はてなキーワード: 向精神薬とは
「多幸症」という精神疾患がある。
とにかく幸せで、どうでもいいようなことに対してまで幸せを感じる。
笑い上戸の気がある人は、酒を飲んだときのその状態を思い出してもらえば分かりやすい。
この精神疾患が存在するということは、一つの真実を意味している。
つまり、「幸福は、客観的な外的状況ではなく、脳内物質の分泌状況によって決まる」ということだ。
逆に言えば、幸福感を与える脳内物質さえ過剰に分泌されれば、それ以外の外的要因なんてわりとどうでもいいことなのだ。
本当に幸せが欲しいのなら、アルコールなり、向精神薬なり、大麻なり、覚醒剤なり、薬の力を頼ればいい。
ほら、幸福を感じる脳内物質がたっぷり分泌されて、不安なことなんてなくなっただろう。
それが真の幸せだ。
もしかしたら違うかもしれないが、幸せを感じる主体にとっては判別するすべがない。
でもさー。
違うだろ。
結局どうなったのか?という一番知りたいだろう疑問に先に答えておくと、特にどうもなってない。
破滅ラウンジ会場において、四日市の財布を窃盗して中身を偽札に摩り替えた人物がDJパターサンであるという情報は半年近く前から流れていた。事件当日、四日市は渋谷署に財布の紛失として届け出たが、財布が偽札になって戻ってきた際に紛失届けを取り下げ、警察も事態を大きく捉えず、悪質なイタズラとして処理してしまう。
真相を把握している破滅ラウンジ関係者は少なくないと思われるが、身内を庇いあうためか情報を隠匿していること、事件から1年半経ち既に被害者である四日市であっても捜査機関に持ち込むことが難しいだろうことから「偽札偽造」についてこれ以上の進展はないと思われる。
「偽札販売」については明確な画像の証拠もあり、会場の責任者であるカオスラウンジや破滅クルーに法的な責任が及ぶのではないかと思われたが、偽札に値札を付けて「発売」したものの「販売」の実態がないためこれも進展を望むことは難しいと思われる。
会場の展示物は村上隆に売却されており、展示物の中に偽札が含まれていればこれを「偽札販売」とみなすことができるかもしれない。しかし9/20に四日市がカオスラウンジ騒動を追いかけるq_4500に匿名で情報を寄せたところによれば、破滅ラウンジの展示物の売却は村上隆とモメたまま流れているという噂があるらしい。
騒動の発端となったキメこなを据えた作品は東浩紀が購入し、現在もオフィスに飾っている。
10/15の東浩紀のニコ生にて若干カオスラウンジについて言及があり、その中でオフィスの中に飾る分においては著作権の問題がないことを弁護士に確認したとしている。
騒動になった以降、水掛けや踏み絵、photoshopの機能を利用しただけの悪事に近い作品は作らなくなったが、梅ラボはコラージュによる作風を改めておらず、9/3に新作を発表していた。
事前許可を取るといった方針の転換もせず、著作権者に向けた窓口を作り、権利者以外との対話を閉ざしたことで、騒動を追いかける人たちに油を注いだ。
著作権者の連絡窓口が生まれたことが唯一の進展だが、権利者が動いたという話は今のところない。権利者が通報した結果、作品を取り下げるのか、作品から権利者の作品を取り除くのか、著作権料を支払うのか、権利者と対話し作風を改めるのか、などといったことも分かっていない。
だいたい同じ人の仕業。
カオスラウンジの悪名があまりにオタクカルチャーの間で敵として認識されすぎたため、暴言も荒らしも正義とみなされるちょっと危険な状態にある気がする。
この間にも 何か入れたかもしれない。 コメントは字数制限があるから、切れ切れに入ってるが、これは一つになってる。
http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11033892489.html に
この女性が向精神薬を服用してたのかと思い、2度読んだのですがよくわかりませんでした。
うつ病の薬についてはNHKでも過去に特集してるし、有名な批判ブログの人も、煽ってます。
その人は訴訟も応援してたので、どうやって妄想と区別してるのか聞いたこともありましたが、それは慎重に吟味しています、と返ってきただけで具体的にな事はありませんでした。
メールでのやり取りで、統合失調症患者さんたちが陽性症状について話す掲示板を見ると、薬は統合失調症の陽性症状にはよく効くらしい事もわかるので、両方書いておかないと、薬=危ない になると、まずいのではないか、ブログの性質上不安定な人も来るだろうし影響を受けやすい人も来るだろうから、両方並列して書いて選んでもらう形を取った方が良いのではないかと書いたら、メールの返事が来なくなりました。
こちらのブログのように、指摘や事実を挙げたり理由を落ち着いて書くならまだ良いのですが、かなりセンセーショナルに書くのが好きそうな方でした。もう何年も前の事ですが、今でもブログではご活躍です。
http://video.google.com/videoplay?docid=1357970654167682728
NHKスペシャル 最初の数分でも薬について批判されてます。医者が医者を批判する(安易なクリニック開業)シーンもあります。
40分あたりにに患者会
笠医師も取り上げていると書いたブログも検索で出るのでご存知の事と思います。
今検索したら笠医師はACも取り上げていると出てました。ACは科学じゃないはずですが、どうしてでしょう?言うとしたら家族性トラウマとかPTSDでは?
自民党の市議にメールしたら、とりあえずの連絡メールは来ました。メールフォームからなので、無視でも向こうに不都合は無いので意外でした。
大げさに煽ってはないけど、この事についてはたくさんの人たちが取り上げていて、時にはこの間見たネットニュースの記者のように、統計を恣意的に取り扱ってたりして、突っ込まれたりしてますが。
私がそのニュースを知ったのは、別のネット記者がそれに意味があると思って紹介してたからです。
確かブクマしたのがあったはず
ありました。これです。
http://b.hatena.ne.jp/entry/zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110928-00000011-pseven-pol
これはひどい、とか ニセ科学とか、なんだかなぁ というタグが付けられてます。
これを紹介してた(書いた人じゃない)記者のツイッタ上の知り合いに、アスペという断定にも読めるような事も言われ大変ショックを受けました。本人はアスペと診断されたそうで、理由を聞いても自分がそう診断された話を言ったり、おかしくなくても暴力でも入院させる事はある、自分の親がそうだったから入院させた、と言われたりしました。
この人は他の事には結構論理的な所もあり、このニュースに関してもデータの取り方について突っ込んでいました。
大げさに煽ってはないけど、この事についてはたくさんの人たちが取り上げていて、時にはこの間見たネットニュースの記者のように、統計を恣意的に取り扱ってたりして、突っ込まれたりしてますが。
最初の書き込み入ってないかと思ったのは違うところを見てたからかもしれません、失礼しました。笠医師の事を書いた看護師のところにサイトなど書いたので、それを見られてるかと思ってました。
http://blog.goo.ne.jp/moth3/e/e4508e3b5f57bb121276b1d23e6473c1?st=0#comment-form
ここにも書きましたがある市民団体のブログは、その後しばらくして見たらログイン制にしていたり、♪を飛ばして病院見学(立ち入り検査?)に
行く報告をしてました。ちょっと何考えてるのかわからないです。
電話の時点でも、ボランティアですからと言ったり、○○の3万人の人が待ってますからと言われましたがその人たち全部が助けを待ってるわけでもないと思いますし、何だか役所の窓口のようでした。これでNPO団体なのだから不思議です。
youtubeでメッセージ送っても返事はありません。他コメントへの返信はあるので、見てる事は見てるようです。
この団体は行政にやらせるようになったとかも書いてたので行政側の人かなと思いましたが、そうではないと思います。
会議して会議してというだけで、こっちにこれこれの団体があるというだけでそこに電話一本しようとはしませんでした。そこに言われた人権救済の法務局のにも電話しました(既に自分でしてたと言う意味)が、ある特定の圧力団体が付いているような人向けですという意味の事を言われました。(録音あります)それを聞いてそれは変ですね。こっちはそこを紹介してちゃんとそれが働きますというように言われただけでした。
結局弱者救済を銘打っているものは、弁護士でも市民団体でも政党でも、自主的に何かしようという気配は無く、それどころか搾取的な事をしている弁護士たちもいて
と言いたくなってきます。
一つ書き忘れてました
書きかけましたが、笠医師も被害の書き込みはネット上に散見されますよ、と報告するの忘れてました。
それが全部が全部正しいかどうかわかりませんし、もしかしたら全部正しくなくて誹謗中傷かもしれませんが、ある事はありますよと報告申し上げます。
最初がこれ http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11030085406.html
5 ■無題 こういう事で金儲けしている人にすごく疑問を持ちます。 被害者の話で本を作って儲けて、被害者は助けないんですか?こういう形の人だけじゃなくて、精神病院の中で苦しんでいる人たちも居ます。 笠氏の事を入れたのも自分です。冷やかしではありません。私は精神病院から逃げて20年暮らしてきてますが、人格に問題のある親の事で困ったままの状態です。 私以外にも某巨大掲示板のスレでは親から逃げてる人たちのスレもあります。 言うと被害妄想にされそうで怖くて相談にも行けませんでした。 基本的人権に関する事なので、もっと国や行政が助けなければいけないと思います。 本当は一般の人にも道義的責任はあるはずです。国や行政に働きかけるという方向で助けてもらえますか? 今、親に居場所がわかったら、親から嫌がらせとも何ともよくわからない事をされ、それについては弁護士が内容証明を書くまでの事にもなったのですが、それをやったのは親以外にも利害がからむ相手が居たのですが、弁護士が相手方についたらそっちと訴訟じゃなくて交渉がしたいと言い出し、それを嫌がるならやめると、おりてしまったという状態です。 詳しくは、自分で作ったサイトに事情が載ってます。 少し前の記事に、不登校児を精神病院に入れなくて良かったという話がコメント欄にありましたが、うちの母親は養護教諭をやってた時不登校の生徒さんを精神病院に入院させていたそうです。私は不登校児ではありません。 親を専門家に診せよう色々な所に相談に行ってました。 まだ、説明の途中ですが、どこかで公開で質問できないでしょうか? なまえ 2011-09-28 16:52:00 >>このコメントに返信
http://sky.geocities.jp/oooquree/kako1006.html
お返事ありがとうございます。
そんなにすごくないかもしれないけど、普通の家族ならこんな目に遭わないと思います。アパート半壊させた業者に親が協力し、無断交換施錠し警察が民事扱いで介入し、鍵は家主から手に入れたものの
その時の警官の家主を庇う言い方や、法的な場以外での面会の強要の仕方に大変ショックを受け
その後も本当に色々あり
こういう書き込みでも、ここでどこと特定できる言い方はまずいと思いますが個人のある犯罪にあった方のブログでも、その方の検察審査会に関するネットニュース記事を見て質問しに行って、窮状か事情か、事情を書いたページを載せたり書き込んだりしていたら、返事が無かったので、返事はしないんですか?みたいな事を聞いたら
「戦う ○さんを応援します」と書かれました。
その人はその犯罪に関する警察への苦情も聞き取るとか、よくわからない事も書いてました。なんでわからない事と思ったかと言うと、警察に対して、そんななあなあで済まして良い問題ばかりではないと思ったからです。中には国家賠償請求したら通るものだってあるかもしれないのに、ごめんで済んだら警察いらん、と関西の子供は言いますが、そこで引き合いに出される警察からの権利侵害やハラスメントをごめんで済ませようとしているのには、違和感を感じました。
それはそれとして、こっちは戦えるような状態ではないのに、そんなまるで政治家みたいな言い方、何と言う人だろうと思いました。
私もその犯罪は未遂だけど遭ってます。ずっと昔ですが、その事も書きました。それからしばらくして人が怖くなり家に居たら、余計に親はここぞとばかりに責めてきました。今回の事でもそうですが、人が弱っているとここぞとばかり攻撃します。
あぁ こんな事書いても全部被害妄想にされるかもしれない。。。。。
でも、サイトに半壊画像はあるので、これは実際その場所の近くの人にでも確認してもらえば確認できると思います
http://sky.geocities.jp/oooquree/fax.html
親からの気持ち悪いFAXが上に来てますが、だいたい概要がわかります。
http://sky.geocities.jp/nanami061106/
http://d.hatena.ne.jp/oooquree/about
最近作った新聞?らしきページ 編集は自分でできないもの 凍結されたツイッタアカウントのです。
http://paper.li/Tasmanian_good/1317696179
私がライターや自称ジャーナリスト()笑を信用しないのは、この前見つけたネットニュースが、家賃滞納して鍵施錠された人の事を記事にしていて、情報提供の欄から書き込んだのに全く連絡が来ないというような事もあるからです。
それがなぜ記事になるかと言えば、”弁護士が流すから”ではないかと思います。
私は追い出し屋の被害にあったのではなく追い出し屋対策弁護士の被害に遭いました。ツイッタで追い出し屋について記事を書いたりちょっとした本を出したり(本は不動産関係だったかな)してた人が、何を思ったか、私をフォローしたので、質問したのですが、○さんの幸せをお祈りしています、とか自動応答なのかもしれませんが、意味を為してない答えばかり返ってきたりしました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1367730408
弁護士の問題
http://www.mynewsjapan.com/reports/1502#comments
ニュース記事 URLはネットはリンクフリーだし中身も特に問題視されたわけではないので大丈夫だと思いますが、削除にされたらショックです。
ニュース記事の中のツイッタ枠の中にもたくさん書いてあったのですが、凍結されたので、読めないかもしれません。
自分のブラウザに残っている分だけでも保存してき、また読める形にしたいと思ってますが。
今、非常にややこしい状況で、親の異常性を認めて生活保護を親に連絡せずに通したのに、よく考えたらちっとも保護になってないような状況です。
こちらが、保護施設や病院への保護を望んでもCWは病院は知らないと言うし、病院へ聞いてもCWに言ってと言われるし
総合的に相談ができる公立の内科も精神科もありCWもいる近くの病院へ行こうとしたら、それまで通っていた漢方のクリニックの神経に効く漢方薬が内科の薬かもしれないと民生の係長に言われ、クリニックを止めないといけないと言われマ大変ショックを受けました。
民生の苦情を総務に出したら、改善されるどころか、余計酷くなりました。
生活保護は精神的にも肉体的にもまいって、動けなくなって普通じゃないくらいぼーっとするとか、眠れないとか、見間違いが極端に多くなるとか、色々精神的に問題もあったから受けようとしたのですが、それだけではなく、私は20年間内科的治療を全く受けてません。私が入れられた病院で、採血した時血糖値が糖尿病の境界域になっていると言われそれ以来ずっと体に痛みもありだるさもあります。前のような異様なだるさは取れたものの、冬場は何ヶ月か寝込むとか、毎日は働けないとか、そんな形で暮らしてきました。
本当はもっと早く生活保護なり何なり受けるべきだったと思いますが、CWには「今まで働いてたんでしょ」と言われました。
今までってその時は、2~3ヶ月かもっとかほとんど寝たきりでした。
http://sky.geocities.jp/oooquree/fax.html
親からの気持ち悪いFAXが上に来てますが、だいたい概要がわかります。
http://sky.geocities.jp/nanami061106/
http://d.hatena.ne.jp/oooquree/about
最近作った新聞?らしきページ 編集は自分でできないもの 凍結されたツイッタアカウントのです。
http://paper.li/Tasmanian_good/1317696179
私がライターや自称ジャーナリスト()笑を信用しないのは、この前見つけたネットニュースが、家賃滞納して鍵施錠された人の事を記事にしていて、情報提供の欄から書き込んだのに全く連絡が来ないというような事もあるからです。
それがなぜ記事になるかと言えば、”弁護士が流すから”ではないかと思います。
私は追い出し屋の被害にあったのではなく追い出し屋対策弁護士の被害に遭いました。ツイッタで追い出し屋について記事を書いたりちょっとした本を出したり(本は不動産関係だったかな)してた人が、何を思ったか、私をフォローしたので、質問したのですが、○さんの幸せをお祈りしています、とか自動応答なのかもしれませんが、意味を為してない答えばかり返ってきたりしました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1367730408
弁護士の問題
http://www.mynewsjapan.com/reports/1502#comments
ニュース記事 URLはネットはリンクフリーだし中身も特に問題視されたわけではないので大丈夫だと思いますが、削除にされたらショックです。
ニュース記事の中のツイッタ枠の中にもたくさん書いてあったのですが、凍結されたので、読めないかもしれません。
自分のブラウザに残っている分だけでも保存してき、また読める形にしたいと思ってますが。
もっと詳しく今の状況を書いたものもありました。
http://anond.hatelabo.jp/20110926141342
今、非常にややこしい状況で、親の異常性を認めて生活保護を親に連絡せずに通したのに、よく考えたらちっとも保護になってないような状況です。
7割が20年間も医療行為を受けてないという事はありませにんよね?
