はてなキーワード: 建築学とは
まだ大学生で働いたことがないからわかんないんだけど、仕事ってめんどくさくないの?
建築学科で設計課題をやってると、考えることがあまりにも多くて途中で投げ出したくなってしまう。
この壁はどういう材質でどういう仕上げでどこに窓が空いていて、どういう風に他の壁と繋がるか…
どういう人がいつどうやってこの動線を通るのか…
など、とにかく考えなきゃいけないことが多すぎる!もうやだ!!
そんでもって考えたあとは何か一つに選んで決めなきゃいけないわけだけど、これもしんどい。
ほかにもっといい選択肢があるんじゃないか…と決めあぐねてしまうし、決めたあとも本当にこれでよかったのか…他の人だったらもっといいのを思いつくんじゃないか…と不安になる。
決めるときにはいつもストレスを感じてしまう。これしかない!!と思っても、あとで本当に…?と疑ってしまう。
で、たぶん建築家になろうと他の職業に就こうと、何かを考えて決断するっていうのは絶対について回るものだと思う。
キツくないですか!?
選ぶ段階でいろいろ試さなきゃいけないのもめんどくさいし、仮で決めてみて失敗するのも嫌だし、決めないでいたら締め切りが近づいてきて焦るし…精神的にかなりキツイと思うんだけども。
社会人の方々は、こういうめんどくささとどう折り合いをつけているか教えてください!
めんどくさがらず日々努力できるようになりたい…
はてブでFラン大学を卒業した新卒がすぐ逃げて使えないという話が盛り上がっていましたが
そこでFランに対するさまざまな厳しい意見があったので、Fラン卒業生が答えてみます。
日本工業大学です。
あの木製ジャングルジムにおが屑を詰めて投光機から発火し、子供を焼死させた日本工業大学です。
日本にFラン大学数あれど、人死が出るほどのFランは我が母校だけでしょう。
私は建築学部ではないので詳しいことは分かりませんが、当時の学内の雰囲気は相当酷かったと聞いています。
Fラン大学といっても、上位大学でポストが無かったのでうちに来たという先生もいるので
先生方は物凄い業務量(何故か単位不足の学生の相談業務も行ってました)には疲れ果てていましたが
査読付き学会発表してきちんと成果を出す学生も出るので世間で言われるほど底ではないと思います。
全員履修する大教室講義はクソでした。とにかく落ち着きが無い。あれは酷い。
大学を減らし、高卒就職の門戸を広げるという提案もされていますが、学生にとっては
Fランでも大学に入って、能力を磨くという手が塞がれることになり、厳しくなるのではないかと思います。
私も現在学生支援機構の第二種奨学金を返済していますが、そんなに高くない給料ながらも返済しています
奨学金の返済はかなり長期に渡りますが、低利かつ月々の返済額はかなり低く抑えられているため返済しやすいです。
学生支援機構の奨学金の問題として感じるのは、まず返済猶予がかなり厳しい条件でしか申し込めないこと。
次に第一種奨学金(無利息)の返済を優秀な学生に対しては簡単に返済免除してしまうことです。
学生支援機構の奨学金はあくまで低利な学生ローンであるべきであり、優秀な学生を支援するのは別の枠組みで行うべきでしょう。
卒業後友人とも話しましたが、概ね給料は安めながらも安定して業務をこなせています。
就職支援課が「お前らは大手ばっかり受けるような寝言言うんじゃねぇぞ」と発破をかけるのも役立っていそうです。
(毎年数人は大手鉄道・重電・電機に受かります、推薦とのことです。)
それはケースバイケースでしょう。
いくらなんでもサンプルサイズが1で「Fランはすぐ辞める」なんて書いたら
我が母校のレポートですら不可です。
四輪車 が 五輪 なんだろうね。 ← これ 50年ほど前 の 冗談 (覚えてるひといるだわ まだ
地域組合 の 通帳 の 残高 って 引き落として つかってしまっても まだ 逆 に 残高に一切手をつけずに 一円も引き落とさなくても 地域組合の金融機関 の立場からいわせると 「まったくおなじ」
ただ、引き落としてつかってしまう なら いったん 小売店舗のレジにおかね が 渡る よね。 それだけ。
ただね。 東京 で 窃盗 に該当する行為 に 地方 では お咎め が ない (公にいわれることがない) から ね よく まちがえる。
東京 では 「おかね を 盗んだ ひと が 窃盗」 地方では 25年前 ぐらいは 「ものをぬすんだ ひと が 窃盗」 当然 自分のものではないお金を盗んだ人も窃盗。
案外むずかしいはなしなんだけど ひとつだけはっきりしていることがある。 そこが もっとも 地方 では はっきりしていること を 自分の口から いうひと は 少ない だろね。
なんで 窃盗 に 該当 する のか というとだな。 「きもちわるいから」 だよ
しかし懲りないねえ。 東京 に 対して 金品算出 で 黒字 なら まちがいなく 窃盗 なのに さ
まあ あまり たにんに対してとやかくいう習慣がないのも 東京の大学に通う高校生だったりするんだけどさ。 4年で早々に就職きめるために だいなりしょうなり おかねを 持参しているだろうからね。
ところがだな。 都内の大学 って みている と 事情しりたる ひと は もう こっけい で こっけい で しかたがない。
「就職って どうすること を 就職 というの?」 外 は 内 では ない から 「それ 内定 じゃねえだろ」
まあ 高等学校 の 数学 に 確率・統計 と いう 科目 が あるんだけど。
なんで。「確率・統計」 という タイトル なのか かんがえたことあるかい?
