はてなキーワード: 反レイシズムとは
@tomonobu0802 というTwitterアカウントがある。
女性声優は全て生活保護を受ける存在になるから、自分の手であらかじめ潰さなければならない、と言う頭のおかしなロジックを
かなり本気で振りかざし、呼吸するように女性声優アカウントを罵倒する人間だ。無論、彼は誰からも相手にはされていない。せいぜい2chのヲチスレが10年近く機能している程度だ。
ついでに、安いネトウヨで、アジア方面を呼吸するように罵倒しないとおのれの非才さを直視して死んでしまうタイプの人間だ。
どうも15年くらい前はごく普通に同人活動をやっていたようだが、人間関係をまともに構築できないタイプのようで
今やさわるモノ全てにウンコを投げつけるマシーンになりはてている。
また、「俺は過去に3度会社をクビになっている」と、己の信念が社会と折り合いをつけるのを拒んでいるかの如く胸を張っているが、
単に仕事が出来ないのに正社員待遇を迫り、いちゃもんをつけまくった挙げ句に訴訟を行い、示談をもぎ取ったと言うが完全に「手切れ金」を渡されて捨てられただけのことになっている。
この手の頭のおかしい人を遠巻きに見ていると、「批判・反論されることでより自分の狂ったロジックが正しいと確信を持つ」という性向が確認できる。
これはまぁ、陰謀論者も「放射脳」と揶揄される先鋭的反原発主義者も、最近話題の「広義の「しばき隊」」あたりもなんだが
自分の正しさって奴に懐疑を持つ能力そのものを失っている、あるいは自分の正しさを否定するとアイデンティティそのものが消失する人間だ。
彼の抱えている「信念」ってのは、そういう自らの狂気・妄想の類を「正しい」と思い込まないと自分自身も堪えられない「妄執」でしかない。
だから、他人を罵倒しておのれを省みたら必要性を一切感じ取ることさえ出来なくなっている。省みるというのは、おのれの心臓をえぐり出すことに等しいからだ。
こういう人間が、「反レイシズム」だの「環境保護」だの一件社会的に反論しにくいテーマを持ち出して、そこに居る「悪党」に見えるモノを罵倒すると
奇妙なカリスマを持ち始め誰も止めることが出来なくなる。
現在の @kdxn が完全にそれなのだが、かつてのmixiでの彼の傍若無人な態度を知っている人間は、
しばき隊やCRACをバックアップしはじめた頃から「あいつに関わるとろくな事が無い」「奴は人語を繰り出す獣でしかない」と初期から警鐘を鳴らしていた。
その結果が、今のありさまである。
社会運動を、こういう頭の可笑しい、反省する能力の無い人間に仕切らせてはならない。女性声優を罵倒し続ける程度の頭の可笑しい人間程度に納めておかないと
公平な目から整理。
(1)はすみ氏は元々安倍ファンを公言していた(ファングループも主催)
(2)しばき隊は反安倍(ぱよちんこと久保田、のっちこと石野はその急先鋒)
(3)∴しばき隊 →右翼≒レイシストと決めつけて敵視→ はすみ という対立構造の根はここにあった
(4)シリアの難民問題が世界的な話題に! → 日本でも連日報道され、メディアに乗り易い雰囲気
~~~~~~~~~~~~~~~~~ こ こ ま で 前 段 ~~~~~~~~~~~~
(5)9月頭、はすみ氏が「偽装難民で欧州が迷惑しているニュース」をみて「そうだ、難民しよう!」という偽装難民揶揄の
イラストをフェイスブックのコミュニティ上に掲載→元々のファン達が「いいね」を押したり、あるいはシェアをしてフェイス
ブック上に拡散
(6)約1ヶ月後、(たまたま?)はすみ氏の「偽装難民揶揄」イラストが政権批判の旗手・「SEALDsの奥田氏」の目に留まる。
(7)奥田氏、「ありえないっしょ!」と仲間・シンパ・信者に攻撃を指示
(8)「はすみとしこの世界」に対して、↑のイヤガラセ行為が開始される。当初は元々のコミュニティユーザーとの言い合い程度
だったが、調子に乗った久保田・石野を中心とした連中、仕事上の人脈等を駆使して、世界中に「ジャップがシリア難民を差別
している!」(←この時点ですり替えが行われた事に注目)と通報、その中で、久保田に近しいと思われる「Japan Times(ここも
