はてなキーワード: 遠足とは
大阪出身の私にとって、長崎県に足を踏み入れたのは初めてのこと。
大阪で育ったものなら、しつこいくらい遠足や社会見学や平和学習と称してピース大阪に連れて行かれる。
だから、こんな資料館なんて見慣れていると思っていた。
しかし、この年になり、原発のこのご時世になって、思うことはいろいろあった。
強制連行された朝鮮人の被爆者が云々、とか、改めて考えると民間人相手にとんでもないことやってるよなあ、とか、とても恐ろしい悲惨な現実を見てちょっと茫然としたり、とか。
いろいろな感情と考えがわいてきた。
しかし、いろいろあった中でも、一番気になった資料がある。
それは、原爆投下後に、白血病患者が急増するが「ピークは6年後」という記録。
福島の原発事故と、長崎の原爆と、どのように比較していいのかわからないし、各人の被曝線量によってのみ語れることだとは思う。
しかし、あの原爆ですら、被爆者が白血病を起こすピークが「被曝から6年後」なのだ。
中心地に近いものはおそらく、もっとはやい時期に亡くなっているので、爆心地からどのくらいの距離にいてどのくらい被曝した人が中心となったデータなのかはわからない。
仮に、福島が長崎の原爆と比較しようもないほど小さな影響しか出していないのなら、このようなことを考えるのは杞憂かもしれない。
しかし、確実に影響があり、しかし長崎ほどではないとすれば、影響が出るのに6年以上は確実に時間を要することになる。
ひょっとすると「福島原発崩壊後の白血病発症のピークは15年後」と後世に記録されるのかもしれない。
「20年後」となるかもしれない。
現時点ですでに、白血病が患者が増えていると言われているが、本当に確実に影響が出ているならば、本当の恐怖はまだ始まってなんかいない。
政府のお偉いさんたちは、8月になると広島や長崎に行って黙祷なんかしてるけど、何を見て、何を考えているのかわからない。
なんのための政治なのかを、よく思い出してほしい。
適当に祖母が話したことを書いておきます。裏もとってないし事実と異なることがあるかもしれませんがご了承ください。
当時中学校は市内に一つしかなく1100人ぐらいの生徒がいたらしい。
修学旅行?で東京や江ノ島に行ったが、その頃は人数が多かったので特別列車を仕立てていったらしい。
東京で一泊するとき、小さい旅館しかなくあちこちに分かれて泊まったそうだ。
江ノ島には大きい旅館があったので2つにわかれただけですんだとか。
現東武周辺は刑務所があったが、通学当時に工事が始まり更地にされてから再開発されたようだ。
家への近道だったため周辺を通過して帰ったらしい。
現在と違って他に建物もなく、フクロウがなく道を帰るのは心細かったそうだ。
更地になった後も数年広い敷地がのこり、商店街の男たちなどがでかい凧をあげていたと言っていた。
学校の生徒はほうぼうから登校しており、祖母のクラスには鬼怒川のへりに住んでいる生徒がいた。
その子の家は農家で朝が早く、徒歩で通学していたが、速く歩いても一時間はかかったそうだ。
春風ちゃんのツイートで思い出したんだけど、小さい頃私の学校にも全員で遊ぶことを強制するしくみがあった。
全学年1〜6年を縦に割って12個の班を作り、年に何回かその班で遊ぶ週間があったり、遠足にいったりする。
うちの学年は1クラスしかない上に少人数だったので、同じ学年が自分1人だけ…なんて班ができてしまった。
班は年度が変わるごとに再編成が行われるから当然「学年自分だけやん!」の子も毎年変わる。(はずだった)
そのころは低学年のきゃわいー私ちゃんだったので、6年生が話しかけてくれたり、遠足でも先生が一緒にお昼食べてくれたりするからなんとも思わなかった。
てかよく覚えてないけど、単に泣かなかっただけだと思う。
泣かなかったせいなのか分からないけど、次の年も一人だった。その次の年も一人だった。
4年にもなると他学年の子も気軽には声かけてこなくて、先生もそんなには気を使ってくれないし結構つらかった。。。
母親に話して、それ以降その班で遠足がある日は毎年欠席してた。(お母さんに超感謝)
先生はそんなことにも気付かず、結局卒業するまで1人だけ〜の刑を受け続けた。
この年になると1Pなんて何とも思わないんだけど、小学生の自分にとってはきつかったんだよねー。
性格も明るかったし勉強も運動もできる方だったから私が任されたんだろうけど(とでも思わないとやってられない!)
そういえばこういうことこれ以前にもあったな!!
1年生のときにクラスに暴れん坊の男の子がいたんだけど、(今で言えば多動症かな)
隣の席になった女の子がすぐ泣かされて苦情が学校やその男の子の家にいくからか、入学して数ヶ月で何回も席替えをやるはめに。。
で、ある日自分がその子の隣になったんだけど、、
まあお察しの通り学年が変わるまでその子の隣の席だった。。。
授業中しつこく机を揺らしてくるときには
「あと20秒後ならたくさん揺らして良いよ」って言って、ノートに書き終えた後に思う存分揺らさせてあげたり、
「これはお母さんのだからやめて。明日折っても良いやつあげるから。」と言って、
使いにくいほど小さくなった消しゴムや短いえんぴつを翌日あげてた。(なぜだかうちの文房具消費量はすごい)
ちなみに6、7歳の子の力じゃ小さい消しゴムやえんぴつって折れないんだよねぷぷぷ。。
しかしこの件のせいで、先生は前述の1人班の役目とかも私に託したとおもわれるので、
小学生の頃はよく「くそ、、嘘泣きしとけばよかった、、」とか後悔したものです。
叩かれるのを承知で言うと、大学もまあいいとこ出たけど、小学生時代はとくに賢かった。
同じぐらいの子の意味不明なモンスター行動を一休さん的頭の回転で回避したりはできたし、
そもそも友達には恵まれていたのでいくらモンスターがいようとも楽しく過ごせたんだよね。
でもねでもね、冒頭に書いた、班で1人・・・の件!!
あれだけは本当に無理!いまだに先生むかつくわーーー!とかたまに思うぐらい。
1人からのいじわるに我慢できるからって、1人ぼっちが平気な訳じゃないの・・・!!
大人から見たら小学生なんてみんな神童なんだろうけど、この件のせいかわからんが、私いざというとき意識的に余っちゃって自ら辛い思いする時期もあったぞ!
新聞テレビで、「新宿の放射線レベルは●マイクロシーベルトで、これは健康的に問題がないレベル」的な解説がなされている。
それはそれでいいのだが、ここで想定されている対象者は「成人」じゃないのか?
「妊婦、乳幼児だと、1年間(あるいは1時間)に●マイクロシーベルトだと安全範囲なのか?」という点について、
「妊婦乳幼児にとって安全かどうか、の情報がないから、安全サイドに考えて、西日本に避難しよう」という動きが加速している。
ここ数日、下り新幹線は「ママ+乳幼児」で「遠足列車状態」である。
なので、朝日新聞でもNHKでもいいから、ほんの少しだけでいい、
「妊婦や乳幼児の場合の許容量は●マイクロシーベルトなので、心配ありません」とアナウンスする必要があるのではないか?
