はてなキーワード: ピラミッドとは
(訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)
村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。
ところがその目論見は外れることになる。
期待していたのは、バルセロナやパリやベルリンのような街だった。
そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ、劇場、文学、シットコム、フィルム・ノワール、オペラ、ロックといった、
西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタンな世界都市を私は期待していた。
誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。
実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。
そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。
アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、
私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。
最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、
どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。
私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。
そして蜂の巣状のガラス製ピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき、
ついにユキという村上のアシスタントに見つけてもらうことができた。
あまりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。
実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。
そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。
村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初の記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなたの最初の記憶はなにかと尋ねる。
それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。
彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。
流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル。
そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。
「明確に覚えている」と彼は言う。
「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」
村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。
その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶は自分の中にある、と感じた。
ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。
村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分の記憶を写し込んでいたのだ。
村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中、
週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。
その結果、電力、公衆衛生、メディア、政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。
大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。
この本はアジアで数百万部を売り上げ、
まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。
62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学の最高峰としての地位を確かなものにしている。
疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界の大使となった。
そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。
アメリカによる戦後占領を受けた1949年の京都、日本の前首都である。
「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。
「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。
「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。
彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、
そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である。
彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説とジャズに没頭して十代を過ごした。
二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブを東京で開いた。
掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、
作家としての村上のキャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。
どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生を根底から変えてしまう。
29歳の村上は地元の野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴ・ヒルトンというアメリカ人助っ人バッターが二塁打を打つのを見ていた。
平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上は天啓に打たれた。
そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。
そして彼は書いた。
数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。
それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。
アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。
わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。
『名犬ラッシー』、『ミッキーマウス・クラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲、フランスの映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディラン、マーヴィン・ゲイ、エルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストック、サム・ペキンパー、ピーター・ポール&マリー。
以上はごく一部に過ぎない。
そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本の芸術の引用がまったくない。
村上作品のこうした傾向は日本の批評家をしばしば苛立たせている。
そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆に時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。
「時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。
30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。
すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。
彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。
そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。
「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」
そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。
30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンル(SF、ファンタジー、リアリズム、ハードボイルド)と様々な文化(日本、アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。
どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。
そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。
彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。
なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。
とはいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。
特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。
安全な言葉遣いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。
私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。
数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。
彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロン掛けが好きだという)。
靴は履いていない。
彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップでブラックコーヒーを飲んだ。
その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からのお気に入りの小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。
話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。
その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。
「大きいな」と村上は言った。
「電話帳みたいだ」
仕事をしていると納得がいかない場面に遭遇することは多々あります。
仕事を受ける身が理不尽に思うことは、実は振り出す側も理不尽な内容であることを理解しています。
組織のピラミッドで考えるとわかるのですが、上のレイヤーになればなるほど、売上を意識しなければいけません。決められた売上を達成するには、泥臭いことも、狡賢いこともやっていく覚悟が必要です。そうして、上のレイヤーで売上を作るために本来はやりたくないけど、売上のためには仕方がないという内容の企画を立てます。この時点で振り出す側は納得のいかない仕事に対してすでに割り切り、諦めています。しかし、実際にその仕事を手がけて形にして、運用していくのは企画を立てた側ではなく、下のレイヤーの人たちになります。
そういった、売上の為にはしょうがない的な仕事は往々にして消費者無視の半ば詐欺的な内容だったりします。それを形にするには自分の正義を曲げなければいけないことも多々あります。トップダウンで降りてきた案件を「私はできません」とはなかなか言えないものです。
では、やりたくもない仕事をやらなくていいようにするにはどうすれば良いのか。
キャリアアップして会社の上位レイヤーに行くか、自ら社内で新事業を作るか、起業するかしかありません。
そういったことができていないのに、会社や経営陣に文句ばかり言っても、説得力にかけます。
上から降りてきた仕事内容に納得がいかなければ、その仕事内容によって発生する売上・利益を超える案件・企画を用意すれば、納得のいかない仕事を受けなくてもいいでしょう。
そもそも、上から降ってくる新案件の計画が毎度無茶だったり、綻びだらけなら、そんな会社は見切りをつけるべきです。
また、完全に詐欺的な内容ばかりで売上を作ってるような会社はそのうち潰れるので、これも早いところ見切りをつけた方が身の為です。
はてなの人達は飲食店スタッフを「可哀想な下層階級」とか思ってるんじゃない?
元エントリ読んでないけど
松屋とかの店員は正にこれだと思ってる
中国人バイトとかは日本語が分かんないせいで底辺になってるだけで知的能力はそこまでヤバくないかもって思ってるけど
日本人で松屋バイトとかしてるタイプはマジヤバいのがいる。知的障害ギリギリ(あるいはアウト)な感じ。IQ70くらいの感じの人がいる
わたしは料理をひっくり返すのはどうかと思う。
けれども、あのエントリのフックマークコメントにも全然賛同できない。
「安い店なら仕方ない」というタイプと、
「黙って席を立つ」というタイプが、
まるで大人の意見のように賞賛されていたけれど、それは違うと思う。
まず、安いお店を舐めすぎだと思う。
ホールスタッフの仕事って注文伝えることと料理を運ぶことがいっちばんの最低限で、
これは本当の最低の最低限だよ。
安いお店で「お辞儀の角度が悪い」とか「このあらいを作った板前を出せ」とか言われたら「お帰り下さい!」だけど
どんな安いお店でも注文ペロッと忘れて「仕方ないやろー!」ってことはない。
なんていうか、つまりさー、
はてなの人達は飲食店スタッフを「可哀想な下層階級」とか思ってるんじゃない?