憲法は国民の権利を守るもので、法律は国や行政側を守るというと語弊はありますが、国民を規定するものとしてあるそうですが、憲法に反する法律は作れないのだから、憲法の方が法律より強いと解釈されるらしいです。
でも、調べてみたら生活保護に関しては、理念としては憲法側が勝っても良さそうなものなのに、抽象的な部分は結構敗訴してます。国民感情を考えての事かもしれません。
しかし、国民の7割が20年内科的治療をしてない状態で暮らしてる国なんてあるんでしょうか?少なくとも日本では考えられないはずです。
行かさないとは言ってないと言って来るかも知れませんが、ただでさえショックに次ぐショックで、精神的にまいっている状態の人間に言うことではないと思います。
区役所からの文書を見ただけで動揺し、吐いたり下したりするようにもなりました。
信頼関係を破壊し恐怖心を与え、自力で変な避難をしなくてはいけなくなったのは、区役所の責任だと思います。
今保護費は手渡しにすると言う文書が来て、振り込まれていません。これも、親から取るべきだと思います。道義的にもいつも原因を作ってその責任を曖昧にする事をしてきた親です。離れて住んでいる人の部屋にいきなり鍵を施錠し入れ無くして行く異常者です。
これが、どれだけ精神的に堪えたか。今も書いても親を庇う人もいます。精神医療を考える会の人には、両親に家族会に入って貰って無理解を失くすよう話し合い、とか言われ大変驚かされましたし、この人はちょっとその他の判断もおかしい部分があったので、特殊な例かもしれませんが。
15年ほど前いきなり両親が来た時、当時のアパートの隣の部屋の人に「実は精神病院に入れてまして」(これを言ったのは父)と言って行き、養護教諭だった母は、転職して精神病院で働いていますと、メモを残して行きました。
ちなみに、母は不登校の生徒さんを精神病院に入院させていたそうです。
私は不登校児ではありません。
今、非常にややこしい状況で、親の異常性を認めて生活保護を親に連絡せずに通したのに、よく考えたらちっとも保護になってないような状況です。
こちらが、保護施設や病院への保護を望んでもCWは病院は知らないと言うし、病院へ聞いてもCWに言ってと言われるし
総合的に相談ができる公立の内科も精神科もありCWもいる近くの病院へ行こうとしたら、それまで通っていた漢方のクリニックの神経に効く漢方薬が内科の薬かもしれないと民生の係長に言われ、クリニックを止めないといけないと言われマ大変ショックを受けました。
民生の苦情を総務に出したら、改善されるどころか、余計酷くなりました。
生活保護は精神的にも肉体的にもまいって、動けなくなって普通じゃないくらいぼーっとするとか、眠れないとか、見間違いが極端に多くなるとか、色々精神的に問題もあったから受けようとしたのですが、それだけではなく、私は20年間内科的治療を全く受けてません。私が入れられた病院で、採血した時血糖値が糖尿病の境界域になっていると言われそれ以来ずっと体に痛みもありだるさもあります。前のような異様なだるさは取れたものの、冬場は何ヶ月か寝込むとか、毎日は働けないとか、そんな形で暮らしてきました。
本当はもっと早く生活保護なり何なり受けるべきだったと思いますが、CWには「今まで働いてたんでしょ」と言われました。
今までってその時は、2~3ヶ月かもっとかほとんど寝たきりでした。
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あの半壊アパートに住めと言うのは、人間らしい健康的で文化的な最低限度の生活とは言えないと思います。
男女間DVの場合は居場所がわからないように細心の注意を払っているようなのに、虐待や異様さを(ふつうじゃないと言うのが録音されてます)認めつつ保護しないのはおかしいです。自力で逃げる力も無いから保護申請したのに。
上のURLは、ライターじゃない被害を書いているブログの人に紹介した時に作ったページです。そこには載りました。
まだ、この後もコメント入れました。
問題点の指摘はいいけど、ではどうするかとか、漢方薬についても、少しは書いてたけど、わかってるのなら、もっと詳しい情報も調べて載せた方が良いのでは無いかと思ったので、それも書き込みしました。
この人の今は削除にしてある過去にあった掲示板には、長くてもいいから書いて下さいと書いてあるのに
怪しいと思ったというか、ブログにも、どちらかと言えば苦しみを書いて下さい、みたいな誘導を感じないわけでもない文章も↓
http://momo-kako.webdeki-bbs.com/
精神医療に関すること、精神科でひどいめにあった方、向精神薬の副作用、離脱症状などについて、言いたいこと、訴えたいこと、書き込んでください。
今は無いけど
掲示板じゃないからかな?意見でも結構とあるのに、意見書いたら載らないじゃんw ひどい><
ひどい目にあった、いいたいこと 訴えたいこと ・・・・ ではどうするか?がない と思った。
それに、地獄への道は善意で敷き詰められている、という言葉もあるように、悪気が無くて薬を処方している医師もいるかもしれない。 薬全てがまずいというのも早計かもしれない。 期間や頻度の問題でもあるのではないかとも思うけど、そんなに詳しいわけじゃないので何とも言えないけど。 どこかのページで、ラジカルな主張をする精神科医に影響されて、精神科医のほとんどが良くない!とか書いてたけど、統計を取ったわけでもないのに、そこまでいうのは言いすぎだと思う。何だか他の業界の弱者救済の弱者搾取と同じ事にならないといいけど、と思う。 ( 薬全てがまずいとは、はっきりそう書いてあるわけではないが、問題点ばかり指摘すると、全部まずいと受け取られがちなので、それと併記すべき情報も載せた方が良いのではないかというような事を思ったということ )
これこれ、このへん http://ameblo.jp/momo-kako/entry-11026922226.html
yahoo掲示板でメンタル治療関係者らしき人から、私見としての意見で、これとは違う事で既存の医師の問題を指摘してたのは見たことあるけど、問題がある傾向があるからと言って、100人中2~3人とかいうのはちょっと大げさではないかと思うし、そこまで言うならもっと調べてから数字を出すべきではないかと思う。無名の人間が営利目的でもなく書くのと、それで出版している人が書くのは違う。
何でもそうだけど、世の中問題ありまくりなんだから、切り取り方によっては、何でもでっちあげられる。これはでっちあげではないけど、微妙に煽る方向に持って行っているような気がする。
回答が見つかってしまったwww (おかしい何度やっても入らない。字数制限?) (的傾向に訂正しておいた)
http://anond.hatelabo.jp/20111008211730
http://logsoku.com/thread/pc11.2ch.net/net/1239615317/ ここのスレにも出てみんな信じてしまってるけど
この文章という情報だけでは、一般読者もドクターも、同じ条件なのに、最後が驚いたという感想がブクマに多いのに驚いた。http://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/psyqa1087.html
サトラレは物理的にありえないが、この場合は何とも言えないと思う。
権威主義的な科学者っぽいことを言う人が、ニセ科学リスト作ったら群がる人が多いはずだ
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/DocSeri/20071128/1196234450
この中で>このリストは、機械的にニセ科学を見分けるためのものではない。「リストに載ってないから本物」などという判断は、それ自体科学的ではない。 2010/11/28
と言う人こそ科学的だと思うが、見える範囲では一人しか居ない。これについてはブログに本人も補足してた。この意見を載せていた。( これは、エセ科学を科学的に検証したのではなく、権威はこういうものを嫌ってますよという空気感を綴ったものではなかろうか?とあとで思った )
ドクター林の相談は、小説や読み物としてなら、最後の謎解きとかどんでん返しのようで、面白いのだろうけど、そういう受けを狙った怪しいラベリングでしかないと思う。
文章を見た時点で持ってる情報は、ドクターも読者も同じはずなのに、読者は、ドクターなら文を見ただけで判断できる情報を持っていると錯覚しているし、本人もそれを狙ってやっているのではないか?
それこそ、エセ心理学みたいw 小説なんかでは、目がどっちに流れたらウソを話している可能性が高いだの、顔に手をやったらどうのこうとか、心理学者が分析まがいの事をやるシーンも出てくるが、あれは小説だから!フィクションだから! 多少はそういうものを調査したり統計取ったり実験したりして、それに基づいてるものもあっても、統計には例外があるし決め付けられるものではない。 民間で資料としてマーケッティングのようなものに生かすのに、調べたりというのはあると思う。 そういうものの流用とか、面白おかしく話したりとかはあるかもしれないが、マトモな心理学者はどこに手をやったらどうのこうのなんて、そんな占いや当てものみたいな事は言わない。
通りがかった精神科医と言う人は、精神分析もエセだと言っていた。ここ→http://b.hatena.ne.jp/entry/anond.hatelabo.jp/20110922173823 ツリーに繋がると長くなるからブクマで
まさかとは思いますが、に繋がるのはむしろ、矛盾に満ち満ちた精神医療に根を張った既得権益者の不当利得を守るための権威付けや一般の人の洗脳、ではないですよね?ではなかろうかw
だって、これ↓
http://ameblo.jp/momo-kako/ とか さっきも貼った被害者相談サイトの掲示板 http://seishiniryohigai.bbs.fc2.com/
ここは政治家に陳情もし、国会で質問させてるhttp://seishiniryohigai.web.fc2.com/seishiniryo/renrakukai/jisseki.html 精神病院ではなく、向精神薬のだけど
うつ病の新しい薬ではようつべでも、こんな動画もあるくらい、前から製薬会社の薬売り営業とか言われてたのは知ってた
http://www.youtube.com/watch?v=v9-rcwiZuOA 抗うつ薬SSRI・攻撃性の副作用を隠蔽して宣伝する製薬会社 >抗うつ薬SSRIの説明が製薬会社の宣伝ビデオとNHKの報道番組で全然違ってるんだけど患者を馬鹿にしてるの?
http://www.youtube.com/watch?v=LiPX4g3REqU 【犬を撲殺】抗うつ薬SSRIによる攻撃性の副作用が怖すぎる件【Dr.林】
これの元の林氏のサイトのが中々見つからなかった。その動画にはいつもある先生の回答がなかったから、探してたら、これだったw やっぱり・・・
http://kokoro.squares.net/psyqa1709.html >林: 抗うつ薬(SSRIとは限りません)による自分や他人に対する攻撃性の副作用については、これまでの回答をまずご参照ください。
これは、6ブクマしか付いてない http://b.hatena.ne.jp/entry/kokoro.squares.net/psyqa1709.html おいおい言ってる人はいるけど
SSRIに対する認識がコレだよwww
そりゃエスパーになるわけだwww
SSRIについては、犬じゃなくて、隣の主婦に襲い掛かったという動画も・・・
http://www.youtube.com/watch?v=JwQMzrfYFXI SSRIの副作用・攻撃性で発狂して刃物を振り回して逮捕された姉
関係ないがこういうのを見て、チバレイはなんと言うのだろう? あの人は何をのんでたんだろう? うつ病の精神科来訪キャンペーンに出てたけどw
薬は、一時的に安定剤を使用するのが効く場合もあると思うが、怖いんだなぁ
知らなかったけど、うつ病の薬以外でも、断薬サイトやブログや本があるくらい、大変らしい。
薬と言うのは、西洋薬はとくにそうらしいけど、基本的に毒なんだけど、それを少量取り込んだり、少しの期間使い事によって、良い効果を得ようとする、というものとして考えられるらしい。 それは言い過ぎとしても、副作用と言うのはあるからそれも考えないと。
つけたし
よく読んでみたら、副作用否定ではなく副作用指摘とも見える事も言っている。でも、やっぱりよく読むと・・・、責任の所在を曖昧にしたり、まどろっこしい言い方で(いつもの断定的口調はどうなったのだw)言葉に厚みを付けていつもと比べ物にならないくらい冗長に説明してる。
6ブクマの中の1コメントの人が、おいおい言ってるのは、副作用のせいにするという事かもしれないような気もしてきた
林氏は、一見SSRIの批判もしてるようにも見えることを書いているし、・・・
しかし、いつもの調子とえらく違う。 製薬会社は私企業なので仕方なくて、医者と患者が問題なように書いてある。
でも、一番それで儲けたのは、それを出した製薬会社じゃないの?