確か英国大使館かどこかが、「東京の放射線レベルは、妊婦乳幼児にも安全なレベルです、だからインターナショナルスクールを
休校させる必要ありません」と発表していた、と聞いたのだが、こういう情報こそ、大マスコミは開示すべきだろう。
思い出されるのは嫌な思い出ばかりだ。特に親戚がらみでの…
でも当時はそれに対して何も感じていなかったことの方が多かった…
いや何も感じていなかったと思う。
理由はわからない。そして、その後に必ず田舎の叔父さんにうちの母親が怒っていた。
「そんなことしないでくれ」
・親戚一同で旅行に行ったとき。1人が迷子になり全員で探した。
振り出しに戻る…わけじゃないけど最初にいた場所に迷子になった子が戻っていた。
「なんだこんなところにいたのか」と私は発言した。怒られた。
「こんなところ」を変な場所に嫌がってという意味で受け取られたようだ。
・小学生の時、七夕か何かに掲げる短冊に皆で同じことを書こうという話なった。
「いい大学を目指そう」なんてことを…
そのとおりに書いたのは自分だけ。他の人間は全く違うことを書いていた。
・小学生の時、同級生の家に遊びに行きファミコンの野球ゲームをやることになった。
メンバーを分けることになり僕は1人だけ。あとはゲームを持っている子のチームとなった。
・小学生の時、集団で遠出。同級生の家に一斉に戻ることになった。
…自分1人だけ戻っていた。あとの人は公園で遊んでいた。待てど暮らせどやってこない。
・中学時代。親戚一同で旅行に行った最後。腫れ物に触るような感じで扱われた…記憶がある。
・中学時代。ボーリングだカラオケだとそういうもので遊び始めるような時期に、「経験無いだろ」
とはなから決め付けられていた。「ああっ、あるよ」と言い返していたが未経験。誘われていくことになっても
自分抜きで話が進んでいたことがあった。
・中学時代の修学旅行や遠足。「こういうところ来たことがないだろ」と散々言われまくっていた。
・高校受験。希望校は合格したが、理解不明の理由をつけられて一番行きたくないところに行かされた。
・高校時代。いやここに至るまでずーっとそうだったような気がするが、自分から友達を作ろうとすることをしてこなかった。
中学時代まではそれでも仲良くしている人はいた。けれど、学校どまりだったと思う。高校時代は、こうした状況に加えて
行きたくない気持ちが勝っていたのでずーっとぼっちで、ごくまれに誘われても断ってしまっていた。理由はわからない。
・高校時代。法事が立て続けにある。親戚連中の親族自慢ばかりを聞かされる。
両親はそれをどんな気持ちで聞いていたんだろう。
・大学時代。アルバイト中心。サークルには、、、入学式のときに顔を出してみただけでそれっきり。アルバイト中心であっても
友達づくりをすることはしない。その場限りの関係。なんとなく親しくなる。そんな感じ。
・大学時代。「浪人なんかしやがって。どこそこのうちは有名大学に入ったのに。現役で」と散々言われる。
高校受験時に自分から希望を奪っておいてよくいうなと思ったが、じっと我慢の子。一浪で入学した大学は知る人ぞ知るという
有名でもなく無名でもなく偏差値もどちらかといえば多少はいいほうの部類に入るかどうかというようなところ。
・で、最近。机の中身とかPCの中身とか見たとしか思えない会話をいまさらしてくる両親。性癖までばれてるんだろうか。
それに気がついていたるところに鍵とパスワードをかけた。いびつな親子関係。
・思いつくままここまで書いてみたが、自分から人に話そうとしない。中学時代に「魔女の宅急便のパン屋のオヤジみたいだ」と言われて
よくわからなかったが、「ああそういうことだったのね」と今更ながら気がついた。
今は引きこもって誰の視線も感じずに孤独に生きられてすごく楽だよw
ネットでいくらでも娯楽は見つかるし、ネット予約で図書館の本借りまくりだよw
金のかかる趣味は一つもないから小遣いなんていらない、ネットさえあればいくらでも時間つぶせる。
他人との生身のコミュニケーションなんて一切してない。全然平気。
友達同士で班分けをする機会が何度も何度もあるわけ。
グループで準備して皆の前で発表するような授業とかね。
日本人のプレゼン下手がやいのやいの言われてるからか、うちの学校はこういうの結構な頻度であったよ。
あとは遠足や修学旅行。グループのメンバーがイベントの楽しさに直結してる。
好きな人同士のグループ分けは学校に居る限り必須。逃れられない。グループに入れない人はどうしようもなくみじめな思いをするだけ。
先生に「誰かこの人をいれてあげてください」みたいな扱いを受けるのが嫌なら、不登校になって逃避するしかない。
余り物の可哀相な子状態を全く経験せずに済んだわけ。
あとグループで行動してると過呼吸起こして動けなくなったときに誰かがなんとかしてくれる安心感があるわけ。
多くの不登校は理由などないし選ぶもんでもない。(http://anond.hatelabo.jp/20090222023846)
1年半近く前のエントリーだけど、不登校のキーワードでひっかかってきたので読んだ。
子どもが不登校だとさ、親としてはどうしたらいいのか、ほんと悩む。
とりあえず、学校でなんかあったのか?とかいろいろ理由を探すよ。
でも、いじめられているわけでもなく、無視されているわけでもない。
結局、まあ、学校という空間が嫌いなんだなあというくらいしか、親にはわからん。
で、本人も、わからないという。
理由はわからないけど、学校に行こうとすると腹痛とかになるからさ、行けないわけよ。
無理していっても、保健室に直行して、で、やっぱり帰る、となるだけでね。
じゃ、もう学校に行かなくていいよと言えば、とりあえずおなかは痛くならないので、安泰だ。
勉強しろなんていうのは無理なんだよ。
個人塾には気休めに行ってるけど、とうてい学校で今やってるとこについてけるレベルじゃない。
担任も家まで来てくれるけど、だいたい、会いたがらないな。
別に担任が嫌いではないらしいんだけどね。
遠足の日には迎えにきてくれたおかげで、行けたって感謝してた。
ま、遠足から帰ったら寝込んで、二度とまた学校に行かなかったけどな。
不登校児の親はどうしたらいいか、答えを求めて、いろいろ情報を集めるわけよ。
で、不登校支援の団体の出している本とか、サイトとかは、どうしても目に入ってくる。
それにすがりたくもなる。
よく某不登校支援の名の下に活動している団体を中心に宣伝されている「今の教育システムが会わなかったので不登校になっている人間は不登校になったのではない、不登校を選んだのである」とか「不登校になった子は今の教育システムの型に入りきらない才能を持っている」と言った宣伝は、有り体に言って親が自己肯定するために作られた作り話か、特殊な例だけ抜き出したファンタジーだ。全く気にする必要はない。
これ、ガツンと来たよ。図星だな。図星なだけに、ますます、どうしたらいいのかわからなくなるよ。
今、子どもが学校に行っていないことを正当化する、あるいは、「行かなくていいよ」と言っている自分を正当化するのに、「学校の方が悪いんだ」という論理、これ以上都合のいいおまじないはないからさ。それを否定されちゃうと、やっぱり、理由のない堂々巡りの闇に戻っていいくことになるよな。ただ、「理由なんてない」と断言されると、「理由探しはしなくていいや」ということで安心はするよ。でも、その次なんだよなあ。
うちも、今の学校がいやなら、そうじゃない学校に行かせるべきかと思って、フリースクールとか探したんだけどさ、そういうのだって、子どもの好き嫌いがあるわけで、行きたくないものに無理に行かせたら、結局同じだろう?
