが、アル・ハヤートが好み。

金曜日デモに参加しますか?

「もちろん。いつも行っている」

■ワーエル・ゴニームの印象は?

アボウ・ハターブの見るところ、ゴニームは「すごくがんばっている」という。

「ワーエルはフェイスブックのページの管理者が現実での指導者になる瞬間を体現した。ワーエル(が指導者になる)にはま努力が必要かとも思う。そう簡単ではない。新しい経験から

エジプトを離れるつもりは?

革命が終わるまではエジプトを離れない」

2010-12-01

約束

母と買い物していて、台で買ったものを袋詰めしていると、誰かが声を掛けてきた。

中・高の同級生のお母さんだった。

その同級生の子はとても勉強ができて、吹奏楽部だったのだけど演奏もすごく上手く、

だからと言ってそれを鼻にかけている風ではなくわりと控えめ、加えて可愛らしい容姿で皆に好かれていた。

彼女は高校では理系を選択し、大学進学後、これまた大学院に進み、来春から有名な製薬会社研究職に就くそうだ。

常に白衣を着る生活かー。私には全く無縁。

そして、彼女のお母さんが私に話を振ってきた。

「まだ探してるんですよ。アルバイトしながら」。そう言った。

私にとってはそれがそのまま本当のこと。

でも母は「やっと決まったんです」と言いたかったそうだ。

新卒の年(この年の秋にリーマンショックが起きたから、今散々言われてる氷河期にかぶってるといえばかぶってる。でも「売り手市場」とも言われてたし、大体は就職できていた)に就職が決まらず、引け目を感じてゼミに行けず、そんなことを大目に見てくれる教員はなかったから、あっさりと留年が決まった。

そして地元に帰り、週1回のゼミはなるべく出席しながら同じように活動を続けた。でも結果は変わらなかった。

今度は無事に卒業することができ、そのまま地元アルバイトをしながら細々とシューカツしてる。

1ヵ月半ほど前、内定通知が届いた。拍子抜けするほどあっさりしたものだった。

それでも本当にうれしかった。やっとこの生活から抜け出せる。母の力になれる。

しかネットでその企業のことを検索してみると、悪い情報ばかり。一気に目の前が暗くなった。

ネット情報ばかり鵜呑みにするのはアホらしいし、とにかく行ってみないと、やってみないとわからない。

そりゃそうだ。まずは経験。私は今、何に関しても「未経験者」なのだから。

でも怖かった。今でも怖い。だから母以外の人には内定をもらったことを言わず、シューカツを続けている。

母にも「とにかくちゃんと自分で決めるまでは誰にも言わないで」と言った。

しかし母は友人や職場の同僚に嬉々としてそのことを伝えているらしい

だから今日、あのときも何のためらいもなくそう言おうとした

母の気持ちだってわからんでもない。

とんだ親不孝者がやっと就職を決めた。

悩んでる?馬鹿を言うな、なんでもいいからとにかくやってごらんよ。

やりながら公務員目指したっていいんだから。

簡単に言う。別に間違ったことじゃない。でも、何で「言うな」って頼んだことを平気で言ってしまえるんだろう。

同級生のお母さんが去った後、また念押ししておいた。

ちょっと空気が悪くなった。いつもなら何か弁解したりして雰囲気を和らげようとするんだけど、今日は何もしなかった。

ああやって比較されてしまうと気が焦るんだろうか。

何でこの子はあんな風になれなかったんだろう、ってきっと思ってるんだろう。

本当に申し訳ない。でもこのまま投げ出してしまいたくはない。と思いながらもどこかで安心してる自分もいる。

喝。

少しでも自分が満足できるものに近いことをしたい。

だからもう少しの間我慢してほしい

2010-09-11

上から下までブランド物で決めてきても、

白衣姿のマザー・テレサには勝てないですよね。

それは、どうしてですか? って、

「たましい力」のレベルが違うから。

2010-07-14

ヘルニア入院日記

2006年の夏、建設現場日雇いバイトをしていました。日給1万円もらえる仕事だったのでそれなりにキツイ内容です。マンションなどを建てる際に必要な資材の石膏ボードをひたすら運び込むというものです。

新入りの頃は一枚持つのがやっとでしたが、作業を重ねるに従い、一度に運べる量が二枚・三枚と増えていき、貧弱な僕もだんだん体力がついていくのが実感できてそれなりにやりがいを感じていました。

僕はあまり体力に自信のあるほうではありませんが、1人暮らしを始めたばかりでお金が必要なこともあり、ほぼ毎日仕事に出てがんばっていました。

その仕事に就き出して三ヶ月めの06年8月2日仕事中から腰に違和感があり、今まで経験したことのないようなだるさ・重さを腰に感じていました。夕方、仕事を終えてバスで帰る道中、腰の違和感ははっきりとした痛みに変わっていました。座席に座っていることができません。まだ立っているほうがましです。

部屋に帰ってもその痛みはますます酷くなり、激痛といってもよい程になっていきました。

ただの腰痛だと思っていたので、とりあえず横になって痛みが引くのを待つしかないと思い、次の日の朝まで寝るつもりでした。

ところが夜中になるにしたがい痛みは増していき、もう我慢できるレベルを超えていました。

それでも、油汗をかきながら朝まで我慢し、トイレに立つこともできない僕は救急車を呼ぶ決心をしました。

なんだか恥ずかしかったです。生まれてはじめて救急車を呼びました。担架で運び込まれる時、近所の人が野次馬になってじろじろ見ていました。

近くの総合病院に着き、ストレッチャーでとりあえずレントゲン室まで運ばれました。

技師が仰向けの僕に向かって脚を曲げろだの横向けになれだのいろいろ指示をとばしてくるのですが、どんな体勢でも激痛が更に増し、無理でした。仰向けで脚を上に上げようとした僕は身体全体をつらぬくような鈍い痛みに思わず叫び声をあげてしまいました。

技師もあきらめたのか仰向けのレントゲンだけ取って終わっようです。

レントゲン室を出ると、若い看護師が僕の叫び声を聞いたようで、

「なんでこんなになるまで放っておいたの?」

といわれてしまいました。それに答えることもできない僕の手を、その看護師が握って、

「私も前にヘルニアやったからどんな痛いかよくわかるよ。」

と、慰めてくれました。

診察室で仰向けになったまま医師の診断を受けました。

仰向けのレントゲンしか取れなかったわりに腰椎椎間板ヘルニアの特徴である椎間板のはみ出し具合が顕著だったらしく、即入院ということになりました。

入院が決まった時、それまで入院なんかしたことなかった僕は正直びびりました。

ヘルニアってそんなに重い病気なのかと。

しかもTシャツパンツの格好で運び込まれ何の用意もなかったし、どうなるんだろうと思いました。

ぼくが運ばれたのは整形外科の6人部屋です。僕の他は40くらいのおじさんと、中学生男の子と70くらいのおじいさん2人でした。

 

8月2日 入院初日

ベッドに寝たまま看護師から色んな説明を受けました。酷い痛みの中で聞いたのでほとんど頭に入りません。

小林さんというそ看護師は30才くらいでこれからぼくの担当になるということです。

とりあえず優しそうな女性だったのでほっとしました。

説明が終わり、最後に

「オシッコとか大丈夫?」

と聞かれました。

大丈夫じゃありませんでした。夜中からトイレに立つこともできず今まで我慢していたのです。

「すいません。オシッコしたいんですけど・・・」

「ちょっと待っててね。」

小林さんはすぐ戻ってきました。手には尿瓶を持っています。

何も言わず僕のトランクスを全部脱がせました。僕は腰を上げて協力しようとしましたが痛みでどうにもならず小林さんにまかせました。

僕のペニスはこれ以上ないぐらい縮こまっていました。もともと仮性包茎亀頭が隠れているのに今は包皮が完全にかぶってしまって象の鼻みたいになっていました。そんなペニスを見られるのは恥ずかしいものです。

自分でやります。」

僕はそういって尿瓶を受け取るとペニスにあてがおうとしました。ところがちょっとでも身体を起こすと激痛が走ります。

無理でした。

「ほらー。無理でしょ。こういうのも全部仕事のうちなんだから恥ずかしいなんて思わなくていいのよ。」

小林さんはそういうなりペニスを持って尿瓶をあてがいました。

ペニスが小さいからずっと支えていないとすぐはずれてしまいます。小林さんは排尿の間ずっと支えてくれていました。

長い排尿が終わり、尿瓶を床におくと、小林さんはウエットティッシュでペニスを拭いてくれました。包皮もめくって亀頭のまわりも優しく拭いてくれます。女性に触られたのは初めてだったので立っちゃうかなと思いましたが、それよりも激痛のほうが勝ってピクリともしませんでした。

小林さんは拭き終わると包皮をまたもとに戻しました。そして袋や腿の付け根もついでみたいに拭いてくれました。

今井クン、パンツいちいち履いてたらたいへんだから、これ付けとこうね。」

そういうと、ふんどしみたいな帯をつけてくれました。

 

尿瓶を片付けに行った小林さんはまたすぐ戻ってきて、

「痛み止めの座薬いれるね。」

さっきのT字帯を取って僕を横向けにさせました。

「すぐ済むから我慢して!」

座薬を奥のほうまで突っ込んできます。うんこが出そうな感覚がしましたが我慢しました。

「痛みが我慢できないようだったらこのボタンを押してね。」

小林さんは戻っていきました。

 

それから2時間くらいすると、徐々に痛みがやわらいできました。ほっとした僕は試しに起き上がろうとしました。

ダメでした。

ちょっとでも腰を曲げると激痛が走ります。

ただ仰向けに寝ている分には痛みがないというだけでした。それでも痛みがやわらいだことで心が随分軽くなりました。

 

昼ごはんおにぎりでした。寝ながら食べられるようにとのことでしょう。左手に点滴をしながら、小林さんに時おり手伝ってもらいながら、食べました。

「とりあえず寝ている分には痛みがなくなったけど、まだまだ絶対安静だからね。無理に起き上がろうとしたら駄目よ。」

そう言いながら口の周りや手を拭いてくれました。

 