やっぱり製薬会社批判は言いたくない事なのではなかろうか?
まさかと思いますが、一番に利得を得ていて、不当なのは知っているけど、力ありそうなので遠慮しているが、徐々にばれつつあるので、その知識も入れとかないといけないけど、自分が睨まれるのは困る、という色んな利害の兼ね合いを考えた結果の煮え切らなさ、いつもにはない慎重さ、ではないですよね? 無いと思いますが・・・・
みたいなw
いやほんと、普通と言われるのはトラウマに近いものがあるわ……。以前仲良くなった女性に「いい加減自分を特別な人間だと思い込むのはやめてください。あなたは普通の人間です。」と切れられて音信普通になったことがあって。いまでもそいつに会ったらバールで叩きのめそうかと思うくらい憎い。
「仲良くなった」というのもこいつの思い込みだったんだろw
そこまで追いつめてしまったことに、何の反省もないのかねこの馬鹿は
ハイカーの皆さんに質問
「ふられた時は、どうした?」
手首切るわ薬物の過剰摂取するわ向精神薬中毒に陥るわで人望を完全に失った。画力も完全に崩壊。大学も留年と休学を繰り返しついに退学へ。
ふられてから1年くらいの記憶があまりない。精神状態が多少でもマシになるまで5年を要した(今のブログの一番最初のころの記事は、どん底にいた時期のもの)。現在でも相手には激しい憎悪を抱いている。
人望を失ったのと退学をふられたせいにするとはひでえw
違う場所でありむーは学費が払えなくて中退したと言ってたのにお得意の記憶の捏造か
ありむーは徹底的に自分のことしか考えていない自己愛性人格障害
ふっただけでリスカ※http://twitpic.com/4oedfoされてずっと恨まれたらたまったもんじゃねーなw
何かがおかしい。少なくとも「これでいい」とは思えない。それだけはハッキリしている。毎日を食べて寝て生きていくうえで、いまの「その感じ」を何十年も続けていくという実感がもてない。肯定できない。納得できない。誰かがぼくにむかって幸せですか?と聞いてきたら、幸せですとは答えられない。
いつからそうだったんだろう?昔はもっと幸せだったか?でも、思い出というのは美化されるものだ。学校生活もいまにして思えば楽しかったなーなんて思ったりするけど、もうちょっと自分にたいして誠実であろうとするなら、あの当時楽しいこともあったけど、それよりもよりいっそうのつまんないことが多くあったことを無視してはいけない。ぼくが覚えている楽しいことといえば、学生生活の10年ほどの期間のうち、文化祭だの友だちと鳥取砂丘へ行ったことだのクラブへ通っていたことだの付き合っていた彼女との甘い日々だの(それすら全体のほんのちょっとしか覚えていない)夜通し語りあったことだのびわ湖で数えきれないくらいやったバーベキューだのである。
それのいったいなにが問題なのか?ぼくはその輝かしい思い出たちのことはぼんやりとでも覚えていて、楽しかったなあといえるんだけど、それ以外のなにもなかった日のことは思い出せないのだ。いま例に挙げた以上のたくさんの思い出たちが学生だった10年間には「詰まっている」のだけど、よく考えてみてほしい。10年間を日数に置きかえると3650日になる。でも、ぼくが思い出せる限りの楽しかった思い出を全部積み重ねてみて、そのうちのどれだけの割合を占めるだろうか。きっと1年分もないし、半年分もないかもしれない(「いや、さすがに半年分はあるでしょ」と思うなら記憶力を頼りに187個の思い出をがんばって思い出してみることだ)。もっと期間を短くしたら相対的に割合は増えるが、例えば思い出す時期を高校の3年間に絞ったとしても、その1095日間のうちで思い出すことのできる楽しかった思い出はきっと3ヶ月分もない。
「楽しかったなあ」と感じる昔は膨大な日数の忘れられた日の墓場の上に立っている記念碑だ。「昔は良かった」なんて無条件に、盲目的に言っている人は半分ウソつきだとおもう。下にある墓場がぜんぜん見えてない。あるいは見えてないんじゃなくて見たくないから見ないようにしているだけかもしれない。思い出というのはその10倍を超える数のまったく思い出せない、なんの中身もない日を含めた日々から選んだ「マイベスト」みたいなもんだ。それで思い出が「詰まっている」だなんて日本語がちょっとおかしい。
で、ぼくが言いたいのは、それを自覚してもうちょっと自分に誠実になって、懐古主義に陥るのはやめよう、昔と同じように今も楽しいよ、ということではない。むしろその結論を否定するものだ。ぼくが問題だと思うのは、ぼくらがそんなふうに「よく考えてみると昔はそんなに楽しいわけじゃなかった。それはわかった。いまもそんなに楽しいわけじゃないけどたまには楽しいこともあるからそれでいいんじゃないか」という考え方に陥ってしまうことだ。つまり、過去が現状を納得させる道具になってしまうことだ。
さっきは「楽しい思い出」に焦点を当ててきた。こんどはそれとは逆の「イヤな思い出」を見てみる。人間の脳はよくできていて、イヤな記憶は脳がそれを判断して都合よく消し去ってしまうということを聞いたことがある(ほんとかどうかしらんけど)。きみのお父さんかお母さんかおじいちゃんかおばあちゃんか叔母ちゃんか叔父ちゃんか勤めている会社の社長か直接の上司か新聞のコラムかテレビに出てくる偉い人か、とにかくそういう年配の人に「若い頃の苦労は買ってでもしなさい」的なことを言われたことがあるだろうか。もうあの言い方にはぼくは心底うんざりしている。聞いてもいないのに何回でも(しかもドヤ顔で)聞かされるし、それがあなたを人間的に成長させるとか、安定した暮らしを実現させるとか、収入を保証するとか、そういうことに結びついていると彼らは思い込んでいる。聞いてもいないのに昔の苦労話をえんえんと語ってくるし、そういう苦しい時代がいまの住みよい日本を作ったとかいう話にまで発展したりする。
ある意味それはほんとうかもしれない。もしかしたらぼくら若者はそういうエピソードをもっとありがたがって聞くべきなのかもしれない(でもその話はもう何回もテレビで聞いた)。頭ごなしに否定するわけじゃないけど、話したいから話してるだけなんじゃないの?って感じがときどき透けて見えたりする。年配の人が必ずしもいいアドバイスばっかりくれるわけじゃないってこともなんとなくわかる。十分に人生経験を積んだ人だってコンピュータじゃなくて人間なんだから、間違いや勘違いはある。ましてや、この世界に正解とか不正解なんてものがあるのかすらぼくらにはよくわからない。そういうこともあって、だいたいのエピソードは右耳から入って左耳から抜けていくばっかりだ。脳にとどまらない。しかし、後で見るように実際もっと状況はひどいのだ。
さて、イヤな思い出の話にもどると、イヤというより冒頭に述べたようなモヤモヤとした暗い感じ。マスコミ風にいうと「閉塞感」ってやつを、いま思うことはできても昔もそれがあったかを思い出すことは一見あまりしないように思える。普通ぼくらが昔のことを思い出すときはさきほどのように「楽しい思い出」ばっかりを並べ立てたがる。ぼくらはなんにもない穏やかな日のことはあんまり振り返らない。
でも、おじいちゃんやおばあちゃんが太平洋戦争のことなんかを語ってくれることはある。そういう歴史的に大きな負の遺産は、「忘れてはいけない、繰り返してはいけない」という理由で語り継いでいくことを推奨される。バブル崩壊後、90年代の「失われた10年」なんてのもそういうふうに語り継がれていくかもしれない。楽しい思い出とは逆のイヤな思い出も時折覚えていることがある。どちらにせよ衝撃的なことはわりと覚えていたりするもんだ。中学生活の3年間ずっとイジメられた人なら、その記憶を忘れられないと思う(でもやっぱりいじめられなかった日のことはあまり覚えてないかもしれない)。
ぼくらの世代はどうなの?なにか世代とか社会情勢とかそういうもののせいにしていいの?あらゆるものが自己責任っていわれてるこの世界で?しかし、それはけっこうあり得る話なのかもしれない。さっきの話を総合するとね。
つまりだな。ぼくらはさっきも言ったように「昔はよかったなあ」なんていうふうに考えてしまいがちだ。で、よく考えると実はそう楽しいことばかりでもなかったことに気がつく。「でもあのときけっこうつまんないこととかつらいこともあったよねー」って話になる。単純に楽しいだけの思い出から、いや実は悲喜こもごもだったという一歩進んだ結論にいたる(それにひきかえ、イジメられた人はイジメられた過去を死ぬまで許せないかもしれない)。ここで思考停止してしまうと、ぼくらはさっき言ったような年配の人達と同じことを将来の若者に言い出してしまいかねない。いいことも悪いことも含めて過去をまるごと「あれでよかったんだ」と肯定してしまうかもしれない。
じゃあ、いま現在に戻ってみよう。ぼくは何回も「このままじゃよくない」と思いながら生きてきた。きみはどうだろう?現状に満足しているか?あなたいま幸せですか?それにYESといえる人が何人いるだろうか。ぼくはそんなに多くないと思ってる。イジメられた過去をひきずったままの人はずっと前からこの位置にいるかもしれない(しかしそれはもっと暗くてもっと深い闇)。
ぼくの場合やほかの人の場合、そういうときにはよく講釈で自分をだますようにしている。そうして自分の不幸せを否定しようとする。例えば、ああいう仕事に比べたらマシだとか、誰それという友だちはもっと大変そうだとか、家があるだけ幸せだとか、どこどこの国に比べたら贅沢言ってられないとか。もっとポジティブな感じにだますことだってある。人はどんな環境におかれても幸せを感じられるとか、つらいのはいまだけで私は友だちや家族に恵まれているからちょっとくらいの逆境はへっちゃらだとか、(年配の人の助言をもとに)こういうつらい時こそ自分が成長できるときだとか、時間が解決してくれるとか、そんなことをぶつぶつ言いながら毎日をしのいでいたりする。そう考えるとイジメられた人は自分をだますのが難しいと思う。
何回だ?いままでに「つらい…」「死にたい…」「消えてなくなりたい…」「orz」と感じたときに何回そうやって自分をごまかしてきたんだ?あれはドラキュラの映画か小説かなんかのセリフだったと思うけど、「いままでに何人の生き血を喰らってきたんだ?」みたいなことを聞かれて「おまえは今までに食べたパンの枚数を覚えているのか?」みたいなことを逆に聞き返えされてビックリするっていう、有名な場面があったと思うねん。ぼくももう忘れたけど数えきれないくらい自分をごまかしてきたはずだと思う。数少ないいいニュースは、その回数は今まで食べてきたパンの枚数よりはきっと少ないということだ(ぼくは毎朝食パンを食べる)。
そんなことは誰もが考えることで特別なことじゃないとか、そういうごまかしがあるからこそ人は前へ進んでいけるとか、人生において挫折を味わってこそ人間的に深い情緒を身につけられるとか、そんな反論はいくらでも挙げることができる。必ずしも楽しいことや気持ちのいいことだけを受け取って人生を渡り歩いていくことはできない。人生100%バラ色だなんていう人はいないと思う。でも、それにしてもぼくらは自分のことをごまかしすぎじゃないか?