見学に行っただけで、下痢して熱出して寝込んだから、やっぱり行きたくなかったんだと思って、あきらめたけどね。
いや、今、思うと、見学に行った時に会ったフリースクールの生徒や卒業生が、生き生きと明るく「選んだ」不登校を生きているように見えて、孤独感を深めたのかもしれないな。
「同じだと思っていた不登校の人たちは、実は同じではなく選んだ人たちで、自分は選んだわけじゃないから、あの人達のようにはなれない、だから僕はだめなんだ」
こういう感じだったんだろうな。だったら、行きたくなくなるのも無理はない。
でも、親としては、ただ手をこまねいているだけじゃなく、なんか、有効な手を打ちたいわけ。
でも、それが何なのかわからないから、迷路に入った気分になるんだよね。
別に、「今の学校のシステムへのアンチテーゼ」といったフリースクール理論はどうでもよくて、とにかく、引きこもらせておくよりはましな場所を求めて右往左往してしまう。
今は、学校そのものを忌避してるから、保健室登校とか、相談室登校とか、放課後登校とかをすすめられても、無理。
スクールカウンセラーも論外。カウンセラーに会うために学校に行かなくちゃならないわけだから。
ま、学校とは関係なく、独自に思春期外来のある病院を探して、そこですすめられてカウンセリングは受け始めたけど。
これも、気休めなんだよ。とにかく何かやらないと、いけないような気がしてたまらないからだよ。
カウンセリングでどうなるか?なんて何もわからないんだよ。
今、中2だが、高校には行きたいらしい。中学は行く気はないが、高校は行きたいと。
で、心では思っていても、それが行動に結びつかない。
で、高校にも行けなければ、ますます挫折感と喪失感で自信を失うだけなのにな。
自分に自信を持てるようになれば、勉強もする気になるだろうし、今の負のスパイラルから抜け出ることができると思うともどかしいけど。
そのきっかけってどうしたら訪れるわけ?
親がどうにかできることなのか?
ただ、がんばれとか、勉強しろとか言ってもだめなことはわかってる。ほっといてくれと言われるだけだ。
かといって、腫れ物に触るように扱うってのも違うと思うんだよね。
で、今、具体的にどうしているかというと、朝は普通に起こす。
朝食後、父親が30分くらい勉強を見てやる。
昼間は一人でゲームとビデオ。学校、フリースクールの類には、今のところ、行く気はない。
とりあえず、この生活をしている限りは、親子げんかもなく、平穏ではある。
このままで、なんか突破口はあるのかね、ないのかね。
追記:
そうだね。今も、家事を頼むと喜んでやっているよ。役に立ってる感があるのはいいよね。もっとやってもらうことにするよ。
1981年生まれの私に、ユーミンの歌はいつも隣にいてくれた。
私のユーミン好きは母の遺伝。
気づいたときには耳に入っていた。
小学校の頃によく聞いていたのは「ひこうき雲」「MISSLIM」「COBALT HOUR」とか。
高学年になる頃には「天国のドア」や「DAWN PURPLE」。
特に「DAWN PURPLE」は車の中でよく聞いた。DAWN PURPLEの1曲目の出だし「ガーン ガーン」の音が聞こえると妹と盛り上がったものだ。
当時まだCDを買えるような身分ではなく、親の買ったCDからダビングしたカセットを使っていた。
ネットもない時代、歌詞を知る方法がない。
親のCDからこっそり歌詞カードを抜き出し、学校の休み時間や家で一生懸命書き写したっけ。
なんだかんだで2冊くらいにはなったと思う。アルファベットに苦労したな。印刷物のaの書き順がわからなかったしw
友達にもユーミン好きがいて、帰り道二人して歌って帰った記憶がある。「満月のフォーチュン」とか。
そうそう、DAWN PURPLEの歌詞カード、結局ボロボロになった上になくしちゃったんだっけw
いつバレるかってひやひやしたわ。透明なシートだけは残ってるんだw
たしか「情熱に届かない ~Don't Let Me Go」を歌った。ひとりで。もうちょっといい選曲もあったろうにw
男子に「英語のところも読めるなんてすげー」と言われた記憶がある。
小学生だったか中学生だったかは記憶にないけど、誕生日に買ってもらったCDが「U-miz」。
「11月のエイプリルフール」の出だしがアメリカ横断ウルトラクイズっぽいなーっていつも思ってた。
Julyが結構好きだったな。
中学生の頃の夏休み。田舎に帰り、自分の車のヘッドライトしか見えないような道で流れていたのが「ダイアモンドダストが消えぬまに」の「霧雨で見えない」。
これにはかなり切なくさせられた。初恋の真っ最中だったのもある。
地元から遠く離れた田舎へ来て、流れる白線を眺めつつこの曲聞いたりしたらもう・・・。
今でもこの曲が私の中のユーミンNo.1。
「SWEET DREAMS」とか「TUXEDO RAIN」もやばいね。
これもこのくらいの時だったか。サンタの正体を知っていつつも、とぼけたふりしてクリスマスのプレゼントを期待していた頃。
目が覚めると枕元には小さな包みが。
開けてみると「ALARM a la mode」と「VOYAGER」と「時のないホテル」だった。
おかん・・・いいセンスしてるぜ。
繰り返すが、ネットも大した小遣いもない時代、家にあるCD以外に聞ける曲などテレビくらいしかなかった。(レンタルは高校からだったな)
だから全然聞いたこともなく、しかも「時のないホテル」とかは総じて暗いし、だけど好きになって繰り返し聞いていた。
高校へ入って半年ほど、彼氏ができた。恋愛に憧れていつつも、何をしたらいいのか、何をすべきなのか分からなかったあの頃。
初めて二人で行ったカラオケで、最初に歌ってしまったのがこれ。「Delight Slight Light KISS」の「リフレインが叫んでる」。
イントロの部分でもまだ気付かなかった。歌い出してからしまった!!と思ったw
「どうしてどうして僕たちは出会ってしまったのだろう~~」急に止めるわけにも行かず、最後まで歌い通したけど・・・。その後どうしたっけ。
高校に入ると流石に小遣いも増えるし行動範囲も広がって、ユーミン一色にはならなかったけど、親が買わなかったCDを借りたりして
「SURF & SNOW」とか「OLIVE」「悲しいほどお天気」とかも聞くようになる。
「悲しいほどお天気」は大好物!