「物凄く劣悪な奴隷的境遇に追い詰められて働いてる人達」とかー
「頭の回転が鈍くて能力が低いピラミッドの底辺的な人材」とかさー。
おみそに対する時と同じような、理非を超えた優しさに満ちてるよね。あのブックマーク。
うん、ていうか、書きながら分かった。
って前提で話をしてるの。あの人達全員。
注文を忘れたスタッフが居たら
当該スタッフにコップの水引っ掛けて帰るぐらいはいいですよ。してくれても。
もしわたしが注文忘れたらそれぐらいは仕方ないなと思ってかぶりますよ。水を。
黙って帰るって言う自己満足な「オトナ」な「ヤサシサ」の方がずーっと侮辱的です。
それだと失敗にすら気付かないスタッフも居るし。
6 Reasons We're In Another 'Book-Burning' Period in History | Cracked.com
By: S Peter Davis
これを聞いた人の8割は私の顔を殴りたくなるだろうが、端的に言おう。
稀覯本を含む本を数万冊以上捨ててきた。
焚書と聞いて、一般にはおそらくナチスドイツを連想する人が多いんじゃないだろうか。
それは不寛容と反知性の象徴だ。
だが今回の焚書は違う理由で起こっている。
本を捨てているのは、利用者が誰もいないような辺鄙な田舎の図書館だけじゃない。
おそらく世界最高の権威がある図書館、大英図書館でも、本の廃棄が産業的な規模で行われている。
オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学やそのほかいくつかの大学では最近、本の処分に関するスキャンダルが起きた。
今年ボーダーズという書店がつぶれたときには、在庫は寄付されるのではなく廃棄された。
捨てられているのは、『TVガイド』とか重複所蔵の本だけじゃない。
17世紀に美麗に印刷されたシェイクスピアの作品集を想像してみてほしい。
奥付のページには、遠い昔に亡くなった所有者からの達筆なメッセージが付いている。
それをゴミ箱に捨てるのだ。
私は何度もその場にいた。
持ち帰ってeBayに出して売って、何百ドルかにはなったんじゃないだろうか。
これはオバマの共産ナチ新世界秩序に操られたソビエトの秘密作戦か何かではない。
血も涙もない官僚主義によって起こっているのだ。
というのも……
誰しも思うのは、恵まれない人たちに寄付すればいいんじゃないの、ということだ。
囚人でも、病気の子供でも、独立系の新興書店でもいい。寄付すればタダじゃないの、と。
蔵書であることが分かるようになっている。
その本を寄付したり売ったりするときには、印を消さなければならない。
盗品でないと分かるようにするためだ。
そればかりか、所蔵印が残っている本は、親切な人が見つけて図書館に返しに来てくれちゃったりもする。
そして、処理すべき本はとても多い。
図書館はやっきになって蔵書を減らそうとしている。
図書館館長になったつもりで、10万冊を処分しなればならないという報告を受けたと考えてみてほしい。
選択肢は二つ。
学者を何十人か雇って蔵書目録をもとに重要度や価値を評価させて、
また何十人かを雇って重要度の低い10万冊に一冊一冊処分の印を押させる、
というのがひとつ。
第二の選択肢は、コンピュータで貸出回数の少ない10万冊を列挙して、
数人に館内を回って集めさせて、シュレッダーにかけさせること。
第二の選択肢のほうがずっと速くて安いことはお分かりだろう。
そうなれば儲けがでることもある。
ことに司書にとっては、それはまるで、
ゾンビに噛まれた親友を前にして、自分だけが銃を持っているようなものだ。
それに、捨てられた本のなかに救われるべき本が埋もれてしまうことも忘れてはならない。
このやり方では明らかに、ものすごく貴重な本が引っかかってしまうことがある。
2011年版が書架にあるのに、『白鯨』の初版本を書庫から借りようとする人がいるだろうか。
コンピュータで出した貸出数ランキングではそうした区別ができない。
また、このやり方をする場合は、本は完全に破壊しなければならない。
ただゴミ箱に放り込むだけでは不十分だ。
盗られるかもしれないからだ。
誰も読もうとしないように本を引き裂くか、ゴミ箱に漂白剤を入れておく必要がある。
とにかく、ゴミ箱が「ご自由にお取りください」状態になってはまずい。
そして作業をする図書館員が16世紀の貴重書を見つけたとしても、
館長はそれを救えとは言えない。
捨てる代わりに調べるように命じていることになりかねないからだ。
どんな本か分からなければ捨てるのも楽になる。
みなさんがこの事実をご存じなかったとすれば、
ほとんどの場合、一般人が気づくのはゴミ箱に大量の本が入っているのを誰かが目撃してからのことだ。
とはいえ司書がこっそり話し合っている掲示板はいくらか見受けられるが。
2004年ごろ、ニュージーランドのビクトリア大学は13万冊の本を廃棄することを決めた。
計画では、廃棄対象の本に赤いテープを貼り、
それを救いたい人がペンでチェックマークを付けることになっていた。
ご想像のとおり、誰もが怒りをあらわにした。
ある教授は図書館を「野蛮人」と呼んで学内に電子メールを回し、
図書館をめぐりすべてのテープ付きの本にチェックを入れるよう、
職員と学生に呼びかけた。
私の場合は、本の廃棄に気づいたのはそれを盗んで逮捕された人だけだ。
一般人が気づくころには、すべて終わっていて、反乱の機会はなかった。
それに図書館は気づかせることのないよう巧妙な言い回しを使う。
たくさんの書架を空にして、本を書庫に送ったというとき、彼らは嘘をついているわけではない。
ただ、書庫はすでにいっぱいで、新しい書庫行きの本の分だけ廃棄をしているということを言わないだけだ。
本の廃棄を推進する人たちは、図書館の機能を「本の博物館」だとする見方に反対する。
みなさんは愛すべき古典文学の書架に代表されるたくさんの書架の集合こそが図書館だとお思いかもしれない。
通貨が少し下がったり上がったりすれば、外国雑誌の価格も少し変わるだろう。
さてここで、購読するのは数冊ではなく10万冊だと考えてみてほしい。
そして、いま降りかかっているのは小さな変動ではなく、大恐慌時代以来の最悪の不況だ、と。
これは一夜にして旅客機一台分が財布から飛んでいくことを意味する。
その旅客機の代金が払えないと、まずいことになる。
そうなったらとりうる手段は、燃え盛る蜂の巣を手放すように、
購読を打ちきることしかない……とお思いだろうか?
ところがそれは図書館のパワーユーザー、学者と学生が毎日必要とするものなのだ。
必要のないもの、それはたとえば、手書き挿絵の入ったネクロノミコンだ。
どれほどかけがえのない所蔵物であろうと、とにかく場所がないのだ。
というのも……
図書館が蔵書を引き裂く必要がある理由のひとつは、この不況だ。
悲しいことだが、それはそれで仕方ない。
コーヒーショップと引きかえに土塊にされているとしたらどうだろうか?