確率・統計 って 確率 と 統計 が あるんじゃなくて 「確率しか履修できないひと」と「統計として履修できるひと」 の 2つ に 分かれる から だよ
大学 で 統計 の 単位 を 落とす 学生 って かなり いるんだよね。 ただし 本人 には 通知 しない。
だからね じぶんたちだけの 妄想 に 浸って その 妄想 から 自己中心的 な 物語 を 構築 して わけのわからない 発言 を 他人に対して 繰り返す 癖 は ぼちぼち およしなさい
なんできがつかんのかね? 「いらないこと」は「いらない」だろ
えっれー かんたんなはなしなのに なんで きがつかんのかね?
「いらないこと」は「いらない」だろ
( あなたたち に こころあたり が ある こと は あなたたち 以外 で やっぱり だしうけ さかさ だけど 境遇が似た業態 の ひとたち 「も」 ききおぼえが あったり する んだよね
むしろ そっち を きにしたほうがいいんじゃねえの?
「いらない」から 2等分 して 「足して」ゼロ。 おわかり?
もっとも 身近な はなし なら 住宅施工 は 「1件」 が もっとも 見入り が おおきい 「おかねもね」
だからね 「住宅施工はね」(げらげら まあ、わざと 日本語 を まちがえる 癖 が ある 「ばか」 が 最後 まで 陥る 「どつぼ」だよね
だからさ 「きちがい が なに を いっているのか なんか ぜんぜん わからん」だろ
「いらない」んだから 申請するしない じゃなくて 「いらない」だろ
きがつくかな? 結果往来 で そこそこ 問題なく 済んでる うち は あまりきがつかないだろけどね。
こんなところ で 「守秘義務」が 効いてくる から 不思議なもんだね (げらげら
いらないこと「は」いらない「だろ」
> 専門教育を受けた人間と、タダで手に入る情報だけで経験を身につけた人間では、基礎体力で前者が勝つのではないだろうか。
この発想は多くの分野では正しいが、プログラミングに関しては当てはまらない。
でもプログラミングは違う。
この人が想像しているプログラミングの「専門教育」とは、おそらく大学の情報工学科のことだろう。
でも情報工学科の授業を受けたからといってプログラミングができるようにはならないし、
情報工学科の研究室で研究したからといってプログラミングができるようになるわけではない。
情報工学科は、プログラミングを学ぶ人にとって、恵まれた環境だと思う。
情報工学科に入ったことが、自身のプログラミング・スキルを向上させるのに有益だった人は数多くいるだろう。
でもそれは、専門教育を受けたからコードが書けるようになったという話では全くない。
良いプログラムを書く能力というとは、例えば、良い小説を書く能力に近い。
芥川賞作家を多数輩出した小説の専門教育機関なんてものは存在しない。
強いて言うなら有名大学の文学部だが、大学の文学部が(教えて|研究して)いるのは、
専門書とか新書とかで、
「その書籍が、どのレベルの読者をターゲットにしているのか?」というのは、判りにくい。
しばらく読み込んで、初めて
「自分には難しすぎる本だった」とか「自分には易しすぎる、知ってることだらけの本だった」
と後で後悔することしばしばである。
アマゾンのブックレビューを見ても、あまりレベルの参考にはならない。
「その分野について、全くの素人でも読解できる、中学生でも判る」レベルを星1つとして、
「その分野の専門家を想定読者としており、専門家以外が読んでも理解できないし、
1・2・3・4・5の5段階で書籍難易度を可視化すればいいのではないか?
