はてなキーワード: グラフィックとは
PCでの複数コアの主な使い方というのは、まるで違う用途のタスクをそれぞれのコアに割り振って、一番負荷のかかるメインのタスクを停止させないことでキャッシュメモリのフラッシュ回数を激減させることにより、システム全体のスループットを若干上げるためにあるのだと考えてた。
たとえばにAコアでメイングラフィック、Bコアで音声処理/ネットワークでOS(ディスクや入力I/O)みたいな。
セマフォだの同期処理だのまったく考えずにマルチコアの恩恵をそれなりに受けることができる手法って、ほかにないですよね。
ちょっと前に話題になったヘテロジニアスマルチコアなんて、モロ的にそういう発想ですよね。
動画デコードに特化したコアとか、アフィン変換に特化した不動少数SIMDコアとか、AESなど暗号専用のコアとか、それらをまとめる一般整数コアなどまとめて、今までより速いのを安く低消費電力で作って、車載ナビで地デジもネットもゲームもokにしちまおうぜみたいな。
最近のPCは、それとはまた違うアプローチで、CPUコア同様のGPUコアももうすこし自由に使えるような仕組みを増やして、性能稼ごうって方向みたいですが。
近頃人気ですね。一時期のGREE・モバゲーバッシングはどこへやら。
と言う話はさておいて、今までソーシャルゲームとは縁の無かった方々がプレイしている影響か、
このゲームにやたらと夢を抱いている人が多いようです。
特に、『アニメ化されないか』『アイマス新作に誰か出演しないか』等のメディア展開に関係するものや、
『新イベントの提案』『全体的な動作改善』『ゲームバランスの変更』等のゲームそのものに対する要望が目立ちます。
断言しておくと、動作改善がやや望みある程度で、他は「ありえない」ですね。
理由は下記。
・KONAMIの戦国コレクションがアニメ化と言う前例がありますが、
あれはKONAMIが自社で製作しているゲームだから実現できた話です
よって、新作への出演も無理
知っての通りモゲマスは、既存ゲーム(神撃のバハムート→戦国サーガ→モゲマス)の
モゲマス独自の要素(親愛度)もありますが、バグの温床となっています
(しかもそのバグ修正の方法が非常に稚拙かついい加減だったことは記憶に新しいですね、
(ダブルクォートがあったりなかったり、スラッシュで閉じていたり閉じていなかったり)
パーサに掛けたらエラー連発でしょうね
既存ゲームの挿げ替えであるがゆえに、上記2つのゲームの同じ箇所で誤字脱字が存在しています
気付いていないのか、直す気がないのか…
・モゲマスに限った話ではありませんが、
この手のゲームは『人よりお金を多くかけた人』が俺TUEEEEを実現出来ないと成り立ちません
人よりお金を払わない・そもそも一銭も落としていない人に対する運営の優先度は極端に低いです
だからこそSRカードの性能は壊れていますし、今後もっと壊れていきます
これらを理解した上でプレイしたり数万円つぎ込むのは、別段問題があるとは思いません。
例えばテトリス
あれって落ちてくるブロックが四角だよね?