アヤシイw)」が「公式報道」。それを皮切りに、外電が続々報道をしはじめ、それを引用する形で国内メディアも「難民少女を揶揄
したイラスト(まさに伝言ゲーム状態)が物議を醸す」式の報道を開始。
(9)気をよくした久保田・石野ら、「外国からも叱られたぞwww?みろ、ここでもあそこでも!」とはすみ氏のページへ貼りつけを
しまくって「攻勢」を強める
(10)ソレを全く意に介さないどころか、創作意欲高まったはすみ氏、不良在日問題、攻撃の発端となったSEALDs等を揶揄したと
(11)久保田ら激昂!「反省しないどころか挑発を続けるはすみを「どんな手段を使ってでも」絶対ぶっ潰す!!」と決意
(12)この間、はすみ氏は「偽装難民のイラスト」の参考にした難民少女写真の写真家と直接コンタクトを取り「あくまで偽装難民批判
であること」「迷惑がかかるので、取り下げます」と「和解」。イラストはフェイスブックページから消される
(13)問題解決、と思われたものの、(11)の件もあり「発狂」おさまらない久保田らは、はすみ氏のページそのものをフェイスブックから
消し去ろうと、Change.orgなどで「反レイシズム」をお題目としたはすみ叩きキャンペーン等を始めるも、イマイチ効果が現われず
(14)難民イラスト削除後もしつこくページに粘着し、同じ写真をひたすら貼り続けてページを荒らし続けた久保田に、コミュニティメンバーが
「いい加減ウザイ」とはすみ氏に苦情を入れる。はすみ氏は「誰でも自由に来てね^^」のスタンスだったが、苦情が入ったので
スタンプ王子(その時の彼のあだ名)こと久保田を「泣く泣く」アク禁とする
(15)久保田が消えた後、アンチである久保田の仲間筆頭の石野らが頑張るも、はすみ氏は全く馬耳東風、また、リベラルサヨクの習い性から、
ファンの「正論」に対して全く論負けしており、アンチの攻撃に効果が現われず
(16)アンチ「そうだ!はすみが頑張るのはファンがウザイからだ!!ファンを攻撃して嫌がらせしてやって過疎らせれば、はすみは
消えるはず!!」と次の一手を考え付く→久保田「ドイヒーなリストを作成中^^」と脅し、実際に作成、仲間の石野らと公開(11/1)、
それを使って「一般人のファン」(約400人)にウヨ・レイシストとレッテルを貼って恫喝を開始する
(17)それから数日
久保田のツイッターは「安倍●ね」的なツイートが並んでおり、はすみ氏のページでも「安倍の支持者がこんなレイシストでいいんですか?安倍首相w」
「レイシストが支持する安倍もきっとロクなもんじゃないww」「レイシストが支持する安倍を支持している奴もレイシストだww」という、得意の魔女狩り
理論満載の詭弁で政権叩きに繋げていたのをみると、当初目的は「レイシズム云々」ではなく、安倍政権にダメージを与える為の草の根戦術の一つだった、
と解釈できる。
しばき隊やCRACと呼ばれる集団へへ、一切共感したくない理由。
仮に彼らが正論を言っていたとしても、『彼らの影響で』反レイシズムに目覚めたくなんて死んでもなりたくない理由。
2.その言動に対するカウンターを行わなければならない←わかる
3.故にレイシストのデモ隊には罵声を浴びせかけてでもストップを行わなければならない←まぁ、罵声はともかく言いたいことはわかる
4.我々が罵声を浴びせ、挑発的な言動を利用してでもレイシズムの芽は摘まなければならない←手法の是非は問いたくなる
5.4.のやり方に対し批判的な者、冷笑的な者はレイシストないしその予備軍である。中立を気取る者も同罪である。オタクも当然レイシストの目を孕んでいるから文化ごと潰す←わからない
えっとね、俺はもう4.の段階でうんざりで、それゆえあんたらの唱える1~3の部分も懐疑的というか身構えたくなってくる訳ですよ。
「紳士的なやり方では奴らを止められない!」と思っているんだろうけど、もう正論をナイフのように振りかざして殺しに来てるようにしか見えないのよ。
あんたら、他人をぶん殴る武器程度にしか人種差別反対の言論を利用してないでしょ。それで誰かを救えるの?誰も救えなくても言い、俺はこれで他人をぶん殴りたい、としか思ってないんじゃないの?