オーストラリアのニューサウスウェールズ大学でまさにそれが起こっている。
その図書館では、社交的空間を作るため、1850年代からの蔵書と新聞雑誌が廃棄された。
ピーター・スレツァク教授はそれを、図書館を「スターバックスのようなもの」に変えるものだと評している。
しかし、図書館の立場にたってみれば、それを要求しているのは、
彼らは本を保管することだけではなく、本を使う場所を図書館に求めているのである。
そして出版社は無数の本を出してくる。
ということで、図書館は、一方では新刊書を所蔵するために拡張を迫られ、
一方ではカプチーノを飲んで腰を下ろす場所を作れと言われているのだ。
問題は、その費用を誰も出してくれないということだ。
この報告書でも分かるように、図書館へお金を出している組織は予算増額をものすごくいやがる。
図書館が「拡張の資金が必要」と言えば、大学当局は「他を当たってくれ」と言うだろう。
ほとんどの図書館に他の当てはない(建物に放火して保険金をせしめるという手を勘定にいれなければ)。
本はもはや流行らない。このことは認めざるをえないだろう。
2010年最後の三カ月のAmazonの売上データで、電子書籍は紙の書籍を上回りはじめた。
最近のハードディスクであれば、場所をとらずに事実上無限の数の本を入れることができる。
小さめの図書館ならUSBメモリ一つでで置き換えられるとしたら、
巨大な防火設備で本を守り続けさせる原動力は、人々の愛しかない。
現在の経済状況下では、その愛はなかなか発揮されることがない。
この動きは三十年前に遡る。
1980年代、図書館のスペース問題を解決したのは電子化ではなくマイクロフィルムと呼ばれる新技術だった。
本や新聞雑誌をスキャンしてマイクロフィルムとして保存すれば、
図書館ひとつがキャビネットひとつに収まるというのが謳い文句だった。
ニコルソン・ベイカーは、マイクロフィルムブームの悲痛な記録を本にした。
それによると、大英図書館、アメリカ議会図書館といった世界の名だたる図書館が、
数千冊の古い貴重書を引き裂いてスキャンし廃棄したそうだ。
世界中の本好きたちがこれに抗議したところ、司書がマイクロフィルムを掲げて
今日では、インターネットの普及によって、本の圧縮はますます推進されるばかりだ。
ある組織では廃棄する本の選定にあたって、グーグルブックスに載っているかどうかというシンプルな基準を用いているそうだ。
もちろん、本好きの心はそれだけでは慰められない。
彼らは本の内容だけではなく、本それ自体に価値があると信じている。
彼らにとっては、同じ版の本がほかの場所にあるからといって、
貴重な書物を捨てることは正当化できない。
道は事務書類で敷き詰められていて、
これが現実だ。
他会社の株式を保有することによりその会社を独占的に支配する会社を持株会社と呼ぶ。支配するほうを親会社,されるほうを子会社という。自ら事業を行う方を事業持ち株会社、自ら事業を行わず,他社を支配することを目的とする会社を純粋持株会社という。資本主義の発展に伴って登場する独占体の一種で,証券代位とピラミッド型支配によって支配資本の節約が可能である。戦前の三井,三菱等の財閥本社はその典型。戦後は財閥解体、独占禁止法によってその設立は禁止され,これに反する純粋持ち株会社の設立は無効とされた。
しかし、戦後50年を経た1997年、独占禁止法改正により条件付きながら解禁。他会社の株を買占めることで他会社の支配を主たる事業とするこの純粋持ち株会社を活用することで、欧米では事業の組み替え、大型合併・吸収を企業集団という枠組みで積極的に推進してきた。これに対して日本では、純粋持ち株会社という司令塔を持たない企業集団であったため、戦略的な単位として行動することはできず、日本の企業集団の戦略性の欠如、国際競争力の衰退は明らかであった。こうしたことを背景に、純粋持ち株会社の解禁が図られた。しかし金融ビッグバンの影響もあり、日本では、銀行や証券会社によって再編のために設立された金融持ち株会社が先行している。
現在懲役刑執行中の堀江氏がテレビ局の株を買占め支配を試みた事件は、戦後50年ではありえなかったわけです。以前の反省から純粋持株会社の設立を廃止していたからですね。それが1997年に解禁されてしまい、丁度よくITバブルで現れた成金達が喜びの声を上げました。それ以後、なりふり構わず世界中でカネカネ大戦争を繰り広げているのが21世紀というわけです。簡単にまとめればこのようになります。20世紀は比較的そうでもなかったが、21世紀になってからどうも「カネカネ」五月蠅いなあと感じる人が多いようなので、その種明かしをしてみました。あなたの会社は「純粋持株会社」ですか?そうでない場合はこれから恐ろしい事に出くわすかもしれませんよ。一般に言われる「子会社に入ると苦労する」という話はこういう内事情があるわけです。あの人が何であんなことを言ったのか、じわじわ分かってきますね。
★財閥
本社を中核に,持株,融資,重役派遣などによって多数の子会社群を支配する独占企業集団で,コンツェルンの一形態。世界的には米国のモルガン財閥,中国の四大家族,インドのターター財閥その他多くの財閥がある。日本の戦前の財閥は同族支配,番頭経営,政府との密接な関係を著しい特徴とした。明治以降,産業の発達とともに,三井,三菱,住友,安田の四大財閥,古河,浅野,川崎などの財閥が形成され,昭和になると日産,日窒,日曹などの新興コンツェルンが登場した。第2次大戦までの日本経済は,財閥によって動かされていたといえる。戦後,財閥解体が行われたが,1950年代から旧財閥系企業の再結集が進められ新たな企業集団が形成されている。しかし,戦前の財閥とは性格を異にし,同族支配がなく,持株支配が弱く,金融機関の融資を中心とした金融コンツェルンの性格が強い。
★政商
明治前半期に政府の手厚い保護・育成を受け,政府との相互依存関係の中で伸張した特権的商人。三井・岩崎・住友・安田・大倉・浅野・渋沢等がそれで,政府事業を独占的に受注し,特に官業払下げを受けて産業資本家に転じ,同系列資本を集中し,その多くが財閥に発展した。
★金権政治
富者がその財力を駆使して権力をほしいままにする政治。日本では明治以降,政商の活動が時の政府に大きく影響したことがあり,多くの疑獄事件を生んだ。現代的には,第2次大戦後,一党による長期政権のもとで〈政界・官僚・財界〉の権力と利権の癒着構造が形成されて,構造的汚職を生みだす金権腐敗政治を指すことが多い。
食料は、毎日買ってきてその日に食べてしまえば冷蔵庫はいらない。
商店街の近くに住んでいてスーパーも徒歩圏に数件あったので余裕だった。
風呂は真っ暗だったけど、マンションの正面にある煌々と輝く薬局から明かりをもらうかたちで入った。
いけるんじゃね!?と思った。
手洗いは可能だけど、脱水ができない。手しぼりで干しても本当に乾かない。
それで復旧させた。
PCや携帯にも別に依存してるってわけじゃないし、ナシの生活をしてみたこともあったし、
でも皆にはできない。
まず冷暖房がないと老人が死ぬ。
電動ベッドじゃないと起き上がれなくて、飲み食いもできないような人もいる。
電気使いまくる治療・検査を受け続けないと死ぬような重病人が居る。
ずーっとPCつけっぱなしにしてネットゲームやら掲示板やら見てないと暇すぎておかしくなる人もいる。
そういう人たちに電気使うな、暇なら図書館で本借りろ、河原でフットサルしろ、とは言えない。
弱い人ほど電気無いと生きられない。
私は全国平均よりはやや強い方だと思う。若いし。
言う事を聞きつつ、正論を言ったら干されるのでぐっと堪え、
取引先のタヌキにも頭を下げつつも、さらに新人に陰口をたたかれ、