この日、昼間ずっと眠っていたせいで夜中に目が覚めました。

おしっこがしたくなりナースコールを押しました。

やってきたのは三十代半ばの初めてみる看護師です。この人も優しそうな雰囲気でした。

今井さん、どうしましたか?」

ささやき声で聞いてきます。ハスキーで色っぽい声です。見ると白衣の胸やお尻の所がパンと張っていてグラマーな人でした。

「すいません。オシッコしたいんですが。」

その人、川上さんは、うなずくとすぐに僕のT字帯を取り、ベッド下から尿瓶をとりあげて、ペニスをあてがいました。

昼間、小林さんにやってもらった時はすぐ排尿できたのに、なぜか今回はなかなか出ません。オシッコしたい感覚はあるのにです。

それでも川上さんはジッと出るのを待ってくれています。

ようやく小便が出始め、ほっとしました。

「よかったね。」

そういって戻っていきました。

 

8月3日 入院2日目 

朝食の後、清拭がありました。

近藤さんというまだ学校出たばっかりな感じの看護師が僕の身体を拭いてくれました。熱い湯に浸したタオルで力強く拭かれるのはとても気持ちの良いものでした。

「オシモのほうは洗いますね。」

そういうと、お尻の下に差し込み便器を置いて、ぬるま湯石鹸で洗い始めました。袋の皺の部分や、お尻の穴まで丁寧にやさしくこすってくれます。

包皮もむいて亀頭部分もゆっくりと洗ってくれました。

勃起しそうな感覚はありましたが、とても恥ずかしく、また入院したばかりの不安精神状態だったためかペニスはやわらかいままでした。

 

8月4日 入院3日目

依然として起き上がれず、つらいです。

入院してから一度も大便をしていません。

 

8月5日 入院4日目

まだ、ウンコが出ない。看護師さんが浣腸しようとしたが強硬に断りました。そんなの恥ずかしすぎます。

 

8月6日 入院5日目

今日こそベッド上で排便しようと試みました。

でもだめです。いくらきばってもでません。

浣腸しよう。もう限界よ。恥ずかしがってちゃだめよ。」  

小林さんが浣腸してくれました。初めての浣腸です。浣腸した直後から鋭い便通がきました。

「5分我慢してね。」

とのことだったので必死で我慢しました。

小林さんは僕のお腹をさすりながら

「まだよ。まだよ。」

と囁いています。

5分後、差し込み便器めがけてシャワーのように排便しました。大量のウンコです。差し込み便器にはおさまらず、下に敷いたビニールシートにもウンコが垂れました。

小林さんはさすがに排便の間カーテンの向こうにいてくれましたが、すごい音やニオイは隠しようもありません。他の入院患者に対しても恥ずかしく、申し訳なく、もう死んでしまいたい気持ちでした。

「おー、いっぱい出たねー。よかった、よかった。」

小林さんは笑顔で僕の汚いウンコを始末してくれます。ほんとに穴があったら入りたい気分でしたが彼女笑顔に救われたように思います。

「お尻洗うね。」

なんだか汚いウンコも見られたせいか恥ずかしいとかいう感覚がなくなったようです。パンパンに張っていたお腹もすっきりして心まで軽くなりました。

小林さんに洗ってもらってる間ペニスが半立ちになってしまいました。こんなことは入院以来初めてです。スッキリしたせいでしょうか。これはこれで別の恥ずかしさがあります。必死で違うことを考えて勃起をしずめようとしました。

今井クンは本読むの好きなんだね。いっつも本読んでるもんね。」

小林さんも気をそらそうとしてるのか、それとも単なる世間話のつもりなのか、話しかけてきます。僕も母に持ってきてもらった村上春樹を語ったりしました。

おかげで完全に勃起せずにすみました。でも小林さんの洗い方はとても気持ちよく、やばいところでした。

 

8月7日 入院6日目

腰にブロック注射を打つことになりました。

ブロック注射を打つにはベッド上で横向きになりネコのように身体を丸めないといけません。そんな姿勢は今の僕には発狂しそうなほどの痛みをともないます。

それで全身麻酔を打ってからということになりました。

 

麻酔を打って、徐々に薄れていく意識の中で、なぜか小林さんのことを考えていました。

 

目が覚めたのはそれから3時間後の夜7時頃です。

なぜかペニスが痛い。どうやら尿道に管を入れられているみたいです。しかも勃起しているから余計です。起き上がってみようとしましたが麻酔が抜けきってないのか身体に力がはいりません。

勃起が収まってからナースコールを押そうと思っていたのに、その前に看護師が来てしまいました。初日、夜中に小便をとってくれたグラマー川上さんです。

「目が覚めたんだね。どんな具合?」

「まだ、身体に力が入らないです。」

ブロック注射は何回かに分けてやるから、すぐに痛みが取れるわけじゃないよ。無理に起き上がろうするのは絶対だめよ。」

川上さんは点滴の具合を確かめ、それから僕のお腹をさして言いました。

「ちょっと確認するね。」

ふとんをはがしT字帯をとりました。

ペニスに管が入れられているのが見えます。しかもまだ勃起しています。

今井クン、おちんちん痛くない?」

「はあ、痛いです・・・。」恥ずかしさをこらえて言いました。

 

「抜いちゃうね。」

そういうなり左手で陰茎を持ち、右手でそろそろと管を引き抜き始めました。

痛いのかと思っていたのは杞憂で、それどころかなんとも言えない快感が走りました。

なんというか、射精寸前のような感じです。

「あっ・・・・」思わず声が漏れました。

「痛い?」川上さんはいったん抜くのをやめました。

「あ、いや、そうじゃなくて・・・」

「じゃ、抜くよ。」再びそろそろと管を引いていきます。また変な感じがしてきました。なんかほんとに射精しそうです。

しかし、無事、管は抜かれました。ペニスは腹側に向かって反りあがり、ビクンビクンゆれています。オナニーしてて射精寸前でやめた時みたいなもやもや感がありました。

「洗うね。」

「え?あっ、今はいいです。明日でいいです。」

必死で言いました。今、洗われたらホントに射精しかねなかったからです。

ダメだよ。カテーテル取ったらちゃんと洗わないと。」

そういいつつ、川上さんは腰の下に差し込み便器を入れました。彼女の目の前でペニスはビクンビクン動いています。

「大きくなったこと気にしてるの?若い子はたいていそうなるんだから、いいのよ。」

僕は観念して彼女に身を任せました。

 

川上さんは先に薄いラテックスの手袋をはめます。ほんとに薄そうな感じで、はめても彼女の綺麗な白い手がほとんど透けて見えています。あんなのでこすられたら・・・。どうなるんだろう。

僕は川上さんの準備している様子を伺っています。彼女はいわゆる綺麗なおばさんとでもいうか、色っぽい熟女とでもいうか、とにかくそんな感じの女の人で、ただ若いだけの女性よりも本当に妖艶な雰囲気を漂わせています。しかも、オッパイが大きいのが服の上からでもまる分かりで、白衣の胸の部分がパンパンに張っています。

そんな彼女を見ていると僕のペニスは全く小さくなる気配も見せず、血管を脈打たせてビクビクうごいています。

(ああ、どうしよう。射精しちゃったらどうしよう。)

そんな僕の思いにもかまわず、川上さんは僕の脚をカエルみたいに左右に広げ、容器に入ったお湯をペニスにかけました。

(うわっ、なんだ?すんごい気持ちいい。)

ただお湯をかけられただけなのに柔らかな羽でさっとなでられたような感覚が走りました。

「あ・・・、くっ・・・。」

言葉にならない声をあげてしまいました。

「熱かった?大丈夫?」

「はい、大丈夫です・・・。」

川上さんはガーゼ石鹸を泡立てています。クリーム状になったところで、両手でその泡をすくい、ペニス全体に塗りだしました。

ラテックスの手袋はほとんど意味をなしていません。彼女の温かくてすべやかな手がそのまま僕のペニスに絡みついてきます。

彼女はまずお尻の穴と睾丸から洗い始めました。左手でお尻の穴をなでながら右手で袋をゆったりと揉んでいます。僕はあまりの気持ちよさに汗をかいています。必死で別のことを考えてはいるのですが、意味がありません。特に睾丸をやさしく揉まれることがこれほど気持ちいいとは思いもよりませんでした。自分オナニーする時に睾丸をさわるなんてしたことなかったのです。

「あっ・・・。」

「どうしたの?ここは汚れやすいのよ。」

彼女左手の中指がアナルをほじるような動きをしました。

 

「あんっ!」思わず大きな声をあげてしまいました。

「痛いの?だめよ。がまんしないと。綺麗にしないとだめなんだから。」

新たにソープをすくうと今度は陰茎部をゆっくりと洗い始めました。左手で睾丸をやさしくマッサージしながら輪を作った右手で陰茎を上下ゆっくりとしごいています。確かに洗ってはいるのですが、その動きは僕にとってもはや快感を送る以外の何物でもありません。

「ほらぁ・・・。だんだんきれいになってくねぇ。」そんなことを言いながら、川上さんは包皮をむいて亀頭を完全に露出させました。

左手でおもいっきり皮を下にさげ、人差し指と親指で輪を作った右手亀頭のカリの部分をクリクリと撫で回しています。

「はぁ・・・あぁぁ・・・」僕はもう気が変になりそうです。

「んー?どうしたのぉ?今井クン、ちょっと変な気持ちになっちゃったかなぁ?でも、だめよ。キレイにしてるんだからぁ。」

言いながら、川上さんの右手亀頭全体をコネコネとこねくりまわしました。

総毛だつような快感が下腹部を襲いました。白衣を着た肉感的な女性が僕のペニスを撫で回している。想像するだけで射精しそうなのに、今、その手が実際に快感を送り込んでいるのです。

「ここは念入りにしないとぉ・・・」

過敏な亀頭全体を逆手に握り、ひねりを加えながら上下になで上げています。ぬちゃぬちゃという音が病室に響いています。

もう、限界でした。腰が甘くとろけ、溶けそうな甘美な快楽につらぬかれました。

「あーっ・・・・!!」

信じられないほどの快美な感覚に包まれながら、僕は射精していました。今までのオナニーなんて比べものになりません。ペニスを中心に腰がどろどろにとろけてしまったようです。