あれを、ゲームのルールやシステムを一切変更せずに、ブロックの形を丸にして新作ゲームとして発売する
アホかwwwって思うかもしれないけど、モバゲーはそれを何十と繰り返して「新ゲーム」として展開しているよ
最近はガンダムとかアニメとか他メーカーのゲームとコラボレーションしているものがあるよね
CMや雑誌で見ると、アクション性が高かったりRPG要素が強かったりキャラが動きまわって楽しそうだったり
色々魅力に見えるだろうけど、結局は上で述べた「テトリス」と同じで
ルールやシステムは全く同じ、グラフィックやシステムメッセージの内容だけ挿げ替えって言う量産も量産
アタリショックもびっくりの粗製濫造…いや、濫造はしてないかもしれない
一応書いておくとテトリスを選択したことに他意は無いよ
アニメを見ずに書く。
予告的PR番組はちらりとみたが、グラフィックがよくできていそうだな、くらいにしかみてなかった。
なるほど、アニメのそもそもの成り立ちというのはそういったこともあるんですね。
写真だと複雑で分からないことを、図式化して出す、ということはテレビや新聞雑誌でも、目にする。
また、なんとか詐欺の手口なども図式化すると非常に分かり易い。
(で、パワーポイントのアニメ効果も使うと結構よかったり・・・はあまりないか)
分かってる人でなければ、簡略化した図式は描けない。
またどのタイミングで見せるのか、というのは、他人の頭はどこで話が分からなくなってつまづくのかという想像力がなければ出しにくい。
ということは、そうとう頭のいい人じゃないとそういったことはできないんでしょうね。
私個人が考える、頭がいい人とは、自分の理解を他人に分かりやすく説明できる人です。自分だけが問題を解けてハイ終わり、な人は頭がいいとは思ってませんw
ある種の表現力が長けている人ですね。他人とのかかわりがあまり無いとこのあたり発達できないのかもしれない・・・
子供部屋っていう閉鎖空間に閉じ込めると将来はあまりよくないかもなあ・・・ある一定の時期までは子供部屋に閉じ込めてはいけない気がする
妄想メモ書き。論点多すぎてぐちょぐちょ。もうちょっとまとまったらちゃんと書く。
ソーシャルゲームに求められているのは一般的な意味での「承認」とは違うと思う
むしろネットとは承認を求めてやるものだ、みたいな考え方に対する
アンチテーゼ・・・ではないが発想の転換すら行われていると思う。
篠房六郎さんのネトゲ関係作品は今だからこそ興味深いと思う。特に「空談師」。
元来ネトゲというかネットワークのコミュニケーションに期待されてたこと、およびその問題は
しかし、現実において、ビジネスとして資本効率を追求したときに
「篠房六郎の思い描いた可能性
(現実の大半をゲームに持ち越すほどにヘビーゲーマを中心としたコミュニティ構築)
作者自身もこの路線を放棄していることからも、こっちの可能性はもうないと思う。
作者は、ビジネス的な面からゲームを考えてなかったよなーと今から読み返すと思う。
⇒安っちい承認欲求というか視線欲求を満たすだけなら小町で十分なんだ。
ネットでは得られないというのはもうコンセンサスになりつつあるんじゃないだろか。
⇒ソーシャルゲームでは
承認を目的ではなく手段とする(承認=仲間になればお得)という発想の転換があると思う。
仲間づくりはあくまでそうしたほうが便利だからそうするだけ。
⇒この発想の転換はビジネスを運営する側の都合から生まれたんだろう。
「仲間」の部分をすごいグラフィックや濃密なコミュニケーションを演出しなくていい。
むしろ単純なステータス化して極力力を入れないことで、低コストでサービス運営できる。
しかし、今のヒットを見てると、これが正解なのだと思う。
他人はそのきっかけ程度の重みしか求められてないんじゃないだろうか。
本当に飢えているのは自分の価値とかよりも、とにかく自分を楽しませてくれるもの。
自分のやってることに後暗さを感じなくていい場所というか。ここがうまく説明できない。
⇒自己完結ができるということは、それだけお気楽な、深く悩まなくて良い社会を想定してるはず。
昔の古き良きRPG、ネットワークビジネス的な雰囲気。
これらは「昔の楽天的な高度経済機の日本」という幻想の代替物みたいな。
⇒そういう「何も考えずにただ目の前のボタンをクリックし続ければいい」仮想社会を
つくろうとしたのがソーシャルゲームだとすると、実際のところは非常に不完全。
グラフィックというよりも、ゲームデザイン側に深刻な問題がある。
成長がすぐに限界に行き詰まり「増資=課金」をしないと成長できない。
しかも増資をしても、そのリターンが帰ってこないというところで現実との乖離が生じる
本当にずっとやりたいなら、増資=自分で投資をした分の見返りが必要。
⇒この問題を解決するためには
「リーダーシップとして一番大切なこと」という本に書いてあった