自分で自分をだますことができなくなったときに、精神的に病んでしまうのかもしれない。ぼくの狭い観測範囲をして実感するのは、最近マジでメンヘラとかうつ病とかコミュ障とかリストカッターとかひきこもりとかニートとかそういう人が増えたなっていうこと。単に病気としての認定がされやすくなったとか、ひきこもりであることやニートであることが、いまやあまり珍しいことじゃなくなってうるさく言われなくなったこともあるかもしれない。統計を出すほどマメな性格ではないのでおおざっぱな感覚だけで言うけど、彼らの数は増えてると思う。それにたとえ「認定がされやすい」とか「いまやあまり珍しくない」とかいうことが事実だとしても、それ自体が彼らの人数が増えていることの結果になっているとおもう。病気の認定がされやすいからうつ病やアスペルガー症候群や統合失調症などのを含めたいわゆる「メンヘラ」が増えたのか。それとも、「メンヘラ」が増えたから認定がされやすくなったのか。卵と鶏はどちらが先に生まれたのか。
メンヘラどまりならまだマシで、最後に行き着く先は自殺だったりする。年に3万人という自殺者の数は、実はそんなに多くないという説があったり、実は公表されている3万人より実際の自殺者数はもっと多いという説があったりする。ふつうに考えるとわかることだが、幸せなのに自殺する人なんていない。死んだ人はなんにも言わないから自殺の理由はあんまりわからないことになっている。「死にたい」という言葉は冗談やせっぱつまった言い方に関わらず最近多く聞くようになったと思う。もはや「死にたい」に特別な意味なんてないのかもしれない。でも、その言葉のなかにたとえ単にかまってほしいがためのウソやなんかが含まれているとしても、全体として言及数は増えているのならウソの割合と本当の割合も増えているんじゃないだろうか。宝くじで当たる確率が何千万分の1しかないとしても、数千万人の人が宝くじを1枚ずつ買ったらかなりの確率で誰かは当たることになる。1万人に1人しか言わなかった「死にたい」が、もう流行語みたいになって100人に1人は言っているとすると、そのなかで冗談で言ってる人の割合も本気で言ってる人の割合も増えてるんじゃないか?
そんなふうにいまの状況を説明するいろんな要素がある。慎重に考えたほうがいいとおもう。「これは大丈夫」とか「これはダメだ」とか、個々の要素についていくつもの言い分を挙げることができる。しかし、どれだけ言い分を挙げても「これでいい」とは思えない。それだけはハッキリとしている。またぼくは何日か何週間か、うまくいけば何ヶ月かあとに「もうイヤだ…」って気分が襲ってくる。で、そのたびにどうにか自分をごまかす。ぼくのまわりにはその周期がもっと短い人もいる。毎日毎日うんざりしている人もいる。向精神薬と酒を同時に飲んでトリップするしかない人もいる。他人を攻撃することでしかストレスを発散できない人もいる。手首を切ってほっとする人もいる。時間を貴重におもうあまり遊びや趣味を必死に探しまわって疲れてしまう人もいる。せっかくの休日を寝て過ごすくらいの元気しかない人もいる。現実の世界にはとっくの昔に絶望していて、ネットの世界にしか居場所がない人もいる。
こんな状況がいいわけがない。自殺しなかったり病気にならなずに、なんとか今日まで生きのびた人は「苦労したから」そうなったのではなくて、単に運がよかっただけだ。で、そういう運のいい人だけがぼくらの目につくところに現れて説教していったりする。もし、この閉塞感に耐えきれないでみずから死を選んだ人が目の前に現れたら、「若い頃の苦労は買ってでもしなさい」などと言うだろうか?そのせいで死んだのに?しかし、死人に口なしだ。若い頃にイジメられたストレスが積み重なって精神を病んでしまった特に有名でもない人が、「イジメられた経験があったからこそいまの自分がある」なんて思うだろうか?
有名人とかある会社の社長とか成功した人は、たとえ昔はツラかったとしても、今成功してるんだからあれは無駄じゃなかったなどとのたまう。それは成功してるから言えるのであって、膨大な数の一生負け犬人生を送る人のことはないがしろにされている。でも、負け犬の人がテレビに出てなにか演説をすることなんてない。マスコミだけじゃなくて、誰も一般人の話になんか興味を持たない。たとえネットに出てきたとしても読まれているのは有名な人のブログばっかりだ。一方、偉い人は若い頃の経験をなんでも現在の成功に結びつけて合理化する。そういう話ばっかりが世の中に出て行くことになる。
ぼくらだってああいう話がさすがにちょっとうさんくさいなあと感じている。「お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」と言いたくなる。そういううさんくさい人ばっかりでなくて、ちゃんと誠実な人もいるということもなんとなくわかる。自分は人よりちょっと運がよかっただけということを自覚して、負け犬の人をないがしろにしない人も確かに存在する。(ネット上にはけっこうそういう人がいる気がする)
にもかかわらず、ぼくらは若くしてすでに過去を美化したり合理化したりしてしまう傾向がある。いまですら過去を美化してしまったり合理化してしまったりするように、ぼくらは何十年か後にいまの状況をそうしてしまうかもしれないのだ。そういうことをする度に、ぼくらが楽しかったなあとしみじみ思う、それと同じ過去をイジメぬかれて過ごした人をバカにしてしまっていることになる。少なくともぼくは、いま「死にたい」と思っている人を将来美化してしまいたくはない。「むかしは自殺未遂もしたけれど、いま私は元気です」なんて思わせることがいいことだとか、必要だったとか思わせるのにはどうも違和感がある。だから、現状がこのままで「仕方ない」などとは思いたくない。良くしていきたい。
ぼくが最近楽しいことをしたい理由には、そういう思いがある。正確にいうと、ぼくはわざわざ楽しくない不幸な人生を送りたくない。「せめて」楽しくなくてもいいから、「せめて」悲しいことやツラいことや苦しいことだけでも「せめて」取り除きたいのだ。その話はまた別の機会に…。
何かがおかしい。少なくとも「これでいい」とは思えない。それだけはハッキリしている。毎日を食べて寝て生きていくうえで、いまの「その感じ」を何十年も続けていくという実感がもてない。肯定できない。納得できない。誰かがぼくにむかって幸せですか?と聞いてきたら、幸せですとは答えられない。
いつからそうだったんだろう?昔はもっと幸せだったか?でも、思い出というのは美化されるものだ。学校生活もいまにして思えば楽しかったなーなんて思ったりするけど、もうちょっと自分にたいして誠実であろうとするなら、あの当時楽しいこともあったけど、それよりもよりいっそうのつまんないことが多くあったことを無視してはいけない。ぼくが覚えている楽しいことといえば、学生生活の10年ほどの期間のうち、文化祭だの友だちと鳥取砂丘へ行ったことだのクラブへ通っていたことだの付き合っていた彼女との甘い日々だの(それすら全体のほんのちょっとしか覚えていない)夜通し語りあったことだのびわ湖で数えきれないくらいやったバーベキューだのである。
それのいったいなにが問題なのか?ぼくはその輝かしい思い出たちのことはぼんやりとでも覚えていて、楽しかったなあといえるんだけど、それ以外のなにもなかった日のことは思い出せないのだ。いま例に挙げた以上のたくさんの思い出たちが学生だった10年間には「詰まっている」のだけど、よく考えてみてほしい。10年間を日数に置きかえると3650日になる。でも、ぼくが思い出せる限りの楽しかった思い出を全部積み重ねてみて、そのうちのどれだけの割合を占めるだろうか。きっと1年分もないし、半年分もないかもしれない(「いや、さすがに半年分はあるでしょ」と思うなら記憶力を頼りに187個の思い出をがんばって思い出してみることだ)。もっと期間を短くしたら相対的に割合は増えるが、例えば思い出す時期を高校の3年間に絞ったとしても、その1095日間のうちで思い出すことのできる楽しかった思い出はきっと3ヶ月分もない。
「楽しかったなあ」と感じる昔は膨大な日数の忘れられた日の墓場の上に立っている記念碑だ。「昔は良かった」なんて無条件に、盲目的に言っている人は半分ウソつきだとおもう。下にある墓場がぜんぜん見えてない。あるいは見えてないんじゃなくて見たくないから見ないようにしているだけかもしれない。思い出というのはその10倍を超える数のまったく思い出せない、なんの中身もない日を含めた日々から選んだ「マイベスト」みたいなもんだ。それで思い出が「詰まっている」だなんて日本語がちょっとおかしい。
で、ぼくが言いたいのは、それを自覚してもうちょっと自分に誠実になって、懐古主義に陥るのはやめよう、昔と同じように今も楽しいよ、ということではない。むしろその結論を否定するものだ。ぼくが問題だと思うのは、ぼくらがそんなふうに「よく考えてみると昔はそんなに楽しいわけじゃなかった。それはわかった。いまもそんなに楽しいわけじゃないけどたまには楽しいこともあるからそれでいいんじゃないか」という考え方に陥ってしまうことだ。つまり、過去が現状を納得させる道具になってしまうことだ。
さっきは「楽しい思い出」に焦点を当ててきた。こんどはそれとは逆の「イヤな思い出」を見てみる。人間の脳はよくできていて、イヤな記憶は脳がそれを判断して都合よく消し去ってしまうということを聞いたことがある(ほんとかどうかしらんけど)。きみのお父さんかお母さんかおじいちゃんかおばあちゃんか叔母ちゃんか叔父ちゃんか勤めている会社の社長か直接の上司か新聞のコラムかテレビに出てくる偉い人か、とにかくそういう年配の人に「若い頃の苦労は買ってでもしなさい」的なことを言われたことがあるだろうか。もうあの言い方にはぼくは心底うんざりしている。聞いてもいないのに何回でも(しかもドヤ顔で)聞かされるし、それがあなたを人間的に成長させるとか、安定した暮らしを実現させるとか、収入を保証するとか、そういうことに結びついていると彼らは思い込んでいる。聞いてもいないのに昔の苦労話をえんえんと語ってくるし、そういう苦しい時代がいまの住みよい日本を作ったとかいう話にまで発展したりする。
ある意味それはほんとうかもしれない。もしかしたらぼくら若者はそういうエピソードをもっとありがたがって聞くべきなのかもしれない(でもその話はもう何回もテレビで聞いた)。頭ごなしに否定するわけじゃないけど、話したいから話してるだけなんじゃないの?って感じがときどき透けて見えたりする。年配の人が必ずしもいいアドバイスばっかりくれるわけじゃないってこともなんとなくわかる。十分に人生経験を積んだ人だってコンピュータじゃなくて人間なんだから、間違いや勘違いはある。ましてや、この世界に正解とか不正解なんてものがあるのかすらぼくらにはよくわからない。そういうこともあって、だいたいのエピソードは右耳から入って左耳から抜けていくばっかりだ。脳にとどまらない。しかし、後で見るように実際もっと状況はひどいのだ。
さて、イヤな思い出の話にもどると、イヤというより冒頭に述べたようなモヤモヤとした暗い感じ。マスコミ風にいうと「閉塞感」ってやつを、いま思うことはできても昔もそれがあったかを思い出すことは一見あまりしないように思える。普通ぼくらが昔のことを思い出すときはさきほどのように「楽しい思い出」ばっかりを並べ立てたがる。ぼくらはなんにもない穏やかな日のことはあんまり振り返らない。
でも、おじいちゃんやおばあちゃんが太平洋戦争のことなんかを語ってくれることはある。そういう歴史的に大きな負の遺産は、「忘れてはいけない、繰り返してはいけない」という理由で語り継いでいくことを推奨される。バブル崩壊後、90年代の「失われた10年」なんてのもそういうふうに語り継がれていくかもしれない。楽しい思い出とは逆のイヤな思い出も時折覚えていることがある。どちらにせよ衝撃的なことはわりと覚えていたりするもんだ。中学生活の3年間ずっとイジメられた人なら、その記憶を忘れられないと思う(でもやっぱりいじめられなかった日のことはあまり覚えてないかもしれない)。
ぼくらの世代はどうなの?なにか世代とか社会情勢とかそういうもののせいにしていいの?あらゆるものが自己責任っていわれてるこの世界で?しかし、それはけっこうあり得る話なのかもしれない。さっきの話を総合するとね。
つまりだな。ぼくらはさっきも言ったように「昔はよかったなあ」なんていうふうに考えてしまいがちだ。で、よく考えると実はそう楽しいことばかりでもなかったことに気がつく。「でもあのときけっこうつまんないこととかつらいこともあったよねー」って話になる。単純に楽しいだけの思い出から、いや実は悲喜こもごもだったという一歩進んだ結論にいたる(それにひきかえ、イジメられた人はイジメられた過去を死ぬまで許せないかもしれない)。ここで思考停止してしまうと、ぼくらはさっき言ったような年配の人達と同じことを将来の若者に言い出してしまいかねない。いいことも悪いことも含めて過去をまるごと「あれでよかったんだ」と肯定してしまうかもしれない。
じゃあ、いま現在に戻ってみよう。ぼくは何回も「このままじゃよくない」と思いながら生きてきた。きみはどうだろう?現状に満足しているか?あなたいま幸せですか?それにYESといえる人が何人いるだろうか。ぼくはそんなに多くないと思ってる。イジメられた過去をひきずったままの人はずっと前からこの位置にいるかもしれない(しかしそれはもっと暗くてもっと深い闇)。
ぼくの場合やほかの人の場合、そういうときにはよく講釈で自分をだますようにしている。そうして自分の不幸せを否定しようとする。例えば、ああいう仕事に比べたらマシだとか、誰それという友だちはもっと大変そうだとか、家があるだけ幸せだとか、どこどこの国に比べたら贅沢言ってられないとか。もっとポジティブな感じにだますことだってある。人はどんな環境におかれても幸せを感じられるとか、つらいのはいまだけで私は友だちや家族に恵まれているからちょっとくらいの逆境はへっちゃらだとか、(年配の人の助言をもとに)こういうつらい時こそ自分が成長できるときだとか、時間が解決してくれるとか、そんなことをぶつぶつ言いながら毎日をしのいでいたりする。そう考えるとイジメられた人は自分をだますのが難しいと思う。
何回だ?いままでに「つらい…」「死にたい…」「消えてなくなりたい…」「orz」と感じたときに何回そうやって自分をごまかしてきたんだ?あれはドラキュラの映画か小説かなんかのセリフだったと思うけど、「いままでに何人の生き血を喰らってきたんだ?」みたいなことを聞かれて「おまえは今までに食べたパンの枚数を覚えているのか?」みたいなことを逆に聞き返えされてビックリするっていう、有名な場面があったと思うねん。ぼくももう忘れたけど数えきれないくらい自分をごまかしてきたはずだと思う。数少ないいいニュースは、その回数は今まで食べてきたパンの枚数よりはきっと少ないということだ(ぼくは毎朝食パンを食べる)。
そんなことは誰もが考えることで特別なことじゃないとか、そういうごまかしがあるからこそ人は前へ進んでいけるとか、人生において挫折を味わってこそ人間的に深い情緒を身につけられるとか、そんな反論はいくらでも挙げることができる。必ずしも楽しいことや気持ちのいいことだけを受け取って人生を渡り歩いていくことはできない。人生100%バラ色だなんていう人はいないと思う。でも、それにしてもぼくらは自分のことをごまかしすぎじゃないか?