身体全体をビクビク痙攣させながら長い長い射精をしました。射精している間も、川上さんは優しく亀頭をこねくりまわしています。おかげで精液が飛び散らずにすんでいます。

今井クン、出ちゃったねぇ・・・、いいのよ。しょうがないよねぇ。全部出しちゃってね。」

そんなことをつぶやきながら、川上さんは優しく亀頭を撫で回し続けます。

「フフッ、よかったねー。気持ちいいねー。いっぱい出してね。」 

ようやく、最後の一撃まで出尽くしました。まだ腰は痙攣していますが。

今井クン、全部出たの?全部出さなきゃだめよ。」

川上さんはさらに手の力を弱めて、まるで羽毛で撫でられているかのような加減で亀頭や陰茎を撫で回しています。

2010-07-12

アカデミックスカトロは根っこが同じ

アカデミックに生きる人は人生勝ち組

…ってのが、大学入って院の人間を見て思ったこと。修士/博士の人、なんか間違ってるとこあったら言って下さい。人にケチつけるのは得意だよね。


あ、これから書くのはあくまで「俺が見た範囲」での博士生き方です。分野によって、というか教官/研究室によって大分違うと思います。俺がいたのは「3Kどころか10Kでも20Kでも挙げられるぜ!」っていう分野の研究室です。



博士の生態

そこにいたD3の、俺が知る限りの生活。

9:00 研究室

9:30 実験開始

12:30 先生と昼ご飯。俺もついていく

13:00 実験再開

22:00 そろそろ実験終えて文献を漁ったりする

その後 キリのいいところで帰宅

一番遅い人で2時くらい。3時まで残ってることはあんまりない。

こういう生活ならそりゃ専門バカにもなると思う。


スカトロアカデミック

スカトロってのは、まあ別にSMでも赤ちゃんプレイでもいいけど、他人に理解されない趣味。そして、ある意味では学問も同じ。人に理解されない趣味を持った人っていうのは、でも、どうやったって一定数生まれてくる。

ウンコを喰って興奮してしまう人が存在するのと同じくらいの必然性で、学問に取り憑かれてしまう人が存在する。彼らはそういう風にしか生きられない。


彼らを見て思うこと

伝記の世界だと「○○に一生を捧げて死んだ」って人が山ほど出てくる。「一生を捧げる」ってのは当たり前だけど途方も無いエネルギーが必要で、けど、じゃあ何かに一生を捧げれば偉くなれるかっていうと、案外そうでもないんだろうなと思う。

何かに一生を捧げる人たちってのは多分どの時代にも結構な数がいて、人知れず消えていく。

別に、彼らの多くは偉くなりたいなんて思ってなくて、でも彼らは何よりも優先すべき事柄を見つけてしまって、それを追い求めずにはいられなくなったんじゃないか。

それは傍から見ればすごく不毛で苦しそうなことだけど、多分本人はすごく楽しいんだろうな、と。

俺はその姿に憧れてしまうけど、憧れてる時点で、既にダメなんじゃないかとも思う。

本当に何かを追い求められるのは、こんなことを考える前に行動を起こしてしまうような、こんなところでグダグダ書かないような人間なんだろう。

とりあえず、先輩、海外行っても頑張ってください。

博士ヤバい。

ヤバイ。博士ヤバイ。まじでヤバイよ、マジヤバイ。

博士ヤバイ。

まず賢い。もう賢いなんてもんじゃない。超賢い。

賢いとかっても

「おばあちゃんの知恵袋くらい?」

とか、もう、そういうレベルじゃない。

何しろD3。スゲェ!なんかその後とか無いの。B4とかM2とかを超越してる。D3だし超賢い。

しかも勉強してるらしい。ヤバイよ、勉強だよ。

だって普通大学の友達とか勉強しないじゃん。だって自分の学年の平均値だんだん上がってったら困るじゃん。自分ひとりだけ単位不可とか困るっしょ。

先生気合いれて、一回生のときはただの高校化学の延長だったのに、三回生のときは全合成のペーパーで反応機構を述べよとか泣くっしょ。

だから大学の友達とか勉強しない。話のわかるヤツらだ。

けど博士はヤバイ。そんなの気にしない。勉強まくり。既知の知見全てを前提知識として議論を展開する。ヤバすぎ。

D3っていたけど、もしかしたらポスドクかもしんない。でもポスドクって事にすると

「じゃあ、任期切れたらどうするのよ?」

って事になるし、それは誰もわからない。ヤバイ。誰にも分からないなんて凄すぎる。

あと帰るの超遅い。約25:00。実働時間で言うと14時間くらい。ヤバイ。遅すぎ。恋人作る間もない。怖い。

それに超休み無い。超日曜出勤。それに超テキトー。白衣とか全く着ない。サンダルて。でも手袋保護メガネはしてる、ずっと。

なんつっても博士実験が凄い。原料合成とか平気だし。

B4なんて原料合成とかたかだか10mmolスケールでやるだけで上手く精製できないからカラムしたり、再結晶で一晩置いてみたり、諦めてクルードのまま使ったりするのに、

博士は全然平気。数十グラムスケールを分液操作だけでとってくる。凄い。ヤバイ。

とにかく貴様ら、博士のヤバさをもっと知るべきだと思います。

そんなヤバイ博士たちでつくられたアカデミック世界とか超偉い。もっとがんばれ。超がんばれ。

2009-09-11

新型インフルエンザへの情報ワクチン

今日電話白衣関係の友達と話していたらつい盛り上がってネットでいろいろ調べてみた。


どこまで正しいかわからないが、情報による新型インフルエンザ対策に興味があるひとがいたら読んでみて欲しい。


予備知識として、


といったあたりがあります。与太話と思うならそれも結構です。


以下、会話した個別の項目に出来るだけ裏取りをしたものになります。

日本が輸入すると途上国の調達が・・・

インフルエンザワクチンが足りない分は海外から輸入するから大丈夫!とか言ってるが

やっぱり日本が輸入すると途上国の分を横取りすることになるみたい。。

糖尿病患者など重篤化による死亡の危険性がある患者はともかく、

栄養もいっぱいある日本人は自力で直すべきなのかもね。

同じような話だと、心臓移植海外で受けられなくなったが

あれも結局お金で列に割り込むやり方と批判されていたみたいだね。

こちらは自助努力できるものじゃないけど。

▼若い人も含め自宅療養を支援する、薬以外の方法

じゃあ出来るだけ若い人、とくに自力で直す力の強い

若者にどうやって症状に対抗してもらえるか?

これに関してはインフルエンザへの感染が認定された

自宅待機の会社員者に賃金を支給することにすれば、

医療費保険料に負担をかけずに、会社が支援するカタチで

インフルエンザ対策ができるかも、というアイディアです。

名付けるなら「雇用ワクチン」ってところかな。

こういうのに国が補助をつけたほうがいいのかは微妙だけど、

ワクチン作るだけが能じゃないんじゃないかって話。

▼リレンザを静脈注射したら劇的回復した話

これは海外の話。

臨床もされていない治療方法だけど、製薬会社医療現場

タッグを組んで最後の結果に出た賭けだったらしい。

はてブにはこんなコメントがついている。

  • リレンザの静脈注射は認可が下りてない(まだ十分な臨床試験を積んでいない)だけで、既に臨床報告である程度有効性が確認されている方法。最新の知見をちゃんとカバーしてた勉強家な担当医のファインセーブだね
  • 日本では無理っぽいな。>賭け

最初は度胸か根性かとおもったが、これも立派な「知識のワクチン」だったみたい。

インフルエンザ検査費用は適正か?って話

いくら緊急だからといってもインフルエンザワクチン保険治療の対象になるため、ずさんな処理による

不正請求や言い値での治療費請求が行われている可能性も疑わなければ不健全

もしそこに搾取があるなら、来院による感染や来院パンデミック回避をする意味でも、

検査保険の対象外にするとか、検査方法が簡単なんだから院内での「検査」で

保険点数つけさせないで妊娠検査薬みたいに一般販売したら?ってかなり大胆な

ディスカッションにもなった。

これに関しては現役の医療従事者のブログしか見つからなかったので

肝心なところはわからないのだけど・・・


これによるとなんだか結構検査に不確実性があり、例えば市販の

妊娠検査薬のようにくっきり判断するのは難しいもよう。

インフルエンザがどんどん進化することで、判定キットで偽判定が

出たり、出るべき所で取りこぼしが出たりするとなると、

市販はなかなか難しい・・・のかも。

ワクチンのバイアルを1mL瓶から10mL瓶にしたら3倍の量のワクチンがつくれる?