「ステージ乗り換え」によって成長を持続する仕組みが必要。
チャレンジできる、ということが求められるだろう。
⇒現状はどのゲームも似たり寄ったりだ。
別にパクリとかなんだとかは好きにしたらいいが、レベルが同じで
これでは「時間つぶし」以上にはなれない。
・グラフィックのリアルさは、ゲームへの引き込まれやすさに大きく影響する。
・RPGはセリフと音楽が大事。今思い出せるゲームはこの辺りが秀でていた。
・アクションはプレーヤーキャラが何でもできると思える要素が欲しい。
・最初から複雑すぎるシステムは、理解する前に投げ出してしまう。
・続編が出るなら+αが求めたくなる。焼き直しはがっかりする。
・目標があると楽しい。ゲーム内の目的が定まってないと割と困る。
・オンライン対戦の中毒性は凄まじい。オンとオフはもはや別ゲー。
・作業的な要素はできる限り排除してほしい。ただの時間稼ぎにしか感じない。
・操作性が悪いと感じてしまったら、もうそのゲームはほぼ終わり。
・無理やり分かりやすく表現しなくていい。カッコいいけど理解しやすいが理想。
・そのゲームにしか無いインパクトが欲しい。穴がない=面白いではない。
・遊ぶ人によってゲームの解き方が複数用意されていると、遊びの幅が広がる。
・ゲームが持つ雰囲気は重要。もう一度プレイしようと思うのは雰囲気が頭に残ってるから。
いやいや知らんでしょ。
現行のスマフォで解像度が高い奴でも960x540くらいだし、4インチ前後の画面で見てもテレビで遊ぶ時の感じがイメージできるわけじゃないし。
ゲームロフト系が受けいれられてるのは(本当にそうなのかは知らんけど)、むしろCoDとかBFみたいな本格的なFPSをよく知らない人でしょ。だからCoDとかBFを実際に遊んでる人達にはゲームロフトのFPSは不人気だし。
いや全然。
瞬間最大風速的にはそうかも知れんが、あのブサイクな絵柄の鳥がこれから何十年もの間、マリオみたいに世界的に愛され続けるとは思えん。
そもそもアングリーバードって2年前にPhunが流行った頃に作られた、投石機で城を壊すFlashゲームが元ネタだろ。AngryBirdsはこれの7、8ヶ月後に発売されてる。
メーカーのRovio Mobileは元ネタを巧くアレンジして売り出すのに成功したってだけで、マリオと比較するようなものじゃない。
ゲーム専用機を買わないユーザがスマフォのゲームを買うのはそうなんだけど、だからといってスマフォしか持ってないユーザがCoDMW3やBF3のグラフィック(見た目)を知らないわけじゃない。
それらの「大作」とされるゲームに似ている外面を求め、それで満足する部類は結構いる。(ゲームロフト系のゲームは全てそういうユーザ向けのモノだ)
よって、いくらスマホといえどもグラフィックは求めるだけ求められ、良くグラフィックに金を掛けられる企業の方が今は有意なポジションにいる。(ケイオスリングスとかが売り上げトップなのは、グラフィックが良いからだろ?)
もちろんカジュアルなゲームが良くないということもなく、アングリーバードなんか知名度はマリオにも漸近してるよな? だが、どっちがいいとかではなく、これらは単純にゲーム性の違いからユーザも別れているとされ、とするならマーケットも分かれていると見るべきなんだ。カジュアルを受け入れるマーケットも、コアユーザを受け入れるマーケットも、両方ある。
それが今のスマホの状況。
要するに、ソーシャルがうんたらかんたらという話は所詮は一過性のブームで、そのうちゲーム専用機への回帰が始まるよって話。
でもって、アプリケーション開発の中でもゲームソフト開発はかなり特殊なので、一朝一夕でどうにかなるわけじゃないから、この業界でゲームで真剣に生き残りたければ今のうちに準備しといた方がいいよ、みたいな。
つまりスマフォは、「いつでも遊べる」というカードのみで、今後ゲーム専用機と戦い続けなければならないことになる。携帯ゲーム専用機に関してはそれさえもカードとしては強力とは言いがたい。
しかしそんな不毛な戦いを挑むゲームソフトメーカーなど現れないだろうから、ゲーム専用機とは別のカテゴリの娯楽として存在することになるだろう。それは既存のゲーム専用機の領域を「多少は」食うだろうが、果物にたとえるならば皮の部分程度で、芯に到達することはないはずだ。
AppleにとってもGoogleにとっても、ゲーム機能は自社製品を普及させるための付加価値の一部でしかない。だから万が一ゲーム部分と他の付加価値が競合する事態になった場合、前者を優先することは絶対にありえない。対するゲーム専用機メーカーは、自社製品をゲーム機として普及させるためにあらゆる選択肢を模索するだろう。高価すぎるという批判に対応するためにPS2ソフトの互換機能をオミットしたPS3の例や、販売不振を挽回すべく発売からわずか半年で1万円の値下げ(実質4割引)を実行したニンテンドー3DSといった事例もある。