俺はあんたらのことをそのくらい信頼してないから。冷笑するくらいしか使い道のないチンピラだとしか思ってないから。
もっと言うと、あいつらはいつか『人を焼く側』に回る。『俺たちに焼かれた連中は人ではなかったのだ』と平気で言える連中だと思ってる。
『その通りだよ、それでいいじゃないか』と、野間やid:bcxxxあたりは真顔でそう言うだろうとさえ思ってる。そのくらいあいつらは話が通じない。
お前達が反レイシズムを武器に暴れ回ることはまぁ認めるが、その成果は俺たち大衆が奪い取ってあいつらはチンピラとして社会から追い出す。
先日。こういうツイートを見かけた。わりかしRT人気を集めて支持されている。
https://twitter.com/senjuin1010/status/486157859797733376
ほどほどにネット等でヘイトスピーチ関係を学んだ人が、こういう疑問にぶつかっているのは珍しくないように見受けられる。
また、実際反ヘイトスピーチ活動してる人の中にもこういう(ここで揶揄されてしまうに十分な)考え方になってしまっている人もいるように見受けられる。
こうなってしまうような現状がそこにあるのだという点においては私も疑いはない。
私が、例えば
金明秀 KIM, Myungsoo (han_org)さんはTwitterを使っています
のような、反レイシズムに大なり小なり関わり、またそこに社会学の専門性を持ち込んでいる人の普段のツイート等を見て理解した範囲では、
金明秀氏の立場を私が読んでみる限りにおいては、前述のそれにおいて誤解されて抜け落ちている代表的な立場は
・実際にそこにある被害を見つめずに前述のあれこれを決めてはならない
といった物で有る。どんな被害がそこにあるか、それを抜きにこの問題を何か決めるのはナンセンスである。
・マイノリティとは、権力が小さい集団のことを云うのであって、大原則としてリソースが小さい。
被害をマジョリティが理解する上でマジョリティがマイノリティの説明責任を過大に求めるのはマイノリティへの搾取である。
マジョリティとマイノリティの間の「努力」に「同程度」を求めるはだめなのである。
さて、しかし、現実にはここでこういう疑問を抱く人も多いであろう。
・そんなこと言ったって、マイノリティが何も言わずに全部察しろと言ったって無理だ
当然で有る。しかし、金明秀氏などを例に挙げると、決してそんなことは言っていない。
・金明秀氏が自明といった場合、自分で調べればどこかにそれを示す資料(被害について当事者が語った何かしらなりそれを示す社会調査データなりは)必ず既に現存すると考えている (しかし、それを調べるのが容易であるとは限らない)
・そんなこと言ったってマジョリティだからってそういうのを自分で必死に調べて理解するとか限界があるし、誰もがやるわけではないので、理解されないという現実を防ぐのはそもそも困難では。
その通りで有る。しかし、大前提として、そこに不正義の事実があるという前提が正しいのであれば、
・ある意味において、マジョリティが既に存在することが確認できうるマイノリティの問題を理解できないなら、マジョリティ内部の問題である。それが言い過ぎとしても、マジョリティとマイノリティを含んだ集団全体の問題であり、それをマイノリティにのみ過度に求めるのは誤りで有る。
ということである。
ここまででも、まっとうな方でもいろいろ疑問・反論が出る人もいるであろうが、最低限この程度は理解してからロジックを組み立ててほしいものである。
派生した議論として
・被害者の自称被害は過大に言われることも誤りも有る。全部真に受けて良いか?