これは何日か前の報道ステーションで見た話。ただあまりにも古舘キャスター

自信満々にこの策を推薦するんで、懐疑的に思ってしらべていたら、

やっぱり同じように怪しいと思った人がいたらしい。

これについてはこんな分析があって、

「国がこれまで1800万人分としてきたのは、1ミリリットル

バイアルで製造した場合で、これを10ミリリットルバイアルで製造すれば、

検査にかかる時間が10分の1で済むため、その分、多く作れると。」

これが正しければ年度内に用意できるワクチンが、

1800万人分から3000万人分になるそうです。

「ただ、バイアルは一度開けると使い切る必要があるため、

10ミリリットルバイアルは集団で接種する場合に有効」

これはどういうことかというとつまり、マルチバイアルの

管理状態が悪いと、別の集団感染に繋がることもあり、なかなか難しいみたい。

1ml バイアル・・・個別に摂取出来るが効率が悪い

10ml バイアル・・・集団で摂取するため集団感染につながる

でも国も国で10mlのマルチバイアルも混在させながら

生産するとしているらしく、それでやっと1800万人分

なのだとしたら、これは飛ばしかもしれない。。

それだったらあの自信満々はなんだったんだろう。

アメリカでの施策ユニークな対策

日本よりもかなり人口の多いアメリカでは医療制度の問題も

いろいろあるけど、利権も絡んだ「ワクチン行政」なんて言葉

無い分日本より計画的に進めている部分もあるらしい。

面白いのが下記の部分。マクドナルド駐車場

ワクチン接種。子供が受けるとご褒美にアイスクリーム

もらえるらしい。


米国では、州ごとにワクチンの計画がされており、すべての州でワクチン供給する計画を立てています。ワクチン病院学校以外にも薬局職場など私的な場所でも受けられる準備をしています。米国テキサス州)でユニークシステムとして、マクドナルドとの提携があります。ワクチン接種用の車が特別に用意されて、マクドナルド駐車場ワクチン接種が行なわれます。 子どもマクドナルドワクチン接種を受けると、ワクチン接種後のご褒美としてアイスクリームがもらえます。」

▼知識のワクチン

岡田晴恵さんて作家さんが「知識のワクチン」で対抗しようと

呼びかけてたりもする。地震防災訓練のように知識を

満たしておくことで、薬や体力以外の部分、対策のこころ

がまえのところにワクチンを打とうというものらしい。

ガイドブック書籍として出しており、24ページで

210円というのはおそらく原価に近いはず。

中身としては、いざというときの備蓄リスト感染防止策、

自宅での看病の仕方など個人ができる対策を具体的に掲載しているらしい。

岡田晴恵さんについては煽りすぎと叩かれているし、

実際にメディアに利用されている部分もあるだろうけど

こういった通年の危機をずっと前から訴えてきたのは

すごいことだと思う。

未知の脅威に対抗するには

冷戦時代、アメリカソ連が協力するには宇宙人が攻めてくるしかない、

なんて与太話があったが、インフルエンザウイルスに対する災禍は

まさに世界同時に継続的で、しかもそのどんどん突然変異する、

敵としては最悪の存在。

それにはやっぱりワクチンという物理的兵器(しかも特効薬ではない)や

その運用だけに頼るだけではなく、待機中の給与支払いや

しっかりした個人備蓄の方法をおさえておくなどの環境面や

個人での対策が必要なんだと思う。

エコも大事なのかもしれないけど、命がなければエコもなにも

ないわけで、より身近に守れるものがあるのならその手段を

社会の中で支援し合い、個人単位で対策を打ったって損はないと思う。

マスクだけあればいいやなんて考えは転売屋を儲けさせるだけだから、

そのへんは惑わされないようにしたいとこですね。

2009-02-03

教授回診

その年、僕は体を悪くして数週間の入院を余儀なくされていた。

重病ではなかったため気楽な入院生活、とはいえ検査検査で結構忙しい毎日だった。

入院から数日して、教授回診があった。僕はドラマ映画教授回診シーンしか

知らなかったので、いかにも偉そうな教授が大勢の医者を引き連れ、

患者の前で担当医を怒鳴り散らす、みたいなものを想像して少し緊張して待っていた。

おはようございます!」突然の挨拶に驚いた。大声ではないが腹に響く声。腹に響くが爽やかな口調だった。

ここ数日、いや数年聞いたことのない挨拶だった。

決して、沈黙ではないというだけのバイト君が発する小声の「おあようざいまーす」ではない。

決して、でかい声を出すことだけに価値を持っている体育会出身営業さんの「あざーす!!」ではない。

それは病人の弱った体を労る優しさと、病気萎えがちな患者の魂を力強い腕で揺さぶり励ます強さを

兼ね備えた、不思議な声だった。

「第○内科の○○です。よろしくお願いいたします!」

そういって教授は、ドラマと同じようにたくさんの白衣を引き連れて部屋に入ってきた。

初老紳士、と言っても短く借り揃えた髪と少し太り気味の体は生気に満ちていた。一瞬「中尾彬に似てるなぁ」と思った。

教授は僕のベッドに近づくと、まず担当先生とカルテを見ながら会話をしていた。

内容はよくわからなかったが、いくつかの質問が交わされた。概ね担当先生の方針は間違っていないようだった。

僕の方を向いた教授はにこっと笑い、良く通るが低い声で

「この先生は若いけどよくあなたのことを理解しているからね、安心して先生の言うことを聞きなさい」と言った。

そして僕におなかを出すよう指示し、触診を始めた。太くて暖かい指だった。力のいれ具合なのか、姿勢なのか、よくわからなかったが、

とにかく僕の容体を「絶対に間違いの無いように見極めてやろう」という意志をはっきりと感じた。

教授は触診を終えると、僕の手に自分の手をしっかり添えて、顔を少し近づけ、笑いながら、

大丈夫、僕が見たところ問題はありません。」と言った。

その瞬間、オカルトなんかではなく、僕はなぜか、本当に病気が治った気がした。オーバーな表現ではなく、本当に体が楽になった。

教授は同室の患者さんにも同じような事を繰り返し、

「失礼しました。皆さんお大事に。」と、また良く響く声で言うと部屋をでていった。

隣の部屋で、「おはようございます!第○内科の○○です。よろしくお願いいたします!」という声が小さく聞こえてきた。

僕はほっとしてベッドに横になりながら、ぼんやりとその教授の事を考えていた。

その教授と僕は初対面で、しかも対面したのはほんの数分間、一言二言しか会話もしていない。

でも僕はあの瞬間、あのお医者さんに全幅の信頼を置いていたし、実際に体が楽になったのを感じた。

会って数分で、他人にあそこまでの信頼を得ることなどできるのだろうか?

それは僕があの医者を「教授=偉い先生」と見ていただけなんだろうか?

あの挨拶、声、仕草、どこに彼を信頼するに足る医者だと思わせるものがあったんだろう。

退院してしばらくしても、僕はあの教授の事が思い出された。

それ以来、僕は挨拶するときはできるだけ笑顔で、はっきりと挨拶するようにしている。そしてわかったことは、

挨拶は黙っていると失礼だから声をだす、だけじゃない。

僕がここにいて、あなたがここにいて、そしてお互い元気ですね。がんばってますね。存在してますね。

ということを確認するためにするもんなんだと気づいた。

社会に復帰して、周りは病人ばかりじゃないので、お医者さんのように力強く接することだけが良い印象を与える訳じゃないけれど、

でも挨拶だけは、僕が死ぬまでずっと持ち続ける習慣にしたい。

2009-01-22

http://anond.hatelabo.jp/20090122135744

白衣着た理系といえば中性的で七三分け、眼鏡、低身長ではないが虚弱体質、論理的で貧乏ユダヤ人か北東アジア人など。

当然のステロタイプ

2008-09-26

ある機械化航空歩兵に見る心的成長と服装の変化の可能性

A possibility of the change clothes and mental growth in a Strike Witches



1.はじめに

 かつて王様は『馬鹿には見えない服』を纒い、裸であると指摘された。王様はそれに恥じ入ったが、そうするべきではなかったのだ。彼はこういえば良かったのだ。

『裸じゃないから恥ずかしくないもん』、と。

 それが如何に認知上でパンツのように見えたとしても、属性としてパンツでなければどれだけ見せても良いのだと、多くの人に知らしめたアニメーション作品も遂にそのテレビ放映が終了となった。果たして今後『マエバリじゃないから恥ずかしくないもん』と言い張る作品が出るのかどうかが議論される昨今であるが、今回はこうした議論の活性化貢献したそのアニメーション作品について、追悼の意を込めて一つの考察を行いたい。

なお、以下は全て同作品のTVアニメ版の設定に準拠するモノであり、小説版漫画版に関しては必ずしも同一世界上であると限らないので考慮には加えていない。その為、一部の考察に関してそれらの設定と矛盾があるかもしれない事をご理解いただきたい。


2.穿かない魔女と穿く彼女

さて、問題となる作品において活躍した連合軍501統合戦闘航空団に一人の少女がいる。少女の名はサーニャ・V・リトヴャク。彼女が他の機械化航空歩兵達と一線を画する部分として、スカートの様なモノの着用が上げられる。魔力伝達の阻害の軽減、戦闘脚の着脱時の簡便化、文化等の様々な『理由』により基本的にスカートや、我々が言うところのズボンを穿く事がない機械化航空歩兵達の中において、サーニャ・V・リトヴャクだけがスカートの様なモノを穿いているのである。戦闘脚を必要としない看護師でさえ下半身露出した制服である世界観の中において、これはある種異様な事である。

 ここで一つ正直な事を言えば、筆者は見直すまであれはビスチェ状の部分と一体化しているワンピースの裾であると思い込んでさえいたのだ。これは全くもってリトヴャカー(サーニャ至上主義者の意)として度し難い失点であり、猛省している。しかし、これはそれだけあの世界において、そうした服装が特殊であると認識されるという事でもある。

 さて、ではサーニャ・V・リトヴャクが世界唯一のスカートらしきものの着用者なのかと言うと、そうとは言い切れない。第一話において登場した宮藤芳佳の祖母はモンペの様なモノを着用している事が確認されているし、母親の方もスカートの様なものは穿いていなかったが、丈の長い白衣風のコートのようなものを着用していた。また一部のモブキャラスカートらしきモノをはいている様に見られ、第八話においてはサーニャ・V・リトヴャクと同隊のミーナ・ディートリンデ・ヴィルケが足下まで裾のあるドレスのようなものを着用しており、下半身を隠す衣服が文化的に存在しないわけではない事が示されている。

 しかし一般的にスカートが着用されない中において、サーニャ・V・リトヴャクだけが日常的にスカートのようなモノを履き続けているのである。これにはどの様な意味があるのだろうか。


3.魔女は何故穿かないのか

 まず、何故そもそも一般的な機械化航空歩兵は基本的に下半身露出しているのか、という事について考えてみたい。機械化航空歩兵達が我々の言うところのズボン等を穿かないのは、特に戦闘脚の着用に理由があるとされている。これに衣服による魔力伝達の阻害の軽減という理由を合わせれば、とりあえず納得する事は不可能ではない。こうした観点から見た場合、サーニャスカートのようなモノは実質的には他の機械化航空歩兵達の上着の裾と同程度の丈であり、戦闘脚に対する阻害はない。しかしこれは十分条件を満たすというだけであり、必要条件ではない。