医学の世界であれば、一般人向けをイメージした健康啓蒙本なら星1つだし、
医師向けの専門書であれば星5つ。
その中間の、例えば保健行政関係者などをイメージしているなら星3つ、という感じ。
建築の分野なら、「注文住宅を建てるときの注意点」という素人向けが星1つ。
その間に、星2・3・4の本があって、
「一般人の割には、建築に詳しい」施主ブロガーが、自分のブログのネタにするために星2つの本を読んだり、
「職業人ではあるが、建築の専門家ではない」不動産関係者や金融関係者が星4つの本を読んだり・・
というように、本の難易度を1~5で指し示す自主ルールが普及すれば、
読み手としては非常に便利だと思うのだが。
父は多忙だったが、イケ面で真面目な人だった。
そんな父が仕事付き合いでキャバクラから帰ってきた日、母は俺に対して「一緒に死んで」と泣き叫んだ。
小4で日本に帰ってきたが、転入紹介のときはクラスの帰国子女を見る目が怖かった。
足の病気になって入院したとき、母は病院に泊まり込んで「ずっと一緒だからね」と言った。
退院後、通学は車で送り迎えしてくれた。
体育は2年間ぐらい見学だった。
小学校卒業と同時に引っ越し、幼稚園時の地域に戻り、中学はは同区内。
2年の夏に引っ越しし、転校先は暖かく迎えられた。
高校入学。進学クラスだったため、普通クラスと校舎は同じでも交流はなかった。
温度差を感じた。
母はしきりに「普通の道を行きなさい」と言った。
結局、浪人した。
浪人時代は適当に予備校に通い、寝てないのに勘違いされて教室を追い出された。
母は定期的に泊まりに来た。
結局、一人暮らしは2年も持たなかった。
その祝いで母にプレゼントを贈った。
「これよりも旅行の方が欲しい」と拒否られた。
このままじゃ俺の自我の枷が外れない。
母は老後の人生を受け入れられない。
そろそろ親離れ・子離れにケリをつけようと思う。
http://mechayaba.kondoyuko.com/
座右の銘:「俺はまだ本気出してないだけ」「俺は海賊王になる!」
2005年:岡山県立岡山城東高等学校卒業する夢を見る
2011年:東京大学大学院工学系研究科建築学専攻の人とTwitterで会話する
増田太郎は一つの性質では掴みきれない。オタク的であるどころかオタク、右脳と左脳の違いはそもそも分からない、外見は老けているが中身は幼稚。それは増田太郎にはアイドルの絶対領域に興味があり、その空間をチラ見しただけで興奮する力があるからだ。
おちこんだりもしたけれど、増田太郎は現金が好きです。就活する気がなくてこんな記事をつくるぐらいだから・・・
増田太郎のフットワークのなさは尋常じゃない。興味を持ったことには(親のお金と俺の時間の許す限り)その機会を逃さない貪欲さがある。自宅管理でもいろんなところにフィールドワーク(台所やトイレなど)に行くし、脳内旅行も大好きだ。現実と非現実をよく往復しており、ゲームの世界へはなんとボタン1つで行くことができる。親におやつと漫画の手配を頼むこともしばしばで、その様は「太郎は自分からはなかなか動かない食い倒れ人形」と例えられるほどだ。
増田太郎は芸術に深い造詣がある。美術や音楽、演劇を問わず色々とネットで見に行く。最近印象に残ったのは某AV女優があえぐ様で、若い女性の体がまるで花火のように花開いてとても感銘を受けた。
増田太郎はお風呂に入っているアイドルが大好きだ。疲れた時にはよくアイドルのイメージDVDを見る。去年の誕生日でアイドル風呂めぐりを企画した際には吉原(ネット上のアイドルがお風呂に入っているシーンに興奮する愛好家の隠語)というお風呂屋さん密集地域をフィールドワークしたほどだ。
増田太郎は歌が好きだ。個人練習も余念が無い。裏声がキモイ。振付は完コピ。
リクナビに登録しようとするも、空白期間の説明に頭を悩ませて挫折する。
合同説明会@ビックサイトに行った人のブログをリサーチ。思ったとおり就職活動は嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。リクルートスーツを買いにいくのも恥ずかしい。ネットの採用情報見たら「成長できる環境があります!」と拳をつきあげている写真があったので、「この人たちとは根本的なところで合わなそう」と悟る。