でも妻に奉仕しなきゃまた喧嘩になったり発言小町に書かれるから
安い発泡酒で我慢して、それで寝る。
起きたらまたギュウギュウの電車に揺られ、
今朝の電車で触れた女子高生の匂いを反芻する。牛のごとく何度も。
そんなこんなで稼いだ金がどこに消えるかと言うと、
ケツにぶちこんでやろうかと思ったりするんだけど、
そんな勇気はもちろんの事、クビになっても転職して成功するスキルなどがないので、
昼休みにモニタの前で、「たまごや」の弁当のおかずのすき焼きを味わい、
わずかな幸せをかみしめる。そんな日々。
「きみは資本主義奴隷だね」と言われたとしても、「はい」としか
答えることが出来ないわけで。
未来人は続けて、
「歴史の教科書で読んだんだけどさ、20世紀後半から21世紀半ばにかけて、
画期的だったんだってね。いや、むしろサラリーマンが勝ち組とか
ギュウギュウの乗り物に押し込められても文句を言わせない
と言ったとしても、私はハイとしか答える事ができないわけであって。
朝の電車で女子高生と合法的に密着できることです!と真面目な顔をして
主張したいんだけど、主張しても捕まりそうなので、言えない。
あとはオフィスグリコで「パキッツ」をゲットしたときだったり、
朝の電車の女子高生との密着だったりってのが、奴隷の私の一番の幸せだったりする。
http://d.hatena.ne.jp/chnpk/20101222/1292945197
常連客にはいくつかの派閥があり、派閥内にはリーダー的な人もいるのだそうだ。そして、同じ派閥の中では、その日勝った人が派閥の仲間にコーヒーを振る舞うなど、頻繁にコミュニケーションの機会が持たれ、今日は誰が来ていて何回当たったとか、来てない人はどこそこに行っているとか、そういう話をのべつ幕なしにしているのだそうだ。要するに学校の教室と同じである。
専業主婦のように学校を卒業したあと仕事をしていない人や、仕事はしていたとしても例えばトラックの運転手のように他人と接する機会があまり多くない仕事に就いている人は、学校や会社のような特定のコミュニティに属して日々を過ごすという経験に乏しい。そしてそれはおそらくとても寂しいことだと思う。だから多くの人はパチンコに行くのではないか。パチンコのように結果が定量的に把握できるゲームは、コミュニティの軸として非常に優れていると思う。
まぁこういう意見は多いと思うの。
ちなみにこのちゅんぷくという人はエンドルフィン欠乏症だと思うの。
誰かによく思われたくて、よく池田信夫DISを繰り返しては相手にする価値のない意見として無視されることが多く打率が低い。
こういう人はあんまりギャンブルには向いてないからギャンブルの話をするのもやめたほうがいいと思うの。
今回も微妙。
「都条例規制派をバカにしながらタバコやパチンカスに対しては同様の頭悪さを発揮しているやつ」を煽りたくて書いてるだけの記事っぽいから都条例ネタで言うと、
反対の理由に「俺とか俺の周りの人間は自制できるから(全体も)問題ない」という論理を使うくらい馬鹿げた話なんだけどね。
というか、もっと悲惨な実例あげたらどうするつもりなのか。
HENTAIどもにしてもパチンカスにしても、やはり、こういう論法を使うのはバカのやることではないか?
HENTAI相手で示されたように、1でも疑わしきものがあったら100すべてを規制しないと気が済まない国みたいだからなぁ。
正直ね、上記引用くらいのハマリ具合の人はまぁ問題ない思うよ。
で、こういう話聞いたらパチンコについても和やかなイメージが想起されるのかもしれないね。
でもさ、これって「自制出来てるHENTAIども」の話に過ぎないよね。
暇つぶしに韓流ドラマとかと同じような使い方をしてるようなやつだけだと思うの。
問題になってないところを「ね?問題ないでしょう?」って言われてもなぁ。
ワンピースを出してきて都条例に反対するくらい頭悪いと思うのよね。
パチンカスにおけるコミュニティ要素は明確なピラミッド構造になってる。
そこに触れなかったのはやっぱり同じような構造のピラミッド持ってる金融業界かばってるの?
どっちかというとパチンコのイメージはこれとかネットワークビジネスに近いんだよね。
http://blog.livedoor.jp/funkasoku/archives/1988808.html
まとめどうしでスカイプやってオフ会とかやってるのは知ってたけど 凄い気持ち悪いよなあれ
俺もかなり昔作った事あったが、そういう横のつながりでアクセス稼いでるの知って速攻で辞めた
おっさんがやってる奴多いと思ってたけどみんなガキだったし
パチンコはギャンブルだという認識はいい加減捨てたほうがいいよ。
パチスロ・スロットはもう完全に情報であって、あれはプロのお仕事。
情報持ってるのは若い店員さんですから、第二新卒とかおよびでないし、30代すぎたおっさんに生きる道なんてないよ。
こういう希少でしかもすぐ失われるものを取り合う業界で、和気あいあい?
こういう構造では必然的に下流食いが発生するのってご自身の業界でご存知ですよね?
で、底辺でもなんとか食っていけるという優遇されすぎな業界なら自業自得とかぬるいこと言ってられるのかもしれないけど
トップくらすがようやく年収600万~1000万って世界で自業自得とか言ってたら死人続出ですよね?
無知なやつは人生を破壊され、自覚的なやつは分かっていても歯車にならざるを得ない世界がコミュニテイ?
ちょっとソーシャルゲームで友達つくろうってのと同じくらいゆるいコミュニティの定義ですよね。
あとさ、ちょっと考えてもらえばわかると思うけれど上記記事の
はてな界隈では、定期的に英語の習得法が話題になるが、俺もそろそろ参入してみようかな、と。
■自己紹介
俺の英語力は、TOEIC975点、実用書・平易なペーパーバックなら辞書なしで速読できるレベル。
CNN/BBCが字幕なしで理解できて、それなりに気のきいたことも英語で話せる。
語彙力は、http://www.wordengine.jp/vcheckで測定してみたところ、約20000語。
■趣旨
だが、巷にあふれかえる英語の勉強法は、基礎力がないのにいきなり実践を勧めるものが多い。
例えば、臆せずに何でもいいからしゃべってみろだの、辞書をひきながら本を読めだの。
この手の勉強方法は、学習者のコンフォート・ゾーン(快適な領域)を外れることが多く、大抵の人は不安感や不快感を感じて、学習をやめてしまう。事実、俺も何度も挫折してきた。
そこで、この記事で私が提唱したいのは、基礎からきちっと積み上げる、実直かつ具体的で不安のない英語の勉強方法である。
重要なところは全部網羅していると思うし、実際に自分で試してみてうまくいったものばかりだから、信頼性の高い勉強法だ。
これから紹介する勉強法に加えて、モチベーションの管理と習慣化のテクニック(これに関しては今度記事を書くかも)さえあれば確実に英語は身に着く。
■本論
やることは3つ:文法を理解する(骨組みの構築)、単語・例文(肉付け)、実践(本を読む、ポッドキャストを聴く、など)
以下が具体的なやり方。
◆1. 文法に関しては、『英語リーディング教本』(薬袋 善郎 著)・『日本人の英語』(マーク ピーターセン著)の2冊の本が超オススメ。
そもそも文法は必要なのか?という議論は常にされてるけど、俺の実感としては、文法を学んでおくと英文の理解速度が飛躍的に向上するから、後々すごく楽。
学校英語の影響で文法を忌避する人が多いし、その気持ちはわかるんだけど、本来は文法=ショートカットだよ。
莫大な文例をもとに法則を自分で見出すより、すでに見出された法則を学ぶほうがはるかに手っ取り早いでしょ?