 次に文化的側面から考えてみたい。機械化航空歩兵達が下半身露出する事は上記の理由により一応の納得を得る事が出来る。しかし、それ以外の一般人看護師学生等が何の理由により下半身露出するのだろうか。こうした疑問に対して、原作者である島田フミカネは「この世界では普通のこと」であると答えている。つまり現実において様々な服装が変遷したように、あの世界では下半身露出の高い服装が一般的であるという文化が培われてきたという事である。

 あの世界では魔法存在すると言われれば反論できないように、あの世界ではパンツではなくズボンであり、下半身露出度は高いものだと言われれば確かに誰にも反論は出来ない。或いは、あの世界において一種のカリスマである魔女達が、先の魔力阻害の理由から露出的な格好であった事から、世においてもそうした服装が流行していったのだとも推測される。

しかし、そうであるならばなおいっそうの事、何故サーニャ・V・リトヴャクはスカートの様なモノを着用しているのかが不明瞭になるのである。


4.穿く魔女

 サーニャ・V・リトヴャクだけを見た上での検証には限界がある為、ここで一度視野を広く取って考え直してみる。実のところ、下半身露出を抑えているのは彼女だけではないのだ。ただ実際にアニメ上で、ワンピースのような上着の裾の延長ではなく、下半身を隠すための衣服を明確に着用している事が確認できるのは、当のサーニャ・V・リトヴャクと宮藤芳佳の祖母、また第八話において赤城乗組員より宮藤芳佳に贈呈された芙蓉人形だけである。(アイキャッチにおいては他キャラスカート姿も見受けられるが、イメージボード的な意味合いが強いと見られる為、考慮に入れない)また、もう少し範囲を広げ、ワンピース状であっても下半身を隠すのに十分な丈のある衣服で確認してみると、宮藤芳佳の幼少時代、同様にサーニャ・V・リトヴャクの幼少時代、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケのドレス姿があげられる。

 これらの情報から共通点を見つける上で、芙蓉人形に関しては巫女服に類似している事から、何らかの正装として形式的に固定化されているデザインであると考えられる。またサーニャ・V・リトヴャクのスカートの様なモノに関しても、十人以上いる第501統合戦闘航空団において一名だけの着用であり、特殊性が高いケースと見る事が出来る。この為、この二点に関しては一度考慮から除外する事とした。

 残されたケースについて見てみると、最初に目につくのが年齢層的な偏りである。4件中3件は幼い少女及び老婆であり、思春期、成人期を外れている。10代の女性ばかりである第501統合戦闘航空団(一部に『さんじゅうはっさい』と見られる人物もいるが)においても着用者がサーニャ・V・リトヴャクだけであり、一般的でないと見られる事は先に述べたとおりである。また、詳細に確認はとれていないが、モブキャラスカートの様なモノを穿いているのも、壮年期に近い女性であったように見えた。

 この事から、一つの仮説として、一般的に年頃とされる年齢層の女性下半身を積極的に隠す服装をしないという事が言える。こうした年齢層の女性に限る行動について、まず考えられるモノが異性に対する性的な訴求である。つまり、この世界における露出的な服装は、年頃の女性達にとっては異性に対する性的訴求の一種であり、またそれが、服装自体としても流行しているのだと考える事が出来るのである。これは現実におけるミニスカート流行を考えると、可能性としては考えられる事である。

 この説が正しいとすれば、番組側は二度もの機会がありながら、何故ズボン丸出しの幼女を出さなかったのか、という全くもって度し難い愚行についても、納得はともかく説明は出来る事となる。


5.性と露出

 また、興味深い話として、現実中世ヨーロッパにおいて未婚の女性下半身の衣服を短くし、結婚した女性は長くしたという学説がある。これは、女性の持ち物は男性が買い与えるモノである、という男性主導的な考えによるものであるが、作品世界において、先の仮説と併せて、こうした風習が一般的に広がっているとしたならばどうであろうか。

 つまり、あの世界においては、女性は未婚時には下半身露出した服装で異性に対して性的訴求を行い、婚姻後は(或いは個人差はあるだろうが)露出を控えていると考えるのである。この仮説に基づいて考えてみると、幼い少女時代ヒロイン達や、既婚である宮藤芳佳の祖母が下半身露出を抑えていた事も無理なく説明できる。また、ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケのドレスについても、あのドレスを贈ろうとしていた男性からの一種のプロポーズであると考えられる(実際、追想シーンにおいて出立前に彼女が燃やしていた衣服の裾は短く見受けられた)。更に芙蓉人形に関しても、巫女服に近いあの服装が、ある種の神仏に対する官職制服であると考えると、信仰対象に対する忠誠・隷属を示す上での処女性の証明の一つとして、精神的な意味における神仏との契り、また他の一般の異性に対する雑念の払拭を示す意味合いでの服装であると見る事が出来る。


6.性的モラトリアムの象徴としてのスカート

 では、問題となるサーニャ・V・リトヴャクについてはどうだろうか。彼女結婚しているかどうかは、考えるまでもなく未婚である(これはサーニャ・V・リトヴャクが筆者の嫁である事からも明らかだ)。ならば彼女が、まだそうした事に気をかけない程に子供であるかといえば、それもまた違う(これはサーニャ・V・リトヴャクが筆者の嫁である事からも明らかだ)。で、あるならば、何故サーニャ・V・リトヴャクはスカートの様なモノを穿いているのであろうか。性格的な側面から考えてみると、彼女は基本的には男女問わずに人付き合いを不得手としている事が伺える。本人がコミュニケーションを嫌っているわけではない事から、これは性格によるモノよりも、経験不足によるものであると考えられる。この様に同姓に対してもコミュニケーション不全的な面を持つ彼女が、異性に対すれば更なる窮地に陥る事は想像に難くない。況んや、恋愛沙汰となれば尚更である。

501統合戦闘航空団においては、隊長であるミーナ・ディートリンデ・ヴィルケにより厳正に異性との接触が管理されていたが、これは私的な事情による部分が強く、別の隊においても同様であるかは定かではない。しかし軍隊である事と、機械化航空歩兵の存在が戦況を左右する状況下において、当の機械化航空歩兵に不快感を与える事は極力避けるであろう事から、程度の差はあれ異性との接触は制限されていると考えられ、相互理解を深めるほどの交流があたとは考えにくい。また、サーニャ・V・リトヴャクはネウロイ侵攻の混乱によって幼少時に両親と生き別れており、性的な面での教育が不十分であったと思われる。そうした異性に対する理解が不十分な状況下において、無言のうちに異性を避ける為の諸策が、あのスカートの様なモノではないだろうか。

 10代前半の彼女下半身露出を抑える事で、既婚であると思われる事はないであろう事から、これは性差を気にかけない幼児的な服装の意味合いによって、自身がまだ子供であると装う性的な面におけるモラトリアム行為であると考えられる。こうする事によって彼女は自らを性的対象外とさせ、恋愛面の複雑なコミュニケーションを避けているのである。


7.終わりに

 サーニャ・V・リトヴャクは、性的方面における精神的な成長の不足から、スカートの様なモノを身につけていると考えられる。しかし、これはやがて彼女内面が成長するにつれて変化をする事だろう。つまり、彼女スカートの様なモノを脱いだ時からこそ、不鮮明な子供から確かな少女へと成長を遂げるのである。そして、次にまたスカートの様なモノを穿く時にこそ、女性となるのだ。

 そして筆者はその日を待ち続ける。彼女によく似合うスカートの様なモノを握りしめて。



参考文献

ひろこ:LINGERIES

http://www.geocities.jp/putinkoleche2/

金川欣二パンティ学・入門??語源学・仮入門

http://www.toyama-cmt.ac.jp/~kanagawa/gogen.html

島田フミカネ:digital bs tuners blog―よく聞かれるので

http://humikane.asablo.jp/blog/2008/07/01/3605589

青柳蓉子:服装の性差 なぜ女性しかスカートをはかないのか

http://www.sal.tohoku.ac.jp/~tsigeto/2001/writing/aoyagi2.pdf

著者不明:ストッキング女性社会進出

京都教育大学教育学部家庭領域専攻2005年卒業論文

2008-09-13

オタク腐女子が淡い思いを味わったよ!

先月、同僚の後輩という大学院生男性と知り合う。

初対面で「2代目青学タカさんに似てんなー」とか思ってしまうとおり、私はオタク。ついでに言うと腐女子。だからテニミュキャスト似のイケメンメアド聞かれるなんて、三次元神様の手違いかと。


相手が夏休みのうちに、数回遊びに行ったり、ご飯を食べたり、川べりで語らったりした。この一ヶ月、これを果たして恋と自覚するべきかしら…違うのかしら…みたいなトーンキラキラに包まれたりしていました、ああ、いま思い返すと死にてえ。普段は死んだ魚の目のくせに、さながら別冊マーガレット状態だった。いいんだよ、イザってときはキラめくんだから!!


が、結論から言うと、始まる前から不戦敗


地元に付き合って2年になる彼女がいるそうです。

あっそ、そうなんだ、だよね、イケメンで、シャレオツで、面白いのに彼女いないわけない!いないわけがなかった!!どうかしてた!!

彼は大学以外で、遊べるただの友達がほしかっただけだろうに。勝手に盛り上がった上、彼女存在を確かめるや明らか落胆したりして、悪かったなあ。


だが、こちらとしては「趣味or彼氏」というスタンスなもんで…。

行きたいとこあれば一人でも行くし、友達は間に合ってる。

使った交際費であれが買えたナアとか考えるのもどうかと思うが、この悔しさは何だ。帰ってきてから、しばらくチェックしてなかった同人誌通販Amazonで1万円分以上買い物した。

脳内擬人化が常態のAmazon先生白衣眼鏡CVはぜひ遊佐浩二)に「お前、やっぱり俺のところに戻ってきたんだな」って言われながら次々お買い上げ。もう連休とか絶対家から出ねーー!!