自分で自分をだますことができなくなったときに、精神的に病んでしまうのかもしれない。ぼくの狭い観測範囲をして実感するのは、最近マジでメンヘラとかうつ病とかコミュ障とかリストカッターとかひきこもりとかニートとかそういう人が増えたなっていうこと。単に病気としての認定がされやすくなったとか、ひきこもりであることやニートであることが、いまやあまり珍しいことじゃなくなってうるさく言われなくなったこともあるかもしれない。統計を出すほどマメな性格ではないのでおおざっぱな感覚だけで言うけど、彼らの数は増えてると思う。それにたとえ「認定がされやすい」とか「いまやあまり珍しくない」とかいうことが事実だとしても、それ自体が彼らの人数が増えていることの結果になっているとおもう。病気の認定がされやすいからうつ病やアスペルガー症候群や統合失調症などのを含めたいわゆる「メンヘラ」が増えたのか。それとも、「メンヘラ」が増えたから認定がされやすくなったのか。卵と鶏はどちらが先に生まれたのか。
メンヘラどまりならまだマシで、最後に行き着く先は自殺だったりする。年に3万人という自殺者の数は、実はそんなに多くないという説があったり、実は公表されている3万人より実際の自殺者数はもっと多いという説があったりする。ふつうに考えるとわかることだが、幸せなのに自殺する人なんていない。死んだ人はなんにも言わないから自殺の理由はあんまりわからないことになっている。「死にたい」という言葉は冗談やせっぱつまった言い方に関わらず最近多く聞くようになったと思う。もはや「死にたい」に特別な意味なんてないのかもしれない。でも、その言葉のなかにたとえ単にかまってほしいがためのウソやなんかが含まれているとしても、全体として言及数は増えているのならウソの割合と本当の割合も増えているんじゃないだろうか。宝くじで当たる確率が何千万分の1しかないとしても、数千万人の人が宝くじを1枚ずつ買ったらかなりの確率で誰かは当たることになる。1万人に1人しか言わなかった「死にたい」が、もう流行語みたいになって100人に1人は言っているとすると、そのなかで冗談で言ってる人の割合も本気で言ってる人の割合も増えてるんじゃないか?
そんなふうにいまの状況を説明するいろんな要素がある。慎重に考えたほうがいいとおもう。「これは大丈夫」とか「これはダメだ」とか、個々の要素についていくつもの言い分を挙げることができる。しかし、どれだけ言い分を挙げても「これでいい」とは思えない。それだけはハッキリとしている。またぼくは何日か何週間か、うまくいけば何ヶ月かあとに「もうイヤだ…」って気分が襲ってくる。で、そのたびにどうにか自分をごまかす。ぼくのまわりにはその周期がもっと短い人もいる。毎日毎日うんざりしている人もいる。向精神薬と酒を同時に飲んでトリップするしかない人もいる。他人を攻撃することでしかストレスを発散できない人もいる。手首を切ってほっとする人もいる。時間を貴重におもうあまり遊びや趣味を必死に探しまわって疲れてしまう人もいる。せっかくの休日を寝て過ごすくらいの元気しかない人もいる。現実の世界にはとっくの昔に絶望していて、ネットの世界にしか居場所がない人もいる。
こんな状況がいいわけがない。自殺しなかったり病気にならなずに、なんとか今日まで生きのびた人は「苦労したから」そうなったのではなくて、単に運がよかっただけだ。で、そういう運のいい人だけがぼくらの目につくところに現れて説教していったりする。もし、この閉塞感に耐えきれないでみずから死を選んだ人が目の前に現れたら、「若い頃の苦労は買ってでもしなさい」などと言うだろうか?そのせいで死んだのに?しかし、死人に口なしだ。若い頃にイジメられたストレスが積み重なって精神を病んでしまった特に有名でもない人が、「イジメられた経験があったからこそいまの自分がある」なんて思うだろうか?
有名人とかある会社の社長とか成功した人は、たとえ昔はツラかったとしても、今成功してるんだからあれは無駄じゃなかったなどとのたまう。それは成功してるから言えるのであって、膨大な数の一生負け犬人生を送る人のことはないがしろにされている。でも、負け犬の人がテレビに出てなにか演説をすることなんてない。マスコミだけじゃなくて、誰も一般人の話になんか興味を持たない。たとえネットに出てきたとしても読まれているのは有名な人のブログばっかりだ。一方、偉い人は若い頃の経験をなんでも現在の成功に結びつけて合理化する。そういう話ばっかりが世の中に出て行くことになる。
ぼくらだってああいう話がさすがにちょっとうさんくさいなあと感じている。「お前がそう思うならそうなんだろう。お前の中ではな」と言いたくなる。そういううさんくさい人ばっかりでなくて、ちゃんと誠実な人もいるということもなんとなくわかる。自分は人よりちょっと運がよかっただけということを自覚して、負け犬の人をないがしろにしない人も確かに存在する。(ネット上にはけっこうそういう人がいる気がする)
にもかかわらず、ぼくらは若くしてすでに過去を美化したり合理化したりしてしまう傾向がある。いまですら過去を美化してしまったり合理化してしまったりするように、ぼくらは何十年か後にいまの状況をそうしてしまうかもしれないのだ。そういうことをする度に、ぼくらが楽しかったなあとしみじみ思う、それと同じ過去をイジメぬかれて過ごした人をバカにしてしまっていることになる。少なくともぼくは、いま「死にたい」と思っている人を将来美化してしまいたくはない。「むかしは自殺未遂もしたけれど、いま私は元気です」なんて思わせることがいいことだとか、必要だったとか思わせるのにはどうも違和感がある。だから、現状がこのままで「仕方ない」などとは思いたくない。良くしていきたい。
ぼくが最近楽しいことをしたい理由には、そういう思いがある。正確にいうと、ぼくはわざわざ楽しくない不幸な人生を送りたくない。「せめて」楽しくなくてもいいから、「せめて」悲しいことやツラいことや苦しいことだけでも「せめて」取り除きたいのだ。その話はまた別の機会に…。
頭の体操ですから、ゲームの理論は明確に指定してください。実際の戦闘で軍を動かす事を想定して
軍にどのような命令を下すのかを具体的に支持してください。
あなたは、独裁者なので、すべてのことについて、詳細に明確に支持する必要性があります。
>電撃的に殺すし国外脱出なんかさせん。
ではなく。何歳以上を殺すと条件を指定してください。
その年令に近い、老人はなんとかして、脱出を試みるものとします。
国外脱出なんかさせんではなく、空港を封鎖する。など行動を指定してください。
ゲームの理論として、国民は可能なかぎり自分の生命財産を守ろうとします。
独裁政権なので、みなあなたをおそれ言われたこと以外はしません。
基本的に悪化する可能性があるものは、具体的に支持しない限り悪化します。
国外脱出させないために、空港を封鎖しました。預金を封鎖しました。
だれも、預金を使わなくなり 市場では ドル・金地金などを中心とした取引になり 闇市が立つようになりました。
空港が封鎖されているので国外との交流が絶たれている(または弊害が出ている)ので、
輸出・輸入ビジネスが停滞し、日本各社はアメリカ支社が暫定本社になりました。
>どの「その他の病院」を保険の効くマッサージサロンにできる気か言ってみろ。
普通に健康のために、医者に健康診断に通い、薬をもらう行動に国民は切り替えました。
軍部の圧政により精神を止む国民が増え、向精神薬の消費が増大しました。医療費が増大していきます。
マッサージは廃止されましたが、それ以外の医療行為が大体として増加しました。
国民は自分の命を守るために、何かの医療行為を禁止された場合、代替可能な保険のきく医療行為を選択するものとします。
原則ゲームのルールとして、実行したことは確実に実行されます。
反面、反作用として考えられることはすべて現実に起こるものとします。
ただし、程度問題なので、それでいきなり崩壊、飢餓の増加は起きないものとし、そういう傾向があると捉えてください。
同じ傾向が度重なった場合、被害が増大し、最終的に破綻するものと換算します。
原則、革命で起こした政権なので、他国政府が容認していない。物として議論をしてください。
現実的には、複数の反作用が並行して起きますが、頭の体操なので、大きなものしか起きないものとします。
ただし、何かをすればかならず1つ以上の悪化は起こります。
悪化よりも大きな、プラスを起こして相殺してください。
>預金が封鎖されているので
一部の流通で値上がりを予期した買い占めが起こり、さらに物資の流通が滞っています。
このままでは、都心部でみよりのない若者を中心に餓死者が出ます。
去年の11月くらいにに某所で書いたものなのだけど、人の目に当たる事が殆ど無かった。
さっき風呂入ってぼんやりしてたら何となくこれの事を思い出したのでここに投げ込んでみる。
文体がやや気持ち悪いのはその時の精神状態と投下した場所でのキャラこんなだから。
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なんだかんだでもう10年は病んでて最近調子良くなってきたから社会復帰できるかな、と思いきや転落してまたニートもどきな日々を過ごしています。
数年前に某富士の麓に研究所がある自動車会社に派遣で行くことがありました。長期という話だったので御殿場の駅前の新築アパート借りてさぁ心機一転がんばるぞー、と働き始めました。
ところがこれがまた劣悪な職場な訳で…。
なんとか方式とかいう効率的な職場方針の大本だけあっていろいろと効率的です。工場じゃなくて研究所だから少しはマシかな、と思っていたらそうでもなかった。
なんていうか怖い。
期日がタイトなのはデフォルトとして、結果も求められる。失敗は許されない。
実験するんですよ。私は派遣の丁稚だからプロパー(自動車会社の正社員)さんにアゴで使われて実験のセッティングをして実験をしました。赴任一週間目だったと思います。
や、プロパーさんに「これくらいできるよね?」みたいな感じで早口でメモ取る余裕もなくあれこれ一方的に言われて「じゃ、忙しいから後は任せた」みたいな感じでさっさとどっか行っちゃうのです。
どうしろと?