そもそも、「何でも出来る」がうたい文句のハードやOSが、ゲーム専用機にゲーム分野で太刀打ちできるはずがない。
それは「何でも出来る」はずのWindowsのゲーム分野で主導的なポジションを作り上げながら、その市場の小ささゆえにわざわざゲーム機を発売したマイクロソフトが証明してくれている。
WindowsがインストールされているPCなど、世界中に何億台、下手をすれば十億台以上は存在しているはずなのに、ゲームソフトの売上や販売本数ではゲーム機に完全に負けてしまっているのだから。
これらが今後のスマートフォンにも当てはまることは自明だろう。
といったものがある。
書き込みレス一覧
猫ひろし、カンボジア国籍を取得しカンボジア人になるwwwwwwwwwwwww
214 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 06:36:15.22 ID:BunNMIv10
出来の悪さでは圧倒的な77年世代
ジャニーズも一人もいない
先発投手もいない 最高は中継ぎの2勝
なぜこうも77年世代はダメなのか
430 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 06:37:44.88 ID:BunNMIv10
韓国料理店
猫ひろし、カンボジア国籍を取得しカンボジア人になるwwwwwwwwwwwww
230 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 06:41:41.82 ID:BunNMIv10
出来の悪さでは圧倒的な77年世代
ジャニーズも一人もいない
先発投手もいない 最高は中継ぎの2勝
なぜこうも77年世代はダメなのか
猫ひろし、カンボジア国籍を取得しカンボジア人になるwwwwwwwwwwwww
262 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 06:57:41.73 ID:BunNMIv10
最弱世代め
608 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 07:28:33.54 ID:BunNMIv10
( `八´)「地元独自の観光地の魅力がないから日本には行きたくないアル」
11 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 07:40:28.61 ID:BunNMIv10
誰が何と言おうと野田首相はTPP交渉参加を表明するつもりらしい
645 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 08:20:21.08 ID:BunNMIv10
猫ひろし、カンボジア国籍を取得しカンボジア人になるwwwwwwwwwwwww
362 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 08:37:34.07 ID:BunNMIv10
出来の悪さでは圧倒的な77年世代
ジャニーズも一人もいない
先発投手もいない 最高は中継ぎの2勝
なぜこうも77年世代はダメなのか
笑わせてくれるねえ
【画像あり】AKB峯岸みなみ(18)の号泣が可愛すぎると話題
116 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 08:57:43.82 ID:BunNMIv10
http://itaientame.up.seesaa.net/image/ogiyahagi2.jpg
峯岸にそっくりな人
武田邦彦「日本兵は世界最強。全世界が恐れ、日本を侵略する国はない。日本兵>>>>核兵器」
85 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 10:22:26.32 ID:BunNMIv10
【画像あり】AKB峯岸みなみ(18)の号泣が可愛すぎると話題
129 :名無しさん@涙目です。(愛知県)[]:2011/11/10(木) 10:29:16.87 ID:BunNMIv10
なんだ整形か
レスしてる奴がどいつもこいつも明らかにソーシャルゲーやったこと無い奴の意見ばっかでワロタw
金払って装備強くするとパーティ組もうって女が寄ってきたり、友達と進捗見せ合ったりできるから楽しいの
そこらへんの出会い系サイトなんかより女釣れるし自己顕示欲が満たされるからやるの
ハード(笑)グラフィック(笑)ゲーム性(笑)なんて言ってる友達居ないはてな民にはこの楽しさはわかんないのwww
わかる?