ちなみに、当然ながら突っ込んだ趣味の話はほとんどしなかった。

何の流れか「イギリス人に誘われた、どうも男に好かれるらしい」という話のときは、「きみ、襲われ受けっぽいもんね!」って思ってた。GOMEN。


時間を取り返したいほど無駄だったかというと、んなこたーない。あんなに生きるステージの違う人と、自分みたいなどーしょもないのとが笑って会話して、時間を共有することも、あるもんなんだなあと。単純に楽しかったです。夢を実現して、きっとお幸せに。

2008-08-11

今まで気に留めてなかったけど、近所の本屋エロ本コーナーがおおっぴら過ぎる。

友人と一緒に行って初めて気がついた。

普通雑誌やら本やらが並んでるところに、なんか隠すこともなく普通エロ漫画コーナーとかがある。ど真ん中。隣は音楽雑誌コーナー。子供女性も誰もが利用するようなコーナーの隣にエロ本コーナー。

本屋の真ん中の道をただ歩いてるだけで、おっぱい露出してなんかエロい液体出してるキャラがフツーに目に入ってくる。

自分はエロ漫画とか読む方なんで、あんまり意識してなかったけど、よく考えるとこれって微妙じゃね?

子供普通にいるのにどうなん?てかエロ雑誌、表紙だけでも自重すべきじゃね?乳首とかモロなんすけど…あれ普通に一般雑誌と同じところに置くのって大丈夫なのか?ただでさえポルノ云々うるさいご時勢なのに大丈夫なのか?

レンタルコミックコーナーとかだと、「18」って書いてあるカーテンの裏にちゃんと18禁漫画が分けられてるんだけどさ。

ああいう風にすべきじゃね?

あと、BLエロ本もさ。普通少女漫画のコーナー歩いてるだけで、少年眼鏡白衣青年が絡み合って恍惚としてる表紙とか見ちゃうんだけど。あれも18禁コーナーに隔離すべきじゃね?それと個人的には、同人アンソロジーとかももっと普通漫画隔離してほしい。エロじゃなくても自分の知ってるメジャー漫画キャラホモ化してる表紙とか見るとちょっとげんなりするんだけど……少女漫画コーナーとほんと同化しちゃってて、避けきれん。まあ少女漫画そんなに見ないからいいんだけど…

そのBLエロ本コーナーのすぐ近くに、子供の遊び場があるんだよね…いや本当どうなん?っていう。

もうちょっとゾーニングっつーのか、そういうの考えた方がいいんじゃないんかね。

今までそう気にしてなかったけど、これ、エロとか嫌な人にとっては結構不快なんじゃないの?

それで客逃しちゃうと本末転倒だしさ……

なんとかならんのかね。

2008-07-28

鎧なんてないけど彼女はできません

http://anond.hatelabo.jp/20080726155322

鎧なんてないし、人並みくらいには服装に気を使ってるつもりだし、身体的に致命的な部分なんてないんだけれど、それでも彼女ができません。

MADを作るのが好きです。今日も朝から作ってました。作ってるジャンルは恥ずかしすぎて言えません。

日曜は夕方5時からコードギアスが放映されるので、毎週テレビの前で正座ながら見てます。今週はルルスザのヘタレっぷりに爆笑でした。

その後、気が向いたので買い物にいきましたが、買ったものが「コミケのための『もやしもん』の長谷川っぽい服装」です。あと白衣が足りません。

どうしてですかね、ぼくも「彼女ができないやつ」ですが、鎧なんてありませんし女友達もソコソコいます。なにがいけないんでしょうかねー。

ねー。

ほら、お前ら、鎧なんて脱ぎ捨てても↑のような生まれ持った偏った嗜好があるんだろうから、きっと彼女なんてできないよ。

できないよ。

2008-07-17

mixiで出会った2つ年下の人

大学卒業後、およそ3年近く勤めた会社

人間関係を理由に辞め

それから10ヶ月後に新しい会社に勤め始めた。

前職を辞めてから、かなり期間が開いてしまっていた為

早く再就職先を決めたかった私は形振り構っていられず

日勤だけでは無く、夜勤もある会社就職した。

勤め先は医療関係

白衣を着て働くようなところだ。

私的には補助的な意味合いで入社したにも拘らず、実際に働き始めてみたら

要求されるのは専門的な事ばかりだった。

求人広告にも補助と書いてあったのに。

数ヶ月働き、徐々に慣れてきたので、夜勤にも入る事になった。

しかし、【定時退社】がこの世の都市伝説である事を象徴するかのように

午前3時4時帰宅は当たり前の世界だった。

因みに、夜勤の一応の定時は午後11時50分である。

そして、私の勤め先から自宅までは時間にして約3分である。



私は精神的にも体力的にも限界だった。




そんな時にmixiで2つ年下の社会人の男の人と知り合った。

キッカケはひょんな事だ。

彼は凹んだ私をとても励ましてくれた。


2ヶ月以上はメールでのやり取りをしていたと思う。

或る日、会う事になった。

海を観に行って、食事をした。

ただそれだけ。

別にヤリ目とかじゃない。

ヤリ目なら、その日の内にヤッてるだろうし。


別れ際、今度、USJ神戸花火大会を観に行く約束をした。

『何処か行きたいところある?』と言われ、私が答えたのがその2つだった。


また何かあればアップします。

2008-05-31

喫煙者の「マナー守ってる」が見苦しい

そのマナーってのは「『あまり』周りを不快にさせない心配り」だろ?

非喫煙者喫煙によって周囲を不快にすることは皆無。煙草不快感について、完璧マナー遵守喫煙者非喫煙者に劣る。だのにマナーを守ってる良い人=プラスで評価してもらおうと思っているとしたら勘違いも甚だしい。「ちょっとしか悪くないので見逃してください」と、全く落度のない人々に押し付ける。宥恕すべき点は毫も無い。

吸ってる時だけマナー完璧に守ったとしても、その体臭は拭えない。一週間風呂に入ってない人間も酒臭い人間薬品の匂いを付けっ放しの人間香水をつけすぎた人間も、市街を歩けば直ちにマナー違反だ。飲食店に入るなど烏滸がましい。

風呂に入らないのも自由だ。飲酒も他人に迷惑かけなければ自由だ。化学実験ももちろん自由だ。香水も楽しめば良い。だがその臭いをまき散らすとなれば話は別だ。その臭いは飯をまずくする。迷惑だ。お前が風呂に入らない事で俺は迷惑している。お前の酒臭さで俺は迷惑している。お前が白衣を着たまま食堂に来る事で俺は迷惑している。お前の異臭で俺は迷惑している。

風呂に入れ。酒を抜け。白衣を脱げ。手を洗え。引き蘢れ。カップ麺でも啜ってろ。

煙草が汚臭を伴う限り、マナーを守った喫煙など無い。

2008-05-14

ネタバレ ソニエリ着せ替え頑張れスネークメモ W52S

通常着信

オタコンからのコール スネークは本を読んでて気付かない

メール通信

ミニメタル公園ブランコに乗っているスネークメールをくれる 触手が短くて届かない

アラーム

ミニメタルが寝てるスネークを起こしに来る

会社にて

デスクの下に入る

ロッカーに入る

タバコを吸う

仕事をする

外を見ながら一服

仕事をサボって足ぶらぶらしながら一服

ドラム缶を被って歩き回る

段ボール箱を被って歩き回る

灰皿の吸殻が増える

たまる書類

弁当を食べる

顔汗をかいて、床の上で方膝を立てて腰痛に耐える

壁に弾痕が

ロッカーの上にレーション空箱

  • 椅子を並べて寝る
    • メニューを選択すると変な顔
  • その後
  • その後
  • その後
    • ナオミ立ち上がる
    • 点滴は徐々に減っていく

電車にて帰宅

ヴァンプがこっち見ながら電車に併走してる

エヴァーヴァがバイクに乗って(ry

スネークうたた寝

電車の外の窓枠に、こいのぼり状の格好で掴っている たまに落ちそうになる

電車にて出社

(まだ見てない…)

自宅にて

オタコンからのコールがたまに来る テレビオタコンの顔が

グリップゲージが出てスネークが消える 暫くすると上から落ちてくる

ビッグボスの遺影が飾ってある 何故かたまにカラーになる

ちゃぶ台の下に入る

ビールと枝豆で一杯やる

布団を敷いて寝る 布団の柄は迷彩

頻繁に壁に弾痕が

冷蔵庫カレンダーなどがロゴ入り

PS3がある

テレビ番組相撲ニュースが好き

  • リキオセがお土産を持って遊びに来る
    • 暫く立ち話をする
    • するめをつまみビールを酌み交わす
    • リキオセ上着を脱ぐ

深夜寝ているとビッグボスが夢枕に立つ

ガーコ(ケロタン)の製造ライン

雷電は黙々と作業を続けている

スネークはたまに寝る

たまにスネーク人形が流れてくる (他にもいろいろ流れてくる)

たまに回転寿司になる

エドとジョナサンに監視されている

キャンベル登場(何か少し怖い)

まさかのあの人登場

  • 張り紙カオス
    • タイムカード時間を操作しないでください roy cambell
    • M…目の前の G…ガーコ(ケロタン)に S…集中! roy cambell
    • 流されない漢(おとこ)になろう! roy cambell
    • 私のおやつを食べた人は名乗り出なさい roy cambell
    • タイムカードを力づくで押し込まない roy cambell
    • 作業中のオクトカム禁止です roy cambell
    • 流れ作業は、流れ、流れて、流されて… roy cambell
    • 工場内での銃器持込み及び戦闘は禁止です roy cambell
    • 5S(ゴエス)整理 整頓 清掃 清潔 躾 roy cambell
    • 水も作業も流れていないと腐る roy cambell
    • ガーコ&ケロタンを持ち帰らない!! roy cambell

ライン作業シーンはケータイが重い…

公園にて(夜)

イライラするキャンベル

その後ろでオクトカムで透明化したスネークが踊っている 頭の上に鳩

公園にて(昼)

ブランコに座ってひたすら鳩にカッパえびせんをあげる

あのひとが鳩にポップコーンをあげに来る

レビンコーラ猿が来る

ブランコ立ち漕ぎする


既に見た登場人物

オールド・スネーク

ビッグボス(遺影)

オタコン

チビメタル

ナオミ

ヴァンプ

エヴァ

雷電

ジョナサン

エド

キャンベル

リキオセ

レビンサル

月光

あの人

その他

隠しコマンド 特定のシーンで入力するらしいけど…?