実験と言ってもここでの実験は所謂物理学的な実験で私がバックグラウンドに持っている化学の実験の知識なんかクソほどに役に立ちません。
でもやらないと、ということで役に立たないメモと記憶を頼りに実験したら見事失敗。
部長(昭和の悪しき風習を未だに引きずってる感じのするオヤジ)と面談になってプロパーさんは胃に穴が開いてそうな顔をして
で、その部長さん、プロパーさんだけじゃなく私にも面談だと呼び出してきました。
実験を失敗させた「戦犯」だしガミガミ言われるのかな…と思いきやこう言ったのですよ。
「オマエ○○にいたんだろ?使えない奴だな。そんなだから半年でクビになるんだよ」
○○というのは栃木と埼玉に研究所を持つ自動車会社です。栃木の方に半年勤めていました。これも派遣なんですけど。
しかしそれは面倒くさい事に巻き込まれてそれに対して正論言ったらさらに面倒くさいことになってそれにカチンときたので更に言ったらパワハラまがいのこと喰らって、それが元でメンヘラが悪化してノックダウン、派遣元判断で強制退去と言う経緯があります。
面倒くさいことがなかったら多分長く続けることができたと思います。職場環境は今まで勤めた中でもずば抜けて良かったですし、今でももし機会があればまたそこで働きたいと思うほどです。
話を戻しましょう。
部長はその○○に何か執着があるのかそれ以降ことあるごとにそれを引き合いに出すようになりました。一番酷かったのは私の歓迎会という席で無理矢理酒飲まされそうになって断ったら「だから○○辞めさせられたんだよ!」と曰った事でしょうか。
それが切っ掛けという訳じゃないのですがそれから仕事場に行くたびにMP(メンタルポイント)が削られていくのがわかりました。実験は相変わらず上手く行かないし、新卒の小五月蠅いガキっぽいのがゴミを見るような目で無茶なことやらせたりでMPはどんどん減っていきます。
そして…某月某日、MPが尽きました。
朝起きても動けない。恐怖と不安で押しつぶされて身動きができない。今でも仕事決まって行こうとするとこの恐怖と不安の発作が出ます。それの始まりでした。
三日間全く動けず。
何して何食べてどうやって生きてたかは正直覚えてないです。寝て起きると汗びっしょりでクタクタで、それでもインターネットはやっていたらしいです。どんだけ好きなんだよインターネット。
三日目の夜携帯電話が鳴る。相手は派遣元の研究所担当の営業さん。
「完全にお怒りで…」
「明日何が何でも出社でき・・・」
「そうでなければ解雇wldajkfdhafasfa」
覚えているのは薬入れにあった向精神薬,睡眠薬全てを出して、冷蔵庫からスクリュードライバーの缶をだしてビーカーに注いで薬を全部飲んで布団敷いてメモに走り書き的な遺書書いて寝ていた。
…らしい。
発見されたときの状況がそうだったらしいのでそうだったのかもしれない。
電話の途中で思考がシャットダウンされた後の記憶は本当に無く、次に気がついたときには病院らしき場所でやたらでかい注射が打たれる瞬間だった。それを見た数秒後また意識が暗転。
次に気がついたときは当時所有してた車の助手席に座っていて、父が車を運転していた。何十年ぶりのマニュアル車でしかも外車なのに…申し訳ないと思ってまた意識が暗転。
次に気がついたのは実家の目の前。父が「降りろ」と言うので車から降りようとしたら足に全く力が入らず顔面からダイレクトに着地。まぶたが切れて血がどくどく出るわ眼鏡に傷がつくわ背伸びして買ったオサレ服屋のシャツに血がつくわで散々だった。
それから記憶がはっきりするのに一週間以上かかった気がします。
記憶がはっきりしないときに派遣元のコンプライアンス部長とかいう人が来たらしく、お金沢山あげるからもう金輪際関係はありませんさようならみたいな念書を書かされたようです。
実際体験して思ったことは「死は自動的」であるということ。行うときは本当に無意識に自動的に執り行われます。
死ぬ死ぬ喚いているうちは死にません。だって死ぬって宣言する時点でリミッターが働いているから。私も死ぬ死ぬ詐欺よくやるから解るけど、実際喚いている時は本当に苦しい。辛い。誰かに(辛さ、苦しみを)わかって欲しい。そうやってレスポンス貰ってようやく自分の中に空いた穴が満たされるのです。
少し前にUstreamで自殺実況して本当に死んじゃったって事件あるけどあれも本当に自分の苦しみをわかって欲しかったんでしょうね。でも場所とオーディエンスが悪かった。
煽られ罵られ貶された末に彼がとった行動は「本当に」死ぬことだった。
多分怒りからきた衝動だと思う。そりゃ怒るよ。こっちは真剣に苦しいのに「早く死ね」とかナチュラルに匿名掲示板のノリで煽っちゃ。
基本的にメンヘラの人は怒りを自分自信に向ける。自罰的な人が多いって言うのだろうか。この場合だと
「死ねなかった」→煽られる→「くそ!死ねなかった俺が悪いんだくそ!くそ!くそ!」→衝動的に「行動」に移す→運悪く「成功」
怒りで死んじゃったら救われないよ…。
匿名掲示板という特殊環境と群集心理というのもあったのかもしれないけれど、あの場にいたオーディエンスは本当に悪質だと思う。正直、IP調べて書き込んだ奴らを自殺示唆で立件してもよかったんじゃないかとすら思っています。
自殺願望者にとって死は救いです。ギャグでも何でもなくて本気で死ぬことによって苦しみから解放されると思っています。
でも基本的に人間っていうのは自死に対してはリミッターが働いてしまう。だから苦しみから解放されず辛くて苦しい時を過ごさざるを得ない。で、その苦しみや辛さを知って欲しいからある人はリスカ写真あげるかもしれないし、死ぬ死ぬ詐欺する人もいるかもしれない。
7年前、僕は鬱になった。
あんまり考えずにはいった某メーカー系の系列SIでSEをやっていたが、2年目にして、屑なプロマネにあたり、仕事をしないこのプロマネと、お客の板挟みにあって、結局僕が全部プロジェクトを管理して完成させた。昼間はプロジェクトの進捗会議に一人で出て、親会社の10歳も上の人たち相手にやりあって、夜に定時を過ぎてから自分で設計して、新人の後輩2人と外注のプログラマ2人で必死に終電までプログラムを書いていた。
仕事をしないプロマネは当然定時で帰り、本社から部長とか、本部長が覗きに来た時だけ仕事をしているようなふりをしていた。
納期間際に新人が「もう出来ない」と言って辞め、外注の上司が職場に来て、使えないプロマネと「何やってんだ、あんた!」みたいに喧嘩を始めたと思ったら、プロマネは何を思ったか、「いや、仕切っているのはあいつだから」と僕を指差した。僕はその外注上司と新人時代に一緒に仕事をしたことがあって、僕の顔を見るなり「え?」という顔をした後、僕を喫煙所に誘った。僕はまずは謝罪をした後で、事情を説明すると、彼は「わかったよ…あんたんとこの本社へ行くわ」と言って帰っていき、3時間後に本社の部長から直接僕の携帯に電話があって増員で5年目のSE3人をあてる、と言われた。
ただ、仕切るのはお前だ
と部長は続けた。もう、その覚悟は出来ていたし、そのほうが効率がいい。事情を把握していたお客さんもかばってくれたし、増員の先輩たちも色々アドバイスをくれて、最後は僕とその先輩SE2人の3人でお客さんの品質審査会議をクリアしてプロジェクトは終わった。丁度GWの前で、僕は1週間ぶっ倒れた後で新人の女の子の指導役だけやらせるから、他は何もしなくていいから、という事で本社のまったり勤務に復帰した。
だけど、僕は1週間後にはもう身体が動かなかった。そしてそのまま1年間休職。
そして7年。いまだに睡眠薬と向精神薬は手放せない。あの「使えないプロマネ」は今は飛ばされて本社の人事部付で窓際になってる。僕は奴への殺意を押さえつけるのに毎日必死だ。
自分の働いてる施設は病気を持ってる人が入居してて、俺が今日掴み合いの喧嘩をしたAさんは認知機能に難がある人だった。
これまでAさんには「嫁が施設に迎えに来る」といった幻覚(幻知?)や幻聴という症状が出ることがあり、それには定時の向精神薬で対応していた。日常の生活行動について職員は腫れ物を扱うように接してはいたが、ある頃から職員への暴言や威嚇行動が見られるようになり、つい最近も居室内での飲酒の末にそれを注意した職員へ手をあげるという行為にまで及ぶようになってしまった。
そうなるまでの間に自分がしていた対応を考えると、Aさんと接している時に暴言を吐かれた時に、それについてきちんと注意をするということなくこちらが折れるという形で暴言を看過してしまう、「この人は病気なんだからある程度は仕方がない」「一時的なことだから仕方ない」という態度で許容していたことが問題だったんだろう。甘やかしていた所があったんだと思う。職員への暴言や威嚇が始まったのが全て自分のせいだとは思わないけど、エスカレートすることに知らずのうちに加担してしまっていた。それが、今朝の掴み合いにまで事態を発展させてしまった。
Aさんは今朝、応援の男性職員を入れた3人で居室内から出し、「とりあえず明日になるまで帰ってくるな」と伝えて外へほっぽり出した。あまり書くと解ってしまうので掘らないけど、これは少しきつめの対応だ。この寒空で今頃どこで寝ているのだろうか。
優しさに付け込む方も悪いけど、付け入らせる隙を作る方も悪い。
複数人がいる机の上に財布を置いておくような真似は、盗まれる方が気をつけるべき問題なのは当たり前だけど、「隙が無ければ盗まなかった」という盗人心を同時に刺激していることに今日、気づいた。そういうケースでは、盗った方だけが悪いんじゃなくて、どちらにも非があるんだと思った。自分がいかに子どもだったかを思い知らされた出来事だったし、最近の日本の中国やロシアからけしかけられてる弱腰外交にヤキモキしていた自分を顧みて、「大人は付け込む隙を与えないもんだ」と考えた。
例えば今起こってる尖閣諸島、北方領土での出来事が戦争とは言わないまでも不仲な関係を今後呼んだとして、それは相手国のせいだけなのか?
ここまでは許すが、ここからはしっかりと怒るよ、と境界付けをできていれば、そしてそのメッセージをきっちりと伝えられていれば避けられるはずだった問題じゃないのか?
国際外交然り、身近な生活然り、そこまでを考えてあえて強い姿勢を示すことは虚勢というネガティブなラベルじゃなくて、むしろ優しさの範疇なんじゃないかと思った。例えば中国の盗作問題について、「わざわざ注意しなくても解ってくれよ」「それがルールだろ?」と思うような「紳士協定」は、国家間でも個人間でも、お互いに育ってる文化が違う以上はマジョリティが持っているエゴでしかないんじゃないかと。協定から外れる行為があった時に、相手だけを責めるのは違うんだろう。付け入らせる隙を作らないこと、自分の中で仮想核抑止力を持つことが誰に対しても甘い対応をしてしまう自分の課題だなと今日は痛感した。
それにしても俺って小さい人間だな。。溜息しか出ない。
第一章 総則(第一条・第二条)
第五章の二 覚せい剤原料に関する指定及び届出、制限及び禁止並びに取扱(第三十条の二―第三十条の十七)
第八章 罰則(第四十一条―第四十四条)
附則
第一章 総則
第一条 この法律は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、覚せい剤及び覚せい剤原料の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して必要な取締を行うことを目的とする。
(用語の意義)
一 フエニルアミノプロパン、フエニルメチルアミノプロパン及び各その塩類
二 前号に掲げる物と同種の覚せい作用を有する物であつて政令で指定するもの
三 前二号に掲げる物のいずれかを含有する物
2 この法律で「覚せい剤製造業者」とは、覚せい剤を製造すること(覚せい剤を精製すること、覚せい剤に化学的変化を加え、又は加えないで他の覚せい剤にすること、及び覚せい剤を分割して容器に収めることを含む。ただし、調剤を除く。以下同じ。)、及びその製造した覚せい剤を覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者に譲り渡すことを業とすることができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
3 この法律で「覚せい剤施用機関」とは、覚せい剤の施用を行うことができるものとして、この法律の規定により指定を受けた病院又は診療所をいう。
4 この法律で「覚せい剤研究者」とは、学術研究のため、覚せい剤を使用することができ、また、厚生労働大臣の許可を受けた場合に限り覚せい剤を製造することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
6 この法律で「覚せい剤原料輸入業者」とは、覚せい剤原料を輸入することを業とすることができ、又は業務のため覚せい剤原料を輸入することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
7 この法律で「覚せい剤原料輸出業者」とは、覚せい剤原料を輸出することを業とすることができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
8 この法律で「覚せい剤原料製造業者」とは、覚せい剤原料を製造すること(覚せい剤原料を精製すること、覚せい剤原料に化学的変化を加え、又は加えないで他の覚せい剤原料にすること、及び覚せい剤原料を分割して容器に収めることを含む。ただし、調剤を除く。)を業とすることができ、又は業務のため覚せい剤原料を製造すること(覚せい剤原料を精製すること、覚せい剤原料に化学的変化を加え、又は加えないで他の覚せい剤原料にすること、及び覚せい剤原料を分割して容器に収めることを含む。ただし、調剤を除く。)ができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
9 この法律で「覚せい剤原料取扱者」とは、覚せい剤原料を譲り渡すことを業とすることができ、又は業務のため覚せい剤原料を使用することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
10 この法律で「覚せい剤原料研究者」とは、学術研究のため、覚せい剤原料を製造することができ、又は使用することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
第二章 指定及び届出
(指定の要件)
第三条 覚せい剤製造業者の指定は製造所ごとに厚生労働大臣が、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定は病院若しくは診療所又は研究所ごとにその所在地の都道府県知事が、次に掲げる資格を有するもののうち適当と認めるものについて行う。
一 覚せい剤製造業者については、薬事法 (昭和三十五年法律第百四十五号)第十二条第一項 (医薬品の製造販売業の許可)の規定による医薬品の製造販売業の許可及び同法第十三条第一項 (医薬品の製造業の許可)の規定による医薬品の製造業の許可を受けている者(以下「医薬品製造販売業者等」という。)
二 覚せい剤施用機関については、精神科病院その他診療上覚せい剤の施用を必要とする病院又は診療所
三 覚せい剤研究者については、覚せい剤に関し相当の知識を持ち、かつ、研究上覚せい剤の使用を必要とする者
2 覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定に関する基準は、厚生労働省令で定める。
(指定の申請手続)
第四条 覚せい剤製造業者の指定を受けようとする者は、製造所ごとに、その製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に申請書を出さなければならない。
2 覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定を受けようとする者は、病院若しくは診療所又は研究所ごとに、その所在地の都道府県知事に申請書を出さなければならない。
(指定証)
第五条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定をしたときは、厚生労働大臣は当該製造業者に対して、都道府県知事は当該施用機関の開設者又は当該研究者に対して、それぞれ指定証を交付しなければならない。
2 覚せい剤製造業者に対する指定証の交付は、その製造所の所在地の都道府県知事を経て行うものとする。
3 指定証は、譲り渡し、又は貸与してはならない。
(指定の有効期間)
第六条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定の有効期間は、指定の日からその翌年の十二月三十一日までとする。
(指定の失効)