RPGの話をする。
RPGっていっても、テーブルトークRPGやMMOとかじゃなく、ドラクエやFFみたいな俺が青春を費やしたやつだ。
ストーリーってもう出尽くした気がするんだよね。
かつては、ストーリーに出尽くしなんかないと思ってた。
もちろん、定番のネタというのはあるけれども。
でもさ、思えばRPGにおけるストーリーの制約はけっこう厳しい物がある。
町の平和を守るとか、そういう小さな目的から、世界を救うといった大きな目的まで、その流れに沿って話を進めないとならない。
ハードと媒体の進化によって、グラフィックや容量に制限はなくなった。
いくつもの国があり、それぞれの国にはいくつもの町があり、それぞれの町には何百人、何千人、時に100万人以上の人間が住む大都市まで登場する。
そんな世界では、一人の魔王を勇者が倒せば諸問題が全部解決する、なんてことはありえない。
現実と同じくらい複雑な世界では、その世界の諸問題も現実世界の諸問題同様に複雑で、誰か一人をやっつければ解決するほど単純なものではない。
独裁者、魔王、そういった一個人をラスボスにすることが出来ないとなれば、ラスボスは超存在とか概念となる。
スーファミ時代から、いやファミコン時代の後期からそういう傾向はあったけどさ。
でも、そういうのってしっくりこないんだよね。
昔話、神話で刷り込まれた勇者が魔王を倒すっていう基本のストーリーははやっぱり強力。
そういう単純な話、敵をやっつけて一件落着というラストに落とし込めるような、箱庭的な小さな世界観のゲームのほうが結局面白い。
「世の中には善と悪だけじゃなくて、偽善やら偽悪やら、善のつもりで悪をしてたり、その逆だったり、頭じゃわかっても憎しみは消せなかったり、いろいろあるんだ」
などと説教されても
「うるせーバカ」
となっちゃうだろ?
最近になって、糸井重里がMOTHER3の開発が頓挫した理由を「大作主義に陥ったため」と説明した理由が理解できてきた。
フラッグシップハードのRPGは大作である宿命が義務付けられている。
グラフィックは美麗でないといけないし、美麗なグラフィックは古典的で単純なターン制では許されない。
誰得な複雑でわかりにくく珍しさだけで楽しくもないシステムを抱き合わせさせられる。
世界は壮大でないといけない。
敵の目的も壮大でないといけない。
ちっぽけな主人公の存在が世界の大きさに押しつぶされてしまうのだ。
(じゃあ主人公をちっぽけじゃなく、特別な存在にすればいいのか?そんな特別な存在に感情移入できるのか?)
ずいぶんと後に、ゲームボーイアドバンスでMOTHER3が発売された。
物語の全てが小さな島のなかで進行した。
人類が生き残っているのはその小さな島だけだった。
それでも、大作を目指してしまった痕跡と言うか、いろんなものを詰め込み過ぎた痕跡が見え隠れして、MOTHER2ほどの面白さがなかった。
「他の犬は知らないかもしれないけど、君達が世界を救ったこと僕は知ってるよ」
と言ってもらえるような冒険がしたいんだよ。
別の増田で話題になってた「技術」の話? ITエンジニアはすぐ技術って言うけど違和感がある的な。
簡単に突っ込めると思って安易にかき回すのはどうかな。
ここでは大量のアクセスを捌くことって書いてあるけど。
外から見る限り、モバゲGREEの製品に高度な技術ってそれくらいしかないしね。
グラフィックもほとんど低解像度のイラストでゴリ押し(別に3Dバンザイじゃないけど)、進行もボタン押すだけ。
通信インフラも集金システムもキャリアの仕組みに乗ってるだけっしょ?
エンジニアを自称し、はてダに技術ネタや開発環境整備の心得、エンジニア的自己啓発を書いてるような人が、なんだかんだ言い訳?しながらそういう会社に行くのってどうよ、技術的に面白い要素あんの? というお話。
もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。
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今日世界最高の大学のひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学を卒業したことがない。これが大学の卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生から三つの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。
最初の話は点を結ぶことだ。
私はリードカレッジを最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?