さて、『英語リーディング教本』は英語の理解力が格段に向上すること間違いなしの超名著!!
そんなに厚くない本なのに、効果がめちゃくちゃ高い。
俺が今まで読んだ参考書のなかで一番役に立った。誇張じゃなくてマジで。
この本を理解すれば、英文法の骨格は完成する。骨格さえ出来てしまえば、後は肉付けするだけだ。
『日本人の英語』は、日本人にありがちな英語のミス(例えばI ate chicken last night.とI ate "a" chicken last night.の違いなど)が豊富に書いてあって、英語リーディング教本でカバーしきれなかった冠詞・前置詞・自制などの微妙なニュアンスを理解するのに非常に役に立つ。
文法の学習は、基本的にこの2冊だけ読めばOK。
だが、上級レベルになるにしたがって、冠詞や文法の微妙な違いが気になるようになると思う。
そういうときは、『例解 現代英語冠詞事典』(樋口 昌幸 著)、『ロイヤル英文法』がおすすめ。
ちょっと高いけど、どっちも枕元においていいほどよく出来た本だ。
◆2. 単語の習得は、P-Study Systemという無料のソフトウェアが超おすすめ。
忘却曲線理論とやらを参考にしていて、ゲーム感覚で効率的に単語が身に着くソフト。
俺はP-Study Systemを利用して、大体2年間の勉強でGREレベル(アメリカの大学院入試)の語彙力を身につけることが出来た。
これに出会う以前は、俺は単語帳を買って、音読したり、ノートに書き写したりしたが、結局やる気がなくなってやめてしまった。
もう単語を覚えるのは無理かと諦めかけていたんだが、このソフトウェアを使って毎日コツコツ学習していたら、見事なまでに単語が定着した。
きっと俺みたいな人は多いと思うんだけど、机に向かって紙面を相手に学ぶのと、PCを使って学ぶのでは、心理的な労力が全然違う。後者の方が圧倒的に気楽。
よく単語の習得方法として、英文を読みながらいちいち辞書をひけって人は多いんだけど、よっぽど根性のある人じゃないと続けられないよ。
辞書を読んでるのか本を読んでるのかよくわからなくなって、苦痛極まりないからだ。
リーディングと単語学習、2つのプロセスを同時にやるような中途半端なことをしないで、単語は単語だけ一気に覚えてしまうといい。
短期集中・個別撃破作戦で行こう。
やる気のないときはラジオを聴きながらでもいい、とにかくだまされたと思って、やり方はどうでもいいから続けろ!
これ使っとけば絶対に語彙力つくから。
例文の暗記についてなんだけど、これもやっといたほうがいい。
なぜかというと、これは文法の学習と同様に、型を覚えれば、いちいち頭使わなくても英語がスラスラ出てくるから。
書籍は、『英語丸のみ辞典』(全三巻、井上 一馬著)がおすすめ。
例文暗記は結構単調で辛いんだけど、確実に報われる。
だから、暇なときに興味のあるところだけ、気の向くままに音読するといい。
嫌になったらすぐやめるのが、続けるコツ。
◆3. 実践に関しては、特にリーディングを重視するといい。
この段階までくれば安定飛行に入ったようなもの。
既に単語はある程度覚えているだろうから、John Grisham, Sydney Sheldonの小説を読むといい。
本を読みつつ、気になった表現をたくさん蓄えよう。
前述の通りに文法をちゃんと理解していれば、特に頑張らなくても自然に英文が頭に蓄積されていくよ。
俺の場合は、リーディングをたくさんやって、表現を蓄えたから、他の3技能(リスニング・ライティング・スピーキング)は、それぞれ適当な参考書を数冊やるだけで大丈夫だった。
■終わりに
長文を書く習慣がないもんだから、ちょっと疲れてしまった。拙い文章で申し訳ない!
でも、結構たくさん書いたつもりなんだけど、完成したものを読んだらちょっとした作文程度なんだよな。
なんかこれ思い出した
533 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 16:22:50 ID:JJgyPuWY0
キミの家を教えてくれるほどバカなの?
道を歩いてたら「チリンチリン」って音がして「風流だな」って思ったら。
キミの頭が鳴らしている音でガッカリするの?
578 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 16:28:59 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 海外で「BAKA」と言ったらキミの事くらい有名なの?
風邪気味だから医者に行ったら「バカにつける薬はありません…」って泣かれるほどなの?
612 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 16:34:02 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 医者に行って「風邪気味で」って何度言っても額に聴診器あてられるほどのバカなの?
ラーメン屋行って「並」って言っても「バカ盛り一丁!」と言われるほどなの?
メーテルと一緒に銀河鉄道のったはいいけど、途中黙って置き去りにされたの?
694 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 16:46:33 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 機械の体を手に入れたけど、メモリが8ビットしかないの?
それどころか改造手術していた人が「あれ?脳がない!?」ってうろたえてたの?
シロツメクサの花が咲いたらラスカルの代わりに森に還されたの?
747 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 16:57:32 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 頭が軽くてちょっとした風で天高く舞い上がるの?
機械の体にしてもらったときに「ネジ一本締め忘れました」って言われたけど
766 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 17:01:47 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 空洞の頭が浮き輪代わりになって、夏は重宝するの?
ピラミッドの建設のときに、石を河に浮かばせて運ぶのに使う浮き輪として活躍したの?
834 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 17:17:56 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 六波羅探題をセクハラ短大と間違えて興奮するくらいなの?
新鋭のミュージシャンに「新手の打楽器として頭を使わせてくれませんか?」って頼まれるの?
881 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 17:31:12 ID:JJgyPuWY0
ビックリマンチョコで「天帝バカ」って名前でシールになるけど、子供たちにはダントツで不人気なの?