第七条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者について、指定の有効期間が満了したとき及び指定の取消があつたときの外、第九条(業務の廃止等の届出)に規定する事由が生じたときは、指定はその効力を失う。
(指定の取消し及び業務等の停止)
第八条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者、覚せい剤施用機関の管理者(医療法 (昭和二十三年法律第二百五号)の規定による当該病院又は診療所の管理者をいう。以下同じ。)、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師若しくは覚せい剤研究者がこの法律の規定、この法律の規定に基づく処分若しくは指定若しくは許可に付した条件に違反したとき、又は覚せい剤研究者について第三条第一項(指定の要件)第三号に掲げる資格がなくなつたときは、厚生労働大臣は覚せい剤製造業者について、都道府県知事は覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者について、それぞれその指定を取り消し、又は期間を定めて、覚せい剤製造業者若しくは覚せい剤研究者の覚せい剤及び覚せい剤原料に関する業務若しくは研究の停止を命ずることができる。
2 前項の規定による処分に係る行政手続法 (平成五年法律第八十八号)第十五条第一項 又は第三十条 の通知は、聴聞の期日又は弁明を記載した書面の提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その日時)の二週間前までにしなければならない。
(業務の廃止等の届出)
第九条 覚せい剤製造業者は、次の各号のいずれかに該当する場合には、その事由の生じた日から十五日以内に、その製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
一 その製造所における覚せい剤製造の業務を廃止したとき。
二 薬事法第十二条第二項 (許可の有効期間)の規定により医薬品の製造販売業の許可の有効期間が満了し、又は同法第十三条第三項 (許可の有効期間)の規定により医薬品の製造業の許可の有効期間が満了してその更新を受けなかつたとき。
三 薬事法第七十五条第一項 (許可の取消し等)の規定により医薬品の製造販売業又は製造業の許可を取り消されたとき。
2 覚せい剤施用機関の開設者は、次の各号のいずれかに該当する場合には、その事由の生じた日から十五日以内に、その病院又は診療所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
二 覚せい剤施用機関である病院又は診療所において第三条第二項(指定の基準)の規定による指定基準に定める診療科名の診療を廃止したとき。
三 医療法第二十九条 (開設許可の取消及び閉鎖命令)の規定により、覚せい剤施用機関である病院又は診療所の開設の許可を取り消されたとき。
3 覚せい剤研究者は、当該研究所における覚せい剤の使用を必要とする研究を廃止したときは、廃止の日から十五日以内に、その研究所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
4 前三項の規定による届出は、覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者が、死亡した場合にはその相続人が、解散した場合にはその清算人又は合併後存続し若しくは合併により設立された法人がしなければならない。
(指定証の返納及び提出)
第十条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定が効力を失つたときは、前条に規定する場合を除いて、指定が効力を失つた日から十五日以内に、覚せい剤製造業者であつた者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者であつた者又は覚せい剤研究者であつた者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事にそれぞれ指定証を返納しなければならない。
2 覚せい剤製造業者が第八条第一項(指定の取消及び業務等の停止)若しくは 薬事法第七十五条第一項 (許可の取消し等)の規定による業務停止の処分を受けたとき、覚せい剤施用機関の開設者が医療法第二十九条 (開設許可の取消及び閉鎖命令)の規定による閉鎖命令の処分を受けたとき、又は覚せい剤研究者が第八条第一項の規定による研究停止の処分を受けたときは、その処分を受けた日から十五日以内に、覚せい剤製造業者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事にそれぞれ指定証を提出しなければならない。
3 前項の場合においては、厚生労働大臣又は都道府県知事は、指定証に処分の要旨を記載し、業務停止期間、閉鎖期間又は研究停止期間の満了後すみやかに、覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者に指定証を返還しなければならない。
(指定証の再交付)
第十一条 指定証をき損し、又は亡失したときは、覚せい剤製造業者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事に指定証の再交付を申請することができる。
2 再交付を申請した後亡失した指定証を発見したときは十五日以内に、覚せい剤製造業者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事にそれぞれ旧指定証を返納しなければならない。
(氏名又は住所等の変更届)
第十二条 覚せい剤製造業者は、その氏名(法人にあつてはその名称)若しくは住所又は製造所の名称を変更したときは十五日以内に、その製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
2 覚せい剤施用機関の開設者は、その覚せい剤施用機関の名称を変更したときは十五日以内に、その病院又は診療所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
3 覚せい剤研究者は、その氏名若しくは住所を変更し、又は研究所の名称の変更があつたときは十五日以内に、その研究所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
4 前三項の場合においては、厚生労働大臣又は都道府県知事は、すみやかに指定証を訂正して返還しなければならない。
第三章 禁止及び制限
(輸入及び輸出の禁止)
第十三条 何人も、覚せい剤を輸入し、又は輸出してはならない。
(所持の禁止)
第十四条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者及び管理者、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師、覚せい剤研究者並びに覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者の外は、何人も、覚せい剤を所持してはならない。
2 次の各号のいずれかに該当する場合には、前項の規定は適用しない。
一 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の管理者、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者の業務上の補助者がその業務のために覚せい剤を所持する場合
二 覚せい剤製造業者が覚せい剤施用機関若しくは覚せい剤研究者に覚せい剤を譲り渡し、又は覚せい剤の保管換をする場合において、郵便若しくは民間事業者による信書の送達に関する法律 (平成十四年法律第九十九号)第二条第二項 に規定する信書便(第二十四条第五項及び第三十条の七第十号において「信書便」という。)又は物の運送の業務に従事する者がその業務を行う必要上覚せい剤を所持する場合
三 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師から施用のため交付を受ける者の看護に当る者がその者のために覚せい剤を所持する場合
(製造の禁止及び制限)
第十五条 覚せい剤製造業者がその業務の目的のために製造する場合及び覚せい剤研究者が厚生労働大臣の許可を受けて研究のために製造する場合の外は、何人も、覚せい剤を製造してはならない。
2 覚せい剤研究者は、前項の規定により覚せい剤の製造の許可を受けようとするときは、厚生労働省令の定めるところにより、その研究所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に申請書を出さなければならない。
3 厚生労働大臣は、毎年一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月まで及び十月から十二月までの期間ごとに、各覚せい剤製造業者の製造数量を定めることができる。
4 覚せい剤製造業者は、前項の規定により厚生労働大臣が定めた数量をこえて、覚せい剤を製造してはならない。
第十六条 覚せい剤施用機関において施用する覚せい剤の譲受に関する事務及び覚せい剤施用機関において譲り受けた覚せい剤の管理は、当該施用機関の管理者がしなければならない。
2 覚せい剤施用機関の開設者は、当該施用機関の管理者に覚せい剤の譲受に関する事務及び譲り受けた覚せい剤の管理をさせなければならない。
(譲渡及び譲受の制限及び禁止)
第十七条 覚せい剤製造業者は、その製造した覚せい剤を覚せい剤施用機関及び覚せい剤研究者以外の者に譲り渡してはならない。
2 覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者は、覚せい剤製造業者以外の者から覚せい剤を譲り受けてはならない。
3 前二項の場合及び覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が覚せい剤を施用のため交付する場合の外は、何人も、覚せい剤を譲り渡し、又は譲り受けてはならない。
4 法令による職務の執行につき覚せい剤を譲り渡し、若しくは譲り受ける場合又は覚せい剤研究者が厚生労働大臣の許可を受けて、覚せい剤を譲り渡し、若しくは譲り受ける場合には、前三項の規定は適用しない。
5 覚せい剤研究者は、前項の規定により覚せい剤の譲渡又は譲受の許可を受けようとするときは、厚生労働省令の定めるところにより、その研究所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に申請書を出さなければならない。
(譲渡証及び譲受証)
第十八条 覚せい剤を譲り渡し、又は譲り受ける場合(覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が覚せい剤を施用のため交付する場合を除く。)には、譲渡人は厚生労働省令で定めるところにより作成した譲渡証を、譲受人は厚生労働省令で定めるところにより作成した譲受証を相手方に交付しなければならない。
2 前項の譲受人は、同項の規定による譲受証の交付に代えて、政令で定めるところにより、当該相手方の承諾を得て、当該譲受証に記載すべき事項を電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて厚生労働省令で定めるものにより提供することができる。この場合において、当該譲受人は、当該譲受証を交付したものとみなす。
3 第一項の譲受証若しくは譲渡証又は前項前段に規定する方法が行われる場合に当該方法において作られる電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて電子計算機による情報処理の用に供されるものとして厚生労働省令で定めるものをいう。以下同じ。)は、当該交付又は提供を受けた者において、当該覚せい剤の譲受又は譲渡の日から二年間、保存しなければならない。
4 譲渡証及び譲受証並びに前項に規定する電磁的記録は、第一項又は第二項の規定による場合のほかは、他人に譲り渡してはならない。
(使用の禁止)
第十九条 左の各号に掲げる場合の外は、何人も、覚せい剤を使用してはならない。
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夜が僕の部屋にやってきた
部屋は暗くてマックブックが僕を照らしている。the tuss『Rushup I Bank 12 』が流れている。外は群青色。
僕の耳元でギーガーが囁き出す。僕は狂っているフリをしている。
NO NO NO. 僕は狂っているフリをしているフリをしている。
「セクシャルな意味の言葉を教えてくれよ」って声が聞こえる気がする。腹が減っている。ジャングルから何かが抜け出して僕にまとわりついている。俺の言葉きこえるか?あーあーあー。
夕方から夜への変化は高速だ。青が黒になっていく。バイバイ。
ジャングルジムみたいな都市を這い回るbitとそれにまつわる僕たちの幻想。社会という幻想。言葉を打ち出せば新しい幻想を君の頭が君の頭自信に幻想を見せる。タイプ→bit化→イーサネット→表示→視覚がキャッチ→脳内変換→幻覚
真っ暗な部屋が好きだ。肉体に意味がなくなるみたいに。感覚を研ぎ澄ませ。生活の雑音を音楽に置き換えてセックスをしろ。オセロの決着みたいに本能で意識を埋めろ。
群青は今や黒に限りなく近い。自動筆記をする亡霊を作る機械仕掛けのbotの群れ。
お前の意識はお前のものかって、Gigerが室内冷蔵庫の唸りを隅のほうで齧りながら言っている。君はたぶんズールー族の洗練を受ける必要があるぜギーガー。
言葉は何度もパイプされて行き着く果てで奇形の言葉が夢をもたらす。2ホップで邪悪な存在に触れることだってできる。キマった目の映像をリアルタイムで放映していた綺麗な女の子。いくつもの視線は決して孤独を埋めない。
気づかないうちに青色は消えた。灰色だ。都市の光を反射して黒であることできない空だ。あらゆるルートを探索するうちに幻想は消えてしまった。012345678909876543210
SFみたいに俺の記憶を全部レーザービームでずっと向こうに打ち放ってくれよって、鳥が鳴いてる泣いてる。ずっと先のあの向こうに行きたいんだって。そうしたらこの都市を燃やしてくれよ。
パチンコの台に機械を仕込んで店長とグルになって儲けた金を大型草食動物を殺した肉食動物みたいに分け前を食い散らかしていると、向こうから見たこともないような綺麗な羽を持った鳥がやってきて、その鳥を金で買った。その鳥はアイドルになって沢山の視線を集めたいって言っていた。
孤独な鳥は鳴いていたけれど、僕たちは尻尾を振って怯えたままそれを眺めていました。決して唱えてはならない秘密の呪文を唱えると缶詰から亡霊が這い出てきて僕に本当のことを教えてくれたけれど。夢から醒めて鳥のヴァギナに色とりどりのポスカを差し込むうちに忘れてしまった。
遠く遠くで真っ赤な隕石が通り過ぎている。ポスカを抜き取ってそれを描写しようとすると鳥は嫌がっていたし、向精神薬がなくなればカフカは落ち込んでひたすら押韻のチートコード集を集めていた。
箱男達が工場で夢の製造に従事していて、箱男の王の中身はベンガル虎だって噂がある。ベンガルトラに喰われかけている箱男の中身かもしれない。座席を回転するSUSHIバーでポスカを突き刺したまま鳥は「そこで夢はつくられているの」と言った。
「宇宙に行きたいなら今そこに座っているそこがそうさ」と相対的に近づく箱男が言って、彼女は泣いた。素数の順に爆発する地雷を踏んで15色と共に炸裂して消えて、僕はバーを出た。うつむいたまま。
undoして箱男にバールのようなものを投げつけて彼女を連れ出した。漏斗から昔の記憶が流れ出したのはヤクザがヤクザ映画の花形俳優に挨拶した話だ。
ジャングルから抜け出した野生の箱男は薄暗い目で人工ではない夢をみていた。ゾウオヲアタエルコトバマザリアッテクレ。踊りは無意識を掻き立て無規則のなかから創発性の地獄が運動を始めてベンガルトラは亡霊を求め始めた。ピンク色の乗用サイがテールランプで1万km遠くの仲間たちに危険を伝える。
夜が歌い始める。僕たちは踊り出す。ティム・バーナーズ=リーは笑い出す。感情が全身から溢れ出して路上に数多の星が雨みたいに空から落ちてくる。「ただの黒い石だったみたい」と彼女はほほ笑んだ。ズールー族達は合成麻薬を注射してak-47を振り回す。01234567899999999...