ふとユーミンを聞きながら深夜に洗い物をしていたら、急にこういう思い出が蘇ってきた。
ユーミンの歌を聞いて、歌ったり切なくなったり。ユーミンの歌とリンクする人生がこの先あるんだろうかと考えたら少し泣けてきた。
結婚して子供もいて。安定してるし、幸せでもあるんだけど、若い人を見るとちょっと羨ましいなと思ったり。
小さい頃から「結婚するならユーミン好きな人にしよう」なんて思ってたけど、残念ながら好きでも嫌いでもないみたい。
数人と付き合ったけど、みんなそうだった。残念。
取止めもなく書いてみた。本当にユーミンが大好きだ。無人島に1アーティストのCDだけ持っていって良いって言われたら、迷わずユーミンです。
久々に増田書かせて下さい。流させて下さい。
昨日というか今日の初め、夫が飲み会で激しく酔っ払って帰ってきた。水の入ったコップを渡したらとりあえず盛大にひっくり返した。前後不覚ってこれか、こういう感じか、いやこれは上下不覚か、いやでもバター塗ったパンがバター面下にして落ちる確率はカーペットの値段に比例するから、とか心の中で動転スタートしつつ、こぼしにくそうなマグカップに水入れ直して渡した。
話を聞いて分かったことには、後から参加した人に車で送ってもらったらしい。どうやって家まで辿り着けたのかが謎だったので、疑問が解決して良かった、とか、普段ろくにやらないような良い事探しなんぞして、動転をスローにした。
どうも上司に無礼講スペシャルかましちゃったらしく、しかも本人酔っ払ってるためか全くもって平気と思ってるらしく、胃がごにょってなった。伏線。
よせばいいのにたばこなんか吸って、そんで案の定灰皿もひっくり返した。落ちた灰は少量だったけど、さっき水こぼしたソファの上にピンポイントでかかった。溶けていく灰。模様のつくソファー。元々小汚いソファだったから模様くらいどうってこたー無いけど、灰が水に溶けた臭いは強烈なので、後でまた水拭きとファブリーズしようと思った。のを今思い出した。
酒はめっぽう強くて、誰と飲んでも飲み負けた事が無い、と豪語する夫が、「ぎぼぢわ゛る゛い゛」と力なく言い残してベッドに行った時に、「寝ゲロ→窒息」という単語コンボが頭をよぎった。何か怖かったから、眠かったけど一時間くらい時間ずらしてから自分もベッドに入った。怖がるとかじゃなく、ベッドの横に洗面器用意するとか、そういう実りのある行動した方が断然良かったと今になって思うけど、残念な事にそんな機転が利く脳みそじゃなかった。あと我が家に洗面器は存在しない。
で、眠りに着いた直後、夫が吐いた。起きてトイレまで行こうとしたけど間に合わなかったらしくて、寝室の入り口で吐いてた。動転マックス。タオル持って右往左往したり雑巾持って右往左往したりティッシュ持って右往左往したりしてる間に、畳にすっぱさが浸透してしまった。後になって水拭きして数年前に買ったリセッシュかけたけど、きっとまだすっぱい。
畳の上の他にも、その近くに置いてあった夫が明日履く予定のズボンにも、吐瀉物がどっさりしていた。むしろ畳の上は胃液メインだった。固形のものはなるべくティッシュで取り除いてから、ナイトモードで起動させた洗濯乾燥機に放り込んだ。さっきぐぐったら洗濯しても臭いが残るって話が引っかかって、怖くなった。怖くなったところでどうしようもないんだけど、怖くなった。もしすっぱかったら、最近新しく買ったファブリーズをがっしがっし吹きかける心積もりでいる。乾燥は午前七時頃に完了する予定。下の階の人響いてたらごめんなさい。
生まれて初めて他人の嘔吐シーンおよび嘔吐物処理に直面した。生ぬるい人生でした、ごめんなさい。何かおぼろげに増田に向かって謝りながら拭いてた。猫の嘔吐物はいつもさっさか処理してるせいもあって、慢心してた。人の嘔吐物凄い。油断するとこっちまで吐きそうになる。もらいゲローもらいゲローって、頭の中に住んでるブリトラがずっと歌ってた。まだ時々すっぱい臭いが自分の体からする、気がする。すっぱい気持ちに苛まれてるのは確か。
黄色い雑巾そのままゴミ袋に封印しつつ、寝ゲロ窒息しなくて良かった、布団はセーフで良かった、とか良い事探しの旅に再び出たけど、自己のポジティブ限界にぶち当たった音が、脳内にごつーんと響き渡った。何かもうすっぱさとか色々ショックがでかくて、あと洗濯機のズボンが気になって、とりあえず動転ストップするまで起きてる事にした。「食ったもの全部吐いた」って自己申告だったけど、私が処理した固形物はそんなに多くなかったから、第二波があるかもしれないという懸念というか疑念があって、悠長に隣で寝ていられる気分には到底なれなかった。
夫は部屋の入り口で吐いた後改めて流しとトイレで吐き直して、顔洗って寝た。「ごめんなしゃい」って言われたけど、むしろこっちがごめんなさいだよと思った。すっぱさこみ上げてて言えなかった。とりあえず今忍び足で確認したら、横向きで寝てたから、万一第二波が来ても窒息はしないと思う、多分。
昔、たばこの水溶液飲んじゃったことがあって、当然吐いた。乗り物酔い用の袋みたいなやつに吐いた。横に友達と先輩がいた。あの人達はこんな気持ちこらえてそばにいてくれたのかと思うと、今更ながら感謝の念がぼろぼろ溢れてくる。頭でろでろ状態で謝る私に、二人とも大学の飲み会で酔っ払いの介抱は慣れてるから、とかフォローしてくれてた。それすごいから!酔っ払いの介抱って凄いから!ほんとすごいから!って今になって思った。昔も今もそういう想像力にかけてて、実際経験しないと相手のこなしてることがすごいのかどうか分からない。とりあえず嘔吐に動じず介抱するってのは、現時点の、当時の友達や先輩より余裕で歳食ってる自分ですらできなかったことであって、ほんとすごい。ようやく実感した。
たばこの煙はそこまで毛嫌いはしてないんだけど、その一件から、たばこの灰なり葉っぱなりが水に溶けたものの臭いは受け付けなくなった。ソファの模様を乾くまで半ば放置していたのも、それ由来。
似たような臭いでも駄目。こみあげる。安いルイボスティーがまさにそんな感じで、知らずに買った茶葉を泣く泣くかつ発作的に捨てた。高くてフレーバーついてるのは割といけたけど、何かもう怖いから自分から進んで買うことは無くなった。
私も夫も殆ど吐いた事がないせいか、嘔吐がとても怖い。何でこんなに怖がってるのか自分でも良く分からないけど、怖い。今度からさっきの嘔吐物に似た臭い嗅ぐ度吐きそうになったらどうしようとか今考えてて、怖い。似た臭いが結構ありそうだから怖い。他にも洗濯機に臭いがついたらどうしようとか、怖い考えばっかり頭の中ででかい顔する。
そしてやっぱりなんかすっぱい。パジャマに胃液ついたんだろうか。これ着替えても上から着たフリースにも付着しちゃってるのかな。防寒どうしよう。いいやもう様子見がてらもっかい寝室行って着替え持ってくる。あんまり眠り妨害する事したくないんだけど。今日八時出勤らしいし。
やっぱそれも忍びないから、洗濯かごにインしてた昨日昼間に着てた服着た。すっぱいのなくなるといいな。
既に書いたけど、今まで生きてて、吐き気だけはやたらと経験したけど、実際に嘔吐した事は殆ど無い。五回くらいかな。ひどく乗り物酔いするタイプなんだけど、常に吐かずにこらえてた。一度だけ車降りた直後に吐いた。小学校四年の遠足の時も、バスから降りる直前に吐きかけて、てか口の中まで吐瀉物きちゃって、でもここで吐いたらみんなに迷惑かかると思って、飲んだ。牛は毎日こんな気持ち味わってるのか、牛生つらくないか、とか思った。今でも思い出す度に腹がぼこぼこしてこみ上げる。
さっきからすっぱくてこみ上げるのとソファでこみ上げるのと思い出でこみ上げるのと、他各方面からのこみ上げファクターと戦ってる。ガム噛んだけど救いにはならなかった。下手に好きなもの食べたら、この思い出とその食べ物が結びついて、その食べ物見たり嗅いだりする度にこみ上げるかと思うと、おちおち食べたり飲んだりで誤魔化せない。しかし腹は減りまくってる。昨日の夕方五時にご飯食べたっきりだ。無礼講の話も思い出して腹がぼっこぼこでまるで煮えたぎってるかのようだ。怒りとかそんな余裕のある思いは沸かないけど。てか私が怒られる側だ。
吐いたのが三時前、増田書き始めたのが四時、そして今六時。ありがとう増田。ごめんなさい増田。書けば乗り切れる気がした。実際なんか乗り切れる気もしてきた。夫が起きたらズボンの在り処告げて、コンビニで何か思い入れの薄いもの買って食って、寝る。予定。昼夜逆転昨日直したばっかなのにまた逆転してお天道様ごめんなさい。何かもう全体的にごめんなさい。落ち込んだり動転したり右往左往したり思い出したりこみ上げたりするけど、私は元気です。
おいおい、そんなマイナーなFラン大学知らねーよって感じだよなwww
でも、なんかこの辺りのエントリーが面白かったので、オレも書いてみようと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20100217113611
http://anond.hatelabo.jp/20100218180915
合格おめでとう。(本当におめでたいの?w)東京情報大学は千葉の僻地にあるFラン大学だ。学科によっては男女比率は9:1だ。青春を送りたいならチャラい系のサークルに入ることをオススメする。女子に興味がなくヲタクなら、あそこは楽園だろう。