957 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 17:46:34 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 蟻が一匹で余裕で運べるくらいに頭が軽いの?
水素が「自分・・・まだまだっス まだ軽さ極めてないっス」って脱帽したの?
996 名前:名無しさん@九周年[] 投稿日:2008/08/27(水) 17:55:02 ID:JJgyPuWY0
バカなの? 「ピザって十回言って」「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」「ここは?」「膝」「やーい肘でしたー」
ってやり取りの意味が理解できないくらいバカなの?
「このまま働き続けたら駄目な奴になりそうだ・・・」そう思って、今の会社に転職したのが7年前。7年経った今、再び同じことを考えるようになってきた。
7年前に「駄目になりそうだ・・・」と思ったのはなぜかというと、大企業であったがゆえに、いつまでも部分的な仕事しか任せてもらえなくて、とても退屈だったから。評価されてもっと大きな仕事を任せてもらうまでに、相当な時間がかかりそうだ、と若気の至りで勝手に判断した記憶がある。
考え抜いた末、安定を捨てて、今の会社に転職した。前の会社の10分の1の規模だが、新卒の入社試験が難しいことで有名で、地頭が良い人が多い。一方中途採用は新卒採用よりも緩くて、地頭が良くなくても即戦力であれば採用してもらえる。転職した当時の自分にとっては、もったいないと思うくらいの環境で、好きな仕事ができたし、かなりシゴかれた。仕事ができないのが悔しくて、家に帰って泣いたこともあったな。業界の最先端にいる感じも味わえて日々幸せだった。彼らに追いつこうと、いつも必死だった。
時間がかかってしまったが、7年経ったこの頃、自分の能力がようやく周りの人に追いついたという気分に達した。一つの目標を達成したような気分。
人間は欲深いもので、自分もそろそろ次の段階の仕事(管理職のような仕事)もしてみたいと考えるようになった。しかし、今の会社は労務構成が典型的な逆ピラミッド型で、そういう仕事をできるようになるには、もの凄い待ち行列である。なんか、このまま行くと、いつまでもヒラであるような気がしてきた。中途だし、結婚もしてないので、さらに不利な感じがしてきた。
「このまま働き続けたら駄目な奴になりそうだ・・・」、そう思った。あと10年も同じような仕事をするのか?と自問自答した。
30代を過ぎると、特に大企業のサラリーマンは、どんどんダメになっていくと、俺の尊敬するベンチャー企業の知り合いは言う。俺が嫌いな別のITベンチャー企業の社長は、そういう奴を見ると悲しくなるとさえ、ツイッターでつぶやいている。自分がそういう悲しいダメな奴になりそうな気がしてきた。
どうすればいいのだろう・・・そんなことを仕事の合間に考え続けて、もう数週間。同じような境遇にいる、もしくはその境遇を乗り越えた人の話が聞きたい。
Togetter - 「高校世界史レベルの知識を即成でインストールする方法」 http://togetter.com/li/69858
ここに書かれた学習法が絶賛を受けているが、ちょっと待てよと言いたい。
まず、総論。「高校レベルの世界史に通暁するとはどういうことか?」という問いに応えましょう。教材研究した結果から言えば、これは三段階の学習を行ったかどうか、になります。レベル1:〈通史〉。レベル2:〈テーマ史〉。レベル3:〈論述〉。この段階で世界史を頭にインストールすればよい。
とあるが、このレベル1からしてすごいものだ。
「善くできた新書のように」読めというが、実際の山川教科書はこのような感じだ。
ナイル下流域のメンフィスを中心に栄えた古王国では、クフ王らが自分の墓として巨大なピラミッドを築かせた。これは神である王の絶対な権力を示している。中王国時代には、中心は上エジプトのテーベに移ったが、その末期にシリアから遊牧民ヒクソスが侵入し、国は一時混乱した。しかし前16世紀に新王国がおこってヒクソスを追放し、さらにシリアへと進出した。(P.25「エジプトの統一国家」)
これを「善くできた新書のように」興味を持って読めるのか?
このあたりは元から興味がある人も多いのでまだ読める方だろう。
イスラム世界での国家の興亡など、教科書のあの記述で興味を持って読めるというのか。
教科書は350ページ以上ある。
大半が「~した。~した。~した。」の羅列でできた文章だ。
「私も実践しよう」と言っている方も多いが、断言しよう、一周さえ読み切る人間はその1割もいない。
なお、あの学習法には、通読が厳しいという人のためのヒントも添えられている。
読むのがしんどい、なぜだろう? と思ったら、山川世界史のリンク誘導を適当にネットサーフィン感覚で飛んでみてください。そのうち、「なぜ山川世界史は電子教科書ではないのだろう?」と疑問に思うほどの学習効果を得られるはずです。そして、現代史まで辿り着けばよいです。
これは実にいい意見だと思う。リンクをつなげるようにして歴史をつかむのは非常に重要だ。
現役の高校生には「別ページのリンク誘導」に意識をして読むことを強く勧める。
しかし、そのリンク誘導が「読むしんどさ」をどのように解消するのか?
ネットサーフィン感覚があれば、読むのが楽になると本当に思っているのか?
この「別ページのリンク誘導」は何も山川教科書だけの専売特許ではない。
「リンク誘導を意識する」という指摘は大切だが、それは決して教科書がよいことにはつながらない。
あと、第2のテーマ史の実践だが、
さて、通史を終えたら、好きな世界史用の演習問題本を一冊、買ってきましょう。これはなんでもいいです。たとえば山川の『私大・二次対策世界史B問題集』http://amzn.to/9vBJI7 とかは、僕が今言っている話に応用しやすいものになっています。
高校教師、家庭教師、塾講師なら仕事にもつながるが、他の社会人には非常に厳しい行為だと容易に想像つくだろう。
これを「素晴らしい方法だ、やってみよう」と書いている多くの人たちは、どこまで本気なのだろうか。
と、ここまで文句を書いてきたが、この学習法を書いた人を批判したいわけではない。
書き手は家庭教師をされているようで、これは実践の伴った学習法なのだろう。
「論述」までも視野に入れていることから、国公立クラスの受験生を指導されているのが分かる。
と言っても、善し悪しは別として納得はできる。
偏差値35から70までの高校生の相手をしてきた自分の目では、この勉強法は偏差値55以上の実力が必要だと感じられる。
ここで強調すべきなのは、「実力の足りない人間が安易な気持ちでやれば確実に挫折する方法論」だということだ。
で、どうしてそのことを誰も指摘しないのだろうか?
それどころか、どうして「すばらしい」「私もやろう」と絶賛できるのか?
教科書を最低二周通読するなどわけもない意欲の高い人たちだらけなのだろうか。
てかさ、「賢く見える意見」にうなずいてるだけじゃねえのか?