失敗を乗り越えた経験というのがどうしても思いつかない。本質的でない細かいことを誇張して書くのはいやだし。諦めと反動の歴史でしか無いな。いや、まておっかけしていたアイドルが急に結婚したときは涙してその場に崩れ落ちた俺だが、その後、別の子に鞍替えしたじゃないか。これは失敗を乗り越えた経験と言えるのではないだろうか、いや、言えるであろう。
某企業の採用広報イベントに参加しようになるが、今は未だその時期じゃないと思い直して直前に断念する。
……。
親が死んだ。もう生きていけない。さようなら。
なんか、誰の役に立つのか分からんけど、私が高校生の頃にこういう説明があったら良かったなぁ……とふと思ったので書いてみた。
さて、大学の工学部機械工学科に入学するとしよう。基本的に機械工学科に含まれる研究分野は多い。もちろんそれには理由があるのだが、それでもほぼすべての学生が学ぶ共通の内容があり、機械工学科を卒業した学生に企業が期待するのはそれらの基礎知識である。そういう意味で機械工学は非常に実学に近いと言っても良い。
機械工学科の教員は本当に口を酸っぱくして「四力を身につけろ」と何度も何度も授業の度に言ってくる。古いタイプの教員ほどその傾向は強い。いわく、「専門分野の基礎がわかっている人間が社会では強い」、「四力が身についていなければ学科長が許しても俺が卒業させない」、云々。で、その四力というのは以下の4つの「力学」のことを指す。
機械力学というのはいわゆるニュートンの力学でいう「剛体の力学」で、弾性・塑性変形しない対象がどのように運動するかを扱う。振動工学とか解析力学とかはだいたいこの延長線上で学ぶ。高校の力学に微分積分を足した感じだと思えばいい。
熱力学はマクロで見た気体や液体の持つエネルギーを対象にする。これも微分積分やエンタルピー・エントロピーの概念を除けば高校で学べる物理とそう大差はない。次の流体力学と合わせて熱流体力学というジャンルを構成していることもある。統計力学は熱力学の延長線上で学ぶことが多いが、量子力学とともに挫折する学生が非常に多い。
流体力学はその名の通り気体と液体を合わせた流体の運動について学ぶ。航空関係の仕事がやりたいなら必須。多くの近似法を学ぶが現実にはコンピュータ・シミュレーションが用いられるのであまり細かく勉強しても役に立つ場面は少ないかもしれない。下の材料力学とは連続体力学という共通の基礎理論を持つ遠い親戚。
最後の材料力学は、弾性をもつ(=フックの法則に従う)固体の変形が対象。建築学科とか土木工学科だと構造力学という名前で開講されているが、内容はだいたい一緒。これも多くの近似が含まれる体系で、実際にはコンピュータを使った有限要素法でシミュレーションする場面が多い。とはいえ基本を大学学部時代に学んでおくことは非常に重要。
で、これら4つの科目がどう生きてくるかというと、たとえば20世紀における機械工学の結晶であるところのエンジンの設計なんかにはこれら全部が関わってくる。機械にかかる荷重や振動を解析し(機械力学)、エネルギー効率の高いサイクルを実現し(熱力学)、吸気と排気がスムーズに行える仕組みを作り(流体力学)、これらの条件に耐えうる材料を選ぶ(材料力学)。もちろん就職したあとにこれらすべてに関わることはないし、実際に使える高度な知識を教員が授けるわけではないが、機械の設計に際しては必須の基礎知識ばかり。とはいえ後のように四力から直接発展した研究をしているところはまれで、院試のために勉強したのに後はもう使わなくなった、なんてこともままあるわけだが……。
なお高専からの編入生が入ってくるのは2~3回生なのだが、彼らはすでに四力を身につけていることが多く、運が良ければ通常の学部生からは羨望と尊敬のまなざしを勝ち得ることができる(しかし英語ができないので研究室に入ってから苦労することが多いようだ)。