また、あの大学はぼっちにも優しい仕様になっている。選択する講義や研究室によってはチームでの作業にもなるが問題ない。ぼっちを許可してくれる講義もあるし、どうしてもチームである必要があれば、講師が勝手に決めてくれることが多い。だから、ぼっちでも十分に攻略可能だ。真面目に講義に出て、ノートを取る能力があれば十分に卒業できる。ただし以下のアドバイスはよく読んで欲しい。
それとオレは一人暮らしの経験がないから、ここでは通学、単位と講義、教科書の買い方、昼食のとり方、サークルへの参加、留学生との距離感、研究室の住み方についてアドバイスする。
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①通学
大学は僻地にある。大抵のヤツは車かバスで通学することになる。千葉駅からバスに乗ると40分~1時間近くかかる。毎日が遠足だw暇をつぶせるものを用意しておくと良い。大学直通便も朝のみ運行しているから利用しろ。それとバスを利用するヤツはキャンバスライフっていう年間パスを購入しろ。「春先にしか買えない」がこれを買った方が得だ。車や原付で通学したいヤツは許可証が必要だからちゃんと取得しろよ。
単位計算は絶対にやっておけ。それと履修登録は期間が決まっていて、学内の指定されたPCからしか登録ができないから注意。卒業要件は学科、入学年度で若干違うからな。履修登録は混み合うと登録に失敗することがある。朝と夕方の時間帯を狙おう。当たり前だが登録し忘れたら半期を無駄にする。が、必修科目だけは自動で登録されるので、最悪それだけは単位取っておけ。
講義で落としやすいのは「英語」だけ。クラス分けテストで良い点数とると特別クラスに放り込まれるからなw英語はFランだけあって、中学レベルの英語力があれば難なくクリアできるが、毎年多くの学生(推薦組)が単位を落としている。単位落としても皆で落とせば怖くない。それに再履修は真面目に出席してれば、お情けで単位くれるから安心しろ。
一応、情報系の大学だからプログラミングに関連した講義が数多くある。1年次に履修することの多い「離散数学」は高校数学をやってきた人向けであって、数学嫌いの人間にとっては鬼門だ。どうしても数学やりたきゃ「プログラマの数学」を独習した方が良いw
試験も講義内容も簡単だけど、ぼっちの場合は真面目に講義出ろ。友達が居れば適当にやってても単位はちゃっかり取れる。要領よくやれよwww
③テキストの購入
1年次は糞真面目にテキストを買うヤツが多いが、この大学の講義に使われるテキストは糞が多い。名著や古典にはまず触れない。講師が執筆した書籍は「基本的」には買うな。特に哲学系の書籍だ。それは地雷だ。教科書ビジネスだからなwそれwww
中には試験に持ち込むために購入がオススメされるテキストもある。分からなけりゃ言われるままに全部買っておけ。
④昼食のとり方
学内にはデイリーヤマザキと学食がある。学外にはセブンイレブン、ローソン、ガスト、クリエイト(ドラッグストア)がある。一人飯をするなら、本館の6階、7階あたりで食べると良いだろう。人通りが少ないから気にならないし、何より便所で食うより良いだろ?クラブ棟の1階も良い。この大学は1年次からゼミに配属されるから、各ゼミ室で食べても良いだろう。教授や先輩も居るだろが、挨拶して初めて会うヤツには自己紹介すればOK、親しくなれば色々教えてもらえる。
⑤サークルへの参加
何年か前に強化指定部活というのが出来て、ガチで練習している部活もある。テニスは…どうだったかな?w
軽い気持ちでサークルに入りたければ、適当に皆で集まって遊ぶようなサークルで良いだろ。縦のつながりはゼミ室に入り浸ってれば嫌でも出来るから、他の大学ほどは気にならない。好きにしていい。基本はヲタクだらけの大学だから、自分を出せばすぐに友達はできる。ちなみに左翼、宗教のサークルはない…と思う。安心して良いぞwww
留学生がちらほら居る。だが気にしなくていい。あれらはそこに居るだけで、別に好意も無ければ害もない。ちょっと煩いのと、バスの乗り方のマナーが大陸風ってだけ。基本はスルーでいいぞw
⑦研究室の住み方
7号館のゼミ室には、毎日泊っているような変人が毎年、数名確認されている。期間限定のも居れば年中居るような主も存在する。そういう変人が居るゼミ室に1年次から配属された場合には、試しに泊ってみるといい。いい勉強になる。
研究という名目でゲームして泊っているヤツもいる。一人でゲーム作ったり、Webアプリをごりごり作ったり、ロボット動かして騒いでいるのも居る。だから話しかけてみるといい。時々、本当の変人に出会えると思う。
もっとも、どのゼミ室にも人間が快適に泊れるだけの設備があるわけでもないが、冷蔵庫と電子レンジは必ずある。エアコンも完備されているし、シャワーもクラブ棟と体育館にある。だから寝袋とダンボールがあれば、パイプ椅子を並べた簡易ベットを作って快適に過ごせる。
注意事項だが、大学に泊るにはゼミの担当官から許可を貰う必要がある。それと書類を庶務課に提出して、警備員に連絡する手間もある。大学に泊ってみたかったら、その辺りはゼミの人間に相談してみることだ。
⑧パソコンについて
学内のいたるところにLANポートがある、無線LANもとんでるからノートPCがあると便利だ。実習室も6つか7つぐらいあるので、PCには困らない。ゼミ室にはリースしたまま放置されているPCもあるので、頼めば使わせてもらえるかもしれない。それと学内にPCが捨てられていることもある。部品を集めてくれば自作も出来る。オレはそれで2台ほど作って鯖にしてた。一応、捨てられていることを確認してから拾えよ。
※大学が指定するノートPCは高いばっかりだから、自分で選んで買った方が良いぞ。ただしVineLinuxなどを自分で入れることになる。それも勉強だ。分からなければ詳しい教授に教えてもらいに行け。親しくなるチャンスだ。
つづき
http://anond.hatelabo.jp/20100116012129
逃避ってどんなものかと聞かれれば、いまの僕がそうだと真っ先に挙げる。現実と折り合いがつかず消化ができず、ちいさな軽自動車であてのない旅に出る。これこそまさにと思う、しかも由緒正しい逃避の旅。
東北の都市のマクドナルドはひとけがなく、昼時だというのに店員の声が聞こえるのはたまに。閑散とした店内の奥のほうで長居をして、ぬるくなったコーヒー片手にノートPCをいじっているとそんな気持ちが首をもたげる。都会の仕事を辞めて、実家を継ぐことにしたのも半ば投げやりだったし、子どものころから親の仕事を見ていたからと言っても、正直なところ田舎の酒屋の跡取りになることに実感がわいてこない。そんな息苦しさから逃れようと企てたのが日本じゅうの岬を回るという計画で、半月ばかり車を走らせるうちにだいぶ気分が晴れて来ているのだとは思う。
それでもときどきこんな心地になる。
これは逃避だって。由緒正しくてもれっきとした現実逃避で、いつか現実に戻らなければならないって。
山形から秋田、青森、岩手を回るうちに、日本海から津軽海峡、太平洋と潮の色が変わっていくのを見た。押し寄せる波がどこも違うのを確かめた。海からの風を全身で浴びるのは快いものだし、誰もいない岬で砕ける波音に耳を澄ませながらシャッターを押すことがこれほど開放感に浸れるものだとは思わなかった。ずっと続く海岸線の青をただ見つめながら軽を走らせることも気に入るようになった。
98年式のスズキのポンコツもすっかり相棒の風体で、近いうちに廃車にしなければならないのが名残惜しくなる。使いつぶすつもりで、実家の車庫の奥から引っ張り出してきたのに。
今日回る予定の岬をチェックしながら、ちらりとPCの時計を見る。
(間に合うかな、また帰還は深夜かな)
僕は同乗者を待っていた。
昨夜ひろったヒッチハイカー、察するに家出の最中であるらしい。雨の夜の国道でずぶぬれになっていた若い女の子で、大阪の友人の家まで行くのだといい、正直なところそれ以外のことを僕は何も知らない。仙台着が深夜になり安宿に泊まらせたが、朝になって大阪へはあなたの車で行くという。
いわく、あなたは優しくて善良で、こんな幸運はめったにないから、とのこと。
お金出すから電車で行けばというと、わたしもふらふらしたいのだと言う。
由緒正しき岬めぐりをふらふらだと言われていい気はしないが、彼女も僕と同じように逃げたい現実があるのだと、そう思うことにする。本当に何も持たずに逃げ出してきたというので、服代を持たせて買いに行かせて、もう三時間はたっている。
(しまったな、何時までに帰ってきて欲しいと言うべきだった)
これで帰ってくるのが三時になれば、今日の計画は全部おじゃんで一泊の宿泊代が無駄になる。諦めて昼食をとろうかと思ったけれど、一時までは待つことにする。そうやって無為に時間が過ぎていくのは苦痛ではあるが、せっかくはしゃいでいる彼女を見ると、まあ、それぐらいは我慢するかというぐらいの余裕は持てる。
女の子だからそこまでしてあげるのかと考えて見て、きっと男であっても同じ事をしただろうと思う。
雨の国道で車に乗せてやり、ヒーターを全開にして、タオルを渡し、コーヒーを飲ませる。それからとりあえず仙台まで送る。きっとやったはずだ。違いがあったとすればもっと遠慮なく事情を聞いて、ツインの同じ部屋に泊まっただろうという事ぐらい。
(一緒に行くと言われて連れていくことにしただろうか?)