話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです」生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。
17年後私はたしかに大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これからの人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。
ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったから友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。
リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通のクラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体,サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。
これらの何一つ人生で現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初のMacintoshを設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初のコンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体とプロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacをコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータは今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。
もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ,運命,人生,カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。
私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージでAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20億ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初の一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってからの人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。
数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードとボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。
当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりわからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。
次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初のコンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリーを制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleがNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。
Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事は人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたのハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。
三つ目の話は死についてだ。
17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日を人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日が人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。
もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事なものを残してどこかへ行ってしまうからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。
1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まりの対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。
一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍の細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡で細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。
これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。
誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。
あなたの時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間を無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見に自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。
私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークでスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚を人生にもたらした。まだ1960年代でパーソナルコンピュータもデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラで制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックのGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。
スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなたが冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。
ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。
本当にありがとう。
国産で Master of Epic という良ゲーがあるのだがマイナーだ。
古きよき時代の UO の良心を正当に受け継いだ完全スキル制。
クリックゲーとは全く別物の FPS に近いアクション性の高い戦闘。
タイマンから 100 vs 100 規模まで様々な思惑と戦略戦術プレイスタイルが錯綜し、プレイヤースキルが反映される PvP。
高いカスタマイズ性。ほとんどすべてのキーバインド、UI の配置を変更できる。
課金アイテムは時間を金で買う系のチケットやおしゃれ系のアイテムばかりで、ありがちな「強くなるアイテムや装備」が無い。
多少強くなる装備はあるが、課金しなくても全く問題ない。
生産物が強い。生産物も課金アイテムも装備も含めすべて消耗するため、生産が死んでいない。
課金アイテムをゲーム内で売るいわゆる公式 RMT が安定しているため、RMT 取引がほとんどない、中華も殆ど見なくなった。
5年以上にわたって大きなインフレも無い、安定した経済サイクル。
と、国産/アジア産としては奇跡的な出来なんだが、いかんせんベースになってるエンジンが 10 年近く前のものだ。グラフィックが当時が基準なのでどうしても見劣りするのだが、グラフィック以外の出来は国産らしくない。
ライトユーザーはグラフィックで選ぶから入ってこないのかもしれないが、だらだら生活プレイでもなんら困らないので時間の無い人やライト向けでもある。自由度が高いしレベリングが存在しないから、何をしていいのかわからず挫折する人もいるので人は選ぶ。昔の UO が面白かったという人には間違いなくお勧めできる。
原型はハドソンがつくった RA という MMORPG だ。なぜハドソンという弱小がこれを作れたのか?まったくもって謎だが、弱小ゆえに好き放題出来たのではないか。コナミ傘下になってしまったハドソンは、今や多くのスタッフを失い身動きできず、今後は携帯アプリ開発しかやらせてもらえないとの噂だが残念でならない。
とても面白いのだが、規模でいえば相変わらず弱小だし、課金アイテムにいたってはあくどい商売をしてこないのでちゃんと儲けているのか不安になるほどだが、Fate/Zero とコラボするあたりまあまあ儲かっているのかもしれない。
そうはいいつつ、やはりドラゴンクエストは練りに練られたシナリオが売りだったじゃないか、と思うだろう。
私自身もそう思う。
「練りに練られたシナリオ」なんて無かった。
あの小話の集積みたいなもののどこが「練りに練られたシナリオ」なんだ?
なんかそういうとこを作り手も客も勘違いしだして
堀井さんが斬新な構想を持って一般人を先導してたのは何十年も前、
堀井さんがまた若かったころのことだよ。
昨今は世の新しい技術や流行りをあとから追って取り入れるばっかりじゃん。
ドラクエ初の3Dムービーとかびっくりしたよねその邪神ポリゴンに。
もう老人なんだから守成の事業をやってりゃいいのに(違うっていうならそもそも10まで続編なんか作るな)
毎度毎度余計なことするんじゃないよ。
某所よりコピペ
ちょっと今なつかしくなってDSのVをわざわざ買ってやり直してきたところなんですけど、
今やり直してみるといろいろ気づくところがある。
例えば、
ただ、よくよく考えてみるとVIIIもV型のような終わり方だから、これは結局引き出しの違いなのかもしれない。
そしてさらによくよく考えてみるとIVの第六章でとりあえず救済されたピサロに不満たらたらな意見を目にするのに、VやVIIIで同じような意見を見ないのは不思議だなあ、と。ドラクエってシナリオに矛盾がないわけじゃないから、救済されるのはおかしいっていう理屈はないなあ。私が最初にFCのIVでデスピサロと対峙したときはロザリーの死とほこらのBGM、直前のデスプリーストの発言が相まってかなり胸に来るものがあったんだけど(それがよかったのかね)
そういう意味ではVIIIのフィールドはすごい。あの走ってるのにゆっくりな移動スピードは、フィールドの壮大さを演出するのによく貢献している。
今なら「マリアNTR結婚でヘンリー何食わぬ顔でパーティ加入√」とか臆面も無く言う人いそうだけども、何が違うんだろう。
私は最初やったときヘンリー抜けるのもキーファ抜けるのも嫌だったけど、復帰しろ、とまでは思わなかった派。
ただ、何が異質なのか、うまく説明できない。
まあなんだかんだあって楽しめました。
俺も相当なgeekで家にいるときはずっとプログラミングしてるけどwwww
その知識は全然業務で役にたたんしwwwww
ネット上じゃ凄い技術者って思われてるけどリアルでは何も評価されていませんwwww
リアルでそういうこと言っても全然関係ないことして遊んでるとしか思われませんwwww
業界には3Dグラフィックプログラミングなんてわかんない奴ばっかだからしょうがないww
WPFとか新しい技術いっぱいでてるけど、全然興味ありませんwww
なんかもう、geekほどこんな仕事は嫌になるんじゃないのかえwww
もっと楽な進路を選んでおくべきだったwwww
俺自身の開発もそのほうが絶対に進んでいたwww
どうしてこうなったwwww
AKBがこれだけ圧倒的な人気(話題・ネタ的な意味で)を誇る理由というのを考えてみた。
今や我々は、それはどのような歌なのか、と尋ねる以前に、それを作ったのは、どんな、いくつの、何をしていた人なのか、と尋ね始める。
新しく登場したアーティストは、やにわに、好みの食べ物、原発について、得意料理について、その他あらゆることを聞かれはじめる。
それがやってくるときには、すでに我々は作者の意図から経歴、批評家の意見、選評にその作者のスキャンダルまで知ってしまっている。
上記は30年前の本「ベストセラーの構造」の序章からの引用だが、
この部分だけから考えるとAKBはマスコミの「30年前のやりかた」に忠実なのかもしれない。先祖帰り的な何かを感じる。
別の言い方をすると「中身を見せると価値が落ちる」「幻想を守り、育てよう」ということである。
今のような、何でもかんでも一瞬で何でも暴き立て、幻想を踏みにじり、笑いものにして価値を貶めずには居られない、それでいて自分たちは謝罪一つ出来ないという、現在のお笑い主権的でうんざりするゴミのようなやり方に対するアンチテーゼ的要素が感じられる。いや、アンチテーゼではないか、単に元に戻ってきてるだけだから。まぁそんな感じ。