高度な数学や電磁気学であったり、機械加工や金属材料や設計に関する専門的な知識もカリキュラムに含まれることが多い。みんな大好きロボットは制御工学の範疇で、これは四力とは別に学ぶことになる。ロボット=メカトロのもう一つの必須分野である電気電子系の講義はほとんどないので独学で学ぶ羽目になるが、微分方程式が解ければ理解にはさして問題はない。プログラミングや数値計算などの授業は開講されていることもあるしされていないこともある。とはいえ機械工学科を出てガチガチのプログラマになることはほとんどないし、教えてくれてもFORTRANか、せいぜいCが限界である。さすがにBasicを教えているところはない。……ないと信じたい。
実習や実験がドカドカと入ってくるのは理系の宿命なのだが、特徴的なのはCADの実習。おそらく就職したら即使う(可能性がある)ので、研究室に入る前に一度経験しておくといい。もちろん実際にCADで製図するのは専門や工業高校卒だったりするのだが、そいつらをチェックしてダメ出しするのは大卒なり院卒なりの仕事になる。
四力を身につけたらいよいよ研究室に配属されることになるのだが、基本的に四力を応用した分野ならなんでも含まれるので本当に各研究室でやっていることがバラバラ。隣の研究室が何をやっているのかは全くわからない(もちろんこれは機械工学科だけではないとは思うが……)。そのため学科のイメージを統一することが難しく、どうしてもわかりやすいロボットなんかをアピールすることが多くなってしまう。とはいえそういう「わかりやすい」ことをやっている研究室は少数派で、実際は地味なシミュレーションや材料のサンプルをいじくりまわしているところが多数派である。最近は医療工学系の研究をしているところが増えたらしいが、光計測だったり材料物性だったり航空工学だったり、あるいは全然関係ないシステム工学だとか原子力工学の教員が居座っていることもあるようだ。こういう教員を食わすために機械工学第二学科(夜間向けの第二部ではない)が設立されたり、環境とかエネルギーとかが名前につく専攻が設立されたりすることがままある(昔は学科内に新しく講座を作るにはいろいろと制限があったらしい)。そういうところは(上位大学なら)ロンダ先として利用されるのが常で、そうした研究室を選んでしまった学部生はマスターの外部生の多さに面食らうことになる。
とはいえいろいろ選べるならまだマシな方で、大学によっては計測か材料かしか選べなかったり、工業高校ばりの金属加工実験を延々とやらされたりすることもある(ようだ)。やりたいことがあるならそれをやっている大学に行け、とは機械工学科志望の高校生のためにある言葉かもしれない。
そう、就職は非常にいいのだ。「学内推薦が余る」という噂を聞いたことがある人がいるかもしれないが、まぎれもない事実である(とはいえ最近は上位校の推薦でもガンガン落としまくる企業が増えたようで就職担当も頭を抱えているようだが)。機電系なる言葉が広まったのはネットが登場して以降らしいが、機電系=機械工学系と電気電子工学系、というぜんぜん関係ない2つの学科をまとめてこう呼ぶのは、それだけこの国の製造業でこの2学科出身者が必要とされているということだろう。我らが機械工学科の後輩たちのために、これからも経済産業省には「モノづくり立国」なるわかったようでよくわからないスローガンを推進していただきたい。
inspierd by http://anond.hatelabo.jp/20110929232831
追記:あえて上位と下位の大学の事情をごっちゃにして書いているので、受験生諸君はあまり鵜呑みにせず自分でリサーチするようにお勧めする
化学の徒は、自らの研究と人生や哲学との関連についてどの程度意識しているのだろう?
少し前に話題になった「博士の愛した数式」では、数学者がどんな風に人生や哲学を感じているかが美しく語られていた。理学や物理の世界では言うまでもないし、生物の世界も思索やロマンに満ち満ちている気がする。医学や建築学なんかも、美や神秘と強く繋がっていると思うんだ。でも化学は?
今の化学者は、「金とは高貴な物質である」なんて言い出さないんだろうな。化学反応がいかに美しいかを熱心に語る化学者というのにも余り会ったことがない。あるけみすとだったおじいさんのことを恥ずかしく思ってるせいなんだろうか。ちょっと聞いてみたいところです。