それも結論は同じ。
結局のところ僕が欲しかったのは道連れの旅仲間で、車で旅する限りガソリン代にそれほどの違いはない。むしろ同乗者が女の子だから生じる諸問題の方が大きいわけで、それが女の子であることによって相殺される。旅の仲間が同姓であればそれはにぎやかで楽しくなるが、異性であれば華やいだ心地になる。
オーダーをしながら、出ていった彼女の事を思う。
「お客さま、おつりです」
ぼっとしていた。
やっぱり、撤回。
お待たせしましたとの声を聞いて顔を上げたのは一時半をまわった頃だった。
「ぎりぎりになってしまって」
「お帰り、ずいぶんかかりましたね」
のんきにPCを片付けるはじめながら、ユニクロ、イトーヨーカドー、しまむら、あちこちの衣料品店の袋を抱え、恥ずかしそうに向かいの席に座る彼女をみる。
「なんか、いろいろ迷っちゃって」
「持ってて下さい。消耗品とかあるでしょうし」
「あ、なるほど」
緊張ぎみにそれをポケットにしまいながら彼女はいう。
「牡鹿半島ですよね。けっこうぎりぎりですよ? わたし、土地勘あるんです、この辺。行って帰ってこれるかな?」
「あ、日没までに向こうに着ければ、帰りは深夜でもいいんです」
一瞬意味がわからないと目をしばたかせたが、門限や最終電車などない気ままな旅なのだと思い出して、なるほどと感心する。それからレジカウンターに駆け寄り、遅めの昼食をテイクアウトする。彼女の衣類を後部座席に積み上げ、エンジンをかけると、胸が高鳴った。彼女がマクドナルドの包みから僕の分を置いたのを確認して、車を出した。
仙台から牡鹿半島まではほとんどが国道45号で、松島までは大観光地のど真ん中を行く。それでも松島を過ぎると山間に入り、鳴瀬川を越えるとまた町中を走る。牡鹿半島はその外れにあり、目指す黒崎という岬は両側を大きなふたつの島にはさまれた、珍しい岬になっている。
「多いだろうね。格好のスポットだものね、町からも近いし」
調べたところ、牡鹿半島は宮城県屈指のレジャースポットを形成していて、当然ながら海で楽しむ事には退屈しそうにない。しかし、今日の岬めぐりは特急の弾丸旅行になりそうで、天気予報を聞く限りは天候には恵まれていた。
「そう言えば、学生さんなんですか? 聞いてなかった」
何気なく聞いてちらとみると、あっと口を開いて、気まずそうにする。自己紹介さえしていなかった事に気づいたのだ。
「カワシマです。そうなんです。実家から仙台の大学に通ってて」
「実家?」
「うち貧乏なんです。だから、とてもひとり暮らしをさせるお金はないって、実家から通えるところへ。ひどいんですよ。大学まで片道二時間以上かかるんです、もう4年ですから、慣れてしまいましたが」
僕はふと気づいて聞く。
「じゃあ、定期とか持ってないの?」
「あ、いまは学校休みだから。定期はいつも一ヶ月定期なんです」
まずいことを聞いたと、うつむく彼女を見ながら思う。
「でも、聞いて下さい。それでも一ヶ月の定期代が二万円もするんですよ? 二万円です。信じられます?」
たしかに彼女にとって移動は高嶺の花の代名詞で、閉鎖的な田舎の実家から逃げ出すにはヒッチハイクしかなかったのだと、僕は気づく。彼女が言うように運転手が、あまり危険性がなく、安心していられ、自分の望みを聞いてくれるのであれば、これは幸運であると思うであろうし、その幸運に飛びつきたくなる気持ちもわかった。自分の自由になる車がなければ実家に閉じこもっている以外になく、大学と実家の行き来に膨大な時間を費やす以上、ほとんどがその移動に費やされたに違いない。牢獄から牢獄へ。あまり遊び慣れていないからはしゃいでいるのだと、気づく。
(あなたに出会ったのは幸運か……)
それならばと明るくする。
「じゃあ、牡鹿半島楽しみましょう!」
こういうのはベタなのがいいのだ。
岬めぐりが車内に流れた。
やけっぱちにはちょうどいい。
・女の子ひろった
http://anond.hatelabo.jp/20100116012129
・これこそ逃避
http://anond.hatelabo.jp/20100119221742
・すごい彼女
http://anond.hatelabo.jp/20100123005026
・ふたつ恋した
公教育は無料が原則である以上、給食費を請求しているってことはそれが教育の一環ではない、純粋なサービスだっていう意味だ。
それを拒否することはできず、勝手に出しておいて払わなければモンスターペアレント? いやいや、それってサービスの押し売りでしょう。悪いのは押し売りしている学校の方じゃない。
そんなこと言ったって子供は給食を食べたでしょうって? 未成年だぜ。「返せるものだけ」返せば契約は取り消せる。第一、自前の弁当みたいな飲食物を持ち込んだら確実に先生が取り上げるじゃない。給食以外食べるものがない状況に育ち盛りの子供を来させておいて、それは自由意志にもとづいたサービス提供契約じゃないよ最初から。
個人的な経験談で申し訳ないのだけれど、男女問わず「相手のしてほしいことを察知してやってあげる」行為を繰り返していると、人はそれに甘えてあたかも相手を使役していいかのような勘違いをしている風に振る舞うようになる。
初めは相手の好意から出ていることなのはお互い承知しているはずなのだけれど、途中から行動と結果の前提にある感情の意味が抜け落ちてしまって、相手が自分の為に行動するのが当たり前になってしまうんだね。
その一部の男性が身の回りのことや、物事の決定にあたかも女性より自分の方が優先権があるかのように振る舞うのは、ジェンダーの問題だろう。
しかし女性でも、男性に上座を譲られるのとか多少多めに出してもらうのが当たり前だったりとか暗黙のルールになっちゃってることはあるでしょ?女性の場合は家事よりこういったことにその「命令系行動」が現れるのではないかと思う。
で、男性のこれを防ごうと思ったら「お茶〜」と言ってきた時に「お茶がどうしたの?」と聞いて確認してやらねばならない。
親しき仲の礼儀は一体いつ、何をきっかけに吹っ飛ぶのか?