(ちなみに今から述べる内容は引用元の「ベストセラーの構造」の主題ではありません。誤解なきようお願いします)
「AKBの話題だったら歌さえ聞いていなくとも共有できる」
「ワイドショーさえ見ておらず、実際はAKBについて全く知らなくて思い込みで語っても許される。」
なぜならコアなファン以外は何も知らないからだ。話題になっているということただそれだけが話題のネタなのである。
いろんな「話題にしやすそうなネタ」だけをこれみよがしに振りまき、肝心の中身についてはコアなファン以外には見せない。
だれも詳しくは知らないんだから、だれもが適当なことをいえる。それがAKBがかたくなに守っている価値ではないだろうか。
この価値を守るためには(必要以上に)中身を見せてはいけないのだ。少なくとも中身で勝負しようという姿勢を見せてはいけないのだ。
むしろ実際はどうあれ「中身ないのに売れてます」というポーズをとったほうが話題になる。
このことをよくわかってるようだ。
これは最近で言うとエルシャダイのことを知ってる人なら同意されるだろう。
エルシャダイは、ムービーだけしか情報がなかった時代が最も流行り、ロケのプレイ動画が公開されたあたりで発売前に急速に鎮火した。
エルシャダイが悪いゲームなのかどうかはわからない。だがこれだけモノが氾濫している状況では、中身を見せてしまうと、中身で勝負しようとすると「凡庸」から先のレベルに進むのは難しい。美麗グラフィックではBattleField3には勝てるわけないし。ストーリーや演出となるとなおさら厳しい。そもそも「中身ではなくネタを消費するためだけに集まった人」に対して、中身を見せてしまうと、面倒くさくなって去ってしまうのだ。
AKBはこれと同じ愚は犯さない。
なぜならAKBは自らが純粋な中身だけでは勝負できないことを自分たちが最もよく理解しているからだ。
いい曲が全くないわけではない。だが、「普通によい」位で特別なな何かがあるわけではない。これに反論できるかたは居ないだろう。
だがAKB的にはそれで全く構わないのだ。コアなファン以外、誰も中身は欲しくないのだ。
ただ気楽に頭を使わずにドヤ顔で語れるネタが欲しいだけなのだ。
何かしらみんな考えなくてはいけなくなってしまうし、何より多様な解釈が生じてしまう。
歌や踊りを売りにしない。個々の女の子さえ売りにしない。「AKBというネタにしやすい何か」だけを売りにする。
いかに頭を使わせないか。いかに中身がユーザーに届かないようにするか、そこに意識を集中させているのだ。
というようなおはなし。
AKBのメンバーとファンとの間で対幻想を成立させるとかそういう形らしいですが
私はAKBインサイダーではないので、実際のところはどうなんでしょうね。
コアなファンにAKBの良さを教えてくれと頼んだらいくらでも教えてくれるし、
余ったCDもたくさん分けてくれると思うので興味があるならそうしてください。
以下は余談。上ではAKBマスコミの作法に忠実だとか書いたのだけれど、
そ~かなーと思うところもあって、上の話をひっくり返すような内容が続きます。
私はAKBを応援したりCDを買う人ってむしろ国民一般から乖離した両極部分にいると考えている。
そういう意味で昔の総中流、マスターゲット狙いとはちょっとやり方が違うと思ってる。
それこそ
・CDを大量に買って選挙に行ってまで誰かに猛烈に肩入れしたい人と
・逆に個性のない女の集まりをそれとなく応援することで、「一応好きなモノは持ってることにしたいけれども、好きなものを表明することによって自分の個性を覗かれるのが嫌」という、他者思考の強い人。
分かりやすく言うと、
・AKBしか好きなモノがない人と、AKBに限らず他に何一つ好きなモノがない人。
一体化するくらいのめり込むか、何も好きなモノを決めない人のモラトリアムとして利用するか。
そういう「使われ方」をしてるような気がする。
んで、一般的なAKB以外にちゃんと好きなモノがある人は、AKBをメッチャ応援してるようなことがないと思う。
AKBを見てると「依存」とか「避難所」って言葉が浮かんでくるんですよね。
その結果、私はAKBそれ自体は好きでも嫌いでもないのだけれど
AKBの周りで盛り上がってる人たちを見ると、やっぱり気持ち悪いし
「とりあえず」でAKBが話題として選択されるのはやっぱり気分が悪い。
AKBの話題になっても、総選挙とかなんだとかの話題になって、
いつまでたっても肝心の歌とか踊りの話にならない、誰それが可愛いという話にさえならない。
みんながみんなしたり顔でいろいろ周辺だけを語ってるのはなんなのだろうと思う。
「なめとんのか、彼女ら自身が好きじゃないなら話題に出すな」って怒りたくなるのだよね。
「とりあえず」とか「みんなが」とか「話題になってる」とかじゃなくて
ちゃんと「自分が」好きなモノをもって、それを語りあえるといいのだけれど。
追記
私もご指摘のとおりだと思います。
本当は私もそうしたかったんですが、下記の事情によりそこをあえて回避しています。
後半部分を読んでいただければわかるかと思いますが
自分の中でそこ(マス部分なのか、両極の部分なのか)を確信することが出来ていないという事情があります。
ゆえに前半にマスメディアおよびマス層の承認を受けているとしたら、という仮定で話を進め、
後半に本当にそうだろうか、という対案を立てる形になっています。
このあたりの迷いのせいで、うまくまとめられてかったり、言葉にオヤ?となるところがあるかもしれません。
結論を決めたつもりではないので、事情をご存じの方がいたらご意見いただければと思います。
追記2&実は結論
本当に言いたかったことまで論理を引っ張ってこれなかったため唐突になりますが私の主張を書いて終りにします。
要は、私自身が、リアルにおいてAKBの話題を拒否する自由が欲しいんですよ。
個人の狭い観測範囲内であることは承知の上で言いますが、私の身の回りではなんとなくAKBの話題が出てきて、なんとなくそれに応じなければいけないという気持ちの悪い状況が多く発生します。AKBの存在は私にとって嫌な空気を作り出している。あるいは以前からあったのかもしれない嫌な空気がAKBによって可視化されて、わたしの所まで届いてきている気がする。それを安易にマスコミの汚さみたいに言ってもよいのかどうかも今のところはわかりません(マスコミ自身でさえ顔をしかめてみせている。アレはプロレスみたいなものなのかなぁ)が、この嫌な空気はなぜ、どこから生じているのかというのが最初に立てた問であり、その暫定的な答えがこの記事です。この空気の仕組みを大まかでいいから理解して、うまく外に逃れる道筋をつけたいというのが私の望みです。そのために、全く興味のないAKBについて数日間ブログやニュースあさりをしてみたわけですが、予想以上に気持ち悪い結果になりそうな気がして今ひとつ踏み込めない感じです。