腹が立つのは、学習法の書き手さんではなく、周囲の「教科書礼賛」の姿勢だ。
教科書礼賛。教科書万歳。「教科書を読めばいい」という教師とその指導法を安易に認める人たちだ。
教科書を読むだけで理解できる人に、「教科書を読め」というのは構わない。
けれど、教科書は万能なんかじゃない。
だが、そこには絶対に「指導者の解説」が必要だ。
「なぜそれが起きて、どのようになったのか」の流れの説明を加える必要がある。
なのに、「教科書を読めば分かるはずだ」と工夫のない授業をする指導者が多すぎる。
それを助長しているのは、「教科書があれば大丈夫」という安易な考えだ。
そう、これを深く考えず絶賛している人たちの考えだ。
教科書を音読するだけ。
黒板に事実の羅列を書くだけ。
用語に線を引かせて覚えさせるだけ。
そんな授業でどれだけの世界史嫌いを産んできたのか分かってんのか?
「高校世界史をやり直したい人は、まず教科書を通読しましょう」
そんな学習法で本当に世界史をやり直せる大人がいったいどれだけ生まれるんだ?
教科書を買ったはいいが、待っているのは事柄の羅列だ。
それを前にすれば、「世界史は難しい。無理だ」と思う人間を増やすだけじゃないのか?
「教科書を読めばいい」なんて発言が出る人は、きっとすごく賢いんだろう。
俺にはその気持ちが分からん。
工夫のない指導で世界史を苦痛としか思えなくなった生徒たちを俺は何人も見てきた。
解説なしで教科書を読める人間は、上位の限られた層だけなんだ。
えー、あまり自信のない方向けに、簡単な学習法を書きます。
そこで買うのは、あの学習法の方も書かれていましたが、まず「用語集」と「資料集」です。
あの学習法は、「教科書を利用する」という点以外は、非常に参考になる学習法だと思います。
地図を手書きで書いてみるとか、ものすごい大切なことだと思いますよ。
社会人なら、通読が終わった後は興味のある個別の歴史をどんどんのぞいてみましょう。
そっちの方が楽しくて身につきます。
で、あとは通読用の教材を買いましょう。
まずは実際に山川の教科書をじっくり見て、読めるかどうかを確かめてください。
教科書だけですむのであれば、本当にそれが手っ取り早いです。
無理だなと思ったら、高校生用の学習参考書を眺めてみましょう。
そこには生徒に理解してもらうための工夫であふれた書籍が多くあります。
その中から、「背伸びせずに吸収できそうなもの」を自分の目で選んでください。
簡単にできそうなところから一歩ずつ。
歴史を最初から最後まで眺めた――それだけでも大きな財産になるはずです。
書いてもらったコメントを見て思いましたが、
「教科書じゃなく参考書を読め」という自分の意見も、たいして変わりませんね。
漫画でも新書でもゲームでも、何でもいいから歴史に親しめる入り口をまず作る方が大切。
それで興味を深めてから、教科書や参考書で通史の知識をつかむのがいいですね。
通読だって「漫画・世界の歴史シリーズ」から始めて、教科書につなげてもいい。何だってありなんですよ。
自分は参考書が大好きなので楽しめますが、あれでも無理って人はいっぱいいますし。
とにかく、「教科書を通読がベスト」って意見が気にくわないだけで、親しめるところからまず始めるべきなんでしょう。
と、「背伸びをせず吸収できる」とか「親しめるところ」とか、具体的な意見を言わずすみません。
人それぞれいろんな形があると思って、言いづらくなってしまうですよね。ごめんなさい……。
昔はブ男でもみんな彼女作ろうとして頑張ってたみたい
この時期にブ男に掛けられる言葉って「てめーは何やっても無理だから引っ込んでろよw」だった
時は流れ
どうやらマジだって気付き始めた
草食がどうこうとか男に元気がないとかね
そうするとブ男に掛けられる言葉は
「顔じゃなくて性格に問題があるんでしょ!」に変わった
なんせブ男がそれなりに納得して平和な状態でいるのが気に食わない
底辺が競争から抜けると物凄く困るし怒る
自分が底辺になっちゃうし、下部の苦悩から抜け出た奴が許せない
ピラミッドの上位もまあ底辺の下支えが無くなると優越感や楽しさが減るから困る
だからまずピラミッドに戻ってきてもらう為にハッパ掛ける、という珍現象が見られるようになった
時代が下るに従い、恋愛弱者がガチで恋愛競争から引いてるのに気付いて論調に余裕がなくなってきてる
まあこういう人間の動きやヒエラルキーは恋愛だけじゃなく何の世界にもあるけどね
人の世は浅ましい
突然ですが、私はもしもの話大好きです。
「もしも重力が半分になったら」「もしも女にちんぽ、男にまんこついてたら」「一日ごとに前日に戻っていったら」「西暦1年からの人類全員がスター・プラチナという幽波紋(スタンド)を所有していたら」
とかね。
例としてある若者、A君を主役にします。
A君は勤めていた会社が潰れて無職になり、就職難で再就職先が決まりませんでした。失業保険は存在していますが、それが切れて無収入になり、貯金を食い潰し貯金が底をつきました。
まず、A君が毎月生活するのに10万エン要るとしましょう。架空世界の金額です。
A君がすかんぴんになってもお金は必要です。そこでA君は銀行君からお金を借りました。
この世界では、国民総番号制とかが導入されてて、個人が抱えている債権も番号照会で本人確認さえあればわかると言うか、多重債務をするには既にお金を借りている人の許可が要るとか、そういう世界観にしてください。架空世界なので。
A君は銀行君だけからお金を借り続けました。他の個人や、別の金融からお金を借りる事はしませんでした。多重債務がめんどくさいと考える、わかりやすいのを好む人ですので。
A君は再就職の為に手を尽くしましたが、彼は3年分の毎月の生活費、360万エンの借金を背負った時点でこれはもう返せないなと判断しました。
そこで、生活保護も自己破産も無い場合って、奴隷契約が法律や仕組みとして普通に存在するのではないかという観点から本題に入ります。
「今のままじゃ返すアテが無いから銀行君所有の奴隷身分にしてください」と願いでました。
奴隷身分は財産の没収と住む場所と仕事を選ぶ権利の放棄の代わりに生活環境を債権者に委ねる事です。仕事内容は僻地の暑い・寒い・臭い環境での単純労働がメインとなっており、いくら奴隷身分といっても人権が全部なくなるワケでなく、先述の国民番号のカードに銀行君所有の奴隷身分とか加わるぐらいです。他にもいくつか制限がかかるとは思いますが、それは別の話。
とりあえず汚いはあってもケガをする危険性が高い仕事、風俗店などの性的な仕事に奴隷身分の人を就かせる事は絶対になく、そういった仕事は自由身分の人が自ら選択する、と思ってください。