「お茶〜」って言った時に黙ってお茶をいれたら本格的に吹っ飛ぶよ。
自分が飲みたい時も、黙って相手の分を煎れるのではなくて、「お茶をいれるけど、いる?」と一言聞いて確認する。命令や甘えではなく「お願い」でないと動かないことを知らしめる必要があるのだ。
まるで子供の躾みたいだけれど、実際のところ似たようなものだ。何で人がこんなことに慣れちゃうかというと、身近な人からそうされて育ってたりするからだ。あなたのように親に言いつけられる、ということではなくて、黙ってても保護者がなんとかしてくれる、という意味で。
小学生の頃、遠足の日に「お弁当を作ってくださいお願いします」という台詞を使う子供よりは「明日遠足だからお弁当ね」という伝え方をする子供の方が多かったのではないかと思う。良し悪しは別としてね。
そこで家族の誰かに嗜められたら治るかもしれないし、見過ごされたらそれでいいんだ、と学習する。
理解出来ないなら全然する必要はない。ただ、ある程度まっとうな人間なら、礼儀を忘れるな、ということを言動で伝えていけば大部分は修正されるということは覚えておいてもいいと思う。腹を立てたまんまで悲しむことはないのだ。「それはどーよ」と伝えたら普通は我が身を見返すからね。
ちなみに私の家人は私が他人であることを忘れることはないが、それは家人が対人恐怖症気味だからだったりする。調子の悪い時は完全に私も近づけない。まあ、良し悪しだよね。
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:40:05.47 ID:N6SNISSI0
お兄さんに話してみ
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:48:45.06 ID:RnBKeftY0
弁当は無くなるものと思うようにしてました
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:55:28.72 ID:GaNKx3DxO
よく机とリュックが南京錠で繋がれてて、毎回でかいニッパーみたいなの教員室から借りて切断してたwww
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:57:29.16 ID:lrMh3tBpO
ある日、帰ろうとしたら
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:58:03.76 ID:TK2TmyT00
体育の授業中に制服が隠されていて、
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 10:58:38.84 ID:1QsoF5jT0
買ったもの壊されたり盗まれたりが一番きつかった
買ってくれた母ちゃんに申し訳なかった
だから高校時代は何か買ってやるって言われるたびに断ってた
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:01:02.22 ID:B7nDRcmp0
ライターで爪炙られたりテストでわざと悪い点数取る様に強制されたり
殴る蹴るは当たり前で、部室の中で行われてたから、ほぼ閉鎖空間、救いはない
気持ちが篭ってないと鉄バットでスネ殴られる、殴られてる時ゲロ吐いたらそれを飲み込まないといけない
女の前でオナニーさせられるとか普通にあった、生徒じゃない一般人にもやらせられた
授業中紙が回ってくる、命令書って呼ばれてた、そこに書いてある事しないといけない
「●●(先生の名前)話の意味が分からないから寝るわ!!」みたいな事書かれてたな
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:01:35.03 ID:pXuyziSY0
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:03:20.46 ID:lrMh3tBpO
眼鏡とか
「あw悪ぃwwww」
って言われて落とされて
「いけねww踏んじゃったwww」
って言いながら何回も踏み付けられて
粉々になったレンズを呆然とみてたら
「宮崎、早く片付けろよ!www」
とか言われて、泣く泣くほうきと塵取で取った中1の1学期
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:09:13.48 ID:lrMh3tBpO
DQN20人ぐらいに囲まれて、ズボンとかパンツ脱がされて捨てられて、ボコボコにされたなあ
なんでか理由はわからない
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:04:43.41 ID:hoPPnjogO
色々散々されたけど・・・
さすがにランドセルを自分が見てない時に、男子全員にサッカーボール代わりに蹴られてたのを目撃した時は死にたくなった
おばあちゃん(超ハイパースーパー苦労人)が孫にはいいものをって苦労して買ってくれた本革のランドセルなのに・・・
ひどすぎる・・・
と思ったら悔しくて涙出た
自分が刃物で刺されるとか、突き飛ばされて車にひかれたとかはまだ耐えられた
でも親が買ってくれた教科書や体操着や上履きがめちゃくちゃにされると、ほんと悲しくて死にたくなった
ってな訳で次の日自殺未遂を試みるも失敗
しかしその時に色々悟り、耐える事を選び、耐え抜き、今に至る
今は幸せだお(多分)
59 名前:47[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:12:21.01 ID:hoPPnjogO
しまった小学校の時の事を書いてしまった
その時に車のライトのプラスチックが割れて目から口までの長いキズが出来た
(ちなみにメスです)
彫刻刀とキリで手刺されて右手親指のケン?が切れ、今でもちょっと動かない
給食は一週間に一回食べられればよかったかなあ・・・
66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 11:16:05.85 ID:ns7p+aCe0
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:20:49.24 ID:lrMh3tBpO
どっかからもってきたベビーカーに乗せられて
堤防を全力で突き落とされた俺と良い勝負だな
川はかなり岸が近いのに足がつかんし、さすがに死ぬかと思った
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:18:23.81 ID:lrMh3tBpO
ロッカーで思い出したが
誰かが置いたままだった、賞味期限を半年過ぎたおにぎりを食わされた
米じゃなくて、説明できんな、真っ黒よ
口に入れたら、あああああ……
手足をジタバタさせながら洗い場に直行
アレは死ぬぞ
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:21:34.78 ID:2Jkbm9pV0
修学旅行先でもあったな。
スキー場で雪に顔面押し付けられたり・・・・。あれはマジで死ぬ
いや、俺が死んでも奴らは笑うような連中だったからな
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:22:28.00 ID:lrMh3tBpO
服着たまま、いきなり岩から突き落とされたのも思い出した
83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 11:23:14.78 ID:DtbdjcPW0
125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:41:38.53 ID:kx+azdTs0
男10人程度に呼び出され、集団でボコボコにされ、気を失った。
女子の悲鳴で目が覚めると女子更衣室の中。ガムテープで全身をぐるぐる巻きにされてた。
そのまま教師を呼ばれたんだが、教師も周りの女子も半笑い。
俺が「警察を呼んでください」って言ったら「警察?ばかじゃねえの?」って態度だった。
結局その件は泣き寝入り。
後日、「首つりごっこ」とか言ってごっこでもなんでもなく男数人に抱えられて
強制的に首つりをさせられそうになったので、今度こそ警察に通報。
その件に関わった奴らは全員退学になった。
137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:49:51.06 ID:+jFDvmWz0