これは、当然の疑問である。当然調査は必要であるが、低質な「ちんけな素人のネット議論の検証」みたいなのでバッシングする阿呆が大量にいるが、誤った検証を元にバッシングするならなお悪いのであり、単に最低である。
もちろん、ここにおいて「検証などいっさい必要ないのだ」って立場に立ってしまうと、一部の人がマイノリティ問題バッシングするレトリック「マイノリティの聖域化」なるものが正当であると認めてしまうようであり、危険である。検証コストはマイノリティにだけ過剰に課されれば暴力である。いちいち引き合いに出して申し訳ないが金明秀などが普段言うことは「通常は調べればちゃんと結論が出ている」ものだったり、さもなくば、「じゃあ、検証が不十分であるからといってそこに問題がないと結論を出して、救済されるべき人を切り捨てるのは正義か(また、それ故にバッシングまでやるならなお正義の問題となる」といった問題も出てくる。
その他、派生した議論として
・じゃあマジョリティはマイノリティを批判してはいけないのか?
これも、Yesだとしたらそれこそレトリック「マイノリティの聖域化」の出番である。しかし、金明秀氏などが普段言う所を私が理解する限りにおいては、
「特に批判が正当である場合など、当然批判するななどとはない。しかし、その批判とやらが、「どういう文脈で向けられている」かは大問題である」
といった論点がある。「Aはマイノリティで不当にBという不利益を得ているので改善すべき」という主張に向かって、「AはAにも問題があるのである」みたいな
反論はもうバカみたいに大量に出てくる。多くの場合「そういう問題があるから、差別されてよい」という「理由がある奴はいじめられてもよい」式の構造
になってしまったこういう実にナンセンスなのがよくあるのだが、結局黙らせるための対抗言説である。マイノリティが改善すべきというのが事実として、なぜその文脈でいう必要が
あるのか。(繰り返すと、往々にして改善すべきということ自体が難癖であるというのも多いのだが)。改善すべきなら相手が改善によりつながる場面で批判するのがよいであろう。
(これをいうと、何故そんなことまでしなきゃいかんのか、という疑問もあるかもしれないが、当然それは、「マイノリティが被害を受けている現実があるか、
その可能性が無視できない程高い」という現実がそこにあるからこそであり、また、「持てる権力・リソースにおいて負けているマイノリティに対する要求で有るから」であり、故に「黙らせるための言説」として使うのが不正義なのだ)
その他
・マイノリティはリソースが少ないのであるからして、運動に完全を求めるな。少なくとも、その運動上の瑕疵について、マジョリティのそれと対等を求めるな
このあたりになると理解しづらい人も前述より増えるかも知れないが、ほっといたら保護されない不利益に対して声を上げることで初めて改善できるマイノリティ問題にマイノリティが声を上げているのである。大前提として、権力もリソースも大きな差があるのである。「瑕疵のなさにおける対等さ」を求めるだけで暴力で有る。
これは、「マイノリティにはどんな瑕疵があっても構わない」ということではないので、そのあるべき、もしくは許容範囲となるバランス、落し所は自明ではないが、「完全な対等を求めたら、暴力」である。
・マイノリティがマジョリティに攻撃的に何かする時の被害とマジョリティがマイノリティにそれをする時の被害の質・程度は、当然後者の方が大きい
権力の大小の話から言って自明で有る。少なくとも、この点においても「前者があるので後者をやるのは当然で有る」も程度問題というのもまったくなくはないのだが、
簡単に不正義を生む。もちろん、前述の「どういう文脈でそれを言うのか。無効化の文脈で言う不正義」の問題等も絡む。
ネットサーフィンして議論するものいんだけど、本当にマイノリティ問題に一家言あるのだと言いたいので有れば、「まともな研究者」の資料をもうちょっと読んではどうかとは常々思う。