(どのシーンで入力しても何故かあのロボットが横切ります)

建物内に居ると常に壁に弾痕ができる

外が見えるところではたまにUFOが出る

2008-04-20

彼女がついに壊れた

僕ははぁはぁと息を切らしていた。

外は真っ暗。時計の針は短いほうも長いほうも上を指している。

「まぁ、おちついて。それで、今日はどうされました?」

白いヒゲと丸い眼鏡白衣を着た医師が尋ねる。

少し、息が整った所で僕は要件を言った。

先生、急に僕の彼女が変な英語を話し始めたんです。」

「ほぉ、具体的には?」

「errorだとかwarningだとかです。僕が喋りかけても、このような英語を話続けるのです。」

「そうですか。ちゃんと定期的に検診はしていましたか?」

「いえ、最近は怠っていました。」

「あなたの環境では特に注意されるよう忠告していましたよね。」

「すみません。。。」

はぁ、と僕はため息をついた。

医師はきゅっと椅子を90度回転させて、デスクを向き、

「では、見せてください。」

と言った。

僕は、大分型落ちしたAirMacを取り出す。

医師AirMacにケーブルをつないで、ウィルスソフトを走らせた。


「あぁ、トロイの木馬ですね。」

2008-03-02

HIV即日検査のこと

昨日(3月1日)、多摩立川保健所HIVの即日抗体検査を受けてきた。結果は陰性。去年の11月以降に

不特定多数との性的接触はなく、この結果をもって私は間違いなくHIV感染していないという事実を確認

することが出来た。

あらかじめ検査の日程、時間帯等は調べてあったので、朝起きて身支度をし、適当時間に家を出る。い

よいよ審判の場に向かう。覚悟は出来ているか? 自分に問いかけつついつもの道をひたすら歩く。これま

でに渡ってきた危ない橋が次々と思い出されてきた。職場の飲みの後、羽目を外して立ち寄った立川の本サ

ロ。中国人女と生のオーラセックスをしたんだっけ。でも挿入時はゴム付けてた。何度か通った立川のイメ

クラや自宅に呼んだデリヘル嬢。一人は去年の10月下旬だったか、メガネのかわいいおとなしめの女の子

だった。この娘がある日店のサイト日記に「数日入院します。。。」という書き込みを残していなくなってしま

った。もしや…、と肝を冷やし、心に引っかかりは残りつづけた。

中央線に乗り、いよいよ立川に着いた。地図どおりに歩いて保健所を見つける。入り口で一瞬の躊躇。自

動ドアのすぐ内側に恰幅の良い白衣医師が見えた。意を決してドアの前に立つ。「検査?」「はい、HIVの」

「まだ早すぎるんだけど、整理券渡しとくから、10分前に来てね」あっさりと整理券を受け取り、しばし時間

ぶしに出かける。

歩きながら今度は別のことを考える。何故今検査を受ける必要があるのか。もちろん最近相思相愛の仲

になった彼女とのことがきっかけである。付き合い始めてから、2度のセックスを経験した。それはとても充実

したもので、これほどの悦びを経験したことはかつてなかったほどだった。セックスが2人にとって重要なもの

である以上、致命的な性感染症であるHIVは避けて通れない道だ。以前からパートナーが現れたら検査

するつもりでいたが、あまりの急展開に順序が逆になってしまったことは反省しなければならない。それはと

もかく、今が覚悟のときだ。それは間違いない。

もし、陽性だったらどうする? そのとき考える、なんて自分に無責任な考えをするつもりはない。陰性であ

ろうが陽性であろうが、そのとき取るべき対応はただひとつである。「あらゆる手段を尽くして生きる」ことだ。

幸いなことに、医学の急速な進歩HIVは無症状期に発覚すればエイズの発症をかなり延ばすことが出来

るようになった。とにかく生きられる限り生きる。いつのまにかその覚悟が出来ている自分に軽く驚いた。

北口側の回転寿司で昼食をとり(なかなか美味かった)、楽器屋でドラムキーボードをいじったり本屋

寄ったりして予定の時刻まで時間つぶしをする。不思議と冷静に時間を過ごすことが出来た。

さて、再び保健所である。待合室ではエイズ啓蒙ビデオが流れている。比較的学術的な内容で、見てい

る者の不安を軽く取り除く効果はあるようだ。やがて自分の番が来て、採血管と用紙を渡される。ちょっとし

面談の後、採血をして30-40分ほど待つ。待合室に置いてあるHIVポジティブの人たちの生きかたの本

を読んだりして、気を落ち着かせるが、やはり緊張感は抜けるはずもない。

そうこうしているうちに自分の番号を呼ばれ、別室に通される。イチロー似の医師が「どうぞ」と席をすすめ

るままに座って、いよいよ告知のときだ。心臓は高鳴り、手のひらは汗に濡れる。医師が封筒から結果の記

された用紙を取り出す瞬間が、まるで永遠のように感じられる。畳まれていた用紙が開かれ、目に入ってき

た記号は「(-)」。安堵感はすぐには来なかった。医師検査のきっかけについて二言三言交わすうち、

徐々に実感がわいてくる。幸運だな。まっさきにそんな思いがよぎる。

証明書が発行されない代わりに、陰性を知った人を対象としたパンフレットを受け取った。これが事実上

証明書だ。自動ドアを抜けて保健所を出たときの空の青さが印象的だった。そうだ、これで大切な人を危険

に晒すことがないことが分かった。自分のことよりそっちが先に出てきたのは、意外と言うよりむしろ当然だろ

う。

今回の経験で思ったことは、「やはりHIV検査は敷居が高い」ということだった。比較的精神的負担の少な

い即日検査は週に一度しか行われないし、そもそも自分が不治の病に感染しているかを進んで知ろうという

気にはなかなかならないものだろう。だが、大切な人を守ろう、と思うことがその勇気を与えてくれた。人生

質(Quality Of Life)向上のためにも、あらかじめ自分がHIVキャリアであるかを知ることは重要なことだと

思う。

2008-01-10

医者言葉について

「我々は、色々なことをしゃべりますけれど、本当は、二つのことしか言っていないんです。一つは…‥」

医師患者の胸に手を差し出した。

「あなたはもしかしたら、死ぬかもしれません」

「そして、もう一つは…‥」

医師は自分の胸、白衣の襟元に手を当てた。

「そのとき、私を責めないで下さい」

2008-01-09

http://anond.hatelabo.jp/20080109112921

出演者にも普通の視聴者にも分からないようにサービスシーンをねりこむ、それがゴールデンキャッソークオリティ

白衣眼鏡とか何考えてんだ。

2007-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20071126003533

(ちょっと書き直した)


シュミレーションゲーム」って感じのくくりでのみ考えるなら、


  >>めがねに白衣とかもういらんし。教師ネタも飽きたし。ショタもあんま好みじゃない。美形で長髪は勘弁。

  >>とか言い出すと本当出来るゲーム無くなっていくんだけど。


 と自分でいってる通り、女性好み男性より細かいんだと思う。

 男性の多くは、それなりにかわいい女の子が出てきたり、エロいシーンがあったらそれだけで妄想ができて、

 多少キャラクタ好みじゃなくてもまあ楽しめるだろうけど、女子の多くは、

 かっこいい男が出てきても、その相手が好みに合わなかったら、そこでもう楽しくないと思うのね。

 そんなことない? 加えて、好みキャラでも言動がアレだとそこでもうつまんなくならない?


 女性には男性のようにエロという共通の最終目的がない。

 というか、あるんだけど、好み + 過程 + エロって人が多いんじゃないかな。

 こいつの好みじゃないけど、とりあえずエロシーンだけはハアハアできたとか、そんなにない気が・・・。

 エロ女性にとって最後に来る過程の一つであって、諸々が好みじゃないと結構どうでもよくなる気がする。

 そうじゃないときもあるだろうけど。



 元増田はBL嫌いみたいだけど、じゃあ結構な市場のあるBLでのゲームはどうか? というと、

 これも自分の印象ではそこまで量がないように思う。

 BLっていうのは、著しく好みの分かれるジャンルだと思う。

 すくなくとも、男性向けよりは好みが細分化されているという印象。男性向けそんなに知らないけど。

 コミケ女性向の最大手の列は、男性向けのそれに遠く及ばない。

 参加者の男女比は半々、もしくは女性の方が多いと思われるのに。


 なので、女性向の恋愛シュミレーションゲーム

 もしくはBLゲーム男性向けより1本辺りの量が売れない。

 よって儲からない。だから少ない。

 最大公約数をとれば小さいヒットは狙えると思うけど・・・。

 

 ま、単純にゲーム人口の差かもしれないけどさ。

2007-11-29

不思議歯医者

さいころ、通っていた歯医者は家から遠かった。電車を二回乗り換えて小一時間かかった。

近所にも歯医者があって、というか隣が歯医者だったんだけど、うちもその歯医者も当時でも珍しいくらい結構なボロ家だったので、日常的にドリルの音が聞こえてくるの。キィィィィィンギャーっていう音が。最後のギャーの部分は、言うまでもなく患者の叫び声。昔はどこもそうだったという話だけど、ついついギャーの部分に自分が阿鼻叫喚する姿を重ねずにはいられなかった。夕食の時間になると、キィィィィィンギャーが頂点に達し、決まって母は