温めた牛乳にパンを浸しながら乳牛を捌く彼らと量子コンピュータと交換で新しい踊りの教則ビデオを手に入れた僕たちは、借入を超えてレイクで現金を3億円引き出して真っ黄色の85年型のデロリアンインドサイを買ってBTFした。僕たち現在の僕たち自身を書き換えるために。
BTFに失敗した僕たちは記号の世界に移動してしまった。'機能'をいじくり回して本能と妄想を書き換えた。現在に戻ると無限マズロー状態。死と性・秩序だった無秩序が保存が破壊を食って内蔵がキーボードに切り替わっていた。
箱男たちの中身と箱は裏返って剥き出しの彼らとベンガルトラと箱男達の比率は逆転して植えたトラとトラの共食いと皇帝と臣民の比率が逆転して、むしろ逆に臣民が皇帝っぽくなってすらいたし、ピカピカ光る非同期の夢を同期させようとする電池を食う機械にしゃべりかけるとやつは答えた。
「踊ってくれよ」と言われて僕たちは新型のダンスを踊り始めた。
踊りのマクロが何度もとプレーヤーピアノ達と連動して奪うことと奪われることが等価になって実在しないヒーロー達が現れて偶像に規則と予定調和を与えた。物語の時だ。
ヒーロー達が生み出したベイジアンネットワークを貪るパックマンみたいにお話の快楽を貪る彼女が超常現象的な動きでスピーカーの振動と同じ周波数で爆裂する音楽を発する。まとめあげられた集団はリズムの原則に奪われて暴動みたいに時速2kmの速度で遠心形状で彼女に巻き込まれていく。
月に反射した腐った陽光がベンツに載ったカミュをバターみたいに溶かしてる。笑えない冗談で笑うコメディアンの悲しみがギアの悲しみを包み込んで目隠しされたノード形状の同調する協力者を通してP2P的に愛を送っている。波状に飛び散ったハッシュが変形して別の夢になる。
衛星軌道上でジョージ・ワシントン級のブラシが振られて百万色のインクが降り落ちてアクション・ペインティングで灰色の建物はサイケデリックに変色してる。
マグニチュード6000の地割れから羊が大量発生した。鉄格子に守られた僕たちは数えて眠ることのできない羊に食べられた。
放物の賜物がいくつも刺さった養殖のアサヒスーパードライが波のように揺れて聞いたことのない言葉を喋っている。
朝が避けることのできない恋や運命みたいな感じで夜を引きずり込んでいる。
二つの約束が浮き上がって実体のない情報生命体みたいに自らをbitに変換して飛んでいった。
終わったことを始まりが喋っている。あなたは夢をみていたのですと夢が喋っている。
夜が僕の部屋にやってきた
部屋は暗くてマックブックが僕を照らしている。the tuss『Rushup I Bank 12 』が流れている。外は群青色。
僕の耳元でギーガーが囁き出す。僕は狂っているフリをしている。
NO NO NO. 僕は狂っているフリをしているフリをしている。
「セクシャルな意味の言葉を教えてくれよ」って声が聞こえる気がする。腹が減っている。ジャングルから何かが抜け出して僕にまとわりついている。俺の言葉きこえるか?あーあーあー。
夕方から夜への変化は高速だ。青が黒になっていく。バイバイ。
ジャングルジムみたいな都市を這い回るbitとそれにまつわる僕たちの幻想。社会という幻想。言葉を打ち出せば新しい幻想を君の頭が君の頭自信に幻想を見せる。タイプ→bit化→イーサネット→表示→視覚がキャッチ→脳内変換→幻覚
真っ暗な部屋が好きだ。肉体に意味がなくなるみたいに。感覚を研ぎ澄ませ。生活の雑音を音楽に置き換えてセックスをしろ。オセロの決着みたいに本能で意識を埋めろ。
群青は今や黒に限りなく近い。自動筆記をする亡霊を作る機械仕掛けのbotの群れ。
お前の意識はお前のものかって、Gigerが室内冷蔵庫の唸りを隅のほうで齧りながら言っている。君はたぶんズールー族の洗練を受ける必要があるぜギーガー。
言葉は何度もパイプされて行き着く果てで奇形の言葉が夢をもたらす。2ホップで邪悪な存在に触れることだってできる。キマった目の映像をリアルタイムで放映していた綺麗な女の子。いくつもの視線は決して孤独を埋めない。
気づかないうちに青色は消えた。灰色だ。都市の光を反射して黒であることできない空だ。あらゆるルートを探索するうちに幻想は消えてしまった。012345678909876543210
SFみたいに俺の記憶を全部レーザービームでずっと向こうに打ち放ってくれよって、鳥が鳴いてる泣いてる。ずっと先のあの向こうに行きたいんだって。そうしたらこの都市を燃やしてくれよ。
パチンコの台に機械を仕込んで店長とグルになって儲けた金を大型草食動物を殺した肉食動物みたいに分け前を食い散らかしていると、向こうから見たこともないような綺麗な羽を持った鳥がやってきて、その鳥を金で買った。その鳥はアイドルになって沢山の視線を集めたいって言っていた。
孤独な鳥は鳴いていたけれど、僕たちは尻尾を振って怯えたままそれを眺めていました。決して唱えてはならない秘密の呪文を唱えると缶詰から亡霊が這い出てきて僕に本当のことを教えてくれたけれど。夢から醒めて鳥のヴァギナに色とりどりのポスカを差し込むうちに忘れてしまった。
遠く遠くで真っ赤な隕石が通り過ぎている。ポスカを抜き取ってそれを描写しようとすると鳥は嫌がっていたし、向精神薬がなくなればカフカは落ち込んでひたすら押韻のチートコード集を集めていた。
DSMの改訂の度に、論議を呼ぶような追加があるが、今回も例外ではない。実際、マニュアルはだんだん厚くなっている。今回提案の改訂で最も不穏なのは、いわゆる医療の専門家が個人の性格を調査する際の方法が、ずうずうしく露骨な新方式になっていることだ。
変わった個性を持つ子供が、その個性のために奇抜な行動を見せると、精神疾患と分類されることになる。昔からこの基準で診断されてきたならば、モーツァルトやアインシュタインのように通常の枠組みから飛び出して新しい発想にたどり着く人は存在しなかったかもしれない。
「今日、7才のモーツァルトがコンチェルトを作曲しようとすれば、注意欠如・多動性障害と診断され、投薬で才気の無い『正常』にされるかもしれない」
性格の違いまで精神病と解釈するとなると、人間は個人的な義務を感じなくてよくなるが、同時にユニークな人間性を奪われることになる。自分で考えることができず、医薬品でコントロールされるだけの存在に貶められる。
この子(http://www.youtube.com/watch?v=6-owL1vM4nE)みたく飛びぬけていたり、見つけて伸ばしてもらえた子は良いのだろうけど、そうじゃない出る杭になっちゃった子は打たれるんだろうな。
医師の自殺率は高い。1980年代前半の英国における医師の自殺率は、一般人口に比べて、男性で3倍、女性で6倍である(a'Brook,1989)*1。最近の米国では、一般の男性に比べて、男性の医師は自殺を試みることが1.41倍だが、一般の女性に比べて、女医は自殺を試みることが2.27倍と高く(SchernhammerとColditz,2004)、女医の19.5%がうつ病の既往を自己報告している(FrankとDingle,1999)。
1967年から1972年の米国では、精神科医の自殺率は、他の医師の2倍である(Richら,1980)。自殺率が高いだけでなく、精神科医は医師の中で喫煙率が最も高く、禁煙に最も失敗しやすい(TamerinとEisinger,1972)。1980年代の米国では、男性の精神科医の7.1%、女性の精神科医の3.1%が、自らの患者と性的に接触している(Gartrellら,1986)。これらは1960年代から1980年代にかけてのデータだが、精神分析が流行していた当時の米国の精神科医たちは一般の医師よりもさらに不健康な人たちの集まりだったようだ。
全国自死遺族連絡会が2010年3月までに行った調査によると、自殺者1016人のうち精神科を受診、治療中だった人は701人で、69.0%を占めた。自殺者のうち飛び降り、飛び込みは197人で、自宅のマンションから飛び降り自殺を図った場合は全員が受診していた。また、自殺した20~50歳代女性も100%が通院していた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100504-00000000-jct-soci
さて、このグラフは何を表しているのでしょうか?これはものの
示しています。
(中略)
精神科にかかる患者が増えるのも、抗うつ剤の売り上げが増えるのも
それが本当に患者のためになるのであれば、私は一切批判はしません。
しかし、私の知っている現実はそれと全く逆です。精神医療現場では、
患者の尊厳や命までも、精神医療産業の利益と比べてあまりにも軽視
されていて、不当な診断をされたり、知らされなかった薬の副作用で
被害に遭う人が本当に多くいるのです。
薬害エイズ事件は、患者の安全や命、尊厳が無視された結果、必然的
に生じたものでした。私は、抗うつ剤に限らず、向精神薬による薬害
は、薬害エイズ以上に大規模な問題であると考えます。そして、無用
に患者を隔離拘束薬漬けにしてきた精神医療は、ハンセン病問題を
はるかに超える規模の犯罪・不作為であると考えます。
http://blog.livedoor.jp/mizikanamondai/archives/50929735.html
昨今、気軽に精神科にかかろうといった風潮があるけれど、精神科について知るにつれ、よほどのことがない限りあまり近寄らない方がいい場所に思えてくるんだけれど、どうなのだろう。
メジャーだからやばい、マイナーだから安心とかいうもんでもないよ。
セレネースは鎮静はそれほど強くないから量さえ間違えなければ今でも全然現役の良い薬だよ。一般的な想像よりも副作用もそんなに出ないし。まあ良いというのは幻覚妄想とかまとまりのない思考に対しての効果という点でだけど。
向精神薬を処方するときは「希死念慮」に薬を出すんじゃないよ。希死念慮の裏にある抑うつ、あるいは強迫性に抗うつ薬を、希死念慮の裏にある幻覚妄想、あるいは妄想様観念に抗精神病薬を出すんだよ。希死念慮の裏にあるのが家庭や仕事や交友関係上の深刻な問題なら、そこで必要なのは薬よりも環境の調整だと思うよ。
経緯はわからないけど死にたい気持ちはしんどいよね。死にたい気持ちを持った自分も自分で認められるように、愛せるようになればいいんだけどね。難しいね。
その昔ずばり「精神外科(Psychosurgery)」があったのはご存じ?
脳の一部を切除する手術だったんだが、奏功した人もいるものの、失敗すると副作用がひどすぎて危険極まりない代物だった。
その後向精神薬の登場もあって使われなくなってしまった。
アメリカでは他のどんな治療手段も有効でないことが証明された場合に限り脳に手を入れることもあるらしい(参考:http://www.amazon.co.jp/dp/4314009896)けど、手術の不可逆性を考えるとどう間違っても主流にはならないと思うよ。
それだけで脳の特性を自由にできるとも考えられないし、どんなに精密に限定した部分を切除したとしても。
これは読んだ? つ http://www.amazon.co.jp/dp/4270005165
しかも何故か下半身が丸出しで、
元気よく歩き回ってウンコを家中にばらまきやがったぜ!
殆どヒキコモリみたいな不健康な生活を送ってたからウンコがもう臭すぎて
兄弟と父親と一緒に吐き気をこらえながら雑巾とトイレットペーパーをたくさん消費したぜ!
母親は「もう嫌だぁぁ・・・人間が怖いのぉぉぉ・・・死にたいのぉぉぉ・・・」と呻きながら救急車で病院に運ばれていったぜ!
掃除が終わった後のどうしようもないやるせなさと家に漂う悪臭は異常だったぜ!
しばらくは臭いが抜けないし、その臭いをかぐ度にいい年して思春期の乙女みたいに
それと一緒に母親の悩みや苦しみに手助けをしてやれない無力感が湧いてくるけど、
相手は哀れな病人だって理解している、理解しているつもりだから、
鬱憤をどこに向ければいいか分からなくて、他の家族もみんな似たような感じで、
家の中の雰囲気は最悪、とっくに崩壊しているから悲しいぜ!
そして母親は病院から戻ってくると少しは改善の兆しを示すけれど、ウンコの臭いが薄れてきた頃になると
再び自殺への願望を膨らませて、いつ爆発させるか分からないからもうどうすればいいのか分からないぜ!
細かいことが昔から大の苦手で、細かいチェック項目を埋めていく作業とか整理整頓とか段取りとかが苦痛で仕方が無かった。
最近、細かいチェック的な仕事が凄く多くて、ケアレスミスを頻発してる。何度見直しても大体何かしら見落とす。
そもそも細かい見直し自体が苦痛で仕方が無いし、一字一句正確な仕様書を作る作業とか、思わず発狂しそうになる。
人の話を聞いた傍から忘れたりするし、メモってもメモそのものを無くしたりするのが日常茶飯事。
思えば昔から空気の読めない子供で色々問題があったらしいし、計算ドリルとかをまともにやりきった試しがなかった。
(面倒臭すぎて途中で投げ出してしまう)
細かい書類を用意するような事務手続き系も発狂しそうなほど苦手だ。
そういうわけでどうもADなんじゃないかと疑い始めたんだけど、診断ってかなり面倒なもんなのかな。
http://anond.hatelabo.jp/20091109142857
うつ病しかみたことないので、うつ病に限った話になっちゃうけど・・・。
薬は、精神の落ち込みの「底上げ」であり、対処療法だと感じている。風邪だって、厳密に風邪を治す薬は無いというじゃないか。対処療法で薬を飲んでいるだけだろう?
底辺を底上げしないと大変なことになるくらい落ち込む病状の人もいるわけで。薬で底上げさせといて、ストレス緩和・休養などで治療させてるんだと思う。たとえば、周りの刺激(音とか)に敏感になりぎみで、安定薬で多少「ぼーっ」とするくらいでちょうどいい時期もあったりする。
っていうか、今は三環系の薬が開発された頃と違って、うつ病時の脳の症状がある程度わかってきて、ピンポイントに効く向精神薬(SSRIとかSNRI)とかが開発されて投薬されたりと、薬も進化しているけど、増田はその脳の症状と効き目自体を信じていないの?そういうのを知らないだけ?
それとも増田は、宗教や考えで体内の分泌物をコントロールをできるのかな。精神薬は、自分でコントロールをできるように(戻る)まで、薬の助けを借りているのだと思うが。
それから、精神科医は薬を出すだけじゃないのではないか(薬を出すだけの、やる気のない精神科医もいるけど)。
円形脱毛症になったり眠りが浅くなったりと、そういった症状がでたときに、「休職すべし」「休職はしなくてもいいけど、仕事を減らすように(残業カットとか)」とかアドヴァイスしたりするよね。素人ではなかなか判別つかないこと。そういうのって治療のひとつじゃないのかな。
うつ病以外で、薬だけでは治りにくい精神病もあって、できればカウンセリングも受けて自分の性格や認識を改善した方がいいという話も聞いたことはありますが。
少なくとも自分は、うつ病患者が後ろ向きな考えや不安を感じるのは、本人の性格や考え方ばかりではなく「うつ病のせいでマイナスシンキング」というのも大きいと感じているよ。