銀行君が指定した勤め先は行った事がない県の、無名の地方で、作業内容は冷蔵庫内の単純労働。実際にそれを生業としている人が「ああ!?俺の仕事は奴隷がやる仕事とでも言うのか!?」と思われたらごめんなさい。
拘束時間は環境が環境だから毎日短め、もしくは2時間休憩を挟んで2回。週4勤務とかが現実的でしょうか?住む所は職場指定の寮で、同じ奴隷身分の人3人で3LDKの奴隷寮に住まわされます。毎晩そこ以外に宿泊する事は認められておらず、個人が所有していい物品の量も一度没収されたとはいえ制限されていますが、テレビやラジオ等は部屋に備品として支給されています。
A君の職場の工場主さんは、現場では普通の人も雇っているけど、長続きする人が少なくて安定した労働力を確保できない事に頭を悩ませていました。
そして、普通の人は毎日バスや自家用車で通勤しており、時給+交通費を支給しているので、工場内に作った寮に入居して生活する、数年は安定して辞めない労働力が欲しいと考えていました。
奴隷身分の人は大切にされます。360万エンスタートの債権抱えていますし。
毎月15万エンの手取りが発生するとして生活維持に7万エン(携帯無いのと一人暮らしの賃貸じゃないから安い) 、債権者への返済に7万エン、余った1万エンを自由に使ったり貯蓄したりできます。
なお、この給与は同条件で働く自由身分の人と差はありません。雇用主の給与振込先口座がA君宛と銀行君宛の2つあるぐらいに考えてください。
急な出費とかもあったけれどA君は60ヶ月、5年ほどで3年分の生活費の借金を利子込みで完済し、自由身分に戻りました。
この奴隷身分制度で得をしたのは、土地代安い僻地に工場を作った工場主さん。
なぜなら、5年間辞めない、職場からすぐの奴隷寮に引っ越して住んでくれる労働力を得れたから。給料の額は奴隷身分と普通の人とで違いはありませんが、交通費支給が無い分安上がりだったのかもしれません。
次に銀行君。利子込みで貸した額以上を回収して儲りました。
他に、僻地の商店もA君という生活消耗を買う人間が1人増えた分潤ったと言えるでしょう。奴隷寮という建物を建てた建設業の方も、奴隷身分制度があるから仕事が増えて潤うでしょう。
最後にA君。彼は救われたでしょうか?
まぁ、言いたい事は生活保護とか自己破産とかあってよかったねと。
なかったら色んな生き方を選択すると思うけれど、奴隷身分がひっぱたかれたり風俗に強制労働かまされるのは非現実的だろうとか借金せずホームレスになる人増えそうとか、食うに困って犯罪をして捕まった人はどうなるのだろうとか色々考えました。
また、奴隷身分を借金をしているA君が自ら選択したというのは、ヴィンランド・サガという漫画で「借金を返せなくなった戦士が、生活の為に自らを奴隷として売ったという事もあった」という解説があった事から考えました。
現在の日本に建前上存在しているモラルや教育、文化レベルを保ったまま奴隷制度があったらこんな感じなのかなぁと。
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この事を話したら
「奴隷を働かせると利益が大きい事に気がついた雇い主が僻地に作業場を建てず、あえて家賃を適正に高く出来る場所に建てて「債務奴隷」を意図的に作る可能性もあるのでは?労働者は働けば働くほど経費がかさみ、最終的に子孫の人工も借金に入れてしまうのでは?」
「アフリカでの債務奴隷の例だと、ノー財産に対して農地と農機具、生活環境を与えて常に微妙にマイナスになる様にしています」
「実際のところ今の日本の都市部でのワーキングプアは、産業構造全体が共有する債務奴隷と言えると思うし、それが(10年単位とは言え)成立している以上は収斂として日本でも債務奴隷を行う、受け入れて行く事はあると思います。行政も有効な多数勢力が満足する方向で調整気質を発揮しますし。まあ、その辺りマスコミとかちゃんと考えているならば、もっと大っぴらに発展途上国での債務奴隷という概念を、日本国内と対比してみたりして若年者に啓蒙する番組を作ると思いますが、そんな番組にスポンサーなんてつかないでしょう」
「そこで、社会構造の問題じゃなく「自己責任」にしておくのが賢い国体運営だろうと。少なくとも義務教育で海外での債務奴隷の概念を教えて、果たして社会構造の問題なのか自己責任なのか問いながら大人になる様にすべきだろうなと。その子ども達が有効な有権者ピラミッドになるスパンで見ないと多分解決しないです。(そんな暴動や革命を誘発しかねない教育を国がするかはともかく)」
とのご指摘、感想をいただいて、現実っておっかないなぁと言うか、上記の自分の妄想よりよっぽど面白い話だなと思ったり。
また、その方に、奴隷身分制度ができたとして、彼らにどのような仕事を任せるかが一番の問題だと思うと話したところ
「その場合は、たぶん、「奴隷になっちゃうような能力の奴にやらせる仕事なんかない」だと思う。人件費の安い海外でやらせて責任感もたせたほうがトータルで得になる。前出と反するようで切り分けていくとおそらく両立は可能。っていうか多分、現状でしてる。」
との答えが返ってきました。オオゥ
例えば、今回の例のA君の場合。チルド食品の、加工肉の取り扱いだったとしましょう。それは、海外に委託する事は難しい物の1つです。(肉の原産地が国内だから)
ですが、同じ仕事同じ条件でもっとマジメに働くであろう、移民を取り入れる。奴隷の輸入…と書いたら、ものすごい物騒なアレなんでここまでにしてみます。
最後に、現実世界で生活保護がなくなったとして、日本で生活ができない日本人は、自らの生産能力を低い物だと認識して物価の安い海外へ生活の為に移り住むのでしょうかと尋ねたところ
「国家の定める法やモラルよりも生存の方が優先するから、海外行かなかった人によって滅茶苦茶犯罪率高くなるでしょうね。そして一度海外に行ったら、まず末代まで戻ってこない。ますます経済規模が小さくなる→景気悪くなる→仕事なくなる→人いなくなる→経済規模。日本オワタ」
と、感想をいただきました。つまるところ、既に増田が散々議論しているとおり、生活保護と言うか生活できない人の寝食を保障する事は治安維持の為になくてはならない事なのだと思いました。
最初から増田に投稿する記事ですよと前置きを置いて話したので、誠に勝手ではあるのですが無断で改変・転載させていただきました。ありがとうございます。
でも借金を次の世代に持ち越したり、起業して失敗して借金を作った人が再起できなかったり、借金を返す為に風俗で働いたりする日本はイヤだなぁと思います。
…アレ?