「ね、ああいうのになりたくなかったら、ちゃんと歯を磨くんだよ」

と言い、あまり親の言いつけを聞かなかったわたしだったけど、歯磨きだけは毎朝毎晩続けた。しかし、残念ながら、虫歯になるかどうかというのは、歯磨きをするかしないかではなくて、体質が大きく関わるらしく、残念ながら、学校歯科検診でC2(思いの軽いのかは不明だけど、少なくとも痛くはなかった)がどうのこうの言われて歯医者に行かざるを得なくなった。そこで隣の歯医者ではなくて、堀北(←仮名です。ごめんなさい)家が伝統的に通っている歯医者に行くことになった。祖母に連れられ、痛みもしない歯を治すために電車に揺られる。わざわざ痛い思いをしに行くという行為は、当時小学四年生だったわたしにとっては実に理不尽だったのだけど、「痛いのヤダ!」と正直に言えるほど素直な子じゃなかったので、さぞかし不服そうに電車に乗ってたんだろうと思う。


広い通りに入ったり横丁に入ったりして、目が回るほどグルグル歩いた先の歯医者はとても歯医者とは思えなかった。どう見ても民家。しかも建て付けが悪くてすきま風が吹いてそう。これじゃあ歯が治っても冬だと風邪になるんじゃないか?と心配になるくらいだったけれど、軒先に椅子が置いてあってそこに座って待っている人がいるほどの繁盛ぶり。子供だったので、よくわからないけど、歯医者というものは、それくらい混雑するものなのかも、と妙に納得し、小一時間ほど待ったら診察室に呼ばれた。看護婦もいなくて一人で切り盛りしているらしいのだけれど、すごく怖い声で呼ばれたので、歯がなくなるくらいまで削られるのではないかと不安になった。小四にして梅干しみたいな口になるのは嫌だと思った。


呼ばれて入るなり、祖母が

大隅さん、久しぶりだねぇ。今日は孫をお願いしたくて」

と、うれしそうに声をかけた。その大隅という歯医者は、白衣をだらしなく着ていて人相もよくなかったが、とたんに相好を崩した。どうやら常連だったらしい。娘さんがどうのこうのという話をしていた。つまり娘さんとはうちの母のこと。

「ああ、お嬢ちゃん久しぶりだねぇ。今日はお母さんいないの。覚えているかい」

と聞いてきたが、覚えているわけもなく、戸惑っていたら、抱きかかえられて診察台に乗せられた。小学四年といえばもう抱きかかえられる歳でもないので、赤ちゃん扱いされて気分が悪かったのと、タバコの匂いと口臭のひどいハーモニーは今でもよく覚えている。


うちの祖母は、さすがにわたしの物心のついた頃には衰えは隠せなかったけれど、なかなかの美人で、祖父が亡くなった翌年に、お見合いの話が何件も舞い込んでくるほどで、その娘である母も、祖母ほどではないが、どちらかというと美人、そしてわたしは残念ながら十人並みの顔立ちで、いまだに、かわいいと言われるのはわたしが誰かをかわいいと言ったときのお返しとしてだけ。人類というものは発展を繰り返すものだというのは幻想で、堀北家については退化の一途を辿っているようにしか思えない。それはともかく、大隅さんはわたしの方はあまり見ずに祖母の方ばかり見てデレデレと会話しながらわたしの口の中をいじくるので、虫歯の部分に当たったのか、あるいは虫歯ではないところを削ったのかわからないけれど、ひやりとする痛みがやってきて、たちまちわたしは泣いてしまった。

「よしよし。お嬢ちゃんはまだまだ子供なんだねぇ」

子供とか関係ないだろう。大隅さんが藪医者なんだと思うけど、と思ったが、口に器具を入れられて抵抗などできるわけがない。大隅さんはポケットから、細長い鉄の棒を取り出した。これって、「鍼」っていうのじゃない?

大隅さんはわたしの舌を軽く鍼で突いた。ひんやりとした鋭い痛みがゆっくりと熱さに変わって、その熱さが香ばしくて甘い味に変わった。

「おいしいだろ?これでがまんしなさい」

当時は、鍼ってそういうものだと思っていたのだけど、今振り返ってみると不思議な話だ。感覚というものが神経を伝わる信号というのであれば、舌の特定の部位に鍼を刺して、おいしい味を発生させることも可能なんだろうか。とにかく、今までにないおいしい味で、次の日に学校の友達に説明したのだけど、そのおいしさをうまく説明することはできなかった。この前、ベトナムに行ったのだけど、そのときに食べたデザートと同じベクトルで、それをもっとおいしくした味だった。一週間も、あまり仲のよくない女友達との旅で、最後はつまらないことで険悪になっていたのだけど、そのデザートを食べていたときだけは何も考えられず黙って味わっていた。同様に、小四のわたしも痛みそっちのけでその味に夢中になってしまった。なるほど、だからこんな汚い歯医者が繁盛するのか、と妙に納得した。大隅さんのところは、そのあと何回か通って、小六のときにも通った。


それから十年以上経った。去年の年末。祖母が脳内出血で倒れ、よくても半身不随だろうという話を聞いて急いで実家に帰った。久しぶりに親戚がみんな集まっていた。意識が戻ったものの、混濁しているらしく、何を言っているのかさっぱりわからなかった。ただ、大隅さん大隅さんと言っていて、あ、あの歯医者さんねと思ったのだけれど、なぜ生死の境をさまよっているときに、よりによってあの汚い歯医者を思い出すのかと思ったら、母が言った。

「そういえば、おばあさんは、歯をやられたことがないから、わたしやあなたを連れて行くばかりで、大隅さんに見てもらったことがないんだよね」

一番の心残りがあの大隅さんの鍼の味とは!と驚いたのだけれど、今もってあの鍼の味に敵うものはないと体験者のわたしが思っているくらいだから、たしかに死ぬまでに味わいたい味かもしれない。しかも祖母は年老いても女の子。甘い物に弱いんだろうなと思った。急いで大隅さんに電話した。ちょうど日曜日だったこともあり、すぐ来てくれた。


久しぶりに見る大隅さんは変わっておらず、というか、上下揃ったDJホンダと書いてある黒いジャージを着ていて、危篤なんだから空気読めよ、と思った。すでに祖母の意識はなくなっているようだったけれど、挨拶もそこそこに病床の祖母に近づき、ポケットから鍼を出した。久しぶりに見たけど、錆びているように見える。あの頃と同じ鍼じゃないかと思った。自由が聞かない祖母の口を乱暴にこじ開けて鍼を刺した。すると、祖母の口がモグモグと動いたのだった。「おいしい」と言ったに違いない。いや、実際おいしいから。その後数日して、祖母は亡くなった。すごく悲しかったけど、最後にあの味を体験してからでよかったと思う。


お葬式の時の大隅さんは一応黒いスーツを着ていて、やればできるじゃんと思ったのだけど、近づくといやな匂いがするのは相変わらずだった。近いうちにまた会えるよというような意味のことを棺に向かって話していたのだけど、一年くらい経ったときに予定通り(?)大隅さんも亡くなった。息子さん(といってもいいオッサンだけど)の話によると、亡くなる間際には、毎日のように自分で鍼を使って舌を刺していたらしい。


息子さんは、言っちゃ悪いけど大隅さんに輪をかけてマイペースな感じの人だったので、この巧みの技を引き継げたはずもなく、つまりわたしは、女の子だけど、最後の日に味わいたいあの味を体験せずにしななければならないということになる。残念でならない。大隅さんに生き返ってほしい。

2007-11-26

女性恋愛シミュレーションゲーム

ってなんで増えないんだろう?

男性向けの、いわゆるギャルゲーとかエロゲーは物凄い市場なのにさ。

女性向けはそれに比べると全然潤ってない。

何故だ。何故なんだ。

もっと増えて欲しいよ。そうすれば質のよいのも出てくるだろうし(ぶっちゃけ今のって絵がどれもいまいちなんだよな…まゆたんみたいな奴ばっかりっつーか)。

たくさんのイケメンに囲まれてマネージャーとかやりてえんだよこっちはよ。

隣の幼馴染に起こされて学校とかいきてえんだよ。もうそういうベッタベタのでいいから。やりたい。飢えてる。

エロとなるともっと減るからね。男性向けは寧ろエロの方が充実してそうでうらやましー。仕方ないから男性向けやったりもしてるけど女キャラは可愛いけど男キャラが全然ダメで……まあ当たり前なんだけどね……

しかし、シチュエーションはベッタベタでもいいけどキャラがベッタベタなのは嫌だな。

めがねに白衣とかもういらんし。教師ネタも飽きたし。ショタもあんま好みじゃない。美形で長髪は勘弁。とか言い出すと本当出来るゲーム無くなっていくんだけど。

かといってBLゲームはなんか違う趣向の話になってくるし。

なんでないのかね。

まあ売れないからなんだろうけど

とするとなんで売れないのか。

なんで女性には恋愛シミュレーションゲームが受けないのか。

……まさか女オタは男オタに比べて結構リアル彼氏がいるからとかいうオチじゃないだろうな……やめてくれよ!そういう悲しいオチは……

いやでも女オタは結構彼氏いるんだよ、ってのは最近よく言われることだけど、なんか「女オタは彼氏いなさそう」というイメージを払拭するためにえらく躍起になって「彼氏いるんだよ」っていいすぎた感があるような。やっぱ一般人に比べると、いねえべ。うん。まあ私の知る限りじゃだけど。だからそんなオチじゃないと思うんだよね。

やっぱり女オタはBLに走っちゃうからかねぇ。恋シミュなんて興味ないんかねぇ。

あーBLにハマれたらなー楽しそうなんだけど。他の女オタとも楽しく会話できるし。でもハマれないんだよなあどうしても……

どうか質の良い女性恋愛シミュレーションゲームがこれから出来ますように。

2007-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20071113204238

オーブンから出しちゃったらふくらまねぇよ!


と、横槍をいれてみる。

マフィンってなんでああでろーーんと出ちゃうんだろうな。

カカオニブで沸騰石の変わりだ!!とかいろいろ試行錯誤したけれども、

失敗率が0になるなんてことはいくら熟練したとしても困難だ。

オーブン変えたら微調整やり直しだし。

空気が入らないようにとか、オーブン内の温度が均一にならなきゃだめだとか、

なんか色々パラメーターが多すぎるんだろうな。

白衣着てマイクロ単位実験してた人間ですらこんなだもの、

あれは化学的というよりは錬金術的だよ。

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