私服登校だったのだが
靴やらフードやら机やらに画鋲いれられた。
当時は勉強しかしてなかったからか成績がよかったため目をつけられたのかも
あとはいすにカッターの歯がささってたりとか。
150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 12:01:44.41 ID:4r3UA0QN0
書こうと思ったけどあまりにもトラウマすぎて手が止まった
153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 12:02:53.18 ID:oIqO8wg80
めちゃくちゃ辛かったが、このスレ見てるとまだマシな方だったのかなと思う
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1252806005/より。
オタクだから空気が読めないんじゃないよ。空気が読めないコミュ不全の奴が往々にしてオタクになるんだよ。
と、その鉄オタと同種の人間だと確信できる私がつぶやいてみる。
私らはあるベクトルにおいて明らかに頭が悪いのです。言葉を表面通りにしか受け止めることが出来ず、その言葉の真意が他のところにあるということを計ることが出来ないのです。本当に頭が悪いんです。だからぼやくようにであっても「なんで」と言われたら、それが単なるぼやきであると察することが出来ずに、その理由を説明、場合によっては共になぜなのか解明しようという協力を求める発言をしたりします。
何でそれがぼやきなのか察せないのか?それは思考回路が欠落しているからだ、としか言えません。本当に頭の悪いコンピュータみたいで、一つの発言には一つの意義しか無く、別の解釈なるものが頭をよぎることは全くなく、1+1=2という計算をするのと同じように人の発言を解釈するものですから、場の空気によって1+1=4という解釈が正解の場合でも、それを理解できないし頑なに答えは2だと主張します。本当にごめんなさい。
さて、ここで自分語りタイムが始まります。私が人の会話においては必ずしも1+1=2ではない、ということに気付いたときのエピソードです。
小学校の遠足のバスの中、前に座っている女の子二人が「そーいえばあのお店ってなんだっけー?」「あー、あれだった気がするんだけど思い出せないー」という様な会話をしていました。そのふたりが話しているお店について私は知っていたので、親切心から「それは何々だよー」と教えました。その二人の女の子が私の方を振り向いて、あぜんとした顔をしたのを覚えています。それからもそのふたりは何々が分からない、なんだろうねー、という様な会話を繰り返したので私はその都度その答えをふたりに教えました。そのうちふたりから、もう話に割り込んでこないで!と怒られました。なぜ怒られたのか、全く分かりませんでした。ですので、何で怒られたのか、その後のふたりの会話に耳をそばだて、今までのふたりの会話と自分の発言に対するリアクションを思い出し、何が悪かったのかバスの中で考え続けました。そうして出た答えは、以下の様なものでした。
『世の中には目的の無い言葉でコミュニケーションする人もいるのか』
これは驚天動地の新事実でした。それまでの私にとっての言葉というのは、必ず伝えるべき何かがあって発せられるものであり、それ以外に用いるなどとは本当にホンのかけらほども考えたことが無かったからです。この『目的の無い言葉』という言葉は語弊があるでしょう。そのふたりはコミュニケーションの道具としてお互い共感できる言葉を使っていただけであって、全く目的が無かったわけではありません。しかし、その時の私にとって、「わかんないねー」「うん、私もわかんない」「「わかんないよねー」」という様な会話は、問題提起がなされているにも関わらずそれを全く解決しようとしない=目的の無い会話に見え、それだけでも驚きだったのに、そんな会話でコミュニケーションが取れる、ということはもっと驚きでした。
〆に何か気の利いたことを書きたいのですが、上手くまとまらないのでこれにて失礼。
しかし、立証できたものはいないし、逆に謝罪や罪に問われたりしている。
そう疑いたくなる気持ちもわかるけど、2005年の都議選と総選挙の票の出方を見れば、一発でデマだと判るけどな。
俺自身は、バリバリの活動家で役職も当然もらってるし、地方選で候補にひっついて動いてたから内幕もよく知ってたりする。
それでも、組織から住民票移動なんていわれたこともなければ、指示されたというやつも見たことない。
都議選の票が、他の選挙に比べて出てるのは、全国から友人票を掘り起こしてるから。
また、交流とかいって、互いの座談会に出席し合ったりする。
それと、わざわざ重点区で会合をやって、出向かせるようにする。
で、せっかく出向くんだからと、そこの友人宅を訪問して依頼するって感じ。
http://anond.hatelabo.jp/20090621214329
今まで喜ばれたプレゼントをいくつか書き出してみました。手ごろなものばかりですが…。
専門店や伊勢丹のメンズ館などで、趣味と好みに合ったものを用途に応じていくつか選びます。クラシクス・ザ・スモール・ラグジュアリ(http://www.classics-the-small-luxury.com/)でオリジナルの刺繍やイニシャルを入れてもらうのもいいかも。
・4711
世界初のオーデコロン。ブランド名はナポレオン占領時代の番地にちなんでおり、ナポレオンも愛用したとか。歴史好きにはいいかも?シトラスを基調にしたさわやかな香り。
父がよく着るブランドで買いました。何枚かあげたうちの1枚はサイズ感とデザインがすごくお気に入りだそうです。
・文庫本
わたしも父も本が好きなのですが、自分では選ばないような本を、ジュンク堂からヴィレッジヴァンガードまで数軒回って、選びます。父の好きな作家、軽めの純文学、ネタ本とかいろいろ混ぜるのがコツ。参考までに、今まですすめた中で面白いと言ってたのは、向田和子『向田邦子の恋文』、恩田陸『六番目の小夜子』、酒見賢一『墨攻』、高野秀行『ワセダ三畳青春期』、糸井重里『言いまつがい』、ケンタロウや『365日たまごかけごはんの本』などの簡単なレシピ本、あといまはやりの太宰治の短編集です。
(http://www.yomiuri-tys.co.jp/jigyou/kibou.html)
これは誕生日用です。読売新聞のサービスで、記念日の新聞のコピーをラミネートして下敷きのようにしてくれます。一回しか使えないのが難点ですが…。
・入浴剤
バラエティショップなどで面白いものをセレクトして買っています。父が海外にいた頃は無印良品のヒノキなど和風のものを中心に選んでいました。
・手書きのカード
これは鉄板ですね。絶対添えたほうがいいです。書くことがないと思うかもしれませんが、意外と書けるものです。面白いカードがたくさん発売されています。
今年は事情で遅れてしまったのですが、国内の革メーカーの定期入れをプレゼントしようと思っています。喜んでくれるでしょうか。うちの父も、仕事で疲れているのと年も年なので、PCやDVDなど機械を扱ったり、新しいことを始めるのが難しいようです。(自分で買ったiPodは曲を入れることすらせずに放置していました…)わたしも絵を描きますし、時計や万年筆、アンティークなどが好きなのですが、やはり好みがあるので、プレゼントしてもらいたいかと言われると微妙です…。(気持ちはうれしいですけどね)
以下個人的な話ですが、父とわたしは就職の時に揉めて以来気まずい関係でした。でも父が途上国に単身赴任した時に、父の日や誕生日に小包やカードを送り続けていて、それがつらい時のなぐさめになったようでした。何かあるたびに本やプレゼントの感想を言っていました。わたしもプレゼントを通じて謎の存在だった父について知ることができましたし、父のことを気にかけるようになりました。今でも自分の買い物をしている時に「あ、これお父さんによさそう」と思ってつい買ってしまいます。アウトドア用タオル一枚でも「ウォーキングの時に使って」などと言って渡すと本当にうれしそうです。
余談ですが、うちの祖父母も、初任給で螺鈿細工の箸を買ってあげたし、敬老の日もかかさず贈り物をしているのに、いまだにはじめての遠足の時におこづかい500円の中から、おちょこと花瓶をプレゼントした時のことばかり言っています。(父母と祖父母に買ったらちょうど500円で、自分の分は買わなかったそうです…。子どもってけなげですね)この前なんか一週間前にあげた旅行のお土産を無視しておちょこの話をしていました。きっと年をとると時の流れとか、時系列と重要度とかが違ってくるんだと思います。悪